カトリーナ・フォン・ハルテンベルクの受難   作:アレグレット

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第四話 アイゼナッハ提督編

 アイゼナッハ提督執務室――。

 

「ほっ、本日付で提督付きの副官に任命されましたカ、カッ、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクです!よっ、よろしくお願いいたしますっ!!!!」

 

金髪の初々しい女性副官はデスクの椅子に座り、人形のように微動だにしないあらたな上官に対し、30度以上体を折り曲げた。

 

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・(汗)」

「・・・・・・・・・。」

(喋・ら・ね・え!?!?!?!?!?)

 

 愕然とするカトリーナ。やはり沈黙提督の異名は伊達ではない。最初の挨拶位せめて一言言ってくれるかと思っていたが、どうやらそれすらも甘すぎる想像だったらしい。引きつる頬を抑えながらカトリーナはようやく顔を上げる。

 

「・・・・・・・・・。」

(と言うか、何この人・?!めっちゃ・・・めっちゃこっちをにらんできているんだけれど!?下目遣い・・・じゃなかった、上目遣い・・・半端ない・・・!!)

 

 沈黙提督の無言の威圧はカトリーナを圧倒した。圧倒し続けた。無言の数分間を一同(アイゼナッハを除く)は耐え続けた。

 

(く・・・こんなことでめげては駄目よ、カトリーナ!!こうなったらアイゼナッハ提督に一言、せめて一言!!しゃべらせて見せる!!!)

 

ひそかにこぶしを握り締め、カトリーナは固く決意したのだった。

 

「閣下・・・・。」

 

 背後に立つグリースやグリーセンベックといった幕僚たちがたまりかねて耳打ちするが、アイゼナッハは微動だにしない。つまり、カトリーナの着任を喜んでいるのか、悲しんでいるのか、はたまた期待しているのか、がっかりしているのかが一切わからないのである。

 

 ものすごく気まずく重たげな空気をかき分けるようにして退出したカトリーナは胸に誓った。アイゼナッハ提督おしゃべり大作戦を遂行することを。

 

* * * * *

翌日――。

 早速副官の仕事をするべく、アイゼナッハの執務室に向かうカトリーナ。今日は早速溜まっている書類の整理と決済が待っている。既に幾人かの提督の下で散々「修行」をしてきたカトリーナ。手早く作業にかかり始めた彼女の手が止まった。

 

「・・・・・・?」

 

 取り出したのは、一通の書類。アイゼナッハ提督のサインが漏れているものだ。

 

「あ、署名が・・・・。」

 

 カトリーナは席を立ち、提督の前に立つ。

 

「失礼します。申し訳ありませんが、こちら、署名漏れと思われますので、確認していただけますか?」

「・・・・・・・・。」

 

 アイゼナッハ提督は書類を受け取った。

 

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・?」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・(汗)」

「・・・・・・・。」

「あの、提督?そこに署名をしていただければ・・・・ヒイッ!!!」

全く突然にアイゼナッハが動き出したので、すっかりびびってしまったカトリーナ。派手な音を立てて背中が本棚に激突する。幸いなことに本は落下しなかった。自動人形のように手を動かしたアイゼナッハは無言で書類を突き出す。

 

「あ、ありがとうございま・・・した。」

 

呆然と書類を受け取るカトリーナ。

 

(読めない・・・この人の考えていることが・・・全く読めない・・・・。)

 

「・・・・・・・。」

 

(どうしよう・・・どうすればいいの私?教えて!!カトリーナ・フォン・ハルテンベルク!)

 

* * * * *

「えっ!?閣下のお考えを察するにはどうすればいいか、ですか?」

 

副官グリースを捕まえてカトリーナは尋ねる。ハルテンベルク家の「ご令嬢」であり「ローエングラム公の直々の推薦副官」であるので「年下の新人」に対してもグリースは敬語を使う。

 

「はい。グリース大佐はいったいどうされていますか?」

「どうするもなにも、閣下はジェスチャーをお使いになりますから、それを読み取っています。」

「ジェスチャー?」

「そう、例えば――。」

 

ちょうど振り向くと、アイゼナッハが指を一回鳴らしたところだった。すっ飛んで駆けつけてきた従卒がコーヒーの入ったカップを恭しく差し出す。

 

「すごい・・!」

「まぁ、あれは基本中の基本ですからな。他にも――。」

 

アイゼナッハが左手の人差し指を上に突き出し中指を水平にしてこちらに向けている。

 

「はっ!ただいま!!・・・・おい!!昼はローエングラム公の宰相府に出向いての昼食会だ!公用車の手配を準備するように!!」

「すごい・・・!!」

「・・・・とまぁ、閣下のジェスチャーをよく観察して、ある程度の事はわかるようにしておくこと、ですかな。なんでしたら私のメモ帳をお貸ししましょう。」

「ぜひ!!お願いします!!(やった~~~!!!これで第一関門はクリアできそう!!これで慣れてきたところで、アイゼナッハ提督おしゃべり大作戦を実施すればいいものね!!)」

 

* * * * *

翌日――。

カトリーナの差し出したカップをアイゼナッハは無言で突き返す。

 

「え・・・・・!?」

 

思わず、中身のコーヒーとアイゼナッハの顔を見比べてしまう。

 

「なんで・・・・!?」

 

 だが、いつまでもそうしてもいられないので、謝って給湯室に引き下がってくる。そこへやってきたグリースが、

 

「あぁ、まだ伝言していなかったのですが、今日から閣下のジェスチャーが改正されましてね。」

「え、改正・・・・!?」

「はい。いつまでも同じジェスチャーを使用していては、敵に悟られて悪用されてしまうとの閣下のご判断です。」

(いや・・・それ・・・そんな事態あるの?というか、ジェスチャーになれるまでに相当時間がかかると思うんだけれど・・・・・これ・・・・というか・・・!!)

「み、みなさんもしかして一日で覚えたんですか!?速攻で!?」

「まぁ、そうしないと我が艦隊の幕僚は務まりませんからな。」

「改正って・・・・それ、一年に一回とかですか?」

「閣下の気分次第です。もしかしたら明日にまた改正になるかもしれませんな。」

 

ガ~~~~~~~ン!!!

 

という、頭に金属たらいが落下したような衝撃をカトリーナは覚えた。

 

(く・・・・めげちゃ駄目・・・がんばれ・・・・・カトリーナ・・フォン・・・ハルテン・・・ベルク・・・・ぐすっ・・・!)

 

* * * * *

数日後――。

「これで・・・よしっ・・・・と!」

 

 カトリーナは最後の書類をまとめて、決裁箱に放り込んだ。今月の司令部の経費請求の書類をやっとのことでまとめ終わったのだ。

 

「う~~~~~!!終わったぁ~~~!!!」

 

 思いっきり背伸びをして筋肉を伸ばす。と、そこへアイゼナッハが入ってきた。カトリーナは立ち上がって直立不動の敬礼をささげる。

 

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・?」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・(汗)」

「・・・・・・・。」

「あの、提督・・・・。」

 

カトリーナは吐息交じりに話しかけた。

 

「ジェスチャーをお使いになるのはいいですけれど、そうやっていつまでも私の事を見つめていただいてもどうしようもできません。何をすればいいのかがわからないと・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・?」

 

 アイゼナッハはなぜかもじもじしている。そして素早く周りを見回すと、つかつかと急にカトリーナに接近してきた。

 

「え、え!?え!?!?」

 

アイゼナッハとの距離が急速に縮まる。どういうわけか相手の息遣い・・・いや、鼻息までもがはっきりとカトリーナの耳に皮膚に感知される。

 

(近い近い近い近い近い!!!というか、この人何をしようとしているの!?妻子持ちの人がそんな風に若い女性に接近しちゃ――。)

 

思わず、たじたじと下がるカトリーナ。背後の固い壁に背中がぶつかるのを感じる。

 

(・・・・?!!)

 

グリースやグリーセンベックもいない。誰かを呼ばなくてはと思いながらも恐怖で声が出ない。思わずぎゅっと目をつぶったカトリーナの顔にかすかな風圧が感じられた。

 

(・・・・・?)

 

恐る恐る眼を開けてみると、目の前には書類の束。

 

(・・・・・??)

 

 受け取ってみると、請求書である。軍服のクリーニング代だ。いや、クリーニングだけではない。備品代、会食代等アイゼナッハが自費で支払ったものの領収証がどっさりそこにあったのだった。見たくもない書類を見させられたカトリーナの脳裏にはある可能性がはっきりと点滅していた。

 

「まさか・・・提督・・・・これ、入れ忘れですか・・・・?」

「・・・・ヤー。」

 

 一呼吸おいて、返答が返ってきた。それが、アイゼナッハの口から出たものだとわかるまでカトリーナの頭は2分間を要した。だが、今のカトリーナの頭にはアイゼナッハの声を聞けた喜びよりも、疲労感と徒労と、怒りが渦巻いていたのである。

 

「もうっ!!!!!!!!!あれだけあれだけあれだけあれだけあれだけ私言いましたよね!?!?!?!?!?10回も言いましたよね!!!!!!!期限は昨日だって!!!!!散々散々散々メールも出しましたし、口頭でもいいましたし、紙に書いて渡しましたし!!!!!!!!!!!それなのにどういうことなんですかぁっ!!!!!!!!!!!」

 

 遥か年下であり、遥か階級も下であるカトリーナの叱責を、アイゼナッハは一従卒のように恐縮しきって受けているのだった。

 

カトリーナの受難は続く――。

 

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