一応あとがきで補足しておくので、飛ばした方はそちらを参考にしていただければと思います。
帝国華撃団の隊長就任を命じられた俺だが、上野公園で出会った使いの者──真宮寺さくらに連れられて辿り着いたのは、秘密部隊の詰所とは対極に位置する銀座の大帝国劇場であった。劇場の支配人にして陸軍中将の米田一基氏は、俺が左遷されてここへ配属となったと話す。
失意に暮れていたところ、しかし黒之巣会なる悪の組織が現れ状況は一変した。
歌劇団は仮の姿、華撃団が公にならないための隠れ蓑だった。男にしては珍しいほどの霊力を観測した俺は、それを用いて悪を討ち、帝都の平和を守るべくその隊長に抜擢されたのだという。
黒之巣会の長である天海大僧正を滅し、大きな犠牲を払った末、華撃団は葵叉丹の野望を打ち砕いた。それから1年の海外遠征を経て再び帝劇へ戻ったのち、今度は陸軍大臣の京極慶吾が企てていた計画を阻止する。
その後中尉へ昇任した俺は、欧州華撃団の後継組織である巴里華撃団の隊長に任命され、
同時期、花組の演目に関連して結婚について調べたことがある。それを曲解され、俺が彼女たちのいずれかと結婚するという話が浮上したが、このときは「今は平和のことしか考えられない」と誰を選ぶこともしなかった。
大久保の一件を機に米田支配人は引退を決意し、帝劇の屋根の上で華撃団の総司令の座、支配人の肩書き、そして愛刀の神刀滅却を俺に譲った。「これからはお前が総司令だ」と告げる彼の顔、そして2人で眺めた銀座の夜景は深く心に残っている。
総司令と支配人、隊長の三足のわらじを履くことにようやく慣れてきたあるとき、米田元支配人の早過ぎる訃報が俺の耳に入った。悲しみに暮れるみなを慰め、俺は彼のために何かしようと提案する。華撃団総出で弔いの公演をすることに決め、その計画を立てる最中──陸軍参謀本部への異動が命じられた。
後から聞いた話だが、引退してからも米田元支配人はかなりの発言力を持っており、こと俺の人事に関しては大元帥閣下の次に決定権を有していたのだという。加山曰く、俺が大帝国劇場にいられるよう、亡くなる直前まで尽力してくれていたそうだ。
言い換えれば、俺は知らずのうちに元支配人の後ろ盾を得ていたのである。
彼が死に、その力関係は大きく崩れた。帝国華撃団が既存の枠を超えた組織であったが故に、陸軍が人事に介入してきたのである。ともすれば、帝都を守る過程で身に余る功績を得てしまったからなのかも知れない。面識のない陸軍上層部に、俺は不思議なほど好かれていたのだ。
急な人事に不満はあったが、軍人である以上従わなければ首が飛ぶ。抗議をしようと躍起になる隊員たちを止めた際に一悶着あり、結局俺は有終の美とは言えない形で華撃団を去ることとなった。
参謀本部で働くことになって以降、俺は心の穴を埋めるべく仕事に邁進する。陸軍と海軍をたらい回しにされ、異例ともいえる昇任周期で分不相応の責任を負わされようとも決して足を止めなかった。胃薬が手放せなくなり、いくら寝ても疲れが取れなくなって何年経っただろう。気付けば俺は通常より20年以上も早く海軍大将、そして元帥になっていた。
それから先はよく憶えていない。2度目の世界大戦が始まり、海軍省から軍令部へ異動になった俺は、寝る間も惜しんで戦況を確認していたような気がする。そして迎えたある夏の日、夜半に部下を休ませ、1人で仕事を続けていると、急に目の前が真っ暗になった。身体がふわりと浮いたように感じたが、果たして椅子から転げ落ちたのか、それとも意識だけが落ちたのかは定かではない。
ひとつ確かなのは、
目が覚めると、そこは見たことのない和室であった。
気怠さに頭を抱えながら身を起こす。近くにいた杏と新之介がそれに気付き、大丈夫か、身体に異常はないかとしきりに尋ねできたので、今のところ問題はないと伝えた。
「一郎叔父、あの刀を抜いた途端に倒れちゃうんだもん。心配したんだからね?」
「それはすまなかったね。しかし怪我の功名というか、そのお陰で大きなものを得ることができたよ」
「……そうおっしゃるということは、記憶が戻ったのですね」
新之介の言葉に対し、俺は素直に肯定を返すことができなかった。
確かにあれは大神一郎が辿った人生の一部始終なのだろう。思い出はすべて一人称視点から見たものであったし、そのときどきで抱いた感情は今でも心に刻まれている。しかし、一切の実感がないのだ。たとえるならそう──語り部のいない活動写真を観たような感覚である。
言うなれば記録だ。決して俺自身の記憶ではない。〝彼〟と俺がまったく同じ人間だとしても、あれは紛れもなく他者が歩んだ軌跡だ。
「……大神一郎は、どうやら過労が祟って死んだらしいね」
無言のままでもいけないと思い、とりあえずそんなことを言う。それを受け、2人は不可解そうな顔を見せた。
すぐにその原因を悟る。自分でも疑問に思うほど、今の俺は他人事のような言い回しをしていたのだ。
「……やはり、君たちの知る大神一郎と俺は別人みたいだ」
隠しても仕方がないため、記録を取り戻した感想を口にする。
「今後の進退に関わることだし、嘘でも本人だと言い張るべきなんだろうけど……俺に真実を教えてくれた君たちを裏切るような真似はしたくはないんだ。だからもう一度言おう、俺は大神一郎であって大神一郎でない。今の俺は、何の力もないただの軍人崩れだ」
「……不器用だね、一郎叔父は」
俺の言い分をどう捉えたのか、杏は困ったような笑みを見せる。
「ひとつ訊かせていただきたい。生前のあなたが最後に僕と会ったとき、なんと声を掛けてくれたか憶えていますか」
次いで悲しげな顔をした新之介がそう尋ねる。それに答えることに意味などあるのかと考えるも、その目があまりに真剣であったので、俺は口を挟まず大神一郎の記録を辿ることにした。
「──『新之介、お前は俺の誇りだよ』」
結局誰とも添い遂げることがなかった〝彼〟にとって、新次郎の子である新之介は息子同然の存在だった。
新之介と最後に会ったのは、彼が尋常小学校へ上がる前のことだ。半年振りの休暇の折、新次郎が家族を連れて遊びに来たのである。
このとき新之介は俺に近況を語っていた。近所のいじめっ子から女の子を守ったとか、そのような内容である。まだ幼いのに新次郎に似て優しい子だと思い、先の言葉を掛けたのだ。
「あなたは僕の知る一郎叔父と同一人物です。……僕の気持ちを慮って、こんなにつらそうな顔をしてくださるのですから。境遇は違えども、根っこの部分は変わっていません。僕が保証します」
新之介はつらそうな、それでいて決意に満ちた表情を見せる。
「約束通り、あなたの戸籍は僕が用意します。すぐにとは行きませんが、半月もいただければ必ず何とかしてみせましょう」
「……良いのかい?」
頷いたのち、新之介は隣の孫娘がよく見せるあくどい笑みを浮かべた。
「代わりといっては何ですが、杏の願いを聞いてやってはくれませんか」
「というと……大洗女子の教師になれという、あれかい?」
「はい。実は今、大洗女子の学園艦は非常に大きな問題を抱えておりまして。本当は僕が解決してやれれば良いのですが、学園艦の問題は文部科学省、つまりは国の管轄です。茨城県の教育委員会ならばある程度言うことを聞かせられるのですが、今の僕には、残念ながら国の機関を相手にわがままを言えるだけの力はありません」
「まあ、じーちゃんの影響力が弱まってきたからこそ、今になって文科省が動き出したんだろうけどね」
2人は揃ってため息をついた。飄々としているが、その顔には
「しかし、教師というのは公務員だろう。そう簡単になれるものなのかい?」
「今申した通り、県の教育委員会の説得は恐らく可能です。現行の法律には、特定の条件を満たせば免許がなくとも先生になれる特別非常勤講師という制度がありますから。そうですね、防衛大学校──昔でいう士官学校のようなものです──そこを卒業したものの、一身上の都合で任官を拒否したという経歴を用意すれば、戦車道の講師を頼むことにも違和感はないかと思います」
新之介は眉を吊り上げ、続ける。
「幸い大洗女子の学園長は僕の友人です。採用試験はあるものの、一郎叔父の頭ならきっと簡単でしょう。新学期には間に合わないとは思いますが、戸籍の取得と同じ時期……戦車道の授業が始まるまでには何とかします」
「いやぁ、これから忙しくなりそうだねえ」
抑止力がないこともあって、俺を教員にしようという話は、本人のあずかり知らぬところでとんとん拍子に進んでいた。
「ちょっと待ってくれ、俺はまだ引き受けるといったわけじゃ」
「……ダメ?」
瞳を揺らし、上目遣いに杏は問う。
ぐっ、と喉を鳴らす。どうも俺は彼女には頭が上がらない。
「そうは言っていないよ。だけど俺は、まだ大洗女子が抱える問題について何も聞いていない。まずそれを教えてくれないか?」
「ああ、ごめんね。まだ話してなかったっけ」
こほんと咳払いをしたのち、杏は背筋を伸ばす。
「夏に高校戦車道の全国大会があるんだけどね。そこで優勝できなければ、大洗女子学園は今年度で廃校になっちゃうんだ」
大神さん(故人)の人生を3行にまとめると、以下の通りになります。
・いわゆる「大神ルート」を辿っている=花組の誰とも結ばれていない。
・米田支配人の訃報がきっかけで陸軍が人事に介入し、華撃団にいられなくなった。
・持ち前の真面目さが祟って、若くして過労死してしまう。
始めは花組の誰か、或いはそれ以外の女性と結ばれる構想でしたが、ヒロインはあくまでガルパンのキャラクターにしたかったので没にしました。これについては意見があるかも知れませんが、本編にはほとんど影響がないため、納得できないという方は各自で補完してください。