ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 今更ながら気付きました。この更新ペースだと完結まで2年かかります。
 他にも書きたいの沢山あるのにな………。




第6話

 

   1

 

 天気予報では曇りのち晴れ、とキャスターは言っていた。本当に晴れるだろうか、と千歌は少しだけ心配になりながら灰色の雲に覆われた空を見上げる。船に乗ることに慣れていないのか、淡島への連絡船で梨子は居心地悪そうに座っている。

「わたし、ダイビングなんて初めて」

「大丈夫、ちゃんとインストラクターが付いてるから」

 緊張した面持ちの梨子に曜がいつもの溌剌とした言葉を向けている。凄いな、と千歌は思った。あんなことがあっても冷静でいられるなんて。千歌は十千万の目の前にある三津海水浴場へ視線を向ける。1年半前、記憶を失った青年が波打ち際に倒れていた海岸へと。

 彼が高海家に来る3日前に、千歌は志満から青年を家で預かることになったという報告を受けた。青年が記憶喪失だという話を聞いたとき、千歌はとても驚いた。海岸で意識を取り戻した青年の第一声は「靴が濡れちゃいますよ」で、通報を受けて駆け付けた巡査に対しても青年は笑みを浮かべて対応する余裕を見せていた。青年の事情聴取を担当した巡査もかなり驚いていたらしい。過去の記憶が一切なく自分の名前すらも分からないというのに、青年の明朗快活な態度に終始困惑していたとか。

 病院での検査、カウンセラーによる診断でも青年は心身共に健康で、社会生活に支障なしと警察は判断した。そうなると彼の後見人は誰に依頼するべきか、ということになったのだが、その役目は志満に回ってきた。家が旅館を経営しているのなら、住み込みの従業員として雇ってはどうか、と警察から頼まれたらしい。発見者である千歌の親族という責任感からか、志満は了承した。

 警察は青年の身元を突き止めることができなかった。青年は財布も携帯電話も、身元が分かるものは何一つ所持していなかった。唯一の所有物は、ポケットに入っていた1通の封筒。中身はなく、差出人の名前も海水に浸かっていたせいでインクが溶けて読むことができない。

 ――津上翔一です。今日からお世話になります――

 志満に連れられて十千万にやってきた日、青年は笑顔で千歌と美渡に挨拶した。青年は自分の名前を言い慣れていないように見えた。自分の存在を証明するものとして、実感が沸いていないような。青年が名乗ったのは、彼が所持していた封筒の宛先として綴られた名前だ。封筒は今でも高海家で保管している。

 津上翔一

 それが、記憶喪失の青年が戸籍と共に与えられた名前だった。

 

 

   2

 

 淡島の船着き場の近くにあるダイビングショップには客が殆どいなかった。曇りの日はダイビング日和じゃないからこんなもの、と自嘲する店主の果南は随分と世慣れしたような雰囲気を醸し出していて、とても年齢がひとつしか違わないようには見えない。

 千歌が梨子のことを紹介すると、事前に話を聞いていたのか果南は「音ノ木坂から来た転校生?」と梨子のことをまじまじと見つめていた。

「そうなんだよ、あのμ’sの」

 「そんなに有名なの?」と梨子が訊くと、「へえ、知らないんだ」と果南は意外そうに言った。μ’sとはスクールアイドルの界隈では知らない人はいない程の有名グループらしい。自分が通っていた高校にそんな人たちが在籍していたなんて、梨子は全く知らなかった。友人はそれなりにいたが、会話のなかでμ’sもスクールアイドルも登場したことはない。

 挨拶もそこそこに、千歌と曜がウェットスーツに着替えている間、初めての梨子は果南からダイビングについての簡単なレクチャーを受けた。シュノーケルでの呼吸、耳抜き、フィンを装着しての泳ぎ、海中での意思疎通のためのジェスチャー。あまり難しいことではなさそうで、不安は少しだけ和らいだ。

「海の音か………」

 曜とスーツの着心地を確かめている千歌を眺めながら、果南がぽつりと呟く。

「松浦さんは、海の音を聴いたことがあるんですか?」

 梨子が訊くと、果南は波打つ海面へと視線を移し、

「聴いた、っていうか、イメージは何となくね」

「イメージ?」

「水中では、人間の耳には音は届きにくいからね。ただ、景色はこことは大違い。見えてるものからイメージすることはできると思う」

「想像力を働かせる、ってことですか?」

「ま、そういうことね。できる?」

 ダイビングが初めてなのだから、海の音をイメージする余裕があるのか分からない。でも、ここまで来て何も得られず徒労で終わらせるわけにもいかない。この海に音があるのなら、必ず聴いてみたい。

 梨子自身の音を見つけるためにも。

「やってみます」

 

 実際に潜ってみると、ダイビングはそれほど難しいものではなかった。鼓膜で感じ取る気圧の変化は耳抜きで調整できるし、フィンのおかげでそれほど強く脚を動かさなくても水をかくことができる。ウェットのおかげで水の冷たさは苦にならない。

 梨子は海の底を眺める。真っ暗で底が見えない。深く潜れば潜るほど深淵に吸い込まれそうで、二度と這い上がれないような恐怖を覚える。水中メガネ越しに見える海中の塵はまるで雪のようだ。これは海の底で朽ちた死骸の一部なのだろうか。見えない底には様々な海洋生物の死骸が横たわっていて、それは墓場なのかもしれない。

 果南の言った通り、海中はほぼ無音と言ってもいい。聞こえるのは梨子の吐いた気泡が弾ける音だけ。それも梨子の体内で発した音で、梨子の骨格を通じて鼓膜に届いただけに過ぎない。海は音を発していない。とても静かだ。光も音も届かない世界。

 息が続かなくなり船に上がる。水中メガネを上げて呼吸を整えると、よほど落胆した顔をしていたのか曜が「駄目?」と訊いてくる。

「うん、残念だけど」

 海に身を沈めれば、自然と音を聴けるのではないかと期待したが、そう簡単なものではなかった。海はどこまでも広くて深く、そして虚しい。

「イメージか、確かに難しいよね」

 千歌はそう言うと、空の灰色を映す海を眺めてぽつり、と呟いた。

「翔一くんは聴いたことあるのかな………」

 翔一とは誰だろう、と梨子が思っていると果南が、

「翔一さんまだ帰ってきてないの? 連絡はした?」

「翔一くん携帯持ってないから………」

 友人だろうか。果南が敬称で呼んでいることから、彼女より年上のようだが。果南はふ、と笑みを零した。

「翔一さんにとって、海の音は千歌と曜の声だったかもしれないね」

 「え?」と千歌と曜は果南へと向く。

「真っ暗な海の底からふたりの声が引き揚げてくれて、だから目を覚ました。そう思うとロマンチックじゃない?」

 果南は明後日の方向を向くと、また笑みをひとつ零す。

「にしても、何度聞いても笑っちゃうよね。目覚まして第一声が『靴が濡れちゃいますよ』って。でも翔一さんらしいかな」

 千歌と曜は無言のまま互いを見つめ合っている。その翔一という人と何かあったのだろうか。思えば翔一という名前が出た途端、ふたりの表情は一気に沈んだように見える。何かがあったに違いない。あまり良いことではなさそうだ。でも、梨子はその翔一という人に会ってみたいと思った。その人が聴いた音がどんな音か聞いてみたい。

「真っ暗か………。もう1回いい?」

 そう断りを入れて、千歌は曜と一緒に再び海へと飛び込む。梨子も水中メガネを下げて、ゆっくりと海水へ身を沈めた。

 千歌と曜は目的地を見出したのか海中を進んで、梨子はふたりの後をついていく。藍色が深く濃くなった海中の暗闇は、まるで梨子の心を映しているようだ。自然とあのコンクールの日を思い出す。思えば、あの日から梨子の心は海の底に沈んでいるのかもしれない。一切の光も届かない底なしの暗闇へと。

 不意に、視界が明るくなった。ほんの微かに。

 待っていたかのように、千歌と曜が頭上を指さす。見上げると水面に太陽が浮かんでいた。雲が晴れたのだろう。日光が海中に射し込んできて、穏やかな波と共に光が揺らめいている。日差しにあてられた海中の粒子が光っていて、それはまるで音符が泳いでいるような錯覚にとらわれる。これらの取り纏めのない音符を集めて譜面に並べたら、曲になるのだろうか。

 梨子は海面に映る太陽に両手をかざした。ピアノを弾くように、指で見えない鍵盤を叩く。ピアノの旋律が聴こえた。ただ音階をなぞるのではなく、しっかりとメロディーを伴って。初めて聴くメロディーだった。まだ聴いたこのない、梨子の作ったことのない音の連なり。

 でも、まだ足りない。曲としてまだこの音は完成していない。もっとこの音を聴きたい。その想いに従って、梨子は光を目指して上へと昇っていく。光に手が届こうとしたとき、様々な音が一斉に鼓膜へと飛び込んできた。波の音。カモメの鳴き声。船のエンジン音。もう少しで手が届くはずだった光は雲が晴れた空高くで燦々(さんさん)と輝いている。あんなに遠くては掴めそうにない。

「聴こえた?」

 上がってきた千歌が訊いてきて、反射的に「うん」と梨子は応える。

「わたしも聴こえた気がする」

 千歌は自分でも驚いているようで、数舜遅れて上がってきた曜も、

「本当? わたしも!」

 皆で同じ音を聴いたのだろうか。だとしたら、あのメロディーは梨子の裡から沸いたものではなく、海が与えてくれた音だったのか。そんなことは有り得ない、と普段なら否定するだろう。でもこの時ばかり、梨子はそんなロマンチックなことが起こっても良いかな、と思った。

 海には音がある。

 暗い底から引き揚げてくれる、灯のようなメロディーが。

 

 

   3

 

 内浦の船着き場で梨子と別れて、千歌は曜と一緒に帰路へついた。梨子はすぐに帰ろうとせず、しばらく海を眺めていたいらしい。イメージが更に膨らむ気がするのだとか。

「海の音、確かに聴こえたよね」

 確認するように千歌は言った。「うん、聴こえたよ」と曜は応えてくれる。まるで夢でも見ていたような気分だ。ダイビングは何度か経験があっても、「海の音」なる体験は初めてだ。千歌にとってはふ、と現れて消えるように儚い音だったが、梨子はあれから曲に仕上げてしまうのか。

「翔一くんも、同じ音を聴いたのかな?」

 千歌が言うと曜はふふ、と含みのある笑みを零し、

「聞きたいよね。翔一さんの聴いた海の音」

「うん、でも………」

 翔一くんはいないんだ。その言葉を裡に留めると寂しさが込み上げてくる。奇妙なものだった。あれほど怖れていた翔一がいなくなって寂しいだなんて。いや、確かに感じていたはずだ。ただ恐怖で誤魔化していただけだ。

 ちゃんと本人から話を聞いていない。たとえ姿が変わっても、あの戦士が翔一であることに変わりはないはずだ。いつも料理を食べる千歌を見て嬉しそうに笑っていたあの翔一が、強靭な力を持ったとして他人を傷つけることに使うはずがない。

「わたし、翔一くん探してみる」

 千歌が決意を表明すると、曜は「え?」と目を丸くした。

「探すってどうやって? 翔一さん携帯持ってないんだし」

「何とかしてみる!」

 翔一を探すためなら何だってしてみせる。たとえどこに行っても、地の果てまで追いかける。その決意を瞳に込める千歌を曜は呆然と見つめ、次に笑みを零す。

「じゃあ、わたしも探す」

 「曜ちゃん……」と呟く千歌は、感激のあまり涙が零れそうになる。スクールアイドル部に入ってくれたときも、こんな感じだった。曜は千歌が本気と分かると、とことん協力してくれる。こうして笑顔で、それが当然であるかのように。

 本当に良いの、という問いを喉元に留め、千歌は宣言した。

「うん、絶対に見つけようね!」

 

 まずは色々と準備が必要だ。ひとまずは警察へ捜索願を出しに行こう、と曜が提案してきて、千歌はその手があった、と思った。それが最も見つかる可能性が高い。けど高校生の自分たちではまともに取り合ってくれるか不安だから、志満か美渡に同伴してもらおう。

 上手く段取りを見据えている曜と共に十千万へ入ろうとしたとき、千歌は数台分だけのスペースが設けられた駐車場で脚を止める。曜も駐車場に停めてあった機械に気付いて、千歌にならった。

 翔一の移動手段として美渡から譲られた、VTR1000F。

「もしかして……」

 続きを言う前に、千歌の脚は無意識に裏の畑へと向かっていた。あとを曜がついてくる。大根やほうれん草の葉の緑色に満ちた畑の中心で、見慣れた青年の背中が見えた。

「翔一くん!」

 千歌の声に振り返った翔一は逃げもせず、かといっていつもの笑顔も見せず、所在なさげに口を結んでほうれん草へと視線を戻す。

「短い家出でしたね」

 曜が呆れたように、でも嬉しそうに言う。翔一は千歌たちには一瞥もくれず、畑を見下ろしながら沈んだ声色で、

「こいつらの面倒頼むの、忘れてたから………」

 たったそれだけのことで戻ってきたのか。翔一らしい理由だ。他人にとっては大したことなくても、翔一にとってこの畑は自分の子供も同然かもしれない。彼は高海家でずっと野菜を育ててきた。野菜と共に、記憶を失った空虚を埋めるために津上翔一という自己を育んできたのかもしれない。

 千歌の胸の奥にあった溜まりが一気に消え失せた。

「わたしじゃ上手くできないよ。やっぱり翔一くんじゃなきゃ」

 翔一は千歌に目を向けた。とても不安げで、何か言いたそうに口を開くもすぐに閉じて、目を逸らす。「ごめんね」と千歌は言った。

「この前は驚いて逃げ出しちゃって………」

「当然だよね………」

 「あれって、何なんですか?」と訊いたのは曜だ。

「………分からない」

 弱く答える翔一に、「翔一くんも変身してたよね?」と千歌が質問を重ねる。

「あれは何なの?」

「だから分からないんだよ。ただ、俺戦わなくちゃならないんだ。あいつらと」

 そこで千歌は思い出す。この畑で翔一が語った、彼が十千万にいる意義を。

「みんなの居場所を守るために?」

 そう言うと、翔一は逡巡を挟み無言で頷く。やっぱり、と思うと笑みが自然と零れた。どこまでも翔一らしい。戻ってくる理由も、戦う理由も。自分のためでなく他人のためであるところが。

「だったら、自分の居場所もきちんと守ってよ。ここが翔一くんの居場所なんだから」

「じゃあ、ここに居て良いの?」

 不安な顔で尋ねる翔一に、千歌は頷く。

「俺のこと、怖くないの?」

 「怖くない」と千歌は即答した。嘘じゃなかった。むしろ、あの戦士の力を持ったのが翔一であることに安心できる。なぜなら――

「だって翔一くんは翔一くんだもん」

 生まれ育った十千万は千歌の居場所。志満と美渡としいたけのいる、千歌の家だ。血縁上、翔一は赤の他人でしかない。でも生まれも育ちも違う、血の繋がりが無いからといって、翔一だけを爪弾きにできるだろうか。それだけで居場所を決める規範なんてどこにもない。千歌が居てほしい、と望む。それだけで十分だ。その存在で千歌が幸福を感じ取れることが、翔一の居るべき理由になるのだから。

「でも、本当に怖くない? 無理してない?」

 尚も翔一は尋ねてくる。痺れを切らしたのか曜が笑いながら、

「もう、いつもの翔一さんに戻ってくださいよ」

「いつもの、俺?」

 それって何だろう、と自問しているのが表情で分かる。明後日の方向を見つめる翔一に、千歌は言った。

「いつもの翔一くんなら、そろそろ晩御飯の支度してるよ」

 「ほら」と千歌は翔一の腕を掴んだ。もう片方の腕を曜が掴み、家の中へと引っ張っていく。最初はうろたえたものの、ふたりに歩幅を合わせて歩き始めた翔一は口角を上げて訊いてくる。

「何食べたい?」

 それは、いつもの翔一の笑顔だった。

 

 

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