ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第5話

 

   1

 

 夜の帳が降りた沼津の街は静かなもので、秋の鈴虫の鳴き声以外は一切の音が響かない。誠が目を光らせるアパートからは時折住人が出入りする様子が見えるのだが、目的の人物とは思えない若者や老年者ばかりだ。

 木野薫の住所は、既に北條が調べ上げていた。以前は東京に住んでいたそうだが、1年前から既に市内のアパートに賃貸契約している。他のあかつき号の関係者たちと同じく、彼もまたこの街にいた。住所が分かれば接触は容易と思ったのだが、訪ねてみても不在。帰宅を待とうと朝からずっとアパートの前に車を停めて張り込んでみたのだが、木野薫らしき人物はいっこうに現れる気配がない。

 缶コーヒーでも買いに行こうか、と思ったとき、車のドアが控え目にノックされる。助手席の窓から、北條が顔を覗かせていた。

「北條さん?」

 ドアロックを解除すると、北條は「失礼しますよ」と助手席に乗り込む。

「木野薫を待っている、といったところですか。やっぱりあなたも、あかつき号とアンノウンの関係に気付いたようですね。ま、私があれだけのヒントを与えたんだ。当然といえば当然ですね」

 悔しいが正しい。北條からあかつき号のことを訊かれなければ気付けなかった。

「私も同じです。もう3日も見張っていますが、木野薫は現れません。人知れずアンノウンの被害に遭ったか、あるいはどこかに行方を眩ましたか。あかつき号の人々は、1部を除いて事故直後から転々と住居を変えているようですからね」

 北條の言う通り、あかつき号の乗員乗客たちはとにかく転居歴が目立った。多くの者が就いていた仕事を退職し、各地を転々としながら最終的にこの沼津で最期を迎えている。まるで悪魔の醸し出す甘い芳香に導かれ、罠の落とし穴に突き落とされたように。

 犠牲者の中で唯一、葦原和雄(あしはらかずお)だけは岩手県で最期を迎えた。あかつき号の直後に親族から捜索願が出され、今年に入って山中の無人駅で、死体で発見されたらしい。死因は飢餓状態による衰弱死だったから、岩手県警では事件性なしと処理されていた。彼も生き延びていたら、この沼津に辿り着いていて、いずれはアンノウンの手に掛かっていたのだろうか。

 それに、まだ発見されていない行方不明の乗客。彼も既にアンノウンによって殺されたか、それともまだ生きていて沼津にいるのか。

「北條さんは、アンノウンについてどう考えているんですか?」

 既に答えは出ているらしく、北條は明確に述べた。

「アンノウンは人間に近い生き物だと思っています。アンノウンが人間を怖れているのは間違いない」

 いつか警備部長も言っていた。確かアンノウンが妊娠している女性の身籠った胎児を狙っている、と誠が推理した事件。まだ産まれてもいない相手を排除しようとするその執念を、上役はまるで何かを怖れているよう、と述べていた。

「問題は、何故アンノウンが人間を怖れるか、だ」

「アギトになる人間を怖れていると、小沢さんは言っていましたが」

「ええ、あなたの報告書を読みましたよ。アギトと同じような存在が、人間であることを確認した、と。いずれにせよ小沢澄子の言う通りなら、アンノウンは益々人間に近い生物だと言える」

 一体どういうことだろう。北條は頭の中で、どんな仮説を組み立てたのか。

「と、言いますと?」

「アギトのような存在が増えたなら、我々にとっても脅威になる。違いますか?」

「それは、そうですが………」

 あのアギトが。誠を何度も助けてくれたあの戦士が、いつか人間に牙を剥く脅威になるなんて。北條の仮説を、誠は支持する気にはどうしてもならなかった。

 

 

   2

 

 待ち合わせ場所に着くなり、先に到着していた果南と鞠莉はダイヤの顔を見るなりにやついている。それが腹立たしく帰ってしまうか、とも思ったが、ひとまず話は聞こう、という生真面目さで感情を抑制する。とはいえ、笑顔で談笑する気にもなれず仏頂面を決め込んだが。

「それにしてもダイヤが………」

 震えるあまり口を動かせない果南の後を、鞠莉が引き継ぐ。

「ダイヤちゃん、て呼ばれたいなんて………」

 鞠莉も途中で声を震わせ口を結ぶ。ふたりとも震えているのは下がり始めた気温ではなく、懸命に堪えている笑いのせい。流石に悪いと思っているようだが、にやけ面のせいで気遣いというものが全く見えない。

「だから別に呼ばれたいわけではありません、とあれほど言ったでしょう。ただわたくしだけ違うのは――」

 「そんなのどうだっていいじゃん」と果南に遮られる。どうやら笑いの波は去ったらしい。

「よくありませんわ。こんな形でメンバー間に距離があるのは、今後のためにも良くなくなくないというか――」

「羨ましんだ」

 と鞠莉に悪戯っぽく言われる。その減らず口を1度閉ざそうと鞠莉の両頬をつねる。

「違いますわ!」

 回らない口で何やら言っているから開放してやるが、頬をさする顔は未だにやけたまま。

「それより、どうしてこんな所に呼び出したのですか?」

 遅れてようやく本題に入る。待ち合わせたここは十千万の目と鼻の先にある三津シーパラダイス。それにまだ開演前でお客もいない。果南が思い出したように、

「そっか、まだダイヤ聞いてないんだっけ」

 鞠莉が説明をしてくれる。

「曜からの連絡で、イベントあるから今日1日だけでもバイト手伝ってほしい、て話で」

「どこでですの?」

 「ここ」と果南が即答する。「ここ?」とダイヤは開園時間が迫った水族館を見上げる。気付けば、大勢の幼児たちが引率の保育士と共に入口前に集まっている。

「皆で1日一緒にアルバイトだからさ」

 と果南が言った。なるほど。確かに9人一緒ならば、1日だけのアルバイトでも給金は結構稼げる。

「距離縮めてダイヤちゃん、て呼ばれるchanceだよ」

 鞠莉の言葉で、ダイヤの脳内に花畑のような温かい光景が広がる。後輩たちが「ダイヤちゃん」と呼び自分に集まってくる光景が。

「べ、別にそんなの求めてるわけではありませんから」

 必死に(はや)る気持ちを出すまいと抑えていたつもりだったが、果南と鞠莉によると完全に顔がにやけていたという。

 

 

   3

 

 メンバーが全員揃うと、ダイヤ達は職員の案内でバックヤードへ入った。支給された制服に着替え、この日の業務の流れと稼働時間についての説明を一通り受けて、現場へと出る。この日は通常業務に加え幼稚園の集団来園ということもあり、ダイヤ達はそのための人員補充ということになっていた。

 巨大プールから盛大にジャンプするイルカに歓声をあげる園児たちの横で、マスコットキャラクターのうちっちーの着ぐるみを着た曜がメンバー達に仕事を振り分けている。流石にお客の前だから顔は出さない。

「随分曜さんは詳しいんですのね」

 手際の良さに舌を巻きながらダイヤは呟く。「前にバイトしたことがあるんだってさ」と果南が言った。それでこのバイトの伝手が回ってきたということか。曜のことだから、懇意にしているスタッフから連絡を貰ったのだろう。毎度のこと彼女のコミュニケーション能力の高さには感心させられる。

「さ、わたし達と一緒にいても距離は縮まらないよ」

 と果南は鞠莉と共にメンバー達のもとへ歩いて行く。

「ほら、早く来る」

 鞠莉に促され、ダイヤも重い脚で踏み出す。

「わ、分かりましたわ」

 1日だけの日雇いなわけだから、業務自体はそれほど難しいものじゃない。施設内の清掃やショー開催時の客誘導といった簡単な雑務が主だ。専門知識を持たないAqoursの面々が、動物の飼育舎業務に回されることはない。

 3人ずつ分かれての業務で、ダイヤが千歌、花丸のふたりと共に回されたのは食堂のスタッフだった。接客と調理と皿洗い。食堂といってもメニューは全て軽食で、調理工程も規定マニュアルがあるからそれに沿えば誰でもこなせる。

「きつねうどん、お待たせしました!」

 受け取りカウンターで、千歌が湯気をくぐらせるうどんの碗をトレーに乗せてお客に渡していく。家の旅館を手伝っているだけあって、接客は手慣れたものだ。

「うどん、もう1丁!」

 注文を受けて、調理担当の花丸は冷蔵庫から食材を出しながらぼやいている。

「マルは麺苦手ずら」

 「のんびりしている暇はありませんわよ」と皿洗い担当のダイヤがぴしゃり、と言う。

「はーい」

「ずらあ」

 と後輩たちは気の抜けた返事を返し業務に戻る。今は昼食時とあって食堂は忙しい。気を抜いては、と引き締めようとしたとき、ダイヤはそうでしたわ、と先ほど鞠莉から言われたことを思い出す。

 ――この前も言ったよ。ダイヤは堅過ぎ――

 続けて果南からのアドバイスも。

 ――まずは話しやすい話題を振って――

 話しやすく、と裡で反芻し「ち、千歌さん」と接客中の千歌に話しかける。

「きょ、今日は良い天気ですわね」

「は、はあ………」

「花丸さん。うどんお嫌い?」

 花丸からの返事はない。代わりに喉を痙攣させたかのような小さな悲鳴が聞こえる。引き続き皿洗いを続行していると、後ろのほうで客足が落ち着いたのか千歌の潜めた声が聞こえてくる。

「何? 何かあった? あったずら?」

「分からないずら。けど多分あれは………」

 時折笑顔で振り返ってはみたのだが、それは後輩たちにとっては別の意味で解釈されたらしい。

「すっごい怒ってる………!」

 

 昼食時を過ぎて、ひとまず落ち着くとダイヤは清掃へ回った。ショースタジアムの床をデッキブラシで擦りながら、深い溜め息をつく。

「あれが怒っているように見えるなんて………」

 居たたまれなくなって、ひとりだけ清掃に出て欲しい、と先輩スタッフから言われたとき真っ先に挙手してしまった。

「上手くいかないものですねえ………」

 悲しいかな、ひとりで作業している今のほうが気楽だ。本来ならばもっと話をして仲を深めるべきだというのに。

「ダイヤさん?」

「売店のほうはいいの、お姉ちゃん?」

 更に溜め息を吐いたところで、梨子とルビィがステージに入ってくる。

「ああ、お昼過ぎて少し人が減ったので、こちらの手伝いに来たのですわ」

 悟られないよう言ったところで、梨子が重そうに抱えるポリバケツに視線が向く。

「それは何ですの?」

「アシカちゃんのご飯です」

 ポリバケツには魚が溢れそうなほどに入っている。ルビィが首から下げた笛を見せながら、

「トレーナーさんに調教用の笛も借りたんだ」

「良かったですわね」

 飛沫のあがる音がして、振り向くと巨大プールから、餌の匂いを嗅ぎつけたのかアシカが陸地のステージに上がってくる。

「あら、アシカさん」

 アシカは迷わず梨子の持つポリバケツのほうを向き、低い鳴き声をあげる。

「ご飯が欲しい、て言っているのですわ」

 普段なら一定の距離を保ってしか見られない動物の迫力に、ルビィと梨子はたじろいでいる。

「でも、アシカさんて近くで見ると………」

「思ったよりも大きいのね」

 確かに、大型犬よりもひと回り以上は大きい。でもトレーナーが調教しているわけだし、人を襲うことはないだろうからダイヤに恐怖心はない。

 「それに――」と梨子は細めた目でアシカを凝視する。

「犬っぽい………」

 いや犬には見えませんが、と言おうとしたところで、アシカが少し大きな声で鳴いた。それが緊張状態にあったふたりのパニックを誘ってしまう。悲鳴をあげてふたりは逃げ出すのだが、梨子のポリバケツにある餌が欲しいアシカはヒレ状に発達した前肢を使って床を這っていく。梨子は階段で高所へと逃れたのだが、ルビィのほうはパニックのあまり階段が目に入らなかったのか高所へジャンプして逃れようとする。ぶら下がるルビィを梨子が引っ張り上げようとするのだが、中々引き上げられない上に騒ぐふたりにアシカも興奮しているのか吼え出した。

 ダイヤは視界の隅で、床に放置された笛を見つけた。ルビィが落としたものだろう。拾った笛を短く鳴らすと、アシカは体を静止させる。

「静かに! プールにお戻りなさい」

 再度笛を吹くと、アシカは刷り込まれた条件反射で指示通りプールで潜っていく。

「凄い……」

「流石お姉ちゃん………」

 安堵にひと息ついて、遅れて我に帰る。こんな振る舞いをしてしまってはまた堅いと思われて、余計に距離を取られてしまう。

 どうしてこうもやる事なす事が裏目で出てしまうのか。がっくり、といつも伸ばしている背筋を曲げて頭を垂れた。

 

 清掃を終えると、小休憩を与えられたダイヤは鞠莉と果南のもとへ脚を向かわせた。

「上手くいかない?」

 ホースでペンギンに水浴びをさせていた鞠莉が意外そうに言う。反対に果南はやっぱり、という口調で、

「まあ、そうなるとは思ったけどね」

「どうしてですの?」

「大体ダイヤは、自分から近付こうとしないからね」

 思い出したように鞠莉も、

「小学校の頃も、いつもわたし達とベッタリだったしね」

 「そ、そんなこと……」と否定したいが、言葉をつぐんでしまう。こんな小さな集落だから同級生たちは昔からの顔馴染みだが、果南と鞠莉の他に親しくしている友人は皆無。そもそも、ふたりは幼い頃から危なっかしい遊びばかり思いつくから、お目付け役としてダイヤが近くにいたのに。

 でも所詮、それは言い訳に過ぎない。ふたりの厚意に甘んじて、親友以外の人間と関わろうとしなかったから。分かってはいるのだが、人間そう簡単に変われたら苦労しない。

「自分から行かなきゃ始まらないよ」

「そう言われましても………、どうすれば?」

 やれやれ、とふたりは微笑する。鞠莉はウィンクして、

「簡単でしょ。まず――」

 

 

   4

 

 ショーの開幕までロビーで待つように言われても、体力が有り余る園児たちが我慢できるはずもない。男女問わず腕白盛りの相手を割り振られた曜は、我さきにと手を伸ばす園児たちへ「順番ね」と言いながら風船を配っていく。悪戯で着ぐるみの頭を取られてしまうというキャラクターとしての御法度を犯してしまったが、園児たちはさほど気にする様子もないから少し複雑だ。うちっちーに扮した曜よりも、家から引っ張り出してきた堕天使の翼を付けた善子のほうに興味が向いているからかもしれないが。

 善子のほうはフリーマーケットで大量に売れ残った堕天使の羽を配っている。あんなものでも子供の物欲は満たせているようなのだが、教育上の悪影響が無いものか、引率の保育士も複雑そうに苦笑している。

「曜……、――」

 不意に誰かに呼ばれたことに気付く。末尾のほうは園児たちの声に掻き消されて聞こえなかった。振り返るとダイヤが立っている。

「ダイヤさん何か言いました?」

「いえ、その………」

 と言い淀んでいる。ダイヤは千歌と花丸と一緒に食堂に配置されていたはずだが、もう昼食時も過ぎたから曜たちを手伝いに来てくれたのだろうか。

「ダイヤさんも配ります?」

 と紐を束にした風船を差し出す。手を差し伸べながら、ダイヤは消え入りそうなほど小さな声で言った。

「ありがとう。………曜“ちゃん”」

 ……………………ん?

 今なんて、と長い膠着の末にようやく曜の思考は疑問を浮かべる。うっかり手放してしまった風船が天井まで浮かんでいた。

「善子“ちゃん”も――」

 呼ばれた善子が園児たちへの笑顔を引きつらせたまま固まる。

「アルバイト一緒に頑張りましょう」

 笑顔でスキップしながら、ダイヤはロビーから出て行く。元の持ち場へ戻ったのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。ただでさえ着ぐるみで蒸し暑い曜の背中に、じっとりと冷や汗が伝っていく。

「………ヨハネよ」

「そこ⁉」

「違った?」

 少なくとも今の状況で気にするところはそこじゃない。善子は園児たちのもとを離れ、温もりを求めるように腕を抱きながら曜にすり寄ってくる。

「でも、今の背筋に冷たいものが走る違和感………」

「分かる」

「天界からの使者によってもうひとつの世界が現出したかのような」

「それは分からない」

 

 まるで台風のように巡り巡った違和感は、最初の場所へと戻ってくる。

「ダイヤさん、怒ってたずらね」

「だねえ」

 すっかり人気のなくなった食堂の厨房で、千歌は花丸と大量の皿洗いに勤しみながらぼやいていた。あの恐怖を覚えるほどの不自然な笑顔。怒り心頭になったときの志満にそっくりだ。幼い頃に美渡と鬼ごっこをしたとき、笑顔を貼り付けた志満の背後に般若がいる、と錯覚したものだ。

 業務用の食洗器を使っても追いつかない量だから収まらない分は手洗いに回しているが、シンクに溜まった食器は減る気配がない。というより、泡でどれだけの量があるのかも分からなくなっている。

「てか泡多くない?」

「早く綺麗になるよう洗剤全部入れたずら」

「賢い!」

「ずらあ」

 得意げに笑う花丸の手から、洗剤でぬかるんだ丼が滑った。宙に弧を描く丼を捕まえようと手を伸ばすが、丼は吸い込まれるように厨房に入ってきたダイヤの頭へすっぽりと収まる。

「ふたりとも、お気を付けなさい」

 ヘルメットのように丼を被ったダイヤは怒りなんて出さず、穏やかに言う。それが尚更千歌と花丸の恐怖を誘った。

「はーい………」

 

 ようやく半日分の仕事を終えて、果南たちは1時間の休憩を与えられた。他の面々と合流して食事でも摂ろう、と鞠莉と一緒にロビーへ入る。後輩たちは既に集まっていて声を掛けようとしたのだが、ルビィの発言で果南は咄嗟に鞠莉を強引に物陰へ引っ張った。

「お姉ちゃんが変?」

 それを聞いた鞠莉も事を察し、黙って聞き耳を立てている。果南が陰から顔を半分だけ出して覗き込むと、皆一様に渋い顔をしていた。

「何か凄い怒っていたような………」

「悩んでいたような………」

 花丸と梨子の口から告げられた事柄から、千歌が推測めいて言う。

「やっぱり何かあったんだよ」

 あちゃー、と果南は眉間を指で揉む。不器用だとは思っていたがここまでとは。

 「甘いわ」と善子が物憂げに、

「あれは闇に染まりし物の微笑み」

 隣で苦笑していた曜がフォローを入れた。

「かどうかは分からないけどね」

 面白いから手助けする振りして放置していたけど、ここまでこじれてしまとは思わなんだ。

「どうする?」

 果南が訊くと、鞠莉は溜め息交じりに答える。

「これ以上混乱させても、しょうがないんじゃない?」

 

 本人には悪いとは思ったが、果南と鞠莉は後輩たちを集めて全てを打ち明けた。果南たちにも頑なに口を開こうとしなかったのだから、後輩たちに知られるなんて屈辱だろう。でもこれ以上悪戯に混乱させてしまえば、ダイヤ自身が言っていたようにグループ内での仲間意識に関わる問題になりかねない。

「ダイヤ……ちゃん?」

 千歌の口から出たその呼び名はひどくたどたどしいものだった。無理もない。今までお堅い生徒会長のダイヤ「さん」本人が、友人のように親しみを込めて呼んでほしいだなんて。

「皆ともう少し距離を近付けたい、てことなんだと思うけど」

 果南がこの場にいない当人の望みを代弁してやると、思うところがあるのかルビィが「それで……」と納得したように言う。ルビィにも言っていなかっただろうが、妹として何となく察してはいたのかもしれない。

「じゃあ、あの笑顔は怒っているわけじゃなかったずら?」

 花丸が安堵に胸を撫でおろす。

「でも、可愛いところあるんですね、ダイヤさん」

「言ってくれれば良いのに」

 梨子と曜が口々に言って、「でしょ」と果南も同意する。言ったところで笑うほど、このメンバーは薄情じゃないのに。あ、でもわたし笑ったっけ、と思い出して少し罰が悪くなった。

「だから、小学校の頃からわたし達以外はなかなか気付かなくて」

 懐かしそうに鞠莉が言う。果南も過去を思い返してみる。

「真面目でちゃんとしてて、頭が良くてお嬢様で。頼り甲斐はあるけど、どこか雲の上の存在で」

 幼い頃からいつも同級生たち、時には先輩を差し置いて、代表として選ばれたのはダイヤだった。誰よりも熱心で万事に秀でていて、とても同じ子供とは思えない。同級生だけじゃなく教師からも頼られる、自分たちよりも遥か先を行く存在。

「皆そう思うからダイヤもそう振る舞わなきゃ、てどんどん距離を取っていって」

 そう言う鞠莉も同級生たちからすれば社長令嬢で雲の上の存在なのだが、彼女は逆に皆から慕われていた。同じお嬢様でも、鞠莉は他人との距離をどんどん詰めていくから。詰め過ぎて鬱陶しいと思うときもあるけど。

 いつからだっただろうか。同級生たちからの呼び名が「ダイヤちゃん」から「黒澤さん」に変わってしまったのは。

 でも、果南も鞠莉も知っている。ダイヤも地に足の着いた少女だということを。普段はお堅いことばかり言うけど、スクールアイドルの話になれば年相応に瞳を輝かせて饒舌になってしまう面を。

 他人からの親しみを求めていることも。

「本当は凄い寂しがり屋なのにね」

 

 

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