ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第2話

 

 

   1

 

「行ける、大丈夫」

 そう告げる曜の隣で、しいたけは静かに佇んでいる。

「絶対動かないから」

 と曜はしいたけを抑えていてくれる。ゆっくりと梨子は近付いて、長い毛で目元が覆われた大型犬の頭へと震える手を伸ばし――

「ワン!」

 と鳴かれ、詰めていた距離を悲鳴と共に再び開けてしまう。

「やっぱり無理!」

 そう簡単に触れられたら苦労しない。今までだって機会があれば犬に触れようと試みてはみたけど、全て失敗に終わった。やっぱり怖いものは怖い。過去に苦い思い出があるわけじゃないけど、あの口の中に鋭い牙が並んでいると思うと脚がすくんでしまう。

「騒がしいですわよ」

 千歌の部屋から窘めるダイヤに、曜が弁解をしてくれた。

「梨子ちゃんがしいたけと目が合って触れるかも、て」

 「本当?」と千歌が部屋から出てきた。嬉しそうに梨子の手を引いて「どうぞどうぞ」と再びしいたけの前へと促される。

 もう1度、しいたけの頭へ手を伸ばす。撫でられて嫌な飼い犬なんていない。大丈夫、と自身に言い聞かせながら毛に覆われた頭に触れようとしたとき、

「ワン!」

 やはり先ほどと同じように距離を取ってしまう。

「駄目! やっぱり無理!」

「しいたけ梨子ちゃんのこと大好きだと思うんだけどなあ」

「そんなことないでしょ!」

 言葉も話せない、こちらの言葉を理解しているかも分からない動物に大好き、なんて感情があるのだろうか。野生では獲物を狩るか自分が狩られるか、という殺伐とした環境をルーツとしているのに、どうしてその本能が消えていると言えるのだろう。

 「そんなことある」と千歌は即答する。

「犬は見ただけで敵と味方を見分ける不思議な力がある、て」

 なら今吼えられたのは敵とみなしての威嚇では。そう反論しようにも、曜が手を離したしいたけは梨子の方へは向かってこない。

「いい加減始めるよ」

 そこへ、果南の号令がかかった。そうだ、しいたけに触るために十千万に来たんじゃない。

 

 予備予選を通過したら、次は地区予選。それを突破できれば決勝。アキバドームのステージで歌えるのだが、肝心の地区予選に向けての曲がまだできていないのが現状だ。

「今日こそ決めないと。もう時間も無いんだよ」

 果南は皆へそう言うが、あまりの停滞ぶりに皆の顔にも少しばかり疲労の色が見える。「分かってるずら」とベッドに腰掛ける花丸は頬杖をついて口を尖らせている。

「でも、テーマって言われると………」

 ルビィが恐る恐る口を開いた。続きを姉としてダイヤが引き継ぐ。

「かといって、暗黒というのは有り得ませんけどね」

 「どうしてよ!」と善子が不満を出した。名案のつもりだったらしい。新曲を作る度に出てきた案なのだが、毎度のこと却下している。それでもめげないのが善子だ。

「堕天使といえば暗黒。Aqoursと共に歩んだ、堕天使ヨハネの軌跡を――」

「やっぱり輝きだよ!」

 と千歌が遮った。「聞きなさいよ!」と善子は噛みつくが、それは受け流すことにする。

「まあ、輝き、ていうのは千歌が始めたときからずっと追いかけてきてるものだしね」

 Aqoursの曲はそれぞれ特徴を持たせているが、大なり小なり必ず「輝き」というテーマを盛り込んでいる。一貫していると言えば良いことなのだが、反面それはマンネリとも言える。同じものだとどうしても似た曲調になってしまう。

 「ですが」とダイヤが今時珍しくなったふたつ折り携帯電話の画面を皆に見せてくれる。

「Aqoursの可能性を広げるためには、他にも模索が必要ですわ」

 画面に映るのは別のスクールアイドル。ふたり組の彼女たちを千歌は食い入るように見入っている。

「これってSaint_Snowさんなの?」

 今大会で競い合うグループとして、果南も彼女たちのことは意識している。今流れている曲は、彼女たちの予備予選で披露された曲だろう。以前観た曲とはまったく曲調が違う。歌い手であると同時に作り手。常に新しいものを、という挑戦の姿勢を見せつけられた気分になる。

 ダイヤは言う。

「ひとつに留まらない多くの魅力を持っていなければ、全国大会には進めませんわ」

 「そうだね」と曜が同意を口にする。

「次は、この前突破できなかった地区大会」

 そう、それが停滞の原因でもある。今度こそ、今度こそ、という意識が誰かが言わずともグループ全体へ広がり、慎重さに拍車を懸けている。

「何か新しい要素が欲しいよね」

 溜め息と共に呟く。メンバー一同が沈黙に伏していると、寝息が聞こえた。

「またこんな眼鏡で誤魔化して」

 呆れを口に出しながら、梨子が鞠莉の目元にある眼鏡を外す。レンズに目を描くという何とも雑な偽装で、それなのに眼鏡の下には目を描いたシールを張るという2重工作。

「待てば海路の日和ありだって」

 そう告げるルビィには、寝る前に断りを入れたのかもしれない。まあ、眠くなる気持ちは分かる。昨晩も果南とふたり、代わり代わりに涼の介抱をしていたのだから。果南もベッドに横になれば秒で寝てしまう。

「鞠莉ちゃん長い話苦手だから。ね、善子ちゃん」

 と千歌は隣にいるはずの善子に話を振るのだが、目を向けた先にいるのはいつの間に部屋に入ってきたしいたけだった。

「善子ちゃんがしいたけちゃんに!」

 なんて驚くルビィに「そんなわけないでしょ」と言いながら梨子も苦手な犬に恐怖の表情を浮かべている。そんなちょっとした騒ぎに目が覚めたのか、伸びをしながら鞠莉が「騒がしいデスネー」とぼやいた。

 「ん?」と花丸がポケットからスマートフォンを出した。真新しい最新機種で、夏休み中に行方不明になった事を機に買ってもらったらしい。

「善子ちゃん?」

 ようやく慣れ始めた指使いで画面を操作し、受信したメッセージを読み上げる。

「天界の勢力の波動を察知したため、現空間より離脱………?」

 「どういうこと?」と千歌が訊いた。暗号文か何かか。

「要するに帰る、てことずら」

 全くあの後輩は、と溜め息が止まらない。

「皆、お茶入ったよ」

 と、翔一がお盆を手に入ってくる。ちゃぶ台に人数分のお茶を並べる彼を見て、果南はふと思った。

 翔一さんなら、涼を助けてくれるかもしれない。

「ゆっくりしてってね」

「翔一さん」

 部屋を出て行く翔一を呼び止め、果南は尋ねる。

「実は、涼が――」

 

 注文したアイスコーヒーは、既に半分近くまで減っている。同席している小沢が痺れを切らしてビールを注文しようとしたのだが、アルコールを置いていない喫茶店だったからそれは阻止できた。事前に店のメニューを下見しておいて本当に良かった、と思った。

「何よ、来ないじゃない」

 少々苛立った様子の小沢から言われ、誠は腕時計を見る。既に約束の時刻から10分が経過しようとしていた。ドアに付けられた鈴の音が聞こえ振り返ると、学生らしき若い男性客だった。

「確かに、16時にここで会う約束をしたんですが」

「どうやら時間にルーズなタイプらしいわね」

「そんなことは無いと思います。もしかしたら緊急の用事が入ったのかもしれません。何しろ忙しい人なので」

 医師にアギトに、と二重生活を送る人物だ。こうして人と会うのも難しいほど多忙なのかもしれない。そう考えると悪いことをしてしまった。

 そんなことを思っていたところで、スマートフォンの着信音が鳴る。画面を見ると木野の名前が表示されていた。

「はい氷川です」

『どういうつもりですか? 君とふたりで会う約束だったはずですが』

「それは、すみません。でも小沢さんは私の上司で、信用できる人です」

『そういう問題ではありません。私は自分の身を守らねばならない。私がアギトだと知れば、警察は私を捕獲しようとするでしょう。私は研究材料になるつもりはありません』

 だからこそ小沢に会わせたい。彼女なら危害を加えはしない、と言いたいが、生憎警察としては以前に捕獲しようとした実例がある。そんな後ろめたさから、身の安全の保障ができないのは悲しいところだ。

「それは………」

『あなたは私の信用を取り戻さなければならない。そのためにあなたには、葦原涼という人間の居所を捜してほしいのですが』

「葦原涼?」

『私と戦っていた人物ですよ。彼はアギトと同じ力を持ちながら、邪悪な意思によって動いている。放っておくわけにはいきません』

 「ちょっと貸しなさい」と小沢に端末を奪われる。小沢は画面をタップし、スピーカーモードに切り替えた。

「近くにいるんでしょ? 姿を見せて。あなたの身の安全は保障するから」

『自分の身は、自分で守ります』

 それを最後に、通話は切られた。

 

 

   2

 

 

 結局のところミーティングは大した進展もなく解散になった。新曲のテーマ案は出てはいたのだが、それらを総括して曲にするとなると取りまとめのない、何を聴き手に伝えたいのか分からなくなってしまう。ひとまず整理しながら千歌は作詞ということで話はお開きになった。

 いつもより早く帰宅した梨子は、詞ができたらすぐ作曲に取り掛かれるよう、インスピレーションを得るために音楽雑誌を捲っていたところだった。

「今から届けに?」

「そうなの、善子ちゃんのお母さん忘れていっちゃって」

 と母はエプロンのポケットからスマートフォンを出す。聞いたところによると、昼間にふたりでお茶を楽しんでいたらしい。

「携帯はいざ、て時があるでしょ」

「まあ、良いけど」

 届け物のお使いくらいなら、何てことはない。市街までのバスは、まだ最終便まで数本ほど運行している。

 バスで駅前まで訪れると、梨子は記憶を頼りに狩野川沿いのマンションへ向かう。津島家のマンションは前に1度来たきりだったから、記憶も鮮明ではなくなっている。確か河川敷にお社があったな、と思い出し狩野川の遊歩道へ出る。記憶通り、柱と鳥居が朱色に塗られた小さな神社があった。確かこの神社と隣接するマンションだったはず。

 ふと、天井から垂れた鈴緒の近くに箱があることに気付く。長方形のライムグリーンという目に付きやすい色で、扉に小窓が付いていた。小窓を覗き込んでみると、中身が動いているのが分かる。

 突然、箱が激しく揺れ出した。同時にきゃんきゃん、と甲高い動物らしき鳴き声が。驚いたあまり後ずさる梨子の体が、背後から固められる。叫ぼうにも口元を手で覆われ、周囲に声が届かない。

「静かにしなさい」

 暴れていると、耳元で馴染みのある声がして動きを止める。背後を振り返ると、そこにはいかにもサングラスで目元を隠す不審者然とした人物がいた。悲しいかな、彼女ならそんな恰好も納得できてしまう。

「善子ちゃん?」

「ヨハネ」

 と訂正し、

「何で梨子がこんなところにいるの?」

「ちょっと、忘れ物を届けに………」

 と鞄から彼女の母親のスマートフォンを手渡す。

「そ、ありがと」

 と無骨に言うと、善子は神社に置いてあった箱を大事そうに抱え河川敷への階段まで運ぶ。扉を開けると、縦長の顔で全身が毛に覆われた生き物が出てきた。

 犬。

 理解できると同時、梨子は数メートルほど距離を取る。犬だ。梨子にとって恐怖の象徴とも言って良い犬。階段に腰掛けた善子は持参してきたビニール袋から皿を2枚出して、ひとつには犬用のミルクを注ぎもうひとつには犬用の缶詰を入れる。

「ほら、ご飯よ」

 目の前に置いてやると、犬は尻尾を振りながら缶詰の肉をがっつく。

「あら、可愛い」

 好きな人にとっては可愛い生き物なのだから、はっきりと怖い、とは言えない。距離を取っていたら説得力は無いだろうが。

「慌てて食べなくてもいいのよ」

 言葉が通じるかも分からない相手に優しく言うと、善子は視線を梨子へと流す。

「何?」

「見て分からない? 犬よ」

 猫でもなければウサギでもない犬だということは理解している。善子は早くも皿を空にした犬を抱きかかえる。犬は何故か梨子のほうを向いていた。動物の目というのは余計に恐怖を誘う。しいたけほど大きくはないが、やはり怖いものは怖く梨子は一定の距離を保ちながら後ずさる。

「可愛いね……。うん、可愛いよ………」

 善子は犬を降ろすと、梨子にむかって指をさし、

「行け!」

 ワン、と鳴くと、犬は真っ直ぐ梨子のほうへ走ってくる。当然、梨子は逃げる。テレビで警察犬が犯人へ跳びついて腕に噛みつく光景を見たことがある。警察犬ほど大きくはなくても同じ犬だ。あの口の中には鋭い牙がある、と想像するだけで寒気がする。

 大通りへ出ようとしたところで来た道を引き返し、善子の待つ階段を跳び下りた。犬は善子の腕へ戻り、逃げ切ることのできた梨子は乱れた呼吸を整える。

「何するの!」

 文句を飛ばすが、「本当に苦手なのね」と軽く返された。苦手を知っておきながら何て酷い後輩だろう。

 一応、事の顛末くらいは聞くことにした。聞いている間、犬は近付けないことを条件に。

 嵐の日に胸騒ぎがしてヨハネの錫杖に導かれるままに約束の地へと赴いた、とか脚色の過ぎた説明を咀嚼するとつまり、

「拾った?」

「違う、出会ったの。邂逅。運命(デスティニー)がふたりを引き合わせたの」

「そ、そう……。それで飼う事にしたのね」

 別にその事は構わない。梨子に実害がなければ。でも善子は表情を曇らせ沈黙する。

「違うの?」

「わたしの家、動物は禁止で」

「そ、そう………」

 何となく話が読めてしまう。

「お願いがあるんだけど」

「聞かない!」

「まだ何も言ってない」

「どう考えても無理でしょ………」

 絶対に可愛がれるわけないのに。そう言おうとしたが、開きかけた口は善子に抱きかかえられる犬の姿のせいで遮られる。

「ほんの少しの間だけで良いの。この子の生きていく場所は、わたしが見つけるから」

 にじり寄ってくる善子から再び距離を取る。

「そうだ、花丸ちゃんかルビィちゃんに頼んだら? ふたりなら――」

「駄目。ずら丸の家もルビィの家も許可取るの面倒みたいだし」

「鞠莉ちゃんは?」

「ホテルでしょ。果南のところもお店があるし、千歌のところもしいたけがいるし」

「じゃあ、曜ちゃんと………」

「………そんなに嫌なの?」

「嫌、ていうか――」

 続きを述べる機会は与えられず、善子は犬を降ろし「行け!」と指示する。また犬は梨子へ走ってくる。先程と同じ追いかけっこを繰り広げた後、善子は戻ってきた犬を大事そうに抱えながら言った。

「とにかくお願い。この子は堕天使ヨハネにとって、神々の黄昏(ラグナロク)に匹敵する重大議決事項なの」

 善子の腕の中にいる犬も、すがるような目を梨子へ向けている。何でその眼差しがまるで助けを求めているように見えたのか、梨子自身にも分からなかった。

 

 

   3

 

「葦原さん! 葦原さん!」

 何度も呼びかけるが、涼からは苦悶の呻き声しか返ってこない。体中から玉汗が流れていて、タオルを捲った胸は赤く腫れ皮膚が盛り上がっている。

 粗い呼吸が止んだ。口元に手をかざすとまだ呼気が感じ取れる。

「もう、昨日からこんな感じなの」

 鞠莉が消え入りそうな声で言った。ベッドの周囲にはコンビニで買ってきたのかスポーツドリンクのペットボトルが散乱している。これだけの汗の量だ。無理矢理にでも水分補給させなければ脱水症状で危なくなるところだ。

「どうしよう、翔一さん。わたし達の力じゃ、どうにもできなくて………」

 尋ねる果南は、今にも泣き出してしまいそうだった。

「前と同じように涼を助けようとしたんだけど、全然上手くいかない」

 意識の途切れた涼の顔を見つめる。また激痛で目を覚まして、苦しんで、また気を失っての繰り返し。放っておいたら間違いなく手遅れになるのは、素人の翔一でも理解できていた。

「このままじゃ不味いんじゃないかな。病院に連れて行かないと」

「でも涼は普通の体じゃないのよ。普通のDoctorで治せると思う?」

 悲痛な声で鞠莉が言った。正直なところ、翔一も医師に任せるべきかは分からない。何せ、翔一は記憶を失ってから病気や怪我をしたことがない。アンノウンに異物を体に埋め込まれたことはあるが、それは結局自力で解決してしまったのだから。

「このまま葦原さんを放っておくわけにはいかないしさ」

 決断の先に何が待ち受けるのか予想はできないが、現在での選択肢はひとつしかない。汗まみれの涼を背負って病院へ連れて行くと、既に夕刻で受付は終わっていたが急患として医師はすぐに涼を処置室へ回してくれた。大丈夫、と思いたい。見た目こそ涼は普通の人間なのだから。きっとここなら彼を助けてくれる。

「はい、ふたりも何か飲みなよ。葦原さん看てたから、ろくにご飯も食べれてないんじゃない?」

 待合室の長椅子で俯いたままの鞠莉と果南に、自販機で買ったオレンジジュースを手渡す。ふたりともいつもの元気が完全に失せていた。励ますときには何て言えば良いんだろう、と言葉を探しあぐねていると、「津上翔一さんですか?」と看護師から声を掛けられる。

「検査結果が出ました」

 その言葉に、ふたりは同時に顔を上げた。

「先生に話聞きに行ってくるよ。きっと大丈夫だからさ」

 そう言って看護師の誘導に従い、診察室へ通される。「失礼します」と入ると、レントゲンやCT画像を映すPCを前にふたりの医師が考え込むようにこめかみを指で揉んでいた。

「どうですか? 葦原さんの具合」

 医師のひとりは眉を潜めながらも説明してくれる。

「心臓から肺にかけて、著しい損傷が見られます。普通なら死んでいてもおかしくない状態だ」

 ということは、今の涼はギルスの力で辛うじて生きている状態になる。彼を苦しめてきた力が彼を救うなんて皮肉と捉えるべきか、単純に不幸中の幸いと捉えるべきかは迷いどころだ。

「君は………」

 もうひとりの医師らしき男が、そんな声を漏らす。らしき、と翔一が思ったのは、その男が白衣を着ていないからだった。

「あ、俺のバイクを直してくれた人。いやあ奇遇ですね。あなたが先生だったなんて」

 嬉しい再会だが、喜ぶのは後にしよう。

「お願いします。俺のバイクみたいに、葦原さんを治してください」

「葦原………」

 彼はPCの画面へ視線を戻す。画像と並んで表示されているウィンドウのカルテには、葦原涼と患者名が記載されている。翔一へと向き直った彼は、笑みと共に言った。

「任せてください。患者を救う事が、私の使命ですから」

 こんなにも医者の言葉が頼もしいと思ったのは初めてだった。

「はい、お願いします」

 その言葉の裏に、邪悪な意志が潜んでいるなんて一片の疑いも持つことなく。

 待合室に戻ると、翔一の姿を認めた鞠莉と果南が駆け寄ってくる。

「翔一」

「涼は大丈夫なの?」

 不安に沈んでいるふたりに、翔一は確信を持って「大丈夫」と頷く。

「きっと先生が治してくれるよ」

 瞬間、脳裏に戦慄が走る。断片的に視えるのは、迫ってくる異形の存在。

「ごめん、俺行かなくちゃ」

 それだけ言って翔一は外へ駆け出す。「翔一さん?」という果南の声に振り向くことなく。

 

 

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