ワーレン提督執務室――。
「ほっ、本日付で提督付きの副官に任命されましたカ、カッ、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクです!よっ、よろしくお願いいたしますっ!!!!」
緑色の眼をした北欧神話に出てくる女神のような金髪の初々しい女性副官はデスクの上で両手を組んで待ち構えているあらたな上官に対し、30度以上体を折り曲げた。
「まぁそう硬くなるな。」
ワーレン提督が気さくに話しかけた。
「卿のことはローエングラム公からよく聞いている。銀河帝国初の女性副官という事で、くれぐれもよろしく頼むと仰せられていたぞ。」
「ロロロ、ローエングラム公がっ!?」
「そうだ。卿のことをよく知っておられたぞ。」
「ロ、ローエングラム公が・・わっ、私を・・・ですか!?」
「そうだが。・・・おい、どうした?」
ワーレンが目の前の相手を見つめる。完全に背後にはバラの花が咲き乱れ、夢見る乙女の顔になっている。
「ローエングラム公が・・・私を・・・・私を・・・・あぁもう!!私私私どうしたらいいか――。」
ボフォッ!!!という音と共に頭から湯気を立てた初々しい女性副官は、執務室に入ってわずか1分足らずで昏倒してしまった。この瞬間「上官に出会ってからその前で昏倒した部下」の歴代最短時間が更新されたのである。
「・・・・・・・・。」
憮然とそれを見つめていたワーレンは、やおらデスクの直通フォンを取り上げた。すっ飛んではいってきた従卒が目の前の光景を見て固まる。
「おい、タンカを持ってこい。気付け薬もだ。可愛そうなこの人を医務室に連れて行ってやれ。」
「はっ!!」
兵士の一団が「お花畑」の新人副官を連れ去った後、ワーレンは一人憮然として座っていた。
「・・・ローエングラム公の仰せとは言ったが、本当に大丈夫なのか・・・・?何か盛大な勘違いをしているようだったが・・・・。」
* * * * *
3時間後――。
「・・・・申し訳ありませんでした。」
両手を前にそろえ、見るからにしおれて提督の前に佇んでいる姿を見ると、さすがにワーレンも哀れに思ったのか、
「気にする必要はない。まぁ、とりあえず今日は書類整理から頼む。そこのAからCの書類を整理して俺の決済デスクに入れてくれ。不明なものはどんどん関係部署に聞いてもらって構わないぞ。」
「はっ、はいっ!!!」
席に戻って書類を整理し始めたカトリーナ。新人副官とはいえ、書類整理にかけては一流。みるみるうちに在庫が減っていく。暫くすると一通の書類に目が留まった。
――義手のメンテナンス費用。
「え・・・義手・・・・・?」
カトリーナの顔がこわばる。
* * * * *
義手のメンテナンス費用の書類に目が留まったカトリーナ。よくよく目を通してみると、義手は義手でもメンテナンスのベクトルがおかしいことにすぐに気が付いた。
詳細な図。
カラーリングされたやけに気合が入っている絵。
「これは・・・・漫画・・・・?」
そしてそのキャッチコピーを目にしたカトリーナの顔に縦線が入る。曰く「着後1分でつかいこなせる!!誰にでもすぐに描ける漫画家御用達専用の義手!!」と。
「なんで、漫画・・・・!?」
カトリーナの顔が固まる。
* * * * *
バ~~ン!と開け放たれる執務室。勢いよく飛び込んだカトリーナ。
「ワーレン提督!!」
「おう、どうした?」
「こっ、この書類は一体なんですか?」
顔を赤くしたカトリーナから受け取ったワーレンは不思議そうに顔を見返す。
「何だって聞かれても、そのものずばりなのだが。」
「どっ、どうして軍務と漫画が関係あるんですか!?」
「む?言わなかったか?俺は負傷する以前、絵をたしなんでいてな。」
「えっ?」
「帝国軍広報主任も務めたこともある。要はグラフィックデザイナーだったのだ。」
「ええええ?」
「年間帝国軍絵画展最優秀賞を取ったこともある。」
「えええええええええええええ??????????メックリンガー提督を差し置いて!?!?!?」
カトリーナが文字通りのけぞりそうになる。ワーレンは「内緒だぞ。」といたずらっ子のようにウインクする。
「で、義手になったところでも仕事は今でも来ていてな。だが、時々調子がおかしくてな。そんなわけで思い切って新調することにしたのだ。行ってみればこれは公用の一環だぞ。」
「はぁ・・・・・。」
「と言うわけだ。まぁ必要なわけだから決裁書類の中に入れておいてくれ。」
「は、はい・・・・(う~ん、なんかいまいち納得できるようなできないような・・・・。)」
* * * * *
2日後――。
「提督、お茶をお持ちしました!」
カトリーナが明るい声でワーレンに話しかける。書類を見ていたワーレンは顔を上げた。
「すまんな。お、こんな時間か。よし、少し休憩にするか。」
カップを受け取ったワーレン、ちゃっかり御相伴するカトリーナ。しばし二人の間にゆったりとした時間が流れる。
「そうそう、この間の義手は調子がいいぞ。誤作動も起こさずに実に使い勝手がいい。安心して絵が・・・あ、いや、仕事ができる。」
「それは良かったですね(今この人『絵』って言わなかった?)。」
「うむ。それで早速だが一つ作品を書いてみた。帝国軍の募兵ポスターだ。どうだ?卿も見てみるか?」
「はい、ぜひ!!」
ワーレンは机の引き出しをごそごそやっている。
「それにしても提督にそんな才能がおありだなんて!私、全然知りませんでした!これはぜひ帝都の展覧会に一度絵をお出しに――ギャ~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!!」
カトリーナが悲鳴を上げた。噴き出した紅茶が書類の上に勢いよく染みを作る。
「なんだ卿は!?そう藪から棒に悲鳴を上げるとは!!」
「だだ、だって――。」
「そう顔を引きつらせていてはせっかくの顔が台無しだぞ。」
「だって、こここ、こっ、これ、一体何なんですか?」
絵を指さしたカトリーナの指先がプルプル震えている。
「戦場の苛烈さ、そしてその上にたつローエングラム公の華麗さを現したのだが。」
そう不機嫌そうに言うワーレンの右手にはグロテスクな絵が掲げられていた。それを見るカトリーナの顔にはくっきりと縦線が走り出している。
(上のブリュンヒルトはともかくとして、下がリアルリアルリアル!!!すっごいリアル!!!!なんで内臓とかふっつうに描いているのよ!?こんなものを見たら誰だって戦場になんて行きたくなくなるじゃない!!!私だって絶対いや!!!)
カトリーナは悟った。やはり近くにお仕えしなければ、上官の本当の素顔は分らない、と。そして思う。こんな素顔ならば見たくなくてもよかった、と。
カトリーナの受難は続く――。