ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~ 作:裏腹
「お前に構っている時間」
「はい」
「それは、俺にとってひどくひどく惜しい」
「はい」
「故に。俺は。お前に。時間を。割かない」
「はい」
「わかったな」
「はい」
「よし」
「ところで」
「なんだ」
「いつ頃弟子にしてくれますか!」
サイコキネシスッ!!!!!!!!!!
先刻のルカリオを超える速度でユンゲラーに指示を繰り出すカイドウ。その瞳は澱みがひたすらうねっていた。疲れ目というやつだ。いやひょっとすると弱り目ともいうかも。
もちろん技は出ない。皮肉にもここで行き届いた教育を発揮する。
「アアアアアアアアアア!!!!!!!! ユンゲラーの柔らか尻尾をッ!! 毛を!! 一本一本確かに味わうッ!!!! もふっ! もふっ!! もふッ!!!」
トレーナーからは普段禁止とされている人間への攻撃を指示され、初対面の人間からは密着されひたすら尻尾を握られるユンゲラーの脳内は、もはや戸惑いを通り越して混乱にまで至っている。ただでさえ伸びてくしゃくしゃになっている髪をよりくしゃくしゃにする主の様相も相まって、第三研究室内は混沌を極めていた。
「まったく……いいかい少年、ここは君のような子が来ていいところじゃないんだよ? なんといってもラフエルが誇る叡智が一手に集結する場所、CeReSなんだから……あ、アイスティーでよかったかな?」
「ヒース!!!!!! 茶を出すな!!!!!!!」
「まあまあいいじゃないか、こういう賑やかなのも一興ってね。ずっと静かで狭いところにこもっていてはカビとキノコが生えてしまうよ」
「こうも疲労するならばキノコ人間でもパラセクトでも構わん……」切なる願いが虚しく響く。
アルバは再びカイドウの前に現れて以降、弟子にしろの一点張りでいる。曰く、
「最強を目指す身として、強者であるあなたから学びたいことがたくさんあるんです!」
らしい。何度断っても壊れたレコーダーのようにこれを繰り返すのだから、たまったものではない。
話を聞いていないのか、嫌がらせなのか、その実態をいまいち把握しきれてはいないが――手持ちのルカリオから制止のチョークスリーパーをかけられてもなおユンゲラーの尻尾の心地を堪能しているのを見るに、常に本能で生きているんだというのは理解できた。
「何度も言うが、俺にはお前に教えることなどない」
いくらたじたじになろうが、これだけは絶対に曲げない。断固として。意地のようなものだ。
自分のしたいこと、すべきことをする、そんな日常への軌道修正を図らねばならない。
『カイドウ研究員へ連絡致します。シエル様がお見えです。繰り返します、シエル様がお見えです。至急、応接間に向かってください。至急、応接間に――』
「…………」
尤も、それが成功するかどうかは、別の話。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「私のポケモンを、探してほ」
「さらばだ」
応接間を全力で退室しようとしたところ、アルバに全力のブロックで止められた。
「どけろもうたくさんだ!!!!!」
「まあまあ話ぐらいは聞いてあげましょうって!!!」
「俺はこのガキを知らなければ、交番を勤務先にした覚えもないッ!!! なんだ!! 何の災難だと言うのだ!!?? そしてなぜ貴様はここにいるのだ!!!??」
カイドウは一旦の深呼吸で乱れた思考を立て直す。そうした後に、眼前で座る七、八歳ほどの少女を見下ろした。半ば子供に向けるには酷すぎる冷ややかさを秘めてはあるが、疲労困憊故だ、許されよう。そんな考えが根底にある。
「今、消えたポケモンを探せ、と言ったのか?」
その問いに、こくん、と小さく頷く、カイドウと同じ銀の髪をした少女。外見から伝わる年齢よりも、ずっと大人びた雰囲気が見て取れる。名を『シエル』。
曰く、ポケモンの失踪。しかして発話の意味は理解できても、発言の意図までは残念ながら汲み取れなかった。
それは平素からあまり他人と関わらない彼の生来の質ではあるのだが、今回ばかりはそういった事実を抜きにしたとしても、今とまったく同じ反応になっていたことだろう。
それだけこのシエルという子供は、場違いな真似をしていたことに違いない。
「悪いが、ここにはお前の望むような者はいない。俺は探偵でなければ、ましてやポケットガーディアンズでもない。そういったことは――」
「それはわかってる」
暗影すら感じさせる落ち着きの下で行われた言の葉の遮蔽にただならぬものを感じたのだろう、カイドウは開きかけの口を結んで、大人しく聞き届けることにした。
「でも、ポケットガーディアンズはこういうことじゃすぐに動いてくれない」
「そう、だよね。ペット探しの類だもんな。それでなくても、今は全土で騒がしいバラル団で忙しいだろうし……」
「だったら、待てばいいだろう」
「待てないから言っている」
またしても、勢いのままに発話をぶつける両者。
次は彼も多少の身じろぎがあった。駄々をこねるような印象は、受けなかったがゆえに。
アルバもまた、彼女一人によって放たれた殺伐とした空気、間に気圧され、すっかり黙りこくってしまった。
「ここには、優秀で凄い人ばかりがいる、ってお父さんが言ってた。どんな不思議も解き明かしてくれる、凄い人が沢山なんだ、って」
俯いての視線は、非常に安定しない。だがしかし、それが訴えるものは何よりも固く、それでいてぶれを知らない。
「中でも、カイドウっていう人は、本当にすごいんだ――って」
あと少しばかり床に足りない足が、ぷらんと揺れた。
何が彼女をそうさせるのか。何が彼女をここに運び込んだのか。
「お願い。私のキノココを、見つけてほしい」
焦りにも、恐れにも似たその表情の真意は、程なくして明かされる。
「私の、友達なんだ」
ぴくり。カイドウの指が小さく動いた。ポケットの中ではあるが。
「たった一人の……、大事な友達なんだ」
その二文字に、興味を抱かなかったと言えば嘘になる。
「だから……」
「いい」
「!」
「もういい。わかった」
懐かしむ訳ではないし、望んだモノでもない、と思う。というよりも、今からでもその気になれば手に出来るのかもしれない。だから、もう入手できないことを前提としてこのワードを扱うのは、少々間違った認識だろう。
「とりあえず、引き取り願おう」
「…………」
「か、カイドウさん!」
そうだ。
確かに自分には縁遠いものでこそあるが、そんなに珍しいものでもない。惹かれるような部分はなかった。共感など以ての外。
ただ、それでも、しかし。
「――明日の午前一〇時、もう一度ここに来い」
「……へ」
幼少の頃から、気になったものは放っておきたくない。
気にならなくなるまで調べて、観て、知り尽くしたい。
「今日はもう日も沈んでいるから、明日から探すと、そう言ったんだ」
ずっと変わらずに持ち続けてきた探究心だ。
時に自分を苦しめる枷となり、時に自分を守る盾となったそれが、幸か不幸か、シエルの言葉に反応した。
ただ、それだけ。
「……うん、わかった」
なのだが、彼女にとっては、とても嬉しいことであったようで。
「ありがとう」
下げた頭と上げた口角が、よく語っていた。
「それじゃあ、また明日」
ここからまた、少年の長い一日が始まる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『ようこそ! 明るい未来を作る街、リザイナシティへ!』
街頭ビジョンにでかでかと掲げられる電子文字だが、地元の人間はもう慣れっこで、目も暮れやしない。
車輪の付いた幾体ものロボットが、あちこちでゴミを拾う。道案内をする。緑の植え込みを整備する。
ホログラムの道路標識は音も用いてわかりやすく通行人を整頓するし、その合間を縫うように道を走る車は、エンジン音もなければ排気ガスもない。まるで進むだけの箱だ。
公園では仮想現実として生み出された光の球が、同じようにして光るラケットを持った男子二人にはたいて回される。
まるで未来を髣髴させる街並み。ここがリザイナシティ。最先端の科学都市。
「待ち合わせは……中心の海洋研究所『Mystic』前だよね……」
時と共に流れる雲を、多様な鳥ポケモンが鮮やかに彩る。
ビルの谷を駆ける忙しないスバメが、少女の真横をすり抜けてった。
「ひゃっ」風に煽られたか、少女が思わずそちらへ、自然な回れ右。
「…………」
「やあ! おはよう!」
「あ……二人とも。おはよう」
それは、二人の少年と一人の少女の、再会の合図。
元気な手の振りを見せた後、三者は合流する。
「ほんと、リザイナシティってすごいなあ。屋台販売まで無人で行ってるなんて……ロボット工学のロマンを感じちゃうよ」
そう言って朝食のホットドッグを頬張るアルバの表情は、今から友人との遊興でも控えているのかと思えてしまうほどに明るいもので。
「明らかに目的を見失っているだろう、貴様」となれば、そんな疑念が出るのも無理はなく。
「というか、なぜ貴様までここにいるんだ」
「言ったじゃないですか、弟子入りですよ!」
「もう、勝手にしろ」
「てことは!」
「俺も勝手にやらせてもらう」
「へへ、やった!」
気が違いそうになる主張も、一晩置けば冷静に処理できるもので。
「何より、困った人を助けるのは強い人の役目だし! 僕も強くなるために、お手伝いするよ!」
「アルバくん……、ありがとう」
「の前に、一旦喉が渇いたから、あっちの屋台でトロピカルきのみドリンクを」
「あだだだだ!」
ルカリオに耳をひっ掴まれ、連行。たった数秒前に雄々しく胸を叩いた甲斐甲斐しさが、遥か太古の事柄のようだった。
やれやれ――内心そんなありきたりな呆れ文句を垂らし、カイドウは現場へと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――状況を整理する。事が起こったのは三月一八日未明。又気付いたのは朝六時のことで、隣で寝ていたはずのキノココが、忽然と姿を消した」
「その時まで変わったことは何一つなくて、キノココ自体にもおかしな点はなかった……かあ」
「うん……、おとなしい性格だから、夜中に勝手にどこかへ出ていくような真似はしないし、その跡も全然なかった」
「うーん、今でもどっかに隠れてたりして。おーい」
真面目にやれ。そう言わんばかりの形相をしたルカリオに尻を小突かれ、アルバはまたも悶絶する。
三人の捜索活動は、滞りながらも行われていた。
現在地である、なんということはないマンションの一室、この場所こそシエルが生活を営む場所であった。
顎に添えられた左手は、そこから何分も離れていない。キャラクターとしても人気なポケモン『プリン』の絵柄があしらわれたベッドの前でひたすらに考え込む、約四尺九寸にも及ぶ男。
もう一体の手持ち『シンボラー』による、土地の残留思念の読み取りを行うことが出来れば、何もかもが一発で解決することなのだが――どうも連日の根の詰め過ぎで疲弊し、その行為が阻まれているらしく。
昨日否定した、それこそ探偵の真似事をする他になかった。
「本当に、何も変わったことはなかったか?」
「えー、と……あ」
「なんだ」
「寝てる間に、こわい夢をみた……?」
苦し紛れの質問に、苦し紛れの答えが返る。
たぶん、きっとと連ねた後、絶対を上書きして「関係ないな」と言い放った。
「だよね……」
「密室で、なのにポケモンが消えて……謎だらけだよォ」
「お父さんとお母さんも家にいれば、もしかしたら変わったかもしれないんだけれど」
「そうそう。パパとママはどっちも働いてるんだったっけ」
「うん。いつも夜が遅いし、忙しいときは帰ってこない日もあるんだ」
「それで、一昨日と昨日がたまたまその日だった、と?」
無言の頷き。そして今日も。後から付け加えられた言葉でわかった話。
「はえ~、そりゃあこんなにしっかり者になるわけだ」
「あ、お茶、淹れてくるね」
「あーお構いなく! って行っちゃった……」
足が小さいと、スリッパも小さい。そしてスリッパが小さいと、足音も小さい。
微かであっても、そうやってペタペタと鳴るその音は、集中を重ねているカイドウにとっては看過しがたいものであったのかもしれない。図らずもそこへ向く視線が、その度合いを示してくれた。
「――待て」
その時だ。
はけていくシエルの後姿を引き留めるカイドウ。何事かと、シエルは戻ってきた。
「来い」下から上へと人差し指を動かす、およそ子供に行うべきではないジェスチャーだが、表情から何かの発見を察したのか、シエルがカイドウの傍で足を止める。
「どうしたの?」
「スリッパを脱げ」
きょとんと見上げる少女の前で屈んで、次なる指示。それを諾って、彼女が望み通りの行動を取ると、おもむろにスリッパを持ち、見つめるは真黒い裏の部分。
「カイドウさん?」
「これは、なんだ」
独り言が指しているのは、そこに付着している白い粉のようなものだった。
「これ、ええ? えっと……ゴミ?」
「埃にしては密度がある。塵にしては整い過ぎている。小麦粉にしては細かすぎる」
「あ僕に聞いてないのか。そうなのか」
張り巡らされたフローリングを見るに、清掃は行き届いているようだから、簡単にゴミの類が付着する訳はない。そういった見立ての上で、覚えた違和感。
何かが掴めそうだ。大きな何かが。しかしあと一歩が足りない。小脇に抱えていたノートとペンをぽいっと放り、ポケットに常備している使い捨て実験用手袋を着用、人差し指でその『粉状の何か』を絡め取った。
いくら近くで凝視しても、その瞳は顕微鏡にはならないし、眼鏡のレンズは眼鏡のレンズのまま。プレパラートが恋しい。
だが持ち帰る時間も惜しくって。頭を捻って、脳みそ絞る。その矢先。
『ずっと静かで狭いところにこもっていては、カビとキノコが生えてしまうよ』
ヒースの何気ない一言を、思い出した。
直後、は、と目蓋がより上へ行く。全てが繋がるかちり、という音が頭蓋の内側で響くと、
「――胞子、だ」
カイドウの口は反射的に、粉の正体の名を滑らせた。
「ほう、し? 頭に被るやつですか?」
「それは帽子だよ、アルバくん」
茶番を意にも介さず、話が進む。
「キノココは、きのこの性質を備えたポケモンだ。他にもカントー地方のパラス、アローラ地方のネマシュ、カロス地方のタマゲタケ等がある」
「うーん?」
「そしてそれらには、『過度なストレスを受けると、胞子を散布する』という共通点がある。何よりもきのこの特徴だからな」
「そうか! ダメージを受けると胞子をばらまく特性を持ったポケモンがいるって習ったけど、今挙がったポケモン達がまさにそれか!」
アルバにしては珍しくバトル以外での閃きを見せたが、それも束の間、
「で、つまり、これが胞子ってことで、要するに……?」
再び首を傾げると、あっという間の本調子。
やはり難題の前で頭にクエスチョンを浮かべる二人を無視し、カイドウはあるポケモンを出す。
猫の額ほどの空間いっぱいに爆ぜ散る光の中から“とりもどきポケモン”の『シンボラー』が顕現する。
「“ミラクルアイ”だ」
目というものは、認識できる範囲に限界がある。それは眼球の位置関係からなる物理的なものであったり、或いは種の眼球そのものの発達度合いが設けているものであったり、様々。カイドウが今しがた放った指示は、そういった限界を一時的ながら取り払う、ある種の魔法であった。
「――
「カイドウくんの目が、虹色に……」
「……やはりか」
片手間でシエルとアルバに手袋を渡し、少し離れた位置の床を撫でさせるカイドウ。
「これ……また、胞子?」
「こっちにも!」
ミラクルアイによって進化した視界を共有して、わかること。
マンション室内の至る所に、同様にして胞子が散らばっていること。
「これだけの量の胞子が撒き散らされた痕跡があるということは、もうわかるだろう」
「……それだけ、ストレスをかけられていた?」
「そうだ」
そして。
「それも、急激にな」
それは自然に生活する上では、明らかに起こりえない現象である、ということ。
「どうやら、この騒動――ただ事ではなさそうだ」
後々からわかったことではあるが。
胞子は、点々と標のように玄関へと続いていた。そしてそれを辿って扉を開けると、さらに一本の線となって続いていた。
まるで、誰かに示すかのように。
不穏の音が、欹てた耳に潜り込む――。