道化と紡ぐ世界   作:雪夏

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司馬家会談その2


四節 どうか宜しくお願いいたします

 

 

 

 

 

「白の御使いですか」

 

 風の問いに今まで崩すことがなかった仲達の微笑みが、一瞬曇る。そのことを怪訝に思った一同であったが、口をはさむことなく待つ。

 

「そうですね。最初、彼を見つけたのは幽州の太守――公孫賛の元に天の御使いが現れたという情報が出てきた時です。これは民草の噂話程度ですので、漢室はまだ知らないと思います」

 

 民草の噂も収集しているのだと、情報の一部を明かしながら語っていく仲達。

 

「子考様の場合、外見から御使いだと判断する特徴が赤の布だけでした。ですから、推測と情報を積み重ね照らし合わせたのですが、彼の場合、特徴的な衣服でしたので出現から現状までこと細やかに情報を集めることが出来ました」

 

「特徴的な衣服ということは、やはり?」

 

「ええ。彼の衣服は光を反射しているかの如き光沢があるのです。予言にある『輝く衣』ですね」

 

 その言葉に各々、想像するがうまくイメージがまとまらない。横島に至っては、メタルヒーローを想像していた。

 

「彼の出現は幽州にある五台山の麓です。その方角に流星が落ちたと言う証言がありますし、その近くの村が最初の目撃情報なので間違いないでしょう。そのとき、彼は連れの三人の女性たちと無銭飲食でただ働きをしています」

 

 その言葉に思わず噴出す横島。横島も無一文でこの世界に放りだされたが、風たちと出会ったことでその心配はなかった。彼の方も、早々に現地の人と遭遇したようだが、出会ったのが風たちの方でよかったと思う横島であった。

 

「その後は、その女性たちと行動を共にし、最新の情報では幽州の太守への面会を虚兵で実現させたようです。彼が発案したかまでは定かではありませんが、予言通り知恵は回ると思ったほうが良いでしょう。虚兵を集めるのに、不可思議な道具を天の道具として売ったようですし、資金源となるものを他にも持っている可能性もあります。あと、同行する女性たちにご主人様と呼ばせています」

 

「同行しているのって、美人?」

 

「そう聞いてます」

 

 見た目麗しい女性たちにご主人様と呼ばれていることに、羨ましい気持ちを抱いた横島だったが、自分から呼ばせているとなるといけ好かない奴だろうと判断する。

 朱里と雛里も羨んでいたが、横島とは羨む対象が違う。彼女たちは内心横島をご主人様呼びしたいので、女性たちを羨んでいるのである。最も、強要しているのだとしたら、最低だとは思っていたが。

 

 そんな何処かずれた感想を抱いている一同であったが、同時に虚兵に関しては感心していた(横島を除く)。資金源となりえるものを所持しているという話も興味深い。それなのに、無銭飲食をしたのかという思いもあったが。

 

「と言うわけで、私としては白の御使いに思うところはありません。幽州太守との面会した白の手腕は認めますが、曹太守の食客になられた子考様もそれは同様。現状、明らかにどちらが優れていると判断できない状態では、優れた家臣を持つ子考様に仕えるのが必定です」

 

「どういうわけ?」

 

 仲達の結論に、首を傾げる横島。そんな横島に華琳が解説する。

 

「つまり、白も子考も本人の評価は同じくらいってこと。私からすれば無銭飲食とか天の道具を売ってるってのは、迂闊だと思うけど、あなたも夜中に力を使っているのを目撃されているから一緒でしょ? 為したことも、同じく太守への面会。子考の場合は、それから進んで食客だけど、白も似たことになるでしょうからその差に意味はない」

 

 そういうと華琳は風たちに視線を向ける。

 

「為した事を見ても判断がつかず、人柄は会わなければ伝わらない。じゃあ、残りは何で判断するかと言うと、家臣で判断するのよ。向こうは一緒になって、無銭飲食をする輩。こっちは?」

 

「頭が良くて可愛い風ちゃんに、同じくらい頭が良くて可愛い孔明ちゃんと士元ちゃん。あともう一人いるけど、その娘も同じくらい可愛くて頭がいいぞ」

 

「あとで、そこも聞かせなさい。と、言うわけで仲達はあなたの方が主として良いと判断したのよ。あくまで現状だけどね」

 

 横島の言葉に照れている三人を横目に、華琳は説明を終える。最後に、現状という言葉を強調して。

 

「これから先、白の方に私が行くことはありません。いえ、子考様以外の方に仕える気がないといい直しましょう。直接会話をし、この方が私の主と確信しましたので」

 

 華琳の言葉の裏に含まれた意味を正確に受け取った仲達は、改めて自分の気持ちを告げる。

 それを受けた横島は、風や雛里たちに顔を向けると、元から仕官を勧めていた三人は頷きを返す。仲達が横島に仕えることが決まった瞬間であった。

 

「オレは横子考。宜しく」

 

「司馬仲達。どうか宜しくお願いいたします、子考様」

 

 

 

 仲達の仕官が決定したことで、次は華琳との話し合いだと身構える横島たちに、そういえばと、あるものを取り出す仲達。

 

「先程話していた天の道具というのが、こちらになります。少々値が張りましたが」

 

「これは……ボールペン!? そんなんがお金になんの!?」

 

 仲達が取り出した道具――ボールペン――に驚愕する横島。その反応を見て、改めて横島が天の御使いなのだと華琳と仲達の二人は認識する。また、先に霊能力を見て確信していた風たちは、幽州に現れたのが本物だと確信を持つのであった。

 

「で、これは何なのかしら? あなたの言い方から察するに、天ではありふれたもののようだけど?」

 

「ありふれたも何も、筆記具だよ。何か書くものある?」

 

「これを」

 

 ボールペンを手に持つと、仲達が差し出した木簡に試し書きをする横島。紙ではないので、若干書きにくかったがすらすらと文字を書く。書かれた文字は横島忠夫という名前。試し書きということで、思わず名前を書いてしまったようである。

 

「こんな感じかな。で、中の芯に入ったインク……この黒い奴な? これが無くなるまで書くことが出来るんだ。インクがなくなったら、芯を交換して使う……って、どうしたの?」

 

 名前のことに気づかないまま、ボールペンの説明を続ける横島であったが、華琳と仲達の視線が木簡に向けられたままであることに疑問を持つ。視線を木簡に落としても、そこには自分の名前が書かれているだけである。そこで、横島はあることに気づく。

 

「ああ、そっか、読み方が分からんのか。これはオレの名前で……「「「待ってください!」」」……横島忠夫って読むんだけど……って、どうしたの?」

 

 横島の言葉を遮ろうと大声をあげた風たちの奮闘むなしく、自分の名前を告げてしまう横島。真名文化がない横島だから仕方ないとは言え、あまりにもうっかりな本名での名乗りであった。

 

 

 

「いいですか、忠夫さん。前にも言ったように、あなたの本来の名は真名に相当します。軽々しく名乗るものじゃありませんし、軽々しく書くものでもありません」

 

「しっかりしてくれよな、旦那」

 

 風と宝譿の両者に叱られる横島。そんな横島を見ていた華琳だったが、何を思ったのかボールペンを持つと横島の名の隣に文字を書く。

 

「子考。偽名と言うのは予想していたから、別にいいわ。天の御使いなら、名を隠す意味も理解できるし。仲徳の言からして、真名がないのよね? つまり、この名が真名」

 

 そういうと、華琳は木簡を横島が読めるように見せると、高らかに宣言する。

 

「天の御使いというあなたの秘密を守り、漢に売ったりしない。配下にはならないけど、あなたが乱世を静めるというのなら、私に利する限り力も貸す」

 

 突きつけた木簡には、彼女の真名が並んでいた。

 

「曹操孟徳。真名を華琳。真名にかけて誓いましょう」

 

 返答は? と不適に笑うその姿は、確かに覇王の風格を漂わせていた。

 

 

 

 

 

「先越されたよ、朱里ちゃん……」

 

「……そうだね、雛里ちゃん……」

 

「私なんて、この後どうすれば」

 

「一番に真名を交換しといて良かったです」

 

 

 ――その頃の瑠里ちゃん その3――

 

 城主の間にやってきた一行と瑠里と共に対面した公孫賛は、天の御使いと名乗る男に人を見ることの重要性を説くと、彼らを義勇兵の指揮官として賊討伐に向かわせることを決定する。

 自身も出陣するが、戦の方針は彼らに任せようと公孫賛は思っていた。そこには、彼らが失敗しても、必ず自軍なら対処できるという絶対の自信があった。

 

「いいのですか? 彼らに手柄を立てさせても?」

 

「貧困に窮している民も少なくない。それを救うというあいつらの邪魔をする必要はないさ。兵の募集も許可してやったんだ、今回の手柄で玄徳には悪いが出て行ってもらう」

 

 もう少し手元に置くものだと思っていた瑠里だったが、公孫賛は瑠里以上に玄徳を警戒しているようである。

 

「乱世が来れば間違いなくあいつらは頭角を現す。私や先生たちはそれくらい玄徳を買っているのさ。長く私の手にあれば、より多くの民があちらを選ぶことになる。今の幽州にそれを許すほどの余裕はない」

 

 それに、と公孫賛は続ける。

 

「近いうちに黄巾党の討伐令も下るだろうしな。今の朝廷に力はない。これを足がかりに勢力を伸ばす奴らが出てくるだろう。その時に出て行かれるより、この方が影響が少ない。それに今は天の御使いというあの男までいるんだ。扱いは難しいだろうが、うまくすれば一気に勢力を拡大するかもしれん」

 

 その言葉に納得する瑠里。想像以上に玄徳たちを評価しているのには驚いたが、近いうちに去るとはっきりしている連中、それも兵を奪っていく可能性のある相手を長く置く必要はないからである。

 それに、黄巾党の討伐令から始まるであろう一連の見立てにも異論はない。乱世が始まれば、天の御使いに救いを求めるものが増えるであろうことは確実だからである。

 何より、救いを求める民を救いたいと彼らが掲げていることから、各地の黄巾党を相手に奮闘することは想像に難くない。

 

 

 玄徳と彼女たちの御使いは、知恵が回り冷静に公孫賛を利用しようとしてきたこと、乱世に積極的に関わろうという姿勢は、自分たちにとっては厄介だと感じる瑠里であった。

 

 

 

 




 司馬家会談の第二段。まさかの本名流失からの真名交換。そして、仕官したのに空気にされる仲達。真名交換については、ちょっと強引に感じるかもしれませんが、彼女なりの理由があります。それは次回。

 ちなみに私は試し書きのときに名前は書きません。大体、あいうえお。まれに店頭の用紙に苗字書いている人はいますが、フルネームは見たことありません。
 それをうっかり書くのが横島です。嘘です。話の都合上です。
 
 司馬家関連。
 これらは拙作内設定です。

 ご意見、ご感想お待ちしております。感想いただけるとモチベーションあがります。
 活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。

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