ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~ 作:裏腹
十数分ほど、足を刻んだ頃だろうか。路地に入っても、虹の石の光はよく届く。ぽつんと照らされた一輪の花が、喜ぶように揺れている。
追いかけてくる気配がぴたりと止んだのを確認し、ユキナリは振り返る。そうしてひとまず自分が謎の集団のターゲットから外されたことを確信した。
職業が職業故、日常的に鍛練をしているので、滅多なことでは息が上がらない。
(一体何者なんだ、奴らは)
だから全力で走った後も、思考を円滑に巡らせられる。無意識が足元で丸くなった紙くずをくしゃりと蹴ったところで、より深淵へと及ぶ考え。
――顔は、進行形で隠している。ただの通り魔というのも思いづらい。まず暗躍街の住人にしては小奇麗すぎる格好をしていたし、何より一連の動きが素人のそれではなかった。
以上の事から筋道を立てれば、必然的に自分たちの正体を知っていたと断定するのが自然だろう。さらに言えば、『三人が顔を隠してここに訪れることを知っていた者』としたなら、一気に限られてくる。
ユキナリの内心で、嫌な可能性が過った。それは口にするどころか、脳内で言葉として形成することさえ憚られることで。
「……くそっ」
要らないことに思考力を割いてしまった自分への苛立ちを、小さく吐き出す。そして暗示のように独白する。今はやめようと。合流地点――取り引き場付近に向かおうと。
垂れた頭を上げ、今一度歩みを進める。そんな彼の意識を引っ張るように、目の前でバラル団が横切った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
バァン。バァン。
鼓膜を引きちぎるような炸裂音が、街中に響き渡る。揺れる空虚に、人々はなんだなんだと騒ぎ立てる。ごみを漁ってその日暮らしの飯を探すチョロネコは、たまらず震えて隠れ忍んだ。
何度潰されたかもわからない空き缶が、またも重ねて踏みつけられて。そうやって越えていく四つの人影を、物憂げに見送った。
――カミーラの逃走劇は、虹の石の乱反射の下で。
「モテモテね。私もまだまだ捨てたもんじゃないかしら」
銃を所持した二人に、フワライドに伴って爆撃の指示を送る一人。発見できた時点での全ての敵が、カミーラ一人に狙いを集めた。
本当のところは、このような冗談を吐いている場合ではない――いや、冗談の一つも吐きたくなるほどにひっ迫している、とも云えるか。
目まぐるしく移り変わる景色でも、人波が真っ二つになっていく光景だけは、未だ変化がない。
後方からまた一発、弾丸が吐き出された。踵のすぐ後ろでバチュン、と音が跳ねたが、構っている場合でもあるまい。何より体の一〇センチ以内を掠められるのは、もう慣れた。
ここかしらね。呟きの直後、カミーラがまた消えた。猛追に向け三度目の煙のバリケードが張られたのだ。
「三度目のスモーク。クロウ2、振り払え」
走りながら落としたスモーク弾は存分に与えられた役目を果たすが、そうやって伸びる目くらましの手を紫の光弾がぶち壊す。フワライドは決して逃がさない。
ドン、と轟きが走ると、忽ち白煙は地面共々ブロック状に砕け散り、道を拓き直した。
立ち込める悲鳴が絶望をかき立てるが、カミーラとて無策ではなくて。
「目標、タクシーに乗り込んだ! 逃がすな!」
視えた瞬間が図らずもよーい、どんと重なった。暗躍街の交通手段の一つである、ケンタロス二頭が牽引する牛車が、強烈なスタートダッシュを切った。
「お、お客さん……! なんか訳ありだけどもね!? ウチは物騒なのはお断りで」
「金は出すから黙って走りなさい! さっさと、早急に!」
「で、でも、ここらへんは入り組んでてスピードが」
「障害物なんざぶっ飛ばしなさい! 止まったら頭に風穴開くわよ!」
「ひぃぃいいいっ!」
運転手が己が命の危機を知るのは、後方の爆音だけあれば充分であった。黙して速やかに鞭打の手を早める。応じて速度を上げるケンタロス達。
「呆れちゃうわね。とんだストーカーだこと」しかし、束の間の休息すら与えられないのは、言わずもがな。ぐらつく窓越しに後ろを覗いたカミーラの眼に映るのは、学名で“火の馬”と呼称されるポケモン『ギャロップ』。
二頭がそれぞれの主を背に預かり、たかっ、たかっ、と大股で此方に迫ってくる。さらにその後ろにはフワライドが制空権を誇示しながら進攻してくるというのだから、たちが悪い。
「来るわよ!」
銃撃、三度。鉛玉が車部分の骨組みに歪みを与え、乾いた笑声を上げた。
「わ、ワアアアアアアアッ!!!!」
「振り向くな! 走れ!」
お構いなしに、次は車輪への一撃をお見舞いする。まだ遠いのもあってか、どうにか本来の機能を失わずに済んだ。
運転手は恐怖にたまらず、減速も忘れて雑な軌道を描きカーブ。角にあった家の壁を盛大にぶち壊したまま激走する背中へ拍手を送り、「やればできるじゃない」とは、カミーラの賞賛だ。尤も嬉しいものではないが。
双方が双方を視認できなくなったのは、ほんの僅かな時間の話。
「お客さん! と、跳んでます、跳んでますよ!」運転手が絶叫した。ギャロップが宙高く跳躍し、追跡ルートのショートカットを図ったのだ。
この高跳び、手品に非ず。“とびはねる”という、れっきとしたポケモンの技である。追跡者は建造物の背丈を嘲笑うように次々と飛び越え左右に展開、先に回って逃走経路の封鎖を行う。
(市街戦も折り込み済み、か)
建物が立ち並ぶ、複雑に入り組んだ地形での戦闘を考慮した上での、ギャロップ。カミーラはなるほどね、と腑に落とす。そして『かもしれない』という疑念を、確信に変える。
こちらの正体を知った上で、明確にこちらを殺す気だ、と。
「お、お、お客さんんんんんんんんんんん!!」
気を締め直した刹那、運転手の悲鳴が前方の存在を気付かせる。それはどういった現れ方をしただろうか。横から飛び出す? 空から降り立つ?
どれも否。
「あ」
「“つのドリル”だ」
このサイドンというポケモンは、突如としてストレート上の地面を突き破り、立ちはだかった。続けざまに怪獣じみた巨体は鼻の上に携えたドリル状の大角で、二人と二頭をいともたやすく打ち上げて。
どがしゃん、尋常ではない衝撃が襲った。反応が遅かった。すぐ後に、客車は原型がないほど粉々にひしゃげ、砕け散る。
「――――チルタリス!」
が、まだだ。まだ終わらない。空で散り広がる木材片の中で、戦士はいよいよ従者の封印を解いた。
さかさまの世界に放り投げたモンスターボールより顕現するは、優雅を体現する、純白の翼のドラゴンポケモン『チルタリス』だった。
天使の歌声のような囀りと共に、落ちるカミーラと運転手を背に掬って飛翔、バックで待機していたフワライドのシャドーボールも悠々と回避し、ゆったりと斜線を描いて離れに降下する。
「チッ」すぐさまギャロップが大ジャンプ。この集合住宅を越えた先に出る大通りが標的の逃げ込んだ先だが、生憎と人通りが多くって、何も見えなくて。
しかし男の一人は躊躇なく、着地がてら周囲の適当な人間を一名、撃ち殺した。すると一瞬にして、どよめきの海に阿鼻叫喚の嵐が吹き荒ぶ。
「そう遠くへは逃げられまい。じきにお前を隠す人だかりも消え、視界も晴れよう。無駄な真似はやめて出てきたらどうだ?」
最低最悪な人払いを行った張本人が、逃げ惑う者らの歪んだ声の中心で、ターゲットを呼んだ。
『誰が』
それに短く応じるカミーラ。でも、どこまでも姿は見せない――たとえ芸がないなんて言われようとも、だ。
またもや煙の誤魔化しを始めた。同じ手の一点張りでいよいよ男もばかばかしくなってきたようで、フン、と鼻から笑いを漏らしてしまう始末。
「クロウ2――」
振り払え。コードネームに簡単な指示を送ろうした時、事は動いた。
一歩踏み込む足音と共に、後方左斜め四五度ジャストから、人影が迫って来たのだ。
いくら強がっても連中は煙が邪魔で、そして手早く除去したくて、その事実は何一つ変わらなくて。だからこそ命令中に敢えて突撃し、不意を打つ一手――。
「とでも言うと思ったか?」
を、打ち砕く一手。オートマチックが空薬莢をひり出した。それ以上の説明は要るまい。
戦闘のプロは、あくまでも彼らとて変わらない。相手の狙いも考慮するのは既に常識としてあった。銃口が綺麗に死角へと向くと、出る弾はどひゅう、と鈍く呻いて急所へ捩じ入った。
無残に噴く赤黒の体液が、一つの生命の終わりを告げる。
「プロなんだから、死に様はしっかり確認しなさいよ」
「!?」
聞こえるはずのない声に、火急な動作で向き直った男。
視界を潰した上での完全なる死角からの攻撃は読み切ったし、射撃も正確に額へと行った。何一つ不備などなかった。ああ、チェックメイトだった。
「私の“その顔”に惚れて、追いかけてきたんでしょう?」
「馬鹿な――!」
尤もそれは、『相手が本当にカミーラであったなら』の話で。
もし、仮に。足元を転げる亡骸が、本人がほんの数秒前まで繕っていた偽りの顔を被せただけの別人であったとしたら。
もし、仮に。ずっとこの瞬間を狙っていたのだとしたら。
「なんッ」振り返る水晶体に、薄青の髪が反射した。そこから覗く凍てつく眼光が、色鮮やかに映り込んだ。素気なくトリガーを引く指が、悪魔のような微笑に包まれた素顔が思い出させる。
彼女も人殺しであった、と。
「――あげるわよ、それ」
炸裂と、排莢。直後、男の意識は脳髄もろとも飛び散った。そして溢れ出る不可逆な生命のジュースの如く、それが戻ることはなかった。
依然続く目くらましの中で起きた銃声は、外で様子を窺う同胞を駆り立てるには十分であった。もう一頭のギャロップが突っ込むが、
「へぁ、――ア゛あ゛ぁァァァァあ゛あ゛あァァァァァァァァァァッ!!」
主の声帯が焼き切れそうなほどの絶叫を残し、すぐに音沙汰がなくなった。
「ストライダー1、どうした!? 応答しろ! ストライダー1!」
それはあまりに一瞬の出来事だ。上下二分割した人体の上半分が、どろどろにとろけた臓物を垂れ流したまま靄の外側へと放り捨てられる。偶然仰向いた顔面が、仲間であることを教えてくれた。
なんだ、何が起こっている。次々と転がる展開で脳にバグが生じ、頭の中が疑問だけで埋め尽くされた。
「ぐ、おお!?」
しかし、そんな悠長を誰が認めるだろうか。
「あーと、ひーと、り」
答えは、誰一人。
短兵急に押し掛ける瓦礫の塊がその身を掠めた時、充満する不定形のパーテーションが漸く晴れた。
開いた視界で望めた影は、カミーラと、傍らにもう一つ。
「この状況で、“ツンベアー”だと!?」
厳密には、もう一枚の手札なのだが。
ヒトを真っ二つに分断してしまう剛力も、大型ポケモン二頭を忽ちに眠らせてしまう強さも、この白銀の巨躯の仕業とすれば、全て合点がいく。狂戦士よろしく返り血に染まりし獣――ツンベアーが唸る。
銀世界の覇者は、雪がなくとも強い。殺意にぎらつく瞳が、上空の死神を捉えた。地面に打ち付ける拳。つられて盛り上がる道は、舗装が甘いばかりにたやすく歪んで、土くれの山を形作った。おかしなことはしていない。今しがた行った動作を、もう一度繰り返すだけのこと。
白熊がそれを引っ掴んで握ると、掌の中でめきりと砕けて複数の玉へと姿を変える。
「……まずい」
震える喉を通る冷気がより濃くなって、食い結んだ歯の隙間から漏れ出る。
「まずい――!」
とかく命というのは、本当に脆いものだ。少しの暴力で、こうも簡単に失われるのだから。
カミーラの「ストーンエッジ」という短い指示が、そのまま最後の一人へ向けた死亡宣告になった。伝達からほどなくして上げた雄叫びで縛り付けたフワライド目掛け、ツンベアーは振りかぶった腕を一気に回し下ろす。前に踏み込んだ足が強烈な膂力で大地を抉ると、投擲された土塊は砲弾へと変容した。
「た、たいちょ」飛んでいくとんでもない速度は空気の層を突き破り、逃げる相手をひっ捕らえ、やがてそれらを屠って。あっという間に完成した蜂の巣は、深紅の蜜を垂らしながらどこぞへと落ちていった。
「はあい。お片付け、終了」
カミーラが口元に付いた血液を舐め取ると同時、鮮やかにして悲惨な殲滅行動は幕を閉じる。
気が付けば人っ子一人いなくなっていた。誰にも見られていないという状況が寧ろ目立ってしまう、そんな状況。
しかし他人の目どころか存在すら歯牙にもかけない彼女には、関係がなかった。おもむろにツンベアーをモンスターボールに戻し、引き千切られた“男だったもの”へ歩み寄る。意図は一貫して身元特定。
「一体、どこの誰がか弱いレディにこんな真似をするのかしら?」
死体に話しかけてるのか、自分の手持ちへ語り掛けているのか定かではない。されど知りたいことは言葉通り、しっかりと決まっている。そんな風に明確な疑問を持ったところで、この状況下となれば誰が襲撃してきても不思議ではないのだが。
ポケットを漁り、身ぐるみを剥ぎ、転がして様々な場所を舐めまわすように見ても、ヒントらしいものはなし。何にとは言わないが、物理的な意味で深く突っ込んで探ってみようかとも考えたりはしたが、残念ながら時間が足りていない。
優先順位は決まってる。適度なところで切り上げ、合流地点へ向かおう。
そう思っていた。自分を称える誰かの拍手が、聞こえてくるまでは。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――刻限が迫る。
ユキナリは不意に目に飛び込んだバラル団を尾行していた。いるはずのない場所にいたものだから、足取りを気にしたのだ。
するとどうだろう、エリアは北、二番地、三番地、四番地とどんどん深くへと入り込んでいく。そしてやがて辿り着いたのは。
(北区五番地の飲み屋……、まさか、本当に)
この瞬間、疑惑の怪文書は偉大なる予言へと様変わりを果たした。
特に変哲もない、看板が飾られているだけのごくごく普通の一階建てに、灰の色に身を包んだ者達がどんどん集結していく。白昼堂々Bのエンブレムを掲げ罷り通る姿に些かの違和感を覚えるが、そんなことは数秒先にはどうでもよくなっていて。
「グライド様、こちらです」
その名を、確かにユキナリは聞き逃さなかった。下っ端団員に先導され、出入り口を潜るくすんだ金髪。一般の団員にはなく、班長クラスのそれよりも長いグレーのローブ。それは幹部の証明で。
「グライド」というのは、幹部格最上位であり、実質組織ナンバー2に座す男の名であった。
ユキナリという刑事は、勘というものをあまり信用する質ではないが。あまりに異質で、それでいてただ事ではないこの状況ばかりは、本能が背中を押した。
考えるより先に、体が動く。
『思い上がりは人を弱くする』
一瞬だけ。合流するまで待つ――交わした約束が足にブレーキをかける。だが、それは彼自身が望むところではなかった。
隠れていた壁に、添えた手。もし、彼女らが時間まで来なかったら。もし、今ここで連中を逃したら。
『のう。――“表”は、今でも明るいか?』
もし、彼らを救える機会が、今しかないとしたら。
『アンタさえ、アンタさえヤツに負けなければ! 父さんも母さんも死ぬことはなかったッ!』
――もし、それを逃すことで。“あの日”のように、届かぬ手の無力さを味わってしまうのだとしたら。
それはきっと、消えぬ十字架を抱え続ける男にとって、この身を引き裂かれること以上に耐え難いことなのだろう、と。
「……傲慢であったとしても、僕は、この身を賭して成し遂げなければならない」
そんな風に、思う。
ユキナリは、通りすがるバラル団の一人を、背中から路地裏に引きずり込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ちょっとぉ、急いでるんだけれど?」
また同じスーツか。カミーラはそっくりの格好の連中に先程殺されかけたものだから、悪いイメージのままに吐き捨てる。辟易、という表現が適当だろう。
先を行く気こそあれ、素性を確認するよりも前に手にしたのは、モンスターボール。傍目から見れば不自然であったに違いない。逃げる姿勢すらちらつかせないから。
「戦うのか。ああ、それはいいね」
片や戦闘態勢に対して、微笑のままにカミーラのスタンスを肯定する、すらりとした若い黒髪の男。余裕の演出か、はたまた実際に余裕があるのか。
「よく言うわよ、逃がす気なんてないくせに。散々女をとっ捕まえて食い散らかしてきましたーって顔してるわよ、色男」
「心外だね。こう見えて一途なんだ。君に夢中とでも、言っておこうかな」
「あら、ごめんなさいねぇ。ミステリアスな男は嫌いじゃないんだけれど、私の前に立つものは例外なくブッ壊すことにしてるの」
「危険にして、強硬な思想。それもまたいいね」
「ンフ、気に入った?」
端から戦う選択こそが最善であると判断した彼女の不敵な笑みを見れば、自ずと答えは出てくる。
『違う』のだ、他とは。深紅のネクタイに刻まれた黒い十字模様は、今しがた処理した奴等にはなかった。眼にしたってそう。生きているはずなのに明確な魂の向きを示していない。輪郭から滲む空気はこれまでにないほど面妖で、異様。およそ人が発するものではないとすら、思える。
いるのに、いない。生きてるように死んでいる。
それはまるで――。
「じゃあ――――惚れた女に氷漬けにされる最期ってのは、どうかしら」
亡霊のようで。
ビュオ。冷え切った風が巻き上がる。楽し気に空を舞う水の小粒は、ビキビキと悲痛な叫びを上げながら絶命した。その時凍気は訪れて、暫しの冬期を連れてきて。
氷獄の女帝による召喚に応じた蒼白の
「時間がないの。本気でいくわよ」
「ああ。話が早くて、本当にいい」
ジャケットが揺れ、髪が靡いて見えた破顔。討つべきは“黒色十字”および『マルマイン』という雷の爆弾。対話の機会が出来たところで“こちら側”とさえわかれば、多くは必要ない。
彼女は知っている。彼も同じく、命のやり取りでしか誰かと繋がることが出来ない人種である、と。
「私の名は“クルス”。咎人カミーラ、君を終わらせる者だ」
クルスと名乗る男は、雷電が迸る先でそれ優しく肯定した。
闇色の世界に、白雪が降る――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんだ」「騒がしいと思えば」「どうなってるんだ」
その現象は、暮らして長い地底都市の住人にすれば、よほど久しいことだったのだろう。はらはらと灰雲からこぼれ落ちてくる雪に対し、人々が多少大袈裟な反応を口々にする。
無邪気に喜んだり、家がないために悲しんだり、単に邪魔に思って怒ってみたり。
アルマはどうだろうか。彼女は。
「支部長が、戦闘に入った。捕まった……?」
町中に伸びる冷気の手を背に感じ、空を仰いで、確証を得た。
カミーラが逃げきれなかった事実を雪空越しに知り、内心で愕然とする。それも、主力中の主力であるキュウコンを出す――よほどの相手だということにも、驚きを隠せなくて。
「それほどまでの戦力だというの?」そんなモノローグを紡ぎかけたところで、アルマはハッと目を丸くした。
「いや、違う……! 最初から支部長だけが狙いだったんだ……!」
追手があっさりと自分を諦めたのも。国家レベルのトレーナーに本気を出させるほどの戦力を用意したのも。全部カミーラというピースを当て嵌めれば、無理なく理解が及ぶ。
初動の散開させるフワライドの一撃も、こちらが目立つことを避けている意図を知らなければ、取れない行動で。
「くっ、やられた――!」
何もかもが先方の筋書き通りであった。しかし気付いたところで、もう遅い。指示はとうに通った後であり、自分一人の行動一つで全体に大きな影響が出るタイミングにまで局面は進んでいた。
手のひらの淡雪を握り潰し、モンスターボールを持ちかけて止まる。やはり加勢にはいけない。
何よりも――。
「……あの人も、きっと」
今、一人にしてはいけない存在が、他にもいる。
「支部長なら、上手く切り抜けてくれる」アルマは己の肉体が唯一である事実を悔やんで歯噛みしつつ、独白して合流ポイントへと歩み直す。
そして足を早めた。
(急がないと……!)
「やあ」
間もなくすれ違う、鉄とも血ともわからない生臭さに、
「――!?」
「こんにちは」
一閃されるとも知らないで。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いらっしゃいませ、こちらへ」
バラル団の衣を装ったユキナリは、取り引き場とされる店の中へ入るやいなや、訳知り顔したバーテンの人間味を感じない無機的且つ事務的なハンドサインで、奥の下り階段へと案内された。
別段大きな店でもなかった。だからといって寂れているわけでもなく、適度な席が適度にあって、適度な広さで適度に酔える、地上の世界にある酒場と何一つ変わらない風景。
しいて違うところを上げるならば、客が街の治安相応である点と、店内が汚れていて些か不衛生、という点だろうか。
地下の地下へと繋がる道のりはただでさえ薄い明かりがより薄くなって、終いには暗さに包まれた。だがそれも束の間、突きあたる扉を開いて部屋に出ると、ウイスキー色の光と再会を果たす。
そこには一目でわかる高級品のソファとテーブルが置かれていた。また空間にも大いに余裕があって、ビリヤード台があり、ダーツスペースがあり、一つだがカジノテーブルも備えられているという豪華さ。ユキナリは偏屈な芸術家が作っていそうなオブジェや絵画に睨まれながら、知る。此処は特別会員用の部屋、いわゆるVIPルームというものなのだろう、と。
「おい、遅いぞ。何やってたんだ」
「すまん、少し道に迷っていて……」
敵地という事もあり、必要以上の情報を遮断する意味合いで皆自分と同じくフードで顔を隠していたのが偶然にも幸いした。一階の小汚さが嘘にすら思える整備された幾何学的模様の床を歩き、仲間の集まりへと入り込む。
どうやら暗躍街のメンツはまだ到着していないようで、卓越しに向き合う二つのソファの一方にだけ、グライドが座っていた。その後ろを立って固める下っ端が、四人。自分が意識と衣服を奪い取った下っ端も含めた場合、現状でもバラルは最低六人いるという計算になる。
(しかし、何より気がかりなのはこの選任だ……何故これほどまでの男がここに出張ってくる? それほどまでの取り引きとでもいうのか?)
背後から一切ぶれない姿勢を凝視し、独白を巡らせる。外部組織との接触には、同じ幹部のクロックという人員がいたはずであるから、この状況は余計にユキナリの疑念を加速させる。
何故こいつなのか。何故奴ではないのか。何故高いリスクを背負うのか。あれやこれやと考えるうちに、
「来たぞ」
答え合わせする者は、現れた。
「よォよォ、皆様ちゃーんとお揃いで」
――それは、祭り上げられたものなのだろうか、勝ち取ったものなのだろうか。
「制服もお行儀よく着込んでらして……あーあぁ、相変わらずだなァ」
今や、それを知る者は殆どいないのだろう。
「そうだ、雪解けの日のニュース、見たぜェ? お元気そうで何よりだ」
しかし、一つだけ明確にわかっている事がある。
「遠路はるばるご足労頂き、感謝するよ」
この男もまた、強大な闇を支配する力を持っているという事だ。
「――ようこそ、
名乗らずとも、わかる。月さえその巣に絡め取り貪ってしまう、夜蜘蛛のような佇まいをした――このゴトーとは、そのような男であった。
悪の饗宴が今、始まる。