道化と紡ぐ世界   作:雪夏

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その頃シリーズはお休みです。


十一節 百歩譲って

 

 

 

 

 初陣を終え陳留へと戻った横島は、城門まで出迎えに来ていた風たちと合流した後、そのまま華琳たちと一緒に城主の間まで移動していた。

 そんな一行を出迎えた文官たちは、早々に華琳から論功行賞は書簡で通達、休憩を挟んだ後に軍議を開くとだけ告げられ、戦勝の喜びを告げる間もなく華琳の指示を実行に移していくのであった。

 

 

 

「さて、あの程度の賊の討伐とは言え、黄巾賊討伐の功は功。明日は大々的に論功行賞をして、本格的な黄巾賊討伐に向けて弾みをつけたいとこだったんだけどね……」

 

 今回の論功行賞の内訳を指示し、それを受けた文官が退出すると横島たちに向き直り口を開く華琳。先程の文官以外は既に退出済みな為、城主の間には太守である華琳と横島一派、華琳の腹心である春蘭、秋蘭。先の討伐で新たに加わった許緒と、今回の件での沙汰を待つ桂花だけ。その内、華琳の言葉から彼女の気持ちを窺い知れたのは、賊討伐に従事していた桂花と秋蘭、雛里の三人だけであった。

 

「同行しなかったあなた達には分からないことよね」 

 

 華琳は風たちに向かって今回の討伐について、秋蘭と桂花に説明させる。これは華琳側の人間に語らせることで、華琳側――主に桂花――と横島側との交流させる為である。主に秋蘭が語り、秋蘭では分からないことを桂花が補足する形で進められた。

 

「と、言う訳で忠夫は私と華琳様を助けたのだ。まるで、英雄譚に出てくる英雄のようであった。忠夫のその活躍を目にした兵たちは、華琳様には”天剣”がついているなどと言い出す者もいたな」

 

「”天剣”……ですか? どのようにして、そのような話に?」

 

 秋蘭の言葉に、風は経緯を確認する。雛里が深刻な顔をしていないので、横島と天の御使いを直接結ぶような話ではないと思っているが、知っておくべきと判断したからである。

 因みに、雛里はその光景を横島の腕の中にいた為に見ることが出来なかったことを若干悔しそうにしており、澪や朱里は横島の活躍に目を輝かせている。その後ろで、春蘭が桂花に絡んでいるのも見えるが、そちらは無視することにした風である。

 

「誰が言い出したかは定かではないが、天高く跳ぶ黒風と剣を両断する腕前からきているらしい。中には、天の光を受けて剣が光輝いていたからという理由もあったが、元々倚天は華琳様が造らせた剣。兵士たちに支給されている剣とは()()()()で作られているから、刀身の輝きは強い。日の光も他に比べれば反射するだろう。現に私には碧く輝いて見えたしな。まぁ、他にそう見えた奴はいなかったようだが」

 

「それはそれは。風もその光景を見たかったですねー。でも、兵士たちの士気は上がったのでは? まぁ、話を聞く限りほぼ戦闘行為は終わっていたようですが」

 

 秋蘭が見た碧い光については気になるが、それほど気にする必要はないと判断した風は、秋蘭に続きを促す。

 

「うむ。士気は向上した。何より黒風の巨体が跳び上がったのを目撃したのが大きかったのだろうな。あれで完全に賊の戦意が尽きたのか、残った賊たちは抵抗を見せることなく捕縛されたよ」

 

「ここまでの話を聞く限り、特に論功行賞を大々的に行わない理由はないように思えますが? 忠夫様の功は戦の功としては評価しにくいでしょうが、華琳様の命を守ったということで特別に褒章を与えればよい話ですし。順当に、首領などを討った者から順に功を……」

 

 澪の言葉を遮るように、桂花が大きくため息を吐いた後、口を開く。

 

「問題になったのはそこよ。アンタたちはそこの低脳な男と違って軍師のようだから、これから話すことがいかに問題か分かる筈」

 

「問題……ですか。それは気になりますね。まぁ、その前に今後はお兄さんを悪し様に言うのは止めて頂きたいですねー。百歩譲って、この場にいる人たちの前でなら多めに見ましょう。ですが、他の兵士や文官の方々の前で言うことは認めません。貴女も軍師ですから、その理由は分かりますね?」

 

 普段の惚けた雰囲気から一転、真剣に桂花に告げる風。主である横島の評判を不当に下げる行為を見逃すわけにはいかないからである。悪く言われることに慣れている横島は気にしていないが、大勢の前で悪し様に言われれば横島の能力に疑問を抱く者が出ないとも限らない。主を支える臣下としては、見逃せないことである。

 因みに行軍中の桂花の言動についてその場で雛里が指摘しなかったのは、その時点では急遽加わった暫定軍師である桂花より、以前黒風を乗りこなす姿を見た横島の方が評価が高く、横島が怒らずに流していたこともあり、桂花が軍師の地位を得ようと必死に噛み付いているようにしか見えていなかった為である。

 事実、今回従事した兵たちの間では横島は度量が大きいと評判になっている。

 

 

 一方、風に告げられた桂花はと言えば、横島の副官的位置にいた雛里は当然として、風と朱里、澪の鋭い視線に驚いていた。わざわざ華琳がこの場に残し、先の討伐について説明させたことから、華琳の軍師になる為に蹴落とす必要がある人物たちだと認識していた。当然、そのように重視されるからには華琳を崇拝しているものだとも。

 しかし、彼女らの能力を確かめる為に挑発的な言い方をした時、誤りであることに気がついた。彼女らは華琳を崇拝などしておらず、戦働きしか出来ない低脳で、煩悩にまみれた色欲の権化のような男を主と見ているのだと。

 中でも、澪は笑ってはいるが、武に疎い自分でさえ気づくような殺気を放ち、腰にある鞭に手を添えており、返答次第ではと如実に語っている。

 

 桂花は一度短く息を吐くと、澪の動きに注意を払いながら風に返答する。

 

「……別に大勢の前でその男の低脳ぶりをわざわざ語る必要もないし、私がその男を蹴落としに掛かっているなどと勘違いされるのも癪ね。いいわ。兵や文官たちの前で、その男を悪し様に言うことはしないと約束しましょう。大体、私がわざわざ真実を語らずとも、その男が低脳なことには代わりないのだから、何れ真実が露見するでしょうしね」

 

 桂花の返答を聞いた風は、真剣な表情を消し普段通りに戻ると、何処からか取り出した飴を咥え、告げる。

 

「まぁ、良しとしましょうか。澪ちゃん、そういう訳なのでこの場にいる面々の前でのことは大目に見てあげてくださいねー」

 

「大目に見るも何も、その方の言葉など私は気にしておりません。忠夫様が気にされないことに、下僕たる私が目くじらを立てるなどありえません」

 

 絶対に嘘だと、その場にいる大半が思ったが誰も口に出すことはしない。指摘しても、惚けるだけだからである。

 

 これでようやく本題に移れると桂花が続きを語ろうと口を開いた時、今度は華琳が遮る。

 

「じゃ、本題に…「待ちなさい」…孟徳様?」

 

「口約束だけでは甘いわ。丁度、文若には罰を与えなくてはならなかったし……」

 

「罰?」

 

「ええ。此度の討伐は先も説明したように、概ね成功よ。文若の働きも申し分なかったわ。だけど、彼女は私に誓った。兵糧が不足したら、私が文若の命を自由にしてよいと。そして、兵糧は……」

 

「不足したのですか? 戦ならともかく、賊の討伐ならばあの兵糧の数は余裕とまでは行きませんが、不足することはないと思いましたが?」

 

 風の言葉に頷く朱里と澪。それに対し、討伐に加わっていた者たちは苦笑を浮かべる。

 

「一言で言えば、人員の拡充による消費の増加ね」

 

「人員の拡充……まさか、許緒ちゃんが食べ尽くしたと?」

 

「許緒が健啖家であることには違いないけど、それだけなら何とか足りた筈よ。実際には、許緒を気に入った春蘭が戦勝祝い兼歓迎会と称して宴を開いた結果、全員が普段より食べたから。今回ほどではないけど、勝ち戦の場合、帰路の食事の量が増えることは珍しいことではないわ。疲れた兵たちを労うためにね。無論、それを前提に兵糧を用意することはないわ。あくまでも、余裕があればの話よ。ただ、文若みたいに行きと帰りの兵糧だけを用意するなんてのはありえない。今回は許緒だけだったけど、途中で人員が拡充されたり、捕虜を取ることもありえるのだから」

 

 その言葉に項垂れる桂花。今回の作戦立案、指揮等の功で命までは取らないが、罰は与えることは既に告げられていた。

 

「それで、罰とは?」

 

「簡単だけど、とても重い罰。命を失うに等しいかもしれないわね」

 

 その華琳の言葉に、桂花の顔は若干青くなる。彼女には、華琳の告げる罰が何なのか想像がついているらしい。それでも、異議を唱えないのは自分で命を自由にしてよいと華琳に告げたからである。

 

「荀文若。貴女の罰は、ここにいる忠夫を含めた全員に真名を許すこと。そして、忠夫を大衆の前で悪し様に言わないと真名に誓いなさい」

 

 その言葉に絶望を顔に浮かべながらも、命令に従い真名を告げる桂花。それを眺めながら、華琳は続ける。

 

「そして、これは約束の褒美よ。私、曹孟徳の真名を貴女に許しましょう。これからは、華琳と呼びなさい。私の可愛い軍師、桂花」

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき
 遅れてしまい申し訳ありません。次回はなる早でお届けできたらと思います。
 本題というか、発生した問題については次話に。

 倚天の剣関連。兵糧関連。
 これらは拙作内設定です。

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 活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。

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