戦車大戦-大洗華撃団、出撃せよ!-   作:遠野木悠

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章タイトルを変更しました。個人的にはこっちの方がしっくりくる気がする。


過去の自分が歩んだ未来

今度の寄港で陸に上がったら、ぜひ会って欲しい人がいると杏は言った。その人物もまた俺のことを知っているらしく、これからの方針を定める上で必ず力になってくれるという。

 

この時代における俺の立場は限りなく不安定で、極端な話をすれば密入国をした状態と変わらない──というのが、杏と状況を整理して導き出した結論だ。きっと考えなしに行動をしても自らの首を絞めるばかりで、得をすることはないだろう。

 

以上の理由から今後の在り方について決めあぐねていた俺にとって、杏の提案は願ってもいないものであった。正直なところ自分のことを他人に委ねるのは気が引けるのだが、状況が状況であるし、背に腹は変えられない。俺は二つ返事でこの申し出を受けることにした。

 

「ところでひとつ気になっていることがあるんだけど、良いかな」

 

向かいの長椅子に寝転がって干し芋を食べている杏に声を掛ける。

 

「んー? なになに?」

 

「昨日君は俺を尊敬していると言ってくれたね。それについては嬉しく思うよ。だけど、考えてもみれば妙な話だ。君がお祖父さんから何を聞いたのかは知らないけれど、新次郎が知る俺の功績など士官学校の成績くらいしかない。これだけだと尊敬されるには弱いんじゃないか」

 

「いやぁ、あの時代の士官学校を首席で卒業したってだけで十分尊敬できると思うよ。まああたしの場合、ひいじーちゃんだけじゃなくてじーちゃんもお母さんも似たようなことしてるから、本音を言うとあんまり実感ないんだけどさ」

 

「ほら、やはりそうだろう」

 

「……っていうか、あたしまだ話してなかったっけ」

 

「何をだい?」

 

「一郎叔父の未来のこと──それとも過去って言うった方が良いのかな? まあ別にいっか。とにかく……一郎叔父ってさ、ある程度踏み込んで歴史の勉強をしている人だと知っているくらいには有名なんだよね。具体的には教科書には載ってないけど、難関大学向けの日本史の教材には載ってる感じ?」

 

「いいっ!? ど、どういうことだい、それは……」

 

「まあ、一郎叔父は帝国華撃団の隊長として幾度となく帝都防衛に貢献したすっごい人だからね。それに、普通の軍人さんとは昇任のスピードが桁違いだったし」

 

「というと?」

 

「帝国華撃団は、良くも悪くも既存の枠を超えた組織だったの。だから前例がないのを良いことに陸軍が人事に介入してね。隊長を退いてからは2つの軍を行ったり来たり、それで毎回活躍しちゃったから……どちらの軍も一郎叔父が欲しくて、異動のたびに待遇を良くするなんて無茶をしたんだ。結果、普通より20年以上早く大将へ昇任だよ」

 

他の官公庁よりも実力主義の側面が強いが、それでも帝国軍人は公務員なので、皇族でもない限り昇任の基準は勤続年数と比例する。殉職すればまた話は別だが、普通は年齢不相応の階級を与えられることはない。故に杏の言葉は信じがたいものだった。

 

「……しかしそこまで型破りなことをしていれば、一部の教材だけでなく、それこそ初等教育でも取り扱いそうなものだけどな」

 

「なーに? もしかして、自分が思ったより有名じゃくて不満なの?」

 

「いや、そんなことはないが……どうにも信じられなくてね」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべる杏に慌てて否定を返す。すると彼女は「証拠を見せてあげるよ」と言って立ち上がり、部屋を出た。ほどなくして戻ると、手に持った本──題字を見るに国立大学向けの教本らしい──を開いてこちらへ見せる。

 

そこには、先ほど杏が言った内容がほとんどそのまま記されていた。

 

「実績の割に知名度が低いのは、そうだなぁ……一郎叔父、第二次世界大戦が終わる前に死んじゃったからさ。敗戦国の戦犯にならなかったのもあるんだろうね」

 

「俺が、死んだ?」

 

「うん。世間には殉職って発表されたけど、じーちゃんの話だと、本当は長年の激務が原因の病死みたい。一部では、一郎叔父が死んじゃってから戦況が悪くなって、そのまま敗戦したって言われてる」

 

ここまで聞いて、遅ればせながら自らの誤解を悟った。

 

「つまり、俺は未来へ来たのではなく、この時代に〝20歳の身体で生まれ落ちた〟わけか」

 

「詳しいことはわかんない。〝昨日まで〟の記憶がある以上、たとえばパラレルワールドから迷い込んだ可能性も捨てきれないよ。……どちらにせよ、あたしの知ってる常識とは別の力が働いたんだろうね。それでも確かなのは、かつてこの国には大神一郎という英雄がいて、そして今あたしの目の前にも大神一郎(あなた)がいる。これくらいかな」

 

途中わからない単語もあったが、それ以外の部分は概ね合点がいく。ただ、俺の出自を検めたところで元の時代へ戻る手掛かりが見つかるかはわからない。それどころか、元の時代が存在するかも未知数だ。結局、今それを考えても仕方がないのだろう。

 

溜息とともに思考を切り替え、先ほどの教本に目を落とした。実感はこれっぽっちもないが、自分の名前が教本に載っているのを見ていると、段々背中がむず痒くなってくる。やがていたたまれなくなった俺は本を机に置いて立ち上がった。

 

「少しこの辺りを走ってくるよ」

 

「……わかった。夕飯までには帰って来てね」

 

まるで遊びに出掛ける子供とその母親の会話である。そんな風に考えた俺は、苦笑しながら首肯を返したのだった。

 

 

 

 

 

慣れないことばかり経験して疲れていたのだろう、昨日は夕飯をご馳走になってすぐに寝てしまった。半日以上睡眠を取ったのは実に数年振りである。お陰で今日の寝覚めは人生で最も良いものだった。当然体力もあり余っているので、いつも以上の距離を走ろうと思う。

 

ちなみに今俺が着ているのはジャージと呼ばれる現代の運動着で、杏に昨日買って貰った衣類のひとつだ。親戚の女の子から一方的な施しを受けるなんて情けない話だけど、これは俺が所持する通貨が使えなかったのが原因である。無論出世払いで返す予定だ。

 

走り込みは、士官学校に入る前から欠かさぬ日課のひとつだ。人生の大半をそうして過ごしてきたために、昨日走っていないことが無性に気持ち悪く感じられ、それを払拭しようと夢中で身体を動かす。

 

そうして半刻ばかり経過しただろうか。水平線に日が沈み始めた頃、程良い疲労を覚えた俺は、知っている道に差し掛かったところで速度を落とす。この先にあるのは、何かと縁があるあの展望台だ。

 

特別意識したわけではないのに、自然と近くへ来ている。俺の事情を踏まえると、これはある種の帰巣本能ではなかろうか。などと考えながら、この世界で最も馴染みの深いあの椅子に腰を下ろす。

 

出がけに杏から持たされた手巾で汗を拭い、遠くを赤く染めた海を眺める。やはり海は良い。在りし日の、歳の離れた姉に抱き締められたあのときのような安心感を覚える。

 

長い時間を掛けてひと息ついたところで、思いの外喉が渇いていることに気付いた。杏曰く、すぐそこにある機械で飲み物を買えるらしいのだが、前述の通り俺は現代の通貨を持ち合わせていない。手を伸ばしても届かない、けれども確かに見えるところにそれはある。これでは生殺しだ。

 

「──あれ、大神さん?」

 

早く帰って水分補給をしようと思い至ったところで、横から声を掛けられる。見ると、そこにはこの時代における最初の恩人である西住さんがいた。俺とよく似た運動着姿に少し赤らんだ頬、そして薄っすらと汗ばんだ顔などから、彼女も身体を動かした後なのがわかる。

 

「やあ、西住さん。こんなところで会うなんて奇遇だね。君もこの辺りを走ってきたのかい?」

 

「はい。ジョギングは、黒森峰──前の学校にいた頃からの日課で」

 

「前の学校?」

 

「……その、いろいろあって、1人で転校して来たんです」

 

西住さんは目を伏せる。これはまた失敗してしまったか。

 

「すまない。無粋なことを訊いてしまったね」

 

「い、いいえ! こちらこそ、気を遣わせてしまってごめんなさい」

 

勢い良く首を振ったのち、彼女はぺこりと頭を下げる。それっきり互いに言葉がなくなってしまったため、少々居心地が悪い。

 

「まあ立ち話もなんだし、君も座ったらどうだい」

 

俺の申し出を承諾したのち、「ちょっと待っていてください」と言って向こうへ行った西住さんは、あの機械で飲み物を2本購入してから戻ってくる。そしてそれらをこちらへ差し出すと、

 

「よろしければ、お好きな方をどうぞ」

 

迷った末、俺はお茶と印字された容器を受け取る。ちなみに、迷ったのは飲み物の種類だけでなく、受け取るか否かもだ。恩人にさらなる負担を掛けたくはなかったが、すでに現物がある以上、受け取らないのは失礼に当たる──というのは建前で、本当は喉が渇いて仕方がなかったのだ。

 

俺がお茶を飲んだのを確認してから、西住さんは同じ椅子の端、手すりに密着しそうな辺りに座る。

 

「そんなに端では窮屈だろう」

 

「……だってわたし、走ったばかりで汗臭いから」

 

「それはお互い様さ。大丈夫、今は潮風の匂いしかしないよ」

 

あくまで善意から出た言葉だったのだが、応じる西住さんは究極に複雑そうな面持ちになった。それを見て、「あなたは女心に対する理解が足りていないわ」と昔姉に怒られたのを思い出す。

 

気を悪くさせたなら謝らねばならない。そう考えながら相手の出方を待つ。俺の顔と地面とを交互に見たのち、西住さんは躊躇いながらも身体ひとつ分こちらへ来てくれた。

 

安堵の息をつき、今一度お茶を口に含んで──ふと、彼女が飲み物をくれたことに疑問を抱く。

 

どうして俺が無一文であることを知っているのだろう?

 

答えはすぐに出た。俺がこの時代の人間でないと、西住さんはそう確信しているのだ。

 

事情をまだ知らなかった昨日の俺は、当時の状況を自分の物差しで語ってしまった。きっと西住さんもその齟齬には気付いていたに違いない。それでもあの場で指摘しなかったのは、たぶん俺を混乱させないためだろう。知らずのうちに、彼女の優しさにまた助けられていたようだ。

 

「……大神さん?」

 

西住さんが俺の名を呼ぶ。どうやら彼女を見つめていたらしい。

 

「なあ、西住さん。たぶん君は、どうしてこの時代に俺がいるのか疑問に思っているんじゃないかな」

 

彼女は顔を背ける。その反応は、言葉以上に心の内を表していた。

 

「昨日からいろいろと助けて貰って、西住さんには本当に感謝しているよ。だから君の疑問にちゃんと答えてやりたい……ところなんだけど、実は俺もわからないことがたくさんあってね。それでも構わないというのなら、君に俺のことを話したいと思う」

 

西住さんは恩人で、おまけにこちらの正体に薄々気付きつつある。そういう前提があるのに、わざわざ隠す必要があるとは思えない。

 

「……差し支えない範囲で構いません、ぜひ聞かせてください」

 

彼女の意思は受け取った。ならば、あとは俺が応じるだけである。

 

頭の中で情報を整理しながら、順序立てて説明をする。ときおり相槌を挟みながら、西住さんは終始真剣な表情で話を聞いてくれた。

 

「大神さんはこれからどうするつもりなんですか?」

 

「そうだな。明日の寄港で陸へ上がった後、杏──俺の甥のひ孫の子が会わせたいという人物と面会することになっているんだ。今後のことは、その結果を踏まえた上で考えようと思っているよ。もしかしたら、この学園艦のどこかに就職するかも知れないね」

 

「あの……太正時代へ帰ろうとは思わないんですか?」

 

「何とも言えないな。帰る方法がわからないし、仮に帰れたとして、そこに俺の居場所があるかどうか……正直あまり自信がない」

 

そうですか、と西住さんは呟く。顔を俯かせているので、どんな表情を浮かべているのか確認できなかった。

 

「もしも学園艦でお仕事をするのなら、またどこかでお会いできるかも知れませんね」

 

「ああ。それに俺たちは同じ日課があるみたいだからね、きっとまた会えるだろう。そのときを楽しみにしているよ」

 

「……わたしも。楽しみにしています」

 

小さな声だったので、最後に何を言ったのかはわからなかった。訊き返すと、西住さんはどこか嬉しそうな声で「何でもありませんよ」と答える。気にはなるが、追求するだけ無駄だと諦めることにした。

 

 

 

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