カトリーナ・フォン・ハルテンベルクの受難   作:アレグレット

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 今回は「例のあの人」が登場します。


第六話 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ編(前編)

ローエングラム公秘書官室――。

 

「ほっ、本日付で秘書官補佐に任命されましたカ、カッ、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクです!よっ、よろしくお願いいたしますっ!!!!」

 

金髪の初々しい女性秘書官補佐役はデスクの前に品よく佇むあらたな上司に対し、30度以上体を折り曲げた。

 

「そんなに堅苦しくおなりにならないでください。」

 

ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは微笑と共に新人秘書官補佐を迎え入れた。

 

(これが・・・ローエングラム公の・・・ラインハルト様のフィアンセと言われている人!?)

 

一瞬緊張するカトリーナ。これには訳がある。

 

* * * * *

昨日、帝都オーディン某カフェ――。

「ね~知ってる?」

「何が?」

「ローエングラム公爵閣下の新しい秘書官の話。すっごい美人な女性なんだって~~!!」

 

ブ~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!

 

例によって軍服姿のカトリーナは飲みかけていたフルーツオレを思いっきり逆噴射した。一緒にいた数名の友人たちが飛び上ってテーブルから退避する。

 

「わ、ちょっと!!何すんのよ!?これ、高かったワンピースなんだからね!!・・・って、うぇぇ!?近い近い近い近い近いよ!!!」

 

抗議する友人たちをものともせず、カトリーナが顔面1センチのところまで接近したからだ。

 

「その女・・・ローエングラム公・・・ラインハルト様を狙う雌猫・・・・・。」

「声が・・・あの・・・カトリーナ?その、超低温になってるけれど?」

「大丈夫?顔が・・・怖いよ・・・ね?カトリーナ?」

「きっとビッチに違いない・・・・。ラインハルト様をたぶらかして、あんなことやこんなことやそんなことをやらかすにきまっているわ!!!!」

「あのねぇ――。」

「おい――。」

「そうよ!!あぁ、私のラインハルト様が!!あんな女のために、そんな・・・・あぁ、もう!!!」

 

まだ秘書官の名前すらも聞いていないカトリーナ。それなのに両手を頬に宛て、天井を見つめる彼女の頭の中には既に昼ドラの数億倍ほどのドロドロ劇の妄想が一杯に広がっている。

 

「駄目だこりゃ。」

 

友人たちは妄想全開のカトリーナをみて、肩をすくめあった。

 

* * * * *

(そう、これがラインハルト様を狙う雌猫!!そんな人にラインハルト様は渡さない!!)

 

「・・・・さん?」

 

妄想全開に浸っていたカトリーナは我に返った。ヒルダが怪訝な顔をしてこちらを見ている。

 

「へ?」

「カトリーナさん、とお呼びすればよろしいかしら?それともフロイライン・ハルテンベルクとお呼びした方がよろしいかしら?」

「あ、いいいいええええ!!どちらでもいいです・・・・はい・・・・。(わ、私としたことがいけないいけない、今は仕事中・・・そう、仕事中なんだから!!)」

「なら、カトリーナさんと呼ばせていただきますわね。」

 

ヒルダが微笑した。その笑顔にカトリーナは「ぞくっ!」となる。

 

(くっ・・!!!なんて破壊力・・・!!一見ピュアで「男性には興味がありませんの。」などと見せておきながら・・・実は・・・・!!ううっ!!こういう天然素材が人工物にまさるのよね・・・・!!)

 

「あの・・・カトリーナさん?」

「あ、はいっ!!すみません、ぼうっとしていて。」

「いいのですよ。以前の事は聞いています。オーベルシュタイン閣下の下で、だいぶ苦労をされたそうですわね。まだ体の調子が元に戻られていないのであれば、少しお休みになったほうが――。」

「だ、だいじょぶですよ~~!!あははは・・・・・。(いや~~~あの時は急性胃腸炎になってぶっ倒れて入院したんだっけ。って・・・。)え!?」

 

カトリーナは驚く。この人まだ初対面だったはずだけれど、と。

 

「どうしてそのことをご存じなのですか?」

「もちろん、これから一緒に仕事をすることになるのですもの。まったく知らない、ではあなたに対して申し訳ありませんわ。」

「そんな・・・私なんか別にそこまで気にしてもらえなくたって・・・・。(だってライバルだし!!!)」

 

というか、とカトリーナは思う。自分はライバル心から目の前の「雌猫」を徹底的に調べ上げたけれど、この人は純粋に一緒に楽しく仕事をしたいと思って調べてくれている・・・。

 

カトリーナは急に自分が恥ずかしくなった。

 

* * * * *

数時間後――。

 

「まぁ、カトリーナさんはPC操作が得意なのですね!!」

「最近のグラフィックツールを駆使すれば、立体レベルの図面を構築することも、思いのままに動かすこともできるんですよ。便利ですよね~。」

 

カトリーナは稲妻の速さでキーを叩きながら楽しそうに言う。

 

「はい、できました!」

 

カトリーナは完璧にレイアウトされたローエングラム公の次回会議資料データをヒルダに渡す。

 

「助かりました。ありがとうございます。あの、失礼ですが、カトリーナさんは、どうしてそのような事がおできになるのですか?」

「あ~まぁ、その、聞いているかもしれませんけれど、私の実家のハルテンベルク家はちょっと問題があって・・・・叔母さんは結婚していたんですけれど、かつての恋人を殺したのが御父様だって知った途端精神錯乱になって御父様を殺しちゃいました。お母様はそれを気に病んで寝たっきりになってしまって。」

「・・・・・・・!」

「財産はあるので食べるには困らないんですけれど、精神衛生上よくないんですよね。友達は私の事気にしてくれてますけれど、他の人は違います。社交界に出ても後ろ指をさされるだけだし。家の中にいてもまるで一年中葬儀をしているみたいだし。まぁ、そんなわけで娘の私としては、外に出て別の空気を吸わないとやっていけないって気づいたわけで。」

「・・・・・・・・。」

「といっても、社交界に出れないならいっそ別の方面に出ようかなって思ったんですよね。で、つてを頼って気がついたらここにいたみたいな。」

「・・・・・・・・。」

「あ、お母様の事なら大丈夫ですよ。別に意識がないわけじゃないし、使用人たちが面倒見てくれてますし、だからこうしてここにいられるわけですし。」

「・・・・・・・・。」

「・・・って!!ごめんなさい私ったら自分の事ばっかり話して!!!!(どうしてだろ?この人といると、自分から話をしたくなっちゃう。おかしい・・・目の前の相手は「雌猫」なのに。しっかりしなさい、カトリーナ。ここは敵地!!)」

 

ヒルダが痛ましそうな表情をしているので、気まずくなってきたカトリーナは話題を変えることにした。

 

「マリーンドルフ様はそういうのはどうですか?」

「私はそう言うのは苦手で・・・・。どちらかと言うと、野山を駆けて遊んでいました。ダンス、パーティー、ドレス、園遊会、サロン、そう言った社交界にはあまり興味がなくて・・・。」

「おきれいなのに?(ハッ!?しまった!!何を言っているんだ私!!)」

「えっ!?・・・あ、私は、その、そういう風に思われたこと初めてです・・・・。」

 

顔を赤らめるヒルダ。それを見るカトリーナの背筋に電流が走る。

 

(え?!いやいやいやいやいや!!違うから、違うから!!何勘違いしてんのこの人!?私にはそっちの趣味はないんですけれど!!!)

 

「実は・・・私もカトリーナさんと同じトラウマが・・・・。」

「トラウマ?(あ、違ったのか。でも、トラウマって何なんだろう?)」

 

* * * * *

ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフとの仕事中に当のヒルダ(雌猫)から「トラウマ」発言を聞いてしまったカトリーナ。

「トラウマって、私と同じ?」

「あ、いいえその、同じという事ではなくてですね、その・・・。」

 

 ヒルダらしからぬ妙な歯切れの悪さ。一体どういうことなのだろうと思ったところに――。

 

 ガチャリと開くドアの音。そして二人が眼を向けると――。

 

「フロイライン・マリーンドルフ。今日の会議の日程について確認をしたいのだが。」

「承知いたしました。既にスケジュールは出来上がっております。こちらに――。」

「ん?」

 

 事務処理モードに突入したヒルダから、ラインハルトの視線が化石のように固まっているカトリーナに注がれる。当の本人は――。

 

(ララララララララララ、ラ、ラインハルト様がぁっ!!!ララララララララララ!!!)

 

 と、何やらわけのわからないことを頭の中で叫びまくりながら硬直しきっていた。

 

「久しいな、フロイライン・ハルテンベルク。色々と話は聞いている。卿の働きのおかげで私の仕事の方も順調だ。苦労をかけるな。」

「・・・・・・・・。」

「フロイライン?」

「あ、あ、あ!ラ、ラララ、ラインハルト様が・・・・ラインハルト様が・・・・私をっ!!私だけを見てっ・・・!!ど、どうしたらいいの私!!!どうしたら――。」

 

 ボフォッ!!という派手な音と共に、頭から湯気が立ち上ったカトリーナが仰向けに派手な音を立てて倒れる。驚き慌てた二人が医者を呼ぶのと、すっ飛んで駆けつけてきた従卒たちが駆け寄るのがほぼ同時だった。

 

 カトリーナの受難(幸福)は続く。そして本編も次回に続く――。

 

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