「華琳ちゃん、聞いてもいいかい?」
「いいわ。それと華琳と呼び捨てなさい」
「オレたち、銅鑼を鳴らしただけだよな?」
「そうね」
「門が開いていくように見えるんだが」
横島の言う通り、砦の正門がゆっくりと開き始めているのがはっきりと見えていた。
「忠夫は何で門が即座に開いたと思う?」
「さぁ? まさか、オレたちの銅鑼を開門の合図と勘違いしたとかはないだろうし」
「文若はどう見る?」
「その男の言うとおりではないかと。ここに潜む賊たちは、黄巾党の本隊という訳ではありません。便乗した村民の集まりです。洗練された軍隊と同一に考えると、逆にこちらが混乱することになります」
忌々しそうに横島を睨み付けた後、華琳の質問に答える桂花。彼女の見解に異論がないのか、華琳は一度頷くと開きつつある門を見つめ号令をかける。
「このまま作戦は続行! あちらは開門と同時にこっちに突撃してくることが予想される! 全員そのつもりで備えよ! 退却、反転の号令を聞き逃すな!」
「御意!!」
華琳から兵を率いる隊長たちに、隊長たちから兵の一人一人に号令が伝わっていく。何度も訓練を重ねてきたのであろう。千人全員に命令が行き渡るまでの時間は十秒未満であった。
「さ、これからが山場よ。三千を千で迎え撃つのだから。無傷とはいかないわ。忠夫もちゃんと私を守りなさいよ」
「ああ、任せろ。剣も貰ったし、クロの防具も作ってもらったし」
そういって横島は、腰に佩いた剣を一撫ですると愛馬である黒風を一撫でする。黒風は嬉しそうに嘶く。
「その剣の銘は倚天。天をも貫く剣よ。貴方が持つに相応しい剣だと思わない?」
「そうか?」
「他の方が持つと物騒ですが、子孝様が持たれるのならこれ以上相応しい剣はないと思います」
天を貫く剣を天の御使いが持つのが相応しいとは思えない横島であったが、雛里の言うとおり他の人間が持つよりはマシかと思う。桂花は横島が御使いだとは知らないので、こんな男に華琳が剣を下賜されるなんてと不満そうである。
そうこうしている内に、地鳴りと怒声をあげて賊が近づいてくる。それを見て隊長たちが兵士に抜剣の指示を出したのを確認した華琳は、桂花に言葉をかける。
「退却、反転の指示は文若に任せるわ。上手くやりなさい」
「御意!」
敵軍の先頭と、自軍の先頭が激突し怒号と共に戦端が開かれる。今、横島の初陣が始まったのである。
「銅鑼鳴らせ! 反転して攻勢に出る!」
「ここまでは上手く行っているわね」
春蘭たち伏兵が合流し、後方から敵を挟撃した所で攻勢に出る華琳たち本隊。華琳の言うようにここまでは上手く行っていた。春蘭と秋蘭の部隊の殲滅力は素晴らしく、時折空を飛んでいるのは季衣や春蘭に吹っ飛ばされているのであろう。その光景に恐れをなした一部が、砦への退却は無理と判断し何とか逃げようと兵の少ない箇所に突っ込んでいく。
「逃げる敵に構うな! 別部隊に後方から追撃をかけさせる! 伝令! 夏侯元譲将軍の部隊に追撃させよ! 我らは残った敵を殲滅する!」
逃げる敵に近い春蘭の部隊に追撃の命令を出す桂花。すぐに伝令がその命令を伝えに走る。それを見送った横島は、こちらに近づいてくる秋蘭の姿に気がつく。
「ご無事で」
「秋蘭も無事のようね。しかし、文若も中々やるわね。退却、反転、追撃の命。どれも機を逃していない。いいえ、あれは最適と言うべきでしょうね」
「そうですか。こちらから見ても完璧と思いましたが、華琳様までそのように評価されるとは。文若はあそこで斬らずに正解でしたね」
大勢が決したことで馬をとめて会話する二人。そこで思いも寄らない事態が起こる。
少しでも身軽になって逃げようとしたのか、捕虜にしようと近づいてくる兵士たちと距離を取りたかったのかは不明だが、味方が逃げ出したことで恐慌状態に陥っていた賊の一部が、持っていた武器を投げつけ始めたのである。多くは近くの兵によって払われたのだが、その一部が運悪く華琳たちまで飛んできたのである。武人らしく、手にした武器で二人はそれらを払っていき、横島は雛里を抱え当たりそうなものを同じく倚天の剣で切り払っていく。
「おー、怖っ! 大丈夫か、士元ちゃん?」
「はい、怖いですけど子孝様が守ってくれてますから」
「華琳と秋蘭は?」
「これくらい大丈夫よ」
「うむ、問題ない」
二人の返事と見事な武器捌きに心配はいらないと判断した横島は、武器を投げつけてきた賊に視線を向ける。そこには、手持ちの武器だけではなく近くに落ちている武器までも我武者羅に投げていた賊が槍で刺し殺されていく姿があった。
その光景を直視しても動揺しない自分に、改めて銅鏡の効果を確認した横島であったが、そこで感傷に耽ることは許されなかった。賊の一人が最後の力とばかりに、拾い上げた剣を頭上に投げる姿を見たからである。賊は投げた後すぐに刺し殺され、頭上を飛び越えていった武器に注意を払う者はいない。だが横島だけがその最後の賊の足掻きが、未だ指揮を執る華琳に向かっていることに気がついた。
華琳や傍にいる秋蘭は対処したと思ったのか、既に武器を納めており声をかけたとしても、後方から飛んでくるそれを正確に対処出来るか分からない。そう判断した横島は、士元を抱えたまま黒風を華琳を助ける為に走らせる。いや、正確に言うなら黒風は跳んだのである。華琳に向かって落ちてくる剣に向かって。
それを目撃したものは多かった。華琳の頭上を跳び越えた
それら全てを為した男の姿を、その場にいたものは目に焼き付けていた。
後に、この光景は数々の物語で紡がれて行くことになる。曹仁子孝。真名を横島忠夫。彼の最初の見せ場として。
――その頃、澪ちゃん――
「ああ、忠夫様。澪は貴方の為に、頑張っております」
澪と朱里の二人は、情報の整理及び情報網の構築案を作成していた。時折、雑談を交えながらの作業は概ね順調にいっている。
「こうしてみると、南陽方面の情報が少ないですね」
「そうですね。おそらく孫家が情報を遮断しているのでしょう。袁家が支配している地の情報に比べ、孫家が駐留している地の情報が不足していますから。著しく不足している訳ではないので、気づきにくいですが」
「そうですね。しかし、孫家の二の姫、孫権仲謀のいる地は防諜がしっかりしています。商人を使って集めた情報も少ないですが、細作は全員帰ってきていませんね」
「そうなんですよね。私の情報源は主に商人なのですが、細作を使っていないわけではありません。それなりの実力を持っている筈なのですが……。まぁ、裏を返せば防諜をしっかりする必要があるといっているようなもの。長姫である孫策伯符は、袁家のお膝元ですから自由に動けない。末の姫のいる地は他と同じ程度の防諜。つまり……」
「袁家に対し、何かしらの準備をそこで行っているということですね。黄巾党が各地で現れているので、それを討伐する名目で勢力の強化を図っているのでしょう」
孫家に対し推論を述べていく朱里と澪。彼女たちには、同じ光景が見えているのか異論なく話は進む。やがて、現状の情報でこれ以上は判断できない所まで情報を整理すると、澪がおずおずと朱里に話しかける。
「あ、あの……聞きたいことが」
「は、はい。何でしゅか!?」
澪に話しかけられた朱里が噛みながら答える。情報整理という仕事なら問題はなかったのだが、本来人見知りなところがある朱里にとって話題が尽きた現状は、何を話せばいいのか緊張してしまうようである。
「あの、忠夫様のことを教えて頂きたいのですが……。好きな食べ物とか、何時ご就寝になるのかとか」
「あ、はい」
その後、勢い込んで横島のことを尋ねる澪と、噛み噛みでそれに答えていく朱里の姿があった。
ノリで倚天の剣を横島の佩剣にしてしまいました。華琳の武器は絶だし、いいですよね。
あと、横島の見せ場を作りましたが、これが最初で最後になる可能性もあります。
倚天の剣。
これらは拙作内設定です。
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