一言:お待たせしました
「では、ここから私は別行動をさせて頂きます。お土産を期待していてくださいね? そうだ! 折角洛陽に行くのですから、古書……軍略書とか如何ですか? 一緒にお勉強しましょう」
「いや、お土産は別にいいから。元直ちゃんが無事に戻ってくれれば……いや、これホントだよ? うん。決して、勉強がいやとかじゃないよ?」
「はい! 必ず無事にあなたの元に戻ります!」
瑠里の言葉に何処か引きつった顔で答える横島。明らかに別の意図が感じられる横島の答えだが、気遣われた瑠里は嬉しそうである。
瑠里はここから陳留を目指す横島一行と一度別れ、洛陽へ向かう商隊に同行し一路幽州を目指すことになっている。そこで、幽州に現れると予言されている者――『白の御使い』――について探る予定なのである。最も、既に現れている場合は良いが、待てども待てども現れない可能性も十分にある。その為、調査期限を幽州に着いてから三ヶ月と定めている。無論、その間に幽州や洛陽の調査も欠かすつもりはない。
横島との会話を終えた瑠里は、水鏡女学院の同級生である朱里と雛里の元へ向かう。
「瑠里ちゃん、気をつけてね。手紙の内容は、まずは『横式暗号ノ弐』を試すとして……。あ、宛先どうしょう?」
「う~ん、私たちが陳留に到着するまで大体三週間くらいで、陳留から洛陽までが二週間くらい。それだって、手紙を運んでくれる商隊が丁度良く見つかればだし。幽州だともっとかかるよね……」
「じゃ、こうしようよ。陳留の拠点を決めたという手紙が来るまで、私は洛陽で待機。勿論、その間も色々情報は集めるよ。そして、手紙が来たら幽州に向かい始めて、幽州での拠点が決まるまでは、こっちからの連絡だけ。本格的な情報のやり取りはその後ってことで」
一通りの挨拶を交わした後、話題はこれからの連絡方法へと変わっていく。彼女たちは、情報のやりとりとは別に、独自に開発した暗号――『横式暗号』――の試験運用を目的に定期的に連絡を交わすことにしていた。
『横式暗号』とは、算術の勉強中に横島が使っていた文字――アラビア数字――を目にした風たちが、横島の操る文字に興味を持ち追求したことから生まれた暗号である。
今ではひらがな、カタカナ、アルファベットを組み合わせただけの暗号から、横島が知る暗号――『たぬき暗号』など――を組み込んだ暗号と、数種類の暗号を開発していた。
それからしばらく雑談していた横島たちであったが、商隊の準備が整ったと声がかかる。
声をかけてきたのは、瑠里と同じく商隊に同行し洛陽へと向かう村の人間である。彼女は、普段は凪や真桜と行動を共にしているのだが、洛陽の最新ファッションを見に行くために今回は別行動になったそうである。
それはさておき、改めて瑠里は出立の挨拶を横島たちと交わす。
「じゃ、オレたちは陳留で待ってるから。用事が済んだらすぐにこっちにおいで」
「はい! 必ずや子考様のお傍に参ります!」
「瑠里ちゃん、気をつけてね? 子考様は私と雛里ちゃん、仲徳ちゃんが立派な君主にきょ」
「あわわ、朱里ちゃん! それは、子考さんには秘密なんだよ!」
「はわわ、そうだった! 子考様には、子考様調教計画(仮)は内緒だったんだ!」
「ふわわ、子考様を理想の君主に育て上げると言う私たちの計画が……!?」
何やら、横島の知らぬところで怪しげな計画が密かに発動していたようである。それをうっかり漏らしてしまった朱里を筆頭に、三人は次々と墓穴を掘っていく。それを止めたのは、計画の提案者である風であった。
「大丈夫ですよ、三人とも。お兄さんなら李典さんに飛びかかって撃墜されてます。聞こえてませんよ。いやはや、あれほど恐怖していたというのに、もう平気とは……恐ろしきはお兄さんの煩悩ですね」
風の言葉通り、横島は先程瑠里に出立が近いと声をかけてきた村人と話している真桜へと突撃していた。つい数時間前は、真桜の持つドリル――螺旋槍――に恐怖していたのが嘘のようである。今や、彼は完全にドリルのトラウマを克服していた。
因みに、風が横島にどうやって克服したのかを尋ねたところ、次のような答えが返って来たそうである。
『どうやって克服したかって? オレの煩悩の前には、ドリルの恐怖なんてのは吹けば飛ぶ紙切れみたいなもんさ。そう、あの乳に近づく為なら、オレは文珠だって使ってやる!』
……どうやら、横島は文珠を使用してドリルの恐怖を『克』『服』したようである。文珠の使用を躊躇わない横島の煩悩が凄いのか、それともそこまでさせる真桜(の乳)が凄いのだろうか。
それはともかく、横島が計画について聞いていないことを確認し、落ち着いた瑠里たちは何事もなかったかのように、挨拶を再開させる。このあたりの切り替えの早さは、流石は軍師を志す者といったところである。
「ではでは、お気を付けて。洛陽までの道中は商隊と一緒ですから、比較的安全でしょうが、幽州までの道中は本当に気をつけてくださいね? まぁ、重々承知しているでしょうが」
「ええ、承知しています。しばらく大規模戦闘はありませんでしたが、昔から小競り合いが多い地ですからね、幽州は。賊も多いそうですし」
「こう考えると公孫賛さんも大変だよね。異民族の相手に賊討伐。その上、“白”の予言のこともあるし」
その雛里の言葉に、未だ会ったことがない公孫賛に対し、憐憫の情を抱く瑠里たちであった。
それから、十分程経って瑠里は商隊と共に洛陽へと旅立っていく。見送る横島たちの姿が、見えなくなるまで瑠里は何度も振り返るが、やがて彼らの姿が見えなくなるとゆっくりと前を見据える。
その視線の遥か先には、洛陽がある。そこで、情報収集をしながら連絡を待ち、その後は幽州に向かい“白”について調べる。最短でも四ヶ月は、皆とは会えない。そのことを寂しく思う瑠里であったが、自身の太腿に巻いている布を思い気合を入れる。
(大丈夫。これが皆と私を繋いでくれてる。それに、子考様と約束したもの)
瑠里は無事に再会するという約束の他に、横島とハグしたときにこっそりと耳元で告げた約束に思いを馳せる。その約束とは……
「真名を交換するって」
「うん? 何か言った~?」
「にゃ、何でもないでしゅよ。文則しゃん」
「あはは、元直ちゃん噛みまくりなのー」
――おまけ 然り気にハグ浸透中――
これは、瑠里が洛陽へと出立する直前の横島たちとのやり取りの一部である。
「ささ、元直ちゃんこちらに。はい、そこで両の手を広げて。そう、そのまま」
風に促されるまま横島の前に立ち、両手を広げる瑠里。朱里たちよりは大きいとは言え、十分小柄な瑠里である。傍目には、横島に抱っこをねだっているように見える。
「さ、お兄さん。元直ちゃんに“はぐ”を。それはもう、熱烈なやつをお願いします」
「熱烈って言ってもな~。ま、いいか。じゃ、いくよ?」
「ひゃ、ひゃい! いつでもどうじょ!」
横島の問いかけに、顔を真っ赤に染め上げた瑠里が答える。その様子に苦笑しながら、横島は瑠里をゆっくりと抱きしめるのであった。
余談ではあるが、瑠里と横島のハグが終わるまで雛里と朱里の二人は、ずっと顔を両手で覆っていた。勿論、指の隙間からガン見していたことは言うまでもないことであろう。
ようやくの十八話です。色々考えましたが、我が道を行きます。短かろうが、展開が遅かろうが関係なくあげます。
瑠里は一旦退場。死亡フラグ立ててますが、特に何も起こりません。
次回は、横島一行の陳留の旅です。
洛陽―陳留間の日数(商隊基準)。横式暗号。幽州情勢。
これらは拙作内設定です。
ご意見、ご感想お待ちしております。
活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。割と更新してます。