機装女戦記ガンプラビルドマスターズEVOL   作:ダルクス

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鋼の獣が走る、跳ぶ、吠える。
砂の大地で繰り広げられる闘争は、無慈悲に両者を勝者と敗者に分かつ。
悲鳴の代わりに鳴動する大地。
少年は孤独な魂を糧にし、いつ潰えるやもしれない戦いに身を投じる。

彼はその先に何を見出すのか……?


第3話「ロンリーハート」

 ジリジリと身を焦がす直射日光。ここ、アフリカの大地はその大半が砂漠だ。水源や植物などが極端に少なく、並大抵の生物ならば数日で息絶えてしまう死の世界。

 そんな地球の局地は今、火線が飛び交い、砂埃が巻きあがる、戦場と化していた。

 

「そらそらァ!」

 

 黄色と黒の虎柄に塗装された、機動戦士ガンダムSEEDに登場するザフトの4足獣型のモビルスーツ、“ラゴゥ”。脚部の無限軌道を駆使し、並のモビルスーツならば歩行も困難なこの砂の大地を縦横無尽に駆け巡っている。高速走行により巻きあがる砂塵の最中、背部のビームキャノンのターレットを回転させ、目標である敵機へと射撃する。

 緑色の閃光が迫る最中、黒いマントを纏った漆黒の機体は臆する様子もなく、その身にビームを受ける。だが、緑色の閃光は黒いマントによって弾かれ、大気中で霧散する。“ABC(アンチビームコーティング)マント”。元は機動戦士クロスボーン・ガンダムに登場するこの対ビーム用の布状リアクティブ・アーマーは、ビームライフル5発分までならば直撃でも凌ぐことができるという。

 さらに、この砂漠地帯では防塵マントとしての役割も果たすらしく、その黒いマントを纏う機体、“レヴィーヤ”は、関節部の駆動を砂に邪魔されることはなかった。マントの隙間から片腕を覗かせ、そこに握られたビームマシンガンの銃口を疾走するラゴゥに向けると、照準を合わせて放つ。円筒状の銃身部に空けた冷却穴から黄色いマズルフラッシュが漏れ、同色のビームの弾丸がラゴゥに迫る。初戦時は調整不足でこのビームマシンガンの反動に銃身がぶれ、思うように狙うことができなかった。が、調整と加工を施した現在は思った通りに放ったビームが敵機に向かって直撃コースをとる。

 だがラゴゥは姿勢を低くし、砂丘に身を隠すとビームマシンガンによる攻撃を凌ぐ。ビームの弾丸は砂丘に当たると砂煙を高々と上げ、視界を妨げる。

 

「……チッ」

 

 レヴィーヤを駆るGポッドの内部、そこには、蝙蝠の翼のような鋭利な形状のマスクを被り、黒いロングコートを纏った男……“ヴィシャス”は、仮面から覗かせた口元から短く舌打ちをする。敵機であるラゴゥの姿が消えたことで、レヴィーヤは動きを止める。

 

「今や! かかれやぁ!」

 

 直後、響く相手ファイターの流暢な関西弁。その呼びかけに呼応するかのように、レヴィーヤの背後の砂が盛り上がり、中から新たに2機のノーマルカラーのラゴゥが出現する。

 このバトルの開始時、ヴィシャスは1対1での勝負を受けたつもりだった。しかし、実際はバトル開始後にラゴゥ側の仲間2人がGポッド内にエントリー。今この瞬間にバトルに乱入してきたのだ。

 

「伏兵か……姑息な真似を」

 

 2機のラゴゥはフォーメーションを組み、前衛と後衛を務める。後衛のラゴゥがビームキャノンで援護射撃を行い、前衛のラゴゥは格闘戦を仕掛けるつもりらしく、口元から左右に伸びたビームサーベルを発振してレヴィーヤに迫る。レヴィーヤも接近させないとばかりにビームマシンガンを放つが、ラゴゥは4脚を駆使して砂漠の上で激しく跳躍を繰り返し、回避と共に接近してくる。

 そして格闘戦を仕掛けるのに十分な距離にまで接近すると、前衛のラゴゥが一際大きな跳躍と共にウイング部のブースターを駆使して跳び上がり、口元のビームサーベルでレヴィーヤに斬りかかる。

 一見格闘戦を仕掛けるのは無謀にも思えるが、ABCマントと全身に備わった重装甲で2重の守りを固めたレヴィーヤにダメージを与えるには、これが一番有効なのだと踏んだのだろう。しかもレヴィーヤが鈍重な機体だということを相手チームは知っている。近接戦用の武器を手にする前に仕留められると判断したのだ。

 

 しかし、その判断は間違いだったということに彼らはしばらくして気付くことになる。

 

 ラゴゥのビームサーベルが迫るただ中、レヴィーヤは右足を後ろに引き、そして勢いよく前方に蹴りだす。その勢いの最中爪先の先端部が前方に稼働し、爪先から高出力のビーム刃、“ハイパービームソード”が発振する。繰り出された蹴りは、ラゴゥの胸部を高出力のビーム刃が突き抜ける。

 

【挿絵表示】

 

 と、それと同時に。

 

「ぐおああああああああああッ!!」

 

 轟く絶叫。このラゴゥを操るファイターのものだった。このバトルは所謂“リアルバトル”。ガンプラの受けたダメージは、それを操るファイターが身に纏った“衝撃体感装置”によって、相応のダメージが与えられるという、危険なバトルだ。

 胸部を刺し貫かれたラゴゥは、溶断部からまるで血飛沫のように火花を勢いよく散らす。その身に十分致命傷となるダメージを受けたものの、ブースターで加速した勢いは止まらず、ハイパービームソードによって機体後部まで溶断されながらも、一矢報いらんと言わんばかりに真横に伸びたサーベルがレヴィーヤに迫る。

 サーベルは機体を溶断するには至らなかったが、纏ったABCマントの一部を切り裂いた。

 

「チッ……!」

 

 ヴィシャスは2度目の舌打ちをする。ビームライフル程度であれば数発凌げるABCマントだが、常時ビームを放出しているビームサーベルに触れればその効力を失い、刃物で布を切るが如くに切り裂かれてしまう。マントの切れ目からは、黒い装甲に覆われたレヴィーヤの腕が露出する。

 ラゴゥはそのまま勢い余って地面に墜ち、レヴィーヤの背後で爆散した。

 

「あと……2機!」

 

 撃墜を確認したヴィシャスの言葉の後に、更にその奥から迫る2機目のラゴゥ。無限軌道で砂漠を疾走しながら、背部のビームキャノンから矢継ぎ早にビームを連射し、ABCマントの切れ目を狙う。

 レヴィーヤも踵の高速機動用クローラーを起動させ、砂地を疾走してラゴゥに迫る。相対距離が縮まっていくにつれ、ビームの照準は絞られ、マントに数発命中する。

 

「4発……5発……まだ持つか」

 

 目の前で5回目の緑色の光が瞬く。原作設定のABCマントならば、とうに効力を失っていてもいい頃合いなのだが、なかなかどうしてこのマントを製作した者の腕が良いのか、5発以上耐えられる様子だった。

 ラゴゥとの距離は互いに縮まり、相手側のラゴゥは近接戦に移行するべきと判断し、ビームキャノンの攻撃を止め、ビームサーベル発振に切り替えようとした、その時だった。

 

「……頃合いか。ABCマントパージ!」

 

 ビームキャノンの攻撃が停止したことをヴィシャスが確認すると、肩装甲内で小さな爆発が起きる。ABCマントの接続ボルトが爆砕し、装甲の隙間からずるりとマントが滑り落ちる。レヴィーヤは右手のビームマシンガンを捨て、そのマントを手に取ると脚部と背部のバーニアを起動。一気に接近し、ラゴゥの頭部にABCマントを被せた。

 突然のことに面食らい、視界を奪われ、目測を誤ったラゴゥは砂丘の中に頭から突っ込んだ。撃墜には至っていないが、広い布面積を有するマントが絡みつくことも相まってすぐには抜け出すことができないほどに、頭と前足が深々と砂の中に埋まってしまった。

 動きの止まったラゴゥに追い打ちをかけるようにレヴィーヤがすぐ背後に歩み寄る。その気配を察知し、背部のターレットが回転しレヴィーヤに砲門を向ける。だが。

 

「遅い」

 

 既にラゴゥのすぐ傍らに立っていたレヴィーヤが、ターレットごとラゴゥの背部を踏みつける。そのまま押さえ付けて動きを止めると、左手に持ったビームマシンガンをボディに数発撃ち込む。やがて爆炎をあげて動きを止めるラゴゥ。

 足を離し、最後に残った虎柄のラゴゥがその砂丘の向こう側に隠れていたことを発見すると同時に、足元のラゴゥは爆散した。

 

「なっ……なんやとぉ……!」

「安い戦術だ。児戯にも等しい」

 

 爆発により立ち上る熱で周囲の空気を歪めながら、陽炎のように揺らめくレヴィーヤは、最後のラゴゥを前に1歩1歩迫る。対する虎柄のラゴゥは、まるで怯えた獣のように脚を1歩ずつ下げながら、レヴィーヤから距離をとる。そして。

 

「こうなったら三十六計逃げるに如かずや!」

 

 4本の脚部を折りたたみ無限軌道形態をとると、備えられているキャタピラを駆使してその場から全速力で逃げ出す。逃げると言ってもリアルバトルの中断はできない。機動力はラゴゥの方がレヴィーヤよりもはるかに速いため、適当に距離をとったところで再び砂の中に身を隠し、反撃の機会を伺うという策略だった。

 だが、その策略を易々と見過ごすほどヴィシャスは甘くは無かった。

 

「10戦もすれば少しは歯ごたえがある相手と会いまみえると思ったが……貴様のガンプラからは、刃の如き鋭さも、弾丸の如き威力も感じられない」

 

 心底落胆した声色の後、レヴィーヤの上部ブースターに備えられているハッチと、脚部膝装甲のハッチが開き、中から赤い数十発のミサイル弾頭が顔を覗かせる。そして照準器を作動させると、砂埃を巻き上げながら疾走していくラゴゥの後ろ姿を捉え、トリガー上部にある発射ボタンに親指をあてる。白い十字の照準が、赤へと変わった。

 

「欠片もな」

 

 呟くと同時に親指を押し込む。その瞬間一斉射される数多の誘導ミサイル。放物線を描くように尾を引きながらラゴゥへと迫る。

 

「ヒェッ……んなアホなああああああああああああっ!!」

 

 直後、着弾し炸裂する弾頭の数々。砂に覆われた大地が、今はもう声が聞こえなくなった相手ファイターの代わりに悲鳴をあげるごとく、鳴動する。あくまでラゴゥのみに狙いを絞った斉射ではなく、ラゴゥが回避することを予測し、その周囲にばら撒く形でミサイルを放った。目論見は的中し、ラゴゥは避けることも叶わず砂中の藻屑となって消滅する。

 濛々と立ち上る爆炎を見上げながら、レヴィーヤのコクピット内には金色に輝く「WIN」の文字が輝いていた。

 

『決まったーーーーっ!! 期待の新人、ヴィシャス! 今夜も快勝です! これで連続10連勝! この快進撃は止まることを知らない!』

 

 Gポッドを出ると、会場内に響くマイクマン・モリクボの実況が鼓膜を揺らす。そしてその直後に湧き上がる観客達の熱狂した歓声。

 ヴィシャスは腕を広げてスポットライトに照らされながら、瞳を閉じて大きく深呼吸をする。まるで歓声をその身に浴びるかのように……。

 

(……虚しい)

 

 命賭けで得た結果とは裏腹に、言い表しようのない虚無感に彼は今日もまた苛まれた。

 

 

 

 

 

第3話「ロンリーハート」

 

 

 

 

 

 試合を終え、会場を後にしたソウシは惜しみない歓声が今尚も湧き上がる中、ただ一人通用口を歩んでいた。

 

「やぁやぁ、ヴィシャス殿。本日も大活躍でしたねぇ」

 

 ふと、真横から声をかけられた。鼻につくような媚びへつらった撫で声。しかしそこに視線を向けて壁があるだけで誰も立ってはいない。視線をさらに下に向けると、黒いフードを目深に被った男が廊下の隅に、携帯用の折り畳み式の小さな椅子の上に座り込んでいた。その足元には古びたトランクケースが開かれており、中には様々なガンプラに対応する武器パーツが揃っている。

 

「お前か、“闇商人ビズ”」

 

 ソウシがその名を口にすると、“闇商人ビズ”なる人物はフードの奥からヒヒヒッという不気味な笑みを零し、わざとらしく手をひらつかせて営業トークを始める。

 

「いかがでしたか? 私特製のABCマントは。試作品として無料で貸し出させていただきましたが、お買いになってくださいますか?」

「……切られたぞ」

 

 ソウシはマスクの奥から若干不満そうな声を漏らす。

 

「そ、それは当たり前ですよ。常時放出されているビームサーベルとビームライフルとじゃ出力の差が違いますからねぇ。しかし、原作のクロスボーンガンダム以上に、ビーム攻撃を凌げましたでしょう? これも私の考案した特殊繊維があってこそのもの。ヴィシャス殿の駆るあの黒いガンプラは、失礼ですが鈍重な機体です。ABCマントのように重量の嵩まない防御装備があった方が、今後のバトルには有利に働くかと……」

 

 と、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、若干弁解するかのように両手を振って反論すると、ソウシの機嫌を伺いながら徐々に声のトーンを落としていく。最後には顔色を伺うように、フードの奥から半笑いの表情を浮かべる。

 

「フン……まぁいい」

 

 そう言ってソウシは懐から紙幣を1枚取り出す。

 

「買おう。釣りはとっておけ」

 

 ビズは若干面食らうが、手渡された紙幣を見てたちまち上機嫌になる。

 

「ヘヘッ、お買い上げありがとうございます……。そうだ! 他にもヴィシャス様にピッタリの武器を取り揃えてありますよ? 木星製バスターランチャーなんてどうです? あの黒いガンプラならば、射撃の反動にも耐えられるでしょう。あ、近接戦闘ならば炎の剣や力の盾なんかも取り揃えてありますよ?」

 

 足元に開かれたトランクケースを手前に押し出し、その中に入っている様々な武器パーツをソウシに見せる。確かに、その中には制作レベルが非常に高い武器パーツが所狭しと並べられていた。

 

「このアームドアーマーDEなどいかがでしょう? ペインティングモデル仕様なので白い成型色ですが、差し替え無しでフル可動の加工を施してあります。塗装はお好みで。あの黒いガンプラの両肩に取り付けてみたらどうでしょう? きっとお似合いですよ。それともこちらのビッグアームユニットは? こちらもオススメですよ。あっ! もしくは対戦相手の情報なども売っております。お支払いに応じた額でお話しますが、いかがです?」

「必要無い」

 

 抑揚の無い、冷たい声色でそう告げると、ソウシは無言になり廊下を歩み始めた。

 

「……ケッ、もうちょっと愛想よくできないもんかねぇ」

 

 ソウシの姿が見えなくなったことを確認すると、ビズは悪態をつきながらトランクケースを閉じ、店仕舞いを始めた。

 

………………

…………

……

 

 翌日、ソウシは呼び出しを受け、ホテルのエントランスに顔を出していた。

 

「よう、ハリキリ……いや、今はヴィシャスだったか」

 

 そこでソウシを待っていたのは、ホテルと裏カジノ、そしてこのミッドナイトコロシアムを取り仕切るオーナー、サカキ・ゲンイチロウだった。ゲンイチロウは壁に背をもたれかけさせ、口元に葉巻を咥えて立っていた。そうして、歩んできたソウシにサングラスの奥から視線を向ける。

 リングネームを呼ばれたソウシは、無言で立ち止まる。それを見るとゲンイチロウは短くなった葉巻を携帯用灰皿の中に入れ話を切り出す。

 

「随分といい面構えになったじゃないか。やっぱり俺っちの見立ては悪くなかったみてぇだなぁ。素質あるよ、お前」

「そんなことを言うために、わざわざ俺を引き止めたのか?」

「いいや……今日はお前さんに紹介したい連中がいる」

 

………………

…………

……

 

 このミッドナイトコロシアムで行われるガンプラバトルリング……通称“リアルバトル”。勝てば法外なファイトマネーが手に入るのが特徴の一つだが、激しいバトルを繰り返していけば当然バトルの技量差というものが選手たちの間で発生するものだ。技量の異なる選手同士が対戦すれば、当然ベテランの方が有利になる。そういった差を極力無くすために、選手たちにはそれぞれ“ランク”が割り振られている。

 それはチェスの駒に見立てて、下からポーンランク、ビショップランク、ナイトランク、ルークランク、そして各陣営の頂点を司るキングランクまたはクイーンランクが存在する。男性の場合はキングで、女性の場合はクイーンだ。

 ポーン以外の各ランクはそれぞれ人数が決まっており、チェス同様にキングとクイーン以外は全て2人までとなっている。また、同ランクの中でも強さの振りわけがあり、ビショップ、ナイト、ルークはそれぞれ上位と下位に分かれている。

 ちなみに、ポーンランクは同ランクの者に10勝すればランク昇格の権利を得る。ただし、一回負ければカウントは一つ分戻されてしまう。

 下級ランクの者が上級ランクに成り上がる場合、同陣営の上級ランクのファイターと対戦を行い、勝てばランクアップ、負けた方とランクが入れ替わるシステムだ。更にランクアップできた場合、相応の報酬を得ることもできる。しかし負けた場合のリスクも大きい。下位ランクが負けた場合、10勝のカウントは0に戻されてしまう。それだけでなく、勝てば得られる筈だった分の報酬を相手側に支払わなければいけない仕組みだ。

 

「そして、お前さんはこれで10勝したわけだ。ランクアップのつもりがあるなら、そろそろ上級ランカーの連中に挨拶の一つくらい入れておかなきゃと思ってな、もう集まっている頃だろう」

 

 あの最初の試合が終わった後に、このランクシステムについてはゲンイチロウから聞かされてはいたが、それをおさらいするかのようにゲンイチロウは今一度進む通用口の最中でこのガンプラバトルリングにおけるランクシステムのことを説明し終える。

 

「……なぜ、俺にそんな奴らを紹介する? まさかとは思うが、10勝したポーンランクのファイター全員を上級ランカーの連中に紹介しているわけじゃないだろう?」

 

 後について歩くソウシが質問を投げかける。その問いにゲンイチロウは口元を歪めて答える。

 

「お前さん、俺っちが最初に請求した金額はもうとっくに稼ぎ終えているんだろう? しかし、お前さんはそれを返していない。それどころか、稼いだ額全部をそのみょうちくりんな格好をオーダーメイドするのにつぎ込んだときたもんだ」

 

 ゲンイチロウが言う通り、現在のソウシは灰色のシャツの上に黒いロングコートを羽織り、黒い革製の指ぬきグローブを嵌め、黒いジーンズと踵に歯車(スパー)の付いた黒いウェスタンブーツを履き、さらに被っているマスクも軽いアルミ製から新調され、黒光りするガンメタルの色を放つチタン製となっている。

 

「お前さん、ひょっとして形から入るタイプなのか?」

「…………」

「まぁ、いいか。その気になればすぐ自由の身になれたってのに、そうしなかった。どうやらお前さんは本気でここで天辺を取るつもりみたいだからな、連中もその姿勢に興味を示したんだよ」

 

 何の気無しに話しかけたつもりだったのだが、ソウシは沈黙したままだったのでゲンイチロウは話を切り替えた。

 

「上級ランカー直々に俺を呼び出してきたってことか」

「その通りだ。おっと、ここだここだ」

 

 指さした先にあるのは煌々と輝くネオンで「Bar ZAMU」と書かれていた。どうやらホテル内で経営されているバーのようだ。

 跳ね扉を開けて中に入るゲンイチロウ。その後にソウシも続く。バーの中はホテルの利用客や、常連と思われる客たちでそこそこ賑わっているようだった。カウンターで優雅に色鮮やかなカクテルを飲み交わす男女。後ろのテーブルでなにやら怪しげな会話をする人相の悪い男たち。カジノで有り金全てを摩ったのだろうか、端の席で虚ろな瞳でブツブツと空になったグラスに呟いているヤバ気なおっさん。そんな客たちを尻目に二人は店の奥へと進んでいく。客の中には異様な格好をしているソウシに視線を向ける者もいた。だが当の本人はそれを意に介す様子もなく、沈黙のままにゲンイチロウの後について行く。

 そんなバーのほぼ中央、壁側に一際大きなテーブルとソファーが置かれており、そこに男女6名ほどが座るか、あるいは立って談笑をしている様子だった。ソファーの中央に座る、恰幅のよい初老の男性がゲンイチロウの姿に気が付くと、笑みを浮かべて手招きをする。

 

「いようオーナー。待ちくたびれたぜ」

「その割にはよろしくやっているようじゃないか、ゼイブ」

 

 手招きされるままに、ゲンイチロウはソファーの端に腰かけ、卓上のグラスを手に取る。ゼイブという名のグレーのスーツを着た白髪初老の男性の隣に座る派手な格好をした女が、高そうな酒瓶を手に取るとゲンイチロウのグラスに酒を注ぐ。その様子を見てゼイブは上機嫌そうに笑みを零した。

 

「このガキか? 最近名を上げている新人(ルーキー)ってのは」

「あぁ。リングネーム、“ヴィシャス”だ。今ちょうど10連勝中だ」

 

 ソファーに座ったゲンイチロウは腕を振るってゼイブ達にソウシを紹介する。当のソウシは、名を呼ばれても眉一つ動かさず沈黙したままだ。

 

「なるほど、期待の新人ってわけだ。坊主、俺様はリングネーム“ゼイブ”。イーストコーナーの上位ルークランクを務めている」

 

 ファイターのランクはポーンランクを除いてそれぞれが2人ずつ存在する。その中でも上位ということは、同ランクのファイターよりも強いということだ。つまり、現状この男が東側で最もキングに近い男ということになる。

 

「ついでに紹介してやろう。俺様の隣に座っている奴がリングネーム、“ブットバス”だ。ランクはルークランク、その名の通り荒っぽい奴だ」

 

 ゼイブは左手を振るって左側に座る髭面の大男を紹介する。ブットバスと呼ばれた男はまるでレスラーのように鍛えあげられた体つきをしており、その巨体故に一人でソファーの2人分の席を使っている。頭には海賊(バイキング)を彷彿とさせる二本角のついた鉄製の兜を被っており、黒い革ジャンにチェーンをいくつも垂らし、その巨体を動かす度にチャラチャラとチェーンが擦れ合い音を立てる。かなり酔っているのか、真っ赤な顔で虚ろな目をしながらソウシに対して酒の入ったグラスを掲げて笑みを浮かべるとそれを飲み干した。

 

「んで、ブットバスの傍に立っている奴が」

 

 ゼイブが目配せすると、ソファーには座らずにサカキの傍に立っていた男が一歩前へ出る。

 

「あっ、どうも」

 

 そう言って軽く会釈した男は、なんともこの高級ホテルとバーには似つかわしくない風貌の中年男性だった。ボロボロのニット帽を被り、薄汚れたグレーの上着、擦り切れて膝部分がテカテカと光るナイロン製と思われる黒いズボン、年季の入った眼鏡を掛け、痩せこけた体型。手には一応グラスを持ってはいるが、それがまたこの男のこの場に似つかわしくない雰囲気をより一層演出していた。

 

「はせが……じゃない、リングネーム“ハゼガー”です。一応、上位ナイトランクを任されています」

 

 と、ハゼガーなる人物はにこやかな表情のまま、空いている方の手を後頭部に当て、ソウシに対して軽い礼をした。上位ナイトランクということは、現状東側のナンバー3ということになる。こんな冴えない男でも上級ランカーということはそれなりの実力を持っているということだ。ソウシは油断する素振りを見せず、マスクの奥から鋭い視線を送る。

 

「そして俺の隣にいる女が“イリス”、ナイトランクだ」

 

 紹介しながらゼイブは自分の隣に座るイリスなる女性の肩を抱き寄せる。

 

「ウフフッ、よろしくね坊や」

 

 イリスはゼイブにピッタリと寄り添いながら怪しい笑みを零すとともに、ソウシに軽く手を振る。口元を紫色のフードで隠した占い師のような風貌の女性だ。表情は目元しか見えないが、声色も相まって艶めかしい雰囲気を醸し出している。

 

「んで、このみょうちくりんな格好をしたやつがリングネーム、“Mr.(ミスター)ブドー”。ランクは上位ビショップだ」

 

 ソウシから見て左側のソファーの隅に立つ人物が一人。ゼイブの言う通り、その恰好は(この面子の中でも一際)妙としか言いようがない。金髪でブルーの瞳をした長身の白人男性なのだが、竹の革を編んで作られたと思われる三度笠を被っており、唐草模様のマントを羽織り、その下には紺色の着物を着ている。ゼイブから名を呼ばれるとMr.ブドーなる人物は被っていた笠を投げ捨て、ソウシに対して腰を低くし、右手を後ろに回し、左掌をさし向ける。

 

「オヒケーナスッテ! アッシ、生まれは亜米利加ガッシューコク、育ちはデトロイト! ならず者の街にてならず者として生き、長らくトーソーケンゲキの中に身を置いておりやしたが、かねてより憧れていたこの日ノ本の国に降り立ち、恥ずかしながら頑麩羅(ガンプラ)を用いたムホージアイで明日を生き抜くゼニを稼いでおりやする!」

「…………」

「以後、オミシリオキを!」

 

 片言交じりの日本語でMr.ブドーなる人物は口上を述べると立ち上がり、深々と頭を下げる。ソウシ本人が言えた立場ではないが、これまで紹介された誰も彼もが随分と見る者にインパクトを与える奇抜な見た目だなと心中で思っていた。やはりこういった特徴のある恰好をしていた方が、客受けが良いのかもしれない。

 

「気にしねぇでくれ。ブドーは時代劇かぶれだが、腕の立つファイターだ。で、ビショップランクがもう1人、ブットバスの隣にいる“ザンバ”だ」

 

 ブットバスの隣、ソファーの一番端側に座るのは革ジャンを羽織り、サングラスをかけ、髪に赤い一本線のようなメッシュの入った若い強面の男。その男は先程からずっと足を込んだまま視線を下に向けていたが、自分の名がゼイブの口から呼ばれると、おもむろに視線をソウシの方に向け、そしてゆっくりと立ち上がる。

 

「てめぇか。ポーンランクの雑魚ばっかり相手にしているくせに最近調子に乗っている新人(ルーキー)ってのは」

 

 ザンバというリングネームの男はソウシの前に立つとサングラスを外し、鋭い目つきで睨みつけ、その周囲を歩みながら威圧的な口調で言い放つ。

 

「見てたぜ、てめぇのデビュー戦。マグレで勝ったぐらいであんな大見得切った宣言するたぁよっぽど自分の身の程をわきまえてねぇみてぇだなぁ。知ってたか? 西側のドレッドブラザーズ、ありゃあ西側の最弱チームだったんだぜ。それに勝ったぐらいでいい気になるとはおめでたいねぇ」

「……」

「あの趣味の悪い真っ黒のデカブツ、あれが最強のガンプラとかぬかしてたか? 空も飛べねぇ、機動もトロい、欠陥だらけの機体でよくそこまで吠えれたもんだな。まぁポーンランクの雑魚共を屠るにはそのぐらいでちょうどいいのかもな」

「……」

「一つ忠告しておくぜ。ここでは上級ランカーはそれだけで絶大な権力を持つ。てめぇがバトルに対してストイックなのは結構なことだが、間違っても俺らのレベルまで上がってこれるなんて夢見てんじゃねぇぞ」

「……」

「オイ! なんとか言ったらどうだ!」

 

 かなり強い口調で威圧したにも関わらず、ソウシは全く動じないためザンバはより一層口調を荒げる。

 

「……所詮遊びに、なにをムキになっている?」

「なっ……!? んだとテメェ!」

 

 自分達が命を賭して報酬を得ているリアルバトルを「遊び」と称したソウシに対し、ザンバはその胸倉を掴みあげる。

 

「まぁ待てザンバ。そのぐらいにしておけ」

 

 だが直後、ソファーの方で酒を飲んでいたゼイブに静止を促され、ザンバは舌打ちをするとソウシから手を離し、ソファーに座り直した。

 

「リングネーム、“ヴィシャス”とか言ったか。お前さん、このコロシアムで最強を目指すと自分で言っておきながら、それを遊びと称するとはどういった了見だ?」

 

 隣に座るイリスに空になったグラスを差し出し、酒を注がせながら、ゼイブはそんな質問をソウシに投げかけた。落ち着いた口調だが、先程のような陽気な笑みは浮かべてはいない。

 

「戦ってみてわかったが、西側も東側も、総じてファイターの技量レベルが低い。機体の工作度もそうだが、戦術もだ。所詮、ビルダーとしての心得も無い金目当ての有象無象の衆といった感じだ。そんな奴らとこれまで10戦も行って、遊びと称しない方がどうかしている」

「ほう、ならばどうする?」

「あんたらレベルならば、少しはマシな駆け引きができるんだろうな」

 

 ソウシは口元を歪めて笑みをつくる。それを聞き、ゼイブは大声で笑い出す。

 

「ハッハッハッ、一端のポーンランクが随分とでけぇ口を叩くじゃねぇか、面白い。なら()ってみるか? 10勝なら、ランクアップの資格を得ていることだしな」

 

 ゼイブはゲンイチロウの方に目配せすると、ゲンイチロウは微笑みながら頷いた。それが肯定の意と捉えたゼイブはバンッと両手を叩いてソウシに言い放つ。

 

「よし、なら次の試合は身内戦といこうじゃねぇか。小僧、お前の昇格試験だ。上級ランカーの相手はビショップランクのザンバからだ。勝てばそいつとランクが入れ替わる。しかし負ければ……」

「カウント、0に戻る」

「それだけじゃなくって報酬を自腹で払わなくっちゃいけないのよぉ」

 

 ゼイブの言葉の後に、ブットバスとイリスが付け加える。

 

「そういうこった、まぁせいぜい頑張れよ。グアッハッハッハッ!」

 

 バー内に響くほどの大声で笑うとつられて他の上級ランカー達も次々に笑い出す。ソウシは無言のまま、踵を返すとバーの外に出て行った。

 

………………

…………

……

 

 ホテル内の廊下を歩み、地下にある作業部屋へと向かう。上級ランカーとバトルの約束は取り付けた。自分が最強への頂に上るための第一歩がこれでようやく踏み出すことができた。あとは試合の日までに、機体を万全の状態にするために調整を行うのみ……。

 

「おーい!」

 

 だがその時、ソウシの背後から誰かを呼ぶ声が聞こえた。だがソウシは自分が呼ばれているとは思わなかったために構わず廊下を進んでいく。

 

「おーい! ま、待ってくれ!えーっと……ヴィシャスくん!」

 

 そう思っていた矢先、唐突に自分のリングネームが呼ばれた。ソウシが振り向くと、息も絶え絶えにみすぼらしい姿の男が走って来るのが見えた。先程、バーにいた上級ランカーの一人、上位ナイトランクのハゼガーだった。

 

「はぁ……はぁ……いやぁ、老体には堪えるね……」

「俺に何の用だ?」

「あっ、そうだ! 今すぐ私と一緒に来てくれ! ゼイブさん達にさっきの非礼をお詫びした方がいい!」

「非礼?」

 

 おそらくそれは、先程の宣戦布告ともとれるランクアップ昇格試合のことだろうか。

 

「なぜ、俺が謝らなくてはならない?」

「君が去った後、ゼイブさん達の会話を聞いたんだ。ゼイブさん達は本気だよ。ここ最近の君の活躍が面白くないらしい。どんな手を使っても必ず君を潰すと言っていた」

「そうか」

 

 それだけ呟くと、ソウシはまた歩を進める。その様子を見て、ハゼガーは「えっ!」という驚きの声をあげると尚も慌てた様子で小走りをし、ソウシの隣につく。

 

「そうか、って……わかっているのかい!? 下手したら二度とガンプラバトルができなくなるかもしれないんだよ!?」

「とうに覚悟は決まっている。それに、そんな手に頼ると言うことは連中も所詮はその程度のファイターだということだろう」

 

 己の決意の内をありのままに語ると、それを聞いていたハゼガーは面食らった様子で口を開いたまま何も言えずにいた。だがやがて、開いた口を閉じ、一拍置いて言葉を発した。

 

「……ちょっと、時間いいかい?」

 

………………

…………

……

 

「ホテルの外ではそのマスクは外した方がいいよ」

「……言われるまでもない」

 

 ハゼガーがホテルを出ると、ソウシがその後ろにつき歩む。ソウシは外に出ると同時にマスクを外すが、眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な様子だ。本当はこのような素性の知れない男に付き合う余裕などはなく、機体の調整を行いたかったのだが、何度断ってもこのハゼガーはしつこく縋りついて来たため、とうとうソウシが折れることとなった。この男にしつこく付きまとわれるよりも、さっさと話を済ませた方が、むしろ時間がかからないと判断したためだ。

 そうこうしているうちに、ハゼガーはホテルからしばらく歩いた先にある公園の敷地内へと足を踏み入れる。すぐ傍には子供用の遊具や砂場がある、いたって普通の公園といった印象だ。平日のこの時間帯は自分達以外に人の姿は無く、風が吹くと無人のブランコが揺れて音を軋ませる。遊具から離れた位置を歩んでいたハゼガーだったが、公衆トイレ横に立っている自動販売機の方に近寄って行くと、その釣り銭受けの中を指で撫で、次に販売機下のスペースを覗き込む。

 ソウシはその様子を遠目で眺めていたが、正直何をやっているんだ? という疑問しか湧いてこなかった。しばらくして、ハゼガーは立ち上がると「収穫無しか」とため息と共に残念そうな声色で小さく呟いた。だが、それを見ていたソウシの視線に気が付くと、誤魔化すように照れ笑いを浮かべる。

 

「いやぁ、ははは。すまないね、つい癖で。さぁさぁ、こっちこっち」

 

 そう言って手招きをすると、ハゼガーは背の高い木が生い茂る林の中へと入って行った。ソウシも後に続くと、しばらく歩いた先になにやら小さい建築物があった。しかし近付くにつれ、それが到底建築物などと呼べる代物ではないということがわかった。廃材や、ベニヤ板、段ボール等を組み合わせて作られた、なんともみすぼらしい小屋だった。

 

「さぁ、入って入って」

 

 そう言ってハゼガーは扉と思われる部分を開けると、ソウシをその中に招き入れようとする。ソウシ自身は正直気が進まないものの、ここまで来たのなら後には引けず、小屋の中へ足を踏み入れる。小屋の中は、雨風を凌ぐという最低限度の役割しか果たしていないらしく、思っていた以上に狭い。中心部にはどこからか拾ってきたであろう、亀裂の入ったちゃぶ台が置かれており、その周囲にもガスコンロや壁に吊るされた薄汚れた調理道具や、なんのために置いてあるのかわからない、壊れたおもちゃや電化製品といった、一見ゴミにしか見えない物が棚の中や隅の方に転がっていた。

 

「すまないね、散らかっていて。あぁ、楽にしてくれていいよ。不躾なのは承知だが、お茶も菓子も出せないけど……」

「いらねぇよ」

 

 身を屈め、土足のまま小屋の中に入るハゼガーは、ちゃぶ台の前に胡坐をかいて座ると一息つく。ソウシも、その正面に片膝を立てて座り、その上に左腕を乗せる。

 

「アンタ、ホームレスってやつか?」

「まぁね……ここ、公園の割に人通りが少ないから住みやすいんだよ。ハハハッ」

 

 と、まるでハゼガーは他人事のようにヘラヘラと笑う。「あんたが住んでいるから誰も公園に寄り付かないんじゃないか?」と、ソウシは言おうとしたが、流石にそれは言い過ぎかと思い、開きかけた口を噤むことにした。

 

「以外かい? あそこで戦っている上級ランカーはもっといい場所に住んでいると思っていた?」

「いや、アンタは身なりからしてそんなとこだろうと思っていたが……少なくとも他の連中はそうだろう」

「その通り、私だけさ。こんなボロ小屋に住んでいる人間はね」

 

 先程まで笑っていたハゼガーだが、まるで蝋燭の火を吹き消すように、フッと笑顔が消え表情が憂いを帯びる。

 ソウシは不思議に思った。あのミッドナイトコロシアムで行われるガンプラバトルリング……通称“リアルバトル”は、1勝するだけでもそれなりのファイトマネーが入る筈だ。だがこの男は、上級ランカーに名を連ねるほどの実力を持っている。となれば必然的にそれなりに稼いでいる筈なのに、それを活かしていないというのだろうか。

 疑問に思っていると、ハゼガーはぽつりぽつりと自分の身の上を話し始めた。

 

「こう見えても昔は、小さいながらも町工場を経営していたんだ。家庭も築き、それなりに幸せだったんだけどねぇ……不況で工場は閉鎖、残ったのは多額の借金だけ。妻は私に愛想を尽かして、一人娘を連れて家を出て行ってしまった。もっとも、その家も借金の差し押さえで無くなってしまったんだが」

 

 まるでドラマか映画にあるような転落人生だなと、ソウシは内心で思っていた。……が、自分も似たような境遇だったということを直後に思い出し、考えを改めて唇を結ぶ。

 

「娘は生まれつき体が弱くてねぇ……妻はそんな娘の面倒を見ながら治療費を稼ぐために働き詰めの毎日だったと聞く」

「だったと聞く?」

「あぁ、妻は亡くなった」

 

 鸚鵡返しの後にさらっと出た言葉に、ソウシは言葉を詰まらせる。

 

「過労死さ。後に遺された娘の命を繋ぎとめるために、私はここで娘の治療費を稼ぐために戦っているんだ。元々手先は器用な方でね、ガンプラも家庭を持っていた時に趣味で作っていたんだ」

「……」

「でも、稼いだ金は借金を返すのにほとんど消えてしまう。残った金を娘の入院費に割り当てているが、病気を完治させるには手術が必要なんだ。だがそれには莫大な金が必要になる……」

「それが、あんたがここで戦う理由か」

「うん……。あ、でもね、先日なんとか借金の方は全て返済し終えたんだ。手術の方も、今まで少しずつ貯金していた分と、近いうちに行われる私の昇格試合で得られるファイトマネーでなんとか支払える金額に到達するんだ。ここまで本当に、本当に長かった……」

 

 そう言ってハゼガーは眼鏡の奥から涙を滲ませ、鼻をすすりながら袖で涙を拭くが、ソウシの方はというと正直あまり関心が沸いていない様子だった。

 

「……で、アンタの身の上話と俺のこととどう関係があるんだ?」

「あぁ! そうだったそうだった! 済まないね、話が逸れてしまって。話を元に戻すんだが……ヴィシャスくん、このままじゃ君は上級ランカーの人達によって酷い目に遭わされる……いや、最悪命に関わるかもしれない……」

「さっきもそんなことを言っていたな。どういうことだ?」

 

 ハゼガーは姿勢を正してソウシの方に向き直る。その表情には真剣みが帯びている。先程は聞く耳を持たなかったソウシだったが、対戦相手の内情を知っておくことは戦術的にも有利に働くかもしれないと考え、最後までこの話を聞いておくべきだと判断していた。

 

「君は……勝ちすぎているんだよ。あのミッドナイトコロシアムというところはね、ある種の決まり事……秩序があるんだ」

「秩序?」

「そう、なぜ僕らの所属する東側のファイターの中で、誰もキングランクになっていないかわかるかい?」

 

 言われてみれば確かに、今日紹介された一番偉そうなゼイブでさえ、上位ルークランクであり、キングは誰もいない。まだ昇格のレベルに達していないと言えば、それまでになってしまうが……。

 

「一見無法者たちの集まる場所のように思えるけどね、その裏では沢山の金が動いているんだ。キングに昇格すれば、西側のキングまたはクイーンと対戦しなくてはならなくなる。しかし、どちらの陣営もそれを望んでいないんだよ。雌雄が決してしまえば、サカキさん兄弟のどちらかは営業権を勝った相手に譲らなくちゃいけなくなるからね、彼らはできるだけ長く稼いでいたいんだよ。しかも、あのコロシアムを運営しているのはサカキさん兄弟たちだけじゃない。君も見たことがあるだろう? あのコロシアムのすぐ近くで開かれている裏カジノ、そしてそこに集まる多数の富裕層たちを」

 

 その言葉に、ソウシはあのコロシアムに初めて訪れた時のことを思い出していた。確かに、数多くの身なりの良い者たちが集まっていた。コロシアムにも、そういったVIP待遇のお客を招く観戦ルームがあることも承知している。

 あの巨大なコロシアムを管理・維持していくためにはとてもカジノの収益だけで賄えるものではない。その考えに至るには時間はかからなかった。

 

「……なるほど、俺が勝ちすぎてキングになる勢いだから、そして勝ちすぎて損をする連中がいるからということか」

「その通り。そしてゼイブさん達上級ランカーはそういった人たちとの交流が深いし、ましてや自分のポジションを君に明け渡すつもりはさらさら無い。その気になれば……場外で君を出場させない状態にさせることだってできる」

「そう言うアンタは?」

 

 ソウシは上目でハゼガーに鋭い視線を送る。上級ランカーというのは当然、この上位ナイトランクであるハゼガーもその一人なのだから、ゼイブ達側の人間だと考えるのが普通だろう。しかし、ハゼガーは「ハハッ」と乾いた笑みを浮かべると溜息を一つつく。

 

「私は……こんな身なりだからね、特に私に目をかける人はいない。上級ランカーになれたのも、下積み時代に適度に“負け”てきたからさ」

「……八百長ってことか」

「負けろと言われれば負ける。死にたくはないから、裏で対戦相手と取引してきちんと急所を外してもらってね。でも、それ以外ではきちんと勝つ。長い長い間、それを繰り返して私は今ここにいる……おかげで、安定した供給を得ることができた。暮らしこそ最底辺だけど、命もこの通りちゃんと繋がっている」

 

 そう言いながら、ハゼガーは自分の胸をポンと叩く。その目は尚もまっすぐで、このような暮らしが不釣り合いなほどに輝いて見える。ソウシと彼は完全に赤の他人であるはずなのに、まるで我が子の身を案じる親のような親身さがハゼガーにはあった。

 

「ゼイブさん達は本気だ。もしもこのままだったら、昇格試合の日までに君は確実に潰される! でも、今ならまだ間に合う。私も口添えしてあげるから、ゼイブさん達にお詫びを入れに行こう!」

 

 テーブルから身を乗り出してハゼガーは訴える。しかし、ソウシは。

 

「さっきも言ったはずだ。俺にそのつもりは無い」

 

 その一言でハゼガーを突っぱねた。

 

「俺はアンタのように何かを背負って戦っているわけじゃない。俺自身のためだけに戦っているんだ。俺がどうなろうと、アンタには関係ない」

 

 視線をハゼガーから逸らすと、ソウシは席を立ち、出口へと歩む。その背後から。ハゼガーが待ってくれと言わんばかりに言葉を投げかける。

 

「た、確かにそうなんだけど……でも、若い君にはまだ未来があるじゃないか! こんなところで危険な戦いを続けていたら、いつか絶対にその身を滅ぼしてしまう!」

「……アンタ、いい加減にウザいな」

 

 ソウシが今一度ハゼガーの方に向き直ると、眉を潜めて言い放つ。

 

「そういうアンタはなんでそんなに俺に固執する? 俺とアンタは顔を合わせたのだって今日が初めてだ。一体何を企んでいる?」

「た、企むだなんてそんな……!」

 

 あらぬ誤解を受けてしまっていると悟ったハゼガーは焦ったように手を振って弁解するが、しかしソウシはミッドナイトコロシアムで試合を行ったあの日、ゲンイチロウの言うことを全て真に受けて何も知らないまま試合に駆り出された結果、手痛い目に遭ったことを忘れてはいなかった。あの日の出来事を一種の教訓として、常に人に疑いの目をかけるように心がけていた。

 そしてそれはハゼガーに対しても例外ではなかった。見ず知らずの自分に優しい言葉をかけてくれる。それが、自分が今後戦うであろう上級ランカーに所属している者だったならば、疑うなと言う方が無理な話だ。

 

「私はただ、純粋に君に真っ当な人生を歩んでほしいと願っているだけだよ! 私のように……人生に後悔を残してほしくはない……」

「後悔……だと?」

「そうだ。私の人生は後悔だらけだからね……特に、妻の今際の際に立ち会うことができなかったことが最大の後悔だ……向こうは愛想を尽かしていただろうけど、私にとっては生涯愛すると決めた女性だったからね……。君には、そんな後悔をしてほしくはないんだ」

 

 それを聞き、ソウシは拳を握り、震わせる。

 ハゼガーは知らない。既にソウシが、かつての最も親しき者との辛すぎる別れを経験し、それを連日悔やんでいることを……。

 

「こんなところで身を亡ぼすよりも、それよりもだ、家族のいる普通の生活に戻り、学校へ行き、友達と絆を深めたり、愛する人をつくったり、青春というかけがえのない時間を、大切な仲間と共に過ごすのが一番大事なことじゃないか!」

「絆? 愛……?」

「そうだ。そしてそれはきっと君の将来を支える貴重な財産となる。私のように落ちぶれてはいけないんだ。だから……!」

「アンタに……アンタなんかに……ッ!」

 

 声と拳を震わせるソウシは、拳を振り上げると、それを思いっきりテーブルに叩き込んだ。

 

「アンタに俺の何がわかるんだッ!!」

 

 激しい破砕音が響くと共にテーブルが真っ二つに割れる。それと同時に大きく声を張り上げたソウシに、ハゼガーは思わず尻もちをついて後ずさりをし、すくみ上がる。

 その様子を見てソウシはばつの悪そうな表情をすると、拳を離して静かに立ち上がる。

 

「……おっさん、きっとアンタはいい人なんだろう。見ず知らずの俺をこんなに気にかけてくれる。だが、アンタは俺を知らない。アンタが知っているのは、ただ我武者羅に破滅へと突き進んでいる、ヴィシャスとしての俺の姿だけだ」

「ヴィシャス君……君は一体……?」

「……おっさん、アンタはおそらく俺を家出少年かなにかだと思っているんだろう。違うんだよ。アンタの言う後悔なんて、俺は既に死ぬほどしてきたさ……」

 

 ハゼガーは眉を潜めてソウシの言葉に身を震わせる。どうやら図星らしい。ソウシはそんなハゼガーを見下ろしながら、尚も言葉を紡ぐ。

 

「俺にはもう無いんだよ。アンタの言った人生の未来なんて。俺だって、過去のことを全て忘れようと努力したさ。だが……っ」

 

 再び拳を固く握りしめ、奥歯を嚙む、ヴィシャスは……ソウシは眠る度に見る、かつての相棒であるファントムに何度も切り殺される悪夢を思い出していた。あれは彼女を見捨てた自分に対する、彼女が抱いている自分に対する憎悪が形となったものだと悟っていた。

 

「だけど……忘れることなんてできやしなかった……。悔やんでも悔やみきれない、あの忌まわしい後悔の体感は今も俺の瞼の裏に焼き付き、心臓に食い込み、抉り出す事のできない血肉となっている」

 

 握った拳を解き、自分の胸に手を当てながらまたも固く拳を握る。

 

「俺は一生、この後悔という名の十字架を背負いながら生きていくんだ、と……それを悟った時、俺は決意した。今更遅いのはわかっている。だがあの時、俺と彼女がもっと強かったら、運命は違っていたかもしれない。だから俺は力を手にする。ぬるま湯の平穏も! 甘ったれた馴れ合いもいらない! そんなものに縋っていては到底手に入らない! あのリングで行われる命を賭けた死闘こそが、求めるままの強さを俺にくれる! そして戦い続ける……俺が最強であることを証明するために! 俺の心の奥底にある……勝利への渇望を満たすために!」

「か、仮にそれを成し得たとして……その先に君は一体何を見出すつもりなんだ……!?」

「さぁな。だが修羅にならねば、見えぬ地平がある。俺はそれを信じて、戦い続けるだけだ」

 

 言い残し、ソウシはハゼガーの小屋を後にした。

 

「ま、待って……!」

 

 手を伸ばすが、既にソウシは小屋を後にしていた。伸ばした手の先でソウシの後姿を見つめながら、ハゼガーは深いため息とともに腕をゆっくりと下ろした。

 後に残されたハゼガーは、壊れたテーブルを小屋の端に片付けると、またも大きなため息をひとつつくと胡坐をかいて座る。そして上着のポケットから1枚の写真を取り出し、眺める。そこには3人の仲睦まじい家族の姿が映されていた。色褪せ、所々擦り切れているが、ハゼガー……本名、“ハセガワ・ユウイチ”にとっては決して色あせることのない、在りし日の思い出だった。

 

「やっぱりおせっかいだったかな……でも、彼はきっとお前と同い年ぐらいだよな……だから放っておけなかったんだよ……エミリ」

 

 若い頃の自分と妻の間で、ピースをして笑う少女を指でなぞりながら、ハゼガーは呟いた。

 

………………

…………

……

 

 ハゼガーの小屋を出て、ソウシは独り夕暮れの公園を歩んでいた。初試合の日を除いて、ここに来てからというもの、まるで無機質な機械人形になったかのように感情を表に出すことは無かったのだが、さっきは無用に感情を荒立ててしまったことに気持ちの整理ができていなかった。それ以上に、あの人にとってはあのボロテーブルも貴重な財産の一部だっただろうに、壊してしまったことに若干の後悔があった。

 

「……あんなに力を込めたつもりはなかったんだがな……」

 

 歩みながら、ソウシはあの時殴った拳を擦りながら小さく呟いた。元々ボロだったのだが、拳を一発叩き込んだだけで破砕するとは正直思っていなかった。拳もさほど痛くないところをみると、見た目以上にあのテーブルが古かったのだろうと納得することにした。

 そんなことを考えながら、公園の出口に向かって歩んでいく。先程のことは忘れ、ホテルの作業部屋に戻ったら機体の調整をしようと、思考をガンプラのことに切り替える。

 そうして公園の出口に差し掛かった時だった。

 ドンッ、と出口の角から現れた何者かにソウシはぶつかった。気落ちして目線を伏せていたこともあるが、背の高い垣根で角の先から来る人の姿が遮られていたため、不意にぶつかってしまったらしい。急いで詫びを口にしようとした、その時だった。

 突然、胸を貫く激痛。

 

「いつっ……!」

 

 突然の痛みにソウシの口からは思わず言葉が漏れる。目の前には自分がぶつかっであろう、男が立っていた。野球帽とサングラスをかけ、口元には白いマスクを被っており素顔は伺えない。だが、マスクの奥より漏れる荒い呼吸音は男性のそれであったため、性別は判断できた。次に、視線を下に……痛みが走る自分の胸の方に向ける。

 

「えっ……?」

 

 視線の先にあったのは、自分の胸へと伸びる男の2本の腕。その先には何かを両手で握っている。握っている手は軍手を被せているようだが、何故か色が赤い。そして何か黒い棒のような物を両手でしっかりと握っている。黒い棒は途中から銀色の刃に変わっており、その刃はソウシの胸に深々と突き刺さっていた。

 

「うっ……ぐっ……!?」

 

 突如、口の中が喉奥から込み上げてきた生暖かい液体で満たされていくのを感じた。流れて、口の端から溢れ出る赤い体液。一瞬の間をおいて、激痛が全身を駆け巡り、脳天を貫くと、途端に全身の力が抜けていく。

 足元から崩れ落ちるように体勢が揺らぐと、目の前の男に抱きかかえられる感触がした。

 

 それが、キモト・ソウシの感じた最期の体感となった。

 

 直後、視界は暗転し、音や意識が遠のいていく。凶刃に貫かれた心臓は、その数秒後に……完全に停止した。

 

 ソウシの死亡を確認した男は、その遺体を抱きかかえて林の中に入って行く。血が溢れないよう、凶器のナイフは胸に刺したままだ。そうして遺体を、ハゼガーが住んでいる小屋がある方とは真逆の方向へ持っていく。林の奥に遺体を放置すると、ポケットからスマートフォンを取り出し、カメラアプリを起動させる。レンズを遺体に向けて、パシャリと静寂の林の中にシャッター音が響く。

 撮影を終えるとナイフを引き抜き、血糊を拭きとって懐に仕舞い込む。そしてそそくさとその場を離れると、ホテルの方へと小走りで走って行った。

 

………………

…………

……

 

「よう、始末は済んだか?」

 

 ホテルの前に立っている男、長身でサングラスをかけたそのシルエットは、ビショップランクのザンバだった。その問いに男は無言で何度も頷く。ザンバは口元に卑しい笑みを浮かべつつ、男の肩に手を回してポンポンと叩くと共にホテルの裏側に歩んでいく。

 ホテルのエントランスからは真逆の方向を少し歩き、建物のほぼ裏側にあるゴミ置き場。その前に二人は立つ。この時間帯は誰もこの場所に近付かないため、取引を行うにはもってこいの場所だった。

 まずマスクの男がスマートフォンの画像データの中から先程撮影した遺体の写真を見せ、次に凶器のナイフをザンバに手渡す。

 

「ほらよ、約束の額だ」

 

 ザンバは懐から分厚い紙封筒を取り出すと、男はナイフと交換する形でその封筒を受け取った。

 

「後はその金でどこかに消えるだけだ。達者に暮らせよ」

 

 終始男は無言を貫き、受け取った封筒を懐に仕舞うとそそくさとその場を離れた。

この男はカジノでの借金がかさみ、その返済のためにミッドナイトコロシアムで東側のポーンランクのガンプラファイターとして戦っていた。が、戦っても戦っても返しきれないほどに膨らんでしまった金額の借金に絶望し、バーの隅で一人頭を抱えて悩んでいた。そんな時、先程ザンバが声をかけて来た。ナイフを手渡され、これであの少年を刺せばここを遠く離れて身を隠せる金をやる、と言われたのだった。

 言われるままに男はその提案を承諾した。そしてヴィシャスというリングネームの少年ファイターの後をつけ、一人になったところを狙い、その胸にナイフを突き刺した。その証拠となる写真も撮影し、これで男はザンバから金を受け取ることができた。

 罪悪感が無いと言えば嘘になるが、彼は翌日には電撃の強さをマックスレベルに設定した、文字通りのデスマッチを控えていた。その生か死かを賭けた戦いから逃れられるのならば、なりふり構ってはいられなかった。たとえそれが、年端もいかない少年の命をこの手で奪うことになったとしても……。

 

「さて、と」

 

 男の後ろ姿を見送ったザンバは、ゴミ置き場に歩み寄る。その中にある“不燃物”の袋の中に、先程受け取ったナイフを投げ入れる。

 

「ククク……これでいい。これで俺様の地位も安泰ってもんよ。ククク……ハハハハハハハハァ!!」

 

 高笑いを響かせながら、ザンバはその場を後にした。

 

………………

…………

……

 

「ヴィシャス君! ヴィシャス君!」

 

 陽もすっかり落ちた夜更けに、ハゼガーは林の中で倒れているソウシの姿を見つけると、何度も呼び掛けながら身体も揺すっていた。その声と振動に、ソウシのおぼろげな意識は徐々に覚醒していき、薄く開けていた眼が大きく開かれる。

 

「ここは……?」

 

 そして口から出たのはそんな言葉。いまいち現在の状況が呑み込めずにいる。ソウシは頭を抱えながら上半身を起こすと、傍にいたハゼガーがホッと胸を撫でおろす。

 

「よかった……こんなところで寝ているもんだからさ、どうしたのかと心配したよ」

「寝てる……? 俺がか……?」

「うん。あっ、気絶していたっていうのが正しいのかな?」

 

 寝ていた……? 気絶……? どちらにしても、ここで意識を失っていたのは確からしい。周囲を見回すと、ここはあの公園に生い茂る林の中。その雑草生い茂る地べたに自分は仰向けで寝ていたらしい。一体なにがあったのかと、右掌を額に当てながら自分の記憶を辿ってみる。

 

(確か……おっさんとの話が終わった後、夕暮れ時に公園を出ようとして、そして……―)

 

 そうしてソウシは思い出した。突然現れた素顔を隠した男にぶつかり、そして胸を刺されたことを。

 

「えっ!? 俺……!?」

 

 その記憶に思い至ると、ソウシは慌てて自分の胸を触り、傷の具合を確認する。だが。

 

「そ、そんなバカな……!」

「ど、どうしたんだい?」

 

 ハゼガーは動揺するが、それ以上にソウシは自分の身に起きたことに動揺を隠せなかった。あの時、自分は確かに胸を……しかも心臓をナイフで貫かれた筈だ。しかし、出血はもちろんのこと、刺し貫かれたであろう箇所を触ってみるも、その傷さえ跡形も無かった。現に自分は今、こうして何事も無かったかのように生きている。

 まるで一連のことが夢の中で起きたかのような感覚だが、確かに自分はあの時絶命したはずだった。その証拠に、服には細長い縦穴が開いていた。

 

「一体……俺の身体に何が起こっているんだ……?」

 

 理解が追いつかないソウシは、呆然と自分の両掌を見つめるしかなかった。




新しいストーリーが進むにつれ、新キャラクターも続々と登場してきます。
果たして彼らと関わることでソウシ……ヴィシャスはこの先どのようになっていくのか?
彼自身の“変化”にも注目していただきたいです。
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