Fate/トワイライトデイズ 白禍深獄 ヘクトヘル 作:どるき
マシュによる茫ブランツェの制圧で、この特異点における戦いは終止符を打った。あとは特異点の元凶を取り除くのみであろう。
「不本意だったけれど、また遊べたことだけは楽しかったよ。あんなんでも僕だったかも知れない相手だ。恨む気はない」
茫ブランツェが縛り上げられている最中、恭介の目の前では終月茫が二度目の死を迎えていた。彼の存在は茫ブランツェの強さを底上げしただけではない。虚魂との融合を拡大解釈した英霊との融合。それこそが黄昏の間の聖杯とも言うべき生きた釜だった。
だが釜の中核である茫が死ねばもはやそれは魔力が溢れようとしている危険物に過ぎない。モニターする数値の変化にロマニは驚く。
『大変だ』
「どうしましたか……いや、この気配は?」
「不味いな」
この雰囲気にアーチャーは額に汗を浮かべた。まだ少年だった頃、故郷を焼いたあの災害に似た気配に悪寒を感じたからだ。
空間に穴が開き、そこから黒いなにかが溢れだす。茫の胃のなかに収まった英霊たちや虚魂のもつおりが溢れだしていた。
羅刹の力で虚魂やもう一人の自分と切り離される前に願った最後っ屁はその彼の死をトリガーに発動したのであろう。
もはやこれまでなら、この世界を呪いで埋め尽くしてでも根源への道を穿つ。
半端な状態でも未完成の不完全な願望器は彼女の願いを受け入れていた。縛られて動けない茫はそれを見て高笑いし、自分をあわれむマシュに語る。
「ハハハッ! ハーハハハッ! 見てみなよマシュ。あの穴こそが根源への入り口だ! あの泥こそが道を繋ぐ溶解液だ!」
「ブランツェさん……もう止めてください」
「止める? せっかくここまで来たんだ。最後まで行こうじゃないか。他の連中はわからないが、キミはおそらくその英霊のおかげであの泥の中でも無事だろう。だからキミは僕をこのまま殺し、根源の力で好き勝手にする権利がある」
「この……バカ!」
妙なテンションの茫を見てイラついた真子は彼女を叩いた。
「はあ?」
「ハァ? じゃないわよ。マシュはそんなことを願う子じゃないわ」
「言われるまでもない。仮にも僕とて元カルデアスタッフ、それくらいは知っているさ。だが英霊と融合し、その上で数多のサーヴァントを従える姿を見せられれば……彼女の心変わりを期待するのも不思議ではないだろう」
「アナタは勘違いしているようですが……今のわたしはあくまでシールダーのサーヴァントと融合したデミサーヴァントであって、マスターではありません。わたしを含めたサーヴァントの皆さんと契約しているのはこの先輩……美好真子さんです」
「まさか? こんな僕の記憶にも残っていない、数あわせの子供が?」
『キミからしたらふざけているように思えるだろうが本当さ。今の真子ちゃんは人類最後のマスターなんだ』
「そんなわけないだろうドクターロマン。ろくに魔術も使えない、レイシフト適正だけでスカウトされた後発組だろうに」
『流石にカルデアからのバックアップで魔力を補っている恩恵は否定しない。だがキミのようないわゆるそこそこの家系の魔術師より、今の真子ちゃんはよほど場数を踏んでいて頼りになる。これだけは真実さ』
茫は自分の勘違いを指摘され、こんな弱い人間一人に負けたのかと自分を恥じる。そしてこんな弱い人間より格下だと言われて怒る。
「……」
『キミは本来ならレフ教授の手で死んでいた存在だ。もう一度死ねとは言いにくいのもある。だが、あの聖杯擬きはキミの手で止めてくれ。そうしなければ、僕らはキミを殺さないわけにはいかなくなる』
「無理さ。あれは一度僕の願いを聞き入れたらもうそれに向かって作業を進めているにすぎない。彼が生きていればいざ知らず、僕には止める手段はない」
何を言われても発動したらもう止まらない。だから戦いに負けた今でも茫はほくそ笑む。
セイバーあるいはアーチャーの力ならあの穴を破壊することも出来るだろう。だがこの特殊空間でそのような破壊を行った場合の余波は計り知れない。故にロマニには指示を出しにくい。
いかにカルデアのシステムが魔力を補うとは言え最大出力を放つにはマスターの介添えは不可欠である。だがマスターを危険な目に会わせるわけにはいかないとロマニは命令を下せない。
「やいやいやい!」
どうしたらいいとうなだれるロマニを笑うかのように白い獣は大声で叫ぶ。
「白天丸さん?!」
「要するにあの穴をぶっ壊せばいいんだろう? だったら俺の力が適任だ」
『そうか、あの羅刹の力なら。それにキミ達は真子ちゃんがそばにいなくても問題なく力を発揮できる』
「ですがそれは」
「恭介くん───」
確かに白天丸の力を使えば解決できるだろう。だがそれは、カルデアにとっては恭介との別れを意味する。
彼らは羅刹の力で穴を破壊しようとも無事かもしれないが、彼らが次元に大きな切れ目を入れたらこの世界へ再びレイシフトすることは不可能だろう。元々カルデアとは平行宇宙にある存在、繋がっているのは今この時だけなのだから。
わずか数日の関係ではあるが、珍しい協力者がいなくなるのは手痛い。それに真子との関係を考えれば寂しい別れだなとロマニは気遣う。
「僕のことは気にしないでください。それよりも僕達があれを壊したら恐らくここには二度とレイシフト出来ないと思うので、早く皆さんはカルデアに戻ってください。帰れなくなったら、人理の修復が出来なくなってしまいますから」
「せっかく会えたのに」
「惜しい気持ち解りますが、やっぱりアナタは真子さんだけど真子さんじゃないんです。二人の茫が別人だったように、似ていても別の人です。申し訳ないですが、いずれ僕は元の世界に帰ります。だから結局、いずれはアナタの側からは離れる運命なんです。だからそれがすぐ来ただけにすぎませんから」
「そっか」
恭介の言葉に真子はそっと彼に抱きついた。おっぱいをこれでもかと押し当ててサービスするかのように。
「真子さん?」
「そんなドライな言い方をして我慢しているけれど、恭介くんだって寂しいくせに」
真子は恭介の言葉を正しくとらえ、その上で彼の寂しさを指摘した。
彼の言うようにいずれ来る別れが今なのだろう。だが彼が寂しいかは別の話だし、一言も寂しくないとは言っていない。
恭介は自分の世界の真子を大切に思っているからこそ、この世界の真子を代わりではない一人の女性として見ていた。
「それは……」
「もう二度と会えないとは言わないわ。だから今度会うときは、そっちの世界のわたしにも会わせてね」
真子は恭介の額に軽くキスをすると体を離した。
恭介は真子とマシュをはじめ、通信先のロマニやダヴィンチも含めたカルデアと別れを告る。そして真子たちがレイシフトで帰ったのを確認すると式神憑依をして両手に羅刹の剣を抱えた。
「バイバイ、カルデア! またな!」
あふれでる泥を浄化しつつ、羅刹の力は開きかけた根源への道を断ち切った。聖杯が消えたことで黄昏の間も正常に戻っているのだろう。空がうごめき地には崩れた地面に白禍深獄に繋がりそうな洞穴が見える。
「今度はこっちに行ってみようぜ」
「そうだね、ハク」
式神憑依は解かれ、恭介は一人と一匹になる。
式神つかいと式神は、出会った人たちとの思い出を胸に次の場所へと歩いていった。
────
あれから二年後、七つの特異点を修復した真子の報告書を作るダヴィンチはあのときの体験を振り返っていた。
結果を言えば小規模特異点における職員の反逆行為とも言える顛末である。平行世界の住人との出会いやら黄昏の間やら白禍深獄やらと魔術協会には言いにくい事件が詰まった数日間は報告書にはあげにくい。
「流石にハロウィンやら今年のサマーレースやらに比べれば些細かも知れないけれど、さてどうやって誤魔化そうか」
誤魔化しこそすれダヴィンチはこの事件をなかったことにはする気はない。それは今でも真子が、もう一人の自分をつれてきた恭介と再開できる日を待っていることを知っていたからだ。