ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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03.奇妙な共同戦線

 人は、精神が恐怖によって完全に支配された時、体が震え始めるという。

 漫画やドラマでも、登場人物の心情を見ている者へわかりやすく伝えるための演出として、その動作は頻繁に利用されている。

 そしてそんなシーンを観るたびに、毎度……という訳でもないが、はたと「本当か?」などという疑念を人並みに感じていたりもした。

 

「神様、仏様、お父様、お母様……神様、仏様、お母様、お父様……」

 

 ――本当だった。エルメスは進行形で慄きながら、そう思い知る。

 

「だー、うるっっっせえなあもう!」

「貴様らァ、何の話をしている!」

「ひえええええええごめんなさいごめんなさい煮るのも焼くのも甘んじて受け入れますからどうか楽に早く一思いに未練も残らない程の手際でお願いしますお願いしますぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

「すまない、ずっとこうなんだ。抵抗の意思はないので、続けてくれ」

 

「妙な真似はしない方が身のためですので、お忘れなく」その服に袖を通すにはあまりに若すぎて、それでいて繊細過ぎる少女『テア』が言い残した。

 よもやバラル団に危機を救われることになろうとは、十数分前の自分は思わなかっただろうな――と、隣でひたすら震えあがっている彼女を一瞥し、しみじみ思うジェリオ。

 しかし彼らが慈善事業や道楽でそのような真似をする者達でないというのは、世俗を鑑みてよく理解している。

 であるならば、だ。今こうして自分たち四人を半ば拘束状態にしておくには、相応の狙いがあるということだろう。

 想像力を働かせる。彼らの目的はなんだろう。幹部すら出張るこの規模で、どうしてここにいるのだろう。

 先程から、動かぬゴローンをモンスターボールで捕えている。戦力となるポケモンの確保か。

 傍らで幹部格の男はぼう、と壁画を眺めている。ラフエル絡みの何かか。テソロが言う“対極の寝床”か。

 

「(ダメだ、見当がつかない)」

 

 何かわかれば相応の対応も出来るというものだが、生憎、推理が噛み合わない。あまりに生きる世界が違い過ぎる人物ゆえ、思考をなぞれないし、計ることさえままならないときた。

 現在の認識を共有するのもなくはない。でも、横で腕を組んで壁に寄りかかる探索者(テソロ)が、自分の話をすんなり聞き入れてくれるとは思えないし、だからといって逆隣の彼女は縮こまって怯えるばかり。さしずめテロリストを前にしているわけだから、無理もない反応だとは思うのだが――今はそうあるべきでない。

 だったら、彼はどうだ。年齢に少しの心許なさこそ残るが、現状一番話を通しやすいはずで。

 

「……おまえらの狙いは、なんだ」

 

 少年が、彼の最も避けていた選択をあっさりと取ってしまったのは、そんなことを考え付いた矢先のこと。

 ため息と共に項垂れる。無駄話の時間を作り、脳内の整理を阻害される悪手を差してしまった、と。

 カエンの投げかけに、横顔はゆっくりと角度を変えた。そしておもむろに近づいてきた。二〇〇センチにも及びかねない背格好のせいか、それとも佇まい由来のもののせいかわかりはしないが、並々ならぬ威圧感を伴って。

 

「大方のんびりと山登りに来て、奴らに襲われた。ってとこか」

 

 気迫に圧されて身構える男らも、ピークに達した恐怖で伏せる女もお構いなし。ワースは彼らの前に来るやいなや、煙草を吹かしながらあっけらかんと質問を返す。

 

「な……、おい! ひとの話聞いて」

「でもって手持ちを全ロス、成す術なくして尻尾巻いて逃げたら迷子になっちゃった、と――抵抗しねぇのはそういうことだな?」

 

 遮られたことへの不満で下から叫べど、まるで意に介さない。視線一つもよこさない。

 特段表情を変えずにそれしきをやるあたり、よほどのマイペースなのだろう。反してピジョットも驚く鋭い目に観念したジェリオは、横向きのままに出された問いへの回答を述べた。

 

「ああ、何も違わない。俺たちは例外なく皆そうだ」

「けっ、いい大人とジムリーダーが雁首揃えて情けねえなぁ……三文にも満たねぇ茶番じゃねえか」

「俺たちが聞きてえのは、あんたらがその『情けねえ俺ら』をこれからどうしてくれるのか……ってところなんだがよ」

「……さあて、ねえ」

 

 浸るように空虚ばかりを望んでいた大男が漸く関心を示したのは、親指よりも短くなったやに。だがそれも束の間、押さえていた人差しと中の二本指をぱっと開いて、ほろっと放り捨て、踏み蹴る。

 

「今んとこ、俺の一存で決められはすっけど……、あー、どうすっかなぁ」

 

 そしてソフトケースの一振りで出す、もう一本。現れた尻を直接咥えて容器を引く。着火も勿論忘れずに。

 本人はさらさらその気はないのだと、傍目からでもわかるのだが。気乗りしない声と言い淀みで、却って命を握られているような緊張感を覚えてしまう。「なんでもできるのだぞ」という、包み隠さぬ絶対的な余裕や優位性。その類。

「野郎の判断が」だとか「後々面倒」だとか、音量不足で断片的にしか聞き取れなかったが、煙りもろともぶつくさと垂れていた独り言が終わる。続いたのは、

 

「お前ら、“アレ”見て何か感じたか?」

 

 更なる質問。

 まるで意図が不明な問いであったが、そこで芽生えた疑問以上の疑問が、彼らから素直さを引き出した。

 

「変だった。おれの言葉が通じないし、話も聞いてくれなかった」

 

 とりわけカエンは知りたくて知りたくて仕方がない、そういう顔をしていた。故の即答で。

「いや、あれは声そのものが届いてないっていうかんじもした……凶暴化?」次の瞬間、言い直すカエンを見て、明確な意志を瞳に宿したワース。わかる者にはわかる、何かしらを腹に決めた時の目だった。

 

「……そうか、お前ら、そこまでは理解してんのか」

「? ていうか、なんでもいいからもうたばこ吸うのやめろ! くさい!」

「このガキが仰る通り、変だ。今ここでは、目に見えて異常が起きている」

「だーかーらー! 無視すんなよ! おい!」

 

 マイペース同士は、どうにも波長が合いづらい。

「えらく饒舌だな。訳知りのようだが」ジェリオはどうにか掴みかけた情報を手繰り寄せんと、繋げやすい言葉を投げかける。

 

「がっつくなよ。俺らがここ来たのはそれが理由になってる」

「このポケモンの凶暴化が、ということか?」

「ッハ、やっぱあんたらが一枚噛んでたってことか」

「人の話は最後まで聞け三流。俺はまだ全部言ってねーぞ」

「チッ……なかなか気に障る野郎だ」

 

 口元の棒っきれから灰を落として小休止を挟み、再び話し始める。

 今この場で起こっている事を。混沌の渦の、その目についてを。

 

「何週間か前にラジエスで起こった“テルスの主暴走事件”を、覚えてるか?」

 

 商売根性だろうか――求めるワードを聞いた瞬間に、エルメスは正気を取り戻した。以降は会話に聞き耳を立てていく。メモ帳だって忘れない。

 

「凶暴化したリングマが下山して暴れた、あの」

「ああ。経緯も原因も不明、わかることと言えば『何かしらの強烈な衝動ないし感情で、理性を失っていた』ってことぐらいとされている(・・・・・・)、あれだ」

「覚えてるも何も、おれの友達が起こしちゃったことだから、忘れられない。戻ってきたら何があったかをきこうと思ってる」

「その必要はねぇよ」

 

 ワースが言わんとすることの意味は滞りなく伝わって、口車はより加速する。

 

「……目撃者が言うには、そのリングマはべらぼうに強く、夜に見た雨空みてえな、赤紫色の眼をしてたらしい」

 

 顔を見合わせる四人。先程の光景を脳内で再生し、わかる。ゴローンのそれと一致した。

 

「それで、こっからはまだ公表されてねえことだが……覚醒作用のある薬物反応が検知された、とかなんとか」

 

 話はぴくりと身体を跳ねさせ反応を示すカエンを置いて、さらに続いていく。

 

「なーんでだろうねぇ。野生のポケモンがお薬を摂取する機会なんて、一体どこにある?」

「きのみの中には、食べるポケモンの体質次第で、毒物になったりするものもあるというが」

「だとしても、ひと月足らずの短期間で、そんな偶然がこうも頻発するか? それに山のポケモンを相当数狂わせちまうようなやべーきのみが成っているなら、この件はとっくに起こってていいことだし、環境保全団体(ポケモンレンジャー)だって黙っているめぇよ」

 

 回りくどい言い回しがひどくじれったく感じたのだろう「何がいいたいんだ」と、急かすカエン。

 確かに話し手は煙草もあって唇をもたつかせているが、それでも話は少しずつ、ちゃんと真実に近づいていた。そして同時に、一部の者はそれに気付き始めていた。

 

「……まさか、人間の仕業だと言いたいの?」

 

 決まり手だった。

 ご名答。ワースがエルメスの発言を肯定するのと同じくして部下たちはゴローンの捕獲を完了、したっぱの報告に対し手短に待機を命じる。わざわざ自分たちの行動を休めてまで発する一言は、この後彼らを激しく緊迫させることとなる。

 

「んで、だ。――これを引き起こした奴は、まだこの山のどっかにいる」

 

 彼らはしかと耳に放り込んだ。混沌の主が、未だこの地にいるのだという事実を。テルスの主暴走事件の犯人が、今も山中のどこかに潜伏しているのだという現状を。

 勿論、相手が相手なので、全てを信じられるわけではない。ばらまかれたパズルのピースは一つずつ精査していく必要があるだろう。ジェリオは頭を回すのに割いていたエネルギーを、今度は口を動かすことに使った。

 

「俺たちにこれを教えたということは、この一連の事件にバラル団(あんたら)が関わっていないということの証明になる――そう捉えても差し支えはないか」

「さあなあ。情報ってのは水物だからよ、その値段はいつでもテメーの目一つで判断しなきゃならねぇもんだ」

「委ねる、ということか……。いい、信じよう」

「おい、お前なぁ」

 

 まるで立場が交代したように口を出すテソロ。表情はまるきり疑ったままで、その様たるや信用の「し」の字も感じられないほど。だがジェリオは頑として揺るがなかった。そうするに足る確信と、それを裏打つ彼らの決定的な情報を持っていたからだ。

 

「世界に根差す悪意というのは、何も一枚岩とは限らない。これは合っているか?」

「黙秘だな。けどまぁ、そうではないと思ってんなら、そいつぁ能天気が過ぎる。悪かねぇ着眼点だ」

「悪者にも悪者の事情があり、合う合わないがある。でも、そこは問題じゃない。恐れるべきは『そうなるまでに悪意が浸透してしまった』現状――それそのものだ」

「なかなか脳みその詰まりがいい。んじゃ仮にお前さんの言う通りであったとして、俺はその『現状』について、どう思っていると考える?」

 

 手堅く、時に大胆に。知りたい者と、知られようとしない者。水面下に苛烈さを敷いた、壮絶な情報戦が繰り広げられる。

 幾度と掴みかけるが、要らぬ言葉尻をまるでトカゲの尻尾のように切り離し、ワースは悠々と逃げていく。しかしジェリオも負けじと食らい付く。深みまで追いかけるのは、適した時、適した場でとっておきの切り札を切りたいからだ。

 

「――『ポケモンへは故意に危害を加えない』というバラル団の理念に反したその存在を、今のバラル団は目障りで仕方がない。違うか?」

 

 例えば、こんな風に。

 

「……ハハハハハハ!」

 

 数秒黙り込んだ後に、沸き起こる高笑い。これがワースのものだと予期するのはさしもの部下らも難しかったようで、視線を釘付けにする。

 

「いいじゃねえか。おもしれぇ、おもしれぇよお前」

 

 灰がぽとりと落ちた時に起こったしたっぱへの呼びつけが、問答の終了を告げた。

「おい、ポケモンの予備あったよな」「い、いいのですか。奴らは」「お前だってさっさと休みてえだろ? わーったらさっさと出せ」

 四人が理解の及ばぬやり取りを見ているうち、テアは再び彼らの視界に現れ、一人につき一個のモンスターボールを配る。

 

「『ワルビル』が入っています。暗闇でも目が効き、周辺に多く生息しているいわタイプに有利なじめんタイプです」

「これは……」

「貸すだけですよ。ワースさんが人を気に入るということは、滅多にないことです。光栄に思い、感謝してください」

 

 あまりに突飛な行動だったものだから、手元を瞥見して面を上げるテソロ。

 

「お前らを外に出してやるよ。但し、条件付きだがな」

 

 愕然とした。願ってもない言葉が、望んでもない相手から飛んできたから。

 信じられずに目を点にする者、そもそも言っている事すら飲み込めなくて二度見をする者と十人十色な反応を覗かせるが、曰く『商談』とされた彼の提案は、構うことなく展開される。

 

「その兄ちゃんの当たりだ。俺達は今、一連の事件の犯人を追ってる。理由は一貫して『バラル団の理念に反した行動を取っている』からだ」

「正義の味方ごっことは、ずいぶん柄でもねえことをするな」

「『それもある』ってだけだ。ポケモンをおかしくする薬物――どんなカラクリかは知ったこっちゃねえが、そいつぁ俺達にとってえらく都合が悪い」

 

「……いや、誰にとってもそうか」言い直し、さらに繋げる。

 

「出入口の張り込みや、他ポイントの捜索で別働隊も出てる。だから、ここでとっちめる。んで出来ればその怪しさ満点のおくすりの出所も知られりゃ御の字だが……、まあ、難しいだろうな」

 

 間髪容れずに提示するのは、彼らにとって、

 

「ま、それはそれとしてだ。あんな具合に次々と狂ったポケモンの相手してちゃ、どんどん目的の達成に遅延が生じるんだわ」

 

 より難しいとされる問題。

 ここまで聞き、この処遇に至った原因が四人にも徐々に見てくる。

 

「人手不足、と?」

 

 些かフライングではあったが、エルメスから出た言葉を、ワースは否定しなかった。

 

「そういうことだ。今は猫の手でも借りてえってな」

「そこで、俺たちか」

「お前らは絶賛遭難中。で、山のポケモンが鳴りを潜めてんのは、多分この件と無関係じゃねえ。ビビって出てこねえだけなのかもしれねえが……地元の山が荒らされてんのは、ジムリーダー様にしても穏やかじゃねえだろ?」

「おれたちに、わるものの手伝いをしろっていうのか!?」

「構わねぇよ、嫌なら嫌で。どうぞ正義を有り難がって野垂れ死んで、ポケモンの餌にでもなってくんな」

「へっ……何が商談だ。足元ガン見じゃねえか」

「取引にもタイミングってもんがあってな。株、貿易、販売、サービス、何にでも言えるこった」

 

 誰かが、藁にも縋りたくなるほど溺れる瞬間を待つ。あるいは見つける。信ずる者が神以外になくなった時が、至上の売り時。商売の鉄則だ。

 煙草の火を瞳に映して掲げたのは、否定の余地がない、ぐうの音も出ないほどの正論であった。

 ぐらりとした鈍い輝きに、ジェリオ、テソロ、エルメスが揃って畏怖を覚える。

 的確に状況を見抜く観察眼も、さることではあるが――何より自身の問題解決のためとはいえ、得体どころか素性すら不明な見ず知らずを平気で利用せんとするその飛躍的発想が、常軌を逸した何かを感じさせたのだ。

 形だけ見れば、利害の一致以外のなんでもないのだろう。特段断る理由も見当たらないし、ややもすれば飲んでもいいのかもしれない。しかしそれでも顎が重たいのは、きっと彼らがこの男から薄々感じていた、前述の要素からなる恐ろしさのせいだろう。

『強か』なんて言葉でさえかわいく思える。バラル団とは、世界の悪意とは、こういう者がいる。こういうぶっ飛んだ、まるで化物すら凌ぐ思考力の持ち主の男が属している。

 だから数々の悲劇が起きた。数多の人が絶望した。

 選べ――悪意の一端が言う。事の解決に協力するか、このまま死ぬか。

 選択の時だ、嫌でも彼らは答えを出さねばならない。全容は把握したが、本当にいいのか。これでいいのか。生存のための理論が、「戻れない道に踏み入ってしまうのではないか」という感情に押さえ込まれる。

 流れた汗がとうに冷え切った頃。そうやって二の足を踏み続ける者達の中で、それでも、と呟き、前進する人影一つ。

 

「……おれ、手伝う。ポケモンのために」

 

 カエンであった。

 少年は勇ましくも、静かで強靭な意志を胸にし、怖じることなくワースと向き合う。

 

「へえ、ずいぶんとお利口さんじゃねえか。ラフエルの末裔が悪党に加担していいのかい? ご先祖様が泣いちまうかもしれねえぞ」

「……英雄は、みんなの希望になるためにいる。そのためなら、わるものになることだってあるかもしれない」

「図太いねえ……、あの壁画を見てなお、それが言えるたぁな」

 

 二人が視線を向けるのは、同時。見るものも同じ。

 軌跡をいくら刻んで、どれだけ語り継がれたって。いつもいつでも、意思というのは絶対に正しく伝えられない。その時を生きていた人の気持ちは、心は、その時を生きていたその人だけのものだから。

 仮にこの所業が本当のものであっても、それに至るまでの心情の機微までは判らない。もしかすると彼はこれを正しいと信じたのかもしれないし。だが、そんな脆い屁理屈のような希望に縋る気はない。けれども。

 

「ほんとにラフエルがこんなことして、それを信じたくなかった人たちの嘘がラフエル英雄譚をつくったんだとしても――いい」

 

 子供ながらに、

 

「それでもそれは、その人たちにとってかけがえのない希望だったと思うから」

 

 自分の奥底で確かに生きる英雄の声を、決して否定してはいけないと思った。

 

「だから、曲がりなりにも人を救って希望になっているから、ラフエルは間違ってない、と?」

「そうだ。おれはポケモンたちとわかりあう奇跡をのこしてくれた、あいつを信じる」

「詭弁だな。見たいもの見て、信じたいように信じて理想の虚像を見出す――凡庸にして無能、何にも変えられやしねぇ、無益な大衆の無価値な理屈だな」

「それでも、だれかを救ってくれるものだ。つらいときに助けてくれるものだ。夢を与えてくれるものだ」

「違うねえ、そいつぁ逃避ってんだ。そのきっかけを与えたところで、そんなモンは甘えた少数にしか響かねえ。世界なんて救えねえ。出来てせいぜいテメーの周囲ぐらいだ」

 

 ワースは子供でも容赦のない一蹴を浴びせる。しかし仕方がない、彼の癖のような、趣味のような“値踏み”はいつもこのようにして行われている故。普段は資金繰りを担当して表立った行動もないものだから、こんな風に名前の売れた人物に会って、少し興が乗ったのだろう。

 が、それもここまで。所詮子供か、なんて内心で吐き捨て、彼から視線を外す。いくらジムリーダーでも、夢でしか語れない凡骨であった。

 

「いいじゃん。目の前のやつも救えないで、英雄になんてなれないだろ?」

 

 そんなことを考えていたところだったものだから、その回答には思いきり後頭部をぶん殴られたような気分にされてしまった。

 無垢――思わず見直した先に置かれていたものは、それ。どんなに穢れを目の当たりにしようと、悪意に囚われようと、己が往くべき道を確かに照らす高純度の火。男が一服で焚くそれなど目ではない。夢と希望を乗り越えた先で、『誓い』という名をしてめらめらと燃え盛る、眩しい焔。

 

「それに、嘘でもかなえれば本当になる。ラフエルになるんじゃない。おれはおれとして英雄になって、ラフエルを超えていく」

 

 決して、見失ったりしない。皆に聞けと声を上げた。英雄カエンの決意表明だ。

『見ていたもの』は同じでも、『見えていたもの』は何一つ違っていた。少年の言葉からそれを知った時、ワースはフッ、と小さく笑う。

 含む意味を察するまでに経験が足りているわけではなかったが……彼がそれより先に、何かを言うことはなかった。

 

「カエンくん……」

「やるじゃないか。俺が彼ならば、きっと言えないことだ」

「チッ……しゃーねえ。悪党に子供一人だけ預ける訳にもいかねえだろ」

 

 カエンが口火を切ったのに続いて、決断を下す三人。答えは言わずもがな。

 

「んじゃ、ま――決まりだな」

 

 長の一声で、灰の一団は新たな仲間を囲い込んだ。そして、先を往く。

 かくして奇縁で引き会った四者は、騒動の収拾という必然の下に集結した。

 

 英雄の民に、記述者に、探索者たち――果ては、世界の悪意。彼らが同じ方を向いて進むなど、在りし日のラフエルは思い描いただろうか。予想しただろうか。

 この運命の悪戯が後にもたらすものを、彼らはまだ知らない。

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