ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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fin.Hello me

 ()(がれ)時。昔の人は上手いことを言ったものだ。太陽の残滓か、はたまたあちらこちらをほっつく小火か――何の明かりがこの戦場を色づけているのか、わかったものではない。

 少しずつ万物の視認に手間取るようになる頃ではあるが、彼らは誰一人として目的を見失っていない。

 

「“リフレクター”と“ひかりのかべ”を五〇〇メートル圏内に展開」

 

 青と黄色、二色の光のパズルが組み上がっていく。バリケードとしての役を請け負ったそれは背が伸び、幅が広がり、やがて一つの巨大なドームを形成した。

 

「神殿、図書館、果てはジム……現状、これら重要な施設が無事なのは不幸中の幸いと言う他にない。この奇跡的状況を駄目にしないためにも、一気に決める」

 

 軍師よろしく作戦を説明するカイドウ。彼の挙手を以て、手持ちのシンボラーがゆっくりとフレイヤを空へ攫う。

 

「え、え、なになになに!? ちょちょちょちょ!」

「シンボラーを上空で旋回させる。お前はそこから、その『つながりの唄』とやらを聴かせるタイミングを窺え」

「な、なるほどわかっ、落ちるーー! 落ちるーーーー!」

「ありゃ聞いてねえな……たぶん」

 

 彼女を空中で半ば離脱状態にするのは、戦闘に巻き込まれることを避ける意図があった。カイドウにとって彼女の歌が通じるかどうかなどまるで知ることではないが、今のところの最善手の、それを実現するための、最も欠かしてはいけない人物だと判断したのだ。

 そして彼がそのように思うのは、フレイヤの他にもう一人。

 

「……アサツキ」

「あん?」

「あのデカブツの動きを止めるには、最終的にお前のローブシンが鍵となる」

「んなもんわーってるよ。だから」

「今は、戦うな」

 

「は?」遮る言葉を聞き、アサツキは頭上にエクスクラメーションを浮かべた。

 

「先程の競り合いを見た上での判断だが、恐らく今のローブシンでは(・・・・・・・・・)拮抗……よくて削り程度だ。俺達の攻撃に至っては注意の引き付けにしかならん」

「回りくどい野郎だな、要はどうすりゃ――」

 

 次の瞬間、は、と、何かに気付く。そのままアサツキはおもむろにローブシンへと向き、

 

「……“ビルドアップ”だ」

 

 カイドウの問いに対する解答を口にする。

 すると、全身に赤い湯気を帯び始めたローブシン。同時に上がる唸り声も発動の証拠だ。

 ビルドアップ――主にかくとうタイプのポケモンが覚える技であり、全身の筋肉を一時的に強化し、『こうげき』と『ぼうぎょ』の能力を向上させる効果を持つ。

 今でもあの巨躯と渡り合えるローブシンならば。そんなローブシンのステータスが上がったのならば。アサツキは百点満点の答えを述べた。

 それを確認したカイドウは、ユンゲラーを出して、皆まで言うのをやめた。

 

「となれば、俺達はビルドアップ完了までの時間稼ぎということになるな」

「なーんか脇役みてえで気に食わねえけど……、生活のためだ、いっちょやってやんよ」

 

 一縷でもいい、一筋でもいい。残った希望を通すために、各々が各々の役目を理解する。

 

「過剰な攻撃も瀕死を招く。力任せで黙らせるのはお前の特技だろう……一撃で決めろ」

「はあ? お前、こんな時まで憎たら」

「お前に、託す」

「!」

 

 かくして役者は揃った。

 

「ああ――やってやんよ!」

 

 あとは、力を尽くすだけ。

「行くぞ!」カイドウ、クロト、ハルクが一斉に手持ちを奔らせる。

 リングマが吠え立てた。狙いを付けるは切り込み隊長を買って出る水流の忍者(ゲッコウガ)。彼に気迫と共に打ち出された“きあいだま”が襲い掛かる――。

 

「“ねんりき”」

 

 甘い。そう言わんばかりに掲げたスプーンが、肉迫するところで光弾の軌道を一気に逸らして。

 

「“みずしゅりけん”だ、ありったけを叩き込め」

 

 生まれた隙は見逃さない。ゲッコウガは空気中の水分を集束させ出来た手投げ刃を、大量に投げ込んだ。それらはばしゅん、ばしゅんと矢継ぎ早に当たっては弾けてを繰り返すが、雀の涙。じりりとも動かない。だがそれでいい。

 

「グワ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 閃光――あえて表現するならばそれだ。

 次いで聞こえた言葉は『つじぎり』で、こちらが大本命。足裏から噴き出す水を推力に一気に加速、青い逆手の一太刀を袈裟にして、すれ違いざまに獣へと刻み込む。

 たまらず悲鳴じみた叫びを上げるリングマだが、ダメージとしては明らかに足りていない。怒りと共に振り返る形相がゲッコウガへ向いた。

 

「“だいもんじ”!」

 

 しかしヘルガーは余所見を許してくれない。

 大きな背中になぞられた橙の『大』の字。何よりも火力に物をいわせた一撃の痕跡。再度身を翻す巨体に、

 

「まだまだァ! “だいもんじ”! “だいもんじ”!」

 

 さらなる轟炎を重ねていく。

 追ってきた“ハイドロポンプ”と“サイコキネシス”も合わさった時、リングマにもう一度膝をつかせることに成功した。

 

「やるじゃないか。さすがはジムリーダー様だな」

「私語は慎め。相手に意識を集中しろ」

「まだ足りねえ! 続けていくぜ!」

「すごい……これが、トレーナー……」

 

 上空からその猛攻を見下ろしながら、フレイヤが呟く。さすがは凄腕、といったところだろうか。まるで付け焼刃とは思えない完璧な連携と指示で、リングマを圧倒する三人。言葉はおろかアイコンタクトもなしにこれをやってのける事がどれだけ離れ業か、素人でも想像に難いものではなかった。

 以降も上がる技の名が止むことは無く、着実にリングマを追いつめて、事が運んでいく。PGの後押しも十全に活きている。

 恙なく終わればいいというのはこの場の誰もが抱く共通の認識ではあったのだが。

「大人しすぎる」。

 アサツキは、彼女だけは、一歩引いた地点から何か妙な、得も言われぬ違和感を覚えていた。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 ――そしてそれは、不幸にも的中することになる。

 

「どわああッ!?」

 

 ずどん、と人を悠にプレスしかねない巨大な落石。厳密にはアスファルトの塊。三人は散り散りになって既のところで回避こそしたが――突然すぎる行動に、驚きを隠せなかった。向こうが今の今まで防戦一方で、かつ消耗していただけに、余計に。

 

「おい、なんだなんだ!? いきなり動きが変わったぞ!」

「確かに削っていたはずだ。どこからあんな力が……」

 

 急いでリングマへ向き直るカイドウ。

 肩で成される呼吸に、焼け焦げた肌の一部。そして眼鏡越しからでもわかる、瞳に迸ったその殺意――彼の状態をあらかた視認した後、起こった事を瞬時に理解した。

 

「そうか……“こんじょう”か」

「! リングマの特性か……!」

 

『こんじょう』。麻痺、或いは火傷といった何らかの状態異常に陥った時に“こうげき”の力が著しく上昇する特性。トリガーはヘルガーの炎技による火傷。カイドウの見立ては正解であった。

「早合点だったか」

 同時に彼は己のミスを悔いる。フレイヤに襲い掛かった時の速度を見て、もう一つの特性『はやあし』であると断定してしまったミスを。

 

「まったく、お前は口も余計ならやることも余計だな。こんな奴と組まされるとはな……依頼を受けたことを後悔するレベルだ。これだから浮浪者は」

「し、しょうがねえだろ! 火力が出て満足に戦力になりそうなのがこいつぐらいだったんだから! あと浮浪者関係ねえだろ!」

「来るぞ!」

 

 肉体を蝕む火傷の苦しみか、思い通りに行動できない苛立ちか、リングマは絶叫と共にその場でじだんだを踏んだ。荒れ果てた地面を、追い打ちかけるように叩いて乱す。

 一見無意味なように捉えられるこの行動だが、そんな風に感じているのは誰一人としてここにいない。

 

「――ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 そうやって発生した瓦礫の砲丸を、次の瞬間にはぶん投げてくると知っていたから。

 まるで爆撃だ――着弾の音が、人々の耳を劈く。たちまち沸き立つ塵煙が五感の二つ目、視力を間接的に奪い取った。

 続々と無差別、無作為、手あたり次第に土くれの弾を放つ様子は、まさに大暴走と呼ぶに相応しい。

 

「くっそ、こんなデタラメもアリかよぉ!?」

「防御技を備えたポケモンがいる者はその場で凌げ! 無い者は近くにいるそいつの元に寄れ!」

 

 戦地を滅茶苦茶にかき回される、混沌の中では。

 

「ダメだ……これじゃ作戦どころじゃない!」

 

 組み立てた戦術がガラガラと音を立て瓦解していく様子が、上からよく見える。そのうち、誰も彼もが凶獣の視界から退避していくのもわかった。

「攻撃を一時中断する! 各自、身の安全を最優先しろ!」

 カイドウがユンゲラーの“バリア”で衝撃を防ぎつつ、声を荒らげる。続けて視線を送るのは本作戦の第二のキーパーソンだが、直後、彼は目を疑った。

 

「おい、何をしている! ビルドアップを一旦解け!」

「託すっつったのは、お前だろ」

「周りが見えないのか!? この危険の中ではポケモンに満足な指示すら通せない、引け!」

「バカ野郎、それじゃ全部パーになんだろうが。大丈夫だよ……信じろ」

 

 彼女とその手持ちだけが、リングマの前から退いていないからだ。そればかりか、一歩も動いていない。

 頑なだった。ローブシンも当の彼女の判断に逆らわず、疑わずで、ただ黙々と無防備を晒しながら力をため込んでいる。傍目から見れば、愚の骨頂以外のなんでもない光景。

 心底理解できない、といった心情を飲み下し、されど逃げるよう促す。

 

「危ない!!」

 

 しかし時間は待ってくれなかった。防ぐことも、避けることも、誰かが割って入ることも。いくら上空からフレイヤが危機を知らせても、もう遅い。

 突っ込んでいく。灰の色した巨大な砲弾が。アサツキ目掛けて。

 世界がスローモーションになった。彼女の水晶体に映る、少し早めの月。不格好な満月。

 考えればわかる。理性を失うほど過剰な戦意に支配された者が、視界に入った唯一の存在に攻撃を加えることなど――必然だったのだろう。

 

「アサツキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 そうやってこの必然は、無残にまかり通る。世界が再び動き出した時、最初に聞こえたのは『ドン』という爆発にも迫る轟音。そして最後に見えたのは。

 一つの丸が、一人と一体がいた場所を無情に破砕した痕。

 皆静まり返った。呆然とした。唯一の希望が潰えたから。友を失ったから。

 理由は個人の差で変動するだろうが、誰にとってみても、致命的な損失であることに変わりはなくて。

 フレイヤは叫び、項垂れた。もくもくとうねる煙が眼下の惨状を隠しても、どうだろう。そんなものは気休めにすらならない。

 暫しの静寂を置き唇の裏で歯噛みして、リングマを見据える。覚悟と一緒に腹に決めた歌を、強引にでも届けようとする。今からシンボラーの尾羽を手放す。そういう顔をした。

 

 ピーーーーーーーーーーーーーーーッ。

 

 尤も、甲高い長音が出し抜けに鳴り響くまでの、話だが。

 消沈を破る笛にも似たその音の出所は、誰もが想像の及ばない場所。

「へ……?」フレイヤがか弱く漏らしながら目元の水分をくしくし拭い、今一度先刻と同じところに目を落とした。

 その時だ。

 

「……あっぶねえ」

 

 モノトーンの球体の向こう側で声がするやいなや、ひびが乾いた音を立てる。そこから瓦礫玉が欠け崩れていくまで、そう時間はかからない。ぴしぴし呻いて、バキン。ガラガラと泣きながら破片が毀れた。

 

「ギリセーフ、ってやつな」

 

 そうしたその先で、声の主は、従者と待っていた。

 

「アサツキ!? な、なんで……おばけ!?」

「生きてるわ! 勝手に殺すな!」

「だって、あんなのくらって無傷だなんて絶対……!」

 

 ともすれば、何の手品かどんな魔法か如何な奇跡か、仰天する周囲は云うだろう。しかし、種も仕掛けも確かに存在していた。

 フレイヤはアサツキの隣に意識を向けて、はっと腑に落とす。

 

「オレはいつだって安全第一だ。あぶねえ事はしても、怪我の可能性はなるべく潰す……工員の鉄則だっつの」

 

「んな」彼女が笑いかけ同意を求める相手は、土壇場で出したもう一体の手持ち――まるで彼女の趣味とでも言いたげな、テディベアによく似た剛腕ポケモン『キテルグマ』。

 二メートルを超える巨体と、クッションにもなるこの高密度の体毛ならば、あれだけの規模の攻撃から彼女らを庇うのは簡単だろう。し、こうして無事なのも合点がいくというもの。

 そんなことよりも、と、アサツキはさっきと同じように鋭い高音を鳴らす。正体は指笛だった。些かホイッスルほどに伸びの良い音色は出ないが、持つ意味はいつもと一緒。士気を高めて戦意を煽ぐ、物言わぬ職人の一吹き。

 それを以て我に返る戦士らは、もう一度叫びを上げ、狂戦士へと意気盛んに立ち向かう。

 おおおおお。続々といきり立つ叫声が武神を囃す。湧き起れと背中を押して、進撃せよと発破をかけた。

 

「オオォォォォォォォォォン!!!!」

 

 それはやがて、一つの希望を輝かせて。溜まりに溜まったフラストレーションを体内の蒸気もろとも発散し、遠く吼えるローブシン。彼が伝えることはただ一つ。「もういいぞ」の意思表示。

 もう二の足を踏む必要もない。主が静かに正面のリングマを指を差すと、抉れた足跡だけを置いて、ローブシンは猛烈な勢いで突っ込んでいく。

 

「本当に、滅茶苦茶をする。行き当たりばったりもいいところだ」

「……いいんだよ。これがオレだ」

 

 アサツキは、相棒を見送りながら言った。

 ――いつだってそうだ。

 高い壁は越えられるまで。長いトンネルは、抜けられるまで。

 自分は抜群に光る才能があるわけでも、優れた素晴らしい頭脳があるわけでもない。まして由緒ある技の担い手でもなければ、伝説を受け継ぐ存在でもない。何も特別な事はない――ジムリーダー『アサツキ』とは、そういう存在。

 複雑な事は考えられないし、凄い力もない。だからこそ、ただ一つだけ煌々と輝くものがある。それはジムリーダーとしての彼女が常に挑戦者に示し続ける事であり、また自らも忘れずに抱き続けているもの。

 何度でもぶつかっていくこと。幾度となく立ち向かう魂。

 自分には、それだけ。それしかないから。

 故に、彼女は今日も諦めない。

 

「――チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

 

 拳で、その在り方を語り続ける。

 それから鋼の肉体を得たローブシンが止まることはなかった。瓦礫がぶつかろうが、火を吹かれようが、一歩たりとも譲らず前進を続け、渾身のパンチをリングマへと叩き込んだ。

「今だ、フレイヤーーーーーーーーーっ!」

 連なるシンボラーの急降下。自由の歌い手はいよいよ仰向けに倒れたリングマの胸へ、真っ逆さまに飛び込んでいく。

 そしてつながりの唄が、奏でられた。

 極彩色の光が伸びる。それは歌を乗せて伸びていき、繭状になって一人と一体を包み込む。流れ込む穏やかな熱は、悪意に捉われた優しき獣の心を浄化していく。終局を告げる煌めきが広がる中で、寄り添い祈るフレイヤ。

 彼女のその姿は――――かつての英雄に見えた。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

 モンスターボールが、手から手へと渡る。

 

「ご協力に感謝致します。後日感謝状を贈らせて頂くので、遠くないうちに連絡がいくやもしれません」

「ああ……どうも」

「それでは、リングマはこちらでお預かりします」

 

 短い敬礼とそれだけ言い残して、PGが引き上げていく。すっかり訪れた宵闇に溶ける彼らの後ろ姿をぼうっと眺めながら、「あのモンスターボールが彼の暫しの寝床になるのだろうな」なんて、アサツキは考える。

『テルスの主は、無事正気を取り戻した』――結論は、ひとまずこれだけでいいだろう。

 暴れていた間に相当の攻撃を受けていたが、駆け付け診療したポケモンセンターのスタッフが言うには、命に別状はないとか。さりとてはいそうですかでテルス山に還すわけにもいかないので、一時保護してリザイナで精密検査を受けさせた後、ポケモンレンジャーの手で自然に戻されるそうだ。

 

「アサツキー!」

「のわっ、だ、抱きつくなよ! わかったから!」

「PGのオッサン共どちゃくそこわかったわぁ……すんごい剣幕で叱られたもん……」

「そりゃあ、あんな身投げみてえな真似すりゃなあ……。で、終わったのか」

「うん。途中何人かからサイン求められて要らない時間使ったけどね。ってか、気付くの遅すぎ」

 

 PGの事情聴取をやっと終えて、恋しかったぞとアサツキに頬擦りするも、クロトに襟を引っ掴まれ半ば強引に剥がされるフレイヤ。終始嫌がっているようで、「キシャー!」などとアーボックも真っ青な威嚇を披露。怪我人に優しくしろという割には、応急手当だけでぴんぴんとしているのはなかなかの笑い種か。

 

「ひ~、こりゃなげえぞ……夜通しかもしんねえ……」

「そうならないために必死こいて仕事するんでしょって。たのんますよ、ミナモ先輩」

「……あのなぁアラン、その先輩ってのやめろ。なんかこう、むずかゆい」

「あー……怠慢おじさんとかでいっすか」

「それは悪口が過ぎる! もっと落としどころってのを探せ!?」

「冗談っすよ。さ、仕事しましょ」

 

 道路清掃中のぼやきが聞こえた。派遣されたポケモンレンジャーらを一瞥。

 早速復旧に取り掛かっているようだが、こうも早期に行動できるのは、被害が区内全体の一割にも満たなかったから……という点が大きい。

 このようにダメージの少なさから、延いては死傷者もゼロ。街機能も路面電車の路線がやられた程度で、他に目立った損害はなくて。

 踏まれてひしゃげた車も、叩かれ崩れた建物も、邪魔と折られた街灯も。傷付いた人がいないとわかった瞬間に、何もかもが可愛く見えてしまう――不幸の中でも幸に縋ろうとする、ヒトの悪癖なのかもしれない。

 

「んーじゃま、行きますか」

 

 よっこらせ、と付け足して、瓦礫の山からハルクが飛び降りる。時刻はもう五時の半分を回っており、となれば約束の時間もとっくに過ぎていた。

 ところで、このあと数時間してから行われるフレイヤのライブだが――。

 

『やる! やるったらやる! 会場も無事、アタシも歌える! こんな時だからこそ歌うんでしょ!? 大変だからこそ希望ってやつは必要だし、人だって来るはずでしょ! なんでアンタはそんなこともわから』

 

 本人たっての希望で、行う運びとなった。

 この通りマネージャーとは仲直りどころか第二ラウンドにまで発展したようだが、曰く「楽しい思いをしたし、希望も通ったのでなんでもいい」らしい。良くも悪くもざっくばらんなところは、アサツキからすれば彼女とルーツを同じくする知人の顔を思い出す。

 

「行くぞ」

 

 先に背中を見せて促すクロト。それを合図にフレイヤとアサツキは向き合った。時間もないので、別れはシンプルに。この後控えたライブでも、話すことはできずとも顔を合わせることはできるから。

「ほんと、ありがとね」噛み締めるように礼を一言。そして続けて謝罪を述べようとしたが、人差し指がそれを許さない。

 

「やめろよ。今更」

「……うん」

「オレこそ、ありがとな。まあ、ごたごただったけど……でも、ほんとに楽しかった」

「うん!」

 

 また会おう。握手でそう誓って、離れるはずだった。

 

「そういや、カイドウどこ行ったの?」

 

 のだが、どうにもいない時に初めて存在感を発揮する男のせいで、それは叶わない。

 

「ああ……用事が済めばさっさと消える。いつもの事だ。礼ならオレから言って」

「じゃなくて」

「……?」

「しなくていいの? 仲直り、って言っていいかわかんないけど」

 

 アサツキは遮ったフレイヤの心理を知って、思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。

 

「いいんだよ、アイツは。っつか、オレらはそういうんじゃないっていうか」

「本当に? 心の底からそう思ってる?」

「な、なんだよ急に……」

 

 じ、と真正面から瞳を見つめられて、たじろぐ。彼女なりの気遣いというか、よかれと思っての世話焼きなのだろう。しかし自分と彼は正反対で、平行線の上を歩く存在であるからして、きっとわかり合えないし、わかり合うこともないのだろう。そう思っていて。同時にそれこそが安定した間柄であると、考えてもいる。

 磁石のように反発しあう一定距離。口うるさくて、感じが悪くて、配慮の「は」の字もない。そんな彼とは、そうだ。それが一番いいんだ。

 

「――それは、本当の(・・・)アサツキが望んだこと?」

「……!」

 

 平行線の向こう側から、私はずっとずっと見ていた。

 

『だが、たとえどんな生まれのどんな存在であっても、自由を行使する権利はあるものだと、思っている』

 

 やりたい放題する、身勝手な振る舞いを。

 それで、そのたびに考えてた。

 

『雨の中でも、傘を差さずに踊り続ける者がいたっていいように……全ては自由に出来ている』

 

 どんな気持ちなんだろう、って。

 そんな風にいられたら、どれだけ気持ちいんだろう、って。

 

『だって嘘つかないアタシが、一番したかったことだもん』

 

 ああ――、うん。

 私はずっと。

 お前を、知りたかったんだ。

 

 

「……わり、ちょっと、行くわ」

 

 

 いってらっしゃい。温かい送り言葉が、聞こえた。

 アサツキは、気が付くと駆け出していた。

 なんでだろう、どうしてだろう。勝手に体が動く。爪先が先走る。向かい風なのに。荒れた道なのに。どんどん前に進んでく。だんだん前にのめってく。

 街明かりを振り払い、雑踏の隙間をくぐって、流れる景色に目もくれず、走ってく。彼女はあの子へ、聞きに行く。

 

「い、いらっしゃい、ませ……?」

 

 再び来店したアパレルショップ。物凄い勢いでレジ前にまで立たれ、店員は困惑した。

 しかし、まあ、仕方のないことだ。急いでるから。答えを早く聞きたかったから。

 

「――このメテノヘアピン、全部買います!」

 

 あの子は、いいよと言った。

 釣銭も受け取らないで店を出る。突っ走りながらオレンジの星一つ取り出して、器用に綺麗に取り付ける。長いサイドバングがまとまった。

 もう迷うことも、余所見することもない。日向に出たあの子が向かう先は、真っ直ぐそのまま彼の元――。

 

 

「おい!」

 

 

 南区のビジネス街。の、ホテル前。カイドウは背中にぶつかる聞き覚えに、振り返る。

 するといたのは、衣装も乱れ、息も絶え絶えのまま、両膝に手を置くアサツキで。

 

「……なんだ、まだ何か用があ」

「オレとこの後、フレイヤのライブに行ってほしい!」

 

 そんな彼女が望んだのは。彼を知るための、ほんのもう少しだけの時間。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

 人の流れが激しい。ライブ終わりで会場を出てもなお、心身に未だ冷めやらぬ熱を宿したまま余韻を語る者達ばかりの、そんな午後九時の帰り道。

 

「……なんか、すごかったな」

 

 レニア川を見下ろす橋の上、アサツキは前を歩くカイドウへ苦し紛れの語彙力をさらけ出す。

 誘ったはいいが、内心まさかオーケーをもらえるなどと思っていなかったようで。ライブ中も今も自然な言葉が出ないのは、そんな事に面食らっているからでもあって。

 一方のカイドウは、彼女が此度の功労者であるが故に、彼なりの義理立てをしたつもりだったのだが――口にも顔にも全く出てこないので、多分逆立ちしても伝わらないのだろう。

 ライブはあんな事があっても大盛況で終われたし、最中だって確かに楽しめたが、終わってみればなんと気まずいことか。勢い任せの行動特有のものだ。

 

「あれで盛り上がる理由が、よくわからん」

「あ、あぁ……まぁお前からすれば、そうだろうな」

「だが。ひとつの芸術として見るのならば、奴の歌の出来は確かに目を見張るものがあった。十分な評価に値する。……曲の合間のトークは致命的だったがな」

「いや、めちゃくちゃ上から目線じゃねえか」

「客として来ているのだ、良し悪しを定める権利ぐらいはあるだろう」

「……ま、正論だわな」

 

 でも。無駄ではなかったと、思う。

 限られた時間で、十分な会話もできやしなかったものの。望み通りのことができたと思う。ほんの少しだけ彼に近づけたと、思う。

 歩きざまに撫でていた手すりから、掌を離した。長かった一日も、もう終わり。間もなく別れる、分かれ道。アサツキは一瞬、少々だけ足を早めてカイドウよりも前に立った。

 

「今日は、悪かったな。巻き込んで」

「まったくだな。一生分のお前の顔を拝んだ気がする。暫くはいい、というのが率直な感想だ」

「っお前は、毎度毎度本当に……」

「が、礼は述べておこう。今日に限っては、お前がいないとどうにもならなかったこともある」

「うわ、きもちわり。お前が感謝するとかきもちわり」

「一体なんなのだお前は」

 

「冗談だよ」軽快に言い残して、一足先に一人の道に入る。

 

「――お前のこと! ちょっと見直したかも!」

 

 そして振り返って、伝えたかったことを口にする。

 遠くで言ったのも、そうやって言った後にすぐ走っていったのも。何より彼女が恥ずかしかったからに違いない。

 近付き寄って、けれども最後はどうにも平行線なので。

 

「……なんだ、あいつは」

 

 やっぱり結局、伝わらないのだろう。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

『そういえば……カイドウさんから、預かりものが』

『ん? オレにか?』

『ええ。どうやら中身は漢方薬、とか』

『……?』

『「昨日のお前の言動は明らかにおかしかった。その悉くが意味不明だったし、支離滅裂だったし、はっきり言って薄気味悪いものがあった。疲れているに違いないので、帰ったらこれでも飲んで少し休め」――だ、そうです』

『あんの野郎ーーーーーーーー!!!!』

 

 

 

 ユオンシティの家路を刻みながら思い出すのは、ラジエスを去る間際にした、ステラとの食事中の一コマ。

 無駄に増えた荷物を嘆きながら、ため息をつく。

 今日も午前に少しだけ観光地巡りをして、昼食も現地で取った。フレイヤとの本当の別れも忘れず済ませ、ラジエスを出たのが午後一時。そこから帰りもバンバドロ・キャリッジの世話になり、気付けば日没。夕飯時。

 休めたかどうかで言えば全くそうでもない気がする休日だが、旅情を思い出す彼女の面持ちが清々しいものだったので、良しとしよう。

 

「ただいま」

 

 頭を動かしながら歩くうちに家に到着、アサツキはやっとその羽休めを終えた。

 上がると「おかえり」と優しく迎えてくれる母もいれば、「ニュースで見たよ! 大丈夫だった!?」と心配してくれる妹もいて。脇のダンボールで取っ散らかった廊下の景色も、ちょっぴり鼻先をくすぐる木の匂いも、古臭いテレビが陣取る手狭な居間も、夕食の準備に慌ただしいキッチンも。何もかもが自分の帰宅を教えてくれる。

 長旅に出ているような感覚だったのもあり、やはり疲れていたのだろう。足を止めてすぐに、テーブルの傍らでどっと腰を下ろした。

 

「えー、この服すごいかわいいんだけど! ってか、ヘアピン! ああっ!」

「なんでも、都会では流行らしいぜ。八色あるから、お前にもワンセットやるよ」

「やったー! お姉ちゃんありがとう!」

 

「めっちゃ買っちゃたし」これは独白で終わらせる。

 妹と荷物を崩し広げながら、あれやこれやと確認していく、そんな折だった。

「おお、帰ったのか!」父が二階から降りてきた。

 

「うぉい、ってなんだその髪飾り! 似合わねえなぁオイ……イメチェンか?」

 

 そして開口一番で人の気に障っていく。

 すると当然と言うべきか、なんと言うべきか、やはり沈黙が押し入って。母はほとほと呆れた、という表情を、妹は「あーあ」なんて落胆を、それぞれ見せる。

 間違いなく悪くなる雰囲気。しかし気付かないのがこの父であり、この鈍感男。何故この男の遺伝子からこんなにも繊細な娘が生まれたのだろうとさえ、母は考えていて。

 気まずく思ったヨルガオがフォローを入れようと、今にも口蓋を持ち上げた、その時だ。

 

「――おめーは可愛げってモンを知らねえのか!! 仮にも娘だぞ!?」

 

 他でもないアサツキが、父に怒号をすっ飛ばした。

 それはなんとも初めてなことで。新鮮で。

 

「おぉ!? ……お、おお」

「ちったぁ頑張って女気出した娘を褒めたらどうだ! ええ!?」

「な、なんだよ、そんなキレるこたぁねえだろぉ……!?」

「似合うよな!? 似合うな!!? 似合うって言え!! おい!! 似合ってるーーーーーーっ!」

「だー! わーったよ! に、似合ってる! 似合ってるからそんな近くで叫ぶな! 悪かったって! ごめんて!!」

 

 けれど、嘘をつかない彼女の、偽りのない本当の声で。

 家族全員が目をまん丸にした光景を、彼女はきっと忘れないだろう。

 

 

 

「おねえちゃーん! お風呂空いたよー!」

 

 一階から声がする。

「今行く」それに反応し、職人は携帯をベッドに放った。

 長らく眺めていた待ち受け画面がぱっ、と光る。

 

 茶髪の少女と、彼女を中央に挟んで仏頂面のままフレーム外に視線を逸らす男女が映る、そんな画像が――。




《一件の通知》
早速連絡するよ!今度の公演はセシアタウンってことで、移動中です!途中で寄ったフレンドリィショップで売ってた新作スイーツがどっちゃくそおいしくて、思わず叫…
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