Fate/トワイライトデイズ 白禍深獄 ヘクトヘル 作:どるき
狼を倒したシロはそのまま一度大きく息を吸った。
「すー……今からコイツをぶった切る、真子は道が空いたら先に行け」
「恭介くんは?」
「少し休んで後から追い付く」
「なら私が一緒に残ろう。マシュ、真子を頼んだ」
「了解しました。ですが……」
「キミも気づいたか。まあ、クスリの一本でも打って連れていくさ」
「あまり無茶はさせないでくださいね」
「そろそろいくぜ! 霊刀羅刹!」
シロは両手に羅刹の力を集約して大太刀を作ると、それを真っ向に振り下ろした。次元を断つ羅刹の力を最大出力で振るった事で、行く手を阻む結界もケーキにナイフを入れるが如く切り裂かれた。
流石のサイノミカミもこれには耐えられず、この奥で召喚の準備をしている茫はフィードバックに痛む右目を押さえた。
「いよいよ僕が直々に出なきゃいけないか。あと一晩あれば間に合ったのに、面倒なことになったよ」
茫にとって不幸中の幸いは、まだ次の英霊を呼んでいないことだ。相手はマスター二人とサーヴァント四騎、茫はそう認識している。
特に茫は大楯を持った少女を最大の敵だと認識している。それは彼女がマシュの素性を知っているからに他ならない。
先を進む真子たちを見送ると、シロはその場でペタりと座った後に倒れ、恭介と白天丸に別れた。この日二度目の式神憑依、それに一度目は敗北していたこともあり恭介の体力はつきかけていたのだ。
「疲弊しているのはわかるが、寝ている暇はないぞ少年」
アーチャーは恭介のほほを叩いて背中を起こすと、事前に用意した弁当を取り出した。
「これは?」
「事前に持ち込んでいた弁当の予備さ。キミの変身はどうやら体力の消耗が激しいようだったから多目に持ってきたが、カンが当たったな」
「ありがたく頂きます」
空きっ腹が人間溶鉱炉になったかのごとく、恭介は唸るように弁当をかっ食らった。ついでに白天丸もアーチャーが用意したチョコレートをかじってにやける。
「さすがに寝ている暇はないから、アンプルを一本打たせてもらうがいいか?」
「アンプル? まさかあやしいクスリじゃねえよな」
「怪しくはないがクスリには違いない。サーヴァントにも効果がある特殊なクスリだから、今のキミにも効果はあろう」
「お願いします。今は寝ている場合じゃなさそうですし」
弁当で腹を満たし、アンプルで疲労を飛ばした恭介は憑力を増した。元より長旅で疲れが溜まっていた体である。ようやく本調子と言うべきだろう。
「───さて、そろそろ出てきたらどうだ?」
食事と休息で一時間ほど経過したところで、アーチャーは誰かに問いかけた。
二人以外には誰もいないはず、一振りの刀が転がるこの虚空に。
「いくらなんでも消滅したサーヴァントの痕跡が一時間も残る訳がない。それにキミは先ほどから妙な行動ばかりだ。いるのならキミのマスターも目を見張る向こうではなく、当然こちらだろう?」
「話が早くて助かるな」
アーチャーの言葉に反応するように一体の亡霊が現れた。恭介はその顔に警戒して身構えるが、亡霊は敵意はないと両手を上げる。
「敵のセイバー……まだ生きていたなんて」
「正確には死んでいないだけだ、小僧。キサマの攻撃で俺に残された魔力はほんの一握りだけしかない」
「だったらここで死ぬか?」
「阿呆が。死ぬ気があるならさっきので潔く死んでいるさ」
「だったらアナタは何が目的で……」
「うちのマスターを止めるためさ。今のアイツが根源への道を開くなんて真似をしたら、人理への影響が計り知れない」
「解せないな。先ほどまでマスターに従って邪魔立てしていたキミが、自分のマスターを裏切るなど」
「ややこしい事情がこちらにもあるのさ」
狼は恭介とアーチャーを味方につけるために秘密を明かした。
一つ、彼の正体は新撰組という歴史上の一組織に対して人類史に刻まれた架空の要素を集約した「実在せず、それ故に様々な技を使う新撰組隊士」という概念を持つ英霊であること。
一つ、彼が契約している茫・T・ブランツェという女は九分九厘死んでいたホローラビットと融合することで上級サーヴァント並みの力を得た式神つかいであること。
一つ、刀の暗号は大陥没への道筋を刻んだ場所を指しており、彼の予定通りにカルデアが動いたのならば機が熟した明日の朝にここへ到達する予定になっていたこと。
そして虚魂と融合した彼女を倒す最大の隙が英霊召喚を行った直後であることを。
「───どうりでアイツの死体が見つからないわけだぜ」
「ここまで教えれば俺の言いたいこともわかるだろう。恐らく無策で乗り込んだアンタらのマスターは茫には勝てん。虚魂がつきぬ限り死なないからな。だから早く追い付いて攻撃をやめさせろ。そして機を待て」
「本当にそれでいいのかな」
「なに?」
「ホローラビットは既に僕たちが来ていることを知っている。ならば、僕ら側のサーヴァントを倒して、その魂を奪おうと考えているかもしれないじゃないですか」
「私も一度合流してマスターを止めるべきだという意見には賛成するが、様子見には反対だ。ドクター、真子と通信は繋がるか?」
カルデアを仲介してアーチャーは真子に話をつけ、合流してから戦いを挑むことになった。
アーチャーから聞いた敵の名を反芻しながら、ロマニは一人唸る。
「茫・ブランツェ……まさかね」
その名にはロマニも覚えがあった。いや、ロマニばかりでもなくカルデアで彼女を知らないのは真子くらいのモノであろう。それがロマニが知る人物と同じならば。
待ち合わせた先に向かうべく移動を開始した恭介たちは二十分ばかりで合流地点に近づく。大陥没の中はいりくんだ鍾乳洞になっていたが、罠を警戒して徒歩で進んでいた真子たちとその後を駆け抜ける恭介たちでは速度の差は当然だった。それに元敵のセイバー……壬生狼の情報もあり罠には警戒する必要もない。
「見えました」
恭介が真子の姿を確認したのに合わせるように、アーチャーはその手に剣を握る。
「セイバー……」
どこかで誰かが令呪をもって命じた。
壬生狼の言葉には嘘はないが一つだけ誤算がある。元より壬生狼は令呪によって反抗を制限されている。その状態で、しかも消滅間近の霊器ではもはや令呪には抗えない。
「阿呆が!」
壬生狼の侮蔑は自分に向けてのモノ。死を偽装しカルデアを味方につけたつもりでもマスターを欺け切れなかったことへの。
魂の大半が雲散霧消し小聖杯に注がれても、核となる壬生狼の最後の一匹が残っている限り完全消滅ではないことを見抜かれていた。
カルデアのマスターに不意打ちする機会を得るために泳がされていたことに気づいても遅い。
「がとっ!」
真名解放であろう何かを壬生狼は叫びかけたが、言い切るよりも先に口から血を吐いた。背中には夫婦剣が寄り添うように突き刺さり、壊れかけの霊器にトドメを差す。
「アーチャーさん……」
「待たせたな。それに大丈夫だったか?」
「わたしは平気」
「今のはいったい。敵のセイバーは寝返ったのでは?」
「おそらく令呪ですね。彼ははぐれサーヴァントではありませんでしたから」
疑問に対してのライダーの答えでマシュはハッとする。これまで特異点で出会ったサーヴァントたちと違い、彼が令呪を持つマスターと契約していたことに。
いくらサーヴァント側が裏切ろうとも強制的に従わせる絶対命令権にはこのような使い方もあることを、頭では理解していたがこの時マシュは体で知った。
アーチャーらは別の時代、世界における聖杯戦争の記憶を持っていることもあり、当然壬生狼が遠隔操作されることも警戒していた。同行させた理由も奇襲への警戒を含んでのことだった。
「格好つけてもしょせん俺は偶像……詰めの甘い阿呆にすぎぬか」
狼は狐の目をみながら消えていった。
その手の刀はものの数分で消え失せて彼の消滅を否応なしに見せつけた。