Fate/トワイライトデイズ 白禍深獄 ヘクトヘル   作:どるき

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平行特異点からの来訪者

 二千十五年七の月。

 少年は全ての人と別れを告げた。

 いつ戻れるかはわからないし、死ぬまで戻れない可能性もある。

 それでも彼は黄昏の間の先へと歩んだ。

 

「ここが白禍深獄かな?」

「たぶんな。だが異様すぎる。人の気配がしないどころか時間が止まっているようじゃねえか」

「思ったより文明が残っている風なのに誰もいないなんて不気味だね」

 

 黄昏の間の先にあった世界に到着した少年はその様子に困惑した。

 彼は知らない話だがこの世界はある魔術の王により焼却されていたのだ。人理焼却の影響である場所を除いて時間が止まったままじわじわと灼かれているに等しい。

 少年の相棒はそのことを直感で言い当てている。

 

「とりあえず南を目指そう、ハク」

「なんでだ? 恭介」

「なんとなく。南に行けば誰かと出会える予感がするんだ」

 

 少年が目指した南にはこの世界の人類最後の砦があった。

 少年は当然それを知るよしもないが、そこにいる「人類最後のマスター」は彼とは縁がある人物だった。

 足場があればそこを歩き、なければコダマを足場にして進む。普通の人間では不可能なグレートジャーニーを恭介は成そうとしていた。

 

───AD.2015 平行特異点 白禍深獄───

 

 第二の特異点を攻略したマスターがカルデアに帰還した。

 彼女の名は美好真子、二十歳の元探偵である。

 カルデアが行ったスカウトにて抜擢された彼女は何も知らぬままお金目当てにこの地を訪れ、そして人類最後のマスターとなった。

 真子は魔術についてはド素人でありながら魔力回路の総数が多くマスター適性が高い。彼女自身、幼少期には特殊な能力を持っていたが、彼女の適性の高さはそれだけが理由ではなかった。

 ローマの人理定礎から三日ほどが経過した頃、カルデアはある異変を観測した。

 

「ドクターロマン、ちょっと───」

 

 職員の一人は魔力反応の観測結果を責任者に伝えた。

 曰く、人理焼却の影響でカルデア以外が封鎖されているはずでありながら、カルデアに接近する魔力反応が見られたからだ。

 反応は二つ。特に片方は神霊クラスの霊器であり油断は出来ない。

 

「マズいことになったね」

「ロマニ、こっちもマズいよ」

 

 ため息をつくロマンに横やりを入れる女性が一人。

 彼女はかの有名な芸術家。レオナルド・ダヴィンチその人であった。カルデアが召喚した英霊の一人で今は自身の傑作絵画「モナリザ」の外見を取っているため女性となっている。

 そんな彼女が発見したのは新たな特異点の反応だった。

 

「まだ小さいけれど、新たな特異点が発生したよ。しかも近代なのは間違いがないが、年代の特定ができていない状況だ」

「それこそ大変じゃないか」

「わかっているだろうが正確な時間座標すらはかりきれていない今、真子ちゃんを行かせるのは危険さ。一日だけ待ってくれたまえ、確実にレイシフトできるように準備する」

「頼んだよダヴィンチちゃん」

「ドクターロマン……あっちこっちで申し訳ないですが。魔力反応の方はどうしましょう?」

「アーチャーに任せよう。彼に任せれば安心だ」

 

 ロマンは真子の契約英霊の一人、赤い外套のアーチャーに事情を説明した。

 彼は二つの重要案件が同時発生している自体を呑み込むと、後のことをロマンらに任せて飛び出していく。

 この時点での真子の契約英霊はセイバー、アーチャー、ライダー、シールダーの四人。マスターにも内密の単独行動を頼むにはアーチャーが適任だった。

 その頃、何も知らない真子は自身を後輩と慕うシールダー───正確にはシールダーの英霊と融合したデミサーヴァント、マシュを相手にお茶会をして久々に羽を伸ばしていた。

 

 だんだん強くなる想い人に似た気配を頼りに旅を続けていた恭介はついにカルデアまで目と鼻の距離に到着していた。彼の足なら半日歩けば目的地に到着するだろう。

 この世界に来てすぐに調達した衣類や靴はすっかりボロボロになっており、食料の手持ちも心許ない。

 そんな恭介はこの世界で最初の人間から洗礼を受けることになる。

 

「止まれ。キサマらは何者だ?」

 

 歩を進める恭介の足元に矢が刺さる。

 声だけは聞こえるが気配を感じられないほど遠くに射手はいるようだ。

 

「待ってください」

「なら質問に答えろ」

「僕は嘉神恭介と言います。黄昏の間を通ってこちらに来ました」

 

 矢を射て威嚇したアーチャーは困惑した。「黄昏の間」などという言葉に聞き覚えがないからだ。

 曲がりなりにも英霊であり、そして生前は魔術を学んだ男である。そんな彼も黄昏の間など聞いたことがなかった。

 それに「こちらに来た」という言葉にも違和感がある。正直に捕らえるのならばそれは───

 

「黄昏の間とは聞き慣れない言葉だな。それに『こちらに来た』とキミは言ったか?」

「はい」

「まさか、キミは異世界の人間だと言うのか? 冗談だな」

「冗談なんかじゃないですよ。本当に知らないのですか?」

「では逆に聞かせてもらおう。キミは人理焼却の影響が大きい外界をどうやって移動してきた? サーヴァントであってもその空間で活動できるハズがないのだぞ」

「そんなのわかりませんよ。確かにこの近くに来るまで体が鉛のように重くて大変でしたが」

「バケモノか……」

 

 アーチャーは体が重いと言う程度で人理焼却中の空間を、海を無視して移動してきた恭介をバケモノと罵る。

 そしてぼそぼそと魔術の詠唱をして構えていた矢に強化を上乗せした。

 自分であれば耐えられない空間を突破してきた目の前の相手をそれほどの敵だと警戒したからだ。

 

「そんなに殺気立たないでください。僕は敵じゃありません」

「だが危険な男だ!」

「恭介、避けろ!」

 

 ハクの声に反応した恭介が咄嗟に身を翻すと、弾丸よりも早いアーチャーの矢が腕をかすめた。

 

「やはりサーヴァント……いや、それに匹敵する何かか」

 

 恭介が避ける動作を見てアーチャーは呟く。

 ただの人間なら躱しようがない速度の矢を回避したのだからさもありなん。

 だがサーヴァント特有の知覚には恭介からサーヴァントとしての気配は感じられない。ならば相手は上位クラスの封印指定執行者のようなサーヴァント並みの実力を持った人間か、人間に似たバケモノだろうと推測していた。

 

「やっこさん、完全に敵だと思っているぜ。どうする、恭介?」

「戦って誤解を解くしかなさそうだね。いくよ、ハク」

「応!」

 

 恭介は傍らのハクに触れ、そして姿を変えた。

 

「誰だか知らないが、いきなり攻撃してくるような奴にはお仕置きタイムだ!」

 

 現れたのは狐耳の成人男性。式神つかい嘉神恭介が天孤白天丸と憑依融合した姿の一つである。

 分類するならばこの姿の名は式神憑依白天丸。

 恭介とハク、二人の人格が統合され天孤白天丸が持つ羅刹の力を十全に発揮できるスーパーモードである。

 

「化けたか? いや、融合か!」

 

 この姿になった恭介、区別するならシロは上級サーヴァントにも引けを取らない。

 アーチャーはいつか戦った青いランサーを思い出す踏み込みの早さに驚きつつ、冷静に武器を持ち替える。

 

「良くここがわかったな」

「矢の向きと角度を見ればこれくらい丸わかりだぜ」

 

 シロは融合前に射られた矢からアーチャーの位置を逆算して飛び込んでいた。

 口では大きく言っているものの当てずっぽうの特攻ではあるが、正解である以上は充分なブラフである。

 アーチャーは魔力に満ちたシロの拳打を得意の干将莫耶で受け止める。刃先に拳を突き立てても拳に傷一つつかない様子にアーチャーはニヒルに微笑む。

 そのまま二人はいったん離れると、素手のシロと双剣のアーチャーとで鍔迫り合いが始まった。

 バキバキとシロの拳が干将莫耶を砕き、そのたびにアーチャーは複製した干将莫耶を構え直す。

 ラチがあかない千日手のまま二人は小一時間殴り合うとようやく口を開く。

 

「そろそろ腹が減ってきたぜ。どうだ、このまま俺の言うことを聞いてくれるのなら矛を収めてやるぜ」

「それはこちらのセリフ、消耗しているのなら好都合だ。ア イアム───」

「交渉決裂か。なら俺も本気で行くぜ。霊刀───」

「待って!!!」

 

 片や大魔術の準備、片や切り札である霊刀羅刹を出そうとした二人を止めたのは人類最後のマスターだった。

 天馬に跨がる彼女の姿に二人は困惑してしまう。

 

「マコ……?」

 

 その姿に目を奪われたシロは一瞬動きを止め、その隙をついて殴り返したアーチャーからのダメージで融合は解除された。

 真子が現れた事への疑問に対してはロマンが通信で答える。

 

「なぜここにいるんだ、マスター?」

「───ゴメンねアーチャー。キミが真子ちゃんにバレないように単独行動スキルを発動させたことで、逆になにかあったと気付いちゃったみたい」

「ならばそれは私の失態だな。謝るのはこちらだドクター。とりあえず例の相手は無力化した、どうやら消耗しているらしい」

 

 通信に答えつつ気絶する恭介を縄で縛るとアーチャーはそれを抱える。

 そして刃を向けながらアーチャーはハクに問いかけた。

 

「お前も来るのだろう?」

 

 ハクは黙ってアーチャーに従う。

 単にアーチャーに倒されたことよりも、その隙を産んだ真子に対して目線をくばせながら。

 見たところ彼女は自分達を知っている様子がなく、恭介が知っている美好真子とは他人のそら似なのだろう。

 だが前髪が微妙に異なる髪型であることを除けば彼女に酷似していた。

 単なる恭介の使役動物を装ってハクは黙っているがおおよその見当はつけてある。これでも千年以上は伊達に生きていない。

 恭介が空腹で身動きが取れないまま二人はカルデアに連行された。

 牢屋に入れられた二人の前に現れたのは、現在の最高責任者だった。

 

「キミたちの事をおしえてもらいたい。キミが答えてくれ」

 

 ロマンはハクをじっと見つめてきた。

 おそらく相手はもう自分が自我を持つ知的存在であることなど見抜いているのだろう。

 仕方なしにハクは口を開く。

 

「俺は白天丸、そっちはキョースケだ」

「恭介くんと白天丸か。キミは彼の使い魔かな?

 ちなみに僕はロマニ・アーキマン。ドクターロマンと呼んでくれ」

「俺は式神、使い魔なんて奴じゃねえ」

「式神か。と言うことは、彼がキミのご主人様というわけだな」

「失礼だな……俺とキョースケは親友だ、そういう主従関係じゃねえぜ。

 それよりも、俺もアンタらに確認したいことがある」

「アーチャーとの戦闘中にしていた会話のことなら僕たちも聞いている。それのことかい?」

「いーやちがう。さっき割り込んできた女だが、アイツの名前は『美好真子』か?」

 

 ハクから真子の名を聞いたロマンは睨む。

 まだ手探りで特異点の修正を繰り返しているカルデアにとって真子の存在は唯一無二だからだ。

 そもそも怪しい人物が人類最後のマスターの名を知っていることに危険しか感じられない。

 それに目の前の相手はサーヴァントと互角に戦った魔術師の相棒である。警戒しない理由はない。

 

「だとしたら何だというんだい?」

「身構えるなよ、ドクターロマン。その反応で察しがついたぜ。ここは深獄じゃない、平行世界の現世だ。

 ここからは俺の想像だが……黄昏の間は現世と深獄の狭間にある不安定な世界だ。俺達が現世と深獄の繋がりを切断した頃、こっちの現世で何かがあった。その結果、本来なら平行世界にあたる黄昏の間と繋がったのがたぶんここだ」

「白禍深獄……名前から察するに冥界、いわゆるあの世や地獄のようなモノか」

「そんなところだ」

 

 ハクを信用するのなら彼らは平行世界からの来訪者だという。だがその言葉を信用して良いものかとロマンは悩む。

 そんな困り顔のロマンを部屋の外で待機していた真子はさらに困らせた。

 

「ねえ、キミ達が本当に平行世界って奴から来たのなら、もしかしてそっちの世界にもわたしがいたのかしら?」

 

 中に入ってきた真子はハクに尋ねる。

 その声を聞いたからか恭介が寝言で真子の名を呼び、それを聞いて真子も察した。

 

「この子が寝言で呼んでいる人がそうみたいね」

「ああ」

「ドクターロマン。わたし、彼らを信用したい」

「私からも進言だ、ロマニ。外界を移動できたこの二人の力はどこかで役に立つ。というよりも、今問題になっている特異点と彼等になにか関係がある気がしてならない。シンクロニシティって奴だよ」

「交渉成立だな。とりあえず、互いの情報交換といこうぜ。俺達はこの世界について何も知らないからな」

 

 真子の他人を信用しすぎるきらいにはロマンも不安があるが、敵意を表にしない以上は信用するしかないとロマンは受け入れることにした。

 それにダヴィンチが言うように彼等の力には興味があるし、彼等の観測と特異点の発生に関係がありそうだというのは自分でも感じていたからだ。

 

「真子ちゃんもこう言っていることだし、僕もキミ達を信用しよう。でもいいのかい? こっちの彼はずっと寝たままだけど」

「キョースケも同じ事を言うとは思うが、できれば今のうちに食事の用意をしてくれ。さっきので式神憑依を使ったから、腹ペコなんだよ」

 

 カルデアと嘉神恭介の間にこうして取り決めが結ばれた。件の特異点が収束するまでの短い付き合いになることなどこのときの彼等には知りようがない。

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