ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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05.答え合わせ

 静まり返る世界。あれから追撃隊が、姿を見せることなかった。

 飛行艇を乗り捨て、ポケモンの翼を借り、朝焼け映す水鏡が形作るグラデーションを抜け、アリエラたちはラフエル本土に至った。

 紅掛空色の暁天が不気味なほどに透き通って、その存在を示す。

 

「……なんだ、こりゃあ」

 

 差し迫ったテルス山上空に座する、巨大な黒の光球。まるで第二の太陽と言わんばかりの勢いで高熱を発するそれを見て、ランタナは愕然とした。

 アリエラは内心で「成程」と納得し、その正体を説く。

 

「あれこそ、ラフエルが齎した“破滅の光”だ」

「なんという凄まじい妖気……」

「これが及ぼす効果はただ一つ、消滅だ。完膚なきまでに壊し、跡形もなく無くしてしまうためだけにある、純粋な破壊の力――存在することで害はあれ、利など微塵も生まれない」

「バラル団……なのですね」

 

 扱う者が誰なのか、そんなことは考えるまでもなかった。直視すれば恐怖さえ覚える、そんなエネルギー体の存在意義を聞けば。

 黒いのに、白い。コスモスの目にはそう見えていた。

 混じりけも歪みも無い、澄み切って澱まぬ破滅への渇望。

 悍ましい風体だった。生まれの祝福も、生きる希望も、何もかもを無意味と唾棄して踏みにじらんとする気配。明確過ぎる終わりの意志。

 これが虹を塗り潰す。キャンバスを引き裂く。悉くを始まる前のゼロへと還す。

 

「ラフエルが善性を持ちながらにして、この忌々しさを生み出したというのなら――彼は一体、どれだけ気が狂いそうになるほどの道を歩んできたのでしょう。……想像を絶します」

「英雄は華々しいだけではない。いつでも試練と葛藤が付きまとう……と有らば寧ろ当人の視界には、無限数の闇しか転がっていまいよ」

「あなたも、そうなのですか?」

「――だから、己だけでは決められぬのだ」

 

 自嘲するアリエラ。

 人は恐ろしい。コスモスらのような温かさを湛える余地を持ちながらにして、この黒太陽が如き絶望すら生み出せてしまう。

 されどアリエラにとっては愛しいものだ、変わりはない。憎みもしなければ恨みもしない。

 だが世が人の闇に満たされる予想図を描いて、でもそれは避けたくて。果てで「悪なるもの」などという結論は、出してほしくないのだ。

 本当は、選択を取り違えたと思いたくないだけなのかもしれない。己の行動を過ちとしたくないだけなのかもしれない。苦し紛れの、自己防衛なのかもしれない。

 

「でも、な。これをどうするべきかは、決められる」

 

 しかして、問答すら彼方に追いやって全を消し去るこれ(・・)は、無くさねばならないと思う。

 まだ何も始められていない。話せていないし、見えちゃいない。

 

「――――止めるぞ。そのためにも、ラフエルに会わねばならん」

 

 出す答えは、一つ。

 遠い瞳に気迫がこもる。虹が宿って光り輝く。

 大きく息を吸い、

 

「はッ!」

 

 一度に吐く。

 すると虹色の波紋が一帯に広がり、ほどなくして呼応するように大量の鳥ポケモンが五人の周りに集まってきた。

 

「おい、おい……おいおいおいおい!」

「種の垣根を越えている……オオスバメ系列にウォーグル、ムクホーク、ポッポやピジョン、ピジョットまで……」

「我が名は月の英雄、アリエラである。奇跡『融和』の下に、其方らの力を借り受けたい。構わぬか」

 

「……感謝する」あっという間に辺りの空を覆いつくした虹色の目のポケモン達は、次々と短い鳴き声で返し、共に同じ方向へと翔け出した。

 

「先で困った時は、彼らに言え。必ずお前たちの助けとなってくれるはずだ」

 

 コスモスは隣で感心する。これが英雄の奇跡。アリエラの力。

 皆の心持ちを共にし、一丸となりて何かを成し遂げる、虹の欠片。

 

「連中だ、来るぞ!」

 

 ぴったりのタイミングだった。戦力の結集と同時に、アサツキの声が上がる。

 向こうで望めたのは先ほどと同じような、人を乗せた鳥ポケモンの軍団。相違点があるとすれば、乗り手が皆一様にグレーの衣を纏っている、というところだろうか。

 伴う複数の飛行艇と、歓迎される衝突。破滅の光を防衛するため、バラル団が立ち塞がる。

 

「ちっ、どうする! このままだとぶつかる!」

 

「突っ切ります」「押し通る」「はああ!?」

 コスモスとアリエラが口を揃えて同じ意味の言葉を述べた。

 一瞬だけ視線を重ね、微かに笑い合う。

 

「もう少しなんかなかったのかよ……」

「結構ではありませんか。どうやら、血は争えないようです」

「お前ら、こんなとこで笑かしにくんなよな」

 

 アサツキもくすりとつられて、緊張が緩んだ。

 が、長くは続けていられない。向き直って、彼方を見据えて。

 

「……ったく、楽に出来ねえな、ほんと」

「やるしかねえさ。世界を脅かす大罪人になったかと思えば、今度は世界を救おうとするヒーローだぜ? 忙しくて参っちまうよ」

「テルス山……いえ、ラフエルに至れれば、事は収まります。正念場ですね」

 

 ちゃんと笑顔を作るのは、明日で。

 

「……辿り着くぞ、絶対に」

「ええ。そして、明日の話をしましょう」

 

 語り合えたその先で。待っている未来で。

 だから今日は、現在は、拳を握ろう。前を見よう。

 

「これまでを振り返り、これからを想像して――ゆっくり、納得いくまで、沢山の時間をかけて」

 

 迫る影に、立ち向かおう。

 だって目指すべき場所は、たった一つなのだから。

 

「――――行くぞ!!」

 

 アリエラの鬨を合図に、英雄たちは灰色の暗雲へと突っ込んだ。

 翼のみが共通する雑多な種のポケモン達が一斉に技を放つと、一瞬にして巻き起こる大乱戦。

 明日を掴まんとする虹の群れと、明日を消し去りたい灰の群れとが、喰い合うように何度もぶつかり合う。

 

「一点突破します!」

 

 混迷を極める中で、コスモスが仲間たちとはぐれてしまう前に取った選択は、カイリューの“ぼうふう”であった。

 天を割るかの如き咆哮に発破をかけられて、確かな道を切り開く横向きのハリケーン。それこそが正解の証明。

 

「行きましょう」

「ええい、ルートを開かれた! 止めろ!」

「無理です! 野生のポケモン共が邪魔を……ッ!」

 

 余波で踊る髪の毛が落ち着く頃、悲鳴を上げながら落ちていくバラル団をよそに、先を急いだ。

「散れ!」しかしまだ、咎めは終わらない。テルス山を眼下にすると、今度は群衆を前座とせんばかりの苛烈な攻撃が、陸の各所から飛んでくる。

 炎、雷、氷、岩、草――様々な属性を以て五人を防戦一方にしてしまう猛攻は、当面止みそうにない。

 

「くっ、これでは着陸どころか、まともな飛行すら……!」

「連中、意地でも世界をぶち壊したいらしいな……!」

 

 とても滞空していられないだろう。窮し、大ぶりな旋回行動を繰り返す。

 

「致し方ありません……!」

 

 その時、サザンカが動いた。ゲコガシラを呼び、襲ってきた一筋のれいとうビームを切り裂いた後に唱えるは、

 

「“かげぶんしん”、ありったけです!」

 

 自身とゲコガシラ、及び乗り込むドデカバシを複製する呪文。

 実体を伴う虚像が膨れ上がるように増えて、狙いを曖昧にした。だが達人の凄業はそれだけでは終わらせない。

 

「すぐにお返しすることになりますが……お借りします、ランタナさん」

「なっ!?」

 

 ランタナの吃驚が木霊するよりも前に、ドデカバシ達は方向転換、余すことなく地上へ特攻を仕掛ける。

 分身を巧みに囮にし、降下。あろうことか相手取ろうと言うのだ。

 怒涛の迎撃だが、コピーの数を見れば本物が無事なまま敵陣へと至るのは明白であろう。でも問題はそこじゃなくて。

「あいつ、一人で……!」多勢に無勢を買って出る、その判断だ。

 

「サザンカさん!」

「このまま足踏みしていても、じり貧なだけです。敵のいくらかを預かりますので、皆さんはその間に約束の地へ」

「ご無事で……!」

 

 コスモスのグッドラックに肩越しで頷くと、サザンカは山の中腹へと消えていった。

 

「なるほどな。アリエラとコスモスさえ無事に届けりゃいい、って頭か。賢いじゃねえの、師匠」

「……オレらも、腹括るっきゃねえらしいな」

「お前たち……!」

「ま、こっちの方がカッコいいのは確かだわな」

「――違い、ねえや!」

 

 続けてファイアローとムクホークも、連なるようにして一団から外れていく。行き先は、それぞれが離れ離れになった別の地点。孤立状態は免れないが、承知の上だ。

 彼らが危険も厭わず先行するのは、鍵となる二人の竜姫を信じているからに他ならない。

 

「ランタナさん、アサツキさん……!」

「心配すんな、ちゃんと持ち応えてやるよ!」

「じゃあなぁお二人さん! 寄り道すんじゃねえぞ!」

「健闘を祈ります!」

 

 そうやって希望を託して遠ざかり、見送られながら縮んで消えた。

 二人きりになると、目に見えて攻撃の勢いが緩む。手数が分散されたのだとわかった。

 これならいける、とコスモスが急かすは己の手持ち、カイリューとサザンドラ。

 

「アリエラ、これは」

「奴らめ、厄介な真似を……!」

 

 手の込んだもてなしは、尚も続く。

 目的地である、ラフエルが没したとされる遺跡『終わりの跡』を擁するレニアシティが、丸ごと透明な障壁に覆われていた。

 その様たるや、差し詰め光のドーム――――外部からの侵攻を頑として許さぬ“ひかりのかべ”と“リフレクター”の仕業だ。等間隔で広がり周囲を固めているエスパーポケモンと団員らを見れば、看破もそう難くはない。

 

「どうする、真っ向から打ち破るか」

「いえ、下のどこからでも狙えてしまう空から攻め入るのは、賢いとは言えません」

 

 よって渋い面持ちに提示した案は「地上から切り込みます」というもの。

 壁を形成するポケモン一体を倒し、それによって生まれる綻びから内部への侵入を試みる。敵全員に存在を把握されている時点で安全など無いに等しいが、されど現状出せるカードの中では最もローリスクなように思える。

 飛行機の着陸の要領で横の距離を稼ぎながら、ゆっくりと高度を落とし、レニア付近に丁度良く降り立った。

 数時間ぶりに足を付けた大地は、砂利と岩と土と草とがバランスよく折り合う、歩きやすい形をしていた。瞥見の限りでは展望もよく、今のところ敵も見受けられない。

 尤も来ることは知っているので、長居は出来ないのだが。

 ポケモンをボールに戻した後、二人はどちらからともなく走り出そうとする。

 

「コスモス!!」

 

 直後で飛来にする竜に、襲われるとも知らないで。

 どんよりと時流が遅れる中、土煙を立てながら揺れ動く景色に、赤い翼があった。

 一度転げて、立ち直る。アリエラの咄嗟の気転で突き飛ばされたことにより、命を拾ったコスモス。

 

「無事か……!?」

「生きてます、なんとか」

 

 飛竜『ボーマンダ』は、そんな彼女が佇む眼前を睨みつけ、先祖との間を隔てるようにして立ちはだかった。

 誰の差し金だろうか。今更語るまい。誰の横槍だろうか。最早口にするまい。

 

「――ルシエジムリーダー、竜使いのコスモス」

 

 “ジムリーダー最強”という、コスモスの肩書きを知るならば。

 “最大級の障害”と、彼女を認識するならば。

 

「貴様を我らが理念に抗う逆賊とし、今日こそ引導を渡す」

「来ましたね――」

 

 この男は現れるべくして現れるだろう。この対峙は避けられなかっただろう。

 目には目を、最強には最強を。

 

「グライド」

 

 おもむろに歩いてくる、自我が失われし傀儡にも似た『(うつ)ろな白』――“空白”を捉まえて、コスモスは最上位にあるバラル幹部の名を呼んだ。

「行ってください、アリエラ」そして短く続けて、再びサザンドラを解放する。

 

「だが!」

「彼を止められるのは、私しかいません」

「!」

「なるべく早く片して、追いつきますから……明日を頼みました」

「……死ぬなよ!」

 

 多くは言わない。大きな輪郭の切れ間から覗いた瞳が、全部を伝えてくれた。

 アリエラは鋭い指笛を吹く。反応して“しんそく”で駆け付けた麓の住民『ウインディ』の背に乗ると、ドラゴン同士の一騎打ちを後にした。

 掴むは首の毛、向かうはレニア、進むは獣道。

 

「待て!」

「これ以上は行かせるかッ!!」

 

 背後で、ケンタロスとゴーゴートの声が木霊する。

 二体の追手だが、アリエラは目も暮れずに「はッ!」と息を吐き、さらに速度を上げさせた。

 姿勢を低めて、より減衰させる空気抵抗。破る草葉に踏み越える土場。木々の隙間を抜けて漏れる陽光をかわしつつ、韋駄天じみた疾走。

 

「くそ、引き離される……ッ!」

「止、ま、れぇぇ!」

 

 操者のフードが脱げる偶然と重ねて、ケンタロスが角から“10まんボルト”を撃ち放つ。

 

「断る!」

「は――……!?」

 

 かわされたと認知出来た時には、もう手遅れで。

 木を用いて方向転換と跳躍を同時に行ったウインディは、既に相手の頭上へと至っていた。

 滾る闘志を込めた捨て身の突撃“インファイト”でノックアウト。急激な動作に対応できず通り過ぎてしまった生き残り(ゴーゴート)なぞ、ただの的であった。

 

「うわああああああああっ!!」

 

 すれ違いざまに浴びた眼光に背筋が凍る。追い越すような“フレアドライブ”は敵を跳ね、容赦なく状況を締めくくった。

 しかし、まだだ。冷めやらぬ残火を身に纏ったまま、樹林帯を抜ける。すると見える“壁担当”のバラル団。

 

「一気に駆け抜ける! 神焔の虎よ、今暫く力を貸せ!」

 

「あの女、突破する気か!?」「急げ、フォーメーションを組んで……!」「幹部の方々はどこ行ったんだよ!?」焔の煌めきにいくら泡を食ってバリケードを作ろうと、もう遅い。

 火の粉という残滓を振り撒いて地を閃く流星に、いかなる攻撃も通りはしない。

 燃える足跡を置き去りにする。目を見開く。

 

「――うぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 人と獣の叫びがリンクした瞬間、山頂で火柱が昇った。

 かくして爆炎を以て、番の焼き討ちは完了。案の定生まれたバリアのほつれを通り抜け、アリエラとウインディはいよいよレニアシティへと足を踏み入れる――。

 

「(……なんだ? 人の気配がまるで感じられぬ……)」

 

 訪れるのが、久方ぶりなせいだろうか。それともこの違和感は正しいのだろうか。

 町は不気味なほどに静まり返って、沈黙を貫いていた。

 

「争いの痕跡はない……民は逃げたようだが……」

 

 ゆっくりとウインディを進ませ、辺りを見回す。

 曲線を基調とした、素朴なレンガ造りの建物からなる街並みも、土地のシンボル“ラフエル象”も、何一つここでの出来事を話してはくれなくて。

 

「英雄アリエラ、で合ってるな?」

「!」

「安心しろよ。ただ占拠してやっただけさ」

 

 代わりに教えてやろう。灰の軍団はそう言わんばかりに次々と物陰から現れ、とんとん拍子で女傑を囲った。

 

「っひひ、見つけたぜ……余計な損害くれやがって」

 

 地面は勿論、窓に、屋根に、何層も。規模は数十――いや、百は下らない。とんだ伏兵だ。

 無音を破って目を光らせる狩人の中に、短いマントを纏う者が数人ほどいることに気付く。喋っているのもその存在で。

 アリエラは班長格と呼ばれる彼らの中でも、とりわけ最も近い距離にいる人物『ジン』へと問答を吹きかけた。

 

「……貴様らがバラル、世を滅さんとする者だな」

「オフコォーーース。ブッ壊してもブッ壊しても手を緩めなくて嫌われる、天下のバラル団様がここにいるぜぇ?」

「破滅の光を生み出すなど、正気か。それも人の都合からなる、人の手で」

 

 慈悲はある。しかし許しはない。そんな英雄の睥睨にかっかっか、と図太く笑いを返す。

 

「人の都合じゃねえ、ポケモンのためにやんのさ。こいつら押さえ込んで、利用して、甘い汁をちゅーちゅー啜りやがるクソ人類共を、この世界から一掃してやろうって話よ」

「傲慢な……人の身にあって、人を裁こうというのか」

「傲慢でも肉まんでも、神様の力が再現できちまったんだよなァ~! ラフエルが封じ込めた“氷結の凶獣”の残骸を、決まったトコに打ち込むだけさ……そんなに難しい仕事じゃあなかったぜ」

「奴を使ってまで……、愚か者めが……」

 

 あまりに遅すぎる種明かしでも、驚くことに違いはない。

 レシラムとゼクロムを従えし英雄ラフエルにあっても、封印に一月かかった侵略者『キュレム』。そしてその肉体の欠片――“遺伝子の楔”。これまでに襲われた町は、秘密裏にそれを仕込まれていたのだ。

 

「話が見えてきたぞ。楔の作用で“虹の道”を乱して、地上に溢れさせ、この膨大な量の力を顕現させたということか……」

「ご名答だ、話が早くて助かっちまうぜ……だったらテメーが何でこうなったのかも、わかっちゃったりするよなァ?」

「……事故だったのだろう。本来、私という存在までもが出てくる予定はなかった。しかし虹の道の想定外の働きにより、いてはいけない者が甦った――違わぬな?」

「ぎゃはは! いいねえ、いいよテメー。んじゃあとは簡単だ。いるはずのねえ存在だってんなら、消えねえとならねぇってこった」

 

 会話はここまで。ジンのフィンガースナップにより強制終了させられる。

「ゾンビは意味わかんねえことしてねえで、さっさと土へ還れって話だわ」パチンという音が響くと、続々と咲いていく淡い光の花。開く紅白はやがて多数のポケモンを呼び出し、アリエラの退路を潰してしまった。

 

「――最後に、聞かせろ」

「あん?」

 

 されど怯むことなく、俯いて、言う。

 

「お前たちは、自らもまた滅ぶと知りながら……この凶行を続けるか」

「知ったこっちゃねェなぁ! 俺らはブッ壊せりゃなんでもいいのさ……人間サマはテメーが思うほど高尚じゃあ」

 

 手を挙げ、

 

「ねえんだよォォォォォ!!」

 

 下ろす。

 簡素でも、サインはサインだ。ポケモン達は獲物に群がる獣のように、或いは光に集る虫のように、一斉にアリエラへと飛び掛かった。

 

「……そうか」

 

 言葉は通じても、会話が出来ない。アリエラの胸中は、彼らをそういう相手だと断じた。

 触れて交わり、それでもなお解り合えず、寄り合えず。

 悲しく思った。虚しく抱いた。

「愛するが、赦せ」なぞりたくはなかった。封じておきたかった。けれどもそれは叶わないから。通らないから。

 影法師の奔流へと、凛とした面を上げた。

 殺到する技の数々。ポケモンの群れ。覆われる、包まれる。そのうちみるみる消えて、無くなっていく。

 

「――私が復活したのは、お前たちを止めるためだったのやもしれぬ」

 

 刹那、七色が弾けた。ポケモンの牙が、爪が、吐き出した火が、水が、風が――アリエラの肌に触れる寸前でぴたりと静止する。

 まるで時計の針が止まったかのようであった。

 

「……!!?」

 

 そして身を翻し、何事もなかったと蓋をして、主たちの元へ返っていく。

 

「――4ϙ4β65」

 

 携えた殺意も、そのままにして。

 

「なッ……!!」

 

 まるで時計が反転したかのようであった。

 

「お前らポケモン出せ!!!!」

 

 咄嗟の早口と応戦。何が起こっているかわからなかった。言えるのは、ただそれだけだった。

 アリエラへと向いていた全てのポケモンが、打って変わってマスターであるはずのバラル団たちに襲い掛かる。

 

「なに、なんなの!? ポケモン達が急に……ッ!」

「暴走か!? 何故いうことを聞かないんだ……!?」

「くそっ、ボールにも戻らねえ! テメェ何しやがった!!?」

 

 ターゲットを誤認したかの如き形相で押し寄せる獣達の波に、彼らは泣く泣く控えを出さざるを得ない。

 一瞬にして描かれる、同士討ちの構図。混沌が混沌を圧倒する戦場で、アリエラはただ虹を煌めかせて超然と立っていた。

 そこに優しさはないし、まして思いやりもない。

 あるのは戦に明け暮れていた八千年前の惨さと酷さと、冷たさ。愛ゆえに愛を捨て去りし、かつての戦士の残虐さ。

 持ちうる能力を理論値まで解放し、悉くを傷付けるためだけに猛威を振るう英雄が、そこにいた。

 

「クソッ、バケモンがあああああああ!!」

 

 毒蜂ポケモン『スピアー』を出し、十八番の技“こうそくいどう”で突撃させるジン。

 

「――t036ϙ6αφ16ε 4d6567α73∿6b6i」

 

 再び、人智の理解が及ばない領域の言語が響く。虚ろに呟かれたそれは難なくスピアーの羽音を止め、彼自慢の複眼をアリエラの色に染め上げた。

「ふざけやがって……!!」ジンは悔しさで尖る歯をギリギリと擦り合わせて、思い知る。

 この力は、和解や共有といった類のものではない、と。

 寧ろ支配や命令の系統に属するものである、と。

 ここから数秒後には、さらに信じられない光景が広がることになる。

 

「メガシンカなんて、聞いてねえぞ……ッ!!」

 

 厳密には、キセキシンカ。操ったスピアーを虹のオーラで包み込むと、強化形態へと昇華させた。

 かざした手が示す意味は、あまりにシンプルすぎるもので。

「我が道を、阻むな」そうしてキセキスピアーは振り向いたジンへ、躊躇なく突っ込んでいく。

 

「なんだってんだ、チクショウ!」

「班長、主のリングマが壁を破壊しました! レニアに侵入してきます!」

「どいつも、こいつも……!!」

 

 圧巻の脅威は、気付くとすぐそこにあった。

 鳥の歌声よろしく穏やかな高音を遠くに伸ばして『陸のテルスの主(リングマ)』を呼び寄せれば、仕上げは完了。

 いくら一〇〇以上の規模を誇ろうが、自身のポケモンを相手にしながら、地鳴りと共に進撃する六メートルの巨体を止められる道理など、あるはずもない。

 大地の守護神のけたたましい怒号が響き渡る中、アリエラは涼しい顔でウインディに跨り直し、その場を去っていく。

 

「アリエラ、逃げていきます!」

「ここで手一杯だよ! けっ、最高だぜ。バケモンがバケモン呼びやがった……どうしようもねェ!」

 

 ジンは隙間を抜けていくアリエラを横目で見ながら、

 

「あとは、あの人(・・・)にやってもらうしかねえな……」

 

 不穏に呟いた。

 

 

 

 閑散とした場所特有の、熱のない空気を裂いていく。

 平素ならば温かい赤橙の建造物たちも、人がいなければ途端に孤独が落ち延びる。続く石畳にしたって、まるで風情が感じられないほどに乾いていた。

 

「近いぞ……、急ぐのだ!」

 

 アリエラの指示に従い、ひたすら西へと駆けるウインディ。

 終わりの跡は、最西端の崖だ。そこにさえ至れれば、あとはラフエルの魂を再生させるだけだから。今なお天空で肥大化し続ける絶望を、止めてもらえるから。

 あと、ちょっと。

 そんな思考を出し抜けに切り刻む影が、一つ。

 

「……――ッ!!!!」

 

 それは、民家の窓を突き破って疾駆した。

 パリン、という耳障りな破裂音を図々しく引き連れ、横からアリエラの首(・・・・・)を狙ったのだ。

 びゅっ。既のところで上体を逸らして回避する。薄皮を掠め取る鋭さが、ひりひりと疼く痛みを残した。

 姿さえ視認させず、通りすがりに命を奪い去らんとする早業は、まさしく通り魔や辻斬りのそれであった。

 

「マニューラだと……!?」

 

 小さく、黒い。

 炎獣を振り向かせるのと同時に迫った顔で、暗殺者の正体を理解する。

 ウインディが開口し、追い返そうと放つ“かえんほうしゃ”を、阻止。速やかに下顎を殴り上げ、無理矢理閉ざした口内で熱エネルギーを暴発させてしまう。

 ぼん、と鈍くこもった爆発音に続いて着地すると、機敏な動作で前脚を蹴り払う。熱き勇姿は“けたぐり”にて堕ちた。

 

「(やる……!)」

 

 貫くような眼光を当てられた瞬間、沈んだ獣の躰から跳び退くアリエラ。

 覗かせる歯を知った時。新手の追撃を悟る時。

 

「然し!」

 

 両斜め後方という死角から迫ってくる“オニゴーリ”と“ドンカラス”へ、野生の“ヘラクロス”と“ウォーグル”を当てがって対処した。

 アリエラは見え隠れする異常に対し、怪訝そうにする。

『何故、ポケモンを操作出来なかったのか』――――主なモノローグはそれだ。

 彼女の奇跡“融和”は、『ポケモンに自分の感情を投影する』効果を持っている。

 喜ばしい時は一緒に笑い、哀しい時は共に泣く。言葉が通じない彼らを思うからこそ得た、己の心持ちを伝える能力だ。

 しかしそれは時として生まれる情動“憤怒”さえも彼らに押し付ける。多数が怒り狂い、力任せに矛を振り回すことを良しとしてしまう。とどのつまり負を伝播させるのだ。

 アリエラは常々封じていた怒りを解き放って彼らと向き合ったはずで、本来ならばマニューラ達を味方に出来なければいけないはず、なのだが――。

 

「ポケモンを操る面妖な技を使うようだが――無駄だ。こいつらには効かん」

 

 推理の手は煩わせない。男は、そう言わんばかりに堂々たる姿を現した。

 ズン、と地の底に引きずり込まれそうになるほどのプレッシャーが、アリエラを身構えさせる。

 凡そ常人では、その声一つで息さえ詰まってしまうだろう。

 

「靡かんのだよ。人間の浅知恵如きが作った道具で、成り立っている繋がりではないのでな」

 

 地べたで爪を研ぐ、猫鼬の横をすり抜けた。

 かくして一歩ずつ大地を踏みしめるように。足跡を刻み込むように。最後の壁として、彼は英雄の前に立つ。

 

「そこに上下はない。我々はいつでも、唯一無二の対等だ」

 

 羽音が聞こえた。空気が凍り付いた。淡青の羽毛がいくつも舞い降りて、殺風景を彩った。

 放たれる尋常ならざる気配は、早すぎた冬空で嘶くフリーザーのものだろうか。

 

「何故ならこの“イズロード”は――常々ポケモンの自由のために在るのだから」

 

 それとも、この男のものだろうか。

「お目にかかれて光栄だ、英雄アリエラ」イズロードは、不敵に笑った。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 ――戦局が、整っていく。

 

「くっ……撤退、撤退だ!」

 

 ギャラドスが尻尾で最後の敵を一薙ぎし、主人ごと近くの水場にふっ飛ばす。

 諦めたか、それを見た下っ端らは次々と引き上げていった。

 最後に、戦場である川辺がサザンカ一人だけになった頃、事は次なる展開に進む。

 周囲で生い茂る木々の間から、一目で有害と判る紫色の煙が噴き出てきた。それは忽ちに風上から広がって、視覚を阻害するまでに充満、達人を早々と飲み込んでしまう。

 

「……なるほど」

 

 背後から突如伸びてきた透明の舌を気一つで察知し、裏拳で弾き返す。カクレオンのものだった。

 

「先刻より、辺りでずっとちらついていた禍々しい気配は――あなたでしたか」

 

 敷き詰められた石の絨毯を踏み転がす、そんな足音の先にハリアーはいた。

 

「フフ……驚きました。この有毒ガスが効かないとは、どういったからくりなのでしょう……?」

「驚かされたのはこちらの方ですよ。まさかここまでやるとは……、私でなければどうなっていたことやら」

「困りましたね、もう少し人らしく振る舞えませんか?」

「そっくりそのまま、お返ししますよ」

 

 木陰から様子を窺うは『マタドガス』や『スカタンク』といったどくタイプのポケモン達。

 彼らは有害とされる学説を裏切らず、生物の命を脅かす技“どくガス”を扱える。この事実さえわかれば、もはや何も説明する必要はないだろう。

 

「さて、戯れはここまでと致しましょう、サザンカ。貴方とは初めましてですが……これから消えゆく者に、ご挨拶は要りませんでしょう?」

「ええ、あなたは消えるのです。あなたに全てを奪われた人々が待つ、氷の牢獄へと」

 

 片や修行によって得た特殊な呼吸法で、片や従えたオーベムの“しんぴのまもり”による薄膜(バリア)で隣り合う死を防ぎ、戦いに赴く。

 

「終わりの始まりはもう止まらない、止められない――――故に逝きましょう、共に」

 

「ギャラドス」「ジュペッタ」

 テルス山の中腹で、眩いメガシンカの光が上がった。

 

 

 

 物量戦。至ってシンプル且つ強力で効率の良い作戦が展開されるのは、崖と崖を繋ぐ大橋の上。

 四羽の鳥が有象無象の陣形をかき乱す傍らで、

 

「……拍子抜けだぜ」

 

 幹部ワースは向き合う男、ランタナへと言った。

 睨み合うファイアローとメガヤミラミ。めらめらと闘争心を燃やす双方に反して、主人たちの内心は底冷えしていて。

 

「必死こいて準備したってのに、出てきたのがどこの馬の骨かも知らねえジムリーダー……それも一人ときたもんだ。費用対効果が低すぎる……あーあぁ無駄遣いだなぁ、ほんとによ……」

 

 とりわけワースは、意気消沈と呼べるレベルにまで気分を落としていた。

 ただでさえ表での活動を嫌う男が、唯一の楽しみであった値踏みすら出来ないというのだから、無理もない。目の前の手負いの中古品は、査定の価値すら見出せないほどに傷んでいると判断したのだ。

「テンション下がるわ……」元より足りない愛想をさらに欠かして、物憂い独り言。

 

「……なわけでよぉ、俺ァ今すぐにでも帰りてんだわ。さっさと終わっちゃくれねぇかい」

「馬鹿言ってんじゃねえよ。このままあんたらの思い通りにいけば、終わるのはそっちも一緒だぜ」

「あー、そうさな……いくら人命ってモンが生まれついてのジャンク品であっても、そら有無も言わさずパクられんのぁ損失になるか。一寸の虫にもなんとやらってな」

「わかってるなら話ははえーや。俺があんたの帰る尻尾巻いてやるから、大将に言っとけ――『死にてェなら一人で死ね』ってよ」

「ッハ、いいこと言うじゃねぇか」

 

 咥えたやにから吹く煙。

 

「――同感だ」

 

 それは、開戦の狼煙。

 

 

 

 樹林帯が作る自然にあっては、コンクリ柱も浮いてしまう。

 されど強さには、関係が無い。ローブシンは闘神の二つ名にも違わぬ暴れっぷりを以て、ガブリアスと衝突。

 後方ではサワムラーとキテルグマによる小物の処理が行われ、目の前では幹部クロックとの激闘が繰り広げられ――そんな進退窮まる状況であろうが、アサツキは諦めを知らず立っていた。

 

「弱い者いじめみたいで、趣味じゃないけど……今回は大事な作戦らしい。だから、悪いね」

「趣味じゃねえなら、即刻やめろよ」

「それは出来ない。成り行きなんだ」

「……成り行きなら、しゃーねえな」

 

 気持ち一つは、お互い様か。

 木の葉舞う緑の中で、戦は語るでもなく続いていく。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

「我々は、ポケモンの自由のために行動している」

 

 ここまで来て、ようやく答えらしい答えが得られたと思う。

 イズロードは簡潔に、しかし瞭然に組織の目的を語った。

 人を滅ぼすのは、彼らがポケモンの自由を阻むから。世界を終わらせるのは、歴史をやり直そうとしているから。

 再生は破壊からしか生まれない。

 故に全てとの心中を望んでいる。人類史に終止符を打ち、ポケモンだけの新世紀を作らんとする。

 

『ポケモンによって作られた世界を、ポケモン達に返上する』

 

 それが宿願だと言った。理念だと説いた。

 

「……それを望まぬポケモンたちのことを、考えたことはないのか。人々を愛するポケモンとて、少なからず存在するはずだ」

「どちらが多いか少ないかは、問題ではない。我々は『より良い方』を取っている。かつての貴様らがそうしたようにな」

「烏滸がましくも、英傑たちの軌跡と混同するか」

「違わないだろう。理想のためにいくら殺した? どれだけ手に掛けた?」

 

 途端に口を閉じる。

 

「英雄と云うのは、所詮殺戮者よ。その背景に崇高な目的があったかどうか、ただそれだけの話に過ぎん」

 

 否定できなかった。

 原因はポケモンとヒトを巡るもので、大義と大義のぶつかり合い。

 正しさのためならばどこまでも残酷になって、どんなものでも捨て去ってしまう――。

「解るか? 我々とて、また英雄なのだよ」今の彼らが忌まわしき記憶を再現していると気付いたアリエラは、悔しげに唇を結んだ。

 

「そこでだ、アリエラ――おなじ英雄同士、手を取り合う気はないか?」

「……何だと?」

 

 次ぐイズロードの申し出に、耳を疑う。

 これまで散々己を殺さんとしてきた連中の口がそう言いだすのだから、無理もない。

 

「貴様も八千年前、ポケモンのために戦ったのだろう。願いが共通しているならば、行動を共にする理由もまた十分にあるはずだ」

「お前たちの負の施しを享受しろというのか? そんな馬鹿な話が」

「それにな」

 

 繋げるというより、割り込みに近い。寧ろ遮りか。

 

「伝承上でも律儀で生真面目であった貴様のことだ……会いたがっているラフエルが世界への絶望を口にしたのなら、滅亡を齎すこともやぶさかでない、という腹積もりでいるのではないか?」

「……!」

「……答えを待つ必要はない。八千年越しの世界を見て、得られたはずだ」

 

 はたと見上げた天井で輝く、破滅の光。

 何度も諦めかけた。

 精神が折れかけた。

 

「どれだけ温かい夢を抱こうと、優しい物語を紡ごうと」

 

 どこぞの誰かに敗れ、屠られてしまえば、どんなに楽だろう。

 ――光が見えない中で、そんな風に思った。

 

「美しい跡を残そうと――人は絶えず繰り返す」

 

 それでも斬った者達が、自分を見ていて。

 己を殺した存在が作らんとする世界の先を、眺めていて。

 

「痛みも失敗も忘れ去り、なかったことのようにして、白痴にまみれて変わらぬ明日をなぞる」

 

 振り返れば、帰り道などなかった。屍しかなかった。

 彼らを想えば立ち止まれなくて。それでも己を染める赤は日増しに濃度が増していって。

 

「延々と。何度も。何度も。同じ環を廻り続けるぞ」

 

 前に進むしかなかった。信じて往くしか、なかった。

 その先で待つのが、これだ。

 あんまりな話だと思う。悲しい物語だと考える。

 

「アリエラ、我らと共に来い」

 

「もはや終わらせてやる他に、ない」誘う男の瞳は、人への諦観と怒りとが渦巻いていた。

 不本意にも、共感を覚えてしまった。こうなりかけたことは、幾度もあったから。絶望に潰されかけたから。

 本当は彼のようになるべきだったのかもしれない。正解だったのかもしれない。

 誤魔化すべきでなかったのかも、しれない。

 観測者はいつもいつでも冷静だ。隠してきた本心を見透かし、言い当てる。本性を無容赦に引きずり出す。

 

「――――お前は、泣きながら誰かを傷付けたことはあるか?」

 

 それでも、アリエラは面向いた。

 

「過酷さに打ちひしがれ、己を、或いは己の信じるものを疑ったことはあるか?」

「……何を言っている?」

「自分の罪に、苦しんだことはあるか?」

 

 何十回と否定されようと。

 

「何れも、この広い世界に息吹く生物の中で、唯一“人”だけが行える事だ」

「世迷言を」

「挫ける都度、それこそこの世の終わりのように考え込み、悩み、苦しみ、千切れそうな頭から答えを放り出していく」

 

 何百回と裏切られようと。

 

「私はそうやって、ラフエルが残したモノを――思い続けるヒトの可能性を、信じずにはいられない」

 

 生まれて死んで、そして甦っても。

 彼女には、幾らでも言い続けられることがあるからして。

 

「何度傷付けても、愚かでも、私は彼らを愛している」

 

 ヒトが好きだと、胸を張って声高に謳える。

 ヒトがいたから、最後まで走ってこれたと叫べる。

 

「故に、まだ諦める訳にはいかんのだ。見ずして捨て去る訳にはいかんのだ」

「耳が腐り落ちそうなほどに甘ったるいな……どうやら俺は少々、貴様を買い被っていたようだ」

「迷わぬことが是か。立ち止まらぬことが美か。本当にそうか」

 

 歩みが遅くてもいい。矛盾を孕んでもいい。

 それでも、自分達の積み重ねを否定したくない。

 

「私は、その愛なき導きを赦すことが出来ん。よって、お前たちとは行けぬ」

 

 これが現代の英雄を知り、彼らに触れた先で手繰り寄せた、アリエラ自身の意志であった。

 

「いいだろう。であるならば、貴様の行き先は決まった」

 

 空に留まって問答を静かに待ち受けていたフリーザーが、イズロードの言葉で動き出す。

 撃ち下ろすように、アリエラへと“れいとうビーム”を照射した。

 

「――招来する」

 

 その濃紺は、紛れもない竜の証。横から割り入る焔“りゅうのいかり”が冷気を相殺、一瞬にして氷の線を蒸発させてしまう。

 ポケモンを一匹も所持していないはずだが。イズロードは立ち込める蒸気に抱かれながら、そんな独白を漏らす。

 

『始まりの竜姫、己亡き後、その者にテルスの守護を命ずる。彼の者、空の覇者と成りて天にて永らえん』

 

 が、途中でキャンセルした。原典の記述の一部を想起したからだ。

 腑に落とす。そうだ、そうだった。女傑には彼女がいた。

 神話でも常々共に在った、彼女の一部であり、英雄の力の一端――。

 

「今こそ出でよ――、空のテルスの主(ボーマンダ)!!」

『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 八千年前より血と記憶を引き継ぎ、彼女との約束を守り続けてきた、伝説のボーマンダが。

 降臨に大地が震えた。空がどよめいた。

 痺れる一吼えで白煙が振り払われた後、鮮やかになった主君と「久方ぶりだな」と見合う。

 

「ゆくぞ、イズロード!」

「フハハ! ……面白い!!」

 

 かくして最強の眷属は向き直り、今一度、甦りし英雄と駆け抜ける。

 

 

 

 サザンドラが力尽きた。

 ガブリアスが地に伏した。

 エストルが倒れて、

 

「“すてみタックル”」

 

 とうとうパシバルも陥落した。

 真上からの飛来を受け止めきれず、その身で造るクレーター。ばきんと鳴らして、地にめり込んだ。

 メガボーマンダは続けて、丸腰のコスモスへと脇目もふらずに突っ込んでいく。

「カイリュー」ランプの魔人よろしく、握ったボールから飛び出す最後の一匹。後ろの主を守らんと突進を受け止め、思いきり踏ん張った。

 

「どうする。後がないぞ、ルシエの」

「……そのようですね」

 

 表情は揺らがずとも、余裕の無さは確実にある。

 グライドがメガシンカを発動した途端、一気に形勢が形成された。

 “荒くれ者”という代名詞の通り、ボーマンダはその凶悪な攻撃性能を遺憾なく発揮し、次々とコスモスの手持ちを葬ったのだ。

 

「貴様らにどういう事情があるのかは、俺の知ったところではない。が……無謀だったな」

 

 しかしグライドとて強者、これを手放しで得られた結果と驕らず、騒がず、うぬぼれることはない。

 このカイリューを見た時――いや、戦い始めた時からわかっていた。

 

「万全でない状態の手持ちで、よくこの俺に挑めたものだ」

 

 暗く低い声が示す。コスモスのポケモンが、いずれも手負いである、と。

 数時間前のジムリーダー達との戦闘が、明らかに響いている。

 カイリューにしたって、そうだ。平然と戦っているが、両手と腹が“やけど”の状態に陥っており、決して無視できないダメージを引きずってしまっているではないか。

 改めて、彼らの強さを実感するばかり。

 

「それとも、俺を侮ったか。いや――個人ではなく、俺達全てがその対象か」

「(来る……!)」

「“ハイパーボイス”」

「“ぼうふう”!」

 

 至近距離で音波と竜巻が激突すると、轟く音。尋常ならざる爆発に押し飛ばされた双方はそれぞれの主の脇を抜け、ごろごろと草原の上を転げる。

 カイリューは地面に爪立て、後退る勢いを無理矢理殺した。

 ほぼ同時に立ち直り、宙へと浮上するボーマンダ。己のフィールドに引き込もうとする意図が明け透けだ。

 

「付き合わないで」

 

 拒否しろ。そんなコスモスの指示を肯い飛竜が手に取るは、近場で疎らに生えている樹木。

 それらを矢継ぎ早に引き抜くと、槍の要領で力任せに投射した。目で追いきれない速度を叩き出し、風を穿って飛んでいく。

 

「かわせ」

 

 一本、二本と立て続けに避けてから高速旋回、直撃コースに捕まらないよう空を往く。

 

「“しんそく”」

 

 カイリューは、そこで初めて羽ばたいた。

 六本目まで捌いたところで地上を瞥見し、一瞬でも位置を確かめようとしたのが良くなかったか。

 集中を戻しても、黄色い閃光は既に目鼻の先。

 剣のようにして握った木で、眼下の背中を力強く殴打する。

 ドゴン、と鈍い音が響いてから軌道が逸れた。決めるなら今だ。コスモスと思考を一致させる。

 天翔け追いかけ振りかざす二撃目。

 

「なめるな」

 

 短兵急な宙返りは、さぞ強引だったに違いない。しかし相手の裏をかいたことにも違いない。

 咄嗟の回避をやってのけるセンスは、間違いなく経験で培われたもの。

 流れるように奪い返す背中へ、ボーマンダはドラゴンクローを伸ばす。

 

「でも!」

 

 ばきり。振り向きざまで木をあてがった。凌いだ。折れた破片は回転しながら落下し、やがて大地に突き刺さる。

 

「だとしても!」

 

 交錯する自発的な『“げきりん”』と『“すてみタックル”』――お前も同じ目に遭わせてやる。随にてボーマンダが言った。

 

「甘い」

「!」

 

 発声のタイミングは一緒でも、発生の早さには明確な差が生まれる。

 拳にオーラを纏わせたまではいい。肝心のそれをぶつけるよりも前に、紅の三日月はカイリューを浚ってしまった。

 きりもみ飛行で、真っ逆さま。先程パシバルが貰った攻撃を、もろに受けてしまうカイリュー。

 強烈な衝撃が土を砕き、砂利と石をまき散らす。塵煙が晴れた先で、相棒はボーマンダにマウントポジションを取られていた。

 

「っ……“ぼうふう”!」

「まだ続けるか」

 

 様相に叫べど響くのは、虚しくもコスモスの声だけ。

 ギリギリで耐えている中で大口を開けても、ただただ竜爪に侵されることしか出来なくて。

 火傷が疼く身体でする雀の涙ほどの抵抗が、一体何を変えられるだろう。

 圧し掛かられ、力で押さえられ、

 

「諦めろ――“ハイパーボイス”」

 

 終いには零距離で音の爆弾を叩き込まれ、あえなく決着。

 最後まで、起き上がる余地などなかった。呆気ないものだった。

 仰向いた目は、降参の時に掲げる旗の色していた。自由になった凶竜が、動かなくなった巨体を蹴飛ばして睨む方など――、

 

「さて」

 

 一つだろう。

 

「初めから勝ち目のない戦を、何故挑んだのかは知らん……が」

 

「どのみち、終わりだ」顔向けし、口元に溜め込むエネルギー。

 人体でこれをくらえば、恐らくバラバラになる。早い話が死ぬだろう。

 恐怖なのか。今更うすら寒さが這い寄って、背骨に絡みつく。

 出来るならば、避けたかった。勝ちたかった。今だって死にたくない。そもそもこんなことになるのなら、此処に訪れないのが一番だったのかもしれない。

 たった五人で、それも手傷一つさえ癒せぬまま数百の軍勢に挑みかかり、勝機などあったろうか?

 

「少し考えれば、わかったことだろうに」

 

 ――ある訳が、ない。

 いくら勝利を背負っていようとも、そんなことは火を見るよりも明らかで。

 

「それでも」

 

 それでも、コスモスは行きたかった。

 

「行かねばならぬと、思ったのです」

 

 ジムリーダーの宿命『勝利(ジーク)』を捨て去ってでも、先を見てみたかった。

 どこかの誰かのように――何かに懸けることが、やめられなかった。

 前髪から覗いた瞳は、微笑んでいて。

 されど、イズロードのような冷え切った青の憤りに非ず。ハリアーのような赤黒の愉しみに非ず。グライドのような真白の虚無に非ず。

 ただおめでたいぐらいに諦めず、虹を追うだけのこと。

 楽観が過ぎると思う。らしくもないと思う。ましてこんな時にあるなら、尚更。

 しかし溢れ出す希望は、止められない。止まりたくないと言って、まるで聞かない。この足を赴かせて、仕方がない。

 コスモスはやはり煌めいて、遥か前を見据えていた。

 

「消え失せろ」

 

 虚無は少女の輝く言霊を形見と捉え、掌で短く空を切った。

 幾重もの環状の風刃が放たれる。伴う絶叫は耳朶を劈き、山中を駆け巡り、きたる彼女の終わりを大仰に飾り付けんとする。

 足元を抉り、自然を切り刻み、あっという間に迫った。

 役立たずと知りつつも細腕で胴を庇い、口を噤み、目をきゅっと瞑るコスモス。

 

「――“だいもんじ”!!!!」

 

 その時、彼女を守るものがあった。

 それは、人と同じ温かさをしていた。

 それは、太陽の熱を味方に、上から降り注いだ。

 それは、大の字に爆ぜ散って“破壊の風”をかき消した。

 

「……余計な邪魔を……」

「……!」

 

 腕をどけて、ゆっくりと目蓋を上げる。そんなコスモスの前に、燃えるオレンジの翼が静かに降り立った。

 

「カエン、くん……」

 

 ――――再会。

 少年はリザードンの背からおもむろに離れ、地に足付けて少女へと振り向く。

 

「やっぱり、おれ――今がなくなるのは、いやだ」

 

 そこには言葉選びで小さくなる口も、落ちる眉も。

 

「守りたい。こわされたくない。……ダメだなんて、言われたくない」

 

 漂って宙ぶらりんな眼も、震えて定まらない声も。

 

「だから、それをラフエル(あいつ)に伝えたい」

 

 もう別人みたく、どこにもない。

 険しくも、芯を携え胸を燃やす。熱い火焔を揺らめかせる。

 

「『今はすげーたのしいんだ』って……会って、言ってやりたい」

 

 そうやって言い放つカエンの面持ちには、ほんの少しの迷いもなかった。

 英雄と話し合って『過ちでない』と教えてやる。嘗てと向き合って『現在を抱いていく』と意思表示する。

 されど壊すと言うのなら、喧嘩をしてでも止めてやる。

 これが迷走し、転げ回った果てに得た、勇者の答えであった。

 

「一緒に行こう――、コスモスねーちゃん」

 

 もう、逃げない。見失ったりしない。

 心に英雄を取り戻した少年を祝うように、上空に新たな舟が現れる――。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

「は、班長ォ! 上空に敵の増援が……! 数、三〇以上です!」

「チッ、ポケモンリーグの奴等……!!」

 

 希望の光が、増えていく。

 満身創痍の英雄たちの元へ、翼を伴って降りていく。

 ――ラフエルはまだ、堕ちず。

 消耗しきり、膝をついてしまったランタナの前に、先刻ぶりの聖女が現れる。

 

「ステラ……!」

「まったく……啖呵を切ったのに、散々ではありませんか」

「なんで……っつか、どういう……!」

「あら、私はちゃんと言いましたよ?『争っている場合じゃない』って」

 

 子供へ向けるような笑みに促されて仰いだ天には、幾人ものリーグトレーナーがいた。

 

「……ったく。遅ぇんだよ、バカ野郎……」

「ふふ、あなたに堪え性がないだけですよ」

 

 手を差し伸べ、ランタナを再び立ち上がらせると、全ての手持ちポケモンを解放する。

 

「――ポケモンリーグの命により、これよりあなた達を援護します」

 

 そうしてステラは、ワースと対峙した。

 

 

 

 アサツキへの援軍は、後方を守るサワムラーとキテルグマが倒れかけた時に出現した。

「……お前、ほんと変な時に間がいいよな」彼女が、賛辞か文句かわからない言葉を述べる先にいるのは、カイドウで。

 

「感謝するんだな。貴様のような愚か者でも、くたばってほしくないと思う物好きがいる……らしい」

「へえ。……ソイツはお前もか?」

「もう黙っていいぞ。気色が悪い」

「冗談言えよ、今のお前もなかなかだっつの」

 

 やはり背中合わせ。しけた面を見合わせるなんてごめんだし、並び立つのもむず痒い。だからこれで、この状態でいい。

 ただ先程より近付いた背後は、言わずともわかる。

 

「……幹部の野郎は引き続きオレがやる。だから後ろのザコ抑えとけ」

「言ったからには、確実に倒すことだな。挟み撃ちにされての尻拭いとなれば、笑い種にしてやろう」

「ほんっと一言多いな。ちったぁテメーの心配しろよ」

「お互い様だ」

 

 味方のものだと。信頼に足る仲間のものだと。

「テメーが倒れるとオレが困る」「貴様が倒れると俺が困る」

 発される声が、背中越しで重なった。

 

『だから、終わるまでそこに立ってろ』

 

 最後の不敵な笑みから成る生意気な命令が、ローブシンとユンゲラーを各々の戦局へと送り出す。

 

 

 

 晴れた毒ガス。

 

「ほんと、無茶をするよ……」

 

 ユキナリはジュペッタの爪に斬られかけたサザンカを助け、言った。

 しかし咎めない。何故なら、

 

「何かを成さんとする若者があらば、思わず見届けたくなってしまい、手を貸さずにはいられない――いけませんね。これだから年寄りというものは」

「ははは、違いないな」

 

 同じ年長組として、彼らに一定の理解があるから。

 本当に愚かなのは、もしかすると僕らなのかも。見守る者たちがそんな風に揃って笑い、並び立つ。

 

「ハリアー……仇を討たせてもらう」

「ああ、誰かと思えば……薄氷の戦士ではありませんか。救いたい者一人救えず、我々に敗北し、ガラガラと音を立てながら崩れ落ちた、無力で憐れな人――――ネイヴュの次は、世界をその手から溢そうと云うのでしょうか?」

「そんなことはさせません。今度は我々がおります」

 

 未来のために戦う。

 彼らの固い誓いは、未だ潰えることなく、この空で。

 

「ラフエルで永遠に輝く、虹がおります」

「奪いたければ、何度でも奪えばいい――そのたびに僕らは立ち上がり、お前達に挑み続ける!」

 

 ラフエルの大地が、力を貸した。召喚するやいなや、虹を浴びて煙を吹き、赤に染まっていくRFサンドパン。

 やがて雪原の追跡者(アイスチェイサー)は、いつかに立てた誓いを誇示するように赤胴の報復者(ブレイズリベンジャー)へと変容する。

 

「勝負です、ハリアー!」

「ここで決着をつける!」

 

 キセキシンカとメガシンカ――二つの可能性が、此処に集った。

 

 

 

「下で頑張ってもらう分、(そら)は任せろってなぁ!」

 

 アドニスのメガライボルトが、“かみなり”で晴天を唸らせる。

 

「まったく、アレも甘い奴だ……態々協会に取り合ってまで味方するとはな。時折、本当にチャンピオンかと疑ってしまう」

 

 サーシスの指示“シャドーボール”は、一度でメガゲンガーに数十の敵を落とさせた。

 

「まあまあ、何だって楽しんだ者勝ちさ。どうだい、撃墜スコアでも競うっていうのは」

 

 ジニアが持つメガヘルガーによる“だいもんじ”は、視界から悉くが消え失せる程の大火力。

 

「あらら、いいのかな? 私の一人勝ちだよッ!」

 

 ハルシャはメガフシギバナから放たれた草葉の嵐(リーフストーム)が、バラルの飛行艇を複数巻き込んで撃沈させる様を見てから、得意げに言った。

 

「膳立てはした――あとは任せよう。英雄と、その末裔たちに」

 

 飛行艇の留守を務める四人の代わりに、前へ出る。

 そうして従妹と遜色ない無双を繰り広げるメガリザードンYの背で、グレイは呟いた。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

「リザードン!」

 

 カエンの一声で放たれる三日月型の風の刃“エアスラッシュ”。それは牽制となって、ボーマンダをその場から立ち退かせる。

「こいつを、カイリューに!」リザードンはその隙を逃さず利用し、手から手へと投げ渡された『げんきのかけら』を、カイリューの元へと届けた。

 口に入れてやると、忽ち体力が回復し、瞳に生気が戻っていく。全快とはいかずとも、立ち直って『もうひと頑張り』を叶えるには十分だ。

 腕で頬の汚れを拭う。再動の咆哮を高らかに上げる。

 虹が見える――二体の竜は奮って昂然と並び立ち、いよいよもって同じ明日へと歩き始めた。

 

「……へ?」

「どうしました、カエンくん」

「リザードンと、カイリューが……『先に行け』って」

「!」

 

 カエンの耳は、ポケモンの声を聞く。

 肩越しの視線から通るのは、俺の、私の願いを持っていけ、という確固たる意志。

 コスモスもカエンも、長年連れ添った相棒の覚悟を無下に出来るほど、未熟にはなれなくて。

 となれば、返事は一つであった。

 

「――――ありがとう!」

 

 静かに頷き合って、少年と少女は約束の地へと走り出す。

 

「ポケモンのみで、この俺を倒そうと言うか。空け共が……!」

 

 カイリューの風が、リザードンの炎が、二人の道を守る盾となった。

 決して朽ち果てない。信じた彼らが、未来を手にするまでは。

 

 

 

 目指すべき約束の地――その目前。

 救済の鍵と最終防衛ラインによる死闘は、レニアの中央区画にて。

 轟音が幾度となく鳴り響く。塵煙はもくもくと各所から立ち込め、少しずつ崩れる街の景観を曇らせていく。怪物同士が殺し合う時、世界はミニチュアのように破壊された。

 

「――はあァァァァァッ!!」

「フフ! ハハハハハハ!!」

 

 守護竜と氷鳥の空戦が見下ろす中で、アリエラとイズロードは徒手のみを頼りに激突する。

 意気を一息に吐く両者。それは乱打の随伴動作。

 拳と拳が無を切り、周囲に衝撃波を立てつつ何度も何度もぶつかり合う。

 割れる大地。歪む空気と乱れる髪に、瓦解する建物。

 

「伝承では剣士と聞いていたが、素手(コレ)でもいけるらしいな!」

「侮るなよ! 戦の基礎は鍛えられた肉体だ!」

「ああ認めようとも、まったくもってその通りだ!」

「っ!!」

 

 バゴンッ。鈍い。

 アリエラの視界が空転した。

 頬に至りかけたパンチをいなされくらう、クロスカウンター。

 頭が揺れる。仰向く吹き飛ぶ遠ざかる。

「ぐ、う――ッ!!」ドカンドカンと鳴らしながら、直線上に立つ民家を次々と背中でぶち壊して、漸く止まれた四軒目。

 

「フリーザァーーッ!!」

 

 剥き出した矛は納めない。イズロードは後ろから翔けてきた同胞に至急飛び乗り、今しがた開けた道を低空飛行させる。

 嘴が凍った。言外の指示を飲み込む“れいとうビーム”が伸びていく。

 

「――ボーマンダァァァァ!!!」

 

 迸る虹の眼光、及び目前に降り立つ巨体。

 空の主は“りゅうのいかり”を滾らせて、真っ向からそれを打ち消した。

 生まれる刹那に乱れる呼吸を整え直し、広い背を踏み宙を跳ぶ。敵が同じ構えで同じ高さにいるのは、同じ考えを持つ何よりの証明。

 

「ふゥンッ!!!!」

 

 再びの相対で、強烈なフックが耳元の虚を抉った。だがそれだけ。

 

「たァァァァァァッ!!」

「ぐおっ!!」

 

 紙一重の処理でモノにする後隙を、無駄にはしない。

 今度はこちらの番だと言わんばかりに、右ストレートを顔面にクリーンヒットさせたアリエラ。

 するとイズロードは忽ち彼女の前から消え失せ、地面に超速で衝突する。

 残る風の輪。石畳が砕け散っても、構うか。

 土臭い煙を吸い込み目をかっ開いた先で、

 

「――――!!」

 

 間近の女傑は言っていた。

「ぜえぇぇいッ!!!!」鮮やかにして猛々しい追撃。一度のダウンも命取り。

 もはや地震だ。

 容赦はなかった。躊躇も然り。

 下になった男の頭蓋を粉砕しようとした二撃目だったが、咄嗟に首を傾けられたために回避を許してしまう。

 

「化物が……!」

「どの口が言う」

 

 大地に埋まる正拳を引き抜こうとする暇など、与えない。空く脇腹をめきりと鳴くほど蹴ってやると、当人にとっては不本意すぎる横飛びが距離を生む。

 

「英雄とは謂わば神格を持った凄まじき存在だ。故に、ただの人間にこうも追い詰められるのは想定外だったか?」

「く、……っ!」

「違うなぁ、まったくもって違う! お前を殺せるのは俺だけだ! 俺だからこそ、俺はお前の当て馬になったのだ!」

 

 クールダウンだ。上体を起こした後、口内に溜まった血を痰の要領で吐き出した。

 軽視できないダメージを負っているのに、されど彼を高笑いさせるのは何か。それを知るのは彼のみぞ。

 引っ掴む石畳の破片を、握り潰して灰の礫に変えた。

 立って歯を覗かせ狙うは、街路樹前を転げた女。

 

「言ったはずだぞ、俺もまた英雄であるとなァ!!」

「何を……――っ!!」

 

 振りかぶって、投擲する。

 並外れた膂力から発射されるそれは、ピッチングなどという生ぬるいものではなかった。

 性質はおろか勢いも、威力も、規模も、散弾銃(ショットガン)のそれだ。

 着弾し、辺り一帯で上がる瓦礫たちの悲鳴。アリエラの周りを穿ち、彼女のドレスをボロボロに傷付けた。

 

「貴様ならば嫌というほど知っているだろう!! “イクシス”という、我が血の名をなァ!!!」

「っ――――イクシスだと!!?」

 

 直撃を避けたものの、イズロードはまだ休ませてくれない。間髪容れずに駆け出し、キックという形で荒々しく足裏を叩きつける。

 屈んでかわした英傑の身代わりになって、べきべきと泣きながら折れていく背後の大樹。

 

「そうか、お前は火星の英雄『ゼラキエ』の……!!」

「ああ! 俺も数えられし『八人の英雄』の末裔さ! 英雄の民なのだよッ!!」

 

 アリエラは吃驚を挟んでから、イズロードの不可解なまでの怪力と強靭さに、納得した。

 彼が、ひたすらに獣の自由を求めて戦い続け、最後には自らも獣と化してしまった“火星の英雄”――『ゼラキエ・イクシス』の子孫だと知ったから。

 かち合う視線の向こうで滲む太古の面影に、確信を抱く。

 

「幾ら血を繋いで生まれ変わろうと、お前はやはり人を否んで喰い散らかすか――ゼラキエッ!」

「フハハハハ!! 俺は俺だ!! イズロードという混沌だァッ!!」

 

 しかしそのままでいる訳にもいかないので、急いで脇を抜け離れて。

 

「英雄が敵に背を向けるのかァ!!」

 

 倒れる大木を片手で掴むと、後ろ姿目掛けて振り向きざまに横薙ぎを仕掛けるイズロード。

「悪手だぞ!」アリエラは立ち止まり、ぎろりと振り返った。そして気付く。読みを行ったのだと。

 いい加減なまま無を掻き切る丸太の上に『待っていたぞ』と跳び乗って、軽やかな足で走り出す。

 暴れるスカートを掴んで御して、木肌を伝う一目散。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 高い打点からの爪先蹴りが、ヒールの後押しを受けてイズロードを襲った。

 

「悪手か――、確かに『悪』い『手』だ」

「なっ……!」

 

 頭部すれすれでの、捕捉。

 イズロードの掌は、しっかりとアリエラの靴を握っていた。

「しまっ――!」力を込めようが、もう遅い。

 一秒もあればそれで、それだけで、

 

「ぬうううううううううううううんッ!!」

「ぐああああああっ!!」

 

 掴んだ女なぞ、簡単に叩きつけられるのだから。

 怪力に振り回されるアリエラの躰は、まるで弄ばれるおもちゃのようであった。

 一回、二回ととびきり硬い地べたに殴打され、三度目の振り抜きで遠方へとぶん投げられる。

 流石のアリエラも応えたらしい――ぶつかった建造物の壁にもたれ、呻きながら弱々しくへたり込んだ。

 額からの流血がある。しかし致命傷ではない。されどハァ、ハァと反復する肩の呼吸と、苦悶が見え隠れする表情で、ダメージの蓄積度合いは容易に推し量れる。

 

「どうした、終わりか!!?」

「――まだ、だあああああ!!」

 

 搾り出すような叫び。なおもダッシュで詰め寄るイズロードを、“りゅうせいぐん”が牽制。

 横一列に並ぶ隕石の波状攻撃が、段階を追ってアリエラから見た奥へ奥へと降り注いだ。

 ボーマンダは急制動をかけるイズロードの頭上を飛び越えていく。風ごと追いかけるフリーザーの険しさを見るに、まだ空中戦は終わりそうにない。

 

「……――む?」

 

 そうやって仰いだ空から、陽光を背に襲い掛かる一匹がいた。

 

『ウッギィィィィィィィィィ!!!!』

 

 容赦のないインファイト――それは“ゴウカザル”の影。

 反射神経に物を言わせ後方転回で避けると、そのポケモンの主を看破する。

 

「ほう……ラフエルの末裔か」

 

 正解だ。

 

「大丈夫ですか、アリエラ」

「コスモス……!」

 

 間に合った英雄の民は、コスモスと共にアリエラの前に立ち、持っているポケモンの全部を解き放った。

「みんな、ごめんな……たのむ!」火の猿に加え、“コータス”、“ウインディ”――立ちどころに駆けていく形相が物語るのは、一様に「お前の相手は俺達だ」という、頑なな闘争心で。

 

「貴様も先祖の元へ行こうというのか。フッ……英雄と云うのも、難儀な宿命よ」

 

 イズロードは手が塞がると知りながらも、取り乱すことなく訪れた少年の意図を察し、隠し玉“クレベース”と“ダダリン”を呼んで対応する。

 

「カエン、お前……」

「……後悔は、しない」

 

 目は口ほどに、物を言う。

 

「おれも、おれの行き先を決めたから」

 

 そんな諺の通り、煌めきを宿す少年の瞳は、言葉よりも多くの決心を彼女へと述べた。

 

「今いるここは、まちがいなくおれの道だから」

 

 振り返る凛々しい横顔に、ほんの一瞬だけれど――――あの日のラフエルが、見えた気がした。

 

「――歩いていくよ。どんな未来が、待ってても」

 

 彼の中の英雄が駆けるのならば。赴く心が示すのならば。

 黙して、口を出すまい。

 

「…………来い」

 

 アリエラは何も言わず、コスモスとカエンの手を引いて、戦場から離脱した。

 向かう先は、たった一つ。

 

 

      ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 ――すぐそこでは、激戦が展開されているはずなのに。

 戦火が断続的に上がって、空ではいくつもの光が瞬いているはずなのに。

 三人を取り巻く空間は、嘘のように穏やかで、静謐で。

 まるで世界に置いて行かれたみたいだった。

 人の営みを抜けて、荒れ地を越えて、末裔二人の温かな掌を握って――アリエラはついにその地へと辿り着いた。

 

「着いたぞ」

 

 この先には、もう何もない。

 地続きの終わり。行き止まり。

 

「……ここで、ラフエルの伝説が終わった」

「そして……アリエラの希望が、始まった」

 

 レニア最西端の、巨大な環状列石(ストーンサークル)――『終わりの跡』は、ただ優しく、三人を迎え入れた。

 雲の流れが、よく見える。

 色とりどりの花が、揺らいでる。

 人々もポケモンも、一緒になって逃げたはずであっても、鳥ポケモンが止まっていた。

 

「……中央へ行くぞ」

 

 ざっ、ざっと、追い風に急かされて踊る雑草の上を行き、岩で形作られた丸の中心へと足を踏み入れる。

 鳥たちは交代するように立ち去り、平和な景色を明け渡した。守っていたのかもしれない。根拠はないけれど、そんなことを思う。

 

「間もなく“これ”に虹の道を流し込み、奴が眠りし“対極の寝床”へと行く」

「実在、するのですか。対極の寝床というものは」

「……在って、無い」

「……? なんだ、それ」

 

 ライトストーンとして封印されたレシラムと、ダークストーンとして封印されたゼクロムが眠り、且つラフエルの遺体が埋まっていると云われる出入り口のない部屋『対極の寝床』は、アリエラが言うには実在しているそう。

 

「テルス山内部の、ごく僅かな範囲を切り取るようにして作った『どこにも繋がらない異次元』……それが、対極の寝床だ」

「……うーん、わるい、やっぱりわかんないや」

「実際に行った方が、早そうですね」

「ああ……そうだな」

 

 少なくとも言えるのは、“空間を転移する奇跡”で行けるということ。

 差し詰め終わりの跡は、記念物に加えて、その座標間跳躍を補助するという役割もあるそうだ。

「尤も私が隠したせいで、それを知る者はほとんど存在していないがな……」というのは、アリエラの談。

 

「さあ、跳ぶぞ」

 

 アリエラの合図で、緊張は最高潮に達する。

 これから起こることは何一つ想像の付かない未知で、これから会う存在は己の何もかもを作りし起源で。

 腹は決まっていても、やっぱり構えてしまう。

 進んでいるけど遅くって、勇気はあるけど恐くって。

 

「へへ……」

「……! カエンくん……」

「やっぱり、すげーこわいな。世界と、向き合うって」

 

 気付くコスモス。カエンは自分の気持ちに反して震える手を見つめながら、言った。

 けれども、それを孤独にはしない。白魚が優しく寄り添って、その小刻みな揺動をそっと鎮める。

 

「コスモス、ねーちゃん」

「……一人じゃないから。私も、一緒だから」

「……うん」

 

「二人で、抱えよう」――指の一本一本を絡め合わせて、結び付かせた。離れないように。飲まれてしまわないように。

 

「――――行こう」

 

 セラビムとエイレム――二つの伝説が交わった時、それは起こる。

 遺跡の全域が、虹色を帯びて変化した。

 所々欠け落ちていた石はいつしか傷一つない状態にまで復元され、完全な円環を作り出す。

 足元から、厳密には地の底から光が湧いた。

 

「わ、わっ……!」

 

 何もかもが溶けていくような感覚に包まれ、

 

「……~っ」

 

 胸中が、どこか遠くの温かさと繋がる。

 

「ラフエル――――――、私は――――」

 

 アリエラは今一度二人の手を強く握って、目蓋の裏に昨日を映す。

 すると視界から全てが消え、世界から彼女らが消えた。

 最後に見えた虹は――――その、輝きは。

 

 

 

 夢のようであった。

 

 

 

 どれぐらいの時間を経たかはわからない。

 当然距離だって測れないし、そもそも自分たちが今いる場所がどこなのかも、説明できない。

 

「ここは……」

 

 真っ白だった。

 方向を知るための目安がなければ、規模を解るための指標もない。

 どこへ進むべきなのか。どこにいればいいのか。

 法則性はあるのだろうか。何かしらの概念は存在しているのだろうか。

 脳が破裂しそうになる。わからない、わからない。

 見回しても何もない。望めば望むほどに、際限なく無が広がっていく。

 

「なあ、アリエラ……」

「安心しろ。対極の寝床で、合っている」

 

 頼れる唯一が、安心させる。

 

「ここは世界にあって、世界の外にある場所――――時間は流れていないし、広がるだけの空間もない」

 

 だから、何もないのが正解だ、と言った。

 長い時間いてしまえば狂ってしまいそうになる虚無がありつつも、触れ続けたい温かさも確かに内包している……コスモスはひっそりと、此処に『不思議な場所』という感想を抱いた。

 

「待っていたぞ」

 

 悉くに置いて行かれかけたその瞬間、三者の背中に男の声が当たる。

 それは低くも熱があり、丸くて優しい、柔らかなもの。

 つられて、おもむろに身を翻す。

 

「久しいな、アリエラ」

「……何も変わっていないのだな……、お前は……」

「死者に変わり映えなど、あるまいよ。そういう意味では、お前も同じようなものだ」

 

 鮮やかな赤髪に、陽光じみた煌びやかさを湛えた、黄金の瞳。

 

「……エイレムの末裔、コスモス。よくぞ来てくれた」

 

 そして炎のように燃えながらも、誰かを癒す微笑み。

 

「嗚呼――瓜二つだ。会いたかったぞ。我が子孫、カエンよ」

 

 これらを兼ねて持つ者が。今、目の前にいるこの存在が。

 

「ここで、全てを見ていた。多くは要らぬ。ただ各々、思いのありたけを吐くが良い」

 

 この地の始まりであり、伝説の原点。

 数々を殺し、さりとて数々を焦がした、虹の導き手。

 皆の希望となり、果てで絶望となり、世界を救済した男――。

 

 

「さあ……、未来の話をしよう」

 

 

 英雄神ラフエルは穏やかに佇んで、向き合う三人にそう語り掛けた。

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