一言:インフル怖い
「で、こうなったと。お兄さんといると飽きませんねー」
物資の補充、情報の収集を終えた風たちが厩舎の前で固まる三人を見つけてから数分。李典と横島の間で固まっていた雛里を、自分たちの方に呼び寄せて事情を聴き終えた風の一言である。
「余程“どりる”が怖いみたいで……。あ、でも何か可愛かったでしゅ……す」
「可愛い……? アレが?」
「雛里ちゃん、大人だ……」
雛里の言葉にそれぞれ感想を漏らす瑠里と朱里。二人が見つめる先には、未だ尻を庇いながら李典を警戒し続ける横島の姿。そんな姿を見ては、雛里の発言内容は信じられないようで、揃って首をかしげている。
一方、警戒され続けている李典はといえば、身動きが取れない状況であった。横島の反応が面白くて悪ノリをしてしまった結果、今では彼女が声をかけるだけで横島が悲鳴をあげるようになってしまったのである。
(何も悪いことしとらんのに悲鳴あげられるってーのは気分よーないな。いや、ウチが悪ノリしたんが悪かったんか……ホンマに嫌やったんやな。かと言って、謝ろうにも……ウチが動いたり声をかければ即悲鳴。こんなとこ凪に見られでもしたら……)
自分の悪ノリのけ結果が招いた事態と、このままでは実現するであろう光景に青ざめる李典。彼女本人としては、さっさと謝罪なりをしてこの場から退散したいのだが、状況がそれを許しそうにない。それでも、何とかしなければと横島に声をかける。
「あ、あんな? まずは落ち着こ? ウチは別に兄さんに危害は加えんて……」
「いややー! そんなこと言ってワイが油断したらブスってやるに決まっとる!」
「ああ、もう! いい加減ちっとは話を聞かんかい!」
幾度も繰り返されたやり取りに遂に我慢の限界が来た李典が吠える。その声は大きく、横島たちから視線を外し情報を整理していた風たちや、通りかかった村人の注目を集めるには十分であった。
「ええか!? ウチはアンタに何ら思うとこがない。つまり、アンタをブスっとやる理由がないんや! せやけど、いつまでもガタガタ抜かすようならホンマにコイツで刺したろか!?」
その言葉と同時に螺旋槍を横島に向ける李典。向けられた横島はと言えば、恐怖からか声をあげることも出来ず、地面に座り込んでいる。
「子考様っ!」
そんな横島の姿を見た瑠里が、声をあげ駆け出す。李典が本気でそう思っているのかは彼女には関係ない。ただ横島の元へ。それだけを心に走る。
その彼女の横を駆け抜ける影。その影は、李典に近づくとそのまま拳を振り抜くのであった。
「お前は何をやってるんだ! 真桜!」
李典――真桜――を殴り飛ばした影の正体。それは、真桜の友であり、この村を守る自警団の一員にして気弾を飛ばす銀髪の人。名を楽進文謙……真名を凪と言う少女であった。
「うちの曼成がご迷惑をお掛けしたようで……申し訳ありません」
真桜を殴り飛ばした後、凪は未だ地面にへたり込む横島へと手を差し伸べながら謝罪の言葉を告げる。殴り飛ばされた真桜はと言えば、殴られた頬を手でさすりながら弁明の言葉を紡いでいた。
「ったたた……もうちょっと手加減しれくれたっていいやんか。大体、ウチはそんなに悪ない。そのお兄さんがウチの螺旋槍を怖がるから、ちょっとからかっただけや。ホンマに刺すつもりなわけないやないか」
「お前は……怖がっているのが分かっているのにからかったのか!」
「うぅ……そりゃ、ちょっとやり過ぎたかなぁ~ってウチも思うたけど……。その兄さんも……いや、何でもない。ウチが悪かったわ」
凪の言葉にバツの悪そうな顔をしてそっぽを向く真桜。彼女からすれば、横島が過剰に反応していたのも悪いと言いたいところだが、丸腰相手に武器をチラつかせたという負い目ややり過ぎたという自覚がある為、これ以上弁明せず素直に謝罪する。
そんなやり取りを凪と真桜がしていると、横島たちのそばへ駆け寄った瑠里が二人に話しかける。
「あ、あの……そちらの方は別に子考様に危害を加えたりは……?」
「せんせん。その兄さんがウチが動くたびに怖がるから、ついカッとなって言っただけで、実際にやるつもりはない。お嬢ちゃんからも言うたってや? ウチは何もせんって」
「そ、そうですか……それならいいのです」
螺旋槍から手を離し告げる真桜の姿に、嘘はないと判断した瑠里は剣の柄に添えていた手を外すと、未だ差し出された凪の手をジッと見つめている横島の元へと歩みよるのであった。
一方、横島たちはと言えば未だ手を取らず、立ち上がろうともしない横島に凪が困惑していた。何処か痛めたか、腰を抜かしたかと更に横島に近づく凪。
そんな中、自分たちの方へ近づいてくる瑠里へ意識を向けた次の瞬間……凪の体は横島の腕の中にあった。
「へ? え? ちょ?」
「うぅ……アンタいい人や。美人で強くて、優しい……ホンマいい人や」
「び、美人って……こんな傷だらけな女に向かって……って、それより離せ!」
自分の置かれた状況と横島の言葉に少々混乱していた凪であったが、正気に戻ると横島を離そうとする。しかし、こんなオイシイ状況を逃がしてたまるかと、横島も抵抗する。
そんな二人の闘い? を止めたのは風の声であった。その傍らには、瑠里たちの姿もある。
「お兄さん、“はぐ”はそれくらいにしてください。でないと、怒りますよ?」
やんわりと告げられた言葉。だが、その言葉に言い知れぬ威圧感を感じた横島は素直に凪を解放するのであった。
一方、解放された凪はと言うと、横島の手が届かない距離に移動すると風に向かい“はぐ”について尋ねる。この間、若干頬が赤いことをからかってきた真桜に制裁を加えることも忘れてはいない。
「その“はぐ”とは? 先程の抱擁のことのようですが……」
「“はぐ”はですねー。お兄さんの故郷の風習なのですよ。親しい男女が挨拶する時や、感謝の気持ちを示すときにする抱擁なのですよ」
”はぐ”について説明する風。然り気に、挨拶以外の用途――感謝――が増えている。どうやら、”はぐ”を気に入った風は、横島のフォローをするついでに”はぐ”をする機会を増やすつもりのようである。
因みに、瑠里、雛里、朱里の三人は未だに“はぐ”をしたことはない。“はぐ”が嫌だとかではなく、風が彼女たちの前で“はぐ”を強請ったことがない為、存在を知らなかった為である。
“はぐ”を知った三人は、その光景を妄想したのか少々顔が赤い。彼女たちが横島に“はぐ”を強請る日はそう遠くなさそうである。特に、横島に助けられた雛里と瑠里の二人は。
風の説明に変わった風習もあるものだと納得する凪。そんな凪に、風は横島を助けたことへの礼を告げると同時に、真桜と凪にある頼みごとをするのであった。
――おまけ:風の朝 宿編――
「ふわぁ~。ううぅ……まだネムネムなのですよー」
『こら、二度寝するな。二度寝するんなら旦那んとこ行ってからにしろ』
「……分かっているのですよ、宝譿。今日こそは、お兄さんの寝台に侵入を……」
『おい、嬢ちゃん! 起きろって! 旦那んとこ行くんだろ!?』
「うるさいのですよ、宝譿。……では、お休みなさい」
宝譿を寝台の外に投げると、寝台に伏せて寝息を立てる風。
こうして、今日も風は横島の寝台への侵入に失敗するのであった。
十七話です。色々忙しく、執筆が進みません。それもこれも職場でインフルが流行ったせいなんですが。皆さんもインフルにはお気を付けください。
取り敢えず、凪登場。沙和は……ここでは出ないかもしれません。竹かごでも売りに行ってるかも。
おまけについては、おまけなのでおまけだなぁと思ってください。宿編とかありますが、気にしないでください。
これらは拙作内設定です。
ご意見、ご感想お待ちしております。
活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。割と更新してます。