「司馬仲達にございます。天より遣わされし御使い様」
土下座の体勢から身を起こし、司馬仲達は名乗る。その相貌は幼さを感じさせはするが整っており、何よりも目を引くのが長い白髪と、瞳。彼女の瞳は焼けるような赤。灼眼であった。
「このような粗末な屋敷に足を運び頂き感謝致します。まずは…」
「粗末とはなんですか」
話を続けようとしていた仲達であったが、粗末と言われたのが我慢ならなかったのか、それとも別の理由かは分からないが母の司馬防により頭をはたかれることにより遮られた。
「何をするのですか、母上」
「何をするではありません。まずは御使い様たちをお席に案内なさい。話はそれからです」
「いや、今案内しようと……」
「ん?」
司馬防の睨みに視線を逸らした仲達は、横島たちに笑顔を向けると彼らを屋敷の奥へと案内するのであった。
「改めまして、司馬仲達にございます。以後、宜しくお願い致します。従者の皆様方も宜しくお願い致します」
横島たちを席に案内した仲達は、横島の正面に座り改めて挨拶を行う。母である司馬防は臨席しておらず、司馬家からは仲達一人。横島側は端から順に雛里、風、横島、華琳、朱里である。
「私は子考の臣と言うわけではないのだけど」
「まぁまぁ、そう怒らないの。そんな不機嫌な顔していると、折角の孟徳ちゃんの可愛い顔が台無しだぞ? 仲達ちゃん、この娘は曹孟徳ちゃん。陳留の太守で、オレの部下ってわけじゃないんだ」
不快ですと言わんばかりの華琳の態度に、慌てた横島が華琳を宥め部下ではないと訂正する。ここに例の姉妹がいれば、すぐさま姉に斬られていたことだろう……横島が。
「これは失礼しました。御使い様の近くに居られたのでてっきり。それで、差し支えなければ御使い様の御名を……」
「ああ、自己紹介か。オレの名は、横子考。こっちが曹孟徳ちゃん。で、オレの隣が程仲徳ちゃんで頭の上のが宝譿。その隣が鳳士元ちゃん、最後にそっちの奥が諸葛孔明ちゃん」
身振り手振りを交えながら、風たちを紹介する横島。その仕草と言葉使いに、戻ったら白寧に礼儀作法を叩き込みなおして貰おうと考える風たちであった。そんな風たちの考えを知らない横島は、仲達に何故ここに来ることや御使いのことを知っているのかを尋ねる。
「子考様……と呼ばせて頂いても?」
「いいけど」
「では、子考様と。御使い様のことも今日訪れると判断したことも星を読んだ結果です。無論、それだけではありませんが。そうですね、例えば御使い様については目撃情報と噂の予言を照らし合わせました。子考様が移動したと思われる経路では、ある目撃例が多発していたのですよ」
「目撃例?」
微笑を崩さず自身がどのようにして、御使い――横島――に辿り着いたかを説明していく仲達。
「そうです。夜、碧色の光る何かを見た……と。遠方から見たものばかりでしたので、それが何かまでは分かりませんでしたが、恐らく碧の剣ではないかと同じような情報を集めさせました。結果、ある街で子考様が血まみれの服を新調したことに辿り着き、確信したのです」
そこまで言うと、仲達は聖句を詠むようにある一節を口にする。
「『碧に輝く剣を持つもの。蒼き衣に紅の額当てに身を包み、荒野に降り立つ。白き知恵、輝く衣を纏い山野に降り立つ』この近辺に語られていた予言です。前者が、子考様であると判断しました。黒い体躯の巨馬に乗ってきた人が陳留で食客になった噂になっていましたから、巨馬の目撃情報と合わせれば痕跡を追うことは容易でしたね」
どうやら、碧の何かの目撃情報より黒風の目撃情報で人相や経路を辿られたらしいと判断する風たち。よくよく考えれば、目立っていて当然であった。
「他にご質問は?」
「では、私からいいでしょうか?」
「どうぞ、諸葛孔明様」
問いかける朱里に柔らかな微笑みを向ける仲達。微笑みを向けられた朱里は、目測で自分の二倍強はあろう仲達の胸のふくらみに苛立つ自分を抑え質問を行う。
「子考様を知り、今日の場を迎え、あなたは何を思うのですか? 敵意がないことはわかります。ですが、司馬家は漢の名門。忠臣であったはずのあなた方は天の御使いに思うところはないのですか?」
朱里は敢えて忠臣であったと過去形にした。母、司馬防がこの地に隠棲状態であること、仲達が未だどこにも仕官していないことから、漢室と距離を取りたがっていると判断したからである。また、これは同時に漢臣である華琳へと向けられたものでもある。天の御使いと言うこれ以上ない肩書きをどうするのかと、問いかけているのである。
「そうですね……是非とも旗下に加えて頂きたいと思いました。私たちは姉を除き、漢臣ではありませんから、例え、子考様が漢に弓引くことになろうと構いません。姉なら、生き延びることくらい出来るでしょうし。漢を変えることになるのか、滅ぼすことになるのかは天ならぬ我が身には分かりませんが、今の腐った漢室に、天に歯向かってまで守る価値がないのは確かですから。そうでしょう? 太守様」
「仮にも漢の臣である陳留太守を前にしてよくそこまで言うわね。尤も、曹孟徳個人としては同意するけど」
仲達の過激な発言を笑って流す華琳。
「そうですか。では、問いを続けましょう。子考様は、以前太守様にどのような世を目指すかと問われ、こうお答えになりました。『美人の嫁さんを貰って平穏に暮らしたい。そんな普通な世界がいい』……と。あなたは如何思われますか」
改めて人の口から語られた横島が羞恥に悶えているのを横目に、問答を続ける二人。横島の隣に座る、華琳と風は二人の問答を聞きながらも横島の反応を心から楽しんでいるようである。
「いいではないですか。天の御使いが伴侶を得て、平穏が普通となる世に暮らす。それ即ち、争いのない世ということですから」
「……私からの質問は以上です。あとは仲徳殿にお任せします」
質問中、微笑みを崩すことのなかった仲達にやり難さを感じる朱里であったが、仲達の能力は横島の利になると判断する。現状の漢に失望しているという点で、横島を旗印に漢に対しようとする可能性が残るが、状況次第ではそれも視野に入れているので構わない。横島を巻き込んで強引にことを起こされることだけはないように目を光らせようと朱里は決意する。
朱里から質問する順番を譲られた風は、宝譿を横島の頭上に移動させると仲達を見据えて問いかける。
「では、白の御使い。こちらについての情報も持っているはず。そちらについては、どうお考えなのですか?」
――その頃の瑠里ちゃん その2――
「最近、黄巾党と名乗る賊が多いようですね」
「そうなんだよなー。幸いと言っちゃ悪いが、幽州では目撃例は少ないけどな。賊も分かっているんだろうさ。ここが荒れると、異民族が漢に迫ることになるってな」
太守の執務室にて執務中の瑠里が問うと、同じく執務中の公孫賛が答える。もっとも、瑠里が任されているのは内務の一端ではあるが、重要度が低く簡潔な部分のみである。それでも、公孫賛の倍以上のスピードで処理していく様は流石というしかない。
そんな二人の元に、書簡と共に兵士から多くの兵を連れて面会を希望している人間がいるとの連絡が入る。
「面会ねぇ。名は?」
「劉玄徳と。他に将が二名。あと、よくわからないのですが……彼女らにご主人様と呼ばれる男が一人。こちらは、材質不明の衣服を身にまとっています」
「玄徳……あいつか。将はともかく、ご主人様ってのはなんだ? まぁいい、会えば分かるか。城主の間に連れて来てくれ」
旧知の名であることから会うことにする公孫賛。ただ、ご主人様という謎の男については、首を傾げていたが。
そんな公孫賛に瑠里は会うのかと質問する。
「お会いになるのですか」
「ああ。折角、旧知の仲が兵を連れて訪ねてきたんだしな。ま、兵ってのは虚兵かもしれないけどな。世直しの旅をするって言ってたが、武将はともかく兵を食わせてやれるほどの手柄はあげてないだろうしな。この周辺にそういう一団がいるとも聞いたことないし」
「そうですね。一団を率いていたのなら、流石に耳に入りますよね。と言うことは、出来て間もない集団。乱世が来ると予見しているものであれば、兵を先んじて集めることは可能ではありますが……先立つものがないと言う太守様の予測が正しければ、それは形だけの虚兵。流石ですね、太守様」
「だから、伯珪でいいって。ま、あいつのことだから旧知の私の領地で兵を募る許可を貰いに来たってとこかな。近くに来たからといって、私のとこに寄るような奴じゃないし。ましてや、私の配下になる気なんて欠片もないだろうさ」
「そこまで分かっていながら、会われるのですか? 領民を奪いに来たかもしれない人と」
瑠里の言葉に、少々考え込む公孫賛だったがすぐに結論が出たらしく答えを返す。
「会う。もしかしたら、私を懐かしんで会いに来たかも知れないしな。それに、例え予想通りだとしても構わない。許可も出してやるさ。選ぶのは民だ。選ばれなかったのは私の落ち度。民に望む未来を見せれなかった私のな。それでも私は、あいつではなく私を選んだ民を守る。無論、それなりの成果は見せて貰うがな。ちょうど、さっき話してた黄巾党って賊の目撃情報も入ったからな。私を選ばないのだから」
そういって先ほど兵士が持ってきた書簡を見せる公孫賛。そこで力を見ようと言うのであろう。連れて行くのなら、この程度やってみせろと言うことかもしれない。瑠里は穏やかな公孫賛が何故、異民族に白馬長史と恐れられるのか。その一端を見た気がしていた。
司馬家会談の第一弾をお送りしました。次回は第二段。
白い彼が何をしていたか。その一部が明かされることになります。
司馬家関連。
これらは拙作内設定です。
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活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。