ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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今回は氷川誠といえば、高海千歌といえば、な場面を盛り込んだら長くなりました(土下座)

分割すべきとは思ったのですが、分けたら中途半端になってしまうので止む無く一気に公開することになりました。




第5話

 

   1

 

「行きまーす!」

 手を挙げて張り上げた声が、体育館の広い空間に反響していく。

「千歌ー!」

「頑張ってー!」

 練習所を貸してくれたバレー部員たちの声援に駆け足で応じ、皆の想いを背負って見事に成功――

 と行きたいところだったのだが、無様にも千歌の体はうつ伏せに倒れる。こうなる事を見越して床には体操用のマットを敷いていたから痛みはない。

「大丈夫?」

 バレー部のエリアの方からそんな声が飛んできて、「だ、大丈夫」と弱く応じながら体を起こす。打ち身はないけれど、慣れない動きを繰り返してきたせいか肘や膝の関節が軋んだ。心配してくれた翔一が生姜で作ったお手製の湿布を貼ってくれたのだが、効いているのだろうか。

「もう1回」

 最初の位置に戻ろうとしたところで「少し休もう」と梨子が止めてくる。

「5日もこんな調子じゃ、体壊しちゃうよ」

「ううん、まだ大丈夫。もうちょっとで掴めそうで」

 試しに肩を回してみる。多少の鈍痛はあるけど、大したものじゃない。大丈夫、まだ動ける。

 曜が諭すように、

「地区大会まで、あと2週間なんだよ。ここで無理して怪我したら………」

「うん、分かってる。でもやってみたいんだ」

 千歌は自分の立っている場所――体育館のステージの感触を靴底で確かめる。曜と梨子と3人で、Aqoursとして初めて歌い踊ったステージ。

「わたしね、1番最初にここで歌ったときに思ったの。皆がいなければ何もできなかった、て」

 危うく絶望の底に叩き込まれそうになった初めてのステージ。誰からの応援も貰えなかった東京でのイベント。決して平坦じゃなかった道を駆け抜けてこられたのは、千歌と一緒になってくれた皆がいたから。この9人だけじゃない。

「ラブライブ地区大会の時も、この前の予備予選の時も、皆が一緒だったから頑張れた。学校の皆にも、街の人たちにも助けてもらって」

 そう、これまでの頑張りの中にいたのはAqoursだけじゃない。応援してくれた学校の生徒。見守ってくれた街の大人たち。脅威から守ってくれていた誠や涼に翔一。

「だから、ひとつくらい恩返ししたい。怪我しないよう注意するから、もう少しやらせて」

 

 結局、学校での練習で千歌は成功までには至らなかった。それでも彼女は諦めず、帰宅後も夕焼けの三津海水浴場での練習に励んでいる。浜辺は足場こそ悪いけど、砂が良いクッションになってくれるから千歌の体を優しく受け止めてくる。

 一体、あの子の何があそこまでさせるんだろう。あんなに小さな体で、わたし達みたいな力もないのに。

 打った尻をさする彼女を、果南は曜と梨子と共にただ見ていた。

「大丈夫?」

 曜が声を飛ばすと「平気だよー」と返ってくる。このやり取りも何度目だろう。様子を見に来るたびに千歌の体には湿布や絆創膏が増えているのに、のに本人は何でもないような顔をしている。痛いのは、傍から見て明らかなのに。

「気持ちは分かるんだけど、やっぱり心配」

 梨子が呟いた。「だよね」と曜も同意する。

「じゃあ、ふたりで止めたら? わたしが言うより、ふたりが言ったほうが千歌は聞くと思うよ」

 試しに果南が言ってみると、ふたりは揃って口をつぐむ。車の音が聞こえてちらり、と振り返ると、十千万の駐車場に黒のクラウンが入っていくのが見えた。停まった車からすっかり顔馴染みの青年刑事が出てきて、ネクタイを締め直しながら玄関へぎこちない足取りで歩いていく。

 何だろう、とは思ったが疑問は保留にして、

「嫌なの?」

 逡巡を挟んで答えたのは梨子だった。

「言ったじゃない。気持ちは分かる、て」

 「うん……」と曜も頷く。友達なら、本当に千歌を想うのなら止めるのが最善。だけど、こればかりは千歌だけでなく自分たちAqoursの問題。千歌を止めるという事は、Aqoursの次の進歩を止めてしまう事と同じになってしまう。

 もうただの友達じゃない。運命共同体の仲間ということ。それが果たして、今は良い事なのかは、千歌次第になってしまうのだが。

「千歌ちゃん、普通怪獣だったんです」

 唐突に梨子から告げられ、「怪獣?」と反芻する。そういえば、幼い頃に千歌と怪獣ごっこをして遊んだことがあった。手加減できなかった果南が千歌を泣かせてしまって、お仕置きに千歌の父から怖い怪談話を嫌というほど聞かせられたものだった。

「普通怪獣ちかちー。何でも普通で、いつもキラキラ輝いてる光を、遠くから眺めてて。本当は凄い力があるのに」

 その「普通」であることが、千歌を奮い立たせるのだろうか。何となく彼女が「輝き」にこだわる理由が分かった気がする。輝きを見る側ではなく、輝きを放つ側になりたい。憧れた人たちのように。

「自分は普通だ、ていつも1歩引いて」

 曜が苦笑と共に漏らした。言われてみれば確かに、幼い頃から千歌はふと引っ込み思案な面を垣間見せていた気がする。曜と一緒に通っていた水泳教室もすぐに辞めて、果南がダイビングスクールに誘っても断られたことがある。

 ――わたし、果南ちゃんみたいに上手くできないから――

 苦笑と共に、千歌はそう言っていた。普通な自分が何をしたところで何もならない。そんなコンプレックスを越えて熱中できるスクールアイドルという場を見つけることができたのは、果南としても嬉しくはある。

「だから、自分の力で何とかしたい、て思ってる。ただ見てるんじゃなくて、自分の手で」

 梨子は言った。浜辺に腰を打った千歌は、海に沈もうとしている太陽に手を伸ばしている。輝きを掴もうとしているように。何度すり抜けられようが、絶対に手にしてみせる、と。

 できることなら、果南だって千歌の意志を尊重してあげたい。でも、こればかりは目を瞑っていられない。身の丈以上のものを求めた末路を知っている以上は。

 普通で結構じゃないか。普通でなくなることで、失ってしまうものも存在する。無理なんてしなくていい。あの子はあの子のままでいたら良い。アギトの力なんて持たない、普通の人間として。

 果南は立ち上がる彼女に歩み寄った。

「千歌」

 

 

   2

 

「いやあ嬉しいな氷川さんが来てくれるなんて。何か俺ちょっと嫌われちゃったかな、て思ってたから」

 朗らかに笑いながら、翔一はお茶を持って来てくれる。

「あれ、こっち座ってください」

 促され、誠は「は、はい」と座布団の上に正座する。

「す、すみません。アギト、であるあなたにお茶を淹れさせてしまって………」

 今まで通り接していけば良い。そう思い訪問したのだが、やはり本人を前にするとどうしても緊張で声が上擦ってしまう。思えば今まで、アギトに対して何て失礼な態度を取ってしまったのか。

「いつもの事じゃないですか」

 そんなアギトである翔一はいつも通り笑いながらお茶を啜る。いつまでも自分のお茶に手を付けない誠は「どうぞ」と促され、せっかくの厚意を無下にするわけには、と湯呑を手に取ろうとする。だが震える手で取った湯呑はすぐに滑り落ち、注がれていたお茶をテーブルにぶちまけてしまう。

「あ、熱い!」

 翔一は手際よく布巾でテーブルに広がるお茶を拭き取りながら、

「大丈夫ですか? 氷川さんちょっと固くないですか? よしましょうよお見合いじゃないんですから」

 この青年は何でいつもの調子を崩さずにいられるのだろう。この大らかさがアギトたる所以なのだろうか。

「ええ、実は今日はお礼が言いたくて伺ったんですが……。今まで何度も助けてもらって――」

「いやいやお互い様ですよ。俺だって氷川さんに助けてもらったことあったし」

「で、でも大変ですよね。アギト、であることは……ある意味で、悲劇的なことです………。そんな訳の分からない運命に翻弄されてしまって………」

「いやあ普通ですけど」

「さ、参考までに……色々と教えてください。例えば、あなたは……どんな理想を持って生きてるんですか?」

 「理想、ですか……」と翔一はしばし悩むように逡巡した後に、

「快食快便です!」

 一瞬どういう意味だ、と思った。遅れてよく食べよく出す、ということに気付く。

「それは……大事なことだとは思いますが………」

 まあ翔一らしいと言えば翔一らしい。ただ、誠は翔一らしさを知るために来たんじゃない。翔一からアギトらしさを見出すために来た。彼がアギトである理由を知るまでは、おめおめと帰るわけにはいかない。

「では、アギト、としての日々の活動を教えてください」

「日々の活動ですか………」

 再び悩むように逡巡して、翔一は何か思いついたのか、

「そうだ」

「何です?」

 鼻息を荒げる誠に「ちょっと待っててください」と言って、翔一は台所へと引っ込んでいく。何を見せてくれるんだろ、と少し楽しみにしていると、そう時間も掛からずに翔一はお盆を手に戻ってきた。

「お待ちどうさま」

 とテーブルに置かれた深皿に山盛りになった中身を、誠は凝視する。

「………栗?」

「今日朝一で茹でたんです。秋と言えばやっぱこれでしょ。ほら、ふたつに切ってますから、スプーンで掬うと食べやすいですよ」

 翔一は上機嫌に栗を食べ始める。これが、アギトとしての日々の活動。朝一で栗を茹でて、来客の誠に振る舞うことが。

 分からない。話せば話すほど翔一のことが分からない。何でこんな青年にアギトの力が宿ったのか、誠は何も言えないまま首を傾げる。

 いや、簡単に決めつけてはいけない。高海家の家事請負とアギトの二重生活を送るために、何かしらの努力はしているはずだ。そうでなければアンノウンと戦えるはずがない。

「で、では……何か特別な、訓練とかはしていますか?」

「いやあ、俺どうもそういうの苦手なんです。訓練なんてやめてくんれん(・・・・)、なんて」

 と自分の駄洒落で笑いだす翔一に、次第に誠にも苛立ちが募ってくる。

「もしかして、からかってるんですか?」

「そんなまさか。あれ、それよか氷川さん食べないんですか? 美味しいですよ栗」

 と翔一は2個目の栗を食べ始める。何だか緊張していた自分が馬鹿らしくなってきた。これまで抱いてきたアギトの強く逞しい、というイメージは、所詮はただの夢想だったのだろうか。翔一がアギトであることは認めざるを得ないが、こうして話しても翔一はこれまでと変わらない、お調子者でいい加減なところがある記憶喪失の青年。

 深く溜め息をつき、栗をひとつ取ってスプーンで実を掬おうとする。

「あ」

 だが栗の実というのは意外と固いもので、力を込めようとしたら手から滑り落ちてしまう。気を取り直して栗を拾うも、今度は力を抜きすぎてスプーンが手から零れる。3度目の正直といくか、と慎重に力を込める。これは上手くいきそうだったのだが、掬った勢いで栗の実はスプーンの腹から飛んでしまう。

「ああ氷川さんボロボロ零れてるじゃないですか」

 見れば、テーブルはすっかり誠の零した栗の実が散らばっている。見かねたのか翔一は自分の栗とスプーンを置き、

「俺が取りますから――」

「余計なお節介はやめてください。第一、何ですか栗なんて! こんなものは皮ごと食べれば良い話だ!」

 と深皿の栗を手に収まるだけ掴み一気に口へ放り込む。皮付きの栗なんて堅くてとても食べられたものじゃないが、誠は無理矢理に顎を動かし噛み砕いた。

「そんな氷川さん………」

 言いかけた翔一を、栗を噛みながら睨みつける。流石の翔一も何も言えなくなったのか、黙ってもそもそ、と栗を食べた。

 栗の皮というのは食べると酷く渋いもので、実の甘味なんて全て掻き消されてしまう。そろそろ飲み込もうとしたとき、鉄臭さが咥内に広がると共に痛みが走った。噛み切って鋭利になった皮で切ったらしい。「いだっ」と吐き出しそうになった口を手で押さえると、翔一の呆れた声色が。

「だから言ったじゃないですかもう。ほら口開けて見せてくださ――」

 唐突に口を止めた翔一を見上げる。さっきまでのお調子者な表情は消え、翔一は宙を見ている。

うふぁいふぁん(津上さん)?」

 回らない舌で呼びかけるも翔一は応じず、エプロンを脱ぎ捨て外へ駆け出していく。その直後、誠の胸ポケットのスマートフォンが着信音を鳴らした。

 

 

   3

 

 現場の狩野川遊歩道へ近付くにつれて、市街にも関わらず銃声が聞こえた。非日常的な破裂音に慄いてか、夕暮れの買い物時なのに通行人は全くいない。この現場にいるのは非日常的なアンノウンと、通報を受け先着していた警官たちだけだった。

 警官たちは絶えず銃を発砲しているが、アンノウンは鉛玉なんて意に介さない。ゆったりとした足取りでひとりの男性警官の頬を払い、床に伏せると拳銃を奪い取って驚異的な握力で握り潰す。手の中で弾薬が暴発したのだが、その程度の火力でアンノウンの手を焦がすことなんてできない。

 武器を失った警官へにじり寄るアンノウンに、誠は背後から組み付いて羽交い絞めにする。

「逃げて! 逃げてください!」

 ここまで持ち堪えてくれたことに感謝しつつ、露払いの声を飛ばしていく。G3-Xの火力で巻き添えを食わせるわけにはいかない。警官たちが現場から退避する頃合いを見計らって、誠はアンノウンを蹴飛ばし距離を取る。地面に倒れたアンノウンは、まるでジャッカルの皮を被ったような顔をしていた。ガードチェイサーへ走りリアハッチを解除、GX-05を取ろうとしたところで、背後からアンノウンに組み付かれてしまう。

「変身!」

 その声が聞こえ目を向けると、翔一が眩い光と共に姿を変えた。その姿はまさに、今まで誠の窮地を救ってきたアギトだった。

 翔一はアンノウンの鳩尾を蹴り上げ、肩を掴み誠から引き剥がす。更に拳を突き出すが、アンノウンは人間大の肉体にそぐわない俊敏さで跳躍し逃れる。誠はすかさずGX-05にパスコードを入力した。

《バンゴウガチガイマス》

「…………え?」

 一瞬だけ思考が停止した。打ち間違えただろうか。確か1から3で3桁の番号だったはず。

「氷川さん慌てないで!」

 翔一の声を無視し、何となく脳裏に浮かんだ別の番号を入力してみるが、

《バンゴウガチガイマス》

 苛立って思わずブラウン管テレビよろしく叩いてしまうが、それでロックが解除できるほど脆弱な代物でもない。不味い、確か3回打ち間違えると使用権限が消失してしまう。

 不意に、横から翔一に武器を掴まれる。

「俺に貸してください分かりますから!」

「余計なお節介はやめてください!」

「いいから貸してくださいよもう!」

「いいですよもう!」

 振り払い深呼吸すると、脳裏にはっきりと番号が浮かぶ。そうだ、確か132だった。オペレーション中にこんなやり取りで冷静になるなんて。

《解除シマス》

 何だか腑に落ちないが、ロックが外れたから良しとしよう。

 こちらが油断しているとみたのか、宙からアンノウンが跳び出してきた。すかさず翔一が対処し、蹴りと拳の応酬をしている間に誠はGX-05のバレルを展開し銃口を向ける。気付いてか、アンノウンが背を向けて走り出した。翔一から離れたタイミングを見計らいトリガーを引く。だがアンノウンは弾丸の発射速度よりも速いようで、銃弾の礫はアンノウンの1歩後のアスファルトを穿っていくばかり。

 すぐ市街に消えてしまっては、闇雲に発砲するわけにいかず誠は武器を降ろす。こうなるとお手上げで次の出現を待つしかない。

 と、翔一がアギトの顔で告げた。

「氷川さん、俺に考えがあります。一緒に戦いましょう」

 

 アギトの力というのは、どうやらアンノウンを察知できるらしい。Gトレーラーのカーゴで小沢と尾室が街中に飛ばしたドローンの映像に目を光らせる間に、翔一は迷うことなくバイクを走らせ、誠はその後についた。

 このアンノウン察知能力について誠は後から詳しく訊こうとしたのだが、翔一からの回答は「何となく分かる」だった。因みにアギトに変身するときの感覚も何となく。

 誠たちは沼津駅の北口から伸びるリコー通りを抜け、バイパス通りに入ったところで道路上を走るアンノウンを見つけた。敵の姿を認めると、翔一がバイクのシートから跳躍する。乗り手が離れたバイクは車体を前後にスライドさせ、スライダーボードのように変形し滑空する。翔一は車体に足をつき、

「氷川さん!」

「はい!」

 誠はガードチェイサーを停車させ、GX-05を抱えボードのリアシートに飛び乗った。その間にアンノウンとの距離はかなり離されたのだが、この形態はバイクの時よりも速度が増しているようで、翔一と誠のふたりを乗せた状態でジェット機のようなスピードで宙を滑っていく。この力についても後で訊いたのだが、回答はお察しの通り「何となく」だった。

 アンノウンにはすぐに追い付いた。真横につくと向こうはこちらに気付いたようで、驚愕らしき声をあげている。

 もう遅い。既に王手だ。

 GX-05のトリガーを引いた。同じスピード上にいるアンノウンの肉体を弾丸の嵐が抉り取り、道路上で爆炎を上げさせた。

 

 

   4

 

 屋台でふたり並んでラーメンを食べるなんて、何だか変な気分だ。今までのお礼も兼ねて誘った屋台だが、さっきの緊張がどうしてもぶり返してしまう。でも隣でラーメンを啜って頬を綻ばせる翔一を見ていると、何だか自分がどうにも小さな人間に思えた。

 何も変わらないな、僕がただ畏まっているだけで。

「よく来るんですかここ? 美味しいですね」

「ええ。そんなことより、さっきはありがとうございました。結局、また君に助けられてしまった」

「何言ってるんですか。いつもの事じゃないですか」

 いつもの事、か。

 本来なら僕のほうがあの力を持っていなければならないのに。神というのはとにかく不平等らしい。

「あれ、何か不味いこと言いました?」

「あ、いえ別に」

 はぐらかし麺を箸で取ろうとしたところで、ふと誠の視点がナルトに留まる。ちらり、と覗き込むと、翔一はまだナルトに手を付けていなかった。

「それより、どうですか津上さん。ナルト占い」

「ナルト占い?」

 そこで、新聞を読んでいた店主が出番を察し、「どれどれ」と翔一の丼を覗き込んで、

「あ、こりゃ駄目だ。あんたちょっとお調子者でいい加減なところがある」

 「やっぱり」と誠は頭を垂れた。全部的中だ。尊敬していた相手に裏切られるのも、尊敬していた相手がお調子者でいい加減なところがあるのも。

「何落ち込んでるんですか氷川さん。また一緒に戦いましょうよ。ね、ね!」

 その当人は誠の肩をぽんぽん、と叩いてくれるのだが、全く慰めにはならなかった。

 

 砂浜を駆け、その勢いのままに両手を砂地につく。上下逆に持っていかれた体がぐるりと1回転し、腰を曲げしっかりと両足をつき――

 とはいかず、千歌の足が着くより先に尻を砂地に強打する。「いったあ……」と患部をさすりながら、彼女は再度挑戦し、また同じ失敗を繰り返す。その様子を、曜は海岸の石段に腰掛け眺めていた。

 最初の頃よりは上手くできている。着実に成功には近付いているし、あともう少し、といったところ。

 不意に、ふたり分の足音が聞こえた。振り向くと、梨子と翔一がこちらへ歩いてくる。

「翔一さんから聞いて」

 石段に腰掛けながら梨子は言った。

「寒いからさ、風邪引いちゃうよ」

 と翔一は曜の背中に半纏(はんてん)をかけてくれた。

「梨子ちゃんに頼むと、止められちゃいそうだから、て」

 できることなら曜も止めたかったけど、千歌の意志は無下にできなかった。

「ごめん。俺も梨子ちゃんには言わないで、て言われてたんだけど、やっぱ心配でさ」

 罰が悪そうに翔一は言った。「ううん」と梨子はかぶりを振り、

「でも、こんな夜中まで」

「あんなこと言われたら………」

 夕方、練習に励む千歌に果南は言っていた。

 ――千歌、約束して。明日の朝までできなかったら諦める、て。よくやったよ千歌。もう限界でしょ――

 冷たく告げられたその言葉に、千歌は反論せず口を結びながら拳を握りしめていた。あの時から、こうなることは何となく曜は予想できていた。反論するくらいなら千歌は練習する、と。でも、果南の言い分も理解できる。

「2年前、自分が挑戦してたから尚更分かっちゃうのかな。難しさが」

 だから、曜はあの場に割って入ることができなかった。どちらも間違っていない。成功させたい千歌も、無理をさせたくない果南も。

「俺さ――」

 翔一が口を開いた。

「千歌ちゃんのこと羨ましいな、て思ってたんだよね」

 「え?」と曜は梨子と揃って声をあげた。傍から見れば、アギトの力を持つ翔一の方が凄いのに。

「何ていうか、ああやって辛くても頑張れるのが。俺、練習とか訓練とか辛い想いしてまで何かしたい、なんて思ったことなかったからさ。訓練なんてやめてくんれん(・・・・)、なんて」

 と笑い出す。まさかその寒い駄洒落を他所でも言ってはいないだろうか。でも釣られて笑いながら、梨子が言った。

「ちゃんと見てるんですね、千歌ちゃんのこと」

「まあ、俺があの子のご飯作ってるからね」

 得意げな顔をする翔一に、曜も尋ねる。

「戦うことが辛い、て思ったことなかったんですか?」

 「うーん」と翔一は眉を潜めるが、すぐにいつもの朗らかな表情に戻り、

「あったにはあったけど、すぐに無くなったかな。戦って戻ってこられたら、千歌ちゃんや曜ちゃんや、梨子ちゃん達がいるし」

 何の気なしに言ってのけるが、その顔が曜には眩しく見える。それが翔一さんの強さなんだな、と思った。自分の守るものために、迷いなく戦いへと走っていけることが。

 「うあっ」と千歌の声が聞こえ、彼女へと視線を戻す。また失敗したらしい。

「あと少しなんだけどな」

 「うん」と梨子も頷いた。

「あと少し………」

 

 果南から受け取ったノートは一字一句記憶するほどにまで読み込んだ。体をどう動かせばいいのか、イメージはしっかりとできている。

 それなのに、体が思うように動いてくれない。動きは分かっているはずなのに、何度やってもできない。

 砂の上に大の字になって、千歌は生き場のない感情を拳に込めて砂に叩きつける。

「どこが駄目なんだろ、わたし………」

 そもそも果南ほどの身体能力が無いから。でも、その程度の差は練習量でカバーできる。思い当たる壁があるとすれば、裡にある力。

 認めたくない。皆にある力が自分には無いから。それが絶対的な壁になっているだなんて。

「千歌ちゃん」

 不意にかけられたふたりの声と共に、投げ出された千歌の手が優しく包まれる。

 右手を梨子に。

「力を抜いて、練習通りに」

 左手を曜に。

「できるよ、絶対できる」

 ふたりに支えられながら立ち上がる。

「頑張って」

「見てるから」

 石段のほうに誰かいることに気付く。目を向けると、翔一がいた。「大丈夫」と笑顔で言ってくれる。

「うん」

 そうだよね。できるよね。

「千歌ちゃーん! ファイトー!」

 いくつもの声が重なって呼ばれる。振り返ると、海岸に1年生の3人が来ていた。

「頑張るずらー!」

 花丸の声に、千歌は無言で頷きしっかりと両足を踏みしめる。皆からの視線を背で受けながら駆け出す。

 いける。

 砂に手を着いたとき、直感的な期待が膨らんだ。この勢いのまま、と体を動かそうとする。ふわ、という浮遊感の後、もう慣れてしまった衝撃と痛みが背中に走る。

「できるパターンだろこれ!」

 荒くなった口で喚いてから、虚しさで起き上がる気力が抜けていくように感じられる。

「何でだろ……。何でできないんだろ………。梨子ちゃんも曜ちゃんも、皆こんなに応援してくれてるのに………」

 こんなに痛いのに、辛いのに、苦しいのに。

 わたしには、無理な事なの?

 こんなどこまでも普通で、才能ある人間を羨むだけの、何の取り柄もない自分には。

「嫌だ、嫌だよ! わたし、まだ何もしてないのに。何もできてないのに………」

 わたしには何もない。梨子みたいなピアノの才能も。曜みたいな器用さも。他の皆が持っている、誇れるものなんて何も。空っぽなただの人間なんてことは千歌自身が1番よく知っている。

 だからって何も生み出せず、誰からも応援されず、輝けないまま終わってしまうなんて嫌だ。

 せっかく見つけた、輝けるかもしれない居場所なのに。

「ぴー! どっかーん!」

「ずびびびびー!」

「はああああっ!」

 なんて奇声が聞こえてきて、霞んだ目元を拭う。何やらごっこ遊びをするように、曜と梨子と翔一の3人が騒ぎ立てている。

「普通怪獣ヨーソローだぞー!」

「おっと好きにはさせぬ! りこっぴーもいるぞー!」

「なら俺は、普通怪獣しょうイッチーだぞー!」

 いや翔一くんはアギトじゃん、と裡で突っ込みながら立ち上がる。

「まだ自分は普通だ、て思ってる?」

 曜に訊かれ、答えに迷った。普通なのは事実。でも、それを認めてしまうのは怖い。これだけ頑張っても、普通なままなんて悔しい。

「普通怪獣ちかちーで、リーダーなのに皆に助けられて。ここまで来たのに、自分は何もできてない、て。違う?」

 梨子からも訊かれる。スクールアイドル始めよう、なんて皆を巻き込んで、言い出しっぺなのにリーダーらしい事なんてしていない。

 わたしはただ、皆の持っている輝きのおこぼれを貰おうとしていただけ。

「だって、そうでしょ?」

 消え入りそうな声で答える。すると短く笑った曜が、

「千歌ちゃん、今こうしていられるのは、誰のおかげ?」

「それは、学校の皆でしょ? 街の人たちに、曜ちゃん、梨子ちゃん、翔一くん、それに――」

「1番大切な人を忘れてませんか?」

「………何?」

 その質問は、本当に分からなかった。1番大切な人とは。メンバーの皆も、学校の皆も、街の人々も。誰が1番なんて決められない。

 ヒントを与えるように、梨子が訊いてくる。

「今のAqoursができたのは、誰のおかげ? 最初にやろう、て言ったのは誰?」

「それは………」

 わたしの力なんかじゃ――

 そう言おうとしたところで、曜が言葉を被せる。

「千歌ちゃんがいたから、わたしはスクールアイドルを始めた」

 続けて梨子も、

「わたしもそう。皆だってそう」

「他の誰でも、今のAqoursは作れなかった。千歌ちゃんがいたから、今があるんだよ。そのことは、忘れないで」

「自分のことを普通だ、て思っている人が、諦めずに挑み続ける。それができる、て凄いことよ。凄い勇気が必要だと思う」

「そんな千歌ちゃんだから、皆頑張ろう、て思える。Aqoursをやってみよう、て思えたんだよ」

「恩返しなんて思わないで。皆わくわくしてるんだよ。千歌ちゃんと一緒に、自分たちの輝きを見つけられるのを」

 皆は、千歌の前でまるで道を開けるようにして、二手に分かれて立った。これがあなたの作ったグループ。その先にある道は、更に続いている、と示すように。

「千歌ちゃん」

 千歌の傍に立った翔一が、優しく言ってくる。

「前に俺に言ってくれたじゃない。自分のために勇気を出して、てさ」

 それは、翔一がしばらく涼の家に居た時、皆で作った料理を届けに行った時の言葉だった。

「千歌ちゃんも、皆のために頑張れるなら、自分のためにも頑張れば良いんだよ。俺も見たいんだよね、千歌ちゃんの輝きをさ」

「わたしの、ため?」

 以前に言ったことを返されるだなんて、不思議な気分だった。あの時の翔一も、今の千歌と同じだったのかもしれない。自分がいないと、しっかりしないと、と背負い込んで。

 それは無用な荷物だった。翔一には千歌が、Aqoursの皆がいる。戦いから戻ってくる翔一を待つために、迎えるために。

 同じだ。千歌にも翔一が居てくれる。目を向ければ、いつだってAqoursの皆が一緒にいる。皆だって千歌と同じように、肘や膝に湿布を貼りながら、一緒に輝きへと走ってくれる。

「新たなAqoursのwaveだね」

 鞠莉の声だった。ダイヤと果南と、3人で海岸に入ってきて、離れた先に立つ。

「千歌、時間だよ。準備は良い?」

 問いを向ける果南の顔も、転んだのか汚れがこびり付いている。彼女の顔を見ると笑みが零れた。諦めろ、なんて言っておきながら、果南も信じてくれていたじゃないか。

 体の奥底から熱が込み上げてくる。体の節々は痛いけど、今度こそ、という確信がある。

 わたしのために――

 空っぽな裡を、どこからかやってきた熱で満たし、千歌は駆け出した。

 

 

   5

 

 スポットライトが、ステージ上のAqoursに降ろされる。始まりから全力疾走のごとくアップテンポなリズムで、皆でステップを踏んだ。

 最初からクライマックスな勢いの曲で観客も度肝を抜かれたらしく、所々でサイリウムが乱れている。

 まだまだ、これからだよ。

 歌いながら、果南は期待をステップに込める。サビに入ろうとするパートで、波のようにメンバーが並び順々に身を伏せる。ひとり立った千歌はステージを駆け、そして床に手を着いた。

 これが起爆剤。

 側方倒立回転(ロンダート)から、その勢いのままにバク転で宙を1回転し、乱れのない着地を決める。

 観客席から大歓声が飛び交い、負けじとAqoursも歌声を響かせる。

 2年前に求めていた歓声に、果南は目に浮かぶ涙を払いながら踊る。できっこない、と諦めていたもの。でも諦めの悪いリーダーのお陰で、ようやく完成した。

 曲が終わっても、歓声はいつまでも止む気配がない。アンコールをお望みだろうか。生憎、これが現在の全力だから、これ以上のものは見せられない。でも、この地区予選を突破できたのなら、更に上を披露できるかもしれない。

 いや、絶対にできる。できる、と信じれば。諦めさえしなければ。

「今日ここで、この9人で歌えたことが本当に嬉しいよ」

 千歌の声が、歓声の中でもはっきりと聞くことができる。

「わたし達だけの輝き。それが何なのか、どんな形をしているのか。わたし達9人が視たこと。心を動かされたこと。目指したいこと。その素直な気持ちに、輝きはきっとある」

 そうだね、と果南は思った。自分たちの力は、アギトの賜物なんかじゃない。アギトの力がなくても、彼女には自分たちに無いものを持っている。

 千歌ならきっと、わたし達と一緒に輝きへと辿り着ける。できる、て証明してみせたのだから。

「皆、信じてくれてありがとう」

 それはわたしの台詞だよ。

 わたし達をステージに立たせてくれたのも、パフォーマンスを完成させてくれたのも、全部千歌だったんだから。

 ありがとう、千歌。

 






次章 残された時間 / あかつき号
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