Fate/トワイライトデイズ 白禍深獄 ヘクトヘル 作:どるき
真子たちが移動を開始した頃、件の大陥没の中央で少女は一人、空を見上げていた。虚ろな瞳をする彼女は少女と言うべきかも怪しい。
なにせ一度真二つになった青年の死体に虚魂とその青年とは平行世界の同一人物となる少女が宿った結果、この地に産まれた半陰陽が彼女である。どちらかと言えば青年と呼ぶべきかもしれないが、この体を支配しているのは少女だった。
「カルデアのマスターが先か、それともあと一騎ぶんの虚魂が集まるのが先か」
少女は呟きながら大きな口を開けると、大気中に漂う虚魂を息を吸うように飲み込んだ。
黄昏の間に巣くう虚魂は恭介が使う紙コダマの源流にあたる霊的存在である。本来は狂暴で、油断すれば他人を取り込み食い破る。しかも黄昏の間には腐るほどにその虚魂がいたはずなのだが、いまはその数が激減していた。
少女は曲がりなりにも虚魂との融合を図った終月の末裔である。平行世界の自分を取りこんだことで強化されたその特性は息を吸うだけで虚ろの霊を喰らい魔力に変えていく。
喰らった魂を薪にした高位霊の召喚は既に三度、それらが彼女が従えていた英霊なのはいうまでもない。加えてこれまで二体の敵性サーヴァントを彼女らは倒していた。
真子もこれまで他特異点で経験している連鎖召喚がこの黄昏の間という特異点でも起きた結果、呼び出されたカウンターガーディアンたちはサーヴァント三騎とサーヴァント級のマスターを前に囲まれて太刀打ち出来ずに敗北していた。
なぜ彼女がカルデアという真子が所属する組織を知っているのか。そもそも英霊召喚をどのような手段で行っているのか。
「そろそろ大陥没だが、マスターはしばらく休んだほうがいいのではないか。先ほどの戦闘で消耗しているのだろう?」
「大丈夫。あの後食べたお弁当で充分回復したわよ」
「いくらカルデアからのバックアップがあるといっても、無理はしないでくださいね先輩」
真子の力に導かれて移動した面々は件の大陥没へと到着した。予想通りならこの先にはたった一人で聖杯戦争をしているマスターとその契約サーヴァントが待っている。
敵の数もわからない上に敵陣に足を踏み込むというのは危険ではあるが、他に手がかりがない以上は虎穴に入らずんばことは進まない。
やはりというべきだろう。大陥没に向かう手前の一本道、そこには敵の守護者がいた。狼を彷彿させるセイバーのサーヴァントが。
「生きていたか、小僧」
「やいやい! さっきはよくもやってくれたな。今度はしくじらねえぜ」
「この狐……しゃべる上に阿呆か?」
「舐めやがって」
「まあいい、二刻ばかりでここまでたどり着くというのはカルデアのマスターというのは聡明過ぎるな。早いに越したことはないが早すぎる」
「フン。まるでなにかを企んでいるような口ぶりだな」
白天丸との軽口の合間に放つ言葉にアーチャーは含みを感じた。相手はそもそも暗号を刻んだ刀をわざと残していった男である。そう考えても不思議ではない。
「こちらにも事情があるのでな。ここで消滅するわけにも、キサマらに『今』ここを通らせる訳にもいかない」
「いってろ。ここは俺様とキョースケに任せて先に行け」
「狐……少し黙れ!」
先を急ぐように促す白天丸を邪魔だと言わんばかりに狼は接近し、そして足蹴にしようとする。すんでのところで駆け寄った恭介が庇うが、彼はそのまま蹴飛ばされてボールのごとく跳ねた。
「恭介くん!」
「大丈夫です。ここは僕とハクに任せて真子さんは先へ」
「それはできない相談だ」
立ち上がろうとする恭介の目の前に狼は素早く近づいていた。その俊敏性はAランク以上は確実にありアーチャーらには恭介を助ける暇もない。
薄情なことを言えば真子の契約サーヴァントたちには恭介を見捨てて先を急ぐという選択肢すらある。平行世界での知人という話で信用して親近感を覚えている真子とは違い、初対面かつそれなりの力を持った油断できない魔術師として見ている彼らとは多少の温度差があっても仕方がない。
だが恭介も気配を察するやいなやそのまま抱えた白天丸と融合し、シロに変わる。その両手には羅刹の力が宿り、翳す左腕は振り下ろす一刀を防ぐ。殺される心配も、ましてや見捨てることによる損得勘定もする必要がないと言わんばかりに。
「かかってこいよ犬野郎。お仕置きTIMEだ」
「行きましょうマスター。ここは彼に任せて」
「行かせんと言っただろう!」
どうしても先を通したくない狼の叫びに呼応するように結界が発動した。電気柵のような魔力の格子は触れるものを焦がす。
「下がれ、マスター。キミでは触れただけで命はない」
「セイバーは?」
「俺は鎧があるから耐えられるが、俺以外では突破は無理だ」
「あれはサイノミカミと言うらしいが、力ずくでの突破は止めておけ。いかにこちらのサーヴァントが俺で最後とはいえ、消耗したままマスターと戦って消滅されても困るのでな。ヤツは下手なサーヴァントより強い」
「べらべらと俺たちの心配をするより、まずはテメーの心配をしな!」
結界の正体は恭介らが茫と戦った際にコントロールを奪われた式神『サイノミカミ』によるモノだった。厳密に言えば虚魂を用いて再現した擬似的なモノではあるが、それでも足止めには充分である。
両手に霊刀を構えたシロは狼の刀を弾くと、そのまま懐に飛び込んで腹を裂く。脚力を全開にして飛び退く狼もこれには避けきれず、懐は血で滲んだ。
苦境に笑みを浮かべる狼だったが、その脳内では心を通して問いかけてきた彼のマスターと口論になっていた。
「苦戦しているようだね。手を貸そうか?」
「白々しい。時間さえ稼げれば俺のことなど捨てるつもりだろうに」
「サイノミカミを通して直に見たが、僕の見通しの方が甘かったよ。まさか完成した彼女がここまで強力なマスターになろうとは。ライダーとバーサーカーが負けたのも油断ではない。当然、目の前のサーヴァント一人で手一杯のキミでは他のサーヴァントが加勢したらひとたまりもないはずさ」
「舐められたものだ。だが俺にはやらなければならないことがある。ここで消滅するわけにはいかない」
「それは僕の邪魔だろう?」
「さて」
「とぼけなくてもいい。わかっているからこそキミだけは令呪で逆らえないようにしたんだしね。
最後のサーヴァントを呼ぶことを急かしているのはその時こそチャンスだから……虚魂を使いきって衰弱した僕をカルデアに討たせて根源への到達を阻止することがキミの使命。キミは彼が選んだ英霊なのだから」
「饒舌だな虚霊兎」
「彼の意識はもうない。僕の中で消化しきったさ」
狼のセイバー。彼だけは他の茫のサーヴァントとは事情が違っていた。今現在の茫は女性の茫こと茫・T・ブランツェの自我が主となっているが、セイバーだけはまだ彼女の中で抗っていた男性の茫ことホローラビットと契約しているからだ。
二人の茫の違いは性差だけではない。神秘を秘匿することで純度を維持してきた魔術世界に染まったブランツェと、その必要が無い故に秘匿することなく研鑽した果ての異端児であるホローラビットでは白禍深獄の捉え方が違っていた。
深獄はその血縁にとっては魂の故郷だが、魔術世界に伝えられる根源とは異なるただの異世界にすぎない。知らないが故に過度な期待を抱いたブランツェは深獄への道に蓋をして黄昏の間を鍋に変え、カルデアの資料を元に冬木の聖杯戦争を再現した。
その影響で恭介はカルデアに迷い出て、ホローラビットは深獄を目指せぬばかりか都合のいいパワーアップパーツにされて消耗されつつある。
これは根源が目的であるブランツェにとっては当然の行為であっても、深獄が目的であるホローラビットにとっては明確な裏切り行為。自分の同一存在に裏切られたホローラビットが託した願いの体現こそがこのセイバーだった。
セイバーにとってカルデアからの来訪者は渡りに船の存在である。令呪の縛りがある限り邪魔立ては分の悪い賭けでしかなかったが、その縛りがないカルデアのサーヴァントならば舞台さえ整えれば確実なものになるのだから。
「真子! しばらくそこで休んでろ。サイノミカミの防壁は厄介だが、俺の羅刹の力ならぶち破れるハズだ」
「ならば私も手を貸そうか? ええと……式神ひょ……ムヒョ……嘉神くん!」
「式神憑依白天丸だ! 心配はいらねえ、俺一人で充分だ」
アーチャーは狼の様子から時間に限りがあると感じて加勢を申し出るが、シロはそれを突っぱねた。それは自分のミスで一度は敗北している白天丸の意思によるものだが、単純戦闘でサーヴァントを消耗させるべきではないという恭介の意図も含まれている。
「キサマ一人に負けるような『俺達』ではない」
刀と霊刀でしばし切り結んだ後、狼は間合いを図って左手に持った刀で平突きを放つ。だがハクはその技を見切り、羅刹の力で覆った右掌にて受け止めたのちに切っ先を掴み取った。左手の霊刀は前腕を覆うように変化してスパークし、いざ爆ぜんと音を鳴らす。
「終わりだ。天雷ノ葬!!」
白天丸が持つ羅刹の力を解放して放つ宝具級の魔力的攻撃が放たれた。その直撃を無防備に受ければ大半のサーヴァントが耐えられないそれは狼を塵一つ残らず焼き払う。
焼き払われる寸前に狼の背中が揺らめいていたが、真子たちはそれに気付かなかった。