道化と紡ぐ世界   作:雪夏

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リハビリ中


十五節 普通の太守

 

 

 

 

 

 

 横島の命令の後、恍惚とした表情を浮かべている澪を横目に瑠里の報告は再開される。

 

「幽州はどうでしたか? 白馬長史――公孫賛伯珪さんは?」

 

「公孫太守ですか。そうですね、端的に評価するならば……領地が幽州以外であったなら世に広く名君と評されたであろう人物……でしょうか」

 

 瑠里の言葉を聞いた横島は理由が分からず首を傾げる。そんな横島と違い理由を察している朱里たちではあったが、瑠里の評価が自分たちの想定以上であったことに驚く。それは今まで公孫賛に対し取るに足らない人物だと評価していた華琳も同じであった

 

「民に気を配り、彼らのために善政を執る意思も能力もある。何より、白馬長史の名が知れ渡るにつれ争いも少なくなっています。かつては異民族との争いが絶えず、お世辞にも生活水準が良いとは言えなかった地ですが、今は一般的な暮らしより少し劣る程度までになっています。通常なら、この時点で名君といわれても不思議ではないでしょう」

 

 先ほどの失敗から、横島が理解できているか様子を見ながら語る瑠里。頷いている横島の様子から続けても問題なさそうだと、続きを語る。

 

「通常ならば、高く評価されて良い筈ですが……。残念なことに、彼女は部下や民からの人気がいまひとつなのです」

 

 横島としては人気が出ない理由が分からない評価なのだが、他の面々はそうでもないようで静かに聴いている。

 劉備たちに民を連れて行かれた後、民からの評判を聞き疲れた顔に引きつった笑みを浮かべていた公孫賛を思い出しながら、瑠里は言葉を続ける。

 

「異民族の侵略を許しておらず、散発的に発生する賊も速やかに討伐している。民の生活や財政も商人を登用し交易を進めることで、少しずつ向上している。彼女は赴任してから成果を出し続けているのです。しかし、その成果は陳留のように大々的なものではありません。また、南陽のように前任者と比べて急激に負担が増えた訳でもありません。故に民は、公孫太守に関して悪くはしないが良くもしない太守――”普通の太守”――と評され、民の人気を得られてません」

 

 ”普通の太守”公孫賛伯珪。その名は確かに横島に刻まれたのであった。

 

 

 

「性格については、基本的に温和で人が良い。太守としては少々寛容が過ぎるとも思えますが、ただ甘いだけではなく、きちんと厳しい一面もあります。人に助言を惜しむ性質ではなく、自分の為ではなく相手の為に苦言を為す。気質だけをみるなら、人を導く役職が一番向いている人間でしょう。えっと……太守や州牧、将軍のような集団の長じゃなくてですね……教官や教師のような人に教える職の方が向いているってことでしゅ」

 

 横島に分かりやすいようにと具体例を挙げて語る瑠里であったが、事前に分析していたことを淡々と報告することに比べると色々と考える必要がある為、所々言葉に詰まったり噛んでしまう。

 

「先も申し上げた通り、気質のみを見た場合の向き不向きの話であり、決して彼女の能力が太守や将軍を務めるのに不足しているという訳ではありません。将軍としての例で言えば、白馬義従を編成し指揮運用していますから。白馬義従は恭順した異民族を中心に編成した騎馬隊――つまり、異民族と漢民族の混成部隊。それを天下に知られる精鋭部隊に仕上げ、正確な指揮と迅速な運用で恭順せずに侵攻を続ける異民族を壊滅に追い込む。部隊の統率に調練……どちらもかなりの能力がないと出来ないことです」

 

 ですので、と瑠里は続ける。

 

「単純に能力だけで見るなら、”脅威”の一言に尽きます。軍事、政治の両方をほぼ一人で執り行い、今日まで幽州の治世を崩壊させていない。有能な配下が不足している為、自分がやるしかないと本人は語っていましたが……」

 

 一気に語っていた瑠里であったが、ここで一度息を吐く。彼女の脳裏には、人材不足だと幾度と無く愚痴を零す公孫賛の姿が浮かんでいた。

 

「太守とは文官と武官の統率者です。ご、ごしゅ、ご主人しゃまも曹太守様のお仕事を見たことがあると思いますが、調練や軍事計画の作成などの武の方面は将軍職の方に、内政に関しては文官の方にそれぞれ指示されていると思います。そして、配下の報告を受けて可否を判断し、取るべき方策を決定していくのが太守の主な仕事となります。それさえも一人ですることは稀といえるでしょう……ご主人様の場合ですと……そ、その私たちのような……じゅ、重臣となる人物と協議して決めていくのが通常かと。曹太守様にもそのような人物がいるかと思います」

 

 瑠里の言葉に横島が思い浮かべたのは春蘭、秋蘭、桂花の三人。他にも華琳から指示されたり、報告している人間を多数見ているが、華琳にその三人が特に重用されていることは横島にもよく分かっている。

 

「あー、華琳だとあの三人か。あいつらも華琳に報告したり部下に指示したり結構忙しそうだよな」

 

「公孫太守には、そのお三方のような方はいないのです。更に言えば、その方々が指示を出す部下も不足しており、太守自身がその方たちの分の仕事もされていると言えば、彼女がどれ程仕事をしているかお分かり頂けると思います」

 

「私と公孫賛の所では規模も事情も違うから……仕事量は単純に比較は出来ないだろうけど……側近となる者がいないというのは、かなり負担がかかっている筈よ。そのような状態で彼女と同じことを他に出来る人間が幾人いるかと問われれば……即座に挙げる人物はいない。こう言えば、公孫賛が如何に優秀か忠夫にも分かったかしら?」

 

 瑠里の話を補足するように口を挟む華琳。内心では、秋蘭や袁家の顔良なら公孫賛と同じようなことが出来るだろうと考えているが、それを口にするつもりはない。公孫賛のように、ほぼ全てを一人で執り行わなければならない状態は非常に稀であり、実際にそうしている公孫賛と、やれば出来るかもしれないが実際にはやっていない者とを比べても意味がないからである。

 

 

(公孫賛個人の能力は確かに優秀と評価していい……でも、それ即ち幽州が強敵とはならない。それは幽州の現状を見てきた元直自身がよく分かっている筈。だけど、敢えて公孫賛個人に対して警戒を促すような言い回しをしている……。何の為?)

 

 華琳が瑠里の意図を考えていると、瑠里が横島にここまでで質問はないかと問い掛ける。

 

「公孫賛って人がかなり優秀で、一人で幽州を支えているってのは分かった。でも、そんなに頑張っているのに民に人気がないってのは可哀想だよな。大体、幾ら優秀でも一人で何でもかんでもやるってのまずいし、無理があるだろ。得意な奴に任せるとか、人をもっと雇わないと乱世が終わる前に、公孫賛に限界が来るんじゃないか? 公孫賛に何かあったら幽州はおしまいってのに民も気づいてなさそうだし」

 

 横島が促されてではあるが発言したことで、それについて答えようとした華琳はそこで瑠里の意図に気づく。

 

(そう……忠夫の理解を深めるためと、忠夫に教えているのね。幽州の一番の弱点が公孫賛だということを)

 

 横島の言葉に、瑠里はその通りだと頷く。

 

「ご主人様の言うとおり、幽州は公孫太守に何かあればお終いです。正確には、幽州太守公孫賛が率いる勢力は……ですね。この先、彼女の勢力と戦場で敵対するなら、話は簡単です。例えば、白馬義従を戦場に引き摺り出し破る。白馬義従は先も申し上げましたが、かなりの指揮能力と騎乗能力がなければ運用できません。必然、公孫太守が直接指揮しなければならない。それを破ることが出来れば、相手方に与える影響は甚大、更に彼女自身の捕殺もかなり期待できます。他にも幽州各地で散発的に軍事行動を起こし疲弊させたり、領民に不信感を植えつけたり、白馬義従に不和を生じさせるなど公孫太守の勢力を削る手は幾らでもあります。それらを行うのに、最も効果的な場所も情報も調査済みです」

 

 横島が期待通りに幽州の問題について語ったことで、嬉しさからつい笑顔を浮かべる瑠里。その可愛らしい笑顔に似合わない物騒なことを語っている瑠里に、横島は内心でビクついているのだが、瑠里は気づいていないようで続ける。

 

「敵対せず協働して乱世に当たる場合は、早期に支援する必要があります。先の例と同じことを他の勢力にされると危険だからです。今は周辺の州とは良好な関係ですが、乱世となれば話は別。幽州を先に平定し、足場を固めようと冀州などの近隣勢力が考えることは十分にありえます」

 

「まぁ、そうね。冀州の勢力と言えば北の袁家とその取り巻き。あの娘の性格なら真っ先に中央に進出する可能性もあるけど……背後に位置する幽州は邪魔でしかないから、排除する方向に動くでしょうね。袁家は袁紹本人の人格は兎も角、人材や物資は豊富だし、公孫賛に白馬義従があるとは言っても物量で押しきるでしょうね」

 

「それを防ぐ為に、支援する必要があります。とは言っても、現状では客将として軍事をある程度任せられる人物がいますので、負担が軽減されています。客将である以上全てという訳にはいきませんし、何時居なくなるかも分かりませんが、黄巾賊を相手にしている間なら問題はありません。協働するか、敵対するかを検討する猶予は十分にあります。今は、公孫太守の勢力は乱世の荒波に飲まれるだろうということをご理解ください」

 

 瑠里の言葉に頷く横島。他の面々も自身の見立てと相違ないことを確認し、頷く。それらを確認し、瑠里は横島に一つの願いを口にする。

 

「敵対するも協働するにしても、私は従います。公孫太守とは親交を持ちましたし個人的には好ましい人物とは思います。……が、それはご主人様に勝るものではありませんので。ですので、これからするお願いは不要と思えば無視してください」

 

「お願い? 何?」

 

「幽州太守公孫伯珪。彼女は先も申しました通り気質は善良、能力は優秀。清濁を飲み込む度量もあります。彼女が幽州太守という立場を奪われるか、捨てた後……」

 

 そこまで語ると、今まで恥ずかしくて合わせられなかった視線を横島に合わせる瑠里。

 

「その時は彼女をご主人様の配下に。その為の幾つかの布石は打ってあります。存分に彼女の能力を使いましょう。あの能力をご主人様の為に使わないのは……勿体ないです」

 

 

 

 

 

 ――その時 彼女たち――

 

 横島が瑠里のお願いに深く考えずに了承した時、周囲の者たちはそれぞれ考えていた。

 

 

(勿体ない……か。学院で将来をぼんやりと考えていた時、先生のように隠棲することも選択肢だねって朱里ちゃんと言ってたら、勿体ないって言ってたっけ。それ以来かな勿体ないって瑠里ちゃんが言ったのは)

 

 

(公孫太守の能力を評価しているのは確か。そして、その能力は太守よりもご主人様の部下としての方が活きる。そう瑠里ちゃんは見ている。協働を積極的に進めないってことは、彼女を太守のまま活かす気はない。ご主人様の為に冷静に判断した結果なんだね)

 

 

(朱里ちゃんと雛里ちゃんに比べると風よりですかねー。親交を深めながらも、敵対した時のことを考えて動く。白を探る目的での幽州行きでしたが、情報を得る機会を無駄にせず幽州全体の情報を集める。それも敵対した時に必要な情報。偵察もですが……やはり謀略向きですかねー。いやはや、どのような毒を仕込んできたのか)

 

 

(忠夫様の為なら、親交を得た相手に不利が生じる可能性があっても躊躇せず提案する。あの様子では、忠夫様が命じれば即座に献策し実行へと移すでしょう。ええ、話が合いそうですね)

 

 

(この娘も欲しいけど……。主に対する忠誠心は、澪ほど突き抜けてはいないけど、かなり高いことは間違いない。私に靡く可能性は少なそうだけど、忠夫に対する好意は他の娘ほどではなさそうだから……いえ、今は桂花を愛でる時。元直にまで手を伸ばせば、春蘭が暴走するかもしれないし……でも、欲しいわ)

 

 

 

 瑠里と過去に交わしたやりとりを思い浮かべる雛里と朱里。

 

 瑠里が仕込んだ布石に興味を持つ風。

 

 瑠里の忠誠ぶりに、同士を見るかのように見る澪。

 

 瑠里という獲物を思う華琳。

 

 

 それぞれ視点は違うが、全員が瑠里について考えていた。

 

 

 

 




あとがき
 色々ありましたが、ぎりぎり月1更新……に間に合わず。すみませんでした。
 公孫賛を持ち上げすぎたと約2000文字ほど削除したりと、大変難産な話でした。
 次話は、幽州報告(白)と、その頃の彼シリーズの予定です。

 横島の偽名。公孫賛関連。
 これらは拙作内設定です。

 ご意見、ご感想お待ちしております。感想いただけるとモチベーションあがります。
 活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。

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