カトリーナ・フォン・ハルテンベルクの受難   作:アレグレット

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第七話 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ編(後編)

 

「・・・・というわけで、将来のインフラと公共施設の整備が喫緊の課題であると思われます。」

 

 カール・ブラッケが熱弁を飛ばしている。民政尚書としてローエングラム宰相府になくてはならない人間となっていた。帝国軍最高司令官として、そして宰相として絶対権力を有するラインハルト・フォン・ローエングラムと言えども、全てを自身で統括することはできない。したがって、有能な人間を探し出してそれぞれのチーフマネージャーに抜擢する必要があったのである。

 

「・・・・・・・・。」

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラムはカトリーナとヒルダが事前に準備した会議資料に時折目を落としながら、ブラッケの話を聞いている。財務尚書であるオイゲン・リヒターが苦虫を噛み潰したような顔をしているのは毎度のことである。

 

(ブラッケさんって放っておくと暴走して際限ないところまでアクセル踏むからなぁ・・・。今回もすごい予算を請求してきたし。)

 

 ブオンブオン!!ブウウ~~~~~~~ン!!

 

 ・・・・・・というどこぞの暴走族の車のエンジン音を思い浮かべながら、そんな風に思いながらカトリーナは稲妻の速さでキーを叩く。会議の速記録を作成しているのである。このあたり、ヒルダよりもカトリーナの方が技量が優れている。

 

「であれば――。」

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラムが最後に話を総括し、適宜指示を下していく。聞いていないように思えてその実しっかりとポイントを把握しているのだから不思議というほかない。

 会議はダラダラどころか、30分もかからずに終了した。そのうちの半分以上はブラッケの報告とリヒターの反駁である。

 

 で、会議が終わった後はもうお昼。カトリーナとヒルダはランチを取ることになる。

 早速持参したお弁当を広げるカトリーナ。なんだかんだ言ってふとした興味から始めた料理がここでも生きている。ビッテンフェルト艦隊の副官をしていた当時は巨大な胃袋を抱えた司令官以下の為にランチを作ってやったこともある。いわゆる賄いのサラメシというやつである。一時期ビッテンフェルト艦隊の賄いサラメシと言えば、諸提督の他の艦隊の評判になったほどであった。だから、カトリーナが他に移籍することになった時にはビッテンフェルト以下残念がり、しまいには従卒にカトリーナの料理を習わせたほどである。

 

 そんなこんなで料理を続けることとなったカトリーナ。今日も美味しそうなお弁当を作ってきている。

 対するヒルダはどこかから持ってきたサンドウィッチだけ。それを横目で見ながらカトリーナは内心勝利を確信していた。

 

(なんたってそう!そうよ!!今時料理ができなくちゃ駄目だもの!!それに・・・愛する旦那様に料理を作って・・・・作って・・・・『あ~~~~~~ん』なんて・・・・きゃあっ!!どうしようっ!!!!!!)

 

 と、一人脳内で盛り上がりまくりながら食べるのがカトリーナの日課だった。その顔はとても周囲には見せられないほど緩みきっている。一度その現場にラインハルトが出くわしたが、無言でUターンして去っていった。無理もない。

 

「あの・・・・」

「へ?」

 

 カトリーナは急に現実世界に引き戻された。見ると、ヒルダが当惑と羞恥と興味の入り混じった何とも言えない顔でこちらを見ている。

 

「はわっ!?・・・なななな何かありましたか!?私変な顔していましたか!?」

「あの、いえ、そうではなくて・・・・・。」

 

 ヒルダらしからぬあいまいさにカトリーナは「???」という顔をする。

 

「どうしてそんなに料理がおできになるんですか?」

「へ?」

 

 カトリーナは自分のランチボックスを見下ろす。今日のメインは季節の野菜のフリカッセに小さな手作りのナン、カリーヴルストにカスタードプディングである。どうやら緩み切った顔で食べていたのを誤解されてしまったらしい。

 

「あ・・・・・。」

 

 カトリーナは急にヒルダが可哀想になってきた。ぽつんと所在なげに机の上にあるサンドウィッチ。持ってきたサンドウィッチも、どこかの売店で買ってきたものか、あるいはマリーンドルフ家の家政婦の手作りか。いずれにしても「サンドウィッチを今日初めて食べる。」という顔だけでないことは確かである。

 

「それ、どこのサンドウィッチですか?」

「・・・・家の家政婦が作ってくれました。本当は――。」

 

 ヒルダが顔色を暗くする。こういう時は相手の話を聞くまで待つものだと知っているカトリーナはじっとヒルダの顔を見守っている。

 

「実は私・・・・。」

 

 ようやくヒルダが口を開く。

 

「料理や家事をしたことがなくて・・・・・いえ、一度やろうとしたのですけれど、それでとんでもないことになってしまって――。それが――。」

「いえ、やる必要なんてないと思います。というか、普通の帝国貴族のお嬢様ならそれが普通だと思います。私の場合はまぁ、変わりものですから。」

「でも、でも!私、カトリーナさんの事を尊敬します。私・・・・何一つ技量がありませんし、お役に立つことができませんし――。」

 

 マズイ、とカトリーナは思った。主従の立場が逆転しては元も子もない。ヒルダがじっとカトリーナのランチボックスを見ているので、カトリーナは気まずくなった。これはまずい、何とかしなければ。どうする、いっしょに分けっこをするべきか。いや、それは駄目だ。それではヒルダが余計に傷つくだけだ。

 

「そ、そうだ!ヒルダさん、良かったら一緒に料理します?もしローエングラム様に二人で作ったランチをお出しできれば、きっとお喜びになる・・・・・シマッタァァァァァァッツ!!」

「いいんですか!?!?」

 

 思わず声を上げてしまったカトリーナだったが、それはヒルダの声にかき消された。

 

「え、あ、うん、その、あの、ええ、まぁ、いいんじゃないですか?」

「じゃあ、じゃあ!!今日お仕事が終わった後、お時間ありますか?!」

「キョウ!?!?!?」

 

 カトリーナは内心とんでもない提案をしてしまったことを後悔しまくった。これでは敵に塩を送ることになるではないか!!しかし、カトリーナにも矜持がある。いくら「雌猫」であるとはいえ、適当に教えるという事はできない。

 

「駄目、でしょうか・・・・・。」

「駄目なんて!!(言ってないし!!でも言いたいけれど!!!)大丈夫ですよ!!宰相府の台所借りてやってみますか?」

 

 その言葉にヒルダが「ぱぁっ」と笑顔になる。その笑顔にカトリーナは気圧されながら、内心涙を流していた。

 

(ぐすっ・・・・・どうしてこんなことになるの~~~???)

 

* * * * *

ローエングラム宰相府台所――。

 

「違う違う違う違います!!!そんな最大火力にしちゃ焦げますからっ!!」

「あっちぃ~~~~~~~~~~~!!!駄目です!!フライパンからファイアーしまくりじゃないですか!!!」

「消して消して消して・・・・・!!!消えないだとぉっつ!?!?!?!?」

 

 カトリーナの絶叫、悲鳴、叫び声が台所に満ちる。カトリーナは心の底から、そう、心の心底から後悔していた。まさかあの才媛のヒルダが、

 

(野山を駆け巡って馬にも乗れるっていうから器用だと思ったのに、何故?!)

 

 というレベルの料理下手を発揮しているからだ。ヒルダがどこをどうしてそうなったのかわからないが、フリカッセを盛大に「ファイアー!!!!!!!」してしまい、ローエングラム宰相府の台所の天井に黒い焦げ跡を盛大につけてしまったのである。

 

 リ~~~~~~~~~~ン!!という火災報知機の盛大に鳴り響く音。

 一斉に開け放たれるドアの音。

 人々が走ってくる音。

 それらがミックスされて破滅への序曲を奏で始めていた。

 慌てふためくカトリーナとヒルダをよそに、事態は進行している。

 バ~~~ン!!!という音と共にドアが開け放たれ、消火隊が駆けつけてきた。

 

「ファイアー!?」

「ファイアー!!!」

 

 という単語がしばらくは駆けつけた消火隊と部屋の住人との間で交わされたのは自然の摂理だろう。

 

1時間後――。

 

「・・・・・・・・・。」

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラムは消火器の噴射後も生々しい台所と、粉まみれになっている二人とを憮然とした表情で見比べる。

 

「・・・・リヒターへ提出する書類がまた一つ増えるというわけか。フロイライン・マリーンドルフはもう少し聡明であると思っていたのだがな。・・・・フロイライン・ハルテンベルク。あなたもだ。」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!すみません!!すみません!!すみません!!」

 

 謝りまくるカトリーナの横で、ヒルダも謝りながら終始うなだれていた。

 

(これかぁっ!!ヒルダさんのトラウマはぁっ!!)

 

 カトリーナが気が付いたときにはもうすでに遅し。ラインハルト・フォン・ローエングラムの自分への評価が一気に下がったのであろうことを感じながら、カトリーナは心の中で涙を流していた。

 

(うう・・・・フリカッセなんて・・・・・フリカッセなんて・・・・・!!)

 

 この後、カトリーナがフリカッセをしばらく食べられることができなかったのは内緒の話である。

 

(大っ嫌いッ!!!!!!)

 

 カトリーナの受難は続く―。

 

 

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