そして一色いろはは過去と向き合う。   作:秋 緋音

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ご無沙汰しております。秋 緋音です。


今回は、不意に書きたくなったという訳で
八幡視点のSide Storyです。


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第11.5話

 

 

「…………ありがとな、一色」

 

「……え?」

 

「いや、行ってくる」

 

「はい、いってらっしゃいです……」

 

 

 

 

 

ガチャンッ……ガチャッ

 

 

 

 

 

 

ふぅ……、比企谷八幡は、いま重大な疑問にぶち当たっている。

 

 

どうしてこうなった?

 

 

一色いろは。彼女と再開したのは6月の土曜日、湿気が身体を纏わりつく、ベタベタとうざったるい蒸し暑い夜だった。

 

 

その日、おれは会社の同期たちと飲みに誘われ、とある居酒屋に来ていた。八幡お得意の「アレがアレなもんで」作戦は、もちろん通用しなかった……解せぬ。しかし、昔に比べると人付き合いというものも、まぁ悪くないと思い始めたのも、こいつらのおかげなのかもしれない。

 

そして飲み会もお開きとなり、お店の外に出たのだが、案の定二次会だのカラオケだのと、まだまだ騒ぎ足りない様子の同期たち。明日は日曜日、仕事も休みで次の日の心配が必要ないわけで、まだまだ夜は長いぞー!とか言って、盛り上がっている。

 

だが俺にとって、日曜の朝は忙しい。

プリティでキュアっキュアな某女児向けアニメを見なければならない使命があるので、「俺は帰る……」とだけ言い残し、その場を離れようとした時だ。

 

 

「…………先輩……?」

 

 

それは喧々たる飲み屋街の中でも、いやに鮮明に聞こえた、女性の声だった。先輩という単語だけで、それが自分を指して発せられたものか、わかりにくいものだったが、その声には聞き覚えがあった。最後にその声を耳にしたのは、もう約3年前だというのに。その声に振り向けば、亜麻色の髪をした女性がいた。

 

 

「……あ?……お前、一色か?」

 

 

それが、総武高時代のひとつ下の女の子、元生徒会長、あの甘くてあざとい後輩、一色いろはとの再会の時だった。

 

 

そこからは、挨拶だけ済ませて帰ろうとした俺の腕をがっちりと掴むとそのまま引っ張られ、とある居酒屋へ無理やり連れ出され、サシ飲みと洒落こんだ。我ながら、相変わらず年下に甘い。小町と離れて4年ばかり立ってもお兄ちゃんスキルは健在らしい……、ついでに一色のあざとさも健在だった。

 

 

他愛のない話をした最後に、なにか言いかけた一色は、あははっと誤魔化してぐいっとアルコールを喉へ流し込んだ。おかげで少し酔い潰れてしまったが……。

 

それからは大変だった。足元の覚束無い一色に、袖を摘まれたまま人混みの中、駅で一度別れて電車に乗ったと思えば、降りた駅の改札ですぐに再会するわ、家はすぐ真向かいにあるわ。ほんと、こんな偶然あるかよ。

 

 

そして昨夜、珍しくひどく体調を壊した俺は、ベットから起き上がる元気もなく、朦朧とした意識のまま、横たわっていた。

 

辛うじて掴んでいた意識を手放しかけた時、寝室の扉が開く音と誰かが呼ぶ声が聞こえた。正直ただの幻聴のようなその音は、再度今度はすぐ側で、さっきより大きく聞こえた。

 

「先輩っ!大丈夫ですか!?」

 

重たい瞼を開ければ、そこにいたのはつい数日前に、再会を果たした、一色いろはだった。

 

「先輩っ!いろはです!大丈夫ですか!?」

 

あの時はまじでビビった……。

この家には自分しかいないはず。なにこの子さらっと不法侵入してくれてんのッ!?いろはす怖っ!!いや、まあ家の戸締りすらしていない、自業自得なんですけどね。どうやら今日の企業説明会の代理人から、俺の現状を聞いたようだった。

 

風邪を移すと悪いという、俺の心配を押し退けて、お粥を作ってくれたり、家の掃除をしてくれたりと、随分と世話になってしまった。お粥の食べ方については……、あまり覚えていない。ないったらない!

 

 

そして今朝、深い眠りから覚めた時には、身体は軽やかで、調子はかなり良くなっていた。それも全て、あいつのおかげだろうな。

 

ベッドから起き上がって、ぐーっと蹴伸びをしてリビングへ移動すると、机の上に昨夜にはなかったものが置いてあった。ベージュ無地の小さなトートバッグの中には、弁当箱と小さな書き手紙。どうやら昨夜俺が寝たその後に、作ってくれたようだ。

 

これはあれか? 愛妻弁当ってやつか? いや妻じゃねえよ! なんだこれ、なんか、むず痒い……! ひとり夜な夜な我が家のキッチンで、ひとりで弁当を作るエプロン姿の一色が、容易に想像できてしまう……。うん、嫁度が高い。嫁度ってなんだよ。

 

ひとり悶絶していると、すぐ隣のソファーには、一色がスッキリした顔で、ソファーで寝ている。普段のあざとさはなりを潜め、規則正しく寝息をたてている。素の方が可愛いんだけどなぁ。

 

冷え込む朝の空気に、身体を少し震わせ、ベッドからブランケットを一枚持ち出し、そっと一色に掛けてから、仕事へ行く準備を始める。

 

いつものスーツに袖を通し、ネクタイを締めて、家を出る前に一色を起こして、感謝を伝える。高校を卒業して以来、繋がりもなくなった俺なんかに、ここまでしてくれて……。寝顔を見られた羞恥心から、頭半分だけブランケットから出して、こちらを覗く一色。これを誰かに言うのは、いったい何時ぶりだろうか────

 

「おう、行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、比企谷!昨日は大丈夫だったか?」

 

会社のデスクへ着くと、隣の同僚である青木から話しかけられる。

 

「おはようさん、もう大丈夫だ。昨日の大学の企業説明会、急に代行頼んで悪かったな」

 

「それくらい構わねぇよ。今度、飯でも奢ってくれよ?」

 

「おう、また今度な」

 

「いやしかし、一人暮らしだと体調崩すと大変だよな~。誰か看病してくれる女でもいねぇと……」

 

不本意だが、昨日の件で一色には、非常に助けられたので、一概に否定しにくい。こいつはただ、彼女が欲しいだけだろうが。

 

「あ、そうだ!聞いてくれよ比企谷!昨日の説明会であの子、お前の後輩ちゃんがいてよ。これって運命的じゃね!?」

 

「あーはいはい」

 

「今度紹介してくれよ~。いっそ女子大生と合コンやろうぜ!」

 

「いや、やらねえから」

 

「んだよ、ノリ悪ぃな……。あ、そういや比企谷、その後輩ちゃんがお前の容態聞いて、説明会放って帰っちゃんたんだが、なんか連絡あったか?」

 

そういや一色のやつ、そんなこと言ってような……。企業説明会っていえば、結構大事な行事なのに、ちゃんと受けろよな、ったく。

 

「あ、あぁ、まあな……」

 

「なんだよ……はっ!?お前、まさか後輩ちゃんと……、一夜を共にしたな!?」

 

「ば、ばっか違ぇよ!あいつが勝手に押し掛けてきて、看病してくれただけだ」

 

「やっぱり看病してもらってんじゃねえか! ……お前、俺が大学生と仕事の質疑応答して、他企業の方々の相手をしている間に……あの後輩ちゃんと……、許さんっ!!」

 

鬼の形相で、血の涙を流しながら、掴みかかってくる青木を、交わしてひとまず喫煙所へと逃げ込み、籠城の策を取る。

 

 

 

カチッシュボー……。

 

煙草に火を付け、煙を口内に含み、さらに深く息を吸い込み、煙を肺に入れ、長く吐き出す。

 

煙草を吸い始めて1年と数ヶ月。きっかけは、総武高時代の恩師・平塚先生が、就職祝いに連れていってもらった居酒屋で、先生に半ば無理やりに、勧められたことだろう。初めて吸う時は、よく煙に噎せると言われているが、意外にもすんなりと吸えたし、煙草の煙と一緒に、心の中のモヤモヤも、一緒に吐き出せる気がした。

 

久しぶりに、平塚先生を飲みにでも誘ってみようか。まあ、大抵が平塚先生の愚痴を、聞いているばかりなんだが……。誰か早く貰ってあげてっ!

 

 

設置された灰皿に、火種を押し潰し、外へ出ると、もう1人の同期の女性・赤木 彩香(あかぎ あやか)が、ちょうど通りかかった。

 

「おっ、比企谷!元気になったんだ!もう大丈夫なの?」

「赤木か、もう大丈夫だ。ありがとな」

「そっかそっか!……ところで、差し入れ気付いてくれた?」

「え、差し入れ……?」

 

そんなものあったっけ?デスクには、特になにもなかったような……。

 

「昨日様子見に行ったんだけど、インターホン鳴らしても出なかったから、玄関の前に置いておいたんだけど……、誰かに取られちゃったかな?」

 

玄関前か……。鍵かけるときに、足元にはなにもなかったし、他所様の玄関の物を、盗んでいくようなやつなんて、そうそう居ないとは思うが。もしかして、一色のやつがたまたま見つけて、家の中に入れたとか……。

 

「そうなのか、悪い。ちゃんと見てなかったわ。帰ったらちゃんと見る。わざわざありがとな」

「どういたしまして!すぐに治って良かったね!」

 

 

 

デスクに戻ってから、青木のバカが一色との事を同期に言いふらし、嫉妬の怒りをぶつけられたり、質問攻めされたり、赤木にしつこく問い詰められたりと、ひと悶着あったがひとまず、上司に病欠の謝罪をして、今日の仕事に臨む。

 

 

 

 

あ、そうだ。平塚先生に連絡しておこう。

 

『近々飲みにでも行きませんか?』

さて、昨日休んだ分を取り戻さないと────

 

ブーッブーッ

 

ポケットにしまう携帯が、手から離れる寸前で震える。

 

なんだ、Amaz〇nか?最近はなにも注文してねえぞ……。

 

画面に映るのは、つい数秒間にメールを送信した平塚先生の名前と

『いいだろう、明日か?明日だな? わかった、夜は開けておこう。』

 

…………返信早すぎんだろ!なんか字面が活き活きしてるし!楽しみにしてるのが超伝わる……。また、いろいろ溜まってんのかなぁ。どうやらまた、延々と愚痴を聞かされる事になりそうだ。

 

げんなりした気分で、返信をしてすぐさまポケットへ仕舞う。

 

 

 

『じゃあ、いつものとこで。』

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで11.5話、八幡sideの1話でした。

なぜ、この話を書いたかというとですね
平塚先生を登場させたくなったのです。

もちろん、いろはすは可愛くて1番好きなのですが
別の意味で、すごく好きなキャラが、平塚先生なんです。
好き、というより、尊敬の方がしっくりきますね。

次回からまた、いろは視点に戻りますが
どこかで八幡と平塚先生の話を書きたいと思います。



前回の話から、更新が遅くなってしまい
申し訳ありませんでした。

評価、感想をいただき、ありがとうございます!
とても励みになります!

次回もまた、よろしくお願いします。

11/21 誤字修正しました。報告ありがとうございます。

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