ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~   作:裏腹

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02.最上級の脳、最高級の力

 平行線。

 同一の平面上に存在する、どこまで延長されても交わることのない二本以上の直線のこと。

 

『同じジムリーダーとして忠告しておくが……、お前の戦い方はあまりに感覚的で、力任せで、出鱈目だ。子供でも真似出来るほどに』

 

 この“延長”というのは、きっと“時間を重ねる”ということを言っているのだろう。

 

『技の構成も滅茶苦茶、シナジーなどというものが一切考えられていない』

 

 とかく人というものは、簡単に自己を曲げられない。

 故、どれだけ経過しても、一切交差しない世界だってあるのだろう。

 重畳、結構だ。

 

『そもそも論理が破綻しているんだ』

 

 十人いれば十通りの考えが存在して、百人いれば百通りの考えが存在している。そうなれば当然相性の良し悪しも出てくるだろうし、だからこそお互いがお互い無駄に傷付かないよう、距離を取って棲み分けせねばなるまい、と思っている。そういう単純にして明快な、理の話をしている。

 

『もう少し頭を働かせて育成することを推奨する』

 

 でも、環境やその他やむを得ない事情で、そういったストレスからの解放を許されない者もいる。

 例えば同僚なんてものが、まさしく自分にとっての“そういう人間”であった場合は。

 

『例えば攻撃の値を伸ばしたいのなら、マンキーやワンリキーといった格闘タイプと戦わせたり、防御を育てたいのならば、イシツブテやイワークといった高耐久な岩タイプと戦わせる。他には――』

 

 

 

「……うるせ」

 

「何か言ったか」「なんでも」

 思わず口走った当時の言葉を、クレープ頬張り押し詰めた。ちなみに最後の一口。

 アサツキとカイドウは、不仲である。

 感覚派と理論派、或いは犬と猿、または水と油。そう周囲に例えられるほどには。

 二年前、ラフエルリーグ本部での初顔合わせで、ポケモンバトルの方向性を巡って大きく口論したあの日から、ずっとそうだ。

 可視の力おいて最もシンプルな拳は、不可視の力たる念を信じ難く、それでいて好まない。一方向こうからすると、此方は原始的で粗暴な何かに見えているのかもしれない。

 嫌悪はないが苦手はある。不快じゃないが不得手である。職人は、そのような印象を持ち合わせてこの賢者を認知している。

 

「…………で、なんでこんなとこにいんだよ」

「近々ネイヴュまで用があってな。行政局に通行許可証の発行を申請しに来た」

「……ふうん」

 

 町並みという器の中を、流動する二人。同じ方を歩けど、眺めるのは全くの別方向。開けた間には、時空神と云い伝わるディアルガとパルキアでさえも真っ青になってしまいそうなほどの時空の断裂が見えた気がした。

 上顎に重りでもついているかのように、言葉が出てこない。寡黙を通り越し、無口――アサツキは平常運転時よりも遥かに口数が減っている。

 苦手意識を拭えぬ相手に対した場合、何一つおかしな反応ではないのだが……それ以前にこのような姿、オンを知る他人になど見せたことがないものだから、気まずくて気まずくて仕方がないのだ。

 確認しなければわかりもしないのだけれど、内心で「笑っているかも」とか「変なの」だとか、思われているんじゃないかと邪推してしまう。

 

「……ってか、ついてくんなよ」

 

 立ち止まってようやく目を合わす。よくないな。腹の底で落とし込んでも、こういう切り上げ方しかできないのが、不器用の悪いところ。

 

「どこへ行こうが俺の勝手だ、何故指図する」

「いや、別にオレと同じ方を歩かなくたっていいだろ」

「それはお前にも言えることだが」

「いっ……オレには用があるんだよ!」

「どんな用事だ。言ってみろ」

 

 滞る対応、それは出まかせをわかりやすく意味する。

 だってそうじゃないか。言いなりはなんだか癪じゃないか。

「~~~~~っ……」

 頭をわしわしとかいた。そして魂も抜けていきそうなほどの大きな嘆息を吐いて、身を翻す。

 

「もう、わーったよ……、じゃあな」

 

 曲がりなりにも入手したせっかくの休日だから、なるべく有意義に過ごしたい。目的を再認識した少女は、少年と真反対の方へと向かった。

 

「ねえねえ彼女」

 

 そうやって二人組の男から声をかけられたのは、その直後の話。

 派手な風味に染まった二色の髪をちゃらちゃらと揺らしながら壁よろしく立って、アサツキの歩みを阻んだ。ゆっくり怪しく、暗影がかかる。

 

「すっごいかわいいね、どこから来たの? よかったら俺らと一緒に遊ばない?」

「ね、いいでしょ? 少し歩くとカフェがあるから、ちょっとそこでお話だけでもさ」

 

 そのいかつい手は、小さな肩を無作法に包んだ。

 ああそうか、そういう奴らか。

 こういったことをされるのは初めてでは、あるが。二挙目で彼らがどういう人物かは、すぐに理解が及んだ。

 世の中は何かと不思議なもので、人が持つ“汚れ”というものは、わりと簡単に伝わるようになっている。

 彼らの場合、引き延ばして取り繕った柔和な笑みに、力ずくを目一杯隠し立てている、そういう暴力の“汚れ”を持っているらしい。

 一応の女扱いをされたのだから、手放しで喜んでおけばいいものを――そんなことを思う。しかしどうにもそんな単細胞ではいられないし、だからこうして悩みもあるのだろうし。

 面倒そうな面で、手に手をかけた。追い払い方を算出する方に、思考のパターンがシフトする。

「あ、いいってことなんだ。ありがとう」何も知らずに自分を運ぼうとする者共へ、眼光を――

 

「やめておけ」

 

 ぶつけたところで、一声が注意を引いた。今しがた別れたはずの、眼鏡(カイドウ)だった。

 なんということだろう。立ちはだかって止めに入っているぞ。夢でも見てるのか、現実ならば槍が降るぞと、素直な吃驚を見せるアサツキ。

 

「お前……」

「何だお前?」

「今さあ、僕たち取り込み中なんだよね」

 

 完全にアサツキから離れた男二人が向かう先は、言わずもがな。カイドウはあれよあれよと彼らに囲われ、下卑た視線の的になる。

 どうもバトルを嗜まない者達なのだろう、ジムリーダーであることにまったく気付いている風はなくて。参ったアサツキが、PGでも呼ぼうかと思案する。

 

「君、彼女のなに?」

「なんでもないさ」

「だったらなんだ? 混ざりてえのか?」

「心配だから、止めに入っただけだ」

「へえ」

 

 ドン。嫌な音が鳴った。カイドウが突き飛ばされた様子を描写する音だ。あまり激しい挙動ではなかったが、女性にも匹敵する細身は辛抱堪らずしりもちをついてしまう。

「っ、カイドウ!」

 カムフラージュしていた暴力が顔を出す。一人の男が、間髪容れずに座り込む彼へ拳を振りかぶった。

 

「心配なら、自分の心配をしとけや――!」

 

 しかし、それきり続けて何かしらの音が響くことはなかった。

 

「……っぐ……!?」

「………………」

 

 きっと、彼女自身が介入したからだろう。

 男が真ん丸になった目を、振り抜くはずだった自分の拳に向けると、一回りも小ぶりな手がそこに巻き付いていた。二進も三進もいかないそれをふりほどこうとする。

 

「いッ!? 痛ぇ痛ェ! 折れる!! 折れるゥゥゥゥ!!」

 

 そんなことすら許さないで、掴んだ手首に強烈な握力を掛けた。

 

「おいおい、ダメだろ女の子が乱暴しちゃあ……!」

 

 たちまち襲い掛かるもう一人の男だが、そちらも問題はない。工場仕込みの剛力ならば。

 ぐえ! 踏み出した足を、さらに自分の足で上からスタンプ。そうして引っ掴んだ襟を力一杯手繰り寄せると、情けない顔から、情けない声が漏れた。

 

「わりぃ、今取り込み中でな……これ以上続けんのはいいけど、余裕がなくて加減ができねえかもしんねぇ」

「……オーケイ、オーケイ、悪かった。邪魔してごめんよ、気を付けるよ」

 

 解放されて尻尾を巻いた愚か者共が、そそくさと雑踏に消えていく。

「二度と話しかけねーよ、カイリキー女」何か台詞を捨て置いていった気がしたが、アサツキはそんなことよりも先に、地べたに尻をつけっぱなしのカイドウへと手を伸ばした。

 

「おい、大丈夫か。立てるか?」

「まったく……だから『やめておけ』と忠告してやったというのに……」

 

 そして起きかけた瞬間に手を放す。

 再びどてん、と彼の臀部がアスファルトを突いた。

 

「何をする」

「手が滑った」

 

 立ち戻る無表情。大方面白くない、といったところだろうか。賢者は意味こそ解れど、意図を知るのは下手くそだ。

 

「何が不服だ。筋力が高いことは、日常生活を送る以上メリットの方が圧倒的に多いはずだ」

「いや、理屈の話じゃねんだよ」

「理屈以外に何があるというのだ。脳組織も筋肉に置き換わっていそうなお前に、到底感情があるとは考え難い」

「うっせーメガネ!!」

 

 こうやって双方の双方に対する不平不満があーだこーだ云々と重なって、平行線上の諍いは此度もご機嫌に始まる。知る者の間では名物であり、様式美であり、語り種であり。各々の性質を遺憾なく発揮する、水と油の本分というやつだ。

 そんな扱い、当事者たちにとってみれば迷惑極まりない話ではあるのだが、彼らも彼らで所構わずおっ始めてしまうので、おあいこ。

 どんどんとエスカレートして、そろそろ道行く者たちの目を引くようになってくる頃だろうか。そこに彼らを止める何者かが、現れた。

 

「……?」

 

 それは、五〇センチにも満たなかった。決して誤認ではない。

「みゃあ、みゃあ」足元に視線を落とすと、猫の形質を継ぐポケモン『チョロネコ』が二人を見上げて鳴いていた。

 

「なんだ……来い、ってのか?」

 

 チョロネコは二人の眼差しをきっちり集めたのを確認すると、尻尾を振りながら向かい側の歩道が固める建物の方へと歩いていく。その足取りには、心なしか焦りがこもっているようだった。

 呼んでいるので、続ける訳にもいくまい。轢かれぬように渡って、人混みを上手いことすり抜けて辿り着く路地裏。

 マンホールを跨いだところで足を止めて、もう一鳴き。恐らく仲間なのだろう二匹目のチョロネコが、冷える日陰で座り込んでいた。

 日中にもかかわらず落ちる漆黒で認識が遅れこそしたが、そのチョロネコは他の個体と明確な差を付ける“違い”があった。

「あああっ……色違いじゃねえか……!」

 通常の紫色の体毛に対して、赤茶の体毛がふわふわと隙間風に揺れている。

 

「待て、脳筋」

「んだよメガネ」

 

 カイドウは、物珍しさと愛らしさに惹かれ瞳輝かせる少女の興をすっかり削いだ。そして彼女が一撫でするよりも前に近づき、屈み、寝そべった後肢を静かに指さす。

 怪我をしているようだった。

 

「お前、これ……!」

「成程、な」

 

 吃驚するアサツキと、納得するカイドウ。

 麻糸のような赤毛の隙間から流れる鮮血が、生々しく争いの痕跡を伝える。目線を案内役のチョロネコに逸らすと、ひどく不安をため込んだ、そんな顔をしていた。まるで「助けて」とでも、言っているかのように。

 

「……わり、ちょっと見ててくれ」

 

 アサツキはカイドウにそう言い残し、この手狭な空間から大急ぎで飛び出した。

 

 

       ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

「一丁あがり、っと」

 

 幼少の頃から、暇さえあれば体に傷を作るような人間であった。一つの傷を治す間に、五つの傷を新たに作るような――よく言えば活発、悪く言えばやんちゃな性格をしていた。なので、傷の手当てはよくやっていたし、その記憶を忘れないまま育った今となっては、特技といっても何ら過言ではないのかもしれない。

 血を止めて拭き取り、消毒し、すごいキズぐすりを浸透させた脱脂綿をあてがい、保護用フィルムを上から巻き付ける。剥がすときに毛を巻き込んでしまわないよう粘着力を落とし、又、締め付けすぎないことがポイントだ。

 

「よしよし、もう大丈夫だぞ」

 

 手当てを終えると、案内のチョロネコがようやく安堵の息を吐いて仲間に寄り添った。

 近くにフレンドリィショップがあってよかったなと、少女もこれまた一緒になって安堵の息を吐く。

 “いつもあなたのそばに”というキャッチコピーも、存外嘘っぱちではないようで。

 ポケモンセンターに連れていくということも選択肢にはあったが、傍に置くでもないのに、人が必要以上に野生の世界へ干渉すべきでないという思考から、早々に諦めを付けた。

 何よりもダメージが、軽傷の域でもあったから。

 みゃあみゃあと鳴き声をかけあうならではのコミュニケーションの内容を想像しながら、アサツキはしゃがんだまま頬杖をつく。

 

「……こいつら、なんだってこんな怪我したんだろうな」

「チョロネコは、縄張り意識が強い種だからな。同じくここ(ラジエス)に生息し、同様に縄張り意識が強い『ニャルマー』と小競り合いを起こすことは、容易に想像できる」

 

「が」――繋がる一文字が、彼女を「なんだよ?」と訝らせる。

 

「このケースだと、恐らくは“変異種の道理”だろう」

「……!」

「お前の代のジムリーダー試験で取り扱われた問題のはずだ。忘れてはいまい」

「わーってるよ……」

 

 “変異種の道理”というワードに眉を一瞬浮かせたアサツキだったが、その表情は「覚えている」というよりかは、記憶の保存場所を特定できた時のそれに近い。

 それは、ポケモン生体学で学ぶ言葉。同時にあまりに残酷な、自然の法則。

 

「突然変異で生まれる色違いのポケモンは、その通常種との差異によって、群れや仲間から疎外され、同族として扱われなくなる事がある――最悪の場合、敵視もありうる」

「そうやって周りから弾かれて、孤立していくんだっけ」

「製造で例えるならば、規格外(エラー)の個体だからな。こればかりはどうしようもない話だが」

「ま、こーやって知ってか知らずか構ってくれるヤツがいるだけ、救われてんだろうけどさ」

 

 んなっ。助けを求めたことを褒めるように、紫に語り掛けて撫でてやる。

 

「……型から外れちまってるだけで、認めてもらえないんだもんなぁ」

 

 赤茶の彼が背負うものの深刻さと、自分が抱えるものの重大さは、天と地ほどの差があったりするのだけれど。それでも意識と裏腹に重なるビジョンを目の当たりにして、密かににシンパシーを覚えてしまった。

 

「どんな姿でも、お前は、お前なのにな」

 

 周りに定められた形に収まらないといけない窮屈さも。自己欺瞞の扉の向こうに、雁字搦めの自分を押し込む口惜しさも。よく味わってきたことだから。

 この子がこれから経験する苦労や困難を想像して、なんだか心配なような、悲しいような、自分まで辛いような。

 人一倍敏感になって、感傷的になって。

 

「……お前はどう思う。こういうの」

 

 気が付くと、隣で突っ立っている眼鏡に、柄にもないことを訊いていた。

 すぐに変なこと言ってるなあ、なんて我に返って、そっと取り下げようとする。

 

「俺が『かくあるべきだ』と定めることはできない」

 

 でも、返答は自分が想像したものより何倍も早くて。

 

「だが、たとえどんな生まれのどんな存在であっても、自由を行使する権利はあるものだと、思っている」

 

 遮りを遮って、そうだな、と吸い込む一呼吸。

 

「雨の中でも、傘を差さずに踊り続ける者がいたっていいように……全ては自由に出来ている」

 

 鷹揚に眺めて、らしい、と吐き出す一呼吸。

 ――アサツキは、彼がチョロネコに落とすその横顔をなんと表現すればいいのか迷ってしまった。今までに見たことが無くて。

 なんだか、陽だまりが溢す優しい熱を湛えた微笑にも映ったし、反面揺らぐ水面(みなも)の上で無邪気に踊る月光のような喜色にも見えた。或いはどちらも正しいのかもしれない。

 しかし本人に自覚はなさそうだし、何でもいいかと、なあなあにしてしまう余所見。

 

「『らしい』って……なんだそりゃ」

「受け売りだ」

 

「恩人の、な」どちらにせよ、そうやって知らぬ誰かのことを話す彼はどこか楽しげに見えたから――きっと、それだけで十分なのだと思う。

 

「つーかお前、誰かに感謝出来たんだな」

「お前に悩むほどの頭があったなど、微塵も思わなかった」

「言ってろ」

 

 クスリと笑って、曲げた足を勢いよく正した。

 影の位置がちょっぴり変わった気がする。太陽が移動したとも言う。

 大きく息を吸って、背筋をぐいーと伸ばすと、頭の中の霧がすっかり晴れた。

「じゃあな、がんばれよ」二色の猫達に、激励とも応援とも取れる別れを告げて、また歩いていく。

 こうしてみれば、人と話すのも悪くないな、なんて噛み締めながら。

 

 

 

 もう一度、通りへ出た。

 第一声は眩しい、であった。

 少し日向から退くだけで、こんなにも瞳が明かりを疎んでしまう。意外にして不要な自分の脆弱性に、今更気付く。

 昼下がりの気温も良好そうだ。紆余曲折を経て、ようやっと始まる自分の休日に思いを馳せて――、

 

 

「――たすけてええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 

 旅をするのは、もう少し先のようだ。

「今度はなんだ」。所々で長い茶髪を外はねさせる少女は、職人と賢者が呆れ返るのも露知らず、両者の元へと猛スピードで、かつ形相で突っ走ってくる。

 

「あ、っと、と、おお、お!!」

 

 それはもう、わざとらしいほどに。

 謎の少女はぶつかりそうな勢いを、がばっと掴んだアサツキの肩で殺した。おっとっと、と倒れそうになる姿勢を、数歩後退りながらも目一杯の脚力で御す、当のアサツキ。

 また先程のような輩だろうか、と根拠なしの推測。いかんせんそっちの趣味はないのだが、という早とちり。

 この土壇場でこんなにも下らない事を考える程度には精神が摩耗している。

 少女は荒れる息を整えるのも忘れて、目を大きくしたまま二人へ助けを乞うた。

 

「あの、ね! アタシ今めっっっっっっっっっちゃ追われてて! ちょっと、困ってる、から! 助けてほしいな、って!!」

「はあ……?」

 

 素っ頓狂な言葉に、困惑を隠せない。何に追われているのか。どう困っているのか。事情の説明は一切なくて。

 曰く追跡されている状況から生まれる、余裕のなさか。それとも新手のいたずらか。

 そもそも逃げながらに、こんなにわかりやすいほど助けてと叫ぶ、白々しい救難信号があるだろうか――カイドウはそこから考える。

 

「よっ、誰だか知らねーけど、今日は天気がいいな」

 

 どよめきと思考とを一気に引き裂く、調子はずれな男の声。それが二人の耳に渡った刹那、ぐるぐると回転していた疑問の全てが発散された。

 両者はすぐさま身構える。

 どんなに声色が穏やかであっても、勝手にありありと滲み出るその鋭さの名を、二人はよく知っていた。

 

「絶好の追いかけ日和――だよなぁ?」

 

『戦意』という、手練れの特権だ。

 そんなものを持った男二人が並び立てば、事の由々しさに理解が及ぶのも、時間の問題というもの。

 

「その女を、こちらに渡してもらおうか」

 

 絵に描いたような『只者じゃない奴ら』とでも、言えばいいだろうか。

 

「……こいつら……」

「どうやら、訳ありらしいな」

 

 口が軽々しい青年は、ファー付きジャケット。

 瞳が刺々しい青年は、真っ黒なコート。

「ひっ」そうだ、こいつらが追手だ。少女はそういわんばかりの雰囲気で、アサツキとカイドウの背後に隠れ忍んだ。

 まったく、いつからラジエスはこんなに治安が悪くなったんだと、嫌気が差す。

 

「アタシはひとまず、こいつらから逃げなきゃなんない――だからお願い、追い払って、助けてっ! なんでもするから……! 具体的には何か奢るから!」

「ったく、全っ然話が見えねえよ……」

 

 アサツキは困り顔で手を合わせる彼女を一瞥し、そのままカイドウを見やる。

 

「状況が理解できていない、何が起こっているか説明を求める。でなければ正しい対応を取ることも出来ない」

「正しい対応など、必要ない。貴様らは黙って俺達にそいつを返せばいいんだ」

「実力行使という訳か……」

 

 そうやって穏便に済まさんとする賢者の言葉もすげなく跳ね除けられるのならば、もはや“そういうこと”なのだろう。職人も同様に感じ取った。

 これは元来、ジムリーダーの仕事ではないのだがな。微弱なぼやきを誰も拾ってくれない。

 腐ってもという注釈はつくが、人前に立つ存在である以上は、人から助けを求められて見殺しにすることも出来まいて。

 時として何の得にもならない人助けを強いられるのが、この肩書きが煩わしくなる場面のうちの一つだ。

 

「シンボラー、周囲に“ひかりのかべ”と“リフレクター”を展開しろ」

 

 腰のポケットから取り出したモンスターボールを上空へ投げると、シンボラーが出現。黄と紫に輝く二重の壁をドーム状に広々展開し、相対した二対二プラス一人、計五名の人物を囲い込んだ。これで、どんなに暴れても街の景観を損ねない、簡易バトルフィールドの完成だ。

 カイドウは続けてバトル要員としてユンゲラーを召喚。それを合図に、残った三人も兼ねてより握っていたモンスターボールを放り投げる。

 立て続けに膨らんでいく光。ジャケット男の前にダークポケモンの『ヘルガー』、コート男の前には忍ポケモンの『ゲッコウガ』が配置、そしてアサツキの前には、

 

「ブッシイィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!」

 

 あまりに逞しすぎる剛腕――彼女の主力にして大将格の筋骨ポケモン『ローブシン』が顕現した。

 

「その白衣姿に、ユンゲラー……お前まさか、リザイナジムリーダーのカイドウか」

「正解だ。残念なことにな」

「てなると、そっちは――変な格好してるけど、ユオンシティのアサツキ!!?」

「悪かったな、変な格好で」

 

 ヘルガーだけは必ず倒す。掲げたてほやほやのアサツキの誓いだ。

 

「事情は知らんが面白い、僥倖だ。ジムリーダーとやりあう機会は早々ないからな……俺の名はクロト。賞金稼ぎをしている」

「俺は言わねえぜ? なんてったって、ミステリアスな方がカッコい」

「そしてコイツはハルク。箸にも棒にも掛からん浮浪者だ」

「言うなよッ!!!! んで浮浪者じゃなくポケモントレーナーな!?」

「軽率に行き倒れる。浮浪者みたいなものだろう」

「だから、そうならねえためにやることやってんのーー!!」

 

 やるしかないかと腹をくくった手前だが、なんとも緊張感がなくて「調子狂うなあもう」と、脱力して嘆息をつく。

 しかしカイドウは違っていた。寧ろ、より警戒心を強めた。いつの時代も余裕というものは、強者にのみ許される態度だと熟知するからこそ。

 

「侮るなよ。ゲッコウガにヘルガー……いずれも、相当育成しないと発現しない進化形だ」

「わーってるよ、んなもん」

 

 いや、前言撤回か。

 

「だから、合わせろよ。……友達いねえから、大変だろうけど」

「……お前にだけは絶対にいわれたくない言葉だ。そして合わせるのは、お前だ」

 

 赤熱化した鉄のように、煌々と暖気を蓄えたその眼を見る限り――どうやらスイッチは入っているらしい。叩き合わせる拳が、だめ押しの証明になる。

「なんだなんだ」「バトルがおっぱじまるらしい」「ていうかあれ、ジムリーダじゃない?」

 人目が少しずつ増えていく。さあさあまばたき厳禁のお立ち会い。拳で語る職人の、業前披露の始まりだ。

 

「しっかしジムリーダーとダブルバトル……すげえことに巻き込まれちまったなあ」

「上等だ。相手にとって不足はない」

 

 一歩踏み出した。苦手な顔を見て、輩に絡まれ、猫の救助を行い、今度はいわれのない人助け。内心で本当に最高な一日だ、と悪態を垂れて、職人と賢者は並び立つ。史上最強のブレイン&パワーズの誕生だ。

 

「ゲッコウガはオレが持ってやる」

「取りこぼすなよ。言ったからには」

 

 片や眼鏡のポジションを正し、片や首から提げた鉄製ホイッスルを唇で挟むのは、誰もが見慣れたルーティンで。

 地獄の番犬と決水の忍者の猛りを掻っ切るように、笛が吹かれた。

 

 やがてそれは始まりの合図となりて、四者を戦場へと駆り立てる。

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