ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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03.「交じり合え」と運命は言う

「しっかしよォ、久々にお誘いがあったんで、どんなヤツが来るかと思えば……」

「…………」

「よりにもよって一番おもしろくねぇのたァな」

 

「姉ちゃんの一人でも持ってこれんもんかね」一見、ぼろぼろのレザージャケットに広い肩幅が映える大男――だが、それ以上に何か、彼を常夜の街の王であると確信させる圧倒的な何かが、そこにはあった。

 そして程なくして、正体に気付く。ここに来た時からずっと覚えていた、全身にのしかかる威圧感(プレッシャー)であった。

 蛇の狡猾さ、蜘蛛の残忍さ、鰐の凶暴さ、それら全てをないまぜにした、まるで悪意のキメラのような禍々しい気は、この男のものとようやっと知る。

 バラルの数に対してたった一人で現れ、物怖じすることなくどかっと大股開いて着席する姿は、一組織の長としてはあるまじき光景だ。しかし何よりも自身の自信の有り様を如実に示していて。

 やはり一目でわかる。こいつは“やばい奴”だ、と。ユキナリは呼吸を最小限にして気配を殺し、己の腰を手元にした。もしその時(・・・)があるとすれば、それは一瞬しかないと確信したから。

 

「んーで、お前んとこのボスの申し出はどんなのだったっけ? 確か……」

「『薬品R』生産中止の要求だ」

「おーおぉ! そうだったな。なかなかいいイカした発明だろォ、ありゃ」

「お前が手前味噌を並べるのは勝手だ。ただ、あの御方の理念に反するが故、我々はそれ(・・)を無くせと言っている」

「かーっ、態度がデケェなオイ。立場わかってんのかねェ」

 

 本題に入る――早々に耳に飛び込む固有名詞は、彼とて記憶に新しかった。最近ラフエルを騒がせた『テルスの主暴走事件』と『テルス山ポケモン凶暴化事件』の両件と、密接な関係下にあるワードだったためだ。

 尤も聞いたところで明るいものではなく、ポケモンの脳を限界まで稼働させその力をフルに引き出し、おまけに意識を支配する悪魔の発明である、と聞いている。

 ひどく納得した。そうなったらば、ポケモンへの悪影響を良しとしないバラル団が動くのも必然だろう。実際、テルス山の一件の当事者であるカエンも、バラル団と共同戦線を引いて事を解決したと話していた。

 

(本当に、彼の言った通りだったか)

 

 延いては暗躍街製という犯人の証言は、都市伝説を利用した単なる誤魔化しのための出まかせなどではなく、正真正銘の事実で。

 

「やるのか、やらんのかだけを答えろ。貴様の話は冗長で、徒に時間を使う」

 

 闇の住人は同じ闇の気にあてられることがないのか、グライドは面と向かいぴしゃりと言い放つ。

「ったく、余裕ってモンがねえよなァ、お坊ちゃんは」辛辣な人当たりに肩を落とし、横長の背もたれへ溜息交じりに両腕をかけるゴトー。

 

「何が出来る?」

 

 続けて足を組み、そう続けた。会話が繋がっていないと感じたのだろう、不可解そうに眉を顰める下っ端を一瞥し、付け足す注釈。

 

「俺らがやってるのァ交渉、いわばビジネスなわけだよな? だったらしてほしいことだけじゃなく、テメーらが出来ることも出さなきゃならねえよなァ? ……ってところでもっかい聞くぜ。お前らは何が出来て、何を出せる?」

「……例えば。ミスをして囚われた貴様の部下を、ここに連れ戻すでもしてやればいいか?」

「あァ、ありゃもう要らねェ。次はねえぞと念押ししといたからな、ここまでと思うだろ」

「掴めんな。要求には要求をぶつけるのが手っ取り早いように考えるが」

 

 ここで、少しの沈黙が挟まる。ゴトーはそれを一呼吸置くのに活用したところで、

 

「ウチはなァ、今んとこポケモンが不足しててよォ」

 

 改めて口火を切った。

 

「こちらが保有しているポケモンをよこせ、と?」

「イグザクトリー! ウチの奴らがあんまりに雑に使い倒すもんでな、おまけに薬品R(コイツ)の実験で在庫をだいぶダメにしちまってる。その分野生で元を取ってもらおうなんて考えだったんだが……そんな偉大で崇高な科学の結晶を凍結しろって言われんならァ、そりゃ相応のモンを払ってもらわねえと」

「断る」

 

 再びの無音は、意識的に齎される。これだけご機嫌な弁舌だ、返す言葉がなかったわけではない。即答に驚いたわけでも、当然ない。

 

「もし今、貴様が我々に向かって『ポケモンをドブ川に放り捨てろ』と抜かしているのならば、それは出来ない、と言ったのだが――聞こえなかったか?」

「ック……カッカッ……ハハハ! ハハハハハハ!」

 

 ただ、結論を導き出す時間に使っただけだ。

 極まった愚者の、品性を忘れた笑い声が室内に木霊する。バラルの下っ端らが、一様に表情で不快感を顕わにする中、グライドはまるで機械のように顔色どころか視線ひとつ変えなかった。

 

「テメェらさてはアレだな、そのつもり(・・・・・)で来たな?」

 

 そんな彼を眺め、おう、いいぜいいぜと頷いた次の瞬間には、掌に漆黒の小筒が握られていた。ぽっかり開いた穴が向く先は、言うまでもないだろう。

「ゴトー、貴様!」下っ端の語気を強めた威嚇だが、小馬鹿にするように無視を決め、その剛腕はより固まって手先のブレを抑える。

 

「最低限の労力で事を運ぶに越したことはねえから、ダメ元で穏便に働きかけてこそみたが、ホントのところはクソ真面目にお喋りする気なんぞさらさらありません、と。……そういうこったろ。え、お坊ちゃん?」

「何を言っているのか解らんが」

「だからボスを除いて一番つええお前が出てきたんだ。わざわざ危険を冒して、ここまでな」

「交渉は決裂、ということでいいか?」

「おう、構わねえぞ。せっかくの来客だしなァ、パーッと派手にやろうや」

 

 瞳がぎらりと光った、嫌な色だ。

 そう思いながらも、内心で好機を喜ぶユキナリ。すぐ前、手の届く距離にはテロ組織のナンバー2が構え、さらにその少し先には犯罪組織のトップが座っている。下っ端になど目も暮れず、だ。

 これほどまでの好都合が揃ったことに対し、感謝すら覚える。同時に最大にして最後の機会であると、確信したりもする。

 だからこそ、その手を(えもの)に当てた。いつでも動けるように、取り出せるように。

 固唾を飲み下す。頭で流れを組み立てる。グライドがここにいるのは、ゴトーの推測通りバラルが強行手段を目的としているからに違いないだろう。

 で、あるならば。グライドはこの後に控えている一撃を防ぐ手段を用意していると考えていい。そしてその手をゴトーはまだ読めていないので、何かしらのリアクションを見せるはずだ。

 そこで生まれる隙をついて、まずは奴に叩き込む。次に勿論、傍にいるこの男(グライド)

 彼とてカミーラよろしく殺しをよしとする訳ではないが、今は四の五の言っていられる状況ではない。何よりこうも経験を積んでしまえば、奴らの生け捕りなど贅沢な話だと嫌でもわかる。

「なに、ちょっとした祝砲だ。上手く凌げよ?」発話の直後、引き金に太い指が絡みつく。この動作で出る銃声こそ、そのまま自分が抜く合図であろう。

 息を止めた。滲んだ汗ごとグリップを握った。

 

「んじゃま、おっ始めますか。サイコーの祭りを」

 

 もう少し。あと少しだ。ほんの少しで、その時が。

 

「――人様の話を盗み聞きする不届きモンを、前菜にしてからな」

 

 銃が予定通り怒号を上げる。そして予想通り人体を皮を突き破り、脂肪に傷付け、筋肉を打ち壊して。惨く蹂躙された組織は、悲痛な涙を赤にして噴き溢した。一連の何もかもが予定通り。

 ただ一つ、それから外れたことを挙げるとするなら。

 

「……――は?」

 

 ゴトーが引いた弾道の上にいたのはグライドでなく、ユキナリであったことだ。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

 風が運ぶ血の匂いが、教えてくれたのだろうか。切っ先の影を映す足元が、伝えてくれたのだろうか。それとも、何よりも生かしていてはいけない危険人物の傍らで養われた勘が、第六感というやつが、知ってくれたのだろうか。

 乾いた空気で、白んだ息が上ってく。すれ違って落ちる銀の粒は、二つの獣を彩った。

 

「うん、やっぱり間違ってなかった」

「……あなた、誰?」

 

 ――正義に燃ゆる獣と、暴れ狂う獣を。

 アルマを襲ったのは通り魔、というやつだった。少なくともすれ違いざまに刃物で一発浴びせる、という行動は、まさしくといったところ。

 だがしかし、相手が悪かった。滑る一薙ぎと彼女の首の間に銃身が挟まって、次に起こる切断という現象をキャンセルする。

 

「あいつらの、仲間?」

「よく喋る子だな。ま、オレもお喋りは大好きだけど、ネ」

 

 力の拮抗で震える鉄の向こうを見た。体型は細身で声は男のもの。赤黒が粘りついて取れないぼろぼろの刃の刀剣に、バケツいっぱいの鮮血をぶちまけたかのような真っ赤な女ものの着物を召している。そして幼いころに親の読み聞かせで見たことがある、ジョウト地方の伝承生物『鬼』――それを象った、面。

 しかし綺麗なものではなく、斜めに割れ欠損した箇所からヒトの口元だけが覗いてる。

 アルマはそれを確認したところで、僅かに瞠目した。既視感を覚えたためだ。

 察されたのを察してにぱ、と口元を曲げる鬼面の男。

 もし、こいつが。入隊間もない頃、因縁の相手(ハリアー)を探るため閲覧した重犯罪者リストに同じく載っていた男なら。

 もし、こいつが。十数年前に計一〇〇名にも及ぶPGが惨殺された未解決連続通り魔事件『百鬼夜行』の犯人であったなら。

 もし、こいつが。世から忽然と姿を消した“戦士狩りの赤鬼”という異名を持つ男だったなら。

 

「……ラフエル特S級指名手配犯『テンヨウ』……!?」

 

 ただそれだけで、自分を襲うには十分過ぎた。

 なまくらを受け止めていた銃を寝せ、流れるように過った刀身の下をくぐる。勢いのままにその身を回して距離を取って、向ける銃口から躊躇の無い一発。ほぼ至近でそれを切り払う動作で、このテンヨウなる男がどのような人物かは計り知ることが出来た。

 

「くっ……」

「いやぁ、嬉しいよ。地上(あそこ)から消えてだいぶ経つけど、今でも君のようなうら若いお嬢さんがオレを知っててくれるなんてサ」

「今更どうして、ここに……いや。生憎だけれど、私は、あなたに構っている暇がない」

「まま、そうつれない顔しないで。オレが暗躍街の命の下でこうしていると知っても、同じこと言えるかい?」

「……! 匿ってもらっているとでも言うの?」

「当たらずとも遠からず、だな。闇の世話になってることに違いはないが、ここじゃあない。同盟関係にあるだけの別組織サ」

 

 ただでさえきつい構えが、よりきつくなる言葉。自分が相当な敵方に感知されてしまった事を明確に意味しているのだから、無理もないだろう。

 きちんと隠していたが故にこそ「何故」だとか「何が原因で」だとか、内心でおぼろげであれど疑問は浮かぶ――が、ばれたのが事実として揺らがない以上、最早引き返すことなどできなくて。

 何よりも、眼前にいるこの男から意識の糸の一筋でも手放した瞬間、“持っていかれる”確信がある。先程より波打つ胸の鼓動が、加速という形で危険信号を発しているのだ。

 

「どうにも騒がしくてねえ、さっきから街がサ。なもんで、その原因となるネズミ共を探して駆除する……ってのが、オレの引き受けた仕事なんだけども」

 

 相手をする気はさらさらないが、相手を無視する余裕は、さらにない。

 

「差し当たるところ、オレは君がそう(・・)なんじゃないかと思ってるんだがー……そこらへんどうだい?」

 

 だから。だから。

 

「――オレと同じ目をした君なら、間違いなく何かやらかしてくれると踏んだんだけど」

「ッ……!」

 

 彼女は今、戦うしかない。

 仕方がないだろう、やむを得ないだろう。ほんの一度のまばたきですら、

 

「人殺しの目だ。自分のやりたいことのためなら、どれだけ血を流そうが構いやしないって顔してる。世の中で最も上等なエゴイストの面構えだ」

 

 こうして彼を間合いへと招いてしまうのならば。

 音を置き去りにする斬撃を再び防ぐ得物は最適解、コンバットナイフ。受けるつもりで持ち出したのではない。経験で鍛えられた脊髄が勝手に抜いてくれただけだ。

 

「ソイツは間違ってたかな?」

「……あなたが、共感を覚えるのは勝手」

 

 金属が火花を散らして衝突する。視線がかち合い、醜い食い合いを始める。

 

「でも、道楽で人を殺す怪物と同じく思われるのは、とても不快だ」

「あっ、そう」

 

『お前ほど堕ちてはいない』薄汚れた鏡越しの自分はそう言って、留守の右手を前に出しトリガーを三度引いた。

 やはり怪物か何かの類なのか、咄嗟のバックステップをアルマの発砲に間に合わせる赤鬼。肉迫状態から放たれた三発のうちの二発を身を捻り回避、一発を向き直りついでの回転斬りで弾いて見せた。

 だがアルマは動じない。残念ながらこんなもので死ぬような相手で経験値を得てきた覚えなどないから。

 さっき見たぞと言わんばかりに銃口を構え直す。狙いは攻撃を防いだ上での、余剰な動作。剣を振り下ろした後の反応の空白。またの名を隙。

「さよなら」都合よくこちらに差し出している額に向け、決別の一撃を叩き込んだ。

 

「本当に?」

「な!?」

 

 突然の風が吹く。信じられるだろうか。その見えもしないモノに鉛玉が切り裂かれたと言ったなら。

 ドスン。吃驚の一瞬の踏み込み。忽ち少女の腹部に入る突き。

「これについてくるとはネ。いい反応速度だ」ヒュー、とテンヨウが口笛を鳴らす。剣先が捉えた腹は、同じ腹でもナイフの腹。それはまさに紙一重ならぬ鉄一重の防御行動が功を奏した瞬間で。

 

「――つッ!!」

 

 空気の波に揺られる前髪から見開いた瞳が覗くと、またも銃声が一回。今度も避けられたが、これは当てなくていい。足止めでさらなる距離を作る一手だからだ。

 

「今の、気になったろう?」

 

 引き下がるアルマの不可思議と緊張を含んだ表情から内心を見透かして、中の独白を引きずり出した。ギザギザとした刻み目の歯を覗かせている。とても悪い顔。

 でも彼女が身構えたのはそれのせいではない。耳朶を打つそのひやり冷える風の音に、危機を感じた。

 

「焦らなくても、なぁに、大丈夫さ」

 

 来る。

 

「もう一回見せてあげるよ」

 

 ――来る。

 本能が上げる声に従った数秒後、かつて自分が立っていた場所は幾重にも抉られバラバラに解体されていた。まるでミキサーにでもかけられたかのように、だ。

 戦慄を禁じ得ない。武器を下ろして火急的に身を翻す。男がいない方へ、いない方へと赴く有様は逃げという呼び方が最も適しているが、足が「死ぬより安い」と宣うのだから、聞くしかあるまい。

 人は極端に不都合な不可解を前にした時、その事実を少し誇張気味な『理不尽』という言葉で表現することがある。

 

「おいおい、せっかく遊ぼうってのにそりゃないだろ」

「く!」

「なあ、お嬢さん!」

 

 斬撃が飛んでいく。これもまた、あまりに理不尽な光景であった。

 離れているのに。遠いのに。

 

「面白い手品だろう? 滅多にない機会だ」

 

 まるで彼奴の刀剣から透明の刃が伸びているかのように、その場の一振りが気流ごと向こうのアルマを傷付けるのだ。

 

「しっかり見ていきなよ!」

 

 一目散。矢継ぎ早に巻き上がる大地の残骸と、屠られた虚空の悲鳴とが一緒くたになって追いかけてくる。背中に浅い一閃をもらった。右肩に細い一線を引かれた。左太ももに鋭い一本をくらった。されど惨状を捨て置き、走る。

 テンヨウはのらりくらりと下駄で血の(しるべ)を踏みながら、みるみるうちに縮んでいくそんな少女の輪郭を、またも剣でなぞった。すると今度は彼女のふくらはぎがぴしゃ、と肉の弾ける音を立て血潮を噴く。

 

「……!!」

 

 こればかりはアルマもたまらず転倒。しかし前方へのローリングで衝撃を緩和し、そのまま無事な方の脚を踏ん張って横っ跳び、建物の陰に隠れた。

 

「鬼ごっこの次はかくれんぼかい? 子供みたいな趣味してんなあ」

「ハァ……ハァ……」

 

 全力疾走だ、さすがに息だって切れる。身を委ねるように壁に背を付け、最短動作でピストルのマガジンを取り替える。アドレナリンの絶え間から怪我の確認をした。どの傷も浅い。この身に爪立てる痛みさえ気にしなければ、動ける。

 

「まあ、どこに隠れようが無駄なんだけど」

「!? そんな……!」

 

 問題は、この人間業とは思えない、刀から繰り出される“不可視の遠距離斬撃”。

 要される刃物本来のリーチを無視したそれは、創作と錯覚するほどに常軌を逸している。おまけに障害物越しでも通るということが進行形で判明し、物理法則の狂いすら推測の内に入ってきた。

 ばらばら殺人を間一髪で回避し、今度は建物の中へと逃げ込むアルマ。どうやら廃工場であった。

 あるがままを受け止める、というのは、順応性を高めることにおいては重要だと思う。そうして状況に適応することで上手く運ぶ事柄だってあるし、寧ろそれの方が圧倒的に多いのだろう。

 が、アルマはこれ(・・)を有り体にしておくことはしない。疑念もまた打開に繋がる利点がある、と。このような馬鹿げた事象など認められない、と。必ず種がある、と。そう考える。

 思考を繰り返す内、ぬう、っと鬼も半開きの戸から顔を出す。錆びにまみれた屑鉄の谷で、改めて二頭の獣が向き合った。くたびれた鉄骨柱からそれを覗き込むのは、用途も知らぬ巨大な装置。

 

「あらら、諦め? 自ら袋のコラッタになりにいくとは」

「逃げることをね。どこにいようが切り刻まれるなら、この行動は不毛」

「勝算がないままに立ち向かうのも、そんなに変わらんと思うが?」

「計算の間にタイムリミットを迎えることこそ、一番馬鹿げてるでしょ」

「ははあ、さては君、なかなかのせっかちさんだろ」

 

 ま、うじうじするよりかは好きだよ。男は笑声まじりにそう言うと、おもむろに剣を横に寝せ、腰元の鞘に戻した。

 顎を引いて脇を締め、低い半身の構えと、柄尻付近で止める半開きの右掌。武術の心得が多少なりともあるのなら、これが居合の格好であると理解するのは容易だ。無論、アルマも然り。

 

「次は凄いのいくよ、止められるかな」

 

 空が静寂の中で唸る。呼応するように降りる(しろがね)が小刻みに震える。その様は先で待つ地続きの景色を恐れているとも取れて。

「さあ、どうするッ?!」知ったことか、とテンヨウは雷光じみた速度を以て抜刀する。

 ぎゅん。次の瞬間、鼓膜さえ両断せん勢いの凄まじい音が、粉塵を引き連れアルマへと迫った。

 雪よりは重いが、透明な刃。それは着実に周囲を鋭く抉り、今なお刹那的に進行を続ける。しかしアルマは閉目で立ち尽くすだけ。ただそれだけ。

 本当に諦めたのか? 強いられ続ける無意味な抵抗に嫌気が差したか? 否、逆だ。わかったからこうしている。彼と会話する間に、理解が及んだから。

 

「ずっと、気になっていた」

 

 断片的に耳につく、ブブ、というノイズが。

 

「おかしいなとも、思ってた」

 

 どうして先程から断続的に風が吹いているのか。

 

「今だって、そう」

 

 曲がりなりにも屋内でありながら、何故窓が割れてしまう程の風が起きるのか。

 

「――――!?!?!!?」

「けれど、もう」

 

 落とすように転がしたモンスタボールから飛び出したルカリオは、全てを知っていた。

『ウオォォォッ!』見開いた眼の先で、青の燐光と共に飛び出すやいなや、“風”へ挨拶代わりのアッパーをくれてやる。するとそれはいよいよ正体を現した。

 

「超人ごっこは終わり」

「ゲ、グゥゥ……!」

「あーあ、ばれちゃった」

 

 波導の勇者による鉄拳で宙をぐるんと回された後に、体勢を立て直す『蟷螂(かまきり)ポケモン』の“ストライク”。それは赤鬼が従えるポケモンであり、先刻からずっと彼の刀を用いた指示に従い、アルマへと攻撃を加えていた存在で。

 

「さっきからこの子が“こうそくいどう”で、文字通り目にもとまらぬ速さで周囲を飛び回って、あなたの合図にあわせて私に斬りかかっていた。だからかまいたちのような風だって起きていた。そうでしょう?」

「お見事」

 

 テンヨウは口角を釣り上げ拍手を返す。多くは要らない、それが答えだ。

 

「君、おもしろいねぇ。おもしろいよ。好きになれそうだ」

「私はそうでもない。し、心底最低の気分だ」

「そういうところもネ。まぁとりあえず、これを見破れたのなら、オレも本気でいって良さそうだ」

 

 同じ土俵に引きずり込んだ。いくら怪物と呼ばれようが、結局は人であった。

 いや、人の身でありながら人智から逸脱した感性、行動を抱えるからこそ、それは怪物と名付けられるのかもしれない。

 正義に燃える獣と暴れ狂う獣。怪物狩りと戦士狩り。戦姫(せんき)赤鬼(しゃっき)。警察と罪人。両者の反目による沈黙は、程なくして破られる。

 

「“暴獣”のテンヨウ、推して参る」

「いくよ、ルカリオ」

 

 一人と一体同士の殺し合いは、仕切り直され今一度――。

 

 

       ◆       ◇       ◆       ◇       ◆

 

 

 それは、千切れそうなほどの衝撃だった。

 

「が、あぁあああ……っ!!」

 

 柘榴色の液体が、穿たれた左上腕の一ヶ所からドクドクと噴きこぼれた。やがてそれは痛々しい呻き声を連れて、灰の衣装を彩って。

 ユキナリは片膝をつきながらも、痛覚で断裂しそうな意識を眼球に集めて、前を向いた。最初にいるのは何事か、と視線を向け青ざめる団員達。そしてその向こう側で、悪漢は確かに見ていた。

 

「な、ぜだ……ッ!」

 

 バラル団に溶け込んだ自分を。

「貴様、よくも同胞を!」「よく見ろ」依然動じないグライドの遮りに促されるまま下っ端がフードを捲ると、彼らもまた愕然とする。誰一人としてその顔を知る者はいないのだから、当然だろう。

 

「お? なんだよ、お前らも知らねえのかよ。一体どういう了見だァ?」

 

 何が起こってんだかねェ。独り言に続けてよっこらせ、と立ち上がったゴトーは、おもむろにユキナリの前へと行き、

 

「ここ入った時からずーーーーーーっと、変な匂いがしてやがったんだ」

 

 彼の顔面をわし掴み、輪郭にいかつい五本指を食い込ませた。

 

「陰でこそこそやってるヤツの割にァ、今だって綺麗で上品な香りが漂ってる」

「ぐッ……!」

「まるで借りてきたニャルマーみてェに、お高くとまったお行儀のい~い匂いだ」

「ああああああッ!」

 

 そして持ち上げ、嘘のような握力でプレス。

 

「……答えろ。テメェ、どこのモンだ? さもねえと――」

「ッ、おおおおッ!」

「おおっと活きがいいな」

 

 骨がメリメリと軋み始めた頃、ユキナリは己を捕らえる腕を掴んで、鋼のようなどてっぱらに足を押し付けた。ばねの要領で伸ばしたそれは、囚われの身に解放を与える。

 浮き上がったままに手放されたため、暫しの自由落下。尻もちから即座に立ち直り、背を曲げての構え。

 その際の勢いで変装用マスクは剥がれ、その役目を終えた。

 

「ぴ、PGだと!!?」

「ネイヴュ支部特務、ユキナリ……!」

「何故ここにいる!?」

 

 まさに絶体絶命、というやつだ。こんなにも銃を向けられてしまえば、正体を呼ぶ一斉の声に構っている暇などない。

「ははァん」街に紛れ込んだ異物の正体を眼下にし、ゴトーは胸のつかえが取れたのか、喜色満面といった面持ちでユキナリへと開口する。

 

「どっかしらでこの事を知って、クソ遠い雪国からわざわざいらして下さったわけだ。こんな入念に準備までして」

 

 そして柔らかくなってしぼんだ欺瞞の残りかすを放り捨てて足蹴にし、

 

「その気合ってやつを酌んで手厚くもてなしてやりてえところだがよォ、警察に嗅ぎつけられたとあっちゃあ、俺達としても些か穏やかじゃあ居られねんだよなァ」

 

 すぐさま彼への判決を下した。夜が明けぬ街の、法に従って。

 聞きたいことがいくつかある。ので、四肢のもう一本でも機能を麻痺させようと銃口を脚へと向けた、その矢先。

 バン。第三の砲口が火を吹く。肘の掠り傷だけで済んだのは、咄嗟に手を引いたからに違いない。

 

「オイ、何のつもりだ?」

 

 そう悪態をつき、グライドを肩越しに睨むゴトー。

 

「俺達は別に、その男を生かしておくことですぐに生じる不都合がない。であるならば行動の優先順位は貴様と共通ではないだろう」

 

 返答として当たり前のように吐き捨て、彼もいよいよ立ち上がった。

 

「どうする。薬品R製造プラントの場所を教えるだけで、被害は格段に減るが」

「チッ、あーあー、もう! めんどくせえことになってきたなァ」

 

 ゴトーは大きな舌打ちを鳴らす。続けて大袈裟なフィンガースナップを響かせると、室内にバラルとは対照的ともいえる不揃いな格好の男達がぞろぞろ押し入ってきた。

 数は少なくとも十はくだらない。これがゴトーの仲間であり、万一のため外で備えていたというのは、言うまでもない。誰もが物騒な表情で、物騒なものを手にし、物騒な眼差しをグライドに送っている。

 

「グライド様! くそっ……おのれゴトー!」

「わりィなァ、お坊ちゃん方。暫くウチのと遊んでてくれや」

 

「金髪は俺がやる」「ポケモンは俺のモノ」「身に着けている金品は山分け」「女は殺すな」次々に下卑た笑声が連なった。

 室内はとっくに定員オーバーだ。その上で誰もが暴れようと云うのだから、質が悪い。尤も無法者らしいといえば、無法者らしいが。

 手を挙げて、降ろす。シンプルだが最善のサイン伝達を皮切りに、ならず者共は腹を空かせた畜生よろしく獲物へ殺到する。

 

「うわああああああああああああッ!!?」

 

 ゴトーを再び振り向かせたのは、なんだったのだろう。

 恐怖によって絞り出された仲間の絶叫だろうか。天さえを衝く地鳴りだろうか。それとも。

 

「俺に、触れるな」

 

 闖入せし飛竜の咆哮だろうか。

 何も伏兵は、暗躍街に限った話ではなくて。グライドのボーマンダは上空からの“すてみタックル”で、階上の店もろとも天井をぶち壊しにしながら、鮮烈な参上を果たした。

 倒壊で生まれた瓦礫は人も物も際限なく飲み込んで、容赦なく悉くを下敷きにする。再度上げる叫びは、腹の両脇にマウントされた黒い大箱――コンテナユニットから、同胞たちを呼び出す詠唱となった。

 ぷしゅ、という煙と共に固定ラッチが外れた。封が解かれると、幹部イズロードとその部下たちにより構成された“強襲部隊”が出現する。

 

「茶番は終わったか?」

「破談。ということで、良いらしい」

「今更だな。わかりきっていたことだ」

 

 そう吐き捨て、巻き添えで鮮血に染まった客を踏み越え、前に出たイズロード。

 

「イズロード……!!」

 

 ユキナリもまた、生きていた。瓦礫に当てられた右肩を押さえながら。

 

「ほう……久しぶりだな。“あの日”以来か」

「お前、は……ッ!」

 

 土壇場でも、真っ先に視界に入ってきた。

 あの日から一度も、目蓋の裏に焼き付いたその顔を忘れたことはない。あの日から片時も、耳に打ち付けられたこの声が消えたことはない。

 あの日から、一瞬たりとも。必ず討つと誓ったその宿敵の名を、違えたことはない。

 宿命の再生。惨劇のプレイバック。二人は、またも出会ってしまった。

 

「だが悲しき哉、今日は貴様に用がない」

「ま、待て! お前だけは……ぐッ!!」

「手負いのそのザマでは、俺どころかこのゴミ溜まりの住人にすら勝てまいよ。ネイヴュを再現してやる、指をくわえて黙って見てろ」

 

 戦士は堂々と向けられた背中に、何も出来なくて。口惜しさに歯噛みして。

 ぽっかり空いた大穴から差す光にライトアップされながら、“フリーザー”が顕現する。落ちてくる白雪と一緒になって、一新された殺風景に更なる彩りを与えた。

 

背負(しょ)い物付けてるってこたァ、ボーマンダはあらかじめ暗躍街(こん中)で待機させてたってことか」

「そういうことだ。元よりゴーストタウンのようなもの……ボーマンダレベルの巨体であっても、隠せる廃墟など腐るほどある。己の根城が仇になったな」

「――――やってくれるじゃねェか!」

 

 その瞳、ぎらついて。投げたモンスターボールから生まれる“ガブリアス”が、有無をいわさぬ電光石火の勢いでグライドへと突っ込んだ。

「“げきりん”ぶちかませやァ!」「同じ“げきりん”で対応しろ」ボーマンダはひるむことなく最大級の一撃にその身を割り込ませる。激突する力と力。至近距離で地竜と飛竜は吼え合った。

 開戦の狼煙だ――凄まじい衝撃の雪崩が、もはや形を成していない室内に押し寄せる。暗躍街、バラル、双方の生き残りたちが一斉にポケモンを出し、それを壁に負傷の訪れを凌いだ。

 

「お客様のありがてえ差し入れだ。遠慮は要らねェ、皆殺しにして差し上げろ!」

「偉大なるバラルの名のもと、醜悪にして下劣な賊徒共に鉄槌を下せ」

 

『メガシンカ!』

 

 そして休む間もなく、予定通りに乱戦は開幕する。

 

「……っ、“リフレクター”!」

 

 混沌の中、ツンドラポケモン“アマルルガ”という手札を切って、殺意の荒波の一筋を防ぐユキナリ。

 しかし右肩を蝕む痛みが、その行動を遅れさせた。延いてはリフレクターの展開が中途半端なままに、二体の竜が発する進化時のエネルギーをまともにもらう。

「すまない……!」盾になり自らを守ってくれた事に感謝を示し、倒れた仲間を引き下げる。

 

(今なら……いや今しか、ない!)

 

 入れ違いで混迷に立ち入るは、大昔に存在していたと云われる生物、マンモスの記号を色濃く受け継ぐ『二本牙ポケモン』の“マンムー”。

 だが戦うのではない。ユキナリは片腕だけで踏ん張ってその大きな背中に乗り込むと、すかさず彼を未だ無事な階段へと走らせた。

 

「ゴトーさん! 野郎、逃げますぜ!」

「ああ?」

 

 ゴトーが促され見やった時には、もうユキナリの存在はそこになくて。

『離脱』という緊急下の隙をついた作戦変更だ。この状態では誰しもそうするだろうし、これを咎める者はきっといないだろう。

 

「好きに遊べや、“ルガルガン”、“ドリュウズ”!」

 

 無論彼を除いては、だが。

 新たにバラルの(もり)にすべく二体の(しもべ)を追加した後、ゴトーも外に出る。

 

「逃がすか」

 

 グライドもまた、同じく持っていた“ルガルガン”と“ドリュウズ”をそれぞれに差し向け、イズロードに現状を預けて場を後にした。

 

 

 

「――ああそうだ、東西南北全域だ。戦闘態勢を敷け。バラル団の連中だよ。……おう、例外なくバラしちまっていい、判断はお前らに任せる。あと金髪の男を優先して狙え。どんだけ戦力を投入してもいい、野郎が仕切ってるからなァ」

 

 通信を切る。浅く積もった白色に残る、広くて丸い足跡へ視線を落とすと。

 

「邪魔者はいなくなった。思う存分追っかけまわしてやるよ」

 

「なあ、迷子の迷子のおまわりさん」悪漢は、不敵に笑った。

 暗夜の中で、各々の思惑が重なり合う。

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