ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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02.戦士たちの休日

 ――その町は、タウンという名が示す通り、あまり大きくない。

 一〇〇万にも満たぬ住民の生活を支える程度のビル街と、アスファルトの道。それは確かに自然を尊重しているし、天を閉ざしてもいない。車の排気ガスがその存在を感じさせない、貴重な都市部だ。

 郊外に出れば、原色たちはさらに活気に溢れ、鮮やかになる。

 立ち並ぶシーヤの木が、風通しが考えられた背の低い建築物たちを飾り付けた。スカイブルーは背景いっぱいに広がって開放感を演出、訪れる者達を浮足立たせて止まらない。

 海に面した、ラフエル地方南東のリゾート地『ククリタウン』は、今日も今日とて元気に人を寄せていた。

 

「よぉー!」

「ランタナさん、おはようございます」

「おーおー、刻限五分前ってのに……皆さんお揃いで。相当楽しみと見たぜ」

「そういう君だって、遅刻がないなんてよっぽどじゃないか?」

 

「ははは、ちげえねえや」からりとした温暖な気候が、声をよく通す。

 着陸したムクホークから降りた。城が如きラグジュアリーな佇まいは、ただそれだけで気分が上がるというもの。

 午前一〇時、ホテル『モンテ・ウェイブルーフ』前で集合。ジムリーダー達は各々、平素の多忙を忘れさせる私服に身を包み、一週間前に提示された待ち合わせの条件をきっちりと守っていた。

 アサツキのサテンキャミソールや、ユキナリのポロシャツ、ステラのノースリーブ等……装いに統一感は無くとも、誰にせよ「涼しそう」という感想は共通している。

 五泊六日のプランで伴う荷物は重いので、

 

「とりあえず、荷物預けるか」

 

 とランタナが提案。それを合図に、皆ぞろぞろと予約済みのホテルに入っていく。

 さすが夏といったところか、混雑しており、人の出入りは激しい。

 が、それでも彼らの表情がこの空のように晴れやかなのを見るに、休息を提言した事も無意味ではなかったな……なんて、思える訳で。

 

「……業務命令でなければ、誰がこんな場所……」

 

 そんなランタナの手応えに、水を差す存在が一つ。

 レックウザの柄が入ったエメラルドグリーンのアロハシャツに、ベージュのハーフパンツ。かと思えば麦わら帽子との間にフェイスタオルを噛ませたファーマースタイル。ビーチサンダルから覗く足は、既にじんわりと汗が滲んでいた。仕方がないだろう、蒸し風呂状態の外には慣れていない。例年のこの時期といえば、冷房が効いたラボに引きこもっているのだから。

「ぶっ」ランタナは、カイドウの恰好を前にして思わず吹き出した。

 

「なんだお前その服装! だはは!」

「黙れ! 知人に訊ねたらこれが最も効率の良いコーディネートだと言われたんだ! なめるな!」

「おまっ……これ、夏によく見るサイコソーダ売りのおじちゃんじゃねえか! ぶははははは!!」

「くそっ! こんなに恥をかくならば、やはり仮病を使ってでも休むべきだった……朝八時に起き、大量のスポーツドリンクをクーラーボックスに詰め込んでいる場合ではなかった……ッ!」

「え、その死にそうな顔で引きずってるクソデカい箱クーラーボックスなの? どんだけ準備入念なの?」

 

 人の往来が多いホテル前で、それはとんでもなく邪魔だった。

 周囲から、この箱の中身よりも冷たい視線を向けられているのを見れば、わかる。

 

「コスモスの奴だって、さぞ乗り気でないことに違いない。だから一分前というのにまだ来ていないんだ」

「そういや……あいつだけ、遅れてんのか」

「暑いし混んでいるし濡れるし暑いし汚れるし疲れるし暑いし暑いし何より暑い! そんな中で浮かれていられる貴様らの頭の方が異常なんだ、いい加減熱にやられていると気付いたらどうだ」

「あーあー、わかったわかった。続きは海で聞いてやんよ」

「今に後悔するぞ! 脳みそが茹で上がった後では遅いということを告げておいてや」

 

 ばさ、ばさ、という逞しい羽音によって、半ばでかき消されるカイドウの言葉。

 その翼は、鳥ポケモンのように軽やかなものではない。

 その風は、撫でる優しさというより、押さえつける強さを持っていた。

 

「ようやく来たか……」

 

 ジムリーダー最強という肩書きだけで、日常の何気ない所作一つにも威厳が付きまとう。これが良いのか悪いのかはわからないが、少なくとも背に乗る彼女の貫禄は、如実に出ている。

 ドラゴンポケモン『カイリュー』の降臨――――コスモスの見参だ。

 

「すみません、準備に時間を取りました」

 

 水中で視界が殺されない、シュノーケル。遊泳と同時に酸素も取り入れられる優れものだ。

 腕にかけた浮き輪は今でこそ邪魔だが、後になれば水上で優雅な時間を提供してくれるに違いない。

 手中の水鉄砲で、誰を餌食にしようか考え中。

 ビーチボールは基本中の基本だ、忘れるなど言語道断。

 砂の城も作りたかったので、子供用バケツとシャベルも持ってきた。

「ぬかりない」と言わんばかりの気迫に、賢者ばかりか旅人も頭を抱える。

 

「さあ、行きましょう。決戦へ」

 

 満を持した、遊ぶ気満々のフル装備――――コスモスの、見参だ。

 

 

 

 日々考える事も、思う所も、山積しているだろうが――暗黙の了解で、今日だけは忘れよう。

 全力で羽を伸ばそう。水着姿で砂浜に一歩足を踏み入れて、そう独白した。

 

「海だーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 かくして、ククリビーチエリアにて、戦士たちの休日は始まる。

 海パン一丁で元気いっぱいに走って叫んで、一面に広がる水へと飛び込むカエン。

「ひゃー! つめてー! しょっぱー!」ザブン、という海の受け入れの音を合図に、皆もポケモンを開放して、押しては引いてを繰り返す際限のない青に向かっていく。

 ランタナはマット、チェア、パラソルという通称“三点セット”を設置してから、一足遅れて賑わう景色へと向き直った。ある者は泳ぎ、またある者は水遊びに興じ、中には野生のポケモンと“なみのり”する者までいる。

 

「しっかし、久しぶりだなあ……海なんてよ」

 

 肌を焼く日照と、小波の音。鼻を抜けていく潮風のハーモニーは、彼に故郷(アローラ)を思い出させて、懐かしませて。

 

「……おおっ!!」

 

 しかしそれも束の間であった。

 男子というものは、見目麗しい女子たちを前にすれば、いくらノスタルジーであろうが二の次でしかない。

 気が付くと、青年の鋭い視線はコスモスへと向いていた。

 

「ネイビーブルー、フリル付きのホルターネックオフショルダーか……! 控えめなボディラインを盛りつつ、清純さを演出する愛らしいひらひらの飾り――んん!! 白百合のように純白で可憐で綺麗な肌と結ばれた銀髪も手伝い、一人静かに水を掬って遊ぶ姿はまさしく『夏のお嬢さん』ッ!! クソッ、クソッ、胸がきゅーんとくるぜ……!!!」

「お前は何を言っているんだ」

 

 パラソルの陰で腰を下ろすカイドウが言う。

 そんな追及をよそに続けるは、アサツキの捕捉。

「ひゃっ」慣れきっていない冷たさを足先に感じて、思わず引き返した。

 

「ンオオ……チューブトップ……イエローか! 確かに動きやすさを重視するアサツキが好みそうだ……しかしリボンで女子アピールも忘れねえ! そしてその形状の都合から巻き付けるように着用しているので、何とは言わねえがはちきれんばかりに強調されているッ! 何とは、断じて何とは言わねえが! 元々相当だったモンが寄せられ上げられしてさらに破壊力を増してるじゃあねえか! お兄さんはナンパが心配ですッ!!」

 

 誰に言ってるのかもわからないまま、最後と言わんばかりの勢いで見やるステラ。

 己のポケモン達が水遊びする浅瀬を、しゃがんで見守っていた。

 

「でかァーーーーーーい!! まさに色気のはかいこうせん!! 性のギガインパクト!!! 説明不要!!!! 上等な食材が小難しい味付けを必要としないように、小細工のない三角ビキニこそ、その胸には相応しいものだァァーーーーーーッ!! 見るからにオトナでありつつも花柄をチョイスするそのギャップも素晴らしい!! 普段が露出ゼロの修道女なんて、全く思えねえよ俺ァ!!!!」

 

 あまりの喧しさにとうとう堪忍袋の緒が切れたか、黙ってパラソルを守っていた大筒ポケモン“ドデカバシ”は、その立派な嘴でランタナを殴打。

「ぐえ」主は放物線を描いて海まで吹き飛び、やがて落水した。

 濡れた顔を出すと、偶然眼前にいたサザンカと目が合う。

 

「おや、ランタナさん。これはこれは、元気で結構なことです」

「水面に立って歩いてるあんたの方がよっぽど元気だと思うけどな俺は」

「なに、ほんの四〇年程度の修行で簡単に身に付きますよ。ご一緒にいかがですか」

「あんた一体いくつだよ」

 

「ランタナさん、あまりはしゃぎすぎないで下さい。怪我をしますし、他の方々も驚いてしまいます」

 わざわざ歩み寄ってきて注意するステラの言い分は、最もであった。

 いくらジムリーダーでも、ビーチは貸し切りに出来ない。となれば周囲の一般客と何一つ変わらないので、相応のマナーというものは必要で。

 すまんすまん、と返しつつ、

 

「そういや、お前は泳がないんだな」

「へ?」

 

 それはそれとして、率直な疑問をぶつけた。

 羽織られたラッシュパーカーに対し、思うことがあったわけでもない。ただ本当に、なんとなく気になってしまった。それだけ。

 

「ええ、まあ……」

 

 湿った髪をかき上げる間に、言葉は返らない。渋く視線を逸らして、もごもごと歯切れが悪そうに言い淀むだけ。

 その振る舞いだけで「答え辛いんだろうな」と察せたので、ランタナとしては十分だった。

 

「きゃっ!?」

 

 のだが、コスモスは全くそうでなかったようで、視認さえままならない速度で背後から接近、まるで果物の皮むきのような軽快さでステラのピンク色の上着を剥ぎ取った。

 

「こ、コスモスさん!? 何をなさるのですか!」

 

 そう言って振り返る動作で背中の傷を確認し、なるほどな、と言外で腑に落とす。

 

「ごめんなさい、何だか泳ぎたそうにしていたものだから」

「っ……お、泳ぎはしたいですけど」

 

『おい、あの子背中に傷あるぞ』『珍しい……どうやって出来たのかしら』『美人なのに、勿体無いなあ』

 次々に上がる周りの身勝手な声を聞き、苦い顔して赤らんだ。

 

「こ、こういうことに、なってしまいますので……」

 

 忽ちに音量が下がる声と、伸びる手。言うまでもなくパーカーの返却を求めている。

 どういう経緯でその柔肌に一本線が引かれてしまったのか。そしてこれに対して、本人はどういう心境でいるのか。

 ランタナは別に知ろうとも思わないが、彼女が居辛そうにして縮こまる姿を放っておく気も、さらさらなくて。

 何故なら本意を妨げられることは、不自由である故。彼個人が常々強く持つ流儀は、それを許さなかった。

 

「おーい、カエン」

「なーにー!」

 

 遠くでポケモンと戯れるカエンを呼び寄せ、

 

「ステラもポケモン役で、なみのりごっこしたいってよ」

「な!?」

「ちょっと付き合ってやってくれよ」

「わかったー!」

 

 ステラへと差し向ける。

 だからって過干渉は嫌なので、それ以上のことはしない、ただそれだけ。

「ちょ、ランタナさん!」ほどなくして当惑を覗かせるステラだったが、そんな暇も許さず「ステラねーちゃん、おんぶ!」と急かすカエン。

 

「はあ、どうしてこうなるのかしら……」

 

 成り行きに流されるままに屈んで、その小さな躰を背負うと、

 

「あ……」

 

 自身の傷が隠れることに気付いた。

 はっ、としてから、ようやっと旅人がせんとしたことを察するも、先に開口するのは少年で。

 

「ステラねーちゃん、せなかに傷があったんだな」

「ええ、昔にちょっと怪我をして、その時に」

「へへ、おれとお揃いだねー、なかまだ!」

「! ……もう、なんですか、それ」

 

 乗り出した顔の、頬の傷。それを指し示してにっかりと笑う少年の眩しさに、恥じらうのも馬鹿らしくなり、思わず表情が綻んでしまった。

 

「泳ぎたいなら、泳ぎゃいいじゃねえか。そのために小洒落た水着だって選んできたんだろ? 折角似合ってんのに、勿体無いぜ」

「ランタナさん……」

「ほうら行った行った、トレーナーさんが待ってんぞ。ラプラスみてえな乗り心地をご希望らしいから、せいぜい頑張るこった」

「……ありがとうございます」

 

 格好つけたはいいが、感謝を受けて、むず痒くなって。

 気の利いた言葉は柄じゃないし、人を上手に扱えない。

 立ち回りだってお世辞にも達者とは言えないけれど、いつも捨て置けずに中途半端をやってしまう。自由であるが故の視野の広さと、行動力――本人曰くこんな“貧乏くじ”なんざ、いっそ『ない方がいい』なんて思うこともあるが、ああやって美女から微笑みを向けてもらえるなら、頭のどこかで「悪くないな」なんて風にも思ったりする訳で。

 ランタナはそうやって、今日も“いい加減なお人好し”を繰り返す。

 

「ステラねーちゃん、泳ぐのうまいな!」

「そうでしょう? 幼い頃、習い事で水泳を嗜んでいたんです」

「きょうそう! きょうそう!」

「うふふ、負けません!」

 

 姉弟のようにして楽しげに泳ぐ大小二つの人影を眺めていると、コスモスが隣に立って声掛けしてきた。

 

「けっこう」

「んー?」

「周りを見ているんですね」

「いいや……、お前ほどじゃあないさ」

 

 何より、見てる(・・・)ってより、見えてる(・・・・)だけだしな。

 意味深長なやり取りもほどほどに、ということで、返事をそれきりにした。

 そして自身も泳ごうと、沖の方へと進んでいく。

 

「どうでもいいのですが……さっきのは思いきりアウトな方のセクハラなので、お気を付けて」

「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」

 

 途中で足が攣ったのは、彼女だけが知る秘密。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 忘れていても、時間は進んでいく。

 休息を余すことなく限界まで楽しむ彼らは、きっと誰にも止められない。活気付いた状態のことを指すアローラ言葉『ゼンリョク』とは、本来こういう様を表すものなのだろう。

 ユキナリ、カエン、アサツキ、コスモスが、黄土色の浜辺の上で、先ほどから跳ね回っている。

 二対二に分かれて横長のネットを挟み、ボール一つを飛ばし合う――俗にビーチバレーと呼ばれるそれは、海の遊びの定番だ。

 

「アサツキさん」

 

 トス。

 

「っしゃ、どりゃっ!」

 

 スパイク。

 

「ユキナリおじちゃん!」

「任せろ……!」

 

 ブロック。

 ユキナリの手に止められたボールが、女子二人の前で落ちる。次いで鳴り響く短いホイッスルは、審判サザンカのもの。

「たけージャンプ、さすがだな!」「伊達に警察していないからね、身体能力には自信がある」

「すみません、トスの位置がよくなかったです」「こっちこそだ、勢い足りなかった」

 こうも清々しい絵面だと、流れる汗すら宝石よろしく煌めいて、美しく見える。

 

「試合が揺れていますね……」

「ああ、揺れてるなぁ」

 

「あの、大丈夫ですか?」パラソルの陰からゲームを眺めていると、隣のステラが目の前で掌をはらはらと上下させる。

 

「なんだかぼんやりしているように見えますが……」

「だ、大丈夫だよ。ちゃんとバレーボール見てるよ。アサツキの躍動感溢れる胸元のボールなんてこれっぽっちも……」

「何一つ大丈夫ではありませんね。グランブルとじゃれつけば目も覚めるでしょうか」

「だー! わかったよ! 悪かったって!」

「まったく……殿方とは、皆こういうものなのでしょうか。ねえ、カイドウさん」

 

 そう言って、溜め息を吐きながらランタナから目を逸らす。麦わら帽子で顔を隠して仰向けになるカイドウは、小さく呟いた。

 

「青い雲と、白い空」

「……か、カイドウさん?」

「わたあめに覆われたメリープと走り回る、砂糖菓子の城」

「諦めな、こいつは人混みと暑さにやられて限界だ。もう心象風景を言葉で表現することしか出来ない」

「メープルシロップの海を、ワッフルの船で渡りたい」

「なんてメルヘンな景色なの」

 

 熱中症かと思ってもみたが、単にそもそもの体力不足ということで、大事ではないという結論に至る。

 が、言い出しっぺで半ば強引に連れてきた身としては、きまりが悪くて忍びない。そんなところで彼が甘党であることをふと思い出したランタナは、おもむろにチェアから腰を上げる。

 

「ちょっくら、行ってくるわ。なんか要るか?」

 

 そして親指で示すのは、離れの建物。これまた定番、海の家だ。

 さっき通りかかった時に、店先にでかでかと『アイススイーツやってます』と書かれた看板が立てられていたのを、記憶の海からサルベージした。

 

「あら、ありがとうございます。かき氷のノメルシロップをお願いしても?」

「うい、ノメル味のかき氷な」

 

 ステラにノメルのかき氷、カイドウにアイススイーツ。内心の空白で、忘れないように繰り返した。

 

 

 

「嘘だろオイ……」

 

 海の家の中は、行列が出来ていた。

 人々が求めるのは、一貫してアイススイーツ。やはり暑い日に頂く冷たい甘味は、何にも代えがたい幸福感を得られる、ということでいいのだろうか。

 例えば、こうやって出入り口にまで及びそうな長蛇を並ばされても、食べたいと。そういうことなのだろうか。

 

「(考えるこたみんな一緒だな……)」

 

 頭をぼりぼりと掻く。辟易、といった渋い表情。

 うおんうおんと喧しい駆動音を撒き散らして回る扇風機が、青年を嘲った。

 いくら内装が新しい木目調で、どんなに空席があっても、この身近な窮屈さはそれ以前の問題。

 店内に吊るされたまま、寂しく揺れる『氷』の字。

「参ったぜ」と肩を落としたところで、自分の番が早まることはないので、大人しく列が進むのを待つことにした。

 

「お二つ、お待ちどうさまだよ~」

「マカちゃーん、もうひと頑張りだよー!」

「は~い!」

 

 後ろに人が増えていくうちに、少しずつ、アイススイーツなるものの全容がわかってきた。

 透明なカップに入った、ケーキのような形のアイスだ。見てくれ以外にもケーキ要素があるかどうかは、味わってみないことには何とも言えないが……とりあえず「ちゃんとしたパティシエが考案したもの」というのは、列を作る者達の無駄話から、盗み聞いた情報。曰く、新感覚スイーツ。そう云われるとなんだか自分まで興味が出てきた。

 恐らくアルバイトなのだろう、十代の少女がカウンターの向こうで一生懸命働くのを見て、何となしに昔を思い出す。

 季節度の長期休暇というものは、業界のほとんどがニャルマーの手も借りたくなるほど忙しくなる。そういった場面は、常に資金を要される旅人にとっては最高の稼ぎ時で。

 かつての自分もあんな風に行く先々でてんてこ舞いをしていたと考えれば、図らずも破顔してしまう。

 若いっていいなあ。そんな年寄りじみた独白を自覚して、大慌てで気を引き締めた。

 

「次には食えるぞ。待った甲斐があった」

「な、なんだか緊張してきたよ……!」

「もう、リノくんってばアイス一つで大袈裟だよ」

 

 とうとう目鼻の先にまで迫ったレジカウンター。自分の前の三人が消えれば、この地獄からも解放される。

 彼ら男女はどうも団体として並んでいるようで、大方夏休みをエンジョイする学生仲間、なんてところだろう。

 元気にはしゃぐ声も、間もなく自由が戻ってくると思えば、全く気にならないもので。

「それじゃ、お先!」三人組の紅一点ともいえる女子が、受け取りを済ませて離脱。あと二人。

 リノと呼ばれたプラチナカラーの髪の少年が、自分の番だと首から提げた小銭入れから、代金を取り出した。

 

「お兄ちゃん、譲ってくれる? ありがとう」

「わっ」

 

 事は、そんな折で起こる。

 

「リノくん!」

 

 ちゃりちゃり。小銭が飛び散る音と共に、リノは床に尻もちを付いてしまった。

 突然割り込んできた男に、突き飛ばされたのだ。

「おう店員さん、一つくれや」男は少年が小銭を拾い集める姿に目も暮れず、マカにへらへらとした薄ら笑いを向けながら商品を注文した。

 

「よ、横入りは、ダメだよぉ……」

「ああー、いいのいいの。この子優しいから、譲ってくれたんだわ。なぁ?」

「馬鹿な事言わないで下さい。今の、どう見たって横入りじゃないですか」

 

 店員の注意を歯牙にもかけず、図太く言う男。そこでようやく彼らへと視線を合わせたが、ぶつかったのはリノではなく、一緒になって小銭を拾っていた少女『ケイティ』で。

 

「け、ケイティ、ありがとう、もういいから……食べられないわけじゃないんだし……」

「いいや、こういうのは黙ってちゃダメ。正しくないことは、ちゃんと正しくないって言わなきゃ」

「なんだこの姉ちゃん、うるせえなあ」

「つっ!」

「金払うんだから、文句ねぇだろうが」

「ケイティ!」

 

 今度は力任せに彼女を突き飛ばした。すると一瞬にして険しい空気が店内を包み込んで、誰にとっても他人事ではなくして。

 訪れる、嫌な沈黙。

 

「譲ろうが譲らなかろうが、順番は守ったらどうだ」

「ゆ、ユーリ……!」

「あ?」

「あんたが割り込みで奪うその一個のせいで、別の人が食えなくなるかもしれないだろ」

 

 されどもう一人の『ユーリ』という少年は、勇ましく男に食い下がって、腕へと掴みかかった。

 

「あーあーわかったよ、お前らを列にいられなくすりゃいいってことだろ!?」

「ぐぁっ!」

 

 が、それも長くはなくて。思いきり頬を殴打され、リノの隣に倒れ込む。

 

「ユーリ! 大丈夫……!?」

「くそっ、こいつ……!」

「あ、わわわ、店長さ~ん! け、警察……!」

「いいからさっさと商品出せやゴラァ!」

「ひいっ」

 

 続く男の怒声が連れてくるのは、不快極まるどよめき。

 ケイティを歯噛みさせ、マカを黙らせ、再びユーリの前に立った。

 

「生意気なんだよ……喚くな、ガキが。大人に楯突くんじゃあねえ!」

「っ……!」

 

 上体を起こしただけの状態であろうが、関係ない。隣で呼び掛けるリノさえ巻き込む勢いで、回し蹴りを喰らわせた。

 

「まぁ落ち着けって」

 

 というのは、予定で終わった流れ。

 ランタナは、そうやって上げる直前の足をビーチサンダルで踏みつけていた。

 

「あァ!? 今度はなんだよ!!? 誰だテメェはよォ!!」

「誰でもいいだろうが。それよか止せよ、子供相手にみっともねぇなあ……」

「ほっとけや! 俺はあのガキに譲ってもらったんだっつの!」

「かー、こんだけ証人がいて、まーだ言うかねこのボケナスは」

 

 睨み合いも適度で切り上げ、男の足の拘束を解くと同時、さっと後ろに下がる。

 しかし逃がさない。そんな面構えで数秒前を咎めるように詰め寄ってくる男であったが、ランタナはそれを見越して、モンスターボールを突き出した。

 恐らく突飛な行動で理解できなかったのだろう、動きが止まる数舜。

 

「わりぃな、暴力は嫌いなんだ。でもお前はなかなか気に入らねえ……だからどうだ? こいつで勝ったらその『譲ってもらった』って順番さ、俺に譲ってくれよ」

「はぁ? なんでそうなるんだよ。頭おかしいんじゃ」

「まさか、ガキしか黙らせられねえってか? いい歳こいて、大人の解決方法を取れません、と?」

「……あン?」

「ああー、なるほどな。道理で言動が子供臭くて、アホ丸出しなわけだ」

「――ブッ潰してやるよ!!」

 

 とても安い挑発だろう。しかしどんなであれ、かかればこっちのもの。

 おまけに自分がジムリーダーであることを知らない程度には浅い知識ときている。

「勝った」そうして事前から勝利を確信するランタナであったが、

 

「おーい、遅いじゃん。何してんの?」

 

 それを破るのは、男と同じぐらい柄が悪い、男の連れで。

 出し抜けに現れた仲間に事情説明を済ませ、準備は完了。二人してモンスターボールを取り出すと、にったりと汚く笑い、近付いたランタナの顔を覗き込んだ。

 

「ポケモンバトルなら、何でもいいんだよな? だったら二人一緒に相手してくれや」

「けっ、ちゃっかりしてらぁ……」

 

 全く聞いていなかったことだが、今更「卑怯だ」なんて悪態をつくことなぞ、出来ない。投げた賽を拾い直すなど、あまりに恰好が悪すぎる。

 不安げに見つめる三人組が、露骨にまずそうな顔した青年に心配の声をかけた。

 

「おじさん、無茶ですよ!」

「お兄さんだ。まあ任せろ、なんとかしてやるって」

「あ、危ないですよ、僕は大丈夫ですから……おじさんも、お構いなく」

「お兄さんな。おじさんじゃなくてお兄さんな」

「せめて俺も加勢します、おじ……お兄さん」

「俺まだ二八なんだが? ギリギリ二十代なんだが? 帰りたくなってきたよもう」

「まだかよぉー、さっさとしようや、おじさん」

「っせーなァ! 今相手してやるから、黙って待ってろ!」

 

 と啖呵は切ったものの、だ。

 相手の頭の出来がどうであれ、脳が二つあると言う事は、単純に自分の倍の思考力を持ち合わせていることに変わりない。いくらポケモンの数が対等であっても、戦略の精度に差が出てくるだろう。

 どうしたものか。引くに引けない、どうしようもない状況で考える。

 

「へェー、面白そうなことやってんじゃねえか」

 

 そこで聞こえるとある男の声は、ランタナにとってさぞ頼もしかったに違いない。

 その青年は、一人席で軽食を味わっていた。空になった器がその証拠。

 水を飲み干して、すく、と立ち上がり、レジカウンターにお代を置きがてらマカへと「アイススイーツ一つ、取り置きしといてくれ」と注文した。

 そして、

 

「俺も混ぜてくれよ」

 

 青年は、忽ち修羅場に立つ。

 スタイリッシュさを感じさせる黒の半袖シャツと、清涼感溢れる緑のハーフパンツという装い。胸元に畳んでかけられたサングラスは、いかにもな夏の趣を滲ませる。

 

「ったく、次から次へと……今度は誰だよ、あん?」

「一対二はフェアじゃあねえだろ? だから数合わせに入ってやろうと思ってさ」

 

 男はまさしく乱入者に睨みを効かせるが、海風にわざとらしく髪を靡かせる涼し気な振る舞いの前では、生憎無意味なもので。

 ややもすれば気障(きざ)とさえ云われてしまいそうな声色、佇まいではあるのだが、本人は全く辞める素振りがない。恐らく自信の表れなのだろうと、思う。

 

「チッ、もうめんどくせえ。クソあちぃし……なんでもいい。やんならさっさとやろうや」

「決まりだな。ってわけでオッサン、そういうことだ。折角の休暇だから、バトルは避けたかったんだけどよー……祭りごとじゃ一緒に騒いでおきたい性分でな。手伝ってやるよ」

「お、おう。ところであんた……」

 

『オッサン』の否定も忘れたのは、それどころではなかったからだろう。

 ランタナが丸くする目には、青年を見た覚えがあった。

 いや、彼だけではない。ざわざわと段階を踏んで少しずつ騒ぎ立つ観衆にも、同じ記憶がある。

 どこの誰もが一方的では、あるのだが。

 

「ん? ……ああ、とっくに見飽きたぜ、その反応ならさ」

 

 人は彼を、知っている。

 

「最初に言っとくがツレ(・・)はいねえからな。一人でのんびり、お忍びの休暇中なんだ」

 

 カントー地方出身の彼を、知っている。

 

「ま、現状、そうもいかなくなったけどな」

 

 かつてのチャンピオンであった彼を、知っている。

 

「おっと、悪いがサインは断ってるぜ。一人にやったら皆にやんねえとだからな」

 

 そして今は異国の地でジムリーダーを務めていることを、知っている。

 

「ところでアンタ、名前は?」

「ら、ランタナだ……」

「お? あーあ、ラフエルのジムリーダーかよ! なんだよ、アンタとやり合った方が全然楽しそうじゃねえか……ちぇ、失敗したぜ」

 

 ツンツンに尖った茶髪と、強者のみが許される誇大な態度を――知っている。

 

「ま、いいや。俺は『グリーン』――――って、言うまでもないか」

 

 伝説(レジェンド)と謳われるポケモントレーナーの名を、知っている。

 

「さて、楽しい異文化コミュニケーションだ。ド派手にいこうじゃねえか」

 

 伝説と出会い、共闘する僥倖。及び、それからなる呆然。

 仰天に開いた口が塞がらなくとも、握手はしっかりと交わされた。

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