カトリーナ・フォン・ハルテンベルクの受難   作:アレグレット

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第二話 ビッテンフェルト提督編

 

ビッテンフェルト提督執務室――。

 

「ほっ、本日付で提督付きの副官に任命されましたカ、カッ、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクです!よっ、よろしくお願いいたしますっ!!!!」

 

金髪の初々しい女性副官はデスクの前で豪快に腕を組んでいるあらたな上官に対し、30度以上体を折り曲げた。

 

「おいおい、そう硬くなっていては、我が艦隊の副官は務まらんぞ!!」

 

ビッテンフェルトは豪快に笑った。それだけで部屋に震度2ほどの揺れが起こったとカトリーナが感じたのは気のせいだっただろうか。

 

「ワーレンから話は聞いている。ローエングラム公の発案とはいえ、卿も大変だな。順繰りに各艦隊司令官にお仕えしなくてはならんとは。」

「す、すみません!あの、私、何か粗相を致しましたか?」

「いや、ワーレンの奴は何も言っていなかったぞ。まぁ、何だ。俺も堅苦しいのは苦手でな。書類仕事はもっと苦手だが。」

 

豪快に笑うビッテンフェルトの隅に置かれているものに目が止まった。カトリーナの顔に縦線が走る。

 

(これは・・・・・!!)

 

書類の決裁箱から滝のように書類が氾濫し、流れ落ちていた。

 

「お、こんな時間か。俺はローエングラム公の主催会議に出なくてはならん。早速で悪いが、その辺りの書類、整理しておいてくれ。」

 

バタン!!とドアが閉まり、静寂が訪れる。残ったのは新任副官と彼女のキャパシティーをオーバーしている量の書類の山。その山からあらたに一束書類が乾いた音を立てて崩れ落ちる。

 

「・・・・・・・・・。」

 

カトリーナは固まったまま執務室に佇んでいた。

* * * * *

夕方――。

 

「戻ったぞ!」

 

ビッテンフェルトが長時間の会議の疲労をものともせずに元気よく部屋に入ってくる。

 

「・・・・・・・・なさい。」

「なんだ?」

「おかえり・・・・なさい・・・・。」

「おい、大丈夫か!?」

 

ビッテンフェルトが副官デスクにモップお化けのように髪を広げさせているカトリーナに駆け寄る。ぐったりしたカトリーナ。その顔は死人のようだった。

 

「お、終わり・・ました。」

「何!?」

 

ビッテンフェルトが室内を見わたすと、あれだけ溜まっていた書類がきれいさっぱりに整頓されていた。

 

「おお!!こんな光景はいつ頃かな?」

「閣下が初めて艦隊司令官としてこの部屋に足をお踏み入れになってからではないでしょうか?」

 

オイゲンが言う。その横でハルバーシュタットも、

 

「いや、これは見事だ。さすがはローエングラム公の御推挙あった人だ。我々も一時期どうなることやらと思っていたが、卿は単にハルテンベルク家の令嬢というわけではないのだな。」

「声が高いぞ!ハルバーシュタット。」

「申し訳ありません!いや、しかしめでたい。これで我が艦隊も『書類のゴミ溜め場』『紙のブラックホール』などと言われずに済むでしょうな!!」

「ハッハッハ!!違いないわ!!!」

「・・・・・・・・・・。」

ビッテンフェルト艦隊らしい豪快な笑い声が響く中、一人カトリーナは突っ伏している。

 

* * * * *

 

「ようし!書類整理も終わったのだし、今日は卿の歓迎会だ。」

 

ビッテンフェルトが墓から死体を起こすようにして、カトリーナを起こす。

 

「今からゼーアドラーに繰り出して、思いっきり飲もうではないか!!」

「えっ!?あの、ちょ、私、その――。(まだ未成年なんですけれど私!!!)」

「なぁに、明日の事は気にするな!我が艦隊のモットーは『前進、力戦、敢闘、奮戦』なのだからな!!」

「それは、意味が少し違うんじゃ――。」

「卿は何が飲めるか?ウィスキーかバーボンか日本酒とやらの異国の酒か?あるいはまさか、我が艦隊の常道のテキーラか!?」

「あの――(そんな爆弾みたいなお酒なんか飲んだことないし!!!というかいっつもテキーラ飲んでんの!?この人たち!?)」

「そうと決まれば閣下、早速にまいりましょうか!」

「あ、ちょっ!!まだ――。」

「よぉし、行くぞ!!全艦隊ゼーアドラーに突撃だ!!」

『おおうっ!!!』

「あ、駄目!待ってくださ――ひえええええ~~・・・・・・。」

 

拉致被害者の哀れな叫び声を残し、ビッテンフェルト提督の執務室の扉はバタンと閉まったのであった。

 

* * * * *

 

ゼーアドラー――。

 

「何やら騒がしいな。」

「む・・・・。」

 

ミッターマイヤーの言葉にロイエンタールが顔を上げる。二人はかなりの量を飲んでいるはずなのに、一ミリも乱れがないのはさすがと言ってよかった。

 

「あれは、ビッテンフェルトの奴か。周りは奴の艦隊幕僚だな。」

「ほう・・・。相変わらずの無礼講と見える。我が艦隊もあのような姿勢を見習うべき、か。」

「卿には無理だろう。ビッテンフェルトのように気さくな性格でなくてはな。」

「フ・・・。だが艦隊全将兵が集まれるわけもない。取りまきはいつもの連中と言うわけか。」

「いや、一人見慣れない奴が混じっているぞ。どうやら女のようだな。」

「女だと・・・?」

 

ロイエンタールの眉が上がる。とたんに声に込められている皮肉さの率が跳ね上がった。

 

「ゼーアドラーも方針が変わったというわけか。ここにいるのは生粋の帝国軍人だけだと思っていたが、存外経営に行き詰っている、というわけかな。」

「おい、ロイエンタール。卿が女性に対して含むところがあるのはわかっているが、だからといって見も知らぬ女性を嫌うのは――。」

「そりゃぁ!!!どうしたぁ!!!まぁだ、のめっだろうがぁ!?!?」

 

ただならぬ、それも女性の声にゼーアドラー全員が声の放出元を見る。

 

「もう無理ですぅ~~~・・・・・。」

「まだまだこれからだろうがぁ!!」

「オベエッ!!」

「グハァッ!!」

 

一人の金髪の女性を囲んで、ビッテンフェルト艦隊の面々がぶっつぶれて倒れ込んでいる。その女性はビッテンフェルトの襟首をつかんで酒瓶を突きつけている。ビッテンフェルトは半ば半死半生で、眼が渦巻き状態。女性の力に揺さぶられるだけの人形になっている。

 

「あたしの酒がのめねえってか!?誘ったのはお前らだろうがぁ!!のめよぉ~~!!!のめってんだろうがぁ~~!!!」

 

さすがに見かねたウェイターや黒服たちが止めに入るが、彼女はいっこうに止まる気配がない。それどころかヒートアップし続ける。

 

「オラァッ!!どうしたぁ!!!のめやぁ!!!!」

「はぁ・・・・もう、どうしよう・・・・。」

 

二人の耳元で情けない声がした。顔を上げると、きちんと帝国軍軍服を着た金髪の女性が不安顔を騒動の元に向けている。

 

「卿はどこの所属だ?」

 

ミッターマイヤーの問いかけに我に返った女性が慌てた様に体を向けた。

 

「あっ!?失礼いたしました。わ、私はビビ、ビッテンフェルト艦隊司令部付副官を拝命いたしました、カ、カッ、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクです!よっ、よろしくお願いいたしますっ!!!!」

「ほう、卿があのローエングラム公の推薦で各艦隊を回っているという・・・・。」

 

ロイエンタールの眼が細まる。ヘテロクロミアの眼光の光がカトリーナを直撃する。

 

(ひえええええ!?・・・・わわ、私何かしたっけ!?この人美形なのにおっかない・・・。)

 

カトリーナの顔が引きつりを懸命に抑える。

 

「で、あの騒動はなんだ?」

「はい・・・・今憲兵隊を呼んだところです・・・・(はぁ・・・・。)。というか、最初は皆さん和やかに(和やかに?)飲んでいたんですけれど、だんだんテンションが上がってきて・・・。私は懸命に止めたんですけれど、ビッテンフェルト提督方が今話題沸騰中の女優を呼んで来いっていうので・・・・。」

「ああいう風になったのだな?」

「彼女すごい酒癖悪いって知ってるんで、私は止めたんですけど・・・・。」

「卿には副官として公私共に司令官を支えるという責務があるはずだ。それをないがしろにしたのには卿自身の責任もある。」

 

ロイエンタールの言葉にカトリーナの肩がびくんとする。

 

「ごご、ごめんなさい!申し訳ありませんっ!!」

「おい、ロイエンタール、何もそこまで言う事はないだろう。フロイライン、いや、卿には荷が重いようだが、まぁ我々に任せてもらおうか。」

「え、任せるって――。」

「憲兵隊が来る前に消化しなくてはな。」

 

言うが早いか、ロイエンタールとミッターマイヤーが酒乱の席に近づいて行き――。

何がどうなったのかよくわからないうちに「女優退場」し、店側も散らばった乱痴気騒ぎを片付けた。憲兵隊が駆けつけた時には既にゼーアドラーは平静さを取り戻していたのである。

 

「卿は地上車と司令部残留の当直組を呼んで、ビッテンフェルトらを介抱してやれ。」

 

そう言い残すと、ミッターマイヤーとロイエンタールはゼーアドラーを悠然と去っていく。

 

「か、カッコイイ・・・・。い、いけない!私にはラインハルト様が、ローエングラム公という御方がいるというのに・・・・きゃぁっ!!!どうしよう!!!」

 

一人顔を赤くして盛り上がっている新人副官をウェイターをつとめる従卒たちがどこか気味悪げに遠巻きにして見つめている。

 

カトリーナの受難は続く――。

 

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