ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
「Oh, good!」
手拍子に合わせ、曲の最初から最後まで通しで踊ると、鞠莉は感嘆の声をあげた。でもまだ満足はいっていないらしく、
「ここの腕の角度を合わせたいね。花丸はもうちょい上げて」
指示通り花丸が肘を僅かに上げ、「そうそう」という鞠莉の声に合わせて止める。
「この角度を忘れないで」
中々ハードな練習で、皆の顔に披露が浮かんでいる。それでも文句ひとつ言わずに食いついてくれたのは、全員が地区予選の持つ意味を理解しているということ。
「じゃあinterval後、各個人で練習ね」
そう告げられると、メンバーが一様に溜め込んだ疲労感を吐き出す。それぞれ鞄のもとで腰を落ち着かせ、疲れたと呟きながら水分補給している。窓を見やると、既に陽が暮れて市街のネオンが灯っている。プラザヴェルデは深夜まで練習できるけど、頃合いを見計らって今日の練習は切り上げた方が良いかもしれない。
トイレに行こうと廊下へ出掛けたところで、曜の大きな声が果南の耳に入った。
「あ、全国大会進出が有力視されてるグループだって」
閉めかけたドアの間から覗くと、後輩たちがぞろぞろ、と曜のもとへ集まって彼女のスマートフォン画面に見入っている。
「何々、そんなのあるの?」
四つん這いのまま近付きながら、千歌が訊いた。
「ラブライブ人気あるから、そういうの予想する人多いみたい」
きっと熱心なスクールアイドルファンが開設したブログを見つけたのだろう。高校野球やインターハイでも強豪校の中から優勝候補を予想するのは、以前からインターネット上に存在していた。ジャンルの普及で、そこにスクールアイドルも加わったということ。
「どんなグループがいるの?」と梨子に訊かれ、曜は画面をスクロールする。
「えっと、前年度全国大会に出たグループは勿論で………」
ページを変えたのか、集まった全員で「あ」と口を開ける。
「前回地区大会をトップで通過し、決勝では8位入賞したSaint_Snow。姉、聖良は今年3年生。ラストチャンスに優勝を目指す」
「ふたりとも気合入ってるだろうなあ」と千歌が言った。最後のチャンスなのは果南も同じだ。鞠莉とダイヤも。千歌たちだって、浦の星のスクールアイドルとして歌えるのは、今回で最後になってしまうかもしれない。
「あとは……、Aqours⁉」
他の候補の中から見つけたのか、曜が上擦った声をあげた。「本当?」と訊く善子たちの方へ画面を向けると、皆嬉しそうに破顔している。
「Hey、何て書いてあるの?」
少し離れたところで水を飲んでいた鞠莉が訊く。曜は画面に視線を戻し、文面を読み上げる。
「前回は地区大会で涙を呑んだAqoursだが、今大会予備予選の内容は全国大会出場者に引けを取らない見事なパフォーマンスだった。今後の成長に期待したい」
何だか上から目線で書かれているのが鼻に付くが、悪い気はせず果南は密かに頬を綻ばせる。ファンからも期待されている。その期待に応えられれば、もっと浦の星に来たい、と思わせられるだろうか。
「フフ、このヨハネの堕天使としての闇能力を持ってすれば、その程度造作もないことです!」
なんて善子がいつもの口上を述べている。いつもなら全員スルーしているところだが、
「そう、造作もないことです!」
と、同調する者が現れた。それも、最も意外なことに梨子が。ご丁寧に善子と同じく中指と小指だけを立てた手を突き出すポーズまで。しかも無意識でやってしまったらしく、一瞬の間を置いて梨子は顔を耳まで紅潮させる。
「流石、我と契約を結んだだけの事はあるぞ、リトルデーモン・リリーよ」
「無礼な、我はそのような契約交わしておらぬわ!」
とまあ見事にネイティブな堕天使語――自分でも何言ってるか分からないが――で会話を繰り広げている。その光景を呆然と見ていた面々は声を潜める。
「どうしたの?」
「リリー?」
「これが堕天ずら」
「
「違う! これは違くて――」と涙目で弁明しようとするのだが、そんな梨子もといリリーに善子が更に畳みかける。
「ウェルカムトゥヘルゾーン」
「待てい!」
まあ何にしても仲の良いことで。敢えて梨子が堕天使にほだされた原因は追究しないほうが情けというものだろう。
運営委員会からの通知が届いていたのか、ルビィが自身のスマートフォン画面を皆に見せる。
「今回の地区大会は、会場とネットの投票で決勝進出者を決める、て」
それはつまり、結果がその場で出るということ。
「良かったじゃん。結果出るまで何日も待つより」
千歌の言葉を跳ねのけるように、ダイヤが口を開く。
「そんな簡単な話ではありませんわ」
続けて鞠莉も、
「会場には出場するグループの学校の生徒が応援に来ているのよ」
厳しい言葉で悟ったのか、後輩たちの顔に不安が浮かんだ。震える声でルビィが言う。
「ネット投票もあるとはいえ、生徒数が多いほうが有利………」
言うなれば身内票だ。正当な評価じゃない、と口では言えるが、誰だって自分の身内を応援したい。浦の星だって生徒はいるが、果たしてそれがどれ程Aqoursの得票数になるかはたかが知れている。
酷な事実を、ダイヤが告げた。
「そう、生徒数で言うと、浦の星が不利ですわ」
2
「すみません夜分にお邪魔しちゃって」
誠が十千万を訪ねてきたのは、千歌が夕食を終えてそろそろお風呂に入ろうかな、と思っていた頃だった。
「いえ、氷川さんならいつでも大歓迎です」
美渡を追い払った居間へ通したところで、丁度翔一が「いらっしゃい」とお茶を持って来てくれる。
「で、今日は一体何の用です? 志満さんなら自治会の集まりで出掛けてますけど」
「いえ、今日はおふたりに用があって来たんです」
「わたし達に?」と千歌は首を傾げる。翔一ならともかく、何で自分にまで。出されたお茶に手を付けることなく、誠は本題を切り出す。
「実は、アギトのことで」
「あれ、もしかしてバレました?」
なんて口を滑らせる翔一を肘で小突くが、「は? 何のことです?」と幸いにも誠には悟られずに済んだ。
「何でもないです。それで、アギトがどうしたんですか?」
と何とか千歌が取り繕うと、誠は続けた。
「君たちも、アギトに助けられたことがありましたね。我々は、アギトが人間であるという確証を掴んでいるんです。そこでお尋ねしたいんですが、どんな人物だと思いますか、アギトのこと」
誠の真剣な眼差しから逃れるように、翔一は乾いた笑いを零すと千歌に耳打ちしてくる。
「何て言ったら良いんだろう?」
「分からない、て誤魔化したらいいじゃん」
「いや、でも俺アギトだ、てバレちゃってるし………」
「え⁉」と思わず大声をあげてしまった。続けて何日も警察にいたのはそういう事だったのか、と納得できる。眉を潜める誠にふたり揃って笑顔で誤魔化しつつ、顔を背けて再び声を潜める。
「バレたって、警察の人に?」
「うん、北條さんと小沢さんにバレちゃってさ」
「それって大変なことじゃん。何で言ってくれなかったの?」
「すぐ帰ってこれたし、別に大したことじゃないかな、て」
「だから大変なことだよ。でも何で氷川さん知らないんだろ?」
「言い辛いんじゃないかな? 俺アギト、て柄じゃないし」
「まあ、それは確かにそうだけど」
「え………」
ひとまずここは何としても乗り切らないと。千歌の口からも言い辛い。何故かは判然としないが、何となく。
向き直った千歌は逆に尋ねた。
「氷川さんはどう思います? アギトのこと」
「それは………」と俯き言葉を探っている彼に、自然と前のめりになっていく。顔を上げた彼が不自然な咳払いをして、いつの間にかふたり揃って必要以上に顔を近付けていたことに気付き引っ込めた。
「今まで何度もアンノウンを倒し、人々を護ってきたんです。きっと、強くて頼もしい人物に違いありません」
「そんな」と言いながら、翔一は満更でもなさそうに笑っている。
「いやあ、照れるなあ。どうもどうも」
「照れる? 何故君が照れるんですか?」
笑って誤魔化す翔一を千歌はじ、と眺める。
強くて頼もしい。
翔一が。
いつも家事と畑仕事に精を出す翔一が。
寒い親父ギャクばかり飛ばす翔一が。
強くて頼もしい?
「ちょっとイメージが違うような………」
眉を潜めながらひとり呟く。誠の弁は止まらない。
「勿論、強くて頼もしいだけじゃありません。優しい心の持ち主でしょう」
まあ優しいのは事実だけど。でもアギトを語る誠はまるで陶酔しているかのようで、照れていた翔一は流石に顔を強張らせていく。
これは何となくどころじゃなく、絶対に言えない。誠の中のアギトのイメージが崩れてしまう。彼にとってのアギトとは、完全無欠の聖人君子なのだろうか。
「もう良いですよ氷川さん、何か背中がこしょばゆくって………」
き、と誠は翔一を睨み、
「だから何故君がそうなるんです? 津上さんはアギトの正体を知ってるんですか?」
「知ってるというか、何というか………」
「どういう意味です?」
ふたりの熱気が上昇していくのを感じるのだが、大人ふたりの宥め方なんて千歌は心得ていない。こんな時に志満がいてくれたら、と長姉の早い帰宅をただ祈るしかない。
「君にアギトの何が分かるんですか? 僕はこれまで何度もアギトに助けられたんです。きっと高潔で純粋な人物に決まってます」
「いや、氷川さんはアギトのこと何も分かっちゃいないですよ」
その言葉が地雷だったらしく、とうとう誠は沸点を迎えた。
「だからどういう意味かと聞いてるんです!」
「ああもう氷川さんはアギトを美化し過ぎですって! 普通の奴ですよ普通の!」
「そんなことありません! アギトは――」
そこで、襖が開いた。にこやかな笑顔を浮かべた長姉が立っている。
「志満姉」
と千歌は安堵と共に力の抜けた声を発した。志満は顔面に貼りついた笑顔を崩すことなく、いつもの穏やかな声で言う。
「他のお客様の迷惑ですよ、ふたりとも」
頭が冷えたのか、誠は眉間に手を当ててから「済みませんでした」と頭を下げる。「ああいえ、俺の方こそ」と翔一も頭を下げる。何だか親に叱られた子供みたい、と思わず笑ってしまいそうになった。
「今日は、本当に済みませんでした」
玄関でそう頭を下げて出て行く誠を見送ると、志満に訊かれた。
「あんな氷川さん初めて見たわね。何のお話してたの?」
「………アギト、かな」
「あぎと?」
3
船着き場のラウンジに吹く夜風が、テーブルに置いたノートのページを捲ろうとしている。開かないように表紙を手で押さえながら、果南は事を頭の中で整理する。
集めなければならない希望者は残り43人。
期限は地区予選の日の深夜0時まで。
最後のチャンスは地区予選の票集め。
確認すればするほど途方もない。本当に叶えられるだろうか。弱音を吹き飛ばすほどの自信はどこにもない。一縷の望みはこのノートの中にあるけれど、開く勇気がない。果南はこれまで、ダンスパフォーマンスのアイディアは常にノートに綴ってきた。でも今ここにあるノートは現在使っているものとは違う。自室の棚に放置したまま、忘れようとしていたものだ。このまま忘れたままでいれば良かったのに、どうして今更になって思い出してしまったのか。
「やっぱりそれしか無いかもね」
と、こんな時間に呼び出してきた当人がダイヤと共に歩いてくる。
「懐かしい。まだ持ってたんだ、それ」
隠すように、果南はノートを胸に抱いた。このノートは、まだ3人だった頃のAqoursで使っていたもの。昔の思い出が詰まった品なのだが、ページを捲っても思い出してしまうのは後悔だ。それなのに捨てずに持ち続けていたのは、まだ未練があるのか。
「まさか、やるなんて言うんじゃないよね?」
「まさか、やらない、て言うんじゃないよね?」
当たり前だよ、と言いたいが、やはり未練があるのか口に出せない。それを良いことに鞠莉は続ける。
「状況は分かっているでしょ? それに賭けるしかない」
「でも――」
「わたし、あの頃の気持ちと変わってないよ」
「鞠莉………」
こちらを見据える鞠莉の目が、恐ろしいとすら感じてしまう。このノートの中身に綴られたもののせいで、最も被害を受けたのは鞠莉なのに。
静かに構えていたダイヤが口を開いた。
「今回はわたくしも鞠莉さんに賛成ですわ。学校の存続のために、やれることは全てやる。それが生徒会長としての義務だと思っていますので。それにこれが、ラストチャンスですわ」
ラストチャンス。折角の機会。これを逃せば次は無い。あの頃だって、そう言って強行して失敗に終わった。同じ轍は踏まない。それは果南がスクールアイドル復帰のときに決めた。練習のコーチを務めたのだって、千歌たちが無茶をしないようにするため。
「でも、できることじゃない。これはできないこと」
「そんなことはない」と鞠莉は言う。
「あの時ももう少しだった。もう少しで――」
「でもできなかった。それどころか、鞠莉の足まで………」
「あの怪我はわたしがいけなかったの。果南に追いつきたい、て頑張り過ぎたせいで」
そう、このノートは、3人が離れてしまった原因。果南の出したアイディアのせいで鞠莉は怪我をして、結果として3人だった頃のAqoursは解散した。実力以上のパフォーマンスがどれほど危険なのか、3人とも嫌というほど理解しているのに。
「それに今は9人。わたくし達だけではありませんわ」
ダイヤもそう言ってくる。今まで鞠莉のストッパーだったダイヤまで。彼女にそこまで言わせるという事は、それほど切迫しているということ。それは分かっている。
「駄目……、駄目だよ。届かないものに手を伸ばそうとして、そのせいで誰かを傷付けて、それを千歌たちに押し付けるなんて………」
鞠莉はやけになっているだけだ。アギトなんていう得体の知れないものになろうとしていて、その先にある未来が視えなくて。
もう人間として生きていけないのかもしれない。木野のように、涼のようになってしまうのかもしれない。しまいにはアンノウンか、もしくは裡にある力に殺されてしまうかもしれない。
残された時間を全力で駆けたい。その気持ちは、同じ運命を抱えた果南も理解できる。きっとダイヤも、運命を受け入れて鞠莉に同意したのだろう。
でも、そんな哀しい決断を千歌たちに託したくない。千歌以外の、自分たちと同じ運命の後輩たちにだって、不明瞭な未来を示したくない。知らないのなら、最期まで人間として過ごさせてやるのが情けというものだ。
ああ、鞠莉はこんな気持ちをずっと抱えていたんだ、と今更になって気付く。果南とダイヤをあかつき号から遠ざけようとしたのも、思い出させまい、と隠しているのも理解できてしまう。同時に強い罪悪感が襲ってくる。鞠莉ひとりにこんな気持ちを抱えさせて安穏と過ごしてきたなんて。
「こんなの!」
ノートを海に放り投げた。直後、果南の横を鞠莉が駆け抜けて、柵を飛び越えて海へ落ちようとするノートへ手を伸ばす。一瞬遅れて、鞠莉は盛大な飛沫を上げて海面に着水した。まだ泡が弾けている真っ暗な水面から、また飛沫が上がる。浮かんできた鞠莉の掲げる右手には、海水に濡れたノートがしっかりとあった。
ダイヤの手を借りて桟橋に上がった鞠莉は、水を吸って重くなった服を雑巾のように絞る。
「否定しないで、あの頃のことを。わたしにとっては、とても大切な思い出」
ノートを握る鞠莉の碧眼を見て、果南は自分の勘違いに気付く。鞠莉の目にはまだ光があった。もう残された時間が少ないとか、未来がないとか、そんな絶望は全く感じられない。
「だからこそ、やり遂げたい。わたし達の夢見たAqoursを完成させたい」
濡れてページがふやけたノートを鞠莉は差し出す。このノートの中にあるのは過去じゃなく未来よ、とばかりに。
彼女は諦めていない。
学校も。
自分の未来も。
震える手でノートを手に取ると、鞠莉は満足そうに笑った。
「やっと、向き合うようになったわね。じゃあわたしも、向き合わなくちゃ」
その言葉の意図が分からず、果南は眉を潜める。鞠莉はポケットからスマートフォンを出すのだが、水没したせいで故障に気付きダイヤから端末を借りた。
「Maryだけど今から会える? 淡島にいるから」
通話はすぐに終わり、端末をダイヤに返す。「誰が来るの?」と果南が訊いても、鞠莉は「来てからのお楽しみ」とはぐらかした。
その人物は、そう待たずに小型ボートで島の船着き場へやってきた。宵闇に溶けそうな黒装束に、夜だというのに黒いサングラス。その姿を認め、果南はダイヤの肩を掴んで後方へと下がる。
「果南さん?」
「あの人が木野薫」
それだけ耳打ちすると、ダイヤの顔からさ、と血の気が引いた。鞠莉だけは堂々と、船から島に上がる木野を出迎えている。
「Ciao、薫」
サングラスを外した木野は全身を濡らす鞠莉へ訝し気な視線を送っていたが、敢えてそこには触れなかった。
「どういうつもりだ? 俺はお前の命を狙っている。忘れたのか」
「ぶっちゃけtalk、しなきゃいけないと思って。ずっと鬼ごっこだったから」
正気か、という木野の疑念が果南にも伝わってくる。この直感も、アギトの力の予兆だろうか。
「わたしはもう逃げない、て決めたの。薫からも、アギトからも」
「考えてみろ。アギトの力はお前には重すぎる。そこにいるふたりにもな。お前たちに、この力の苦痛に耐えられるか? 俺がお前たちを狙うのは、お前たちを苦しみから救うためでもある」
何て勝手な理屈だ。恐怖の中で、果南は怒りを燃やす。いつか苦しみに苛まれて果てることになっても、誰かに決められるなんて御免だ。ましてや救いだなんて理由を付けられて。
はあ、と鞠莉は深く溜め息をつく。
「あなたはアギトになってから変わったわ。前のあなたは優しくて強い人だったはずよ。それなのにどうして………」
「アギトの力は凄まじいものだ。それによって俺は、本当の自分に目覚めたんだ」
「違うわ、本当の薫は――」
「黙れ。何も知らない子供に何が分かる」
木野はサングラスをかけ、
「お前を殺すのは、もう少しだけ待ってやる。お前もアギトになれば分かるはずだ。本来の自分というものがな」
エンジンが駆動すると、木野を乗せたボートは桟橋から離れていく。宵闇のなかですぐにその姿は溶けていき、エンジンの音だけがさざ波のなかに響いていた。ひとまずの嵐が去ると、果南は膝の力を抜く。「果南さん」とダイヤに肩を借りて起こしてもらうと、ひどく汗をかいていることに気付いた。
「鞠莉、呼ぶなら言ってよ。本当に死ぬかと思ったじゃん」
「Sorry」と軽口を返す鞠莉に続けて文句を言おうとしたが、それは彼女の震える脚を見て喉元に押し留めた。震えは、濡れたせいじゃないだろう。
「わたくし達は、いつまでわたくし達でいられるのでしょう?」
ぼそり、とダイヤが呟いた。自分たちの中に眠るアギトの力。それが目を開き発現したとき、今度こそ木野は襲ってくる。あるいは木野のように「本来の自分」を見つける。そこから先は何があるのだろう。あの男の言うように、人間の可能性を否定する存在やらと戦わなければならないのだろうか。
「考えても仕方ないわ」
先のことは分からなくても、鞠莉には目先のやるべき事が分かっているようだった。
「涼の様子、見に行きましょ」