一言: 寿司食べたい。回らないやつ。
「……今、何と言いましたか?」
鼻血を大量に流したことでダウンしていた稟は、明日こそは水鏡女学院で話を聞こうと意気込んでいた。そこに、外出から戻って来た風から衝撃の言葉を告げられる。
「だからですねー、水鏡女学院を訪ねましたが水鏡殿は最低でも五日は戻らないそうですよー」
その言葉に頭を抱える稟。五日滞在すること事態は不可能ではないが、そうなると路銀が少々心許ない。横島が加入したことで、当初の予定より出費が多いのが原因ではあるが、自分たちで選択したことなので仕方がない。
因みに、原因である横島は稟に薬を渡した後、星のメンマ談義に付き合わされており、少なくとも二時間は経過している。
どうやって路銀を確保するかを考え始めた稟に、風が思い出したというように口を開く。
「そういえば、学生さんが言うには最長で一ヶ月戻らなかったこともあるとか」
「……それは、困りましたね」
「またまたー。稟ちゃんの中では、既にどうするか決まっていますよね?」
その言葉に苦笑すると、稟は風へと言葉をかける。
「風も分かっているのでしょう? 確かに水鏡女学院や水鏡殿には興味はありますが、洛陽行きを延期してまで待つ価値はないと。私たちの第一の目的は、ふさわしい主を探すことですからね。賢人との意見交換は刺激的ですが、今優先することではありませんから」
「ですねー。風も水鏡殿とは少し話をしてみたい気持ちはありますが、優先すべきことが出来ましたから。待つつもりはないのですよ」
飴を舐めながら答える風。その内容に、少々引っかかりを覚えながらも稟は話を続ける。
「では、明日にでも出立するということで。ああ、彼がいますので食料は多めに補充しないといけませんね……あとは、いい加減短刀の一つでも持たせますか。洛陽までは……」
「稟ちゃん、稟ちゃん」
「ん? ああ、何か意見でも?」
今後のことに思考を巡らせる稟に、風が声をかける。その口から告げられたことは、稟にとって衝撃的な言葉であった。何故なら、その言葉とは……
「風はお兄さんと一緒に陳留へ向かいます。そこで、二人の将来の為に動こうと思います。既に、星ちゃんには伝えて了承してもらいました」
別れを意味する言葉だったのだから。
風の言葉の意味を考えること、数瞬。稟は風へと、口を開く。
「……まぁ、良いでしょう。私たちの関係は一時的なものですし、いつかこのような事態になることは分かっていたことです。まぁ、流石に風が彼を選ぶとは思いませんでしたが、これも一つの道。陳留は曹孟徳様のお膝元ですし、治安もよいと聞きます。新生活を送るには最適でしょう。ええ。何も軍師だけが道ではないのですから、女の幸せを風が優先させても……。大体、道中でも風と彼は仲が良かったですし、いつかそうなるのではと思って……」
「あー、稟ちゃん? 少々誤解があるようですが、風たちは夫婦になるわけではないのですよ? まだ」
「分かっています。生活が安定してから、結婚ということですよね。そして、若い二人は新居で一つ屋根の下……」
内心の動揺を表すかのように、やや早口で稟は言葉を紡いでいく。訂正する風の言葉は全く意味をなしていないようである。
「むー、稟ちゃんが暴走状態に……。これは落ち着くまで待つべきでしょうか。しかし、稟ちゃんの想像の中では何やら面白いことになっているようですねー。ほほぅ。風はお兄さんにそのようなことを……」
稟が暴走している間、彼女が何を想像し、どのようなことを口走っていたかは秘密だが、彼女の暴走が止まったとき部屋は赤く染まっていたことを記しておく。
「では、稟ちゃんも落ち着いたようなので改めて。風はお兄さんと共に陳留へ行くことにしました。ですが、夫婦となり新生活を送るためではないです。幾ら偽名を名乗らせると言っても、お兄さんはちょっと抜けていますからねー。陳留ならともかく、幽州や洛陽で異民族と知られるのは避けたいです」
偽名は横子考に決めましたよー、と軽く言う風に、幾分か冷静になった稟が答える。その顔が少々血の気がないように見えるのは、気のせい……ではない。
「まぁ、確かにそうですね。洛陽は一応漢の中心ですし、幽州は異民族との争いが絶えない地ですからね。彼にとっては、良い土地とは言えないですし、面倒なことになるのは間違いないでしょう」
「そういうことなのですよ。風たちだけで洛陽に行ってもよいのですが、そうなるとお兄さんは必然的に一人。未だ右も左も分からないようなお兄さんを一人放り出すというのは、お兄さんを誘った風としては少々心苦しいものがあります。何処かで野垂れ死んでいないかという心配を抱えたまま旅を続けるより、いっそ風が陳留に一緒に行ってあげようと思いまして。陳留なら職も豊富そうですし。元々、陳留には行くつもりでしたしね」
淡々と言葉を紡いでいく風。その様子に、風はただ洛陽や幽州へ行くのが面倒になったのではないかと疑う稟。ちょうどよく横島という口実が出来たので、これ幸いと陳留行きを決めたのではないだろうかと考えたのである。
ただ、稟としても風の主張には同意できるものがあるのも確かである。別に横島に情が移った訳ではないが、世話した人間がすぐに死なれたのでは後味が悪い。
「確かに、私たちと別れた後すぐ死なれるのはちょっと。それに、彼が私たちと一緒に行くと決めたばかりなのに、私たちの都合でさよならと言うのは可哀想ですしね。幽州や洛陽の様子は、再会出来た時風に伝えましょう。まぁ、私が陳留に着いた時も風が滞在していればの話ですが」
「風はそれで構わないのですよ。その時は、稟ちゃんが望めば推挙しますよ? 風が士官していればの話ですが」
「それは助かりますね。この別れが、私の為にもなるということですから」
苦笑しながら告げる稟。風の言っていた二人の将来の為とは、横島とのことではなく自分と風とのことなのかもしれないと、稟は考えていた。
「それでですね。これを稟ちゃんたちにあげようと思うのです」
そう言って風が差し出した袋を受け取った稟は、中身を確認して驚く。
「これは……! 良いのですか、風? 幾ら幽州まで行かないと言っても、こんなに路銀を」
「構いません。陳留までの路銀は抜いてありますし、お兄さんの教育がてら少々ここで路銀を貯めてから出発しますので。それでも、稟ちゃんたちが幽州に着くより早く陳留に着くと思いますよ」
「まぁ、それはそうでしょうが……。分かりました。有り難く頂戴することにします。星と二人なら、洛陽での滞在時間次第ですが幽州まで路銀の心配をしなくて良くなりますからね」
その言葉に満足気に頷く風。そのまま、部屋を出ていこうとする風に稟が話かける。
「何処へ?」
「お兄さんを星ちゃんから助け出しに。ああ、夕飯はあとで持ってきますから心配しなくていいですよ」
そう告げると風は今度こそ退出するのであった。
「いやはや、稟ちゃんに突っ込まれなくて助かりましたねー。結構、突っ込み所ある話だったのですが、やはり血を流しすぎたせいですかね。頭の回転がイマイチでしたね」
稟の部屋を退出した風は、そのようなことを呟きながら歩いていた。先程までの風の話は、普段の稟ならもっと疑問を抱いても不思議ではない内容であった。
嘘という訳ではないが、意図的に喋らなかったことが多いのである。例えば、風は優先することが出来たと言ったが、その内容までは語らなかったし、洛陽と陳留は同じ方向にある為、この街から別行動を取る必要はない。洛陽の手前で別れればよいのである。それに、横島を心配して一緒に陳留まで行くということも、言葉が足りていない。正しくは、横島が御使いとバレた時のことを心配して、陳留へ行くである。
では、何故風は、稟たちに正直に語らなかったのであろうか。その答えは、稟と星の求めている主の条件を横島が満たしていないこと。この一点につきるのである。
星の主の条件は明確である。共感できる信念を持っていること。そして、戦場を用意出来ること。この二つである。
例え、横島が御使いであると知ったとしても、この二つを満たしていない限り星が仕えることはなく、今の横島ではよくて客将として一時仕える程度だろうとを風は考えている。
そして、稟の場合はそれ以前の問題である。彼女は既に仕える主を決めている。稟本人は、主を見定める旅などと言っているが、実際はその決めた人物――曹操――以外に仕えるに値する人物がいないことを確認しているだけなのだ。
何とも回りくどいことだと風は思っているが、その辺も含めて稟のことは気にいっているので別に問題はなかったのである。
以上のことから、彼女たちが風たちと同じように横島を主と仰ぐことはないと風は判断したのである。その一点こそが、風が友にまで横島のことを秘密にする理由である。
因みに、朱里と瑠里の場合は、瑠里の母を助けることが出来た場合、二人を一気に取り込むことが出来ると判断したから明かしている。
もし、旗下に加わることがなくとも、雛里や瑠里の母の恩人であることから吹聴しないでくれと頼めば、黙っているという確信があったことも要因である。
「稟ちゃんたちには悪いですけど、風は明日が楽しみなのですよ。何せ、風と忠夫さん。そして、あの三人との記念すべき日になるのですから」
十一話です。内容ないです。√分岐的な話です。これで、稟と星の出番は当分ないでしょう。
これらは拙作内設定です。
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活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。割と更新してます。