【機装女戦記ガンプラビルドマスターズ あらすじ】
ガンプラ大好きな少年、キモト・ソウシはある日自分オリジナルのガンプラ、“ザクファントムカスタム
しかし朝目が覚めると突然自分の隣に黒髪の女の子が眠っていた! しかし、その恰好はどこか変。まるでモビルスーツの武装や装甲を人間大のサイズまでスケールダウンさせたかのような装備を纏っており、目が覚めて事情を聞くと……なんと彼女は自分が作ったザクファントムだという。
人間の姿に変身できる特別なガンプラ、“
友人たちとのマシンソウル同士の戦い、そしてガンプラバトルを経て、友情を育んでいくマシンソウルとその主人である“
マシンソウル達との日常を謳歌していく中、やがて運命は大きく動き出す。
ソウシの前に現れた謎の少女、彼女は別のマシンソウル達から逃げてきたという。少女を保護したソウシは、彼女に“カルナ”という名前を与えた。
カルナを巡ってマシンソウル同士の小競り合いが続く最中、敵対するマシンソウルの1体、“ガンダムアストレアタイプE”がキモト家を襲撃。ファントムと死闘を繰り広げ、その最中にカルナは己の力を解き放つ。自分が“デビルガンダム”のマシンソウルだったことを知るカルナは、自分の身を差し出すことでキモト家とファントムを守ろうとした。
だがアストレアはカルナとの約束を破り、ファントムを執拗に追い詰める。ファントムの思い出の品を焼き払ったことにより、逆鱗に触れ、ファントムは暴走する。アストレアを追い詰めるが、その暴走の様をソウシに見られてしまい、慄かせてしまう。それに動揺した隙をつき、アストレアはファントムの身体を両断。
ソウシは目の前で自分の相棒たるガンプラの死を目撃してしまったのだ。
次いでアストレアはその残骸をキモト家まで持ち帰ると、キュベレイMK-2と共に家を全焼させる。
燃え盛る家の中から親友のサラ・トモヒロと共に残骸と化したザクファントムを見つけ出すが、僅かにパーツが足りず、ファントムにはもう2度と会えないことを悟る。
不幸は続き、旅行先で両親が行方不明になったと聞かされる。
最早街にいることに意味を感じなくなったソウシは、ザクファントムの残骸を持ちだし、街の外へ出てひたすらに歩き続ける。
そして今、新たなる孤独な戦いが始まろうとしていた……。
………………
…………
……
黒く焼き焦げた荒れ地に対峙し合う二体の
片や満身創痍で片膝を地につき、その右腕は失われており、切断面からは黄色いスパークが漏れる。
片やその黒き巨体の機人は、目の前で膝を折るその機人を悠然とした面持ちで見据えている。その様子には、どこか余裕めいた雰囲気すら感じ取らされる。それもそのはず、満身創痍の機人に対し、その黒き巨体の機人の身には傷一つ付いていないからだ。
そして満身創痍の機人……“ゴッドガンダム”は、まるで人が荒く呼吸をするかのように上半身が緩く上下している。外部マイクを通して、中から声が漏れる。息を荒くした、少年の吐息が漏れていた。
そのコクピットにあたる筐体……“Gポッド”には、己の体の動きとガンプラをリンクさせて操縦するシステムが組み込まれている。そのため、荒く呼吸をしていたのはゴッドガンダムに在らず、その
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……クソッ!」
膝を折った状態で、少年は悪態をつき、その前髪から伸びた茶髪の奥より覗く目で、眼前の相手を睨みつける。その光景はモニターを通じて相手側にも見えていた。
羽を広げた蝙蝠のような鋭利な形状の黒い仮面を被り、それと同色の黒い衣服とコートを身に着けた男は、ゴッドガンダムのビルダーのその苦悶した様子をモニター越しに見ても無言のまま、ただ悠然とシートに座っている。
その様子もまた、同様にゴッドガンダムのモニターにも届いていた。
「くっ……くぅっ……! なんで……なんでなんだっ……!」
ゴッドガンダム側のGポッド内で、少年……サラ・トモヒロは堅く握った右拳を床に叩き付ける。本来であればその動きもゴッドガンダムにトレースされるのだが、機体の右腕を失ってしまっているため、ただ虚しく右肩が上下に可動しただけだった。
トモヒロは堅く歯噛みした奥歯を離し、その拳から伝わる痛みを内に押し込めながら拳を解いて左膝に当てると、力を込めて立ち上がり、眼前にそびえる漆黒の機人を見据える。
「なんでなんだよ…………ソウシ!!」
自分が最も親しく接してきた友の名を呟くと、名を呼ばれた黒衣と黒仮面の男は、無言の状態を解き、口を開く。
「その名の男はもういない」
身が凍えるように冷たい声色で、男が言い放つ。その口許には、笑みさえ浮かんでいた。同時に、黒き機人の右腕が動き、右脹脛のハードポイントに取り付けられた剣の柄を手に取ると、その先端から刀状のビームを発振し、切っ先をゴッドガンダムに向ける。
「俺の名は……───」
第1話「失意の先に」
―1ヵ月前……―
街を出てからどれだけ歩き続けただろうか。あれからソウシは休むことなく歩き続けた。早朝の4時にホテルを出てから、それから日が昇り、また沈み……経過時間は20時間近くといったところだろうか。その間一切の食事や休憩をとらず、ただひたすらに歩き続ける。その間に脳裏を何度も横切るのは、在りし日の記憶。残照とも呼ぶべき、楽しかった日々。
だが、それらはもう戻らない。自分自身も、もう帰れない。
奪われた。自分から捨てた。
何故奪われたのか……? 何故捨ててしまったのか……?
幾度も頭の中で考え続ける。
そうしてソウシはいつの間にかこの街に来ていた。
隣町か、そのまた隣町か、もしくは県境すらも跨いだか。わからないが、歩き続けるうちにいつの間にかソウシはこの街を歩んでいた。
あちこちで煌びやかなネオンが輝き、道端には浮浪者が寝転がり、それを尻目に寄り添いあう男女のグループがいくつも。そして、ネオン光る店に客を引き込もうと声を張り上げるピンク色の法被を着た客引きとみられるスタッフ。店先で煙草をふかす大胆に肌を露出させた服を着ている、おそらくはニューハーフと見られる二人組。
「いらっしゃいいらっしゃい! お兄さんどう? いい娘揃ってるよ~?」
「そこのボク~? アタシたちと遊んでかな~い?」
「ちょっとやめなよ。キャハハハッ」
それらに声を掛けられても、ソウシは目もくれずに顔を俯かせたまま歩き続ける。周りの人々の喧騒も遠いもののように感じ、ただひたすらに歩きながら先ほどの答えのない問いを脳内で続ける。
その時、突然目の前に衝撃を受けた。弾力のある生暖かいものに当たったため、思わず体勢が揺らぎ後ろに退く。そして、俯いていた視線を正面に向ける。
「Ouch ! Hey boy ! どこよそ見して歩いてやがんだオォン!?」
真っ黒の丸いサングラスを掛けた、ドレッドヘアにタンクトップという恰好の黒人男性が目の前に立っていた。体格はソウシよりも遥かに巨体で、鍛え上げられた筋肉に炎のタトゥーを入れているのがタンクトップの隙間から見えた。明らかに関わってはいけない雰囲気のその男は、サングラスを下にずらすと茶色い瞳で睨みをきかせる。
「ヒャッハァ! アニキにぶつかるたぁいい度胸じゃねぇか!」
「ぐぇっへっへっ……おまえ、おで達に出会っだのが運の尽きだど」
更にその両側からもう2人の黒人がソウシの方を睨む。一人はやたらと甲高い声をあげる、舌にピアスを空けたモヒカンヘアの長身で細身の男だ。もう一人の男は言葉が若干濁った発音が特徴だが、それよりも特徴的なのがその体格だ。身長は約2メートルもあり、ゴリラのような屈強な体格で、髪形は雲丹のようにトゲトゲしたパンクヘアだ。その2人も同様にサングラスをしている。顔つきもどことなく似ていることから、兄弟ではないかと推測した。
「す、すいません……」
しかしそんな推測はどこかに吹っ飛んで行ってしまうかのような緊張感にソウシは襲われる。3人の黒人がヘラヘラと笑いながら自分を取り囲んだのだ。
「ヒャハハハァ! 何処に行くってんだ~坊や?」
「Boy ちょっと俺らにつきあってくれや」
………………
…………
……
「オラオラァ!」
路地裏に響き渡る怒声と打撃音。壁際にソウシを追い詰めた3人の黒人は、情け容赦なくその太い腕や足によって繰り出されるパンチやキックをソウシの顔や腹に捻じ込んでいく。そのたびにソウシの口から血と唾液が飛び出て、呻き声が聞こえる。
「ヒャハハハ! アニキ、気付いたかい? あの坊や、ウェストポーチの中を執拗にガードしてるぜ」
モヒカンヘアの男が言う。確かにソウシはこの暴行の最中、腰のウェストポーチにだけは打撃がいかぬよう、手でしっかりと守っていた。男たちは、そんなソウシの行動を見逃してはいなかった。
「ラモン、ゴルグ、Boyの手を抑えつけろ」
アニキと称される男の言う通りに、他2人は薄ら笑いを浮かべながら片側ずつソウシの腕を掴み上げる。暴力によって痛めつけられたソウシは、最早抵抗の余地もなく体の自由を奪われる。
「は、離せ……!」
「ヘヘヘ……Boy、ママに教わらなかったのか? こわ~いおじさんに会ったら、サイフとケツの穴はしっかりと守っておきなさい……ってなぁ!」
男はウェストポーチにかけた手を強引に引っ張り、ベルトを引きちぎるとファスナーを開けて中を物色し始める。
「や、やめろ! 返せよこの野郎!」
「ヒャハッ? なんだこの坊や、急に暴れ出しやがったぜ」
「おらっ! おどなしくしでろっ!」
ゴルグと呼ばれた雲丹頭の男がソウシ後頭部を片手で易々と鷲掴みにすると、そのまま腕の力に物を言わせ地面に顔を押し付ける。体の自由を奪われたソウシは、口を利くこともままならずただ唸り声を立てるしかない。
「ヘッヘッヘッ、よほど大事なモンが入ってるらしいなぁ。……チッ、なんだしけてやがんな」
男はとうとうウェストポーチの中からソウシの財布を見つけ出すと、その中に入っている数枚のお札と小銭までも全てを抜き出し、自分のポケットに入れる。
「オッ? まだなにか入ってんな。……Ha~? なんだこりゃ?」
「そ、それは……!」
男がポーチの中から取り出したのは、ソウシが火事の中から見つけ出し、四肢が欠け残骸と化した傷だらけのガンプラ、ザクファントムだった。男はそれをまるで汚い物を扱うように指先で摘まみ取り出す。
「やめろ! それに触れるな!」
「オイオイ、えらい張り切りだしたじゃないかこのBoy」
ザクファントムの残骸を取り出されたことに対し、ソウシは体を激しく揺すって男の手にあるザクファントムを奪い取ろうとする。しかし、両脇を抑えつけている二人の男がより強く自分の身体を締め上げる。
「なぁーるほどなぁ、思い出の品ってわけだ。だがなBoy、こんなセンチメンタリーなアイテムはさっさと捨てた方が……身のためだぜッ!」
男がザクファントムから指を離し、地面に落ちる。そして太い足を上げて、そこへ勢いよく踏み下ろす。その瞬間、ソウシは己の体に思いっきり力を込めた。すると、先程までガッチリと抑え込まれていたのが嘘のように、男二人の手が離れソウシは地面を滑り込み、ザクファントムの上に覆いかぶさる。そして次の瞬間。
「ぐあっ……!」
勢いよく踏み下ろされた男の足がソウシの背中を踏みつける。いきなり目の前に割り込まれた男は、不機嫌そうに眉をピクッと動かす。
「こいつは……こいつだけは……これ以上もう誰にも傷つけさせない! 俺が絶対に守っ……がああああっ!!」
「ガキが! イキがってんじゃねぇぞ!」
ドレッドヘアの男はその太い足で自分の眼下に蹲るソウシを何度も踏みつけ、蹴り付ける。何度も、何度も。その度にソウシの体には痣がつき、口からは小さな悲鳴が零れる。しかし、同じ体勢のまま決してその場を退こうとはしない。
「チッ……Hey come on」
「yeah ヒャッハァァァァァッ!」
「ぐぇっへっへっへっ……」
男が舌打ちすると、後ろの二人をひとさし指を曲げて合図すると下卑た笑みと共に二人も暴力に参加する。ゴルグと呼ばれた巨漢の雲丹頭は両拳の骨をポキポキと鳴らし、ラモンと呼ばれた長身のモヒカンは、奇声を上げながら跳躍すると、飛蹴りをソウシに喰らわす。
「がはぁっ……!」
蹴りはソウシの脇腹に直撃し、そのまま地面を転がる。そこに追い打ちをかけるように、今度はゴルグがソウシの頭を片手で掴みあげ、宙吊りの状態にすると、もう片方の拳を引き、そして打ち出す。
「オォォォォッラァ!!」
まるで砲丸投げの鉄球をマトモに受けたかのような衝撃がソウシを襲った。巨大で堅い拳がソウシの顔面を直撃し、体がまたも宙を舞う。叫び声をあげることも叶わず、鼻と歯茎からおびただしい量の血を流して地面に倒れる。
しかし、それでも胸に抱いたザクファントムだけは、決して手放さない。
その様子を見たドレッドヘアの兄貴分が他の2人に指示する。直後、2人が声を張り上げながら全方向からの蹴りの横行がソウシを襲う。丸太のように太い足から繰り出される手加減一切無しの蹴りが頭、肩、脇腹、腰と、至る所に叩き込まれる。全身が激痛に襲われ、最早痛みすら麻痺した頃、ドレッドヘアの男が最後の一発を繰り出した。
「チェェェェストォ!!」
まるでPK戦でサッカーボールを蹴り上げるかの如く、最後の一撃は蹲るソウシの体の下から脇腹を抉った。衝撃でソウシはふっ飛ばされ、路地の突き当りに積まれたゴミ袋の山の中に背中から倒れ込む。顔面はもちろん、全身痣だらけで、口と鼻からは血を流して視界も霞んでいる。脇腹に響く鈍痛から、骨に皹が入っているのかもしれない。内臓にもダメージがいっているのかもしれない。しかし、そこまでされてもソウシの両手にはザクファントムがしっかりと握られていた。
「ペッ……オイ行くぜブラザー達」
「ヘイ、アニキ」
「ぐぇっへっへっへっ。こぞー、いい運動になったぜ。ぐあっはっはっはっ!!」
陽気に笑いながら3人はその場を去っていった。あとに残されたソウシは、痛みに呻きながらゴミ袋に埋もれながら天を仰ぐ。星も見えない曇り空からは、いつしかポツリポツリと水滴が降り始め、自分の顔を濡らし、傷口に染みてまた呻く。
「っ……こんなところで……俺は…………」
小雨はやがて大降りの雨となり、ソウシの全身を濡らす。
「まぁ……いいか……もう……どうでも…………」
土砂降りの雨に全身を濡らして、瞳を閉じるとソウシは徐々に意識が遠のいていくのを感じた。やがて顔に降りかかる水滴の感覚すら薄れていく最中、突如何者かの声が脳裏に響いた。
「兄ちゃん! 兄ちゃん! 大丈夫か!?」
「…………っ」
「そんな傷でこんなとこで寝たら死んじまうぞ。立てるか? ほらっ」
そう言って自分の腕を何者かが持ち上げて肩に回されるのを、ソウシは感じた。殴られたせいと、しきりに降りしきる雨粒が目に入って視界が霞むため、何者なのかをしっかりと判別することができない。しかし、その声色からして男性……それも結構年をいっている、中年の声だとわかった。そして肩に回された手が自分の肩よりも上にあると感じたため、背は高いということもわかった。
「そこに俺っちの車が停めてある。そこまで頑張れ。なっ?」
「……あ、あぁ……」
ふらつく足で濡れた地面を踏みしめながら、左手に握ったザクファントムを決して手放さぬようにし、ソウシは中年男と共にこの歓楽街の外へと向かう。相変わらず視界が霞むため、自分ではどこに向かっているのかはわからない。完全にこの男頼りになってしまっている。
「よーしよし、ここまで来ればもう大丈夫だ」
どうやら車が停めてある場所まで来たらしい。男は空いている方の手で後部座席のドアを開けると、そこにソウシをゆっくりと座らせた。そしてドアを閉めると、今度は車の後部を回って反対側のドアを開け、男はソウシの隣に座った。
「とりあえず俺っちのとこで手当てをしよう。それでいいな? なっ?」
「あぁ……すまない……」
ソウシが絞り出すようにお礼を口にすると、車は走り出す。目は相変わらずよく見えないが、ソウシはこの車に乗っていくつかわかったことがある。まず、この男が自分と同じく後部座席に乗っているということは、誰か別に運転手がいるということ。そして後部座席でありながら、足をのびのびと伸ばせるこの車はかなり広いということ。つまりは高級車だ。それらのことを総合すると、この男はそこそこのお金持ちだということになる。しかしそんな男が、今はタオルで自分の濡れた顔を拭いていてくれている。なぜそんなことをするのか……? ただのお人好しなのだろうか? それとも……。
そうこう考えているうちにソウシは完全に意識を失ってしまった。暴力を振るわれたせいもあるが、ここ数日ソウシは眠る度に見る悪夢のせいでほとんど睡眠もとれず、加えて早朝から歩きっぱなしだったのだが、この車内という一応の安息の場所を手に入れたことにより、今までの疲れが一気に噴き出してきたのだった。
男は、ソウシの意識が完全に途切れたのを見ると怪し気に口元を歪めて笑った。
………………
…………
……
「――うわああああああっ……!!」
真っ白なベッドの上、そこで寝かされていたソウシは突如叫び声をあげて跳び起きた。その理由は例の如く、自分がファントムに殺されるという悪夢を見たからだった。
「はぁ……はぁ……ま、またあの夢か……」
ベッドから上半身を起こし、息も絶え絶えに呼吸を整えつつ、ソウシは滴る脂汗を手で拭うと、自分が今どこにいるのか周囲を見回す。
「なんだ、ここは……?」
戸惑ったのは、この部屋の広さだった。ゆうに三十畳はあろうかという広く清潔なこの部屋の中には、自分の視界に映る範囲だけでも様々な物がある。綺麗な装飾が施された木製の大きなテーブルと椅子に、壁に掛けられた大型の液晶テレビ。ふかふかしていそうなソファに、カーテンが閉められた大きな窓。そして今自分が寝ているのは、サイズから見定めるとキングサイズのベッドだった。とても一人で寝るには大きすぎる。
「……まるでホテルだな」
自然と口から出たのはそんな感想だった。しかもただのホテルではない。よくテレビの旅番組等で紹介される、一泊するだけでウン万円と掛かるであろう特別な部屋……俗にいうロイヤルスイートルームというやつであろうか。ソウシは身を起こすとベッドから降り、裸足のまま床に立つ。かけてある毛布がはだけてようやく気が付いたが、自分は上半身裸の状態でベッドに寝かされており、何者かが治療をしてくれたのだろうか、湿布や包帯が巻かれ、頬にも手を触れてみるとそこにガーゼが貼られていた。
「一体ここは……」
ふかふかとした絨毯を踏みしめながら、ソウシはカーテンが閉められた窓際まで歩み寄ると、外の景色を確認するために思いっきり開けた。
「……っ!」
そこは自分が思い描いていた景色とはまるで違っていたので、ソウシは思わず面食らい、一歩後ずさりする。窓の外にあったのは、見渡す限り真っ青な空だけだった。一瞬自分が空の上にいるのかと思ってしまった。しかし窓に額をつけて眼下を見下ろすと、そこには歩道をせわしなく行きかう人々がおり、道路には車が走っている。なんてことはない、普通の街の、普通の平日昼間の光景だった。
「どうだい、ロイヤルスイートルームからの眺めは、なかなかのもんだろう?」
不意にソウシの背後から聞こえた中年男性のダミ声。慌てて振り向くと、昨日ソウシを車に乗せてくれたであろうあの中年男性が肘で壁に体重をかけて立っていた。
「おっと失敬、ノックするのを忘れちまったよ。ここは俺っちの所有するホテルなものでね、言わば全て自分の部屋のようなものなんだよ。だからついつい、ノックをするのを忘れちまった。改めて、入ってもいいかい?」
「……あぁ」
特に断る理由も無かったのでソウシは短くそう答え、快諾した。昨夜は視界が揺らいでいたためよくこの男の姿を見ることができなかったが、今ようやくしかと見ることができた。サングラスをかけており、色黒で、年齢は40代後半といったところだろう。しかしその割に背は高く、180cmといったところだろうか。目線を合わせる為にソウシが見上げるほどだ。鼻の下と顎に髭を蓄え、服装は派手な花柄のシャツに毛皮のついた白いコートを羽織っている。すべすべとした生地の質感からして、かなり高価なものなのだろう。そしてなにより、男が身に着けているアクセサリーの数々……金の腕時計にブレスレット、宝石のついた指輪に首飾り、耳につけたピアスとかけているサングラスの縁までもが金色だ。その眩いばかりの輝きようからして、イミテーションなどではなく、全てが本物なのだろうとソウシは思った。
昨夜乗った車に、この男の服装、そして先ほどの「俺っちの所有するホテル」という発言……それらを総合すると、この男は高級ホテルのオーナーであり、オマケにかなりの成金趣味だということだ。
「お互い、改めて自己紹介をしようや。俺っちはサカキ・ゲンイチロウ。お見知りおきを」
そう言ってこの男……サカキ・ゲンイチロウは握手を求めてきたので、ソウシはおずおずと手を差し出すと、それに応じ、自分の名も口にした。
「……キモト・ソウシだ」
「へー、キモト・ソウシくんね……若いねー。年いくつ?」
「……16だ」
「未成年かよ。大人びた雰囲気だったから二十歳くらいかと思ってたぜ」
それはきっと、ソウシがこれまでに経験した悲惨な事件の全てが哀愁として漂っていたのだろう。加えて、濁った瞳と鋭くなった目つきが、ソウシを実年齢よりも上に感じさせる要因を、より一層に引き立たせていたからだ。
「にしてもお前さんを見つけた時は驚いたぜ。散々な目にあったなぁ。あんなヤンキー共にたかられてゴミの山に沈められるたぁ運が無かったなぁ」
「…………」
「ま、せいぜい俺っちに感謝してくれや。お前さんを拾ってあげなきゃ今頃はどうなっていたことか……―」
「ハッキリと言ったらどうだ」
ソウシはやや強めの口調で、落ち窪んだ眼でゲンイチロウを睨みつける。こんな成金親父がただのお人好しで自分を助けるわけはない。何か裏があるのだろうと、ソウシは持ち前の洞察力で勘ぐっていた。
「言っちゃ悪いが、アンタは困っている人に手を差し伸べてあげるようなお人好しって感じじゃない。何か目的があるんだろう?」
「……いきなりご挨拶だなぁ」
と言いつつも、ゲンイチロウは何故か嬉しそうに口角をあげる。
「アレ、お前さんのだろう?」
そう言ってゲンイチロウは部屋の中央に置かれた木調の丸テーブルを指さす。そこには、ソウシが身に着けていたウェストポーチ(しかし中身は何も入っていないようだ)と、昨日まで自分が来ていた服とパーカーが綺麗に畳まれ、そしてその横にはソウシが殴られつつも必死で守り通したザクファントムが置かれていた。
それを見るや否やソウシは血相を変えて駆け出し、ザクファントムを手に取る。そしてどこもパーツが失われていないか、これ以上の破損個所が無いかを触れながら調べる。しばらく触り、とりあえずはどこも変わり無いようだったのでソウシはフーっと息を吹き出しながら安堵した。
「よほど大事なんだな、そのガラクタが」
背後からゲンイチロウがそう声をかけるのを聞き、ソウシはキッと鋭い視線で睨みつける。
「アンタにとってはただのガラクタに見えるかもしれない。けど、俺にとっては大切な相棒なんだ……。相棒、だったんだ……」
ゲンイチロウから目を離し、声を震わせ、ソウシはそれをポーチの中に静かに仕舞い込んだ。
「まぁ、こっちも別に事情を詮索したりはしねぇけどさ、お前さん今行くところあるのかい?」
「……いや、無い」
「ならちょいと俺っちと契約しねぇか?」
「契約……?」
その言葉を聞いて途端にソウシは眉を潜め、警戒する。こういった身なりの人間が「契約」なんて言葉を使う際は、きっとロクでもないことをさせられるのだろうと、察しがついていた。
「そんな怖い目で人を見るなよ。大丈夫だって、お前さんならな」
「どういうことだ?」
「お前さん、ガンプラビルダーだろ?」
質問を質問で返され、ソウシはムッと表情を曇らせるが、同時にその質問に対してなんと答えるべきか迷った。なぜなら、自分はもうガンプラを作ることを辞めたつもりでいたからだ。そんな自分が果たしてガンプラビルダーを名乗って良いものなのかどうか、思わず視線が下を向き悩み始める。
そんな様子を見ていたゲンイチロウがハハハと白い歯を見せて笑う。
「まぁガンプラビルダーであろうとなかろうと、そのガラクタを大事にしてるってことは少なくともガンプラ製作の心得を持っていることに違いは無い。だろ?」
「……だったらどうだっていうんだ?」
「なぁに、簡単なことさ。俺っちと契約してくれりゃあ、ここでは自由にガンプラを作ってくれていい。それでついでにガンプラバトルの試合にも出てくりゃあな」
「ガンプラの製作にガンプラバトル……? なんでこのホテルでそんなことをやるんだ?」
それは、このような超高級ホテルで行うにしてはあまりにも似つかわしくない提案だったため、ソウシは疑問符を浮かべる。ましてやこんな成金親父が模型趣味を持っているようには到底思えない。
「その質問の答えは簡単さ。
「……早い話が便乗商法か」
ソウシは皮肉のつもりでボソリと呟いたが、ゲンイチロウは特に気にする様子もなく、またも笑みを浮かべながら話を続ける。
「どう捉えてくれても構わねぇよ。で、そうする? バトルに勝てばファイトマネーだって出る。悪い話じゃねぇと思うんだがな」
「悪いが……」
話を聞きながら、ソウシは自分の身体に巻かれた包帯を解く。包帯が巻かれていた箇所は既に治っており、痛みももう全くない。あの時は死にそうな程痛かったのだが、どうやら感じたほど酷い怪我ではなかったのか、それとも良い治療を受けさせてもらったおかげなのか、どちらにしてももうすっかり大事ない様子だった。
それを確認すると、綺麗に畳まれた服を手に取ると広げて着付け、ポーチを持ち上げるとベルトを腰回りに巻いて固定する。
「俺はもう2度とガンプラを作る気は無いし、バトルもしない。その申し出は断らせてもらう」
「そうかい、まぁ無理強いはしねぇけどな」
「世話になったな……じゃ」
礼は言いつつもゲンイチロウには目もくれず、その傍らを通り過ぎるとドアノブに手をかけた。
「待ちな」
背後から静止を促すゲンイチロウの声が聞こえた。その声色は心なしか、先程まで陽気に喋っていた時に比べると幾分か低くなり、重くのしかかってくるように感じた。ソウシは思わずドアノブに手をかけた状態でゲンイチロウの方にゆっくりと振り向く。
「お前さん、ここを出て行くのは勝手だが、払うもんは払ってもらうぜ」
「なんのことだ……?」
ゲンイチロウはソウシの方に向き直ると、懐から何かを取り出す。クリップボードに止められた1枚の用紙だった。遠目だったが、その用紙には大きな字でこう書いてあった。「領収書」と。
「一流医師による治療費、ロイヤルスイートルームの宿泊代、それと高級車にも乗ったからチャーター代と俺っちが直々に手助けをした人件費、血と泥で汚れた車のシートと俺っちのコートのクリーニング代、それらを占めてまぁ……こんぐらいだな」
ゲンイチロウの口から発せられる請求理由のひとつひとつがソウシの心臓を抉るかのように深く突き刺さる。ソウシは冷や汗が背中を伝うのを感じながら、ゲンイチロウの傍まで歩み寄り自身に表面を向けられているクリップボードに視線を合わせる。そしてその領収書に記されている金額を桁毎に確認する。一、十、百、千、万……。
「な、70万……っ!?」
心臓が口から飛び出すかと思ったほどの衝撃だった。その代わりに口から出たのは、吐き出すように放たれた驚愕の金額だった。ソウシはゲンイチロウの手からクリップボードを奪い取ると、穴が空きそうなほどに凝視する。そして0の数をひとつひとつ指さしながらその個数を数えていく。それを三度繰り返す。だが何度確認し直しても、7の横に0が5つ並んでいた。
「本当はもう少しかかったんだが、まぁ端数は省略させてもらったよ」
せめてもの良心のつもりなのだろうか、ゲンイチロウは薄ら笑いを浮かべながらそう付け加えた。
「ふっ……ふざけるな! 払えるわけないだろ、こんな金額……!」
「オイオイそりゃあないぜ兄ちゃん。こちとら良かれと思ってお前さんを助けてやったのに、そんな言われはねぇだろ」
そう言うとゲンイチロウは備え付けの椅子を引いてそこどっかりと腰を落として座り込み、ポケットから葉巻ケースを取り出し、そのうちの一本にライターで火を点け、一服吸う。そしてゆっくりと煙を吐くと、胸にかけられた金色の携帯用灰皿の蓋を開け、そこに灰を落とす。
「あんなゴミ溜めでぶちのめされた兄ちゃんを助けようとする奴なんか他に居やしない。俺っちが助けなけりゃお前さん、今頃くたばってたかもしれないんだぜ。言わば俺っちはお前さんの命の恩人てわけだ。恩は返すのが筋ってもんだろ。で、俺っちの場合はコレで返してほしいってだけの話よ」
再度葉巻を咥え込むと、ゲンイチロウは右手の親指と人差し指で丸を作り、サングラスの奥から得意げな笑顔をソウシに見せた。
「だ、だけどこんな額……!」
「まぁまぁ、俺っちも鬼じゃねぇんだ。お前さんみたいな浮浪者紛いのガキ、素寒貧だってのはわかってる。でもよぉ、頼れる人間の一人や二人ぐらいはいるんじゃないのか?」
瞳の奥よりソウシに向けられる視線。口にこそ直接出してはいないが、それは「親や友人を頼ってでも金を用意しろ」と言っているのと同義だと気付いた。しかし、頼ろうにも自分の両親は行方不明。友人達とはもう関りは持たないと決めた身だ。
通帳も印鑑も身分証明書も自宅の棚の中に保管していたが、それらは全て焼失してしまった。もちろんそれらの再発行も不可能ではないのだろうが、あまりにも時間がかかりすぎる。このいかにもがめつそうな男がそれを悠長に待ってくれているとは到底思えない。財布の中に入っていたなけなしのお金も、昨夜全て強奪されてしまった。
となると、ソウシに課せられた方法は一つだけになる。
「……さっき言ってた契約」
「あん?」
「それをすれば……金が手に入るんだな?」
そう口にした瞬間、ゲンイチロウは葉巻を咥えたまま口角をあげてニヤリと嗤った。
………………
…………
……
「ここが作業部屋だ」
自分が泊められていた最上階のロイヤルスイートルームからエレベーターで下階に向かうこと数分、地下1階に降りるとグレーのタイルカーペットを踏みしめながら薄暗い廊下を進み、ドアプレートに何も書かれていない部屋の前で立ち止まる。ゲンイチロウが鍵を差し込んで解錠し、そのドアを開けるが、真っ暗で何も見えない。
だが、どこか懐かしい匂いがソウシに感じさせた。これは……そう、自分の家の、自分の部屋の匂いによく似ている。しばらく留守にして、久方ぶりに家の中に入ると漂ってくる、あの匂いだ。ゲンイチロウが壁伝いに手を伸ばし、ドアの脇にあるスイッチを押す。蛍光灯が数回点滅し、部屋の中が露わになる。元は従業員用の休憩室を改造したのだろうか、部屋に入ってすぐ右手側には流し台とトイレのドアが備わっており、その奥には六畳ほどのスペースがある。窓は無く、床はホテルの廊下同様グレーのタイルカーペットが敷かれてあり、壁際には塗装ブースが備えられており、そこから伸びるホースの先端が換気扇の方に向いている。その隣にはガンプラ製作に十分な広さを持つ机とキャスター付きの椅子があった。机の上には大きめの模型製作用のカッテイングマットが敷かれ、更にその上には模型製作に必要なツール一式が工具箱に詰められて置いてある。
先程はあまり乗り気ではなかったソウシだが、それらを視界に捉えた瞬間に一気に興味が湧き上がった。流し台を通り過ぎ、作業スペースの方へと足を踏み入れる。周囲を見回すと、そこでソウシはその部屋に大きな収納スペースがあることに気が付いた。壁際に壁収納型のクローゼットがある。その取っ手を掴み、開く。
「……おいおい」
それを見て思わず頬が緩み、突っ込みにも似た驚嘆の声が口の奥から漏れ出す。そのクローゼットの中には、ガンプラの箱が多数積み重なっていたからだ。通常サイズの1/144
その光景に、ソウシは思わず自宅のクローゼットに積まれた“積みプラ”の数々を思い出した。今はもう無い、火事で焼けてしまう前に作っておけばよかったと後悔した宝の数々を……。
しかし、それらをよく見てみるとほぼ全てが開封済みのようだった。というのも、どの箱も中央部分が潰れていたからだ。おそらくは中身が入ったまま誰かが何度も持ち上げたであろう。それはソウシ自身にも覚えがあったが、このガンプラの箱を受け皿として、必要なパーツをこの中から探し出した後、それらをまた元に戻した痕跡だ。
作業机の方から椅子を持ってくると、それを踏み台にして試しに一番上の箱、『HGUCギャプランTR-5[フライルー]』を手に取る。このTR-5[フライルー]というキットは1/144HGUCの割にはキットそのものが大型のため、箱もそれ相応に大型のものを使用しているのだが、この箱は明らかに通常在中のプラモデルの重量よりも重い。左右に振ると、ジャラジャラと音がした。椅子を降り、箱の中身をあらためる。中にはやはり、ガンプラのパーツが入っていた。しかし新品のようにランナーに繋がった状態ではない。既に組み立てられ、必要なパーツのみが抜き取られている中途半端な完成状態のものだ。この箱本来のキットかどうかはわからないが、TR-5[フライルー]をはじめとしてギラ・ズールやグフ・イグナイテッドなど、多様なガンプラが腕や頭が欠けた状態で入っており、箱の底には判別不能な細かいパーツが沈んでいた。
間違いない、ここに入っているガンプラの箱の数々は積みプラなどではない。様々なガンプラのパーツが詰め込まれた、ジャンクボックスだ。
「まさか……これ全部……?」
クローゼットの中に入っている箱は、大小様々ではあるがもしもこれ全部にジャンクパーツが敷き詰められている箱だとするならば……ゆうにガンプラ100体に相当するパーツ量が入っているものと推測できた。
「どうだい? 生憎俺っちはビルダーってやつじゃないんでわからないんだが、こいつはお前さんらにとってはお宝なんじゃないのか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ゲンイチロウがいつの間にかソウシの隣に立っていた。
「……これを使ってガンプラを作れと?」
「こんだけありゃちったぁマシなもんが作れるだろうよ」
「で、作った後は……戦うのか」
「まぁ、そこら辺はおいおい説明してやるよ。ただし、あんまり悠長に作ってはいられねぇぞ。試合の日は決まってるからな」
「いつだ?」
ソウシの質問に、ゲンイチロウはズボンのポケットから金色のケースに入ったスマホを取り出し、「えーっと……」と呟くとしばらく無言で操作する。どうやらスマホの中に予定が入っているらしい。そして確認し終えるとソウシに向かって答える。
「今日を入れて、3日後の夜だ」
「み、3日後……!?」
しかも今日を入れて、ということは明後日の夜ということになる。それまでにほぼゼロの状態からガンプラを1体作り出さなければならない。素組みならばまだしも、改造ガンプラとなると通常は数日から長くて数ヶ月ほどかかる作業量なのに、与えられた時間はたった72時間にも満たない。箱の中にはほぼ形になっているものがいくつかあるとはいえ、それらはほぼ素組みに近い状態のものばかりだ。多少の改修を行ったところで、バトルに勝てる見込みはまず無い。
そのバトルも、試合を称するものだとするならば素人が相手というわけではないだろう。必ず自分と同等か、それ以上のビルダーと戦うことになる。
ならば、どうするか。
その答えは、一つしかない。
「言っておくが、試合日の変更は認められないからな。大勢のお客さんを招待してあるからな。そこでド派手なバトルをして客を思いっきり盛り上げるんだ。だからそんじょそこいらのポンコツで出たらそん時は……―」
「……やるよ」
「お?」
おもむろにクローゼットの中から5つほど積み重なった箱を両手で抱えて取り出すと、それらを床に置くとしゃがみ込み、箱を空けてガサゴソと中身を漁りだすソウシ。その状態のまま、ゲンイチロウと話をする。
「明後日の夜までに1体仕上げればいいんだろ。わかった、作るよ」
「ほぉう……急に聞き分けがよくなったじゃねぇか」
ゲンイチロウもまたその場にしゃがみ込みと、ソウシと同じ目線で話をする。しかし、ソウシの視線は目の前のジャンクパーツのみに集中しており、ゲンイチロウの方には目をくれない。
「アンタ、どうせ最初から俺を使って金儲けをすることが目的だったんだろ?」
「フッ……そいつはご想像にお任せするよ。ただまぁ、お前さんは行き場所に困っていた、俺っちは戦ってくれる手駒が欲しかった。言うなれば互いに利がある。Win-Winの関係ってやつじゃないか」
「違うな」
パーツを漁りながら、ソウシはぶつぶつと呟くように語る。
「俺はもう2度とガンプラを手にするつもりはなかった……このままどこかで野垂れ死にしても構わないと、そう思ってた……。だが、俺はまたこうしてガンプラを手に取っている……憑りつかれているんだ、ガンプラに……。憑りついて離れない……」
「ヘッ、なにがあったのかは知らねぇが、若いくせに破滅願望持ちかよ兄ちゃん」
ゲンイチロウは立ち上がると出口まで歩む。
「なら明後日の試合はきっと兄ちゃんのお気に召すと思うぜ。せいぜい会場を盛り上げて、華々しく散ってくれや」
最後にそれだけ言い残し、ゲンイチロウは部屋を出て、鍵をかけた。後に残されたソウシは、パーツを漁りながらその言葉の意味を考えた。
(客が集まって金が入れば、後は俺なんかどうでもいいってことか……?)
そんな考えが浮かんだが、それはすぐに頭の中から消えることとなった。なぜならば、この大量のガンプラパーツから適切なパーツだけを使い、全く新しいガンプラを作らなくてはならないからだ。自分の頭の中にあるイメージを膨らませながら作らなければならないため、すぐに他の考えは頭の中から排除され、脳内はガンプラのことだけに支配される。
そこからは無言のままに、余計なことに頭は使わず、ただひたすらに作り続ける
だが、何故これほど多くのガンプラパーツがこんなところに集まっているのか、その深い理由をこの時によく考えるべきだったと、ソウシは後々後悔することとなった……。
………………
…………
……
―それから3日後……―
「あのガキ、一度もあの部屋から出てきてねぇらしいが、ブツはちゃんとできたんだろうな」
時刻は午後18時、件の試合は19時から開始されるため、ゲンイチロウは時間を見計らってソウシが作業しているであろう作業部屋まで足を運んでいた。部屋の前まで来ると、ルームキーを鍵穴に差し込もうとして、ある一つの考えに至る。
「……あのガキ、まさか!」
目を見開き、解錠すると勢いよくドアを開け、ずかずかと室内に入る。そして周囲を見回す。室内は混沌としていた。クローゼットは開けっ放しにされており、その中に敷き詰められていたジャンクパーツの大半が床の上に箱に入った状態で置かれており、いくつもの小分けにしたパーツが点在していた。ある箱には接続用のアームパーツだけが、またある箱には武器のみが集められていた。もっとも、ビルダーではないゲンイチロウには、一見しただけではそれらの区別はつかないが。
更に換気もロクにされていない様子で、室内は塗料と接着剤、溶剤から気化したシンナー臭が充満していた。あまりの濃い臭気にゲンイチロウは思わず「うっ」と唸ると口元を抑える。
そんな中、作業用机の方に目を向けると、一際大きな影を見つけた。
「よう、アンタか」
むくり、と机に向かって背中を丸めていたソウシが体を起こしてゲンイチロウの方を向く。その血の気の失せた顔色には生気がまるで感じられず、目元の隈は増々濃くなっており、明かりも陽の光も無い部屋の中、それらが相まってゲンイチロウにとっては元々得体の知れない人物であるキモト・ソウシという少年の不気味さをより一層引き立たせていた。
「な、なんだいるじゃねぇかよ……驚かせんな」
「妙な事を言うんだな。この部屋で作業をしていろと俺に言ったのはアンタだろう?」
「なぁに、アクション映画ばりに排気口こじ開けて脱出なんて可能性も無きにしも非ずだろ」
「フッ……安心しなよ、ガンプラが俺に憑りついている限り、俺は逃げも隠れもしない……」
自嘲気味に笑みをこぼし、抑揚の無い声色でそう語るソウシを、ゲンイチロウは内心増々不気味に感じた。
「それはそうと、ブツはちゃんとできたんだろうな?」
「あぁ、さっきまで微調整をしていたところだ」
そう言ってソウシは脇に退き、机の上で完成した1体のガンプラをゲンイチロウに見せる。
「ほう、これはこれは……」
ビルダーではないゲンイチロウにとってはガンプラの出来の良し悪しなどは、外見からの出来栄えで判断するしかない。が、机の上でライトの明かりに照らされながら悠然と佇むその機体は、素人目であっても唸らせるほどの出来栄えだった。
部分的に赤いラインの走った、全身を覆いつくす漆黒の装甲。
機体の随所に装備された数多の武器。
スラスターノズルが顔を覗かせる大きく太い脚部。
背部に備えた高機動フライトユニット。
戦闘機の機首のように突き抜けた形状の胸部装甲。
その中心部にはスリット状のガードが設けられており、その内部には紅々と煌くモノアイが備わっている
そして、どのガンダムシリーズに登場するモビルスーツにも当てはまらない、鋭利なフォルムをした頭部。
他の1/144サイズのガンプラと比較しても格段に大型なその機体は、まさに重モビルスーツと呼ぶに相応しい大きく太いシルエットだった。
この全身を覆う、黒を更に黒で塗りつぶしたかのような漆黒の装甲は、単なる重装甲と言うよりも、さながら全ての攻撃を決して通させはしないという、鉄の意思を感じさせる強固な作りであり、またあるいはソウシの抱く心の闇を混ぜ合わせて塊にしたかのような、そんな機体だった。
「とてもたった3日で作り上げたものとは思えねぇなぁ~」
「最初の1日でパーツの選別、ミキシング、そしてパテ・プラ板加工。2日目で塗装。そして3日目、艶消しと仕上げを行った。まさに今さっき出来上がったばかりだ」
「……お前さん、まさか睡眠だけでなく食事も……?」
「その時間全てを製作に当てた。それが、なにか?」
少々威圧的な面持ちでゲンイチロウの方を睨むソウシ。ゲンイチロウの方もそれ以上の余計な詮索はせず、満足げな笑みを浮かべると、パンッと手を叩いて話を切り出す。
「よぉし! 上等上等。現在時刻は18時を過ぎたところ、試合開始は19時だ。これから試合会場まで案内するぜ。ぶっつけ本番になるが、せいぜい集まった観客を沸かせてくれや」
「……保証はしかねる。バトル用の調節をする時間は無かったし、大勢が見ている場でバトルをするのは初めてなものでな」
「なぁに、嫌でも沸かせる材料になるさ」
ゲンイチロウが何気なく言い放った一言が気にはなったが、それが行動の妨げになるわけではなく、ソウシは自分が作ったガンプラを手に持ち、この部屋に事前に用意されていたジュラルミン製のアタッシュケースを開く。その中にガンプラが入るよう切り抜かれたスポンジウレタンに、出来上がったばかりのガンプラを入れ、ゲンイチロウの前に立つ。
「準備が出来た。行こう」
「待ちな」
扉の方に歩み出したソウシを、ゲンイチロウは呼び止めた。意識してか無意識かはわからないが、3日前にソウシがロイヤルスイートルームから去ろうとした時と同じ3文字でだ。しかし、今回はその時とは違い、声にそれほど威圧感を感じない。
「大勢のお客さんに見てもらうんだ。身だしなみはきちんとしなくちゃあなぁ」
そう言ってゲンイチロウは部屋に備え付けられているシャワールームの方を指さした。ソウシは気にしていなかったが、今のソウシは3日間部屋に引きこもりっぱなしで、お世辞にも清潔感ある状態というわけではなかったからだ。
………………
…………
……
10分後、シャワーを浴び髪形も整えたソウシはゲンイチロウの後ろに付いて行きながら薄暗い長廊下を歩んでいる。どうやら試合会場はここよりも更に地下の階にあるらしい。地下1階はスタッフルームや倉庫等のフロアとなっているらしく、地下会場に降りる客は専用のエレベーターで案内されるらしい。そこへは貨物用の大型エレベーターで向かうらしく、巨大な横開きの鉄製ドアの前で立ち止まるとゲンイチロウがエレベーターの開閉ボタンを押す。重い鉄の扉が、まるで地獄の門が開かれるかのように軋みながら開く。
(地獄巡りをするダンテの気分だな)
現在の自分の状況を中世イタリアの叙事詩、「神曲」の主人公ダンテに見立ててソウシが心の内で想いながら、ゲンイチロウの後に次いでエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まると、ゲンイチロウは目的の階へ向かうボタンを押さず、その下に備えられている銀色のパネルを引っ張り、取る。その中には配電盤があったりするのだろうなとソウシは思っていたが、そこにあったのは「▼」印が刻まれたボタンだった。ゲンイチロウはそれを押し、また蓋をする。すると、エレベーターが動き出し、より地下へと潜っていくのを感じた。
「なんでそんなボタンを隠すようなことを……?」
「これから向かう場所は知る人ぞ知る、といった場所なのさ。ウチのホテルを長年利用してもらっている信頼あるお得意先とか、あるいは余りある資金を持つ大企業の役員や株主、表に出れば誰でも顔を知っているような政治家、財界人、タレント……あるいはお前さんのように金に困った奴。それと……―」
エレベーターの壁に背中を預けながら、ゲンイチロウは語る。
「刺激を追い求める狂人。ここはそういったロクデナシ共が集まる場所なのさ」
その言葉と共にエレベーターが止まり、ドアが開く。煌く光が漏れ、眩さにソウシは細目になる。先程まで薄暗い部屋と廊下とエレベーター内に居たためだ。そうしてしばらくして目が慣れると、そこはまた一直線の廊下だった。ただし先程までのスタッフ用フロアの廊下とは違い、一昨日までソウシが泊められていたロイヤルスイートルームのあったフロアと同じように、クリーム色の壁に絨毯が引かれたフカフカの床、天井には淡い光を放つシャンデリアが煌々と煌いていた。廊下はさほど長くはなく、数歩歩いた先にまた扉があった。その扉の前には黒服にサングラスをかけた男が二人、微動だにせず後ろで腕を組んで立っていた。
「よう、ご苦労さん」
ゲンイチロウが陽気に声をかけると2人の黒服は無言で横に退き、一人が後ろに持っていた銀色のトレーを手前に出し、ソウシの方に歩み寄る。
「えっ、なに?」
明らかに自分の方に差し出されているが、何の説明も受けていなかったためソウシは面食らう。トレーの上には、色や形が多種多様なマスクが揃えられていた。よく金持ちのパーティで自分の顔を明かさないためにつける、ああいった類のマスクだ。
「お前さんは出場者とはいえ、未成年だ。誰が見ているとも限らねぇ。それに、お客さん方の中にそういうところに突っかかってくる人も居ないとも限らんのでな、好きなのを被って素顔を隠しておけ」
と言われても、正直どれも自分の趣味には合わず、しばし沈黙してしまう。蝶々の形をしたもの、レース柄のもの、ピエロを模したもの、そして金属でできた黒い鋭利な形状のマスク。それはどことなく羽を広げた蝙蝠のようにも見て取れた。
「……じゃあこれを」
正直、被りたいとは思わなかったが、並べられたマスクの中ではこれが一番マシに見えたのでそれを選んだ。マスクを手に取り、後ろに括りつけられているゴム紐を伸ばし、自分の頭の後ろに回し、耳にかける。被ってみると、固い金属の感触が目と鼻の回りに伝わり、その辺りがひんやり冷たいのを感じる。金属製と言ってもあまり重たくは感じない。素材はアルミニウムだろうか? 視界は思ったよりは悪くない。ちょっとフレームの厚い眼鏡を掛けているようなものだと、ソウシは思った。
そんなことを考えていると、ゲンイチロウが待ちくたびれた様子でソウシの方を手招きする。
ソウシが歩むと、黒服の二人の男たちが扉の取っ手に手をかけ、内側に開く。その瞬間、眩い光と賑やかな喧騒がソウシを包み込む。
「ようこそ、当ホテルのシークレットカジノクラブ、『
そう言ってゲンイチロウはわざとらしく傅いてソウシを中へと招き入れる。部屋の中は、多くの人々で賑わっていた。天井には豪華なシャンデリアが煌々と光を灯している。その光に照らさながら、その場に集まる人々は皆、タキシードやドレスを着た身なりのよい人たちばかりといった印象だった。中には先ほど提示されたマスクを着用している人物もいる。そんな人たちが皆熱中して何をしているのかというと……。
「あれって……」
楕円形のテーブルの上で燕尾服を着たディーラーと思わしき男性が、向かい合う客に対してトランプのカードを何枚か配っている。客と思わしき男の手元には、大量の金貨を模したプラスチック製のコイン、“チップ”が積まれていた。何かで見たことがあるが、これは確かバカラと呼ばれるトランプのゲームだったはずだ。
またある場所では、金色のルーレットが回り、その中で白い球が躍っている。赤や黒の数字が示されたテーブルの上には、何枚も積み重ねたチップが客とディーラーの間を行き交っている。
客たちはそれらを楽しみながら、ある者はグラスに入った高級そうな酒を飲み交わしながら談笑したり、ある者は大儲けして声をあげて喜んだり、またある者は大金を摩ってしまい、悔しさのあまり拳でテーブルを叩いたりしている。
バカラにルーレット……そして身なりのよい客たち……ここはまさしく。
「カジノ……?」
「だからさっきそう言っただろ」
室内を物珍しそうな目で見まわすソウシに対し、横に立っていたゲンイチロウが口を開く。
「言っておくが、最近国によって認められたカジノ“風”アミューズメントクラブなんかじゃないぜ。正真正銘の本物さ。ホラ、あそこ見てみ」
そう言ってゲンイチロウが指さしたのは、バカラ台の方だった。そこには、“
「500$……? って、約5万円か……?」
「あの台がこのカジノの最低金額で賭けられる台さ。つまり、この中に入ったら最低でも5万は張ってもらうって寸法さ」
この店の最低賭け金額……しかしその割には、この台には人はあまり集まっている様子は無い。もしも自分のような小市民がこのようなカジノに客として足を踏み入れる機会があるとするならば、所詮は遊び、一度くらいは体験しておこうかなと、最低金額台に挑戦しそうなものではあるが……。
つまりここに集まっている人たちの大半が本気でギャンブルを楽しむために集まった者たちということだ。
「500$が最低ってことは、それ以上も……?」
「あぁ、あっちの台が1000$、その向こうのルーレットは1万$、もっと奥には100万$のギャンブルだってある」
「100万……!?」
一体どんなお金持ちがそんな大金を賭けて、失うかもしれない賭博に興じるのか……一小市民のソウシには理解不能だった。ただこの場所が、明らかに合法な施設ではないということは肌でピリピリと感じ取っていた。
「さて、クラブ内の見学もここまでにしておこう。お前さんの舞台はもっと奥の方だぜ」
そう言ってゲンイチロウは歩み出す。ソウシもその背後に付いていきながら、一つ質問を投げかける。
「この施設……俗にいう裏カジノっていうやつか?」
「まぁな。表向きは高級ホテル、しかしてその実態は……夜な夜な富裕層が集いギャンブルに興じる賭博場ってこった」
カジノ内を横切り、またも大きな扉がそそり立つ。その両脇には先ほどと同様にサングラスをかけた黒服の男二人が両脇に立ち、ゲンイチロウが扉の前に立つと一礼して取っ手に手をかけ、開ける。その扉の上部にあるプレートには、“STAFF ONLY”と書かかれていた。ゲンイチロウが扉を潜ったので、ソウシもその後に続く。扉の先には階段があった。薄暗く、地下深くまで続いている階段だった。明かりは天井と足元を照らす小さな電灯だけ。それが行きつく先まで点々と続いているようだった。最初にゲンイチロウが階段を降り始め、その後にソウシが続いた。
「実はここと瓜二つのホテルが隣にもあってなぁ、地下のカジノクラブも同様なんだが」
一段一段、ゆっくりと階段を降りて行くと唐突にゲンイチロウがそんなことを話し始め、ソウシは無言のまま耳を傾ける。
「元は一つのホテルで、親父が経営していたんだ。昔、こことは連絡橋で繋がっていたんだが、親父が死んだときに俺と双子の弟とでどちらが後を引き継ぐかで揉めてなぁ。結局、公平に折半することになった。連絡橋を取り外して別々に経営を始めることになったんだ。だが弟は執念深くてなぁ、そこからは兄弟仲も険悪になって、いつか俺の経営してるホテルもカジノもみ~んな自分のものにしてやろうと狙ってるってわけよ」
「……なんでそんなことを俺に話すんだ?」
何の気無しにソウシが尋ねると、ゲンイチロウは突然立ち止まり、振り向く。そしてソウシに対してサングラスをズラしてこう言った。
「お前さんにも十分関係があることだからだよ」
それだけ言うとまた歩き出す。自分に関係のあることと言われ、ソウシは途端に疑問が募った。
「それならいっそ勝負しようじゃないかということになってな、隣のカジノとこの地下の施設とは繋がってるわけよ。そこで互いにガンプラビルダーを集め、互いにバトルさせる。そうして最後まで勝ち抜いた側が両方のホテルとカジノの経営権を得るってわけよ。だから兄ちゃんは責任重大ってわけ、おわかり?」
「……なにが『お客さんのため』だ。結局はアンタだって弟の経営しているホテルとカジノ欲しさにその条件を飲んだってことだろ。しかも自分の身を一切傷つけずに……」
拳を固く握りしめて、ソウシはゲンイチロウに対して若干の怒りを声色に宿し、問いただす。それに対してゲンイチロウは特に悪びれる様子もなく、「フッ」と笑う。
「否定はしないさ。だがお客さんのためっていうのは本当だぜ。なにせ……」
階下にたどり着き、ゲンイチロウが扉を開ける。その途端、わぁっという歓声が扉の中から漏れ出し、途端にソウシ達を包み込む。ゲンイチロウの後につき、ソウシはおそるおそるその中に歩を進める。会場内を見回すと、遥か高い位置にある天井から煌々と輝く投光器が地上を照らす。その中央には4台の大型スクリ-ンが4方向に向けられ、その先に延べ400人以上は収容できそうな観客席が東西南北4つのブロック分けてられて建立されている。それらの席を埋め尽くさんとばかりに集まっている大勢の人々。ほとんどが男性、そして身なりは至って普通の者たちばかりだった。先程のカジノクラブで見かけた豪華な身なりをしている人は少ない。しかし会場の上部をよくよく見ると、観客席よりも高い位置にガラス張りの展望デッキのような場所が設けられている。おそらくはあそこがVIP席なのだろう。好待遇の客は、そこでガンプラバトルを観戦するといったところだ。
そしてそれら観客席から見て中央に位置するのが……リングだった。まるでプロレスのリングのように、床よりも一段高く設けられ、四方を赤いロープで囲われている。しかし、その大きさは通常のそれとは比較にならないほど大きい。四倍のサイズはあるだろう。というのも、そのリング上にはとある物が設置されていたからだ。
「Gポッド……?」
まさにガンプラバトルを行うためのゲーム筐体、Gポッドが6台、赤コーナーと青コーナーに分かれてそれぞれ3台ずつ、向かい合う形で設置されているのだ。
つまりは、件のガンプラバトルによる試合は……。
「こ、ここでガンプラバトルをするのか?」
「あぁ。言っただろう? 大勢のお客さんを盛り上げてもらうって」
改めてゲンイチロウの発した言葉に、ソウシは息を飲む。今まで自分はこれほど多くのギャラリーが見ている中でガンプラバトルをしたことがない。ましてや、久方ぶりのバトルなうえ、機体も組み立てたばかりでまだ微調整も行っていない。コンディションはお世辞にも良いとは言えない。
しかし、それらを理由にしてもガンプラバトルを行わざるを得ないだろう。自分は今、そういう境遇にあるのだから。
「18時59分……時間だ、健闘を祈る」
「えっ……えっ?」
ゲンイチロウが腕にはめている金の腕時計で時間を確かめた途端、場内全てのライトが消え、辺りが暗闇に包まれる。それと同時に水を打ったように静まり返る観客たち。その時だ、天井に設置されたスポットライトの1つがリング横の実況席と思わしきテーブル上を照らす。
「レディィィィィスエェーンドジェントルメェェェェェン!! 皆さまようこそ! 夢と希望の祭典、“ミッドナイト・コロシアム”へ!」
テーブルに片足を乗せて立ち、スピーカーがビリビリと音割れする程に意気揚々と声を張り上げるその男は、無駄に前髪部分が前方に伸びたリーゼントヘアに、ハート形のサングラスをかけ、キラキラとしたラメの入ったピンク色のジャケットと黄色い蝶ネクタイという、見る者に強烈な印象を植え付ける男だった。
観客席に向けられているモニターには、画面いっぱいにその男の顔が映し出されており、正直むさくるしいことこの上ない。
「わたくし、試合実況を務めさせていただきます“マイクマン・モリクボ”と申しまっっっす!! しがない実況者なので名前だけでも憶えて帰ってね☆」
と、頬に人差し指をあてぶりっ子のポーズをとりながらカメラに目線を送るマイクマン・モリクボなる人物に対し、不満を募らせた観客たちは口々にブーイングを放つ。
「どーもどーも! 熱烈な声援ありがとうございまっっっす! さてさて、わたくしだけが盛り上がるわけにはまいりません。早速本日のメインイベント、“ガンプラバトルリング”を開催しまっっっっっす!!」
その途端、先ほどまでのブーイングはどこへやら。次々に歓声や口笛が聞こえ始め、あっという間に会場内は割れるほどの歓声に満たされた。
「選手の入場でっっっっっす!! ウェェェストコォーナァー……迫撃の三兄弟! “ドレッドブラザーズ”!」
スポットライトが会場の通用口を照らし、扉が開き意気揚々入ってきたのは、3人の黒人たちだった。ドレッドブラザーズと称された3人は、両腕を振り上げ雄叫びをあげ、観客たちへとアピールする。ソウシはその姿を見て、ハッと思い出した。
「あいつらは……!」
そう、対戦相手とはあの夜、ソウシに対して暴行を行ったあのガラの悪い黒人3人であった。ドレッドブラザーズは、ジーパンにタンクトップという、あの時と大差ない恰好で観客たちからの歓声を浴びながら続々とリングの中に入っていく。
「3対1だと……!? 聞いてないぞ!」
「聞かなかったからな、言う義務は無いと判断したんだよ」
「そんなこと……―!」
たった一人で三人の相手をしろという無茶な状況を前にして、ソウシはゲンイチロウに異議を唱えたかったが、マイクマン・モリクボの甲高い声が掻き消した。
「そぉしてぇ……期待のルゥゥゥゥゥキィィィィィ! 諸事情として名前は伏せさせていただきます! イィィィストコォーナァー……“ハリキリBOY”!」
イースト……つまりソウシは東側の対戦相手だということだ。そういえば先程ゲンイチロウが東西に分かれて対戦をしているなと、そんなどうでもいいことを思い出してしまい、反応が遅れた。“ハリキリBOY”という変な名前が自分のリングネームだとは思わなかったが、しかしその名が呼ばれた途端、スポットライトがソウシの方を向いた。眩い光に照らされるのと同時に何故自分がその名前なのか、対戦相手が何故あの3人なのか、この短い時間に様々なことが起こり過ぎて戸惑い、体が硬直する。
「なにしてんだオラ行けよ」
ドンッ、と自分の背後に立つゲンイチロウに背中を押され、ソウシは自分の意思とは関係無く歩み出す。リングに向かって歩むたびに集まった観客たちから視線が向けられているのを感じる。
「なにちんたら歩いてんだオラー! さっさと始めろや!」
「っ……!?」
その罵声と共に自分に向かって投げつけられた物、中身が空になった酒のガラス瓶だった。ソウシは身を屈んでそれを避け、瓶は地面に落ちてバラバラに砕け散った。その様子を見てゲラゲラと笑い、次々に囃し立てる観客たち。面食らったソウシは、逃げるようにリングに向かって駆け出し、リングロープを掴み、荒い呼吸をする。
自分に向けられていた視線の正体が、声援を送るためのものではないということがよくわかった。ここに集まった観客たちは、自分が何者であるかなどは微塵も興味を持ってはいない。ただ純粋に、ガンプラバトルを望んでいる。それも熱狂的で、暴力的で、己のアドレナリンが沸きあがるような刺激的なバトルを……。
「おーっとこれは期待のルーキーに観客からの厳しい洗礼! 青少年には少し刺激が強すぎたでしょうか? 本番前にチビってないといいですけどねぇ」
まだ試合が始まってもないのに、マイクマン・モリクボは今しがたのソウシの状況を、煽り文句を交えて実況する。それを聞いていた観客たちもつられて嘲け笑いをソウシに浴びせる。
(ふざけるな……! 俺はこんなところに……笑われに来たんじゃない!)
心の内でそう悔し文句を唱えながら、歯ぎしりをしてロープをきつく握りしめる。その時、リングの端より現れた黒服の男2人に腕を掴まれる。
「な、なんだよ? なにするんだよ!?」
突然のことで慌てるが、男たちは聞く耳を持たずに無言のままソウシの体を拘束する。更にもう1人現れた黒服の男が手に何かを持っている。黒いアタッシュケースのようだ。3人目の黒服がアタッシュケースを開く。中には、大小合わせて6つのベルトのような物が入っていた。何か金属部品のようなものが内側に取り付けられているが、果たしてそれが何かはソウシの側から確認することはできない。黒服はそのベルトをソウシの両手首、両足首、腰回り、そして首に巻き付けた。取り付ける際、カチッと金属同士が結合する音が聞こえたため、鍵のようなものでロックされたのだと悟った。取り付けが終わると、黒服の男たちはソウシの元を離れた。ふとリングの上を見ると、あの黒人3兄弟も同様に、黒服たちからベルトを装着させられていた。もっとも、彼らの場合は拘束などされず、手慣れた感じで自ら腕や足を黒服の方に差し出し、取り付けを行っている。
「おっさん! なんなんだこれは!?」
「ん~? まぁ今にわかるさ。それよりもホラ、さっさとリングに上がれや」
リングの方を顎でしゃくると、ゲンイチロウはリング脇にあるセコンドスペースで、黒服が用意してきたパイプ椅子に足を組んで座る。どうやらこれ以上は何を聞いても答えてはくれそうにない。
(逃走防止のための戒め……とかか?)
ソウシは、取り付けられたそれらを手で触れてみる。表面は合皮製、内側の肌に当たっている側はひんやりと冷たいため、やはり金属が取り付けられている。かなりきつめに取り付けられたため、長時間身に着けていると痕になってしまいそうだ。
まるで奴隷のようだ……と思っていた矢先、観客の急かす声や囃し立てる怒号も段々と酷くなっているため、ソウシは意を決してロープを握り、その間を潜ってリングに上がる。そこでは、巨漢黒人3兄弟が腕組みをして待っていた。
「HEY HEY、どっかで見たツラだと思ったらあの時のBoyじゃねぇか」
「ヒャッハハァ! また俺らにブチのめされに来たのかい坊や」
「ぐぇっへっへっへっ、喰っちまうどぉ!」
「アンタらか……!」
リングに上がってきたソウシを見て下卑た笑みを浮かべる3人に対し、ソウシは奥歯を噛み締める。考えてみれば、この3人のせいでソウシは今こんなところで戦わされようとしている。それを思うと、怒りがふつふつと湧き上がってきていた。
「HEY Boy。ママはどうしたんだ、ん~? こんなところで一人で突っ立って、迷子でちゅか~?」
「ここは遊園地じゃないんだぜ、ヒャハハハハハ!」
ドレッドヘアの長男と、次男であるモヒカン頭のラモンが煽り文句をソウシにぶつける。それを聞き、「ぐえっへっへっへっ」と、三男のゴルグが腹を抱えて笑い出す。それにつられて、観客たちも笑い出す。嘲笑の視線を辺りから向けられたソウシは、拳を震わせてマスクの奥から睨みつけることしかできなかった。
今のソウシにとっては、相手側が事情を知らないとはいえ、自分の親のことを小馬鹿にされるのは我慢ならなかった。
「さぁて、それじゃあ始めようぜBoy。リングでたっぷりと可愛がってやるぜぇ」
「っ……やるしかないのか」
ソウシが再び3人の方に向き直ると、同時にGポッドのハッチが開く。相手3人はのそのそとその巨体をGポッドの中に収めていく。本当にソウシはたった一人でこの三人と対戦しなければならないらしい。どうやら、ここでのバトルはルール無用というのが原則らしい。勝敗自体は普通のガンプラバトルと同じ、どちらかの機体が破壊されるかによって決まるらしいが、それ以外は複数人で1人を攻撃しようと、咎められることは無いようだ。
3兄弟に習い、ソウシも同様にGポッドの中に身を収める。スタンバイ状態となっている筐体画面。やはり普通のGポッドと何ら変わりはない。
(ミッドナイト・コロシアム……か。確かに見世物的要素は強いが、ガンプラバトルのシステム自体は普通じゃないか……)
大げさなリングやベルト状の戒めを身につけられたりしたが、要するにそれらは大衆に向けての演出。言うなれば、自分達は古代ローマにおける奴隷剣闘士といったところだろうか。コロシアムはバトルフィールド、今の自身の状況はまんま奴隷同然といったものなのだから、大げさな演出はこけ脅しだろう。
……と、ソウシは思っていた。いや、このような異常な状況下だからこそ、そう思うことで自分の心の平静さを保とうとしているのかもしれない。
「……紫HAROか」
ガンプラをセットしようと足元に設置されているガンプラスキャナーの方を見る。模型屋やアーケードゲーム店でよく見る緑色のオーソドックスなタイプのハロではなく、機動戦士ガンダムOOにてネーナ・トリニティが所持していた紫色のタイプだ。劇中では口が悪く、このHAROも赤い目を尖らせていかにも悪そうな雰囲気だが、普通のタイプと何か違いはあるのだろうか?
ともあれ、その中にガンプラを入れるべく、口を開ける。そしてアタッシュケースを開き、その中に入っている漆黒のガンプラを取り出す。現在のソウシの心の内を表すように漆黒に染め上げられたそのガンプラは、ガンプラスキャナーの中に入るサイズギリギリなほどに巨体だ。パーツを引っかけないように、慎重にスキャナーの中に入れ、HAROの口を閉じる。
ほどなくして、全天候スクリーンにスタンバイ中の機体と、モビルスーツデッキが表示される。ソウシにとっては久方ぶりのガンプラバトルだが、このスタンバイ画面は見慣れた光景だ。仲間たちと共に何度も戦ったガンプラバトル……それを行うたびに、この画面に心躍らせていた。在りし日の記憶にあるその戦いの記録は、ほとんどが楽しい思い出ばかりだった。
だが、今から自分が行うバトルはそんな楽しかった思い出など全てを払拭する、過酷なものになるだろう。ファントムが死に、自分を取り巻いていた様々な人たちの想いと、安住の場所を捨て、今自分はここに居る。
なぜファントムは死ななくてはいけなかったのだろうか……? なぜ自分は今こんなところにいるのだろうか……? なぜこんなにも暗い気持ちで、楽しさなど失ったガンプラバトルをまたやる羽目になったのだろうか……?
様々な思いが胸中で交錯する中、モビルスーツデッキのハッチが開き、カタパルトがスタンバイされる。重い足取りで、カタパルトにセットされるソウシのガンプラ。機体が重量級だからというのが理由ではない。本心では、戦いたくなどは無い。こんな暗い気持ちで、大好きだったガンプラバトルをしてはいけない。
だがそれでも、彼は戦う。
「……“レヴィーヤ”、
“レヴィーヤ”……そう名付けられた漆黒のガンプラは、胸部スリットガードの奥に備え付けられたモノアイから紅い光を放ち、身を屈める。直後、カタパルトが起動し、勢いよくモビルスーツハッチの外へと射出された。
だが彼は知るだろう。この戦いが、自分にとって己の命運を分ける大いなる戦いの前章となることを……。
昨年7月に最終話を迎えたビルドマスターズですが、満を持して新たな展開を迎え、ここに新たな第1話を投稿させていただきます!
そしてここからが、私が本当に書きたかったガンプラ物語となります。
改めて、よろしくお願いします。
もうすぐ放送が始まるビルドダイバーズも期待値も高く、増々ガンプラ熱が湧き上がりそうです!