戦車大戦-大洗華撃団、出撃せよ!-   作:遠野木悠

9 / 24

UA、お気に入り、評価、感想等の数が増えてきて嬉しい今日この頃です。





大洗女子学園教師、大神一郎

 

「──よし、今日記名して貰う書類はこいつで全部だな」

 

学園長は満足げにそう言って、最後の紙面に決裁印を押す。

 

生徒会の仕事があるという杏と別れて半刻、休みなく手を動かしてようやく書類を捌ききった。肉体的な疲労はともかく精神的な疲れが溜まっていた俺は、椅子に身体を預けてふーっと長い息をつく。

 

「おいおい、大神よ。これくらいで音を上げられちゃあ困るぜ」

 

「も、申し訳ありません……」

 

「まあなんだ、お疲れさん」

 

ひとつ嘆息をし、彼は顔に苦笑を刻んだ。

 

「残りの書類はお前さんの戸籍の作成と、県の教育委員会への届け出が済んでから作って貰うことになる。その辺を頭に入れておいてくれ」

 

それから「渡すものがあるから待っていろ」と残して学園長は立ち上がる。執務机に戻った彼は、抽斗(ひきだし)から膨らんだ茶封筒を取り出し、こちらへ差し出した。中を検めろと促されたので、言われた通り開けてみる。出てきたのは、手のひらくらいの手帳のようなもの、年代物なのか天地のすり減った書物、そしてこの時代の通貨だった。

 

「大河先生から話を聞いて昨日のうちに作っておいた大神名義の銀行の預金通帳と、そっちの古本は昔俺が使っていた教育関係の資料だ」

 

「ぜひとも有効活用してみせます。……しかしこのお金は?」

 

「俺からの就職祝いだ。額は少ねえかも知れないが、それで新しい背広でも買ってくれや」

 

「……気持ちはありがたいですが、さすがにこれを受け取るわけにはいきませんよ」

 

紙幣を返そうとしたところ、真剣な顔をした彼に阻まれてしまう。

 

「角谷から話は聞いているだろうが、間もなくこの大洗女子学園は廃校となる。それを防ぐため、これから大神には相当な負担を掛けさせるに違いない。だから、前もって誠意を見せておこうと思ってよ」

 

それにさ、と言って学園長は優しく目を細めた。

 

「俺じゃない俺の記憶の中で、米田一基は大神を息子のように思っていたみたいでな。どんな些細なことでも力になってやりたいって、本能的に考えちまうんだよ。お前にとってはありがた迷惑な話かも知れないが、どうか俺のわがままに付き合ってはくれないか」

 

それを聞いた瞬間、俺の中にある記録が意思に反して声を上げ、激情が心の防波堤を打ち破らんと溢れていく。自分ではそれをまったく制御できなくて、爪が食い込むほど強く拳を握ってどうにか涙をこらえる。

 

「では、そのご厚意を謹んでお受けいたします」

 

こちらの心情を察してか、学園長の言葉はない。

 

しばらくしてようやく心が落ち着いてきた頃、見計らったように彼はこう結んだ。

 

「それじゃあこれで俺の話は終わりだ。何か質問はあるか?」

 

いろいろと知りたいことはあるけれど、あまり時間の余裕がないようなので、この場では事務的な疑問だけ消化しておく。最後の質問に答えたところで、学園長は外出の支度があるからと俺を部屋から追い出した。

 

「正式採用されるまでの間、お前さんは部外者として扱われる。だからあまり1人でうろつかない方が賢明だぞ」

 

去り際、学園長からこのような助言を受けた。

 

言われてみれば、たとえ入校許可証を首から下げていたとしても、これだけ広い構内を案内人なしで歩いていたら不審がられてもおかしくはない。かといってこのまま外へ出ても、家の鍵は杏が持っている。用事が済んだ旨をひと言伝えておきたいし、とりあえずまずは彼女と会うべきか。

 

今は年度と年度の境目に当たるため、本日も通常の授業は行われてはいない。けれども杏のような生徒会役員、園さんのような風紀委員、それから部活動をしている生徒は登校している。別に後ろめたい事情などないが、しかしそれでも何となく人通りの少なそうな道を選んで生徒会長室へ向かった。

 

先日と同じように小山さんを介して手前の部屋を縦断し、奥の扉をくぐる。杏は執務椅子に寝そべるようにして脱力していた。家にいるときならばともかく、外でそんな格好をするのは乙女としていかがなことかと思うも、机に(うずたか)く積まれた書類を見る限り、俺が来るまでは真面目に仕事をしていたようなので、それを咎めるのはやめておく。

 

「思ったよりも早かったね。学園長の用事はもう全部済んだの?」

 

「ああ。残りはこちらの問題が片付いてからになるそうだ」

 

後ろに小山さんがいる手前、聞かれて困る部分はぼかして伝える。こちらの意図を察してくれたらしく、杏は神妙な顔を作って首肯した。

 

「ねえ小山、ちょっと河嶋を連れて来てくれない? 今から2人に大事な話があるの」

 

ただならぬ雰囲気を悟ったらしい小山さんは、上擦った相槌を挟み、足音を立てて部屋から出て行く。1分も掛からないうちに河嶋さんを伴い戻ったところで、杏は椅子を下りて俺の隣へやって来た。

 

「あの、会長。それで、大事なお話とは?」

 

どこか怯えるように言って、河嶋さんはこちらに目を向ける。部外者たる俺に聞かれて良い内容なのかと、その顔は語っていた。

 

「大丈夫だよ、河嶋。一郎叔父には廃校の件を伝えてあるし、これから2人に話す内容にもちゃんと関わってるからさ」

 

「そ、そうなのですか……」

 

要領を得ない部分はありそうだが、それでも河嶋さんは言葉を連ねることはなかった。小山さんも顎を引いて話を聞く姿勢になっている。

 

杏はちらりと俺を見たのち、おもむろに口を開いた。

 

「この前も紹介したけど、彼はあたしの叔父さんの大神一郎。この春に防衛大を卒業して、うちの学校に内定が決まった。いろいろあって特別非常勤講師という扱いだけど、戦車道の授業を担当してくれる」

 

一度言葉を切り、大きく息を吸ってから彼女は続ける。

 

「2人とも喜べ。担当の先生を見つけて我々が抱える問題は全部解決した。これなら文科省も文句は言えない。大洗女子は胸を張って戦車道の授業を始めることができるんだ!」

 

 

 

 

 

昼食を挟んで生徒会の3人と打ち合わせをしていたら、あっという間に下校時刻となってしまった。帰路の途中で夕飯の食材を調達し、その荷物を両手に提げて、杏とともに西日に照らされた帰り道を進む。

 

今しがた打ち合わせと銘打ったが、実際のところはあまり実のある話はできなかった。というのも、戦車道の先生が見つかって安心したのだろう、杏以外の2人が泣き出してしまったのである。特に河嶋さんは子供のようにわんわんと声を上げるものだから、何事かと様子を伺いに来た先生に事情を説明するのが大変だった。

 

その場で決まった方針は、「俺の本採用と時期を合わせて生徒たちに戦車道の魅力を宣伝をする催しを行うこと」「それまでに各々ができることをする」の2点である。中でも俺は戦車道についてほとんど何も知らないので、これからの半月の大半を勉強に充てる必要がありそうだ。

 

家に帰るとすぐに杏は夕飯の支度を始めた。本当は手伝うべきなのだろうけど、不得手な俺がいても邪魔にしかならないし、彼女は料理作りが趣味なので、任せてしまった方がよほど効率が良い。

 

俺は台所を離れ、部屋着兼運動着に着替えて外へ出る。この時間を利用して日課の走り込みをしてしまう算段だ。

 

街ひとつが乗っている学園艦は空母の何倍もの規模があって、その場では甲板の端が視認できないほど広い。その上道は何本も通っており、階段や坂で構成される起伏、建物の隙間など、とても一筋縄ではいかない地形となっている。この艦で生活する以上、周辺の地理を把握しておいて損はないし、せっかくなので今日はまだ足を踏み入れたことのない場所を中心に回ることにした。

 

道中で「せんしゃ倶楽部」なる店を発見する。立ち寄って店主に話を聞くと、どうやらここでは戦車道関係の品を扱っているらしい。20年も前に授業が廃止になった学園艦に専門店が残っているとは何たる僥倖(ぎょうこう)だろう。これは今後贔屓(ひいき)の店になること間違いなしだ。

 

その後も分かれ道に差し掛かるたび行ったことがない方へ曲がっていたはずなのに、気付けば俺は見憶えのあるところを走っていた。察しの良い方ならおわかりだろうけど、あの展望台へと続く道だ。やはりこれは帰巣本能に違いない。見えない何かに手を引かれるような錯覚に陥りつつ、俺は早足でそちらへ向かった。

 

この際、いつもの椅子で休憩するところまで日課にしてしまおうか。そんな風に考えていると、視界の奥、例の椅子に腰を下ろす少女の後姿を認めた。この短期間で何度も会っているから、顔を見ずとも誰だかわかる。幸いにも学園長から軍資金をいただいたことだし、この前のお礼を兼ねて今度はこちらが奢るとしよう。

 

「やあ、西住さん。最近よく会うね」

 

自販機で2つ飲み物を買ってから椅子の方へ向かう。俺の声に顔を上げた西住さんは、立ち上がって微笑を浮かべた。軽い挨拶を終え、飲み物の容器を手渡したところで互いに腰を落とす。

 

俺と西住さんの間隔は、この前より少しだけ狭くなった気がした。

 

「ところで、君は新学期から大洗女子学園に通うと言っていたね」

 

就職先の目星が付いたこと以外は特に代わり映えのない近況報告をする途中、ふとそれを思い出して確認を取る。

 

当たり前のことを訊いたためだろう、肯定を示す彼女には若干の困惑が見られた。

 

「実は、先ほど話した俺の働き口というのがその大洗女子学園でね。もしかしたら、君も俺の教え子になるかも知れないと思ったんだ」

 

質問の意図を話すと、目に見えて西住さんの表情が明るくなった。

 

「本当ですか!? 教え子っていうくらいですから、用務員さんじゃなくて先生になるんですよね? どの科目を担当なさるんですか?」

 

ひと区切りずつこちらへ詰め寄りながら、彼女は間断なく質問を続ける。これほど興味を持たれるとは思っていなかったので、言った俺の方が戸惑ってしまう。男の教師は珍しいのだろうか。

 

「西住さんの言う通り、一応は学園の先生として採用されたことになるのかな。担当は選択授業で、科目は戦車道だよ」

 

「──戦車道、ですか」

 

今までの元気はどこへ行ったのだろう、担当科目を伝えた途端に西住さんは顔を青くする。椅子の中ほどまで乗り出していた身体をゆっくりと持ち上げ、居心地が悪そうに背筋を伸ばした。

 

「あの、大洗女子は戦車道の授業がなかったはずじゃ?」

 

「あ、ああ。詳しい事情は省くけど、今年から復活することになったんだ」

 

「そんな……わたし、この学校は戦車道がないと思ってわざわざ転校してきたのに」

 

髪に隠れてその表情は窺えないけれど、震える声には悲痛の情が見え隠れしていた。

 

今の台詞を聞く限り、戦車道に対して嫌な思い出があるのかも知れない。けれども直接それを尋ねるわけにもいかないし、俺は何を言ってやれば良いのだろう。

 

「大神さんは、西住流という武道の流派をご存知ですか?」

 

その答えが見つかるより先に、西住さんがそんな質問をした。何かの口火になるやも知れないと思った俺は、記憶の隅、かつて姉から教わった知識を引っ張り出して応える。

 

「俺も古武術を修めているから、名前くらいは聞いたことがあるよ。確か江戸時代から続く流鏑馬の流派だったはず──って、西住? もしかして、君はその流派の関係者なのかい?」

 

「……はい。わたしのお母さんは、西住流の師範をしています」

 

つまり彼女は伝統ある流派の家元の出身というわけか。言われてみれば、柔らかい雰囲気を漂わせながらも、その立ち居振る舞いには無駄がない。武道を修めているならそれも納得だ。

 

しかし、それが今の話とどんなの関係があるのだろう。

 

「大神さんの言う通り、西住流といえば昔は流鏑馬の流派だったんですけど、今は戦車道の方が有名なんです。お祖母ちゃんの代から、お母さんもお姉ちゃんも……わたしも。西住の名に恥じないよう、小さな頃から戦車乗りになるよう育てられました」

 

頭の中で話が繋がり、なるほどなと相槌を打つ。

 

戦車道の師範の娘として、幼少より西住流を学んできたと彼女は話した。家柄を踏まえると、前の学校でもその教えを十全に発揮するような環境にいたことは想像に難くない。

 

そんな前提がある中、西住さんはわざわざ戦車道のない学校へ転校してきた。詳しいことは定かではないが、今まで培ってきた西住流を捨ててまでそうする理由があったと考えて然るべきだろう。

 

ならば、年長者として彼女に掛ける言葉はひとつしかない。

 

「俺は、西住さんに戦車道の授業を取ってくれとは頼まないよ」

 

「……え?」

 

「それは経験者がいてくれると心強いし、やってくれるのなら大歓迎だ。でも、君の気持ちを無視してまで受講させようとは思わない」

 

「で、でも……お母さんもお姉ちゃんも他のみんなも、西住の家に生まれたからには戦車道をやらなきゃダメだって」

 

「詳しい事情はわからないけれど、君はその西住流から離れるためにわざわざこの学校へ転校して来たのだろう? それなら、せめてここにいる間だけでも戦車道とは関係ない生活をしてみるのも良いんじゃないかな」

 

西住さんの瞳が揺れた。

 

「……本当に、わたしは戦車道をやらなくても良いんですか?」

 

「あまり偉そうなことを言いたくはないけれど、俺だって教育者の端くれだからね。自分の教え子には〝今〟を楽しんで貰いたいし、大人になってから『あの頃は楽しかった』と思えるような時間を過ごして欲しいんだ」

 

ちなみにこれは米田学園長の受け売りである。教師としての心構えと題して先の言葉をいただき、いたく感銘を受けたので早速使ってみた。まあ俺のような若造が言っても説得力があるとは思えないが、少しでもこちらの考えを伝えられればと思って口にした次第である。

 

対する西住さんは驚いた顔をしたまま固まっていた。言葉選びを誤ってしまっただろうかと危惧するも、その目が潤んでいくのを見て思い違いだと悟る。声にならない声を上げながら、それでも自らの気持ちを整理できたのだろう、彼女は溜まった涙が流れないよう器用に笑ってみせた。

 

「ありがとうございます」

 

決して大きな声ではなかったのに、西住さんの言葉は俺の心に重たく響いた。

 

ときおり隣の様子を窺いながら、それでも無言のまま時間が流れていく。何となく話を切り出す契機を失ってしまったものの、この沈黙は不思議と苦ではない。そんな風に考えていると、

 

「あの、大神さん。ひとつお願いを聞いて欲しいんですけど」

 

「何だい?」

 

「わたしのこと、『みほ』って名前で呼んでくれませんか」

 

彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら言った。

 

どんな要望か見当も付かず、少しばかり身構えていたので思わず拍子抜けしてしまう。

 

あいにく鏡がないので確認はできないが、今の俺はよほど変な顔をしていたのだろう。彼女は身振り手振りで焦りを表現し始めた。

 

「別に深い意味はないんですけど、お姉ちゃんと被ってややこしいと思いますし、苗字呼びされるとむず痒いというか……いいえ、今まではそんなに気にならなかったんですけど、大神さんに『西住さん』って呼ばれると胸の奥がざわざわするっていうか、よくわからないけどちょっとだけ嫌で──」

 

「わかった。みほくん、で良いかな」

 

口を動かすごとに頬の赤みが顔全体へと広がり、目を回しながら暴走する彼女をひと言で止めてやる。親戚である杏は別として、そう歳の変わらない女の子を名前で呼ぶのは気後れするところがあるけれど、あの慌て振りを見て羞恥心を押し殺すことに決めた。

 

いろいろ言ってはいたけれど、流派から距離を置いていることだし、たぶん西住の姓を名乗ることに負目があるのだろう。

 

それに、心から嬉しそうに頬を綻ばせる彼女を見られただけで、恥を忍んで名前を呼んだ甲斐があったというものだ──なんて柄にもなく臭い台詞を思い浮かべた俺であった。

 

 

 




これにて本編第一幕は終了となります。

各章の最後に組み込むヒロイン視点の話、(サクラ大戦風の)次回予告+αを挟んで第二幕へ入る予定です。書き溜めが少なくなってきている関係で定期更新が難しくなるかも知れませんが、できるだけ投稿ペースを維持していきたいですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。