ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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03.Legend of Green

 海の家の前は、不自然なまでに空間が出来ていた。

 偏に木の棒を用いて描かれた、急場しのぎな砂上のバトルフィールドのせいで。

 周囲を固める騒音も、心なしか弱まった。恐らく間もなく始まる二対二のバトルを見せ物として楽しむため、大人しくなったのだろう。

 天候は“日照り”――四角形を囲って立つ四人を、大きな丸がさらに囲う。当事者も傍観者も、一様に元気であった。

 

「んーじゃま早速、やりますか」

 

 対戦者同士が目配せし合って構え、モンスターボールを場に投げ入れる。

 続けて男二人組の前で上がった光は、“リザードン”と“フシギバナ”の姿を成した。

 立ち起こる立派な咆哮が場を盛り上げる一方で、ランタナの傍には“ファイアロー”、グリーンの傍には“カメックス”がそれぞれ顕現した。

「おっ」カントー地方の冒険者が最初に手にする三匹、所謂『カントー御三家』が揃い踏み。あまりの偶然に少しばかりの高揚を覚え、グリーンは目の色を変える。

 

「ハハハッ、懐かしい顔ぶれだな。面白い事もあるもんだ」

「そのカメックス……やっぱりあんた、本物なんだな」

「だから、最初からそう言ってるだろ? 疑うなんて傷付くぜ」

 

「グリーン様、こっち向いて!」促したファンたちが一斉に黄色い声を上げるのは、その白い歯が鬱陶しいまでに煌めいているからに違いない。

 振る舞いだけなら噂通りなんだが……なんて、ランタナの苦々しい表情。

 

「ま、実力で証明するよ」

 

 そこから向き直る不敵な笑いが、

 

「だから、見とけって!!」

 

 そのままゴングとなった。

 カメックスの大砲から“ハイドロポンプ”が放たれ、伝説の戯れはいよいよ開幕。ルールは二対二のダブルバトルで、使用ポケモンは一人一体。アイテムはなし。

 何のことはないシンプルなストリートバトルでもここまで盛り上がるのは、場に華々しさがあるからに他ならない。

 極太の青線が、空気中の水分さえ巻き込んで橙の翼竜目掛けて突っ込んでいく。

 

「覚悟しなキザ野郎!」

「グリーンだかプリンだか知らねえが、吠え面かかせてやるよォ!」

 

 かわせ! リザードンは並み以上の機動力が約束されているからして、主の一声さえあれば回避行動など雑作もない。大翼を羽ばたかせて浮上する巨体は、水が砂に飲まれる様を見下ろした。

 

「かかったな!」

 

 入り込む隙を、見逃さない。ランタナが指さすのはフシギバナ。

 その時、既にファイアローはいなかった。

 ぎゅんっ、と鳴る音。

 それを置き去りにする赤橙の羽毛と残像。

 追い付けない。確実に。

 ひこうタイプの技を使ったポケモンを加速させる特性『はやてのつばさ』の後押しを受けたファイアローは、瞬きを終えた草蛙の視界に突如として現れる。

 輝き帯びて、軌跡を描きながら猛々しく突撃する技を、

 

「“ブレイブバード”!」

 

 と呼んでいる。

 我が身を顧みない一撃は、まさしく勇敢の一言。

 だが悲しき哉、

 

「げっ!?」

「バカが! かかったのはお前だよォ!」

 

 それはいきなりの透明な障壁に阻まれる。

 先立って唱えられた“まもる”であった。

 ばちん。望まぬ衝突を頼んでもない形で飾り付けるスパークは、意地悪く目交いのフシギバナの瞳を照らした。

 だが動くのは彼でなく、相方(リザードン)で。

「まずい!」言葉にする頃にはもう遅い。動きが止まった火の鳥の一瞬を切り取るようにして、体当たりで攫ってく。

 土壇場で通った“つばさでうつ”は、実に的確かつ冷静な判断の元で生まれたものとわかった。

 進行形で敵方と視線をかち合わせるランタナならば、余計に理解が及ぶ。無理もないだろう、笑っているのだから。

 

「フシギバナぁー、“ソーラービーム”いこうや」

「いい。構えて“れいとうビーム”で凌げ」

 

 火力と引き換えにチャージに時間を要する草タイプの大技“ソーラービーム”も、ここまで日光が豊富な状態であれば、即時発射が可能となる。

 眺めているだけで失明しそうになるほど強烈な熱戦が、有無をいわさず重戦車へと襲い掛かった。そうして追い詰められた状況であっても、肩越しならぬ甲羅越しで静かに指示を待ち受けるカメックス。そのキャノンが選択した砲弾は、氷属性のものだった。

 結果、相殺。水蒸気という名の白煙があたりいっぱいに広がり、ほどなくして晴れる。

 尚も反目は、続いていた。

 

「っくしょう……」

「やられたな」

 

 後悔の歯噛みに続く、涼し気な一息。

 リザードンとファイアローがドッグファイトを繰り広げる空と、フシギバナとカメックスが砲撃戦を展開する陸で、綺麗に戦況を分断された――。

 素人目から見れば単なる一対一の構図なので、何故彼らが渋い顔をしているのかは伝わらないだろう。

 

「へへッ、クソ正直に突っ込んで来やがって……ダブルバトルってのは相性だけじゃねえんだよ」

 

 しかし相対する男たちはよく知っている。そうなるように仕組んだ故、必然でしかない。

 ポケモンバトルを行う上で重要視されるものの一つとして『タイプ相性』がある。

 属性間の有効ないし無効によって発生するダメージ量が変動する、いわば得手、不得手の世界だ。

 本来これは絶対的に覆しようのない要素なのだが、複数体のポケモンを一挙に扱うバトルに於いては、その限りではない。

 例えば『片方が相性不利を強いられているポケモンに対して、有利を取れるもう片方がカバーに入る』ことが出来る。さらに相手は『カバーしてきたそのポケモンに有利を取れるポケモンで牽制を行える』し、仮にそれがわかっているならば裏をかき『敢えて不利相性で突っ張る』などというアンサーも大いに許される。

 この通り、シングルバトルだと従うしかない絶対の法則も、ダブル以上のバトルでは要所要所で駆け引きをや読み合いを生じさせる、思考の種と相成っている。

 この状況ならば、誰だって飛行タイプ(ファイアロー)草タイプ(フシギバナ)に相性有利を押し付けることなど考え付く。普通ならばその裏を読むべきだったのに、彼という人は愚直なまでに目の前の選択肢に囚われた。

 カメックスの一撃で引き離されたリザードンが、親切に何もしないでいてくれると思ってしまった。フシギバナには弱点を凌ぐ手段などないと、侮ってしまった。

 味方の不利を押さえ込むほんの一手で、盤上はたちどころに覆る。

 フシギバナを叩くことよりも、カメックスとフシギバナの対峙を防ぐべきだった――。

 

「ダメだな、なめすぎた……」

 

 ランタナは、自責せざるを得ない。

 

「ポケモンバトルなら勝てるとでも思ったか? だったら残念だぜ!」

 

 そしてようやく認識する。敵もまた、れっきとしたトレーナーであったと。

 

「こちとら、ジム巡り経験があるんだからなァァ!!」

 

 フシギバナがソーラービームを乱射する。彼そのものに動きは無くとも、苛烈を極める射撃は猛攻と呼ぶに相応しい。背中に咲いた大輪の花から、幾度となく活きのいい光芒が閃く。

 カメックスは防戦一方だった。体表が干上がりかねない熱射と、体内を蒸しあげてしまいそうな気温。そんな環境下でスタミナを維持し、あまつさえ技を連発し続けることなど、たとえ歴戦の勇士であっても無理がある。

 

「なんでカメックスを選んじまったのかねェ! オイ!」

 

 ジリ貧。時間の問題。矢継ぎ早に立ち込める霧はやがて場に充満し、人々の素肌を冷やした。

 空で行われる戦いを一瞥。

 

「すまねえ」

 

 その後に横目で見たグリーンへ、詫びを入れた。

 

「俺が判断をミスったばかりに、このザマだ。レジェンドにゃ華を持たせてやりたがったんだがな」

 

 しかしまだ負ける気はないようで、

 

「だが責任は取る。この状況を打開するには、俺はどうすりゃいい」

 

 指示を仰ぐ様子からも、窺い知れる。

 

「あんたのことだ、何か考えはあ」

「ねえよ、そんなもん」

 

「……は?」ぽかん、とした。その遮りは、あまりにも予想外だったから。

 あっけらかんと言うグリーン。余裕と捉えていた表情も、急に不安になった。

 思考が停止しているのではないか、と。

 おいおい。ランタナがそう問い質そうとしたところで、再びの遮りが起こる。

 

「あの初撃、アンタはなんでフシギバナを狙った?」

「そりゃあ、カメックスの攻撃でリザードンが離れたと思ったからだろ……最終的には見せかけの罠だったけどよ」

「それはアンタの自由意思でやったことだよな? だったら次も同じようにやってみりゃいいだけだ」

 

 グリーンが掲げるその言葉に、体がぴくりと反応した。

 

「聞いたことあるぜ、ランタナ。アンタは『自由』を教えるジムリーダーなんだろ? だったらそれに拘って、きっちり勝ってみろよ」

 

 自由――それは、己だけが持つものではない。

 己が惹かれるようにして住み着いた街も、共に掲げるものでもある。

 今よりも遥か昔、絶えず争いを続ける世は戦火に満ち満ちていた。

 人々は村を焼かれ、町を均され、行く場所を失った。

 そんな中で年齢も、性別も、種族も、所属も問うことなく、彼らを移民として受け入れた地がある。

 名を『シャルム』。その地を治めていた当時の王は、異なる文化を侵さず、肌色が違う民を虐げず、知見の及ばぬ宗教でも汚さなかった。

 流れるもの全てを、大らかで深い懐を以て良しとした。

 

「好きにやれよ。決まりに縛られず、型に囚われず――最高じゃねえか」

 

 その成り立ちを聞いた時、彼は運命を感じた。

 そしてより強く思ったのだ。悉くが自由であれ、と。

 

「俺の勘が言うには、アンタはそっちの方が強そうだしな」

 

 男は口元を笑ませた。ランタナという名が、違うことなく遠い地へも届いていることを知って。

 

「ま、俺は最強だから? ついつい頼りたくなっちゃう気持ちは、わからなくもねぇけどな」

「……へっ、言ってろ」

 

 なんだか、認めてもらえたような気がして。

 

「そんじゃあレジェンド、遠慮なくその胸、借りるぜ!」

 

 吹っ切れた青年の声は、快活そのものだ。

 空に右手の指先を向ける「行け」というジェスチャーは、ファイアローに交戦を止めさせ、技“そらをとぶ”を発動させた。

 

「お? なんだよ、逃げやがったぞ」

「ハハハ、諦めちまったのか!?」

 

 靄の中を抜けて、彼方の天空へと飛んでいく火の鳥の姿を、相対者達は見逃さない。

 唐突に逃げられて手持ち無沙汰になったリザードンが次に取る行動など、考えなくともわかる。

 

「じゃ、先にこっちから終わらせてやらねぇと、なァァァ!!」

 

 がら空きになったカメックスへの、突撃。

 フシギバナの怒涛の攻撃を打ち消すことで手一杯な彼に、横槍をどうこうする余地などどこにもなくて。

 気が早いが、数十秒先には訪れているであろう勝利を前もって喜び、男は「ソーラービーム」と唱えた。

 エネルギーの充填が始まる。四つに分かれた花びらが、一枚ずつ順繰りに輝いていく。

 リザードンの『かみなりパンチ』が通るタイミングと、合うように。一度の攻撃で全てが済むように。そういう時間調整。

 

「……あン?」

 

 それを裏切るのは、誰だろう。

 遠くで根拠もなく勝ち誇った顔をする、茶髪の青年だろうか。

 或いはただただ攻撃を受け容れることしか出来ない、青色の水亀だろうか。

 

「――なんだあのオッサン!?」

 

 どちらもノーだ。

 

「風よ! 空よ! 万物照らす天高くの威光を――、今こそ我が手に!!」

 

 正解は、腕を広げた後に屈み、一思いで立ち上がると同時に拳を空へ突き上げるランタナ――“踊るオッサン”だ。

 

「何一人で叫んでんだ、気でも狂ったかよ!」

 

 ギャラリーからも笑い声が上がるが、当の踊るオッサンは気にしない。

 自身は真面目も真面目、大真面目だ。今しがたの動作は自分の出身地で受け継がれる神聖な儀式であるからして、恥じては失礼に当たるというもの。

 その誠実な意志に応えてか、突き上げた腕の手首に巻かれたリングが、空色に光り出す。

 

本気(ゼンリョク)だよ。お前らこそ人の本気(ゼンリョク)を笑うとか、ちゃんと本気(ゼンリョク)してんのかよ。趣味悪ィな」

 

 発される輝きはやがて大空へと送られて、そこで黙して待つ仲間の元へと届いた。

 滞空のために上下させる翼が、黄金へと変色する。筋肉は高い気圧にも負けぬよう膨れ上がり、陽光よりも眩しい煌めきは、全身をバリアよろしく包み込んで。

 

「後悔するぜ」

 

 刹那――昼空に、星が見えた。

「んな!!?」今にもソーラービームの発射サインを伝えようとしていた男は、フシギバナへと真っ逆さまに落ちてくる瞬きを視認し、大口を開けた。

 隕石か、流星か。目どころか音すら振り払って飛来する、逃げたはずのファイアロー。

 アローラ地方には『Zワザ』なるものがある。

『Zリング』と『Zクリスタル』なるアイテムを装着した状態で、ポケモンにある種のまじない的な舞いを捧げ、一時的に特別な力を付与する民俗技術だ。

 基本的にポケモンのタイプと同じ数、つまり全一八種あり、その分だけ踊りのパターンも用意されている。

 ランタナがなぞったたおやかなそれは、ひこうタイプのもの。

 

「チッ、なんだあのドデカい技!? 知らねえ! 聞いてねえぞ、クソ!」

「言うかよ、バカタレ。こちとら防がれりゃ全部パーになる、一回こっきりの必殺技だ。悟らせない努力と、命中させる準備は欠かしてねぇんだよ!」

「! まさか、空へ逃げたのも……!」

「リザードンの警戒を解くための、見せかけってな!」

 

 その技は、クリスタル『ヒコウZ』から貰い受けた力で、放つことが出来る。

 

「くらいやがれ! ファイナルダイブ――!!」

「まッ、“まもる”!!」

 

 その技は、自由を追い求める鳥の記号を秘めている。

 

 

「クラァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッシュ!!!!」

 

 

 その技は、いかなる防御手段を用いても――守り切ることは、叶わない。

 飛び散る砂塵と、衝撃波。鮮やかな縦一閃が、天翔けた。

 満を持して放たれたZワザ『ファイナルダイブクラッシュ』は“まもる”の障壁を薄皮のように打破、文字通り全力の突撃という形を成して、フシギバナを沈黙させる。

 

「ヒュー!」

「っ……り、リザードン!!」

 

 仲間のポケモンが倒れたのを見ると、表情の明暗はくっきりと切り替わる。

 泡を食っても、変わらない。焦燥に駆られた喉が発する指示に、一体どれほどの強さがあるのだろう。

 

「いいリザードンだな。百点満点中の三〇点ってとこか」

「あ……あぁ……」

 

 ――きっと、伝説は一ミリたりとも動かせない。

 カメックスは弱点攻撃“かみなりパンチ”の直撃を受けても、なんのそのと立っていた。

 拳が至った面の皮一枚すら微動だにしない様たるや、まるで壁でも殴っているのではないかと錯覚してしまう。

 顔一つで受け止めた拳を、引っ掴む。

 踏み込んだ足。

 

「ひ、ひぃ! やめろ! バケモノみてーな真似しやがって! テメェら覚えとけよ! 後からけちょんけちょんのボコボコにしてぎったんぎったんに」

 

 食い込ませる爪。

 

「“ハイドロポンプ”」

 

 背負ったバレルを向ければ、準備は完了。

 数センチとはいえ、反動で大地を抉るほどの放水は、約束通りにリザードンを遠方へとふっ飛ばした。

 

「出直してきな――あいつ(・・・)のリザードンの、足元にも及ばねえ」

 

 水が乾く空気であろうが、特攻属性の一発であろうが、関係ない。

 カメックスはそう言わんばかりに鼻息を吹いて、祝砲を宙空へと撃ち放った。

 リザードンも停止が確認されると、沸く歓声。それを共に浴びる自分が場違いなように思えながらも、

 

「やるじゃねえか。やっぱり俺が言った通りだ」

 

 ランタナはグリーンのしたり顔を見て「やれやれ」と気を抜いて呟いた。

「や、や、やな感じーーッ!」ポケモンが戻っていき、男たちが逃げていく。遊戯と呼ぶには過ぎる贅沢な戦いは、かくして終わりを迎える。

 

「さてと! んじゃ、暇つぶしも済んだし行くわ。またな、異国のジムリーダーさんよ」

「え? お、おい」

「あー、楽しかった! 今度会う時は勝負しようぜ。バイビー!」

「行っちまったよ……」

 

 用が無くなるやいなや、一息もしない内に遠ざかる背中。それは二指敬礼じみた独特な挨拶だけを残して、あっという間に捉えられなくなった。

 嵐のように現れ、嵐のように去っていく。

 青年が耳に留めていた“緑色の伝説”は、噂通りの奔放さであった。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 きのみの一種に、“カイスのみ”なるものがある。

 大人の男性でも両手に収まらないほど大きくて、九割の水分と一割の糖分で構成されるそれは、一般的に暑いシーズンが最盛期とされており、夏の風物詩として有名だ。

 目隠しをし、周囲の誘導だけを頼りに木の棒でそれを割る遊び『カイス割り』は、特に広く知られ、浸透している。

 

「がんばれカエン! 右だ、右!」

「こ、こっち!?」

「うーん、惜しい」

 

 陽は沈んだ。暗くなって実像を消して、潮騒だけ残す海も、なかなか乙なもので。

 泳ぎは切り上げ。木で小型の塔を組み上げ、燃やす。キャンプファイヤーならぬビーチファイヤーの前で、カエンはカイスの気配を探っていた。

 

「行き過ぎだ馬鹿者! 右に四三度、一六センチ前方と伝えたろうが!」

「わ、わかんないってそんなのー!」

「分かりやすく甘党だな、あいつ」

「食べた途端、あんなに元気ですものね……」

 

 カエンに細々と指示するカイドウを遠巻きにしながら、ランタナとステラはしみじみ話す。

 少年たちに無事アイススイーツを贈れたし、カイドウの分も品切れになる前に入手出来た。それが最後の一個だったというのは、恐らく不要な情報。

 ふう、と一息吐いて振り返るは、本日のアクシデント。

 貴重な経験だったとはいえ、些か疲れた。

 若かりし日と比べ「歳か」なんて思いかけて、急いで否定する。

 

「ランタナさん」

「ん?」

「せっかくのお休みですし……今夜、ご一緒にいかがですか?」

 

 自分はまだまだ、こんなものではない。

 

「――いいじゃねえの」

 

 手に持った何かを口元で傾ける彼女の動作を見て、ただ一言、そう返した。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 宿『モンテ・ウェイブルーフ』の六階には、バーがある。

 疲弊した大人達を慰める、心のオアシス――酒場などというものは、時としてそんな呼ばれ方をする。

 アルコールは一口に良いものとは云えない。だがそれでも、大人の活力となることに違いはない。

 深夜一時。子供たちが遊び場を夢の世界へと移す頃、大人の時間は始まる。

 

「マスター、スレッジ・ハンマーを」

「かしこまりました。攻められますな、旅のお方」

「たまには乱れたい日も、あるのです」

 

 バーテンの後ろに置かれた棚一杯の酒瓶は、見ているだけで元気が出るもので。控えめな主張のジャズが、嫌味の無い酒くささや、暖色の薄明かりと混じって、味を出している。

 カウンターで照らされながら、ランタナ、ステラ、サザンカ、ユキナリの四人は並んでいた。

 八人の中でもとりわけ考える事が多く、かつ社会的に飲酒が許されている所謂“大人組”というやつだ。

 考える事が多いから、それだけ悩む。それだけ悩めば苦しむし、苦しむならば何かに逃げたくなる日もあって。

 そんな弱みを共有できる集まりとして、ステラは彼らを誘ったのだった。

 

「では私も……“たぴおかみるくてい”を」

「いやねえよ」

「……こほん。タピオッカ・ミルクッテを」

「言い方の問題じゃねえよ。それ以前だよ」

 

 例外はある。

 

「へいお待ち、タピオカミルクティーでぇ」

「いやあんのかよ」

「ありがとう、どうやら私も乱れたい気分のようです」

「何を乱すんだよ。乱舞すんのあんたの口ん中だけだよ」

「アンタもなかなかに攻めんなあ、酔いどれんなっつぶっ倒れても、面倒見れんかんね。この店はアフターはやってねえっぺな」

「んでさっきから雰囲気ぶち壊すその方言はなんだ。ってかなんでお前がここにいるんだ」

 

「ヤシオ」ランタナがその名を呼ぶということは、知り合いであるということだ。

 

「いんやぁ、ひさひさ、ランタナさん。シャルム以来っけえな」

 

 それもそのはず。ポケモントレーナーの青年『ヤシオ』もまた、ラフエルを旅する一人なのだから。

 ヤシュウ節なる実在も怪しい謎めいた方言を用い、飄々と振る舞うが、七つのジムバッジを欲しいままにする実力は折り紙付き。

 そんな彼がどうしてバーテンの装いを取っているのか。疑問に思いこそしたが、想像には難くない。

 

「もしかして、お前もバイトか?」

「いえっさ。なにぶん金がねぇもんでして、昼間は海の家の厨房で、夜はこうしてバーテンやっとりゃす。さっきはお楽しみでしたね」

「いや、見てたのかよ……」

 

 続く「ご注文は」に「マティーニ」と、無難なオーダー。最初はこれにするのが、ランタナの拘り。

 とっとっ、という液体特有の音が流れ、小気味よいシェイク音が店内に響くと、完成。グラスに沈んだ血色のいいオリーブが、ジンの中で艶っぽく輝いていた。

 

「では、素敵な夜にしましょう」

 

 ステラが簡素な乾杯の音頭を取る。こういう洒落た店なら、寧ろこれぐらいで丁度いい。

 

「乾杯」

 

 チン。打ち合わされたガラスの音が、彼らをさらなる夜の深みへと連れて行く。

 

 

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

 それは、悲惨なものであった。

 腹を抱え、人が変わったような高笑いを上げるのは、ステラ。アルコールで顔を赤らめ、何が面白いのかもわからないまま、狂ったように笑っている。否、狂っている。

 

「ナエトルが、萎えとる! フシギダネは不思議だね! っひっひっひっひ……あーははははははははは!!」

 

 理性が焼き切れる、酔っぱらいの向こう側――俗にいう“出来上がり”という状態であった。

 

「お、おい、これちょっとマズくねえか……」

「ちょっとどころじゃない。見ろ、目が据わってる。くそっ……すまない、こうなる前に僕が止めるべきだった」

「いや、しょうがねえよ。誰もこうなるなんて思わないもん。そりゃ『乱れる』とは言ったけど、限度があるだろ限度が。もはや別人じゃねえか」

「確かに……それはそうと“たぴおかみるくてい”を、もう一杯」

「タピオカ好きすぎない?」

 

 膝を叩いて騒ぐ姿に、気圧される三人。

 正直、今のステラには近づきたくない、というのが男達に共通する心境であった。

 

「ヒック! ……ゆーきなりしゃーん、ヒィック! こっちきれくらさいよぉ、あらし△#ぇ☆¥&*のおu%Φヒック!」

「日本語を喋ろうね……」

 

 だが彼女はそんなこと、知った話ではなくて。

 しゃっくりと手招きに誘われたユキナリはおずおずと、そして不承不承にステラの隣に座る。

 

「ましゅたあー、びぃーるうぉひとぉーーーつ! びんのまま! びんのまま!」

「……おい、まさか。僕はもう飲めないぞ!?」

「らぁーいりょうぶらーりょぶ! さきっぽだけ! さきっぽだけだから!」

「オッサンみたいな事を言うな!」

「だぁーってあーしの酒飲めって言ってんだろおおおおおおおおおおおお!!?」

 

「ぐぼァ!!!!」それがユキナリの断末魔であった。

 次の瞬間、その席にユキナリはいなかった。あるのはビールに溺れ死んだ骸だけ。

 

「ユキナリさあああああああああああああああああああん!!?」

「しゃじゃんかしゃーん! しゃじゃんかしゃーん! うふふ、だーつであしょびましょ!」

「すみません、今の私はタピオカ討伐で忙しいもので」

「やらやらぁー、だーつ! だーつしゅゆのー! だーつ! だーつ!」

 

 その時、サザンカはもう立っていなかった。

 

「――お前を的にしてな」

 

 頭から血を流し、床に伏していた。

 

「サザンカさあああああああああああああああああああんッ!?」

「んふ、んふふ! ヒック! んふふふふふふふふふふヒック!!」

「お、落ち着けって……話せばわかる。話せばわかるって!」

 

 とは言うが、本当はわかっていた。言葉など通じないと。その行動に意味などないと。

 単なる不条理である、と。

 

「マスター、ヤシオぉ、助けてくれえ!」

「さて、ヤシオくん……今日は店仕舞いとしようか」

「さいですね」

「聞けよォ!!」

 

 ランタナは獲物を狩る獣の目をしたステラに睨まれ、思う。

 大人の時間とは、こうも険しいものだったろうか? と。

 こんなにも恐ろしいものであるならば、初めから味わわなかった、と。

 

「うふふ……じつはですね、あそこにちょうどいい柱があってぇ……ストリップショーなんてどうかなあ、なんて思っててぇ……」

「…………助けてくれ……」

「脱げオラァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「だずげでぐれえええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」

 

 翌朝、三人の男は店の前で発見された。

 一人は全身の穴という穴からビールを流し、もう一人は頭にダーツの針を刺し、最後の一人は全裸で下着を被らされていたという。

 ステラは残りの数日で、暇さえあれば天に向かって懺悔を繰り返していたそうだ。

 それらの理由を、子供組は一人として知らない。

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