ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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03.わかりあえない

 ――三者による推理は、こうだ。

 

「お願いしまーす!」

 

 深夜、シエル宅に何者かが音もなく侵入し、

 

「体長五五センチ、重さ五キロのキノココを探してまーす!」

 

 気配もなくキノココと争い、力づくで拘束。

 

「少し大きめな子でーす! 何か情報ありましたらお願いしまーす!」

 

 そのまま拉致した、というもの。

 穴だらけも穴だらけ、ともすれば全ての穴が繋がってしまって大穴になりそうな推理だが――現場の状況を何度思い返してもそうとしか言えないし、言いようがない。

 事は、そこまでの事件性を秘めていた。少なくともこの中で最年長であるカイドウは、そのように踏んだ。

 途中で胞子の痕跡が途切れて、やっと見つけた糸口もまた先細った。

 

「あ、ごめんなさい」

「気を付けろ」

 

 ドン、と自分よりも何倍も大きな人にぶつかって、こける。そうやって見上げた先でやっと空を見れたし、それによって大まかな時間の確認も出来た。

 冷たくも素通りしていく者達をよそに、アスファルト上に散らばった手作りの写真入りビラを拾い集めるシエル。ゆっくりと日暮れが近づいているのを知ったからか、その手の動きには慌てが現れていた。

 沈んだ視界に、落としたはずのビラ数枚が躍り出て。暫し離れていた面影が、影法師に慣れた瞳に眩く焼き付いた。

 

「カイドウくん」

「PG駐在所への捜索願は、無事に出せたぞ」

「うん。ありがとう」

 

 そして自分なりの捜査の結論として導き出した「事件性あり」の事実を伝える旨も、ちゃんと添えてきた事を報告する。

 おかしな話だが、自分の社会的な地位、というものについてはそこそこの自覚がある。子供が一人で騒ぎたてるよりもずっと大きな鶴の一声を以て、彼らに働きかけたのだ。

 これで何かが変わればいいのだが。二人はそんなことを思いながら、再度ビラを配布し始めた。

 雲のように自分をすり抜けていく人人波の中に、ひたすら紙切れを伸ばしていく。手応えがあればまたもう一枚の紙切れを持ち、ないのならば別の方向へこの手伸ばしていく。

 

「そんなに大事なんだな」

「ん?」

「友人というものは」

 

 単調作業に退屈を抱いていた訳ではない。

 だからこうして切り出した一言は、彼のまっさらで素直な疑問のようなもの。

 

「私、友達を作るのが下手くそで」

「友を作るのに上手い、下手があるのか?」

「それ、質問?」

「と、いうことになるな」

 

 くすり。生まれた笑みは、そこそこに長い時間を過ごしながらも、カイドウが初めて見るものであった。

「なんだ」と返す前に、開口するシエル。

 

「物知りさんでも、わからないことがあるんだね」

 

 目を合わせないながら、彼女もまた、知ってか知らずかまっさらな答えを真面目に返す。まるで、純粋な子供同士の会話みたいに。

 特に訂正するべき発言ではないから、それ以上これについて何かを続けることはなかった。

 

「上手とか下手とか、あるよ。嫌われるのがこわいのは、下手くそな人」

 

 恐らく自分の事を指している。少年は珍しく顔から推察する。

 

「仲良くなった後に……ううん、仲良くならなくたって、『誰かが自分に嫌な気持ちを持ってる』って知っちゃうのが、すごくこわいんだ」

「ただ生きていく上で、そうも他者から嫌悪感を抱かれるものとは思えんが」

 

 ようやく横に振られた首。ずっと頷いてばかりだった、彼女の頭。

 

「普通にしてるだけで、嫌われることだっていっぱいあるよ」

「…………」

「そうやって普通にしてる姿が、沢山の人に気に入られづらい姿だったら、その人は簡単に一人ぼっちになっちゃう」

 

 とても年端もいかぬ子の発言ではない、そんな諦観が詰まった彼女の言霊に、濁った灰の記憶が呼び戻されて、カイドウは腑に落とす。

 確かに自分はこれまで、誰かを傷付けようとして生きたことはなかったし、誰かの不快がる表情に悦を感じたためしだって、当然ながらない。

 それでも。自分は。

 

「そう、だな」

 

 ずっと否定されてきた。常に突き放されてきた。誰かから。何かから。

 これだけは自分でも覆せなくて。裏をかえせば断言できて。

 

「だから、心の底から私を好きだって言ってくれる人は、大事にしたいんだ。キノココだって……」

「なるほど、な」

 

 ワンクッションを挟んで出る、誠実にして切実な少女の願いは、少年の耳には届いたろうか。

 それは今後一生かかろうと少年にしか知りえぬことではあろうが、

 

「一秒でも早い発見を願う」

「ふふっ、なにそれ」

 

 無意識で出すヒントのようなものは、あったと思う。

 

「おーい!」

 

 遠くから近付くもう一つの少年の声を合図に、二人は作業を中断した。

 

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

『リザイナシティが、午後五時をお知らせします』

 

 時報を右から左へ聞き流しながら、公園のベンチに腰掛けた。右から大、中、小の順で並ぶ三つの人影は傍から見れば少々、奇妙な絵面ではあるのだが――言うほど傍に寄る者もいないから、存外気にされない。

 

「学校、通学路、よく利用するお店……シエルちゃんに関わる場所をあちこち回ってみたけど、胞子の痕跡どころか、目撃情報すらないんだ」

 

 アルバは自分側の収穫を口にしながら、両脇の二人にアイスバーを手渡す。二本一組、フレンドリィショップで気軽に購入できるロングセラー商品「なかよしバイバニラバー」だ。手ごろな価格と確かな味で、多くの人々に愛されている逸品。手持ちのポケモンに食べさせると、なついてくれること請け合いだろう。

 一服を提案した、アルバの奢りというやつだ。

 

「ありがとう、これ大好きなんだ」「そういえば糖分補給はまだだったな」各々の独り言を口々に、二人は一組ずつへまるごと齧り付き――。

 

「いやいやいやいや違うでしょう」

「?」

「なんだというのだ」

「シェア! シェア!」

 

 そう言いながら、何かを割るようなジェスチャー。

 三人に対し四本になるが、余りの処遇は後に考えるとして、ひとまず一本ずつでしょう。言外に伝えてはいるが、カイドウもシエルも一向に理解している節はない。

 

「えっ、なんで分けないの!? バイバニラバー割らないで食べる人っていたの!!?」

「馬鹿が。分ける相手がいない人間はそのまま割らずに食うに決まっているだろう。おかしな奴め」

「いや何その寂しい文化!? 聞いてごめんだけど! ごめんなさいだけども!!」

「わはひほいははへほうひへひは」

「飲み込んでから喋って!!」

 

 アルバが「私も今までそうしてきた」と訳せたのは、少し後の話。

 そして「寂しい同盟だな!」と突っ込むのは、そこからさらに少し後の話。

 話を本題に戻すまでの間に、最終的にはカイドウからバイバニラバー一本を渡される。なぜ彼が渋々な態度だったのかは、まるでわからなかったが。

 

「でも、カイドウさんもPGに話を通してくれたし、シエルちゃんが作った捜索用のビラもある。事は間違いなくいい方向に向かっている――もう少しだ」

「でも、アルバくんは旅人でしょ?」

 

 最初は、彼女の質問の意図が理解できなかったアルバだったが、次いで聞こえるカイドウへの「それで、カイドウくんは、研究者でしょ」という質問で、柔らかく察することが出来た。立場を確認しているんだ、と。

 

「『だから、明日にはいなくなっちゃうんじゃないか』って?」

 

 ビンゴだ。無音の肯定が証明。

 しかしそれをきっちりと否定してやるのが、きっとこの男。お人好しではないが、真人間。

 学んでいるだけに強さをよく知り、力の使い方を誤らぬ善人。

 

「乗りかかった舟ってやつさ! 君の友達を見つけるまでは、また明日も、明後日も、いつまでもいるよ!」

「長居をしないためにさっさと探すんだろうが」

「二人とも……」

 

 歯をにっかり見せる破顔にいつもの嘆息が後押しすると、顰んだ眉した面持ちも、温かな微笑に早変わり。

 

「……また明日、か」

「いい言葉だよね」

「うん……、私が大好きな言葉」

「へえ! どうして?」

「『明日もまた会いたい』って思う人にいう言葉でしょ。そういう人がいるのって、すごく素敵なことだと思うんだ」

「うんうん」

 

 脇で連なる会話に、目ならぬ耳も暮れず、湿り切ったアイスの棒を加えたままぼう、とするカイドウ。

 されどなんとなく断片的に聞こえるフレーズについて、思考を巡らせて。こればかりはもう性だから、諦めた方がいい。

 

「私、二人に言いたいよ」

 

 ――自分には、一人でもいただろうか。

 

「『また明日』、って」

 

 そう言いたいと、思える人間は。

 

 

『人を馬鹿にしやがって! お前みたいな奴とはこれっきりだ!』

 

 

 そもそも、自分はそれを言うべき人間なのだろうか。

 

 

『お前はみんなと住む世界が違う。知能指数が落ちる。だから周りと話すんじゃない』

 

 

 言える、人間なのだろうか。

 

「ねえ、二人とも」

 

 根差す興味で追いかけてはみたけれど。

 

「あの、ね」

 

 もしかして、これは。

 ひょっとして、これは。

 

「私と――友達に、なってほしいんだ」

 

 自分が触れてはいけない、そういう別世界の話なのではないか。

 アルバが聞くまでもない即答で、彼女と一緒に笑みを合わせて。ようやっとその光景に視線を向けたその瞬間、二人が果てしなく遠い場所に感じられた。

 無限に手を伸ばしたって、永遠に追いかけたって、辿り着けないほどに。

 どれだけもがいたって、どんなにあがいたって、芥子粒みたいに小さくなっていくように。

 そう思えた――いいや、思ってしまった瞬間、途端にしんと脳髄が冷えた。

 

「ずっと解らないことがある」

 

 夢から、覚めた気がした。

 

「友人というものは、不完全な己の不足を埋めるために作るものだと聞いた」

 

 深海に引き戻された彼が、今から酸素を漏らしながら吐く言葉は、

 

「不足を補われるから、充足感があるのだと、そう聞いた」

 

 淡く期待を膨らませる少女が聞くには、あまりに苦しいものなのであろう。

 

「だが俺は、完全だ。欠けている点など存在しない」

 

 だが、しかし、それでも。これは伝えねばならない。

 問わねばならない。

 

「その上で尚、俺がお前たち共にいるメリットというのはなんだ?」

 

 だって自分は、そちら側の人間ではないから。

 お前たちといると、そんなことすら忘れてしまうから。

 

「……カイドウ、さん?」

 

 曖昧なまま、呼吸をしてしまうから。

 

「それは、許されることなのか?」

 

 ボコ、ボコと絶え間なく出ていく泡。

 都度見える世界が狭まって、暗んで、全身に冷ややかな圧力が加わる。

 闇色が、この視界を塗り潰した。

 

「それは――意味があることなのか?」

 

 そのうち彼らの事も、視えなくなった。

 

「……あ……」

 

 期待させる夢が悪かったのか。期待できない(うつつ)がいけなかったのか。

 何が彼らをそうさせた? そんなことを問い掛けたって、誰一人教えてくれない。

 ほろほろと輪郭が乱れる君に、一体何と言えよう。どう返すことができよう。顔を覗かせる子供らしさは、この時俯いて、初めて主張が出来た。

 ああ今更、今更だ。それもこんな場面で。

 

「はは……そう、だよね。いきなりこんなこと言われても、困る、よね」

 

 ――なんて、どうしようもない話だろう。

 

「ごめん、ね」

 

 シエルがゆっくりと伏した面を上げ直した時、頬には宝石みたいな橙の雫が伝っていた。

「ばいばい」最後に震えながらも結ばれた口は、それ以上何かを発することはなかった。

 

「シエルちゃん!」

 

 温もりだけを残して去っていく彼女を、彼は目ですら追えなくて。あっという間に消えてしまって。

 

「カイドウさん! なんであんなこと……!」

「……知る必要があった」

「は? ……何が……、何をですか!」

 

 アルバは立ち上がって激昂する。この年代ならではの盛んな血気、というやつだろう。

 

「答えてくださいよ! 何か言ってくださいよ!」

 

 が、残念ながらうんともすんとも返してはやれない。相手取るだけの力がない。それが身体的なものか、精神的なものかすらも自分でわからなくなっているんだから、当然の話。

 そんな雲を掴むような感覚にしびれを切らして、彼もまた、

 

「……あなたは、持つ者だから。持たざる者の気持ちがわからないんだ」

 

 思わず誰かに傷を負わせてしまう。

 

「何かを欲する人の気持ちが、伝わらないんだ」

 

 雨が、降り始めた。

 感情のない無機物が、せっかく積み重ねた彼らの一日を、無情に洗い流す。

 呆気なく、簡単に――たった数時間であっても履き捨てが大変な、苦も、楽も、ただ記憶と一緒に濯いでいく。

 

「……シエルちゃんを、連れ戻します」

 

 それに抗うような、そんな歯噛み。一人呟き、アルバもまた駆け出した。

 濡れた足音が、ノイズもろとも鼓膜からフェードアウトしていく。背中なんてもう見えない。尤も端から望んでなどいなかったが。

 

 置き去りにされた少年は、雨天にさらされていた。

 

 服がくちゃくちゃになろうと。

 

 どれだけ雨粒が痛かろうと。

 

 ずっと、ずっと、濁った空を見つめていた。

 

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 体温が、じわじわ奪われていく。

 白んだ息が中空を泳いで、主からゆっくりと離れて消える。また熱が、逃げてった。

 されどアルバは、この足を止めない。

 

「シエルちゃーん!」

 

 リザイナ中を走り回って、さっきまでの面影を道行く者と重ね合わせる。ひたすらにだ。

 ここまで必死になる理由――まあ色々あるが、単純にあれぐらいの年の女の子を夜の街に放っぽり出しておくのは、普通に考えれば誰でも危険に思うだろう。

 だが、それより何よりも。

 

「……くそっ!」

 

 アルバは、胸騒ぎを感じていた。

 己の語彙力のなさからなのか、単純に表現しがたいからなのか、上手くは言えないのだが――とかく、得もいわれぬ『嫌な予感』というやつを、覚えていた。

 だからこそ、進んで彼女を一人にするような真似をしたカイドウに、きつい言葉選びをしてしまった。

 尤も到底許されることではないので、謝罪の頭の用意もあるのだが――。

 

「シエルちゃーーーん!!」

 

 まずは、見つけない事には始まらない。

 第六感だとか、それこそ超能力だとか、そういう類を手放しで信じているわけではない。

 ただ、浅学非才の身でも旅人として、同時に各所を回るトレーナーとして積み上げられた経験が、この胸中の『引っかかり』を唯一裏打ちしているのだ。

 

「(……やっぱり、おかしい)」

 

 独白の始点は、そこだった。

 

「(もし本当にキノココを狙うだけならば――ここから西の方面にある“ハルザイナの森”で、ゲットできるはずなんだ)」

 

 ハルザイナの森。自然豊かな町“ハルビスタウン”とこの“リザイナシティ”を結ぶ森林なのだが――アルバはここに来るまでの通り道で、野生のキノココと遭遇していた。これはこの地において、キノココの希少性は認められないということを意味している。

 それらを踏まえたアルバが思うに、キノココが欲しいのならわざわざこのような危険を冒さなくとも、入手は出来るはずだ……という話。

 引きずられて出てくる次なる疑問が、引き続いてアルバの脳内を支配した。

 

「(わざわざ、人のポケモンを誘拐する必要性があったのか? ……身代金目当て?)」

 

 即座に首を振る。ならば既に犯人から何かしらのアクションが起きているはずだから、その線は薄い。

 だったら、なんだろう。何が目的なんだろう。

 一人になった途端に頭が回転し始める――よくない癖。

 そう考えながらも思考は止まらなくって。

 

「(根本はもっと、別の方向にある気がする)」

 

 たとえば。

 

「(“ただのキノココ”でもなく、“人のキノココ”でもなく、“シエルちゃんのキノココ”が狙いなのか?)」

 

 それを狙う何かがある。絞るだけの何かが――そうして駆ける一抹の不安を、強く噛み潰す。とうに日は暮れていた。

 

「(だったらまずいぞ……! シエルちゃんだって無関係じゃない。無事である保証だって……!)」

 

 思考すればするほどに、脳裏に嫌なビジョンがちらつく。

『早く見つけないと』。

 アルバがようやく口に出して唱えた時だ。

 

「――――――――――!!」

 

 

 そんな決心を雨音ごと引き裂く悲鳴が、彼の耳を劈いた。

 

 

「――シエルちゃん!!」

 

 主がそうとわかったわけでもない。

 ただ、響き続ける水の破裂音の中で、薄くても聞こえたのだ。

 慣れきった少女の声を。

 一日、ずっと耳朶に当てがい続けた声を。

 

「くっ……~~~~~!!」

 

 最悪な予感の的中を嘆いて、少年はより一層の速度で走り出す。

 微かに通った一筋の音の線を、ひたすらに辿って。

 曲がって、曲がって、曲がり抜いて。向かう先は闇。暗がりの中で落ちるさらなる暗がり。灯り出した街頭すら知らないそこは、有り体にいうのなら路地裏というもので。

 誰も止めないものだから、どんどんと深い黒を進んでく。

 自分しか気づいていない。自分しか成せない。自分しか。

 

「……ッ!!!!」

 

 引き返す道のりを忘れた頃。足が止まって、目のピントが合った。

 ――気絶したまま抱えられたシエルが、いた。

 

「あら~、やっぱ気付いちゃったかあ」

 

 瞳孔開いた眼に映る、数メートル向こうの声の発生源。

 それを認識した時、

 

「……そんな……!」

 

 信じられない。アルバはそんな表情をする。

 いや――信じたくなかったという表現の方が、適切なのかもしれない。

 身に着ける青紫の“B”のエンブレムも。濃密な灰の色した衣服も。全てが、裏切ることなくテレビのニュースで観た通りで。

 遠い幻想であれ、と。

 誰かの空想であれ、と。

 心のどこかでずっとそう思っていた――。

 

「やっぱりもっと自然なタイミングで寝せるべきだったかなあ~、……っあっは、反省反省」

 

「何故こんな所にいるのか」だとか「どうしてお前たちが関わってるんだ」だとか、そんな事情の聞き取りすらも飛ばして立ち向かわねばならないほどに、その悪意は禍々しく、そして恐ろしいものだから。

 

「バラル団……――!」

 

 開きっぱなしで塞がらない口の呼びかけに、その女は不気味なまでの笑顔で応えた。

 

「へえ~嬉しいなあ! 私たちも有名になったんだねえ……うんうん」

「……なんで、なんで」

「あっはは大丈夫? もしかして有名人に会えて緊張しちゃった??」

 

 雨で誤魔化されてこそいるが、確かに発汗するアルバ。無理もない。寧ろ凶悪犯罪者に遭遇した一般人の反応としては、満点とすら言えよう。

 言う通りの緊張に躰をこわばらせるそんな様を覗き込んで、バラル団の女は上機嫌に言葉を弾ませた。

 

「なんで、どうしてお前らがこんなことをしてるんだ……!」

「んー? なんでだと思う?」

「キノココをさらったのもお前らか! 何のために!?」

「がっつくな、がっつくな、せっかちな男子は嫌われちゃうぞ??」

 

 依然敵意と警戒心で凝り固まった少年へ「はー、遊びがないなぁ」と吐き捨てる。標的搦め獲った蜘蛛が如き視線を影からぎらつかせ、口車を回し続ける。女は、饒舌だった。

 

「私の名前は『ソマリ』――まずはお友達になれるかもしれないから、名乗っておくね」

「(わざわざ名前を明かすだって……!?)」

「ちなみに偽名じゃありませーん! 呼びタメあだ名大歓迎! もっとちなんで教えちゃうニックネームの人気所は、マリちゃんとマリーでぇーっす!」

 

 少年が、不信感を加速させてしまうほどには。

 

「ま自己紹介が終わったところでさくさく回答コーナーいっちゃうんだけどもぉ」

 

「耳かっぽじってよ~く聞いててね」言葉に伴わせて自分の耳をつついて、傾けた。

 

「私たちもさ、世界の皆々様を相手取って戦う偉大な偉大な秘密結社なわけなんだけれどもぉ~~、ま昨今色々抱えた事情があるわけなのだねえ? 資金不足とかー、戦力不足とかー……それに、人員不足とか」

「雪解けの日の件か……」

「ごめいと~う!」

 

 ソマリは順取って折り曲げていた三本の指を起こすと、ひらひらとアルバに掌を振る。

 

「ネイヴュ陥落したことばっか報道されてっけどね、それを成し遂げるために、こっちもな~かなかの被害を被っちゃってるんだよね。みんな知ってくれないけどさ」

「……何を……」

「んーで、その立て直しに、今はこんな具合にあれやこれやと裏でちまちまやっている次第でありま~す! 敬礼!」

 

 そしてその角が上がりっぱなしの口が指し示す通りの挙動を、してみせた。

 そこに反省はあるだろうか。後悔はあるだろうか。

 明るい笑声に。愉快そうな身振りと手振り。

 

「……なんで、そんな風にしていられるんだ?」

 

 ――そんな様相で振る舞うこいつに、人の血は通っているのだろうか。

 アルバは戦慄していた。

 生まれて初めて目の当たりにする、大いなる悪意に。世界に差す光を喰らう、災いの花に。

 

「お前、らは……、沢山の人の、帰る場所を、奪ったんだぞ?」

 

 過るのは、テレビ越しに見た、まるで戦争映画のような散々たる光景。

 

「沢山の人の、居場所を、ぐちゃぐちゃに、消し去ったんだぞ……?」

 

 話す誰もが泣きじゃくっていた、インタビューにならないインタビュー。

 

「どうして……、どうしてそんなに、笑えるんだ……?」

 

 画面いっぱいに並ぶ、犠牲者たちの名前――。

 己を震わす未知の何かを、いよいよ本能が断定する。

「これが悪だ」と。

「世界に根差す闇だ」と。

 

「誰かの不幸でご飯がおいしくなるんだからさぁ――――しょーがないじゃん?」

 

 証明が完了したその瞬間、アルバは震える手でモンスターボールを握り締めていた。

 

「おっと、やるんだ? マリちゃん優しいから逃がしてあげようとも思ったんだけどなあ??」

「嘘をつけ、そんな気なんかないくせに……!」

「いいや? いくらトレーナーでも所詮は子供、私の目撃情報を語ったところで証拠を提出できなきゃ意味もないでしょ? つまり現段階で君を自由にしたところで、不都合はないってこと」

 

 それを聞き受け、怒りと恐れで逸る思案を御する。

 考えろ――こいつは、普段から戦闘で相手をするようなトレーナーではなく、ただの犯罪者だ。

 何をしてくるかもわかったものではない。正々堂々なんて言葉は、まず除外すべき要素だろう。

 そんな中で負けては、それこそただでは済まない――。

 で、あるならば。

 

「(一度引き返して、PGに通報した方がいいのか……?!)」

 

「わからない」と「考えろ」が交互に積み重なっていく。今、シエルを半ば見殺しにするのが正しいのか。それとも戦うべきなのか。

 間違えるな。間違えれば次はない。

 刻々と時だけが流れるうちに「わからない」の数が増えてきて。急激に自分の容量を圧迫し始める。

 負ける未来を想像するなど、らしくない――自分でそうとわかっていたって、それほどまでにこの存在は。『敵』というものは。

 自分には脅威で。あまりに重く大きなもので。

「ああ、そうそう」

 ソマリは伏目で逡巡を続けるアルバに、今一度声をかけた。

 

「地味に訂正するけどキノココ拉致ったのは、私じゃありませ~ん。というかバラル団じゃありませ~ん」

 

 協力する第三者がいる。そう言った。

 勝った時の褒美に正体を明かそう。と、さらに続けた。

 

「しかしこのー、シエルちゃんだっけ? すっごくかわいい子だね」

 

 退屈にでも襲われたか、ずい、と近づけて抱えた寝顔を凝視する。

「やめろ!」反射的に叫ぶアルバ。

 

「やーだな、なーんもしないよう、なーんも」

 

 私はね。あまりに不穏な付け加えと、悪趣味な舌なめずり。

 

「ただ――これだけかわいいと、ぎゃんぎゃんと嗚咽にまみれて絶叫する顔もかわいいんだろうなあ、って」

 

「――――ルカリオ!!!!!」

 

 次の瞬間、アルバは考えるよりも先にモンスターボールを投げ放っていた。

 

「やっすい喧嘩のご購入、毎度ありぃ~!!」

 

 ソマリも待ってましたと言わんばかりに、それに合わせて投げ返す。

 招かれた“絵描きポケモン”の『ド―ブル』が、尾のインクをびちりと垂らした。

 

「――返品きかないから、そこんとこよろしく頼むよ」

「ここで倒すぞ……絶対に!!」

 

 トレーナーの怒りを乗せた闘士の咆哮が、地獄みたいな暗闇の底で木霊した。

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