ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
闇夜の中で、ガードチェイサーの鳴らすサイレンがやまびこのように反響している。住宅街の外れにある廃工場でアンノウン出現、と通報を受けて出動しているが、バイクを駆る誠の裡にあるのは違和感だった。
何故、閉鎖された工場にアンノウンが。目撃されたのはアンノウンのみで、アギトはいないようだが。まさかアンノウンが廃工場を巣にしているとでもいうのか。
現場に到着すると同時、G3-Xの暗視センサーが長物を携えた人影を捉え、AIが結論を導き出す。
《目標 アンノウン》
すかさずGM-01を発砲する。狼狽えながらも弾丸を耐えたアンノウンの関心がこちらへ向くと、誠はガードチェイサーのハッチから次の武装を引っ張り出し、右腕に装着する。
GS-03デストロイヤー。折り畳まれていた刀身が展開し、内蔵されたモーターによって超振動する刀身が高周波を響かせる。理論上は鉄板を紙同然に切り裂けるが、アンノウンにどこまで通用するか。
間合いを詰め、アンノウン目掛けて刃を振る。受け止めた敵の槍に触れると火花を散らすが、折るには至らず鍔迫り合いに持ち込まれる。やはり一筋縄ではいかないか。力で押し込もうとしたところで、腹に蹴りを受けて後退させられる。振り下ろされた槍を受け止めようと翳すが、叩き込まれたところが腕との連結部だったことが致命的だった。連結用のハンガーが破壊され、剣が腕から滑り落ちる。更に胸部装甲を突かれ、防いではみたが衝撃までは抑えられず地面に倒される。止めのひと突きを喰らう寸前に、左の二の腕に携行されたナイフを抜いて槍を弾く。
GK-06ユニコーン。GS-03を小型化させた武装だが、刃の強度は遜色ない分取り回しが良い。生じた僅かな隙に、GM-01の弾丸を至近距離で敵の腹に撃ち込んだ。致命傷を与えるには至らないが、敵との間合いを広げるには十分な隙を作ってくれた。立ち上がりガードチェイサーへ戻ると、リアシートのハンガーロックを解除しGX-05を取り出す。
《解除シマス》
パスコードロックを解除し、バレルを展開させた最大火力の武装を抱える。銃口を敵へ向けたとき、AIが警告してきた。
《攻撃中止 接近する生体反応あり》
一瞬遅れて、誠のアンノウンの間にバイクが割って入ってきた。ヘルメットを脱いで露になったその顔を、G3-Xのセンサーはしっかりと捉えている。
「木野さん!」
木野は誠には目もくれず、アンノウンを見据えている。
「変身」
夜の闇を一瞬だけ照らす光で、木野は姿を変えた。誠は駆け寄り、改めて至近距離でその姿を凝視する。
「アギト……!」
その姿は間違いなくアギトだ。これまで自分が見てきた、黄金の角と赤い目を持つ戦士。
「邪魔だ」
顔面に裏拳を喰らった。不意打ちだったから対処できず地面に倒れる。
「奴は俺が倒す。俺のこの手で」
拳を握り直し、アギトはゆっくりとアンノウンへと歩き出す。新たな敵、それもアギトの出現に唸り声をあげながら、アンノウンは槍を振り上げる。それよりも速く、アギトの拳はアンノウンの腹を打った。苦し紛れに振られたアンノウンの槍が、アギトの脇腹に打ち付けられる。それを意に介すことのないアギトは槍を脇で固め敵の動きを封じる。
そこからは一方的な殴打だった。顔面に腹に胸。肉と肉が打たれる音が響く中で、誠はその戦いを見ながら違和感を膨らませていく。
あんな戦い方を、アギトはしていただろうか。あんな、己の中にある鬱憤を晴らすかのような。
「違う……」
マスクの中で誠は呟く。姿は確かに同じだ。それでも確信できる。
「あれはアギトではない」
誠はマスクを外し、バイクへと歩く木野の前に回り込む。
「待って。待ってください」
露になった誠の顔を、木野は無表情に見つめている。
「あなたは、一体………」
いや、そう問うのは不適切だ。何者か、と訊かれて返ってくる答えは、アギトと分かり切っている。
「あなたはアギトではない。少なくとも、僕の知っているアギトではない!」
半ば怒りを込めて、誠は言い放つ。この怒りが自分勝手なのは承知の上だ。偶々同じ姿だったのを、自分の知る存在と重ね合わせ勘違いをしていただけ。
「それがどうかしましたか」
逆上することなく静かに木野は言う。どうでもいいことだ、とばかりにバイクに跨る彼に誠は問い続ける。
「何故あなたがアギトに? どうしてあなたはアギトになったんですか!」
ヘルメットを被る木野は至極冷静なままだ。まるで誠の質問の全てに意味がない、とでも言うように。
「これだけは言っておきましょう。いずれ私は、あなたが知るただひとりのアギトになる」
どういうことだ。続きの問いは赦されず、木野はバイクを走らせ廃工場を去って行く。
がしゃん、と後方から物音がした。振り向くと、人影がふたつ宵闇のなかを駆けていく。マスクを外した肉眼だから姿がはっきりしない。プリーツスカートが舞うように見えたが女子高生だろうか。アンノウンの標的になった人物かもしれないが、こんな時間に何故、こんな場所にいたのだろう。
「え、翔一くんまた捕まったの⁉」
夕飯に部屋から降りてきた千歌が長姉から告げられたのは、翔一の不在だった。しかも先ほど警察から連絡が来たらしく、志満も不安げな顔で説明する。
「捕まったんじゃなくて、任意同行よ。何の事件かは教えてくれなかったけど、詳しく話を聞きたいからしばらく預けてほしい、て」
食卓に皿を並べながら、美渡が溜め息と共に言う。
「あいつ今度は何したのよ………」
「だから逮捕じゃないのよ」と訂正しつつ、志満の顔にも疲労の色が見えていた。
「大丈夫だとは思うけど、今度はいつ帰ってこられるのかしら」
2
「うん、前より大分よくなったよ」
ダンスの通し練習で、いつものようにコーチする果南は満足そうにメンバーの配置を眺めている。まだ曲はできていないけど、これまでの曲で通し練習をしてみて上手くいっているのだから、十分上出来と見ていいだろう。
「ではもう1度、と言いたいところですが――」
とダイヤが空を見上げる。釣られて善子たちも、茜色に焼け始めた空を見上げた。
「陽が短くなってるからねえ」
曜が呟く。
黄昏時、逢魔が時。様々な呼び名を持つ夕焼けはどうしてこんなにも切ない気分にしてくれるのだろう。なんてセンチメンタルな気分になれるほど、善子はまだ人生経験を積んでいない。率直な今の想いとは、今日の晩御飯何かなあ、という他愛もないものだった。
「怪我するといけないしね。後は沼津で練習する時にしよ」
鞠莉がそう言うと、「じゃあ終わり?」と梨子が嬉しそうに訊いた。「うん、どうしたの?」と千歌が返すと、「え、いや……ちょっと………」としどろもどろになる。
「わたし、今日は先帰るね」
そそくさと屋上から出て行く梨子を、「え、また?」と千歌は見送る。
「何かあったずら?」
「そういえばここの所、練習終わるとすぐ帰っちゃうよね」
花丸とルビィの会話に、他の皆も頷き同意を示している。おおよそだが、善子には理由が分かっている。
「じゃあ、わたしと鞠莉も用事あるから帰るね」
今度は果南が言った。「Ciao」と手を振る鞠莉と一緒に屋上から急ぎ足で出て行く。
「あのふたりも、最近すぐ帰るわよね」
善子は何ともなしに言う。元からあのふたりは行動を共にすることが多かったけど、ここ最近は特に距離が近い気がする。
「お姉ちゃん、何か聞いてない?」
同級生なら何か分かるのでは、とルビィは訊いたのだろうが、ダイヤは「いいえ」とかぶりを振る。
「悪いことに首を突っ込んでいなければ良いのですが」
彼女の予感が的中していただなんて、この時は誰も思っていなかっただろう。特に能天気なことを言っていた千歌は。
「またまたあ、心配し過ぎですよ」
寄り道して家に着く頃には、もう陽は暮れている。テーブルの上に置いてあるケージの中で、犬は梨子の姿を認めると嬉しそうに鳴いた。
「たっだいまあ!」
出来ることならケージの外に出してやりたいが、まだそこまでする勇気が出ない。せめてものお詫びとして寄り道をしてきたのだが。それにしても沼津は本当に店が少ない。ペット用品を買い求めるにもペットショップがないからホームセンターにまで行かなくてはならないなんて。
「良い子にしてた? 今日はお土産があるのよ」
袋から芋虫のようなキャラクターのぬいぐるみを出す。
「面白そうでしょ?」
ケージの扉を僅かに開けて、隙間から中に入れてやる。遊び道具を与えられた犬はぬいぐるみを噛んだ。まるでガムみたいだ。かじるだけでこんなに喜ぶなんて、と思うと自然と笑みが零れる。
「どう、面白い?」
そこで、ドアがノックされる。「はい」と返事をすると、「梨子、お友達よ」と母が入ってきた。母の1歩後ろに、その「お友達」は立っている。
「善子ちゃん」
梨子が呼ぶと「ヨハネ」と控え目に抗議してくる。他所の家でもそのスタンスは崩さないらしい。「あら」と母の視線がケージへ向いた。
「まだそのワンちゃんいたの?」
「ああ、うん。何かもう少しだけ、て言われちゃって」
「そう………」
部屋どころかケージからも出してやれなかったから、母にとっては居るも居ないも同然だったらしい。
「でも梨子ちゃん。犬凄い苦手だから」
とそれまで大人しくしていた善子が部屋に上がり込むと、ケージを我が物のように持ち上げる。驚いたのか、中の犬が短く鳴き声をあげた。
「やっぱりわたしの家で預かろうかな、て」
善子からケージを取り返し、
「あら、善子ちゃんの家はマンションだから駄目、て聞いたけど」
また善子に奪われる。
「少しなら大丈夫よ」
再び取り返す。
「駄目、て言うからわたしが預かったのよ。さあご飯にしましょうねノクターン」
再び奪われる。
「ノクターン?」
そんなケージの取り合いを呆れ顔で見ていた母はひと言だけ。
「まあどうぞ、ごゆっくり」
それだけ言ってドアを閉めた。余所行きの態度を崩し、善子は噛みつくように言ってくる。
「ちょっと、ノクターンて何よ?」
「この子の名前」
「はあ?」
また取り返す。窓から覗くと、犬ことノクターンは気分を悪くした様子もなく梨子を見返している。
「いつまでもワンちゃんじゃ可哀想でしょ?」
「この子はわたしが出会ったのよ。名前だってライラプス、て立派なのがあるんだから」
「ラブライブ?」
「ライラプス!」
とまたケージが奪われた。
「大体何よ、犬苦手だったんじゃないの?」
「苦手だけど仕方ないでしょ。面倒見てほしい、て言ったのは善子ちゃんよ」
「ヨハネ!」
またドアがノックされた。部屋の外までやり取りが聞こえていたのか、母が恐る恐る、と顔だけドアから覗かせる。
「ふたりとも、ちょっといい?」
「ええ?」と揃って険のこもった声を返す。そこには敢えて触れず、母は手に持った紙を見せてくれた。
「沼津のほうで、貰ってきたんだけど………」
それは迷子犬の捜索チラシだった。沼津駅近くで飼い主とはぐれたようで、名前は「あんこ」というらしい。
掲載されている写真の中にいるのは、顔立ちや毛並みからして紛れもなく、今ケージの中にいるノクターン、またはライラプスだった。
「もう1度、お尋ねします」
疲労の色が伺える声色で、男性医師はもう何度目かも分からない同じ質問をしてくる。
「あなたはいつ、どこで、どうしてアギトになったのか?」
「だから分からないんです。気がついたら何となく」
津上翔一として生きてきて、初めてアギトに変身した時のことは思い出せる。何故かアンノウンの存在を感じ取ることができて、現場へ向かうと自然と体がアギトの姿に変わって、超人的な力で戦うことができた。
それ以前となると、翔一にも分からない。もしかした津上翔一として生きる前にもアギトとして戦っていたのかもしれないが、その頃の記憶はごっそりと抜け落ちているのだから。覚えていないことは答えようがない。
埒が明かないと見たのか、医師は質問を変えた。
「では、アギトとしてのあなたの日々の活動内容を教えてください」
「そうですねえ。まあ、大体菜園で野菜を育ててます。キュウリとかトマトとか――」
「いやそういう事じゃなくて」
深く溜め息をつくと、医師は北條に「ちょっと良いですか?」とソファから立って部屋の壁際へと促す。ふたりで何やら耳打ちしている際中、翔一は菜園以外の日々の活動内容について考えていた。菜園が求められていた答えと違うのなら、後は家事だろうか。それとも新作料理の考案とか。この前千歌にリクエストされて作ったミカンのデニッシュ食パンは好評だった。試しに一緒に作ってみたゴーヤデニッシュは苦いと不評だったが。
因みに後から知った事だが、この時北條たちは翔一がアギトであることは嘘かもしれない、と話していたらしい。ただふざけているとしか思えない、とも言っていたとか。
「津上さん」
話を終えた北條が呼んでくる。
「あなたが本当にアギトなら――」
「はい、アギトです」
「我々としては、あなたがアギトになったきっかけを突き止めなければなりません。そこで、あなたに逆光催眠をかけたいのですが」
「逆光催眠?」
3
ノクターンかライラプスか。どちらの名前にするか争われていた「あんこ」の処遇は、早いうちに梨子と両親とで話し合われた。とはいっても既に結論は決まっていたから、ここで特筆すべきことは何も無い。飼い主がいるのなら返すべき。その父の言葉に母も同意見で、梨子も異論はなかった。
それからは潤滑だった。母がチラシに載っていた連絡先に電話をかけて、飼い主に引き取りに来てくれるよう約束を取り付けてくれた。淡々と進められる別れの準備を、梨子はただぼんやりと何もせず過ごしていた。
返すのに異論がなかったのは本当だ。ずっと飼うつもりはなかった。あのまま梨子が預かっていても、あんこのためにはならなかっただろう。排泄の後始末は匂いがあるから何とかこなしていたが、1日中ケージに閉じ込めて散歩に連れて行ってあげられなかった。犬にとって散歩は運動の他にストレス解消のために必要、と千歌に教えてもらったことがある。あんな監禁同然の飼い方、愛犬家からすれば動物虐待もいいところだ。
何より、梨子自身が犬を大切にできる、という確証がない。ずっと抱いていた犬という生き物への恐怖は和らぎ、玩具を買い与えたことから情が芽生えていたのかもしれない。でも、それは本当に情と呼べるものだったのだろうか。ノクターンなんて名付けた犬へ向けた感情を愛情と呼ぶには、1度もあの小さな体を撫でもしなかった梨子の態度は淡泊すぎた。
引き取りに来てくれた飼い主は、壮年の婦人とその娘だった。見たところ小学校に上がったばかりの娘に、ケージから解放されたあんこは跳びついていった。
「あんこ、良かったね」
顔を舌で舐められながら、娘はあんこを大事そうに抱きしめている。
わたしの時よりも、嬉しそう。
嫉妬に似たような感情を覚えたが、すぐに当然と思い直す。世話だってこの子がずっとしていたんだから。わたしはただ数日預かっていただけ。
「良かったですね」
再会を喜ぶ親子には、それしか言えなかった。一応あんこの発見者として隣には善子がついているのだが、顔に苦笑を貼り付けたままひと言も発せずにいる。
「本当にありがとうございました。あんこもお礼を言いなさい」
母親に促されて、娘はあんこを抱きかかえて梨子の前まで連れてきてくれる。
「ありがとう」
そう無垢な笑顔で告げる娘の腕の中で、あんこは梨子を見上げていた。撫でようと掌を近付ける。思えば、面倒を見ていた間、一度も触れたことがなかった。せめて別れの時くらいは、と思ったのだが、やはり犬への恐怖は多少薄れても消えたわけじゃない。なかなか触れられずに手を静止させていると、ちろ、と温かいあんこの舌が梨子の掌を舐めた。
「それじゃ、失礼します」
「ばいばーい!」
親子はあんこを連れて車に乗り込んでいく。すぐに車が走り出して去って行くと、これまで黙っていた善子が泣き出して「ライラプスう」と自分の付けた名前を呼んでいる。
梨子は自分の掌を見つめていた。あんこが舐めた掌。
あの子、自分からわたしに触れてきた。
わたしは1度も、あの子に触れようとしなかったのに。
4
部室のホワイトボードを眺めて、果南はその乱雑さに思わず笑ってしまう。ミーティングで書き込まれた、新曲のテーマの数々。各々の新曲に込めたい想いが、メンバーと同じ数だけ綴られている。
まるで冷蔵庫の扉に貼られたメモ書きみたい、と思った。忘れないよう走り書きされ、思い出す頃には何のことか自身でも容量を得ないほどの雑多さ。何てまとまりのないグループだろう。よく予備予選を突破できたものだ。でも取りまとめのない分、様々な色のペンで書かれた言葉の連なりは、書いたメンバーの顔が見えてくる。
これを書いた、Aqoursの皆。それぞれの顔を思い浮かべた後に脳裏をよぎったのは、鞠莉の言葉だった。
――わたし達も、いずれアギトになる――
その果てにある未来は未知数だ。裡で醸造された力が異形の姿として発現するのに、どれだけの時間を要するのかを知らない。力が目覚めた末に辿る道を知らない。
涼のように、苦痛にのたうち回ることになるのか。
木野のように、邪悪な意志のままに力を振るう怪物になるのか。
「あれ?」
呆けた顔で入ってきたのは千歌だった。
「皆屋上だよ。どうしたの?」
「うん。どんな曲が良いのかな、て」
千歌は冷蔵庫の扉状態になったホワイトボードを見て苦笑し、
「だよね。果南ちゃんはアイディアある?」
果南は千歌の顔を見つめた。そういえば涼を蘇らせたとき、千歌だけが力を使わなかった。相良が息を引き取る前に、千歌には力がない、と言っていた。
きっと千歌だけは、アギトの運命から外れている。この子だけは、普通の人間としての人生を送ることができる。
「ううん。ただわたしは、後悔しないようにするだけ。これが最後のラブライブだしね」
悟られないよう果南は言う。これも本心なところが辛い。
「最後……」
と千歌は反芻した。
「ダイヤと鞠莉と3人でここで曲作って、その想いが繋がって、偶然が重なってここまで来たんだもん。やりきった、て思いたい」
やりきれば、これから待ち受ける運命が過酷でも、受け入れることができるかな。わたしは受け入れられても、他の皆は受け入れられるかな。
その時、せめて千歌だけは、幸せであってくれるかな。
「千歌ちゃん大変!」
部室まで走ってきた曜がまくし立てる。
「梨子ちゃんと善子ちゃんが………」
「どうかした?」
果南が訊くと、曜もどう説明したら良いか悩みどころらしく、こめかみに指を添えながら答える。
「………情緒不安定?」
取り敢えず様子を見に行こう、と曜の案内でグラウンドまで急いだ。他のメンバー達も集合していて、皆が向ける視線の先で梨子と善子が木の枝でグラウンドの土に何か描いている。
目を凝らして見ると、ふたりが描いているのは犬だった。善子の描く犬は描き手のセンスか羽が加えられていて、梨子の方は――文章では形容しがたい出来と書けばお察し頂けるだろう。
「取ってこい」
とふたり揃って枝を投げるのだが、2本の枝は地面を転がるだけで取ってくる生き物なんてどこにもいない。虚しさに耐えられなくなったのか、ふたりともその場で膝を抱える。
不気味なのは、ここまでのふたりの動作が寸分違わず同じだったということだ。
「シンクロ?」
最も分かりやすい例えを鞠莉が呟く。
「でもどうしてふたりが?」
ルビィが誰ともなしに尋ねると、花丸がピースサインを目元に添えるポーズをする。
「まさか、悪霊に憑りつかれたずら?」
「何かちょっと善子ちゃんぽいね、花丸ちゃん」
「ずらん」
あれも力の反動なのかな、と一瞬身震いしたが、すぐに違うだろうな、と思えた。