機装女戦記ガンプラビルドマスターズEVOL   作:ダルクス

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 失意の先にソウシが辿り着いた街。しかしその街で理不尽な暴力に曝されたソウシは、助けてもらった中年男性、サカキ・ゲンイチロウに法外な金額の支払いを要求される。
 払うことのできないソウシは、成り行きで地下のガンプラバトルに出場することとなった。
 新たな機体、"レヴィーヤ"を作り上げ、新たな戦いが今ここに始まる。


第2話「黒き竜の覚醒(めざ)め」

 バトルステージはシークレットということで、主催側があらかじめ決めたフィールドで戦うこととなるらしい。しかしカタパルトから射出された直後、機体にかかる重さで重力のあるステージなのだと理解した。下に向かってかかる力にぐっと堪えながら、ソウシはレバーとペダルを操作し、バーニアの噴射量を調節しながら徐々に地面に降りていく。

 

「えっ……!」

 

 だが、ソウシはこの時点で機体の様子がおかしいことに気が付いた。いくら重力があるとはいえ、重すぎる。各部に備えたバーニアやスラスターが思うように調節ができない。

 

「重すぎるのか……!?」

 

そう、高機動のフライトユニットを装備しているのだが、機体が纏う装甲と武装類の重量がかさみ、現行のフライトユニットでは飛行不可能なほどに重量が増してしまっていたのだ。機体は重力に引っ張られ、ぐんぐんと地面が近づいてくる。

 

「クッソぉ……! まだバトルは始まってもいないんだぞ!」

 

 ソウシは思いっきりレバーを手前に引き、地面に接触する寸前で脚部のスラスター全開で制動をかける。瞬間、下から突き上げるようにして大きく圧し掛かる衝撃。どうやら着地できたらしい。幸いにもダメージを負ったり、地面に激突することこそなかったが、それでもGポッド内は大きく揺らされた。

どうやらこの機体で空中戦は無理そうだった。早速調整不足が祟ってしまい、先が思いやられる。

 

 

 

 

 

第2話「黒き竜の覚醒(めざ)め」

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 改めて自分が降り立った場所を見回す。真っ平なグレーの地面がどこまでも続き、対照的に背景は暗くて何も見えない。そのことで最初は宇宙ステージかと錯覚したが、それにしては重力があるのが妙だ。

その時、突如として機械の駆動音が響き、地面が揺れ出す。

 

「なんだ……!?」

 

 疑問を口にした矢先、地面が割れ、中から格子状の何かがせり出てきた。突然のことにその様子を見つめていると、さらに背後も同様に地面が割れ、中から格子状の物体がせり出てくる。どうやらそれは質感からして、鉄格子のようだった。鉄格子はレヴィーヤを中心とし、あっという間に横幅・縦幅・高さ共々100メートルはあろうかという鉄製の格子が正方形に立ち並ぶ壁がそり立った。さらに暗い空からは、アームに繋がった鉄の蓋が出現した。それは鉄格子と組み合わさり、巨大な鉄製の檻が完成した。

 

『さぁ皆さんお待ちかねぇ! 本日のミッドナイト・コロシアムで開催されるガンプラバトルリング! その勝負内容はぁ……“電撃鉄檻デスマッチ”だああああああああっ!!』

 

 マイクマン・モリクボの号令で、会場全体がわぁっと騒めき立つ。割れるほどの歓声と口笛、誰も彼もがここで行われるであろう最高のバトルを心待ちにしている。そういった様子だ。

 

「なんなんだ、この檻は……!?」

 

 ソウシはレヴィーヤのカメラを通して、鉄檻をまじまじと見つめる。もしもこれが本当に鉄製の檻ならば、ガンプラの武器で易々と破壊できるだろう。だが、ゲームの演出としてこういったものが出現したということは、これはいわゆるオブジェクト。鉄製に見えるが、プログラム上では破壊できないという設定を施されているのだろう。

 

「その檻に入れられたが最後、勝敗が決するまで出ること叶わず、また逃げることも叶わず」

「なに……? おいオッサン!?」

 

 突如としてGポッド内に聞こえたゲンイチロウの声。モニターを見ると、「SOUND ONLY」の字だけが表示された通信画面がワイプで出現していた。どうやらゲンイチロウがリングの外からGポッド内のソウシに通信を送っているらしい。

 

「安心しな、その鉄檻は場を盛り上げるための演出だ。勝敗がつけば檻は開くし、勝者も敗者も双方共に出られる」

「そ、そうなのか……」

「ただし、触れれば即ビリビリ来るぜ。ダメージ判定だからな、せいぜい気を付けな」

 

 確か先程マイクマン・モリクボが「電撃鉄檻デスマッチ」と言っていた。こういった特殊な障害があるガンプラバトルが、ここでは人気なのだろう。

 

(悪趣味なルールだ……しかしこれは面倒だな)

 

 ソウシは考えつつ、唇を固く結ぶ。つまりは、この鉄檻がある限りたとえ飛行用のパーツを装備していても低空飛行でしか飛べないうえ、機動性もかなり制限される。オマケに、このリング自体はそこそこ広いが、身を隠す遮蔽物が全く何もない。文字通り、対戦相手とは小細工無しで正面切って戦わなくてはならない。自分が大型のガンプラで挑んでいる以上、敵からは格好の標的になるということだ。

 

(いや……サイズ云々の前に、俺の相手は……)

 

 その時、ズシンと背後で何者かがこちらに向かって歩んでくる足音が聞こえた。レヴィーヤが振り向くと、赤く輝くモノアイでこちらを睨みつける、黒と紫を基調としたジオン軍の重モビルスーツ、“ドム”の姿が3機そこには立っていた。パッと見はHGUCドムをそのまま使っているように見えるが、それぞれ細部をよく見ると元キットのそれとは異なる点がある。

 まず、3機のうち左側に立つドムは頭部に金属のスパイクを生やし、標準武装であるはずのジャイアントバズは装備せず、鉄血のオルフェンズに登場するガンダムフレーム、ガンダムグシオンが装備しているグシオンハンマーを担いでいる。

 次に右側のドムは、頭部に黄色いモヒカンを生やしている。武器は機動戦士ガンダムSEED(正確には外伝作品)に登場するレールバズーカ、ゲイボルグを装備している。

 最後に、左右それらのドムの間に立つリーダー格のドムは、十字のモノアイレール部に金属製のピアスが取り付けられ、胸部に炎のタトゥーデカールが貼られ、肩には鋭いスパイクが取り付けられている。さらに、武装は機動戦士Zガンダムに登場する複合武器、フェダーインライフルだ。

 

【挿絵表示】

 

 所持している武器こそ本来のドムのものではないが、逆にいえば使い慣れ、自分の相性に合った武器を装備しているということだ。この3人はガンプラバトルリングで戦い慣れている……ソウシは直感でそう悟った。

 その時、モニターにまたも小窓のワイプ画面が表示された。今度は外で実況しているマイクマン・モリクボだ。

 

『さぁー! 両者出揃いました! それでは皆さん、いってみましょう! ガンプラバトルぅぅぅぅぅ!! レディィィィィィ……―』

 

 マイクマン・モリクボの号令が、「イ」が完全に聞こえなくなるまで溜められると、観客たちが一斉に拳を突き上げ、叫ぶ。

 

『ゴオオオオオオォォォォォ!!!!』

 

 それと同時に「カーンッ」という金属の打撃音が木霊する。文字通り、戦いのゴングが今ここに鳴り響いたのだ。いよいよ、地下賭博場における違法ガンプラバトル、“ガンプラバトルリング”が幕を開ける。

 

(とにかく、まずは距離をとらないと)

 

 障害物など皆無なこのステージでは、接近されるのは容易な事だ。しかも戦力差は3対1、敵側はこの場で戦い慣れしている、と圧倒的にソウシ側に不利な条件だらけだ。できるだけ距離をとり、遠距離から射撃武器で牽制しつつ1機ずつ撃破していくことがこの戦いでのセオリーだと悟った。しかし……。

 

「……っ、機体が重い……!?」

 

 レバーに目一杯力を込めているのに、思うようにレバーが動かない。そしてソウシの駆る新型ガンプラ“レヴィーヤ”の歩行速度は驚くほどに遅い。1歩を踏み出し、もう1歩を踏み出すのにワンテンポ必要なほどだ。重装甲のガンプラは今まで扱ったことが無かったため、思うように機体が動かすことができない。

 更に、レヴィーヤの関節は厚い外装を纏っていても決してヘタへることのないよう各部の関節はギチギチに固く締め付けられている。故に、これを可動させるには相応の力が必要であり、レバーにはその分の重みが圧し掛かっているのだ。

 ソウシ自身、運動はあまり得意ではなく、体もあまり鍛えている方ではないため、これを満足に動かすのは至難の業だった。

 

「なんだありゃ? 鈍亀か?」

「ヒャッハー! こりゃ今夜も楽勝だぜアニキ!」

「おで、アイツやる。(あん)ちゃん、いいか?」

「OK。まずはお客さんを目一杯楽しませなくっちゃあなぁ。ラモン、ゴルグ、たっぷりかわいがってやれ」

 

 長男、ロットンの指示を受けて弟たちのモヒカンドムとトゲドムは脚部のホバーユニットを起動させ、地面を滑るように駆け抜ける。あっという間にレヴィーヤに追いつき、左右から交互に攻撃を繰り出す。

 

「ヒャッハァ! くらえや!」

 

 モヒカンドムがレヴィーヤの右側に取りつき、レールバズーカ“ゲイボルグ”を構え、放つ。黄色い閃光と共に砲口より射出された砲弾は、一直線にレヴィーヤに迫る。

 

「ぐぅっ!」

 

 直後、右からの衝撃と共にソウシのGポッド内が激しく揺れる。砲弾は肩に取り付けられたシールドで防ぐことができたため、機体にダメージは無いが、かなりの振動がソウシを襲った。その威力の高さからあれらのガンプラが単なるドムではないことを証明している。それ相応の改造が施されている。早く数を減らさなければ、勝ち目は無い。

 

「こんっ……のぉっ!!」

 

 ソウシは強引にレバーを操作し、重い機体を右に向かせると、両手に装備しているビームマシンガン、その右手側を伸ばし、モヒカンドムに照準を合わせる。直後、軽快な発砲音と共に放たれる黄色いビームの弾丸。円筒状バレルの側面に空けた排熱用の穴からマズルフラッシュが漏れる。ザクウォーリアのビーム突撃銃をベースに2丁製作したこのビームマシンガンは、ビームの威力をそのままに、速射性を向上させている。

だがその分反動が大きく、片手で扱うには少々不手際な代物に仕上がっていた。しかし、機体完成後、調整を行う間もなく試合に駆り出されたソウシにとっては、この不完全な武装で最後まで戦い抜くしかなかった。案の定、ビームマシンガンは反動が大きく、連射する度に右腕が大きく震える。無加工の素組みのガンプラがこれを使っていたら、振動で腕が分解してしまうかと思うくらいに発砲の振動が大きい。

 対する相手側のドムはその攻撃を易々とかわしていく。避けられたビームはリングの床やロープに黒い焦げ跡を残していくが、肝心のドムはその巨体の割に、俊敏性の高いホバーを駆使し、バックステップしつつ身を屈め、機体を右へ左と滑らせてレヴィーヤを翻弄する。

 

『おーっと、これはどうしたことだーっ!? 面で圧倒するはずのビームマシンガンがいくら撃っても当たらないぞーっ!? まさに当たらなければどうということはないといったところかーっ!』

 

 マイクマン・モリクボの実況が跳ぶ中、ソウシは必死でトリガーを引き続ける。が、いくら敵機を狙っても一発も当たらない。

 

「くっ……なんで当たらない!?」

「おらぁ! よそ見はいけないどぉ!!」

 

 モヒカンドムに気を取られていたソウシは、背後より迫るトゲドムの存在に気が付かなかった。トゲドムのビルダー、ゴルグの声が通信越しに聞こえたことに感応し、機体の向きを180度回頭させようとする。が、またも全身の重装甲が機動性を鈍らせ、アクションが遅れる。振り向いた瞬間、目の前にはグシオンハンマーを両手で脇に構えるトゲドムの姿があった。直後、ハンマーから繰り出される一撃。それはしかとレヴィーヤの巨体を捉え、脇腹部分に重く打ち付けられる。金属同士が正面衝突し合う鈍い音がリング中に響き渡る。

 

「っ!? ぐああああああああっ!!」

 

 直後、Gポッド内でレヴィーヤを操っているソウシの脇腹に、鋭い電撃が走った。ソウシの身を焦がすかと思われるほどに高圧の電流が這い回る。堪らずソウシは悲鳴を上げる。今まで自分が叫んだことのないほどの、大きく響く絶叫だった。同時に、こんな痛みも初めてだった。まるで内臓が内側から焼けていくかのような感覚だ。だが痛みに悶えたのも束の間、行きつく暇も与えず更なる激痛が今度は全身に浴びせられる。

 ハンマーを打ち付けられた衝撃で、レヴィーヤの巨体が後方に飛ばされ、背後の電流が流れる鉄檻に機体が接触する。

 

「がぁああああああああぁぁぁぁぁぁあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!」

 

 目に見えるほどの眩い電光が全身をあっという間に駆け抜け、ソウシの意識が一瞬遠のく。実際、電撃が流れたのは数秒にも満たない時間だった。しかし、その身に直に受けたソウシにとっては、まるで長時間の電撃に曝されていたかのような錯覚に陥っていた。

 レヴィーヤが地面に倒れ込むと、電撃は止んだ。ソウシの身体は前のめりに硬直し、不規則な荒い呼吸をして徐々に整えていく。Gポッド内に充満する、金属が焼けるイオン臭が鼻孔をつく。服の下と、仮面の奥からじっとりとした汗が流れ出て、強張った手で堅く握られたアームレバーがじんわりと濡れていく。

 

『あーっとハリキリBOY、ついに一発もらったーっ! これは痛い、痛いですぞおおおおお! しかし、機体の損壊には至らず! まだまだ戦える様子だーっ!』

 

 と、マイクマン・モリクボは実況しているが、正直今のソウシにとっては機体の状況よりも、今自分の身に何が起きたかということの方が重要だった。思わず立ち止まり、レバーから手を離して荒い呼吸をしながらじっと掌を見つめる。

 

「な……なんだ今のは……?」

 

 声を震わせ、小さく呟くように口の奥から絞り出されたのはそんな言葉だった。何が起こったのか、全く想像がつかない。今まで自分がやってきたガンプラバトルは、攻撃によってGポッド内が揺れるという一種のアトラクション的演出はあっても、このように体に直接ダメージが及ぶバトルなど、当たり前だが起きたことなどなかった。

 しかし、現実に今自分の身を焼いたのは、敵からの攻撃と、接触するとダメージが及ぶと説明された鉄檻によってのものだというのは、数刻おいて想像に至った。

 だが、ゲーム内でのダメージが現実に起きるはずもない。そんなことが起こるとするのならば、おそらくバトル開始前に体に装着された……。

 

「この戒めかっ!?」

 

 ソウシは自分の首に巻かれた黒い革状のベルトを掴み、引きちぎろうと力を加える。だが、どうしてもそれを体から引き剥がすことができない。首だけでなく、両足や両腕に巻かれたベルトも同様だった。

 

「オイオイ、そんなことしたって取れやしねぇよ」

「おっさん……!?」

 

 その時、モニターに表示された情景の右下のワイプにまたも「SOUND ONLY」の文字が映し出され、ゲンイチロウの声が聞こえる。ソウシは思わず身を乗り出し、一連の事態について問い詰める。

 

「一体どういうことだ!? なんなんだ、このガンプラバトルは!」

「なぁに、ちょっとした演出だよ。昔は真っ当な方法でガンプラバトルをしていたんだがな、お客さんが飽きちまって儲けにならなくなった。だから、新しい趣向を取り入れたのさ」

「趣向……だと……?」

「ガンプラバトルによって機体が受けたダメージがそのベルトを通して電撃となり、ファイターの身体に実際のダメージとなって反映される」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

その言葉でソウシは一瞬意識が遠くなった。電撃のダメージではない。ゲンイチロウの放った言葉があまりにも現実離れしすぎていて、今自分が体感している戦いが、まるで夢の中の出来事であるかのように感じてしまったのだ。

 

「文字通り、お前たちガンプラファイターにはその命を刻んでもらうのさ。だから、再起不能になるファイターが後を絶たなくてなぁ、駒不足なんだよ」

 

 尚もゲンイチロウの声がGポッド内に反響し、それを聞いて意識はソウシの元に戻って来た。そして思い出した。なぜあの作業部屋に、あれほどのおびただしい数のガンプラが積まれていたのか。

 それは、全てここのバトルで負傷し、再起不能となったガンプラファイターたちが使っていたガンプラなのだと悟った。おそらく、こういったバトルに敗北し、心身ともに深い傷を負い、ガンプラに触れることも、また見ることすらもできなくなるほどのダメージを負った者たちが、ガンプラを放置し続けていった……そんなところだろう。

 

「ふ……ふざけんな……! こ、こんなの…………こんなの! ガンプラバトルじゃないっ!」

「そうさ、その通り」

 

 激昂するソウシを余所に、ゲンイチロウは至って冷静な様子で付け加える。

 

「本物の戦場を体感できるこのバトルこそ、ガンプラバトルを超越した究極のガンプラバトルだ! モビルスーツに乗って戦い、ダメージを受ければ当然パイロットも負傷する。当たり所が悪ければ、死ぬ。これはそんなリアルさを追求したゲームでもあるんだよ。」

「なんっ……!」

 

 またもゲンイチロウの口から発せられた現実離れした発言に言葉を詰まらせるソウシ。

 

「言うならば……そう、“リアルバトル”とでも呼ぼうか。良かったじゃないか、お前たちガンダムファンの長年の夢だろう? 本物さながらのモビルスーツパイロットになり、愛機と共に数多の戦場を駆け巡り、迫り来る敵を倒し、英雄になれるなんてなぁ」

 

 ハハハ、と実に陽気なゲンイチロウの笑い声がワイプ画面から聞こえてきた。だがソウシは、視線を下が、両拳を握るとわなわなと震える。そして奥歯を噛み締め、その奥から悔しさにも似た唸り声を漏らす。

 

(違う……! この男は履き違えている。俺達は何も、本物のモビルスーツパイロットになりたいからガンプラバトルをやっていたわけじゃあない……! リスクを負わずにモビルスーツ戦が楽しめるこのガンプラバトルが、ただ純粋に好きだっただけだ……!)

 

 言葉には出さず、頭の中でそう唱える。それはきっと、自分だけではない。ガンプラバトルをする多くのファイターたちにとっての常識であり、皆それを目的としてガンプラバトルを楽しんでいる筈だ。

 しかし、この通称“リアルバトル”においてはその常識は通用しない。それはバトルに参加している当事者には留まらない。当然、それを観戦する客たちにとってもだ。

 

「なにやってんだクソガキ!」

「モタモタしてんじゃねぇ!」

「こっちは大枚はたいてんだ! さっさと負けろよ!

 

 突如、ソウシに向かって浴びせられる観客たちの罵声。それは外部マイクを通してGポッド内のソウシにも伝えられる。何故自分がこんな言われを受けなければいけないのか。募る疑問と共に視線を上げ、同時にレヴィーヤの頭部も上を向く。すると、機体に備わったカメラを通してモニターに天井付近の映像が映し出される。

 

「な、なにっ……?」

 

 このリング状のバトルフィールドの天井、鉄檻の蓋になっているが、そこには電光掲示板のようなものが四方に吊り下がっており、何か表のようなものが表示されている。相手チームであるドレッド兄弟を示す“DREAD BROTHER's”、そしておそらくはソウシのことを示す“HARIKIRI BOY”の文字がデジタル文字で表記されている。更にその横にはなにやら数字のようなものが表示されている。

 その数字は、ドレッド兄弟の方が圧倒的に多く、ソウシの方には一桁台しか入ってはいない。これはつまり……。

 

「俺はてめぇに大穴狙いで賭けてんだ! しょうもねぇ負け方したら承知しねぇぞ!」

 

 一際大きく聞こえた男の罵声で確信した。

 

「こ、こいつら……賭けてやがる……!」

 

 冷静に考えてみればわかることだった。この会場のすぐ近くにはあのような大規模のカジノクラブがある。当然、このリアルバトルも大衆にとっての賭けの対象になっているのだろう。

だが、当事者であるファイター達は文字通り命を賭けている。対して、ここに集まった観客は金を賭けている。その額がいくらかはわからないが、自分の人生に支障をきたすほどの額ではないだろう。加えて、この客たちは楽しんでいる。負けた方が死ぬかもしれない、この狂気の戦いを。苦痛に歪むファイターの姿を見ながら、身の安全が保障されている、あのような高い位置で……。

そしてその大衆の多くは、ソウシが負けることを……死ぬことを望んでいる。

 

「うぷっ……!」

 

 突如自分を猛烈な吐き気が襲った。ソウシは両手で口を覆い、喉の奥から込み上げてくる吐瀉物を必死に堪え、飲み込む。しかしそれを皮切りにし、必死に繋ぎとめていた我慢の糸が途切れた。ソウシは目を見開き、呼吸を荒げ、固く噛み締めていた筈の奥歯が震えだし、脂汗が頬を伝う。

 

「貴様っ……貴様っ! 貴様ァァァァァァ!! 俺を騙したのか!」

 

 堪らず、モニター越しにゲンイチロウに向かって身を乗り出して罵声を浴びせる。この我慢ならない憤りを、少しでもこの男にぶつけたかったのだ。

 だが、対するゲンイチロウは相変わらずハハハと笑うとパイプ椅子から立ち上がり、ソウシの罵声を涼し気に聞き流しつつ、両手を広げて宣言する。

 

「生死を賭けた勝負に勝る娯楽は無い! これこそが真のエンタァーーーテイィィィメントだよ!」

「……狂ってる!」

「ここではマトモな人間ほど先に脱落していくものだ。お前さんはどうだ? お喋りも結構だが、あんまり対戦相手を退屈させるのは良くないぞ?」

 

 その言葉でソウシはハッと我に返った。だが、ゲンイチロウの言葉が終わった直後、敵の襲撃が始まる。

 

「Ha Ha Ha!! オーナーとのお喋りは終わったか、Boy!」

 

 ホバーの駆動音を響かせ、迫ってきたのはドレッド3兄弟の長男、ロットンの駆るピアスドムだった。攻撃するチャンスはいくらでもあった筈なのに、今頃になって攻撃を仕掛けてくるところを見ると、ソウシとゲンイチロウとの会話が終わるのを待っていたようにも思える。つまり、この3人はそれだけ余裕を持っている。当然だろう、相手は少年、そして素人。ましてや3対1という圧倒的有利な条件。簡単に捻り潰しては面白くないのだ。自分達にとっても、観客にとっても。

 

「くっ……くっそおおおおおおおおっ!!」

 

 そんなことの為に自分は生け贄になどなりたくない。その一心から、ソウシは雄叫びをあげ必死に機体を起こし、立ち上がるとビームマシンガンの引き金を夢中で引いた。両手に2丁装備したマシンガンの銃口から黄色の弾が断続的に発射され、ドムに迫る。

 

【挿絵表示】

 

『またもビームマシンガンによる乱射! 今度こそ当たるかーっ!?』

「来るな……来るなあああああああああああああっ!!」

 

 生きたい、こんなところで無様に死にたくはない。生への執着が、絶叫と共にソウシを駆り立てる。だが、当たらない。片手に1丁ずつの射撃は反動が大きく、銃身が大きくブレているのだ。当てることなどまず叶わず、せいぜい接近させないようにするのが関の山だった。ピアスドムはレヴィーヤを周回し、右手に持ったフェダーインライフルの銃身部分を左手で掴み、照準を合わせると引き金を引く。黄色いビームが銃口より発射され、それはレヴィーヤの脇腹部分の黒い装甲に命中した。

 

「ぐあっ……! があああああっ!!」

『がっ……ダメだーっ! レヴィーヤの動きが止まった! 追い打ちをかけるドレッド3兄弟! こうなったらもう止まらないぞーっ!』

 

 例の如く、そのダメージは現実のものとなってソウシの身を激痛が襲う。痛みのあまり、レヴィーヤの動きが鈍る。そこにドレッド三兄弟は実況の通り、追い打ちをかけに来る。

 

「ヒャッハー! オラオラァ!」

 

 モヒカンドムがゲイボルグを放つと、その攻撃はレヴィーヤの足の装甲に命中し、巨体が地面に片膝をつく。

 

「くっ……! 起き上がってくれ!」

 

 だが、重量級のガンプラであるレヴィーヤは倒れたその身を起こすのも困難だ。自らの纏った装甲の重さ、そして狭まった可動範囲がそれをより一層困難なものにさせていた。

 

「そんなに起きたきゃおでが起こしてやるど! ふんぬぅっ‼」

 

 接近してくるのはグシオンハンマーを下段に構えたトゲドムだ。トゲドムはレヴィーヤ目掛けて加速し、すれ違い様にハンマーをレヴィーヤの腹部目掛けて大きく振るう。

 

「おぅぅぅぅっっっっらぁっ!!」

「げぶっ……!?」

 

 ゴルグの雄叫びと共にドボッ、という鈍い音が響くとソウシの腹部に巻いた拘束ベルトが一際大きく震える。直後、腹部を中心とした高圧電流がソウシの全身を駆け巡った。ソウシの声にならない悲鳴がマイクを通して会場全体に響き渡ると、客たちの歓声がより一層大きく湧きあがる。もっと痛めつけろ、もっと壊せ、そんなコールが巻き起こる中、ドレッド3兄弟はリクエストに応えるように隊列を組み始める。

 一方のソウシは息も絶え絶えになりながらも必死にアームレバーを握り、ペダルを踏みしめ、スラスターの噴射を活かしてレヴィーヤを起き上がらせる。だが、身体によるダメージこそあれど、ガンプラの方にはその身に纏う強固な装甲に大した傷は付いていなかった。

 しかし攻撃を受けた拍子に2丁のビームマシンガンは手を離れてしまった。手持ち武器を失くし、電撃の衝撃で戦う術も忘却の彼方に飛んで行ってしまい、ソウシはレヴィーヤを立ち上がらせるのが精いっぱいだった。

 

「いいリアクションじゃないか。苦悶の表情が実に絵になる」

「っ……! 貴様!」

「お前さんのやられっぷりにお客さんたちは実にご満悦だ。拾ってやった甲斐があったってもんだよ」

 

 またもゲンイチロウからの通信が入って来た。その口ぶりからして、おそらくこのGポッド内にも小型カメラが仕込まれており、ダメージを受けたファイターの様子が外のモニターに表示される、といった仕様になっているのだろう。

 

「っ……! もう嫌だ! た、頼む! ここから出せ! 出してくれええええええええええ!!」

 

 対戦相手である3兄弟、この戦いを仕掛けたゲンイチロウ、そして観客たちにもなるべき聞かせたいという一心で、ソウシは声を張り上げる。

 

「ギブアップだ! ギブアップ! リタイアさせてくれ! おい、聞こえないのか!? リタイアだって! 中断は……どうやったらできるんだ!?」

 

 必死でゲンイチロウに呼び掛けるが、返事が無い。モニターの表示や、コンソール、その下をもまさぐってこのバトルを中断させるボタンか何かが無いかとソウシは必死で探す。

だが、無い。ならば力づくでこのGポッドから出ようとシートベルトを外そうとする。だが、外れない。解除スイッチは固く固定されており、どれだけ力任せに暴れても外すことができない。そんなソウシを余所にゲンイチロウからの冷たい通信が入る。

 

「リタイア? お前、何言ってるんだ。命を賭けた真剣勝負の最中にそんなことができるわけがないだろう」

「な、なに……?」

「さっきも言ったはずだ。出たいならば、勝てばいい。そんな簡単なことになんで思い至らないかなぁ」

 

 さもそれが当たり前であるかのような口調で、ゲンイチロウは嘲笑交じりにソウシに告げる。

 

「お、俺は……こんな戦いをしてまでガンプラにしがみつこうとは思わない……」

「はぁ……これだ」

 

 溜息を一つつくと、ゲンイチロウは呆れ果てたような口調で言い放つ。

 

「お前さん、今まで真剣に戦ってきたことがないだろう? 負けたって別にいい、楽しめればそれでいい、終わったら互いに健闘を称え合えればそれでいい。そんな風に考えで今まで戦ってきたんじゃないか?」

「な、なにを……?」

「それが甘え、お前の弱さだ」

 

 先ほどとは打って変わって、ゲンイチロウの口調は真剣身を帯びていた。

 

「確かにお前が今までやってきたのはただのお遊びのガンプラバトルだったのかもしれない。しかし現実を見ろ。お前は今、戦場に立っている。気を抜けば一瞬で命を屠られる場だ。そんな場に立ちながらもお前はまだ自分だけを助けてほしいと、この俺に懇願するのか?」

「だ、だが俺は……こんな戦いを望んでは……」

「望む望まないはお前の意思ではない。本来それが“戦い”というものだ。この世のありとあらゆる闘争とはそういうものだ。お前が目を背けているだけで、自分のすぐ近くにもそういった戦いはあったんじゃあないのか?」

「っ……!」

 

 その反駁の言葉で、ソウシの脳裏にはある情景が思い浮かんだ。かつて“マシンソウル”と呼ばれる、人の姿となったガンプラをソウシは所有していた。名はファントム。強く、優しく、笑顔が眩しい美少女だった。彼女はソウシを守るために何度も戦った。何度も傷を負った。何度も血を流した。

そして……死んだ。他でもない、ソウシの目の前でその命を散らした。

 自分はというと、今までファントムに何度も守ってもらってきた。いつしかそれが当たり前になり、彼女たちが命を賭けた戦いを繰り広げている傍ら、無意識のうちに自分は「なんとかなるだろう」と楽天的な考えを持っていた。まるで嵐が過ぎ去るのをただひたすら待つように……。

しかし、結果は現在の通り。ファントムは死に、自分は今や地の底で命を弄ばれている。これまでの報いと言えばそれまでになる。悔やんでも悔やみきれないあの時の自分。

 ファントムが死んだ日から何度も何度も心の中で自問自答し続けていた疑問。なぜファントムは死ななくてはならなかったのか……? 自分はどうすればよかったのか……?

 

「けど……俺は……!」

「ならお前、負けろ」

「えっ……?」

 

 それでもと、ゲンイチロウの言葉を否定しようとした矢先に投げかけられた、鋭く、冷めた声色の一言。その言葉に思わずソウシは二の句が継げなくなった。

 

「戦うのが嫌だっていうならそれならもう潔く敗北を受け入れるしかない。まぁ先ほども言った通り途中リタイアはできないからある程度の痛みは覚悟するしかないがな。必死に頼み込めば急所は外してもらえるかもな」

「ま、負ける……?」

「そうだ、お前はそうやって人生の大勝負から一生逃げ続けろ。負け犬として、せいぜい惨めに生きていくんだな」

「負ける……負け犬……? 俺が、俺が負けたら…………」

 

 負ける、敗北……その言葉が途端にソウシの心に重く圧し掛かる。それを素直に受け入れればこんな残虐極まりない戦いとはすぐに無縁でいられる。命を差し出す必要も無い、助かる。

 だが、それで良いのだろうか……?

 

「ありゃ、まだ生きてるど。おでのハンマーの一撃でくたばったと思っでだのに」

「俺のバズーカもまるで効いてねぇ。ケッ、全くなんて装甲だ」

「だが防御だけに重点を置きすぎた結果、機動力と火力がおろそかになっている。ならただのウドの大木ってやつだ。かわいがりがあるってもんよ」

 

 3機のドムは一列となり、レヴィーヤに迫る。ピアスドムが先頭となり、フェダーインライフルの銃身を掴み、銃底からビームサーベルを発振する。その後ろにはモヒカンドムがゲイボルグを正面に構え、更にその後ろにはトゲドムがグシオンハンマーを両手で頭上高くに構える。

 

『おーっと。ドレッド3兄弟、隊列を組み直したぞーっ!? 一直線のこの組み方は……まさかーっ!?』

 

 マイクマン・モリクボの実況に会場がざわつく。もしや、伝説の“あの技”が繰り出されるのではないかと、観客たちは身を乗り出して待ち構える。そしてその隊列の組み方には、ソウシもまた見覚えがあった。

 

「くそっ……! 動けええええええええええええ!!」

 

 敵機接近によりコクピット内にけたたましく鳴り響くアラートが、ソウシの心臓を激しく打ち鳴らした。

 嫌な予感を肌で感じ、ソウシは考えを止めこの場を離れようと必死でレバーを握る。しかし、反応が遅れたうえに、先程浴びせられた高圧の電撃によって体が痺れ、手や足に思うように力が入らない。そうこうしているうちに、3体のドムはもう目の前まで迫って来た。

 

「いいか、機体は頑丈だろうがファイターはそうはいかねぇ。機体が破壊できなくても、リアルダメージであのBoyには死んでもらおうぜ!」

「ヒャッハハハハハハ! ラジャー!」

「今度こそおでがトドメを刺してやるど!」

「や……やめろ……!」

 

 通信越しに3兄弟の声が聞こえた。最早動いても間に合わないと悟ったソウシは、恐怖の声を漏らしながらレヴィーヤの両肩に備えている2枚のシールドを接続アームで介して前方に向け、防御姿勢をとる。そして、とうとう3機のドムの攻撃範囲に入った。

 

「「「ジェットストリームアタック‼」」」

 

【挿絵表示】

 

『出たーっ! 伝説の連携攻撃! 黒い3連星が放ったことで有名な、ジェットストリームアタックが炸裂だあああああっ!!』

 

 ドレッド3兄弟の声が重なる。それは、かの初代機動戦士ガンダムにおいて、黒い三連星と称されるガイア、マッシュ、オルデガが繰り出した三位一体の必殺技だ。3機で列を組み、一撃を加えた一番前の機体は列から離れ、すぐさま後ろの二機目が攻撃。攻撃を終えた二機目も列から離れ、最後の三機目も攻撃。これにより短時間で大ダメージを与えるという戦法だった。

 そして、それはこの3兄弟も同様。その再現に、マイクマン・モリクボの実況も、会場も大興奮の歓声をあげる。

 

「オラァッ!!」

 

 先頭、ピアスドムの胸部から拡散ビーム砲が放たれる。猛烈な光はソウシの視界を奪い、一瞬機体のコントロールを不能に陥らせる。そしてすぐさま繰り出される最初の一撃、フェダーインライフルのビームサーベルで斬り付ける。斬撃はレヴィーヤが正面に向けていた2枚のシールドによって阻まれ本体にまでは届かなかったが、衝撃でシールドは弾かれる。

 

「ヒャッハァ!!」

 

 間髪入れず、2機目のモヒカンドムがゲイボルグの砲口を真正面に向ける。直後、放たれる閃光の弾丸。至近距離で炸裂する超電磁の弾丸はレヴィーヤの装甲に直撃し、大きく体勢を揺るがす。と同時に、またもソウシの身体に電撃が襲う。

 

「ぐあああああっ!!」

「ぐははっ! これでトドメだどーっ!!」

 

 3機目のトゲドムがグシオンハンマーを大きく掲げ、それを思いっきりレヴィーヤに振り下ろす。金属同士がぶつかり合う鈍い音を響かせ、レヴィーヤは直上からその一撃をマトモに受けた。そして、相応のダメージがまたもソウシを襲う。

 

「ぐぎっ!? がっぎっあ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ”っ!!」

 

 今まで自分が出したことのないような絶叫と共に、激しい電撃と痛みが体中を駆け巡り、ソウシの身体は大きく跳ねる。その途端、顔にかけていたマスクが外れ、地面に落ちる。

 

『決まったーっ!! ドレッド3兄弟のジェットストリームアタックが炸裂だああああああっ!! ハリキリBoy、これには文字通り絶体絶命! そしてお聞きになられたでしょうか!? この私の実況が擦れるほどの大絶叫! 幼気な少年の命運も最早これまでかーっ!?』

 

 最大ボリュームの音声でソウシの絶叫が響き渡る会場内。その叫び声と、モニターに映し出される電撃を受けるソウシの姿に会場に集まった客たちのテンションは最高潮に達し、大歓声をあげる。

 

「 あ” あ” あ” あ” あ”……っ! ああっ…………ぁ……ぁ……っ……!」

 

 電撃が止み、レヴィーヤの巨体がゆっくりと地面にうつ伏せで倒れ込む。同時に、Gポッド内のソウシの身体も力なくだらんとシート上で伸び、時折弱々しい吐息と共に体が痙攣を起こす。瞳は濁り、口元からは泡が垂れ、全身至る所にミミズ腫れを起こしている。まさしく、命の灯が消える一歩手前まで来ている。しかもその様子は、ポッド内に設置されたカメラによって対戦相手にはもちろん、会場内全員によって観戦されている。

 

「ヘッヘッ……無様だねぇ、全く哀れなもんだ。おーい会場の諸君! 哀れなハリキリBoyを元気づけてやってくれ! そーれ、負け犬(ルーザー)負け犬(ルーザー)!」

 

負け犬(ルーザー)!」「負け犬(ルーザー)!」「負け犬(ルーザー)!」「負け犬(ルーザー)!」「負け犬(ルーザー)!」

 

 ロットンの掛け声に呼応し、兄弟と観客たちもリズミカルに手を叩いきながらソウシを「負け犬(ルーザー)」と呼び、指さし嘲笑する。

 

「あ~あ……こりゃハズれだったかな」

「よう、兄弟」

 

 落胆するゲンイチロウに声をかける人物。長身なサカキ・ゲンイチロウとは対照的に背が低く、肥満体型な男。ゲンイチロウの双子の弟、サカキ・ゲンジロウだ。ゲンジロウは口に咥えた葉巻をふかしながらゲンイチロウの隣にパイプ椅子を立てると、そこにどっかりと腰を下ろす。

 

「どうだ、兄貴。稼いでるか?」

「おかげ様でな。今夜も集客は上々だろう」

 

 先ほどエレベーターの中でソウシに話していた時には、弟との仲は険悪だと話していたが、現在はにこやかに世間話をしている。そう、兄弟仲が険悪だという話は嘘だったのだ。

 

「ウチのドレッドブラザーズ、また雇って家出のガキ痛めつけたんだろ?」

「人聞きが悪いな、これも俺なりの勧誘方法だ」

「そう言って長続きしたチームメンバー、いなかっただろ?」

「ま、今夜も結構稼げたし良しとしようじゃないか。また別の奴を拾って、戦わせればいいからな」

 

 それを聞いてゲンイチロウは懐から葉巻を取り出す。ゲンジロウはほくそ笑み、ポケットからライターを取り出し、ゲンイチロウの葉巻に火をつけた。

 どちらも本気で相手側のホテル経営を奪うつもりなどない。なぜならば、このリアルバトルで十分な集客を得ているからだ。適当な浮浪者を見つけてはガラの悪い者たちを雇い、襲わせ、助けたと見せかけて法外な支払いを求める。応じなかった場合はこのようにリアルバトルのリングにて賭けを兼ねた見世物として利益を得る。それがこの兄弟たちが編み出した、もっとも効率よく儲ける方法だった。

 一方のソウシは、シートの上でぐったりとしながら、その言葉と会場内に響き渡る負け犬(ルーザー)コールを聞いていた。大声量で木霊している筈なのに、ソウシの耳には遥か遠くで囁いているように感じた。そして消えかかる意識の中で、ソウシは再び“彼女”に出会った。

 

「ファン……トム……?」

 

 今、ソウシの目の前にはかつての自分の相棒(マシンソウル)、ザクファントムの“ファントム”が、流れるような黒髪を後ろにして立っているように見えていた。ゆっくりと手を伸ばして、ファントムに触れようとするソウシ。しかし、ソウシの手がファントムに触れる直前で、ファントムは振り向いた。そして、一言。

 

 

 

―オ前ノ セイダ―

 

 

 

 陰で隠れた顔色を伺うことはできなかったが、彼女ははっきりと、彼女の声で、かつての創主にそう告げ、そして煙のように消えていった。

 

「あ……ああ……っ!」

 

 告げられた一言でソウシは目を見開き、体を強張らせ、慄く。伸ばした手が激しく震える。途端に覚醒していく意識。それと同時に耳に飛び込んでくる自分に対して向けられている大音声の負け犬(ルーザー)コール。

 その時、ソウシは初めて自分が何を望んでいるのかを悟った。生への執着は、勝利の渇望へと変貌を遂げた。

 

「あ……あぁあ……! い、嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……! 俺は……負けたくないいいいいいいいいいいいっ!! うおおおおおあああああああああっ!!」

 

 伸ばした手で堅く拳を作り、それを己の元に引き寄せ、獣のように叫んだ。雄叫びと共にレバーとペダルに力を込め、強く押し込む。すると、先程までやっとの思いで動かしていたのが嘘のように、あっさりとレヴィーヤの巨体は起き上がった。しかもそれと同時に、全身の痺れと痛みがまるで嘘のように消えた。あまりにもダメージを受けすぎて感覚が麻痺しているのだろうか? いずれにしても、これなら動ける。これなら戦える。それを確認するとソウシは固くレバーを握りしめ、眼前の敵達を見据える。

 レヴィーヤもそれに呼応するかのように、ゆらりと巨体を揺らすと巨躯の足で地を踏みしめ、立ち上がると各部装甲の隙間より光が漏れ出す。まるで光に黒い粒子を混ぜ込んだかのように、光に反射して輝く黒い光だ。その黒い光はレヴィーヤの巨体を覆い、揺らめくオーラを纏っているようにも見え、まさに“闇の閃光”と呼ぶに相応しい輝きを見せる。

 

「…………ようやく馴染んだか」

 

 光の存在を確認し、ソウシが一言呟く。闇の閃光は徐々に光を失っていき、数秒の後光の奔流は止み、レヴィーヤは元の状態に戻った。だが、ソウシの咆哮と共に起き上がったレヴィーヤを見て、思わずドレッド3兄弟は面食らっていた。

 

「バカな! あれだけの攻撃を喰らってまだ立てるだと?」

「ヒヒッ、余程のタフガイだったか、それとも……」

「んぬぅ~! 今度こそおでがトドメを刺してやるどぉ~!」

 

 トゲドムが両手でグシオンハンマーを構え、その場に立ち尽くすレヴィーヤにゆっくりと歩み寄る。

 

「ぐえっへっへっ、こいつもう戦う気力も無いようだど。大人しくねんねしていれば、痛い思いしなくて済んだどになぁ!」

 

 レヴィーヤの正面に立つトゲドムは、ゆっくりとグシオンハンマーを高く掲げる。だがその時、不意にゴルグのGポッド内に通信が入る。通信の相手は目の前に立つガンプラ、レヴィーヤからだった。

 

「なぁ、アンタら……“地獄”ってのを見たことはあるか?」

「あぁん?」

 

 唐突に投げかけられた質問に、トゲドムの動きが止まる。ゴルグはもちろん、後方に待機する兄弟2人も呆気にとられる。しかしその呆けはすぐに嘲笑へと変わった。

 

「プッ……だぁハッハッハッハッ、何言ってやがんだこのBoy」

「ヒャッハッハッ、あ~痛い痛い。腹もこのガキも」

「グエッハッハッハッ、小僧。地獄なら……今お前が立ってる場所がそうだどっ!」

 

 その質問に返答する形でゴルグはレバーを思いっきり手前に倒し、振りかぶったグシオンハンマーを叩きつけた。金属同士がぶつかり合う音がリングに響き、振動がレバーを通してゴルグに伝わるが、持ち前の筋力はその程度の痺れなど蚊ほどにも感じさせない。

 だが、その振動を通してゴルグは違和感を覚えた。手ごたえが無い。今まで自分が葬ってきた幾多のガンプラを叩き潰す感触、それが無いのだ。振り下ろしたハンマーは明らかに予想よりも下方に振り下ろされ、カメラでその先を確認してみると……。

 

「あ、あで? いない? どこ行っ……―」

「アームガード展開、スタンショットナックルモード」

 

 やや早口で唱えるように声が聞こえてきたのは、ゴルグの背後からだった。慌てて振り向くが、それと同時にレヴィーヤは自身の前腕部を奥に引き込み、腕部装甲を展開する。それはレヴィーヤのマニュピレーターを保護する強硬なナックルガードとなり、爪状の先端部からは電撃が迸る。

 “スタンショットナックル”、ソウシがレヴィーヤ専用に両腕部に取りつけた近接戦闘用の武装だ。普段は可動式アームで腕部装甲と繋がれており、マニュピレーターの可動を妨げないよう収納されているが、使用時にはマニュピレーターを包み込むナックルガードとして展開される。爪状になっている先端部には電撃を帯びており、敵機に殴りつけることにより一時的に行動不能にさせることができる。

同時に、踵部分に備えた地上高速機動用クローラーが唸りを上げて駆動する。このクローラーにより、一見すると鈍重に見えるこの機体を、実に素早く、地面を滑るように動くことができる。

 その加速をも利用し、レヴィーヤは拳を引き、加速した機体のすれ違い様にナックルガードをトゲドムの腹部に叩き付ける。更にクローラーの回転速度を上げ、ドムを後方に押し出す。クローラーが地面を削り火花があがる。加速していく最中、鈍い音と共に爪先がトゲドムの腹部に押し込まれ、装甲が凹み、機体と同時にパイロットにも電撃が走る。

 

「ぐぎゃあああああああああああっ!?」

 

 ゴルグの悲痛な叫びが響くがそれを意にも介さず、ソウシは小声で先程兄弟たちに投げかけた質問の答えを唱える。

 

「違う……俺が言っているのはそんなもののことじゃあない。本物、だよ」

 

 ソウシは笑っていた。冷たく低い声と共に口角をあげ、一方的に敵を追い詰める高揚感をその身に感じながら、自然と笑みとなって零れ落ちる。

 

「ブーストアーム、点火。ビームクロー、展開。ターミネーションパイルショット!!」

 

 思いっきりレバーを押し込むと、ナックルガード先端部より放出される電流がより勢いを増し、腕部装甲の肘部分に備わっているブースターに火が灯る。その加速を利用し、トゲドムの腹部に捻じ込むように拳を押し込んだ。トゲドムの巨体が宙に浮き、拳を通して電撃が流し込まれ、更に『ドスッ』という鈍い音と共にトゲドムの腹部に何かが差し込まれる。ドムのモノアイが下方を向く。ナックルガードの裏側から赤い閃光が迸しり、捻じ込んだ拳に更に赤いビームの刃が発振され、トゲドムの腹部を刺し貫いていた。

 

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 その状態で腕部にブースターは火力を上げ、激しい勢いと共に拳はトゲドムを殴り飛ばし、リングの壁に……すなわち、高圧電流が走っている鉄檻に押し付ける。その瞬間、トゲドムの全身にいくつもの閃光が走った。

 

「があっ……! はぁっ……!? あぎゃああああああああっ!!?」

 

 ゴルグは一瞬、自分の身に何が起こったのか全く理解できなかった。だがそれを理解するよりも先に、腹部を中心にして全身に電撃が浴びせられる。高圧電流による感電により、ゴルグの身体が激しく震え、電撃はその激しさ故コンソール類にも飛び火しスパークを起こす。

 スタンショットナックルの裏側には爪状のビーム刃、“ビームクロー”を発振するための装備も組み込まれている。ソウシはこれをトゲドムに拳を捻じ込んだ後に発振することにより、ドムのボディを完全に貫いたのだった。肘のブースターによる加速を乗せたビームクローによる刺突。これにより、コクピット部を貫かれたトゲドムはそれが致命傷となった。グシオンハンマーが手から離れ、モノアイの光が消え、四肢が力なく垂れ下がる。それと同時に通信越しにゴルグの悲鳴も聞こえなくなった。ソウシはそれを確認するとビームクローの発振を止め、呆然と立ち尽くす残り2人のドレッド兄弟に視線を向ける。

 レヴィーヤが振り向いて数刻置いてトゲドムは力なく崩れ落ち、爆発を起こす。

 

『な、な、な、なぁーーーんとぉ!? 追い詰められていた状況から一転! ハリキリBOY、先程の鈍重さは演技だったとでも言うのだろうかーっ!? しかし私は見逃さなかったぞーっ! 脚部のバーニアを駆使し、素早く機体をスライドさせ、ハンマーによる一撃を回避! 続いてナックルガードとビームクローの連撃を繰り出し、まさかの逆転! これぞまさしく窮鼠猫を嚙む! ドレッドブラザーズ力の一角、ゴルグ・ドレッド、ここで敗退だーっ!』

 

 マイクマン・モリクボの実況で会場内がざわつく。あくまで実況役に徹しているモリクボは現在の状況を熱烈に伝えているが、観客たちの間では動揺が広がっている。なにせ、ここに集まった客の大多数が賭け金をドレッド兄弟の方に賭けているのだ。今日現れたばかりの新人(ルーキー)に負けるはずがないと高を括っていただけに、声援や歓声よりも困惑によるどよめきが沸きあがっていた。

 だがその一方。

 

「いいぞー! 新人―!」

 

 数人ではあるが、ソウシの逆転劇を喜ぶ観客の姿もあった。彼らはソウシに賭けていた数少ない観客たちだった。ここでソウシが勝てば、大穴狙いで賭けた額の数十倍が手元に戻ってくる。そしてその興奮は、ドレッド兄弟側に賭けている筈の観客たちの方にも徐々に広がりつつあった。

 

「あ、アニキ! ゴルグの奴が!」

「わかってる! Sit! あのBoyよくも俺の可愛い弟を……!」

 

 狼狽えるドレッド兄弟を余所に、正面に立つレヴィーヤは爆炎を背に胸部のモノアイを不気味に光らせ、2機のドムを睨みつける。ビームクローの発振を止めた後、スタンショットナックルも可動音を響かせて元の待機状態へと可変する。

 

「クソッ、なにが演技だ! ゴルグの仇は俺がとるぜ!」

「ま、待てラモン!」

 

 兄の静止を無視し、マイクマン・モリクボの実況を聞いて業を煮やしていたラモン・ドレッドはモヒカンドムのホバーを機動させ、リングを大きく回り、レヴィーヤの横に回り込む。一方のレヴィーヤは左肩のシールドを可変させ、機体の正面に展開する。

 

「防御のつもりかぁ! 無駄なことを! そのシールドごと貫いてやるぜぇ!」

 

 そしてゲイボルグを構え、トリガーに指をかける。同時に、レヴィーヤの右手もシールド裏に収納されている剣の柄を握り、その剣を勢いよく引き抜く。

 

「チェェェェェンスライサァァァァァァッ!!」

 

 雄叫びにも似た武器の叫びと共に、レヴィーヤの右腕が激しく振るわれ、虚空を貫き銀色の鋭利な刃がモヒカンドムに迫る。鏃型の刃が超鋼製ワイヤーに繋がれ、いくつも連なったその武器は、モヒカンドムの構えるゲイボルグの砲身に巻き付いた。

 

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「なっ、なんだこりゃ!?」

『なぁーんとぉ! 突如出現した刃によってレールバズーカ、ゲイボルグの砲身が絡め捕られたー! これは一体!?』

 

レヴィーヤが右手に力を込め、鞭のように強くしなるその超鋼製ワイヤーを引き寄せると、レールバズーカに巻き付いていた刃が強く突き立てられる。さらに強く力を込めると突き立てられた刃はより強く砲身に刃が捻じ込み、その直後、レールバズーカゲイボルグはモヒカンドムの手を離れ、バラバラに切り裂かれた。

 

「ヒッ……!?」

 

 突然のことに表情が強張るラモンだが、レヴィーヤはその鞭のようにしなる刃付きの剣……“チェーンスライサー”を手元に戻すと、刃と柄の内部に超鋼製ワイヤーが収納され、一振りの実体剣に形状を戻す。

 

『あれは……なんと蛇腹剣です! 刀身に内蔵したワイヤーによって刃を分割し、鞭のように振るうことにより捕縛や広範囲の薙ぎ払いに特化していると言われている、浪漫武器! まさに蛇のように迫り、蜂のように刺す! かの有名な蛇腹剣をハリキリBOYは見事に使いこなしています!』

 

 元は鉄血のオルフェンズに登場するモビルスーツ、レギンレイズジュリアのメイン武装であるジュリアンソードがまさにその役割を担う武器であり、この剣もその武器を元にして作られているが、キットの方は刀身の分割までは再現されてはいない。ソウシはこの内部にワイヤーを仕込み、実際に分割できるように改造したのだった。

そしてそのポテンシャルは、ガンプラバトルでも大いに発揮される。

 右肩のシールドが稼働し、その収納スペースに収まっている柄をレヴィーヤは左手で掴むと勢いよく引き抜く。瞬間、照明に照らされ反射した輝く銀色の閃光と共に、鏃型の光が多数煌く。鞭状態で引き抜いたチェーンスライサーはあっという間に刀剣の状態に繋ぎ合わさり、レヴィーヤは右手に装備していた分と合わせて両手2本分それを装備し、構える。

 

「ヒィッ……! ンなろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 メイン武器を破壊されたモヒカンドムは最後の武器として背中に備えたヒートサーベルを右手に装備する。白熱したそれを大きく振りかぶるとホバー機動全開でレヴィーヤに迫る。

 一方のレヴィーヤは、両手に構えたチェーンスライサーをその場で振りかぶると、大きく手前に向かって振るった。その勢いに任せて刀身が飛び出し、モヒカンドムに迫る。短い斬撃音の後、二振りの伸びた刀身がモヒカンドムの両肩部分を貫き、一拍おいて斬り弾かれた両腕がリングに落下し、ヒートサーベルも地面に突き刺さる。

 

「ぎっ……ぎゃああああああああああああああああっ!?」

 

 直後、轟くラモンの絶叫。撃破には至っていないが、両腕を切り落とされた感覚がそのまま電撃となって両腕を襲う。その苦痛は計り知れないものだろう。ソウシはその悲鳴を聞きつつも、伸びたチェーンスライサーを手元に戻し、尚もそれを構えた状態のまま、踵部分に備えている地上高速機動用のクローラーを作動させ、モヒカンドムへと迫る。そしてすれ違い様に両手の剣を振るうと、モヒカンドムのボディは三つに斬り分けられる。その瞬間、ラモンの甲高い悲鳴が聞こえた気がするが、ソウシはモヒカンドムの切り身が地面に落下するのを尻目に確認し、踵のクローラーを停止させる。急停止したことでモーター音の余韻が響く中で、両手のチェーンスライサーを両肩のシールド内に収納する。その直後、モヒカンドムの成れの果ては爆散した。

 

『決まったーっ! “スライサー”の名の如く、その切れ味は超絶! モヒカンドム、綺麗に三つに斬り分けられた―っ! これはまさかの大番狂わせ! ドレッドブラザーズ技の一角、ラモン・ドレッド! ここで敗退!』

 

 マイクマン・モリクボの実況が響き渡る中、観客たちの間でも変化が見られた。全く予想だにしなかったソウシの反撃。ピンチから一転してその逆転劇は、集まった観客たちのカタルシスを見事に掴みつつあった。これで勝負は1対1、次はどんな攻撃技を見せてくれるのか。賭け目的で集まっていた筈の観客たちの動向は、徐々に変わりつつあった。

 

「な、なんなんだてめぇは!? なんで急に……そんなに……!」

 

 目の前で二人の弟が屠られ、残されたドレッドブラザーズの長男、ロットン・ドレッドは目の前に対峙する漆黒の鬼神(レヴィーヤ)を前にして、慄きのあまり二の句が継げずにいる。彼が操っているピアスドムも心なしか、見る者にとっては腰が引けているようにも見て取れる。

 

「わかったんだ……今やっと。なんで俺は戦い続けるのか……なんで彼女が死ななくてはいけなかったのか……ずっと考えていた……だけどようやく答えを見つけた」

「Watts!? い、一体何言って……―!」

「全ては俺が弱いからだ。弱いから、仲間に頼りきっていた……仲間がいるからどうにかなる……みんなと力を合わせれば乗り越えられる……そう信じて疑わなかった……だがそれは違っていた!」

 

 ズシンッ……と、レヴィーヤが足を大きく地を踏みしめ、歩を進める。その巨体が響かせる振動に、ロットンを思わず「ヒッ」と声を漏らす。

 

「仲間に頼っていたから俺は弱くなった……彼女は俺が殺したも同然だ……。だから俺は強くなる……そのために求める……自分独りの力で得られる、勝利に!!」

「く、来るなぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ロットンにとって、ソウシが何を言っているのかは理解できない。だが、今の彼は先ほどまで戦っていた軟弱な少年とは明らかに様子が違っていることを察している。そして、リアルバトルによって自分達を傷つけ、最悪命を奪うことにも一切の迷いが無いということにも……。

 その威圧感に気圧され、ロットンは震える手で夢中でトリガーを引く。狙いが定まらず、初弾と次弾はレヴィーヤを逸れ、片や遥か後方に通り過ぎ鉄檻に当たり、片や地面を焦がす。迫る3弾目は確実にレヴィーヤを捉えた。

だがその瞬間、赤い光が瞬いたかと思うと黄色の閃光は赤に弾かれ、霧散する。

 

『おーっと! ここでまたもレヴィーヤに動きあり! 脹脛のアーマーに備わっているビームサーベルを素早く抜き放ち、なぁんと迫るビームを斬り弾いたーっ!』

「な、なんだと……!」

 

 目の前で起こった現実と、マイクマン・モリクボの実況を聞き、ロットンの額から脂汗が垂れる。確かにレヴィーヤの右手には赤く伸びる光の剣……ビームサーベルが握られていた。しかし、その形状は通常のビームサーベルとは異なる。

 

『しかもこのサーベル、刀状だーっ! 古来日本より受け継がれる切れ味抜群の刀剣、日本刀! それが今、時を越えてビームの刀身となってレヴィーヤの手には握られている! ビームと日本刀! その相乗効果が織りなす切れ味は折り紙付きだーっ! まさに、“ビームカタナ”と呼ぶに相応しい!』

 

 レヴィーヤはビームカタナを構えたまま、一歩一歩ピアスドムへと迫る。高出力で発振しているためか、構えているレヴィーヤの姿が陽炎のようにぼやける。

このままでは自分は確実にあのカタナによって切り捨てられる……! そう畏怖したロットンは、尚も無我夢中でトリガーを引く。

 断続的にフェダーインライフルからビームが放出される。だが例えレヴィーヤに対する直撃コースをとっていたとしても、レヴィーヤがその手に握るビームカタナを鋭く振るい、迫るビームをまるで蚊を叩くように的確に捉え、弾いていく。ビームカタナが振るわれる度に、ヴンッというまるで空間を遮断するかのような鋭い斬撃音が響き渡り、残光によって赤い軌跡を残す。

 ある程度の弾道は予測できるとはいっても、光速で迫るビームを肉眼で捉え、ピンポイントにビームサーベルの刀身に当て、弾くという芸当はそうそう出来るものではない。ましてやつい先日まで素人レベルのガンプラバトルをしていたソウシには、練習もしていないのにそんなことができる道理が無かった。

 しかし、このレヴィーヤを駆るソウシには今それができている。しかも一発も外すことは無い。その正確無比な防御に、ビームを一発弾くごとに観客席からどよめきが沸き起こる。

 

「わかる……敵の攻撃がどこから来るのか……今の俺には手に取るようにわかる……!」

 

 この熾烈な戦いの最中で己の感覚が研ぎ澄まされ、自分の思ったとおりにガンプラを動かすことができる。憶測だったその考えは、この瞬間確信へと変わっていた。

 

(この感覚……あの時と同じ)

 

 それは、ソウシがトモヒロの姉、シノブとガンプラバトルで対決した際、ソウシは自身の撃墜の間際、最後の一瞬だけシノブの攻撃をかわし、一矢報いることができたのを思い出していた。あの不思議な感覚は、その時は一瞬のみだったが今は永遠に続いているような、そんな感覚だった。

 

「Go to HELL!! fuckin'Boy!!」

 

 その一方、脂汗で額を滲ませ、サングラスの奥の目は血走り、焦るあまりに唾交じりに罵声を母国語で叫ぶロットン。同時に、フェダーインライフルの構えを変え、銃底からビームサーベルを発振する。更に、右手を背中へとまわし、ヒートサーベルを手に取る。フェダーインライフルとヒートサーベル、二つの剣を二刀流の構えでホバーを起動し、レヴィーヤへと迫るピアスドム。

 勝たなければこの鉄檻を出られないのは、当然彼も同じだった。しかし先ほどまで共に戦っていた兄弟たちを続けざまに失ったことで、ロットンは大きく動揺していた。状況は一変、最早勝てば得られるファイトマネーのことなど頭には無かった。先程の自分らが嘲笑っていた少年と同じく、生への欲求により戦う立場に追い込まれていた。

 

(あのブ厚い装甲をブチ抜くにはサーベルを突き立てて抉り断つしかねぇ……!)

 

 奥歯を噛み締めながらロットンはピアスドムが左手に持つフェダーインライフルの剣先を振るう。レヴィーヤはこれを右手のビームカタナで弾き、防御。

 

「もらったぜぇっ! くたばりやがれぇ!」

 

 しかしその最中、ヒートサーベルが横薙ぎに振るわれる。片方の武器に気をとられている隙にもう一つのサーベルで連続的に攻撃を繰り出し、ダメージを与える戦法だった。

 狙い通りレヴィーヤはフェダーインライフルの方に気を取られ、左から来るヒートサーベルの方への対応が遅れた。ピアスドムの振るったヒートサーベルが、あわやレヴィーヤの胸部を溶断する。

 

「フッ……」

 

 だがその瞬間、ソウシが口元を歪めて妖しい笑みを零した。

 直後、黄色く染まった高熱の刃がレヴィーヤの漆黒の装甲に捻じ込まれるかのように迫り、激しくスパークが瞬きピアスドムと観戦用のモニターが一瞬閃光に覆われる。ロットンはレバーに掛かる重さで確かな手ごたえを感じ、勝利を確信した。白い歯を覗かせてほくそ笑み、安堵の表情が浮かんだ。

 だが、いつまで経っても振るったヒートサーベルがレヴィーヤの胴体を溶断していく感触が無い。不審に思った矢先、スパークに目が慣れ眼前の光景が鮮明になる。黄色くスパークしていたと思われていた閃光は、奥の方で更に赤い光が瞬き、それがヒートサーベルと擦れ合ってスパークを起こしていたのだった。

 ロットンの顔から安堵の笑みが消えた。これは攻撃が全く届いていない。むしろ“何か”によって防がれていると、ロットンが判断するのに時間はかからなかった。そしてそれを判断したのはロットンだけではない。実況のマイクマン・モリクボも同様の考えに達した。

 

『なっ、一体あれはなぁんだ!?』

「……Mouth()!?」

 

【挿絵表示】

 

 予想だにしないギミックに、実況も対戦相手もそして観客も思わず息を飲む。そう、ヒートサーベルが接触する瞬間、胸部スリットガードの下部が展開……否、開口したのだった。まるで竜が大口を開けるが如く、その胸部に備わった巨大な口は歯にあたる箇所より赤きビームの牙……“ビームバイトファング”を生やす。上顎と下顎よりそれぞれ2本ずつ、合計4本生えたビームバイトファングは、振るわれたヒートサーベルの刀身をしっかりと噛み締め、火花を散らしながらも離すことは決して無い。

 

「チィッ……!」

 

 舌打ちをしながらやむを得ず、ピアスドムはヒートサーベルから手を離して距離をとる。

 両顎が閉じようとする力がより強くなる。ビームの熱量によって焼かれサーベルの刀身は黄色から灼熱の赤へと変わっていく。ミシミシと音を立てながらヒートサーベルはひしゃげていき、一際大きな破壊音が響く。ボロボロとビームバイトファングの隙間からヒートサーベルの残骸が零れ落ち、火花が尾を引きながらレヴィーヤの足元に零れ落ちていく。

 

「伊達や酔狂でこのレヴィーヤの胸部が龍の頭を象っているとでも思ったか?」

 

 その攻防に観衆と実況、そして対戦相手の驚きの表情と声がGポッド内のソウシの目と耳に伝わり、思わず笑みを零す。

 

「こんのっ……Monster(化け物)があああああっ!!」

 

 驚きから一変、必殺の一撃を防がれたことに尚焦りを見せるロットンは、ピアスドムの空いた手でフェダーインライフルの銃身部分を掴み、両手で構え直す。今度はビームバイトファングの展開されない腰部分、上半身と下半身との繋ぎ目に狙いを定めてサーベルをやや下段に構え、そして突撃する。

 可動部分には装甲に覆われてはいない。故に、その箇所を攻撃すれば撃破は可能だろうというロットンの策略だった。

 

「……決して」

 

 相手の狙いにソウシも気がつくと、笑みから一変、低い声色で小さく呟く。

 

「決して2度も……そこを攻撃させるものかァ!」

 

 慟哭のように叫ぶと、ビームカタナを脹脛に収納する。このままピアスドムと近接戦を繰り広げるのだろうと、誰もが思っていただけにこの行動に会場の全員が動揺する。

 その時だった、リング上での空気の流れが変わった。ピリッと皮膚を刺すように一変した空気の鋭さ。まるで触れただけで弾けてしまいそうな、そんな空気に変わっている。その要因はただ一つ、レヴィーヤの胸部にあった。

 

「ヴァレルモードチェンジ」

 

 ソウシが呟くと、ビームファングの発振を止めると、レヴィーヤの胸部はまるで本物の竜の口であるかのように上下の両顎を大きく開く。開いた口の中央部には、大口径のビーム砲が備わっており、その全貌を外部に曝す。大口径の砲口は、まるで血が通っているかのように紅く、鳴動する稼働音が咆哮をあげているかのようだ。

 

「エネルギー充填率100パーセント。ターゲットロックオン。最終セーフティ、解除」

 

 モニター上に白いラインで描かれた十字のターゲットサイトが出現し、十字の中央部がピアスドムを捉え、白いラインが捕捉完了を示す赤へと変わる。直後、辺りに漂っていた空気がその砲口に収束していき、エネルギーが薄紫色の球状に蓄積していく。

 ソウシの人差し指が、レバーのトリガー部に触れる。

 

「虚空を貫き、無へと還せ! 殲滅の、ヴァンダリオン・ブレイザァァァーーーッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 その必殺名を叫び、ソウシはトリガーを引く。瞬間、強烈な光の奔流が疾り、蓄積されたエネルギーは直線状に一気に放出され、ピアスドムを呑み込む。まるで怒りに燃える黒き竜が、灼熱の吐息で眼前の敵を焼き払うかのように、ビームは滞ることなくピアスドムの真正面から浴びせられる。

 

「ウオオオオオオオオオオオアアアアアアアッ!!!?」

 

 その最中、ロットンの絶叫が通信越しに聞こえてきた。おそらくは激痛をその身に浴びているのだろう。ドムはかろうじて原型を留めてはいるが、それもこの高出力ビームの中では数秒も持つとは思えない。

 

「お前、さっき俺のことを『可哀想』だと言ったな」

「ワ……Watts……!?」

 

 かろうじて生きている通信機能を使い、ソウシはロットンに最後の通信を送る。

 

「その言葉、そっくりお前に返そう。哀れな奴だ」

「ガッ……デムッ……!」

 

 轟音と共に放出されたエネルギーに紛れて、ロットンの最後の罵声がか細く聞こえたが、直後にはピアスドム共々、紫色の奔流に呑まれ、爆発を起こした。

 ビームの流れを断ち切り、巨大な火柱が上がる。それはまるで、空に向かって立つ墓標のようにも見えた

 しかしピアスドムが完全消滅したにも関わらず、レヴィーヤの放ったビームの威力は一向に留まることを知らない。反動が大きいのか、発射の勢いを殺しきれず、しっかりと地を踏みしめているはずのレヴィーヤの足が後方へと摩り、まるでもがき苦しむかのように上半身を捩らせ、放ったビームを辺りにまき散らす。周囲に張り巡らされた鉄檻がビームの直撃を受け、融解し消滅していく。本来、この檻は通常攻撃では傷つかないほどに頑丈にプログラムされた特殊ステージなのだが、それをも破壊するヴァンダリオン・ブレイザーの一撃はまさに規格外の攻撃力を備えていた。

 

「……っ、眩しい……!」

 

 放ったビームから放射される、まるでサーチライトに照らされたかのような光量がモニターから洩れ、ソウシはその眩しさに目を逸らす。右へ左へ、上へ下へとビームを放出し、その目に映る全てを滅ぼさんと破壊の限りを尽くすレヴィーヤ。

だがその破壊はいつまでも続かなかった。やがて薄紫色のビームは徐々に色を薄くし、威力も細くなり、数秒後には完全に放出が止まった。レヴィーヤの胸部は静かに口を閉じ、歯の間からは白煙が漏れる。再び口が硬く閉ざされると同時に、胸部両脇のダクトからは排熱の蒸気が勢いよく噴き出る。

 おびただしいほどの熱量によって崩れ落ちた檻が、溶けて地面に流れ炎の海と化す。その炎の中で、漆黒の悪鬼(レヴィーヤ)は静かに佇む。燃え盛る炎に照らされて、漆黒の装甲を赤に染めながらレヴィーヤは自身の持ちうる全てのエネルギーを放出し終え、まるで眠りにつくかのように胸部スリットガードの奥からモノアイの光が消える。

本来であればここでエネルギチャージのため一定時間行動不能となるが、そうなる前にモニターに金色に輝く「WIN」の文字が表示される。敵機となっていたドレッドブラザーズのドム三機全てを撃破したことにより、この鉄檻デスマッチの勝者はソウシに決定したのだ。

 ソウシは、床に落ちていたマスクを拾い上げると再び自分の顔に装着し、シートベルトの解除ボタンを押す。先程まで堅く固定されていたボタンはいとも簡単に押し込まれ、ベルトが外れる。Gポッドのハッチにも手をかけると、何事も無かったかのように開いた。

 ほんの数十分、ガンプラバトルに興じていただけだったのにまるで数年ぶりに地を踏みしめたような、そんな感覚がソウシを襲い、思わず足元がふらつく。だがそんな満身創痍なソウシを、予想だにしないモノが包み込んだ。

 

 ワアアアアアアァァァァァァァァ――――!!

 

 会場が割れんばかりに巻きあがる歓声。この場に集まった観客達が、勝ち残ったソウシに対して向けているものだった。ソウシはそれを、何故なのか理解できないといった呆けた表情で身に受けていた。

しかし、確かに感じるものがあった。心地よい。敵を倒し、勝利の祝福を向けられていると、自分がとても強くなったように思えた。それを確かに感じ取ると、ソウシの表情は一変、虚ろな瞳をマスクの奥に宿しながら、口角をつりあげて笑みを零す。

 

「クッ、クククッ……ハハハ……アハハハハハハハハハハハハッ! これだ、俺が欲していたのはこれだ! 勝利の悦び! 湧き上がる観客! そうか、これが俺がずっと、ずっと望んでいたものだったんだ!」

 

 その歓声を全身に浴びるように、ソウシは両手を広げて恍惚とした笑みを零す。ふとサカキ兄弟の方に目を向けると、まさかといった表情をしてソウシの方を凝視していた。経営者であるあの二人であっても、この大番狂わせは予想できなかったのだろう。

 

『ついにやりました! この激戦を制し、見事勝利を勝ち取ったのは! 流星の如く現れた期待の新人(ルーキー)! ハリキリ……―って、あっあの……―』

 

 ハリキリBOYと高らかに宣言したかったマイクマン・モリクボの手からマイクがもぎ取られ、会場内にキィーンという甲高い反響音が響く。そのマイクを取ったソウシは、自分の口元にマイクを当て、そして高らかに宣言した。

 

『俺の名は……“ヴィシャス”。俺は今ここに宣言する。俺はこの場所で最強のガンプラファイターとなる』

 

 その突然の宣言に、会場全体がざわつく。マイクマン・モリクボをはじめ、サカキ兄弟も動揺している様子だった。

 

『我こそはというファイターはいつでも俺の元に来い。俺は逃げも隠れもしない、最強の戦術と最高のガンプラで挑んで来い。この俺が作り上げた最強のガンプラ……“レヴィーヤ”が粉砕してやろう!』

 

 そう言ってソウシは自分の手に持った漆黒のガンプラ……“レヴィーヤ”を高らかに掲げ、尚も宣言する。

 

『全ての戦いで勝利をこの手に収め、いつかこの地下ガンプラバトル場で最強の戦士になる! 何人たりとも俺の覇道を阻むことはできない! そしていつの日か、俺は世界最強のガンプラファイターになることを、ここに宣言する!』

 

 ウオオオオオオオオオオオッ――――!!

 

 その宣言を聞き、会場内の観客たちは大いに盛り上がり、歓声をあげる。

 その歓声を全身に浴び、ソウシ……否、ヴィシャスは大いなる充足感をその身に感じ、黒い仮面の奥で笑みを零していた。

 

………………

…………

……

 

「キヒヒッ……『最強の戦士』ですって。随分と大きく出たものねぇ……身の程知らずも甚だしいわ」

「肯定」

 

 その様子を会場上部のVIP席で観戦していた2人の少女。ゴシックな服装に身を包んだ少女は笑みを零し、その傍らに立つ長い赤髪の少女は無表情のまま短く答えた。

 

「ここでの最強の座は誰なのか……いずれ教えてあげるわ。そしてその時には貴方に見せつけてあげるわ、ガンプラとの真の絆というものを。あの時貴方に教えてもらったようにね……キヒヒッ」

 

 リングの中央でレヴィーヤを高らかと掲げるヴィシャスを尻目に、彼女はそう呟きながらVIP席を後にした。

 

………………

…………

……

 

「…………」

 

 会場での宣言の後、会場を後にし、無言で廊下を歩むヴィシャス。手をズボンのポケットの中に入れて歩んでいると、ふとその中に何かが入っていることに気が付いた。その場で立ち止まると、それを掴み、目の前に広げる。

 

「……っ」

 

それは、かつてレギーラの機嫌を図るためにデートに興じた際、レギーラ、カルナ、そしてファントムと共に撮影したプリクラだった。

 しばし無言で見つめるが、だが彼は苦悶の表情をすると、目を閉じ、写真を両手の中に収める。そして……。

 

 グシャッ

 

 目を閉じたまま、手の中で写真を握り潰すと、それをそのまま廊下に落とし、目を見開き歩み出す。

 

(もう俺に……過去は必要ない)

 

 彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりだった。




本日からガンダムビルドダイバーズ放送開始ということで、興奮冷めやらぬうちに第2話を投稿させていただきます!
元々第1話と合わせるつもりだったのですが、文字数が膨大なことになってしまうので2話に分割して投稿することにしました。
なので1話とこの2話と合わせて、初めて第1話となるといった感じでしょうか。
次回も過酷なガンプラバトルが待ち受けています!お楽しみに!
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