華琳の宣言から数刻後。横島と雛里の二人は、逃げた賊の追跡をしていた。
「いやー、さっきの女の子は凄かったな」
「そうですね。私とそう変わらない体格なのに、あんな大きな武器を振り回して……」
「子孝様! 前方に砦を発見しました! あそこに賊が潜んでいると思われます!」
先ほど軍の前に現れた少女のことを話していた横島たちに、部下から報告があがる。それを聞いた横島は、砦の賊たちに気づかれない位置で待機を命令し、本隊である華琳の元へ伝令を走らせる。
「随分、指示が様になってきましたね」
「全部、士元ちゃんが事前にどう指示するかを教えてくれたからね。それくらいは出来るさ」
横島にしては堂に入った所作であったが、これも雛里たちの教育の成果であったらしい。難点は堂々とした態度を長く保てないことだが、美少女に屈強な兵士たち相手に命令する様を見せ付けることは横島のちっぽけな自尊心を満たす行為であった為、命令時態度はどこぞの勇将かと見間違える程である。
その態度と、以前からの評判、出陣前に曹仁子孝として改めて名乗ったことで流石は曹家に連なる者と兵士たちからの信頼は鰻登り状態である。
そんな横島一行であったが、何故彼らが賊の追跡任務に就いているのかと言うと、先述した少女――許緒が関わっていた。彼女は、賊の一味を相手に大立ち回りを演じており、それを見つけた斥候役の春蘭が一緒に賊を討伐。その際、美少女――桂花に無言で睨まれることに疲れ、同行していた横島が賊相手に戦うよりマシだと雛里と一緒に逃走した賊の追跡に出たのである。
因みに雛里については、何故か桂花を睨んでいたことで人見知りだろうと思った横島が同行させていた。
「あの後、女の子はどうなったんだろうな? 住んでるとこに返すかな?」
「どうでしょう。曹太守ならあの武を取り込もうとなさるでしょうし、この近辺の賊――黄巾党を排除するまでは同行させるのではないでしょうか?」
「ああー、あり得るな。それにしても、こっちの世界の子は見た目で判断出来ないよな。あんな小さいのに、あんな武器振り回すし。春蘭だって、あのナイスな体からは想像も出来ない馬鹿力だし」
「それは気のおかげだと思います。武将の多くは、無意識の内に身体を強化していると言われています。これは、戦闘時と日常では身体能力が大きく変化することから推測されたことですが、気を外部に放出する人たちが出てきたことで、気を用いることで身体能力が強化されることが実証された訳です。また、一般的に女性の方が気を使いやすいとされていますね。何故女性が使いやすいのかは未だ解明されていません。素の身体能力が男性の方が高い為、それに対抗する為女性は気を覚えたとか諸説ありますが……」
「もういいから! ほら、華琳たちが着いたみたいだし。ね?」
気についての推察を語りだした雛里を抱え込むことで、発言を抑える横島。華琳たちが到着したのは本当のことなので、雛里もそれ以上話し続けることはしない。
やがて、華琳たちが横島の元にやってくると、春蘭が早速横島に食って掛かる。
「おい! 何故私を置いていった!」
「いや、楽しそうにぶっ飛ばしていたから、つい。それにどっちかは賊を追いかける必要があったし」
「うむ……。お前の言い分は分かった。だが、私に断りなく行ったせいで、華琳様のお前が何処に行ったのかという問いに答えられなかった。おかげで許緒の前で恥ずかしい思いをしたのだ」
「つまり?」
「一発殴らせろ」
そう言うと横島の頭をはたく春蘭。これからのことを考えてか、春蘭にしては手加減された一撃ではあったが、かなり痛そうである。横島が痛みで頭を抱えている中、雛里は先の春蘭の言葉に出てきた名について尋ねる。
「将軍、許緒とは?」
「うむ。許緒は先ほど賊を一人で討伐していた少女のことだ。この度、華琳様が直々に配下にされた。そして、私と秋蘭が面倒を見ることになったのだ」
「きょ、許緒といいます!」
「おう、オレは曹仁子孝。気軽に兄ちゃんとでも呼んでくれ!」
「私は鳳士元。子孝様の軍師です」
「わかったよ、兄ちゃん!」
おずおずと名乗った許緒に自己紹介すると、許緒は一転して笑顔で横島のことを兄と呼ぶ。素直なのか、元々人懐っこいのか元気いっぱいなその様子は見ている横島たちの方が笑顔になるものであった。
そんな戦場に似合わないのほほんとした雰囲気は、偵察に出していた兵の報告の声でかき消された。
「報告します。周囲に賊の姿なし! 全員、あの砦に篭っているものと思われます! また、数はおおよそ三千! 裏手は崖である為、攻めるには正面から近づくことになります!」
「分かった。今はこの場で待機。作戦が決まり次第、行動を開始する!」
「ハッ!」
報告を受けた横島が指示を出すと、兵士はそれを伝える為に下がる。その様子を見ていた華琳はニヤニヤしており、許緒はキラキラした目で横島を見ている。
「あー、どうかしたか?」
「兄ちゃん、かっこいい!」
「そ、そうか?」
軍に所属したとはいえ、それはつい先ほどのこと。許緒には、命令を飛ばす横島が格好良く見えたらしい。それに若干の心苦しさを感じるのは、横島自身が命令を飛ばす自分を嘘っぽく感じているからであろう。
そんな二人に、華琳が話しかける。
「中々様になっていたわよ、忠夫。さて、忠夫が言ったように作戦を決めないとね」
「孟徳様。報告の数程度なら、当初の作戦のままで可能かと。あの砦も想定していた砦の一つでしたので、万が一賊が打って出ない場合も大丈夫です」
「そう。なら、あとは将の配置ね。荀文若。軍師として配置案を述べよ」
「やはり、囮は孟徳様と私で指揮すべきかと。数は千で十分でしょう。伏兵には残りの二千をあてます。将は夏侯両将軍と許緒。ついでにそこの男で如何でしょうか」
事前に話していた策を実行する為の人員の配置を告げる荀彧。横島が秋蘭や雛里を伺うと、彼女たちもその配置に文句はないらしい。これで決まりかと思われた所に、春蘭が異議を唱える。
「待った! これでは華琳様の危険度が大きすぎる。せめて許緒を華琳様の護衛に当てるべきだ!」
「何を言ってるの。許緒は貴重な戦力なのよ?」
「むぅ……」
桂花と睨みあっていた春蘭であったが、横島を視界に捉えるとそれならと提案する。
「ならば、忠夫を華琳様の護衛にあてる! こやつなら丈夫だし、華琳様の盾の役目を十分に果たしてくれるに違いない!」
「はぁ!? 冗談言わないでくれる? こんな軽薄で女を孕ませることしか考えてなさそうなスケベな男を孟徳様の護衛にしたら、逆に孟徳様が危険よ!」
あんまりな言い様に肩を落とす横島。一部否定出来ない所があるが、そこまで言われるほど嫌われているとは思っていなかったのである。そんな横島を雛里が慰めていると、華琳が言い争いを続けている二人を止める。
「二人ともやめなさい。春蘭の言うとおり、忠夫は私の傍に置くわ。忠夫、私を守りなさい。出来るわよね?」
「まぁ、人をどうこうしろってのより、そっちのが楽だが……」
「決まりね。士元は忠夫の傍に。忠夫もあなたもこれが初陣。戦場とはどのようなものか、その目に焼き付けなさい」
華琳はそういうと、部隊を囮と伏兵の二つに分ける為の指示を飛ばす。それに従う桂花は、不満そうではあるが華琳が決めたことなら仕方ないと横島を視界に入れないようにしながら、指示を飛ばしている。
「な~んか嫌われてんだよな。オレがっていうより、男全体って感じだけど」
「まぁ、追々どうにかするしかないだろう。大体、お前が私や姉者の胸ばかり見ているから、文若がああいうことを言うんだ。見るならもっとさりげなくやれ」
「あ、バレてんだ。じゃあ、春蘭がオレを良く殴るのは……」
「姉者はそこら辺は無頓着だからな。お前の視線が不快と言う訳ではないだろう。単純に殴りたいと思っているだけだ」
「余計悪いわっ!」
横島の叫びに小さく笑った秋蘭は、春蘭を連れて準備の為に移動していく。それについて行く許緒を見つけた横島は、許緒に話しかける。
「許緒ちゃん!」
「何? 兄ちゃん?」
「気をつけてね?」
「大丈夫だよ、強いから。兄ちゃんや曹操様がやられないように、頑張ってくるね!」
そう力強く宣言すると、彼女は秋蘭たちに追いつく為に足早にかけていく。その様子を眺めていた横島は、雛里の言葉で華琳の元へと歩き出す。
「子孝様、行きましょう。許緒ちゃんは体は小さくとも、その武が凄いことは子孝様も見ましたよね。彼女の心配は要りません。それより、私たちは私たちの為すべきことを」
「分かっているって。ま、華琳の傍なら安全だろ」
「子孝様、油断はいけません。ここは戦場。隣を歩く兵が、次の瞬間には屍と化す場です。私も子孝様も戦を知識でしか知りません。覚悟はして置いてください」
「分かっているって」
安心させるように雛里の頭を二度ぽんぽんと叩く横島。彼の内心は驚くほど静かだった。普段の除霊の時でも、びびりな自分の心臓は激しく音をたてると言うのに、戦場という興奮渦巻く場所にあっても平常通りである。
(これが、“この世界に馴染み易くする為の何か”の成果か。つまり、戦場に対する恐怖の緩和。もしくは、冷静な思考とかか? まぁ、パニックになるよりマシだし、ありがたいっちゃ、ありがたいか)
これから戦場に立つ機会が増えそうな横島としては、役に立つてこ入れだったと思うことにする横島。何故なら横島には、自分は勿論、雛里や華琳を守る必要があるのだから。パニックになれば、助けられるものも助けられないということは横島は良く知っている。
「守る……か」
「そう。忠夫は私や士元を守る為に戦いなさい。私も忠夫を守ってあげる。そうすれば、私も忠夫も士元も死なない。分かったわね?」
「分かったよ。本当、優しいよな華琳ちゃんは」
「そんなことを言うのは、忠夫くらいね」
何時の間にか横に並んでいた華琳は、そう言うと桂花に目配せをし、高らかに号令するのであった。
「今より敵を誘い出す! 銅鑼を鳴らせ!」
今、横島の初陣が始まった。
――その頃、風ちゃん――
「いやー、お仕事がたくさんありましたねー」
「おう、そうだな」
「宝譿が手伝ってくれれば良かったのですが」
「それは無理だぜ、嬢ちゃん。所で、何で旦那の寝所に入ろうとしているんだ?」
頭の上の人形?である宝譿と会話していた風の動きが止まる。そのまま数秒が経過した後、風は両手を胸の前で合わせるとわざとらしく声をだす。
「おお、これはうっかり。今日は忠夫さんはいないのでした。いやはや、朝は起きれず朝駆けが出来ず、夜は夜で眠いので夜這いが出来ず。せめてお昼寝を一緒にと思ったのですが……」
「ま、旦那がいたとしても、昼寝しているとは限らないがな」
「そこは抜かりないのですよ、宝譿。伯寧さんから、この時間はほぼ寝ていると聞いてますので」
「あの侍女は何で知ってんだよ……」
「それは侍女ですからね。お掃除とかで部屋に入ったら寝てたんじゃないですか?」
宝譿の疑問に答えた風は、横島たちが向かった方角を見る。
「今頃、初陣でしょうね。戦場とは、魔が潜む場所です。忠夫さんが帰ってきた時、忠夫さんは変わらず風に笑いかけてくれるでしょうか。魔に憑かれなければ良いのですが」
「まぁ、人が目の前で死ぬからな。戦場に心を置き去りにする兵士も少なく……」
「その時は、風がお兄さんの心を取り戻しますよ。戦場から」
「ま、旦那なら大丈夫だろ」
「そですね。忠夫さんなら、大丈夫でしょう。何せ、忠夫さんですしね」
宝譿の言葉に安心したのか、軽く微笑む風。そんな風に、宝譿が提案する。
「無事に初陣を済ませたら、夜の初陣も済ませちまうか?」
「これこれ、宝譿。下品なオジサンみたいですよ」
宝譿を窘める風であったが、その口元には先ほどよりも深い笑みが浮かんでいるのであった。
今更ですが、桂花登場時の賊って黄巾党でしたっけ? まぁ、大して問題ないので黄巾党で押し通しますが。
季衣との接触が原作一刀よりも少なくなりました。これは、横島の頑丈さを知っている春蘭のせいです。
あと、忘れていた方も多いでしょうが、銅鏡のてこ入れ(銅鏡世界に馴染む何か)が明らかに。横島の推察通り”恐怖の緩和”と”冷静な思考”です。あと、”人を殺すことへの忌避感の軽減”。横島もそうですが、一刀君はこれらの恩恵が大です。
横島の偽名が曹仁。気の考察。
これらは拙作内設定です。
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