「ほ、ほほほほほほ、ほほ、ほほほほほほ――」
カトリーナは棒のようにつっ立ち、顔を真っ赤にして震えている。だが、言うべきことを言ってしまわないことには始まらない。
「ほ、ほっ、本日付で、最高司令官閣下付の副官に任命されました、カ、カッ、カトリーナ・フォン・ローエングラムですっ!!きゃぁっ!!」
「卿は何を言っているのだ?」
「ハッ!!も、ももも、申し訳ありません。その、つい妄想が――」
「妄想?」
「・・・・ゴホン、え~~はい、本日付で最高司令官閣下付の副官に任命されました、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクと申します!」
カトリーナは元気よくシュトライト准将に挨拶した。
ついにきた、ついに来たのだ!紆余曲折を経て、諸提督の副官を務めあげ、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの秘書官補佐を経て、ついにローエングラム副官の椅子を獲得したのである!!
ドンドンパフパフ~~~!!というたからかなラッパがカトリーナの脳裏で全開に鳴り響いている。
「卿はローエングラム元帥閣下麾下の様々な提督の下で副官を務めあげたそうだが」
シュトライト准将は頭がお花畑のカトリーナの前で表情を崩さずに話し始めた。
「閣下においては副官には平素の事務の処理状況の掌握、そして正確な情報を供給することを望んでおられる。それを心に留め、閣下の副官の名に恥じぬように精励せよ、ハルテンベルク大尉」
「ほわぁ~~・・・・って、はい!はい!わかりました!」
(本当に分かったのか、この娘)
カトリーナは内心心配顔のシュトライト准将をよそに、指定された仕事と場所を教わると、さっそく仕事を始めた。
仕事と言っても、前回ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの下でまとめていたインフラ整備と公共事業における帝国民の満足度、経済活性化の度合いを数値化シミュレートして報告するのであったが。
今は不在であるが、同じ室内にはラインハルト・フォン・ローエングラムが座るデスクがある。その傍らにはもちろんヒルデガルド・フォン・マリーンドルフのデスクもあるのだが、同じ室内で同じ空気を呼吸できるというだけで、カトリーナの脳内幸せ恋愛ゲージは軽く上限を突破していた。リミッター解除!!
(ああ~~・・・・あああ~~~・・・・ああああああああ!!!もう、幸せ・・・・!!)
カトリーナはにへら顔で仕事を進める。脳内がお花畑であろうともきっちりと仕事はまとめている。
カトリーナが仕事を進めていると突然――。
「おっ、あっ!!」
「なんだ、卿はここにいたのか」
「ほう・・・ついに卿はローエングラム公の副官になったのだな」
「中々に合っているぞ」
口々に言いながら、諸提督たちが入ってきた。ワーレン、ビッテンフェルト、ロイエンタール、ミッターマイヤーという面々だった。
「な、なななななんですか!?皆さんおそろいで、こんなところに!?私たちの愛の巣・・・・あっ」
「こんなところとはなんだ、こんなところとは」
ワーレンが声を上げる。どうやら最後の方は聞かれなかったようだ。
「そうだぞ、恐れ多くもローエングラム公の執務室を『こんなところ』呼ばわりするとは、卿はいつからそのような尊大な態度になったのだ」
ビッテンフェルトが声を上げる。
「ちっ、違います・・・・そんなつもりはないのに。それで皆さん、提督方、おそろいでどうされましたか?」
「対自由惑星同盟戦略会議の打ち合わせに来たのだ。ローエングラム公が御姿を見せないのでな、我々が手分けして探しているのだが、卿は知らんのか?」
「いいえ」
カトリーナは不思議な気持ちになった。そういえばローエングラム公の姿をまだ見ていない。いったいどこに行ったのだろう。
「ふうむ、まぁ、仕方がない。他を探すか――」
「ローエングラム公をお探しかな」
ささやくような声が背後で突然聞こえた。一同飛び上るようにして振り向く。すぐ後ろでささやかれたカトリーナは悲鳴を上げていた。
「ぎゃぁ~~~~~っ!!!ひえ~~~~~~~~~~っ!!!」
オーベルシュタインはチカチカ点滅する義眼を無表情に新任副官に向けた。
「帝国軍倫理規定第8章193条を卿は知っているか・・・・」
「え!?あ、はい!!帝国軍人ハ常ニ泰然自若トシ、室内ニテ非常時ヲ除キ大声ヲ出スベカラズ、でしたよね」
「それがわかっていてなお――」
「あ~~すみませんでしたぁっ!!い、以後気を付けます!それよりもオーベルシュタイン閣下、ローエングラム公をおみかけしませんでしたか?」
「そのことで卿に話がある」
オーベルシュタインのささやきは一層低く小さくなったので、カトリーナは思わず耳に手をあてなくてはならなかった。
「え?(聞こえないんだけれど、この人の声)」
「ローエングラム公が卿をお呼びだ・・・・」
「えっ!?」
ボフン!!という音と共にカトリーナの顔が真っ赤になった。
「すぐにローエングラム公の私室に行くとよい。そうだ・・・・卿に特製のドリンクの作り方を教えよう・・・・ほどなく役に立つはずだ・・・・」
オーベルシュタインからドリンクの作り方を聞いたカトリーナの顔が真っ赤になった。
ユ●ケル黄帝液をベースに、マカ、マムシ、スッポン、高麗人参の粉末をコレコレこうして混ぜるように、と言われたのだ。
カトリーナの妄想モードは一段とハードに増強された。
「は、ははははい~~~~~~~~~~~~~っ!!すぐに伺いますっ」
フワフワとした足取りで顔を真っ赤にしたカトリーナが部屋を出て行く。
「卿は一体何を吹き込んだのだ?」
ロイエンタールがオーベルシュタインを金銀妖瞳の眼で見つめる。
「さて・・・・私はローエングラム公の御為を思って述べたまでだが?」
それがどうかしたか、と言わんばかりのオーベルシュタインの態度に諸提督たちははがみをせんばかりに睨みつけた。
「このマムシ野郎、我々のカトリーナに変な妄言を吹き込みおって。ローエングラム公の御耳に入ればただではすまんぞ!」
「ローエングラム公は卿の忠言よりも必要とされるものがおありなのだ」
「なにっ!?」
ビッテンフェルトがとびかかろうとするのをワーレン、ミッターマイヤーが懸命に抑え込んだ。
* * * * *
「フ~ン、フ~ン、フ~ン」
カトリーナは天国の雲を踏むようなステップで、お盆をささげてラインハルトの私室に向かっていた。お盆には一つのグラスが。黄金色の液体が注がれている。
これを飲んだ者は・・・・ご想像にお任せしよう。
「ラララ、ラインハルト様~~・・・・ララララララ~~~~」
既にカトリーナの頭はお花畑どころか、ラインハルトに包まれる自分を想像して、いや、もう、そうなっていると幻想(トリップ)し始めていた。
ラインハルトの私室の前にたどり着いたカトリーナ。さすがに現実世界に引き戻され、直立不動の姿勢になる。既にここに来る途中、幾人もが彼女を不審者、変態を見る目つきで見ていることを彼女は知らない。
「す~~~は~~~~!!」
大きく深呼吸をしたカトリーナは、ドアをノックしようとした。
「・・・・か、フロイライン・・・・はそれほどまでに私を・・・・っていてくれたか」
「・・・・???」
扉の向こうからラインハルトの声が聞こえる。一人ではなさそうだった。カトリーナはドアを叩こうとする手を止めた。代わりに耳がドアの前に押し付けられた。
「はい・・・」
(ヒルダさん!?なんで、どうして・・・・!?)
「フロイライン・マリーンドルフ、私としても好意を無下にするわけにはゆかぬ。時を移さず直ちに赴くべきだろう」
「閣下・・・・ありがとうございます。ですが今すぐというわけには――」
ヒルダの感極まったような声が聞こえた。ただならぬ気配にカトリーナの顔から音を立てて血液が引いていく。
(なっ・・・・ままままさか・・・まさかそんな・・・・もしかして、ラインハルト様とヒルダさんが・・・・結婚!?教会に行くの!?)
ガシャ~~~~~ン!!と音を立ててお盆が床にぶつかり、グラスが色とりどりの破片になって一瞬宙を舞い、黄金色の液体が飛び散った。
カトリーナはその光景を痴呆のような目で見つめていた。
「何事だ?」
一瞬は永遠のようだったが、中の住人はすぐに反応したらしい。ラインハルト自身が出てきた。その後ろにヒルダが従っている。
「いいんです・・・・ローエングラム公・・・・私、あなた様にお仕えできて・・・・幸せでした・・・・どうか、お幸せに!!ヒルダさん、お幸せに!!」
「待て、卿は何を言っているのだ!?」
ラインハルトが駆けだそうとするカトリーナの腕をつかんだ。
「お二人は結婚するんでしょう・・・・私をお呼びになっておいて、扉の向こうでそんな話を・・・・絶対私に聞かせるつもりで・・・・いくら私が根暗ストーカーでストーキングまがいなことをしていたからって、こんな仕打ち・・・・あんまりですぅ・・・・!!」
わあああ~~!!とペタンと床に座り込んで泣き出したカトリーナを見て、ラインハルトとヒルダは顔を見合わせた。そして「プッ」と笑いあった。
「な、ななな、何がおかしいんですかぁ?!」
「卿は途方もない勘違いをしているな。私とフロイライン・マリーンドルフはフロイライン・マリーンドルフの従弟、キュンメル男爵の邸に近々向かう事を相談していたのだ」
「え!?」
「もっともそれはこたびの遠征で自由惑星同盟を滅ぼしてからになるがな」
「あ!?」
茫然自失状態のカトリーナにそこまで話したラインハルトは少し顔を厳しくした。
「卿の有能さはフロイライン・マリーンドルフらからよく聞いている。だが、卿の態度は私の副官として傍らにたってもらうには不適切だったな」
「・・・・・・・・」
「そのような状態ではいざというときに役に立たぬ。それを知らぬ卿ではないだろう」
「・・・・・はい」
カトリーナはしゅんとなった。「ラインハルト様LOVE」「ヒルダKEOTOSU」でここまで来たが、もうすべてが音を立てて崩れていた。
ラインハルト様に嫌われた。
そのことがカトリーナを糸の切れた人形同然の状態にしていた。
「卿には少し休暇が必要なのかもしれんな。卿の才覚を私は高く評価している。私としては麾下提督の陣営に順に置いたのはゆくゆくは私の側にいてほしいと思ってのことだったが――」
「―――!!!」
糸の切れた人形が一瞬でフル充電された電動人形になった。
「今、なんて――」
「それもかなわぬこととなろうとは――」
「申し訳ありませんでした!!」
カトリーナは45度どころではなく、ほぼ水平に頭を下げた。
「私、私、自分のことばかり考えていて、ラインハルト様・・・いいえ、閣下のお気持ちを考えたことがありませんでした。そうとは知らず・・・本当にごめんなさい!!」
「・・・・・・・・」
「色々大変でしたけれど、私、提督方の側に仕えて学んで・・・一人で邸にいるだけでは経験できない事もできました」
ワーレン、ビッテンフェルト、オーベルシュタイン、ミュラー、それから様々な提督たち。彼らと交流できたことでほんの束の間、ほんの一端であったが、これまでにない経験ができたことは確かな事実なのだ。
今更ながら、そのことを思い出していた。
「どうか、もう一度私にチャンスをいただけませんでしょうか」
「・・・・・・・」
「お願いします!!」
カトリーナは懇願した。頭を下げたまま、目をぎゅっとつぶって、縁に涙をにじませて。
「もうよい、顔を上げよ」
ラインハルトの声が頭上から降ってきた。
「卿はハルテンベルク家の令嬢だったな」
「はい」
「ハルテンベルク家も窮乏にあると聞いているが、卿はその中でもまっすぐに生きようとしていた。そのことは称賛に値する。フロイライン・マリーンドルフとはまた違った生き方を卿はしようとしている。なまくら貴族どもとは違う生き方をな」
「・・・・・・・・」
「卿が実践しようとしている生き方が良いか悪いかはわからぬが、私は卿には機会を与えねばならぬと思っている。それが・・・卿の亡き父君、そして母君に対する私なりの手向けになればとな」
「・・・・・・・・!!」
カトリーナははっとなった。数秒後、涙が頬を伝って流れ落ちた。
「誤解しないでほしい。私はハルテンベルク伯爵にも、その妻にも一切の負い目も貸しもない。だが、ある人物を通じて二人の・・・卿の両親のことは聞いている。そして卿自身のことも」
「では、なぜ・・・・」
「『放ってはおけませんから』」
「え?」
「キルヒアイスが居ればそう言ったであろうな」
ラインハルトは穏やかな眼でカトリーナを見つめてきた。その瞳の奥に、カトリーナはラインハルト自身が今まで歩んできた道、そして今後歩んでいくであろう道を見出すことができた。
「ラインハルト様・・・・いいえ、ローエングラム公」
涙をぬぐったカトリーナは明るい声を出した。
「私、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクは、閣下に誠心誠意お仕えします!副官として・・・いいえ、カトリーナ・フォン・ハルテンベルクは一人の人間として、閣下の覇業成就の手伝いをさせていただきたく思います。いいえ、させてください!」
「卿には休暇は必要かな?」
「いいえ、もう充分です」
カトリーナは明るい声で応えた。
「では、フロイライン・マリーンドルフ」
「はい、閣下」
終始穏やかな表情で二人を見守っていたヒルダはラインハルトにうなずいた。それだけで二人の間に相通ずるものがあったのだろう。けれど、カトリーナはもう気にしなかった。
「ラインハルト様LOVE」であることは変わりはない。けれど、それよりももっと大きなもの、ラインハルトの夢を実現するために、自分はラインハルトについていくのだ。どこまでも。
そう硬い決意を胸に抱いたカトリーナだった。
そして月日は流れ――。
カトリーナ・フォン・ハルテンベルクは副官として、やがては首席副官として、常にラインハルトの側に仕え続け、皇后となったヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの唯一無二の相談相手にも抜擢されたという。
唐突ですが、ここで完結といたします。