ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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fin.彼だから出来ること

 五泊六日の、五日目の夜。シャルム滞在も三日目だ。

 明日に解散してそれぞれの帰路につくことを考えれば、実質的な最終日ということになる。

 

「……でっけえ……」

「ま、腐ってもラフエル三大祭りの一つだ。ウチのジムトレーナーも何人か準備を手伝ってる。楽しんでくれや」

 

 八人は、喧騒の中にいた。

 旅を締めくくるイベントは、異文化を巧みに取り入れ自国文化を発展させた当時の王“シャルム・アルキエナ”への感謝を示す年一の祭り『シャルム王感謝祭』。

 街の全てを巻き込んで、歌って踊って騒いで回る。この時ばかりは猫も杓子も浮かれ、陽気になって遊び尽くすのがルールだ。多様な人種が交わり、国籍不問の食事や舞を味わう――気分は世界旅行さながら。文化の交差点の真骨頂が、ここにある。

 至る所に吊るされたランタンは人々を温かく見守り、龍のように駆け巡る笛太鼓は人を寄せんと活気付いた。

 

「うまいよーやすいよー、こちらジョウト発祥オクタン焼きやでー、安くしとくよー!」

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、こちらメリープもびっくりなふわふわコットンキャンディ、味は七つで虹の色! 本場イッシュのを味わえるのは今だけ!」

「フエンせんべいは要らんかねー、職人手焼き、できたてほやほやのフエンせんべいは要らんかねー!」

 

 焼ける香ばしい匂いと、浮わつく甘い香り。

 露天商が盛り場に現れるのは、海が青である事実と同じぐらい、当たり前の話で。

 

「うはー! すっげー! 店いっぱいだー!!」

「あ、おいカエン! 勝手に離れるな!」

「問題ありません、ここいらで別れましょう。タピオカもありそうですし」

「おうすまねえ、面倒かける。そしてタピオカはもういい」

 

 目を輝かせながらすたこらと駆けていく姿を見れば、やはりまだまだ子供だ。サザンカがカエンを追って消えたのを合図に、残る六人も三手に別れる。

「そんじゃ、行くか。一〇時に、メインストリートの案内所前集合、それだけ忘れんなよ」改めてランタナの約束が置かれると、二人組の自由行動は始まった。

 コスモスは酷く乗り気でないカイドウを考慮し、他よりかは意思疎通を図れる事を理由にし、彼と歩くことを選んだ。曰く「面倒を見ます」とのこと。

 ランタナとユキナリは「せっかくの夏を、むさ苦しい野郎二人で過ごしても」という意見で一致し、それぞれ女子に頼み込んで男女ペアを作ることに成功、ユキナリはアサツキと、

 

「どうですか? コスモスさんとアサツキさんが選んでくれたんです」

 

 そしてランタナはステラと――そんな組み合わせに落ち着いた。

 くるりと一周して浴衣姿を見せる。絹糸のような金髪を上機嫌に揺らす様は少女のように可憐で、純んだ美しさがあって。

 

「あー……いいじゃん、似合ってるわ」

「ふふ、よかった。では、行きましょうか」

 

 笑う碧眼に一瞬見惚れて、返す。デートとは何年振りだろう。役得というものは、ひょっとしてこういうものなのか。

 頭の中で自分に訊ねるランタナ。

 

「旅行中、既に沢山おいしいものを食べてしまっていますから、太ってしまいますね。なので少し控えて……すみません、フランクフルトを一〇本ほど下さい」

「OK、ちょっと辞書を引いてこい」

 

 恐らく違う。言外の彼は、即座にそう答えた。

 

 

 

 キリキザンの面を着け、きのみをチョコレートで包んだきのみ飴の派生商品“チョコきのみ”を片手に、カエンは店から店へと渡り歩く。

 人懐っこい質だからか、店員にいくらかお代を割り引いてもらって、財布は大変恰幅が良くなっていた。

 

「おっ!」

 

 好奇心に溢れる瞳が次に見付けたのは、浅い横長の器いっぱいに入った水の中を泳ぐ、小さなトサキント。

 無数にいるそれらを、ポイと呼ばれる薄紙が張られたプラスチックの道具で掬う、アトラクション的な店――『トサキントすくい』だ。

 トサキントはそれ用に遺伝子調整、養殖されたものを扱い、手のひら大のサイズながらきちんと成長、進化すれば“アズマオウ”となる。小柄ゆえ餌代も通常種よりも安くつき、場所も取らないため、ポケモンを育てたくても経済面に余裕がない人々に大きな需要がある。

 

「へー……!」

 

 ぶくぶくと酸素供給で泡を立てる水槽の前で屈み、トサキントたちを覗き込む。

 

「彼らは、なんと言っていますか」

「およぐの、楽しいってさ! そりゃそうだよなー……じぶんが小さいと、それだけみえる世界もでっかいもんなぁ……!」

 

 水面から顔出す一匹と、意思疎通した。

 いい人に貰われていきますように。トゲのようにこじんまりした角へちょんと触れてささやかに願うと、隣から声がする。

 

「おじさん、もういっかい! もういっかいやる!」

「はっはっは、頑張るねえお嬢ちゃんも」

 

 一目でわかる、いい人のそれだった。

 悪気を知らず、ありのままを受け止めて自己を発する、鏡のように純朴な感性を持つ者の香り。

 少年の表現に寄せるなら「おひさまの匂い」か。

 長い黒髪をした、カエンと同じぐらいの少女『アイ』は頬に汗を伝わせ、食い結んだ口の端から出る舌先をしまうのも忘れて、トサキント掬いに入れ込んでいた。

 

「ああーーっ!」

 

 びりり。破けるポイの音が響くと、アイは大口を開けた。この開き具合はショックを伝える時のものだ。

 

「せっかく掬いかけたのに……」

 

 空のお椀を見つめ、ため息まじりに肩を落とす。

 このトサキント掬いというもの、上手くすれば数百円でポケモンを入手できるが、何も慈善事業というわけではない。

 ポイ自体が元より水に弱く、加えて破れやすい造りになっており、成功させるには多少のコツが要される。

 おまけに商品(トサキント)も絶やさず酸素とエサが送られ続け、水質管理も徹底されているために、常時元気な状態で弱ることがない。活きの良いポケモンは養殖だろうが野生だろうが、捕獲には苦労するということ。当然のこと。

 翻ってこの屋台――見かけほど簡単なものではないのだ。

 

「うう……欲しいなあ、かわいいトサキント……」

 

 少ない小銭と、心底残念がる横顔を見て、カエンは表情を引き締める。言わずともわかる。助けてやろう、という面持ちだ。

 大きくを吸気を取り入れ、肺を膨らませた、その時だ。

 

「お嬢さんは、トサキントが欲しいのですね? どれ、私がやってみましょう」

 

 サザンカは後ろからおもむろに歩み寄って、アイの肩をぽんと叩いた。

 続けて眼差しだけで店員にポイを出させ、それを受け取る。

 

「せんせー、大丈夫なのか!?」

「お、お兄さん……!」

「威勢がいいねえ、兄ちゃん。だがウチの奴らァ一筋縄ではいかねえぞ。小さくても起こす波はでっけーんだ……たくましいのばっかだからな」

「俄然、燃えます。私も若い頃は、赤いギャラドスを木とたこ糸だけの竿で百万回釣り上げたことが……」

「わかりやすい嘘で張り合うんじゃないよ」

 

「では、いざ」周囲が見守る中で、サザンカとトサキントの戦いが幕を開けた。

 最初に動くは、サザンカ。その一手は、衝撃であった。

 

「ははは、さては兄ちゃんトサキント掬いを知らねえな!? いきなりポイを水に浸しやがった!」

「お兄さんだめ、ポイは水に弱いの! 狙いが付いていない状態で、そんなことしたら!」

 

 あろうことかポイを、水中へと潜らせたのだ。

 元来成功を目指すならば、ポイの入水時間は最小限に止めるべきである。水を制する者がトサキント掬いを制するといっても過言ではない程に、水の扱いというものは重要だ。

 なればこそ経験者がこの光景を見れば、さぞ素っ頓狂に映ることに違いない。

 アイは焦り、カエンは疑い、店員は笑い出す。

 されど尚、サザンカはポイを水面より上に配置することはせず、ひたすらに水中に触れさせて目を閉じた。

 

「水というものは命を包み込む、自然の優しさです」

 

 たゆたう水面に合わせ、ポイが震え始める。事が動くのはそこから。

 

「生き物の体を構成し、汚れを浄化し、渇きを癒し、時には空や陸の外敵から住まう者を守る盾となる――故に、その優しさに逆らってはなりません」

 

 店主は愕然とした。

 

「なんだと!?」

「拒まず抗わず、ただ受け入れ、任せ、我が物とするのです」

 

 信じられるだろうか。

 ポイがトサキントと共に、鮮やかな青の中を泳いでいる。まるで生きているかのように。群れと一体化するように。

 

「ヤツ、まさかポイをトサキントの進行方向じゃなく、側面から潜らせようってのか!?」

「せんせー、いくら水の流れをみかたにしたって、それは無茶で――!」

 

 言いかけて、止まるカエン。

 水槽の中で続いた光景に、とっくにポイはいなかった。

 残るは幾つもの水玉が立ち起こる小池と、縦に引かれた透明の一本線だけ。

 

「水に溶け込む意思――それ即ち、水心と見つけたり」

 

 観衆が顔を上げた時、五匹のトサキントが宙を舞っていた。

 たったの一挙手で生み出された奇跡の産物は、ぽちゃ、ぽちゃと順繰りに滑らされるお椀へ沈むと、あっけらかんと再度泳ぎ始める。

「さ、どうぞ」「あ、あり、がとう……」彼らが無事なまま少女の手に渡って、達人の離れ業は初めて終わりを迎える。相手が一瞬のことで呆然としているが、達人は気にかけない。神業たるもの、見る者を仰天させねば意味がないから。

 

「お返しします。まだ破れていないので再利用できるか、と……」

「く……っ、悔しいが、見事だ……!」

 

 拍手を浴びながらポイを返してくる男を、店主は悔やみながらもただ賞賛するしかなかった。

「知らぬ」などと嗤ったことを猛省する――それほどまでに先の様相は、凄まじいものであった。

 

「では、私はこれにて失礼します」

「待って! お兄さんは一体何者なの? せめて、名前だけでも!」

「なに、名乗るほどの者ではありませんよ」

 

 ドラマなどで聞くありきたりなフレーズも、彼が口にすればこうも風味が出るものか。

 振り返って、にこり。そうして去り際も美しく飾り付け、完璧な人助けが完了。

 

「……あ、せんせー! お金わすれてる!!」

 

 尤もそう思っているのは、本人だけなのだが。

 

 

 

「うわー! くっそー!」

「へっへー、残念賞~!」

 

 段階分けされた赤い台と、コルクを弾にしたライフル銃。

 

「パパママから投資受けての再挑戦、待ってるぜ」

「もう貰えないよ~!」

 

 察しがいいならば、これだけで此処が何の店か、理解が及ぶ。

 圧縮された空気がパァン、と叫んで、ブナの木を速く押し出した。不躾な答え合わせになるが、こんなにもわかりやすい説明はあるまい。

 放つ丸が打ち倒すは、台で行列を成す小箱のうちの一つ。

 

「おめっとさん、シガレット菓子だ! ……っと、なぁに大丈夫だ、お前らは筋がいい。成長を見込んで、きっともう一声ぐらいなら出してくれるぜ」

「ほんとだな!? 嘘だったらハリーセン五万匹飲ますからな!」

 

 おお、こわいこわい。今時のガキは言葉一つも容赦がねえや。

 射的屋のアルバイト真っ最中の青年『ハルク』は、自分のいい加減な発言を訂正することなく、独白と共に駆けていく子供たちを見送った。

 働いても働いても金が無いのは、どうしてだろう。自分の資金繰りの緩さから目を背け、暇な時間で考える。果たして売り上げの何割が自分に入るのか。まかないとかは食えるのだろうか。

 

「射的かあ、懐かしい。子供の頃は大好きだったな」

 

 そんな欲深い思考に駆られかけた時、また金づる――もとい客が近づいてきた。

「いらっしゃい! 三発、五〇〇円。腕利きっぽいな、振るってってくれよ」接客で得た追従笑いと世辞で、手堅い挨拶。

 先程まで子供ばかりを目に入れていたので、その客には多少なりとも驚いた。たとえ偽物でも銃が様になってしまう、それなりの体格の男だったから。

 続くもう一人の客が、男の後ろからひょこりと顔を出す。浴衣姿の小柄な女性だ。

 

「ユキナリさんも、射的好きなんだな。オレもなん――」

「……あ!」

 

「だああ!?」「おおお!!?」裏返る双方の声が、重なった。

 アサツキは自分を指さすバンダナ野郎に見覚えがあったし、ハルクは真ん丸の目に己を映してくるショートの茶髪を知っていた。

 

「お前、ラジエスん時の……!」

「なんだよ来てたのかよ!」

「ん? 知り合い?」

 

 英雄の民を巡るとある騒動の一件で、二人は面識がある。互いに特別な印象を抱いていた訳でもなかったが、間違いなく記憶の片隅にはあった顔と、想像だにしないタイミングで再会してしまえば、このような反応にもなろう。

 

「なんだぁ? ジムリーダーも案外暇かぁ?」

「お前にゃカンケーねえよ」

 

 とりあえず今は客と店員なので、原則に従って金と銃――それぞれの手元にあるものを交換。銭入れがチャリンと鳴いて、大筒がガシャンと上向けば、忽ちに雰囲気が作られる。

 最初に撃ったのは、ユキナリ。いきなり中段を狙い、難なく仕留めた。

 

「おおー、やるじゃねえか、あんた!

「ありがとう、銃の扱いには覚えがあってね」

「あいよ、ビッグベトベトンチップスだ」

 

 倒れた巨大な箱を手に取り、ユキナリへと渡す。

 

「んじゃ、次はオレだな」

「……おいおいまさかお前、いきなり最新ゲーム機『Nantendar Sketch』を狙う気じゃねえだろうな!?」

 

 続くアサツキの銃口を見て、ハルクは思わず口を開けてしまった。

 射的の景品というものは、上段にいくほど距離が遠のき、サイズも大きく、そして重くなるように配置されている。よって最上段には、ゲーム機や高級おもちゃと夢ある物品が揃っているが――その重量からなる堅牢さと、銃撃の威力が減衰する隔たりを前に、敗れる者が後を絶たない。

 準備運動もせず、体が温まっていない序盤では、間違っても狙うべきでない代物だ。

 

「……そのまさかを叶えられりゃ、ソイツは最高にかっけーだろ」

「やめとけ、損する!」

 

 バン。ハルクの忠告を無視し、構えたライフルの引き金を絞った。

 刹那の動作をあっさり済ませると、標的に背を向け、捲れた袖から覗く腕で銃身を抱える。

 煙が無くとも銃口に息を吹っ掛けるのは、西部劇への憧れか何かなのだろう。すまし顔で行っているので、黙ってやるが優しさだ。

 

「で、誰が」

 

 見方次第では悪ふざけとも取れる動作だったが、直後に倒れ行く四角形の鈍い音を聞けば、アサツキという存在の認識もがらりと変わる。

 

「損するって?」

 

 理解が進む。たとえ呑気に、きのみ飴を咥えていても。

 瞠目するハルクの前に、物見遊山の女子は立っていない。

 いるのは――捉えたものを確実に仕留める、狙撃の女神で。

 狙う位置、射角、弾の詰め込む深さ、反動のカット、どれを取っても完成されたものであった。

 

「マジかよ……」

「……言ったろ、祭りの射的は好きだって。こう見えてもガキの頃は、“必中のあーちゃん”なんて呼ばれてたこともあるんだぜ」

「……面白い!」

 

 ユキナリは珍しく不敵な笑みを浮かべ、追加で代金を支払う。

 

「二〇発分貰おう!」

「え?」

「負けるかよ、こっちは三〇発だ!」

「え!?」

「技術が互角っていうんなら、あとはスピード勝負――早い者勝ちってやつだよね!」

「早撃ちか。へへ、いいぜ、受けてやるよ!」

 

 そうして警官と狙撃手の熾烈な競争が始まると、ハルクは頭を抱えて悲鳴を上げた。

 

「うわァァァァやめろォーーーー! み、店が潰れるゥーーーーーー!!」

 

 腕が鳴る――躍る二人の内心に、彼の悲鳴は届きそうもない。

 

「いいですね、賑やかで」

「そうは思わん。作業の迷惑でしかない」

「の割には、先ほどから数千円クラスのものを機械のような精密さで仕上げているようですが」

「これぐらいしかやることがないものでな。お前も同じことだろう」

「私は単純作業が好き、というだけなのかもしれないわ」

 

 ビニール屋根の下で腰を沈め、黙々と板菓子を針で削って成型する、カイドウとコスモス。

 

「出来ました店員さん、1200円のお花です」

「こちらも確認を求む。1800円の鳥の翼だ」

「もう、ちょっ……いや、勘弁してぇ……」

 

 ひたすらに型抜きの成功報酬で荒稼ぎする彼らもまた、店員泣かせと言えるだろう。

 たったの一夜、座るだけで万単位を稼いだ少年少女は、後々子供たちの間で『伝説の型抜きプレイヤー』として語り継がれることになる――。

 

 

 

 一〇時にメインストリートに集合。ランタナの約束は、無事に守られた。

 そんな彼らへ向けた褒美、という訳ではないが、バン、バンと、空に巨大な光の花が咲く。

 青だったり、赤だったり、緑だったり黄だったり、色の奔流は矢継ぎ早に人々の視界になだれ込んで、己が美を訴えかける。

 シャルムの上で燦然と輝く花火は主張に違わず、星空をも超える眺望絶佳であった。

 

「た~まや~!」

 

 両手を口元に持っていって、空へと声を放つアサツキ。

 

「アサツキねーちゃん、それなんだ?」

 

 隣のステラに抱えられながら、カエンは不思議そうに問うた。

 

「花火が上がる時は、こうやって言うのが粋なんだってよ。花火屋の職人が言ってた」

「おおー、なるほどな! たーまやー!」

「コスモスさん、私達も」

「ええ」

 

 フラッペを頬張る口も、水ヨーヨーを弾ませる手も、一旦休憩。

 少年が続けると、やまびこのように同じ言葉が追いかけてくる。

 四人の賑やかしで、花火が少しだけ勢いづいた気がした。

 

「まったく、最後まで騒がしい連中だ」

 

 カイドウは腰に手を当て、人目も憚らず叫ぶ彼女らを尻目にし、嘆息を吐いた。

 

「でも、悪くなかったろう?」

「良くもないがな」

 

 隣で腕を組むユキナリは、知っている。彼が明確な否定をしない時は、悪い心象でない時であると。

 

「僕は楽しかったよ。友人たちのお蔭で、いい時間になった。勿論、そこには君も含まれてる」

「気色の悪いことを言うな」

「勘弁してくれよ。これぐらい生きるとすぐに感極まって、ついつい不要なことを口走るのさ」

 

 誰と居て、何をしようが、今なお無駄で無意味な日々の繰り返し。この騒がしさにも相変わらず必要性を見出せないし、自分が居合わせる事への価値だって微塵も理解出来ない。

 それでも彼は、いつかに見えた“光”をずっと探し続けている。迷う自由を知るから。溺れかけるたんびに、息継ぎをするから。

 

「全部終わったら、またこういうのをやろうよ。皆でさ」

「……海と人混みでないのなら、検討しておいてやる」

 

 正解に至れる日まで、泳ぎ続ける――未だに賢者は、友人(こたえ)探しの最中だ。

 

「うーん、絶景だねぇ。こいつらが揃ってるなら、カメラでも持ってくりゃよかったな」

「それは次の機会までお預け、といったところですか」

「おっ、ノリがいいじゃねえのサザンカ師匠。次回も前向きに検討してくれんのかい」

「勿論。ラフエルの平和を取り戻せた際の、祝いの旅路としましょう」

「ははっ、そういう話ならもうちょい頑張れそうだわ」

 

 空を照らす煌めきが苛烈化すると、八人の夏休みもいよいよエンディングだ。

 蝉の命にも満たない、儚く短い夏であったと思う。束の間の休息であったと思う。

 

「ありがとうございました」

「ん?」

「なにぶんこの状況です、誰にも――私にすら、休むなどという頭がありませんでした。ですが、頑張らないあなたが提案して下さったから、こうして皆で思い切って息抜きをすることが出来ました。なので彼らを代表しての、礼です」

「褒められてんのか貶されてんのか、わかんねえなぁ……」

 

「ま、いいや」されど弾む笑声を聞けば、決して失敗ではなかったとも、思う。

 男は胸を張って、自由な天を仰いだ。

 

「俺は昔っから、好きでもねぇことに努力すんのは嫌いでな」

 

 誰にでも覚悟や、想いがある。人の数だけそれが存在すると、理解している。

 言わぬだけで、どんな者でもそれぞれ戦いがあるのだと、分かっている。

 

「使命を抱えるなんてごめんだし、大役を背負うなんてまっぴらだ」

 

 けれども男には、何もない。

 

「誰かのためなんざ、冗談じゃねえとすら思ってるよ。こいつは死ぬまで変わらねえ」

 

 縛りを拒み、拘りを絶ち、宿命という鎖を嫌ったから。いや、今だって嫌っている。

 バラル団との衝突なんて叶うなら逃げたいし、稀だがジムリーダーの職務すら放りたくなることもある。

 情けない話だ。怠惰な男だ。云われるし、否まない。

 

「でもま、ダチと面白おかしく騒ぐのは大好きでな」

 

 だが、だからこそ、彼は自由の素晴らしさを知っている。

 何にも阻まれず、繋がれない身で歩く世界がどれだけ広いかを、知っている。

 

「何もしちゃいねえよ――俺はただ俺と遊んで欲しかったから、お前らに楽になってもらっただけさ」

 

 空の大きさを、誰よりも知っている。

 

「……大した男ですよ、あなたは」

「そうかい? 光栄だよ、師匠」

 

 サザンカはクスリと笑って、自由な翼が齎した夏を噛み締める。

 いい加減な男が連れ出してくれた今日という時間は、この先を生きる彼らの思い出となり、戦う糧となるのだろう。

 八人の戦士たちは人が消え、音が途切れるその瞬間まで、澄み渡る夏空を見上げ続けていた。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 かくして八つの希望は、それぞれの日常へと戻っていく。

 

「ふぃー……帰ったぞー、土産配るぞー、並べ並べェーい」

 

 五泊六日の、六日目。シャルムを去る七人の見送りを済ませ、ランタナは久方ぶりにジムへと顔を出した。

 ジムトレーナーの「おかえりなさい」という声に迎えられながら、ククリタウンの土産を部下たちに手際よく配っていく。

 此度の旅は、彼らに何を残したのだろう。

 きっと彼には、何もわからない。だから考えないでおく。

 

「シズノも、ほらよ。キーホルダー」

「おおきに。それはそうとランちゃん、留守中の挑戦の予約取っといたから。これメモ、確認して」

「お、いつもすまねぇな。どれどれ」

 

 いや――。

 

「――――ひ、一〇三件!!?!?」

 

 そもそも、考える暇がない。

 

「お、おおおお、おい! たった六日空けるだけでなんでこんな増えてんだよ!!? おかしいだろ!!??」

「なんか過去にもここ来たけど、留守でアンタに受けてもらえんくて後回しにしたのが、今になってまとめてきたっぽいで」

「は、はぁ!?」

「あっはっは、自業自得やな! ほなリフレッシュ出来たことやし、キビキビ頑張りや~!」

「休暇延長だああああああああああああッ!!」

 

 不自由にめっぽう弱いのも、自由な翼ならでは。

 その後のシャルムシティジムは、暫く悲鳴が絶えなかったそうだ。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 ――ぺガスシティ庁舎、『ソムニウム・ライン』。

 

「ふう……」

 

 の、執務室。

 太陽が西へと傾き始めたタイミングで、フリックは己の居場所へと戻ってきた。

 スーツの上着を革製の椅子に掛けると、すぐ後ろの大窓から高層ビルが林立する灰色の街並みを一望。

 今日の朝までいた場所に比べれば味気ないが、仕方ない。自分がいるべき場所はここだから。

 そんな風に自身へ言い聞かせていると、コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。

 

「入ってくれ」

 

 ガチャリという快音が連れてくるのは、やたら上背がある、くたびれたワイシャツの男。

 荘年といった雰囲気で、焦げ茶の髪をオールバックに整えている。

 これだけの情報ならば秘書に見えなくもないのだが――圧倒的にその可能性を否定されるべき要素があった。

 無礼極まる咥えタバコ、だ。

 

「やれやれ……よくもまぁそんなに堂々と、入って来れたものだ」

「いいじゃねぇか。どうせ顔ァ一番割れてねえんだ、バレやしねえよ」

 

 続けて、室内唯一の机に腰かけ、気だるげに背を丸める。市長に対する一職員の態度としては失格とさえ言えるほどの振る舞いを繰り返す男だったが、フリックは咎めることなく彼との会話を続けた。

 

「それで、どうかしたかい。いつも“下”にこもる君が、自ら私に会いに来るなど珍しいじゃないか――――ワース」

 

 ワースと呼ばれた大男は、

 

「人が悪ィなァ、お前もよ。遊び行った先でジムリーダーを見たっ()って、楽しそうに連絡してきたのはそっちじゃねぇか」

 

 壁をぼうっと眺めながら、そう言った。

 そして机上にある、空っぽで真っ(さら)な陶器の灰皿に、熱いグレーを小さく落とす。

 

「フッ、君は物の価値がよくわかる男だからな。一体誰に注意を向ければいいのか、聞いて知っておくのも、いいと思ってね」

「……ま、一理あらぁな。なんせ間もなくもう一悶着あるし、なァ。ったく憂鬱でしょうがねぇよ、どっかの誰かさんのせいでよ」

「まあ、そう言うな。プロジェクトRRの第一段階(ファーストフェイズ)は、過酷なものとなる。当然君の出向も必要だ。高く買っていると思ってくれよ」

「今んとこ代金が足りてねぇけどな」

 

 が、まぁいいだろう。

 数秒だけの閉目を挟み、沈黙を破るワース。

 

「たとえ取引先がお前さんであっても、俺ァ情報を安売りする真似はしねぇ。だから一度しか言わねえぞ、良く聞いとけよ」

 

『ルキフ』――フリックという偽りを超えた先にある、本当の名前。バラル団ボスとしての名で呼ばれた男は、肩越しに目を合わせる配下へ向かって、口元を深く歪めた。

 悲しみを運び、憎しみを呼び、嘆きを祝い、苦しみを強いる――全てを踏み壊す混沌という名の悪意の元凶は、ぺガスにてしめやかにとぐろを巻いていた。

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