ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第20章 残された時間 / あかつき号
第1話


 

   1

 

 観客席は満員にも関わらず、会場は静寂に包まれている。ドームの中央に集められた参加グループは皆緊張に満ちた眼差しをステージに備え付けられた大型モニターに向けていて、Aqoursの面々もその例に漏れない。

 大丈夫、あのパフォーマンスを成功させたんだもん。

 そう自身に言い聞かせながらも、千歌は祈らずにいられない。どのグループもレベルの高い歌とダンスだった。本当にこれが地区予選なの、と疑うほどに。

 女性司会者の意気揚々とした声が、静寂を破った。

「それでは皆さん! ラブライブ、ファイナリストの発表です!」

 モニターの液晶が移り変わった。「Love Live!」のロゴが消え、出場グループの名前が羅列される。

 地区予選から決勝へ進むのは上位3グループ。「お願い!」と曜が両手を組んだ。千歌も瞬きせず、背中に冷や汗を感じながらモニターを注視する。

 全力を出し切った。ここで落とされても後悔はない。

 そんな悠長に思えるわけがない。ここまで進んだのだから、決勝に進みたい。自分たちAqoursというグループを通じて、多くの人に浦の星女学院という学校を知ってほしい。

 そして、学校を統廃合から救いたい。

「上位3組はこのグループです!」

 モニターにみっつの名前が浮かんだ。同時に、千歌たちのいる位置にスポットライトが当てられる。上位3組の名前の横にはそれぞれ、順位として色違いの王冠が並べられている。下は銅色、真ん中は銀色、そして上は金色。

 黄金に輝く王冠の横に、Aqoursの名前があった。

 会場の空気が観客たちの歓声に震えているが、千歌の耳には入っていなかった。千歌の意識は全て視覚へと集中し、全神経を以って捉えていたのは、モニターにあるAqoursのロゴだけだった。

「千歌ちゃん!」

 曜に抱き着かれ、ようやく五感が等分に割り振られていく。

「やった……、やったの………?」

 夢なのかな、と思ってしまう。この歓声も、会場も、全てが海原の向こうに揺らめく蜃気楼なのでは、という錯覚に陥りそうになる。

「夢じゃないよね……。は、てならないよね………」

 「ならないわ」と梨子が即答する。これは蜃気楼なんかじゃない。ふとした衝撃で消えたりなんかしない。

「本当? だって決勝だよ、ドームだよ。本当だったら奇跡じゃん」

 そう、これが現実なら、千歌たちはアキバドームで歌うことができる。世界で最も輝きに満ちた場所、と憧れた会場で。そんな奇跡、求めてやまなかったものが本当に迫っているだなんて。

「奇跡よ。奇跡を起こしたの、わたし達」

 涙声になりながら、梨子はこれが現実であることを繰り返す。見渡せば、皆は歓喜に涙を浮かべている。でも、千歌は溢れそうな涙を堪えた。まだ早い。だって、次があるんだから。この想いを吐き出すのは、全てが終わってからでいい。

「よーし、いっくよー!」

 次への道を示すように、曜が「全速全身――」とコールを取る。その続きを、千歌たちは声を揃え告げる。

「ヨーソロー!」

 

 買い物袋を手に「ただいま」と玄関に入ると、どたどた、と足音を立てて志満がやってきた。

「翔一君、千歌ちゃん達予選通ったわよ!」

 「本当ですか!」と翔一は破顔した。志満がスマートフォンの画面を見せてきて、「決勝進出」という文字の下にAqoursの名前がある。

「やりましたね! よーし今夜はご馳走作らないと」

 買ってきたもので食材は足りるだろうか。何ならまたスーパーに行って買い足しておかないと。

「あ、忘れるところだったわ」

 台所へ行こうとする翔一を、志満は呼び止める。

「さっき刑事さんが来てたの。確か北條さん、ていう」

「北條さんが?」

 また俺のこと捕まえる気かな、と面倒に思いながら尋ねる。

「俺に何の用だったんです?」

「見せたいものがあったみたい」

「見せたいもの? 何ですか?」

 すると志満は眉を潜め、

「手紙みたいだったけど。宛先が翔一君の名前でね、差出人が雪菜(ゆきな)、て人みたい。翔一君、聞き覚えない?」

「ゆきな……」

 何度もその名前を反芻してみるが、全く覚えがない。記憶を失う前のことは当然、津上翔一として暮らしてきたこの2年間の記憶にも。

 志満は言う。

「ほら、翔一君が海岸で倒れてたときに持ってた封筒、中身が無かったでしょ? あれと関係があるんじゃない?」

 そういえば、と思い出す。千歌と曜に発見されたときの翔一の所持品は、宛先が津上翔一名義の封筒1通だけだった。過去の名残としては不明瞭過ぎるが、名無しの記憶喪失者として発見された青年には封筒の宛名を戸籍名として与えられた。自分が何と呼ばれていたかも思い出せないが、何となく響きは気に入っていたから自分の名前として名乗ることに抵抗はなかった。

「でも不思議じゃないですか? もしそうだとして、何で北條さんがその手紙持ってるんですか?」

「そうよね。捜査の都合があるから、て教えてもらえなかったけど………」

 まあ、手紙の出所は追々聞くとして、

「それで何て書いてあったんですか、手紙?」

「それが、見たことのない文字で全然分からなかったの。英語でもなさそうだったし」

 と志満は文字の形を思い出そうとしているのか、眉を潜めながら宙を見つめる。今度北條に会ったら訊いてみよう、と翔一は大して気にも留めず台所へ向かった。

 手紙から過去が分かったとしても、何かが劇的に変わるわけでもなさそうだし。

 

 

   2

 

 茜に染まろうとしている空にそびえ立つ銀色の鉄塔は、そこだけ切り取ってみたら東京のスカイツリーと見間違えてしまいそうだった。視線を降ろせばそこは名古屋の久屋(ひさや)大通公園で、ビルが立ち並ぶ市街と隔てるように植えられた樹々はまるでオアシスのよう。もっとも、この広範囲なオアシスの下には地下街が広がっているが。

「緊張で何も喉が通らなかったずら」

「あんたはずっと食べてたでしょ!」

 ステージを終えてリラックスできるようになったのか、花丸がのっぽパンを頬張り善子が突っ込みを入れる、という馴染み深い様子が見られる。

「それにしても、アキバドームか」

 感慨深そうに果南が言った。「どんな場所なんだろうね」と千歌は応じる。求めていたものがあるかもしれない場所。世界で最も輝いていると信じるステージで歌う。確かな現実のはずが、未だ浮足立って夢心地な気分に囚われてしまう。

「良い曲を作りたい」

「ダンスも、もっともっと元気にしよう」

 梨子と曜は待ちきれないのか、もう新曲について考えているらしい。そうだ、と千歌は遅れて思い出す。自分だって作詞担当なのだから、決勝に向けての歌詞を作らないと。

「見て、凄い視聴回数」

 そう言って、ルビィが広場に設置された大型モニターを指さす。皆で視線を向けると、先ほどのステージの映像が流されていた。ラブライブ決勝に進む東海地区代表グループの紹介らしい。サイトの動画配信ページをそのまま中継しているらしく、動画のすぐ下にある視聴回数もそのまま流されている。まだ配信されて間もないはずだが、既に視聴回数は5万に近付こうとしていて、カウントは留まらずに増え続ける。

「本当、こんなにたくさんの人が……」

 単純に考えれば、テレビやPCや携帯電話といった映像機器の5万台近くで、千歌たちAqoursが映し出されているということ。世界中で、今この瞬間に。

「生徒数の差を考えれば当然ですわ。これだけの人が見て、わたくし達を応援してくれた」

 ダイヤがどこか安堵したように言う。票の獲得が不利だったはずのグループが決勝進出を勝ち取った。その奇跡的ストーリーに観客たちが沸き立ち、これだけの盛り上がりを生んだということ。

「じゃあ、入学希望者も――」

 期待を込めた視線を鞠莉へ送る。期限は今日の0時まで。この結果が起爆剤となって、入学希望者を爆発的に増やすことができたら。

 皆からの視線を一身に受ける鞠莉は、無言のままスマートフォンを胸に抱く。良い結果なら勿体ぶらずに言うはず。冗談好きな鞠莉でも、そこまで悪趣味な冗談は吐かない。

「どうしたのよ?」

「嘘?」

「まさか……」

 彼女の沈黙が嫌な予感を漂わせ、口々に不安が出てくる。ようやく沈黙を破った鞠莉の声も、どこか細く弱々しい。

「携帯、フリーズしてるだけだよね? 昨日だって何人か増えてたし、まったく変わってないなんて………」

 つまり、現状は確認不可能。

「鞠莉ちゃんのお父さんに言われてる期限て今夜だよね?」

 ルビィが訊いた。「大丈夫。まだ時間はありますわ」とダイヤが安心させるよう、優しい声色で答えた。ダイヤは続けて鞠莉に尋ねる。

「学校に行けば正確な数が分かりますわよね」

「うん………」

 不安は理解できるけど、次第にこんな感情が煩わしくなっていく。やれる、と信じて今日に臨んだのに、土壇場で怖気づいたら何も起こらない。

 皆の間に漂う湿っぽさを吹き飛ばさんとばかりに、千歌は声高に告げた。

「よし、帰ろう!」

 

 沼津駅に到着した千歌たちは解散せず、そのままバスで浦の星女学院へ直行した。学校へ到着する頃には既に陽は暮れていて、休日だから教員たちもいない。理事長室で鞠莉がPCを立ち上げたとき、千歌がふと壁の時計を見やると時刻は丁度8時を回ったところだった。

「分かってない………」

 キーを叩く手を止めた鞠莉は落胆気味に呟く。千歌のほうから画面は見えないが、今朝の時点で希望者が80人だったことは覚えている。

 残り時間は4時間。

 残り人数は20人。

「そんな………」

 曜が呟いた。あれだけの努力をして、何も変わっていないなんて。

「まさか、天界の邪魔が――」

 この期に及んでも普段の調子を崩さない善子の精神は逞しいのだが、今はふざけていられる余裕もなく、誰も反応できなかった。

「Aqoursの再生数は?」

 鞠莉が訊くとルビィはスマートフォンを操作し、

「ずっと増え続けてる」

 注目が落ち着いたわけじゃない。依然としてAqoursの存在は世間に広まり続けている。あと少し、と千歌の裡で焦りが生じていく。Aqoursを通じて、浦の星に興味を持ってもらえたら。

「パパに電話してくる」

 そう言って鞠莉はスマートフォンを手に理事長室から出て行く。ダイヤも一緒に交渉するのか、鞠莉の後に着いて行った。交渉は長引いているのか、中々戻ってこないから千歌たちも立ちっぱなしに疲れてきた。各々が壁や机に背を預け、時計の針が時間を刻む毎に焦燥も募っていく。でもそれを吐き出したところで状況が好転するわけないことは誰もが分かっているし、苛立ちを表に出すことは誰もない。

 今は待つしかない。事の次第を見守ること以外に出来ることはないのだから。

「遅いね、鞠莉ちゃん」

 曜がそう言ったのは、時計の針が9時を刻んだ頃だった。

「向こうは早朝だからね。なかなか電話が繋がらないのかもしれないし」

 眉ひとつ動かさず、果南は淡々と言う。そこで、ドアが開いた。

「watingだったね」

 ダイヤと共に入ってきてそう言った鞠莉は、どこか安堵に似た表情を浮かべた。もしかして、という期待を抑えつけながら千歌は訊く。

「お父さんと話せた?」

「うん、話した。決勝に進んで再生数がすごいことになってる、て」

 「それで?」とじれったくなったのか、梨子が結果を促す。その問いに鞠莉は顔を俯かせ、代わりとしてダイヤが答えた。

「何とか明日の朝まで延ばしてもらいましたわ。ただ、日本時間で朝の5時。そこまでに100人に達しなければ、募集ページは停止する、と」

 とどのつまりを果南が告げる。

「最後通告、てことね」

 もしかしたらラブライブの結果を見て統廃合撤回、なんて期待はしてみたが、そんな甘くはない、とこれまで何度も苦味を味わってきた。だから、突き付けられた条件に千歌はさほど落胆はしていない。

「でも、あと3時間だったのが8時間に延びた」

 猶予が増えただけでも十分。「ふわあっ」とPCとにらめっこしていたルビィが立ち上がり、

「いま、ひとり増えた!」

 見せられた画面の出願状況の数字は86を刻んでいる。

「やっぱり、わたし達を観た人が興味持ってくれたのよ」

 その梨子の声が、活力を取り戻したように聞こえる。

「このまま増えてくれれば――」

 曜が言いかけた時、既に千歌は駆け出していた。

「ちょ、どこ行くのよ?」

 善子からの問いかけに、千歌はドアノブに掛けた手を止めて「駅前」と即答する。

「浦の星お願いします、て皆にお願いして、それから、それから………」

 「今からじゃ無理よ」と梨子に一蹴される。それでも、言葉ひとつで裡から溢れる衝動は治まらない。

「じゃあ、今からライブやろう。それをネットで――」

 「準備してる間に朝になっちゃうよ」と今度は果南に返される。「そうだ――」と次の案を出そうとしたところで曜に抱き着かれ、唐突な事に訳が分からず開いた口を閉じることもできなくなる。

 曜は言う。

「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だよ」

 「でも」と体を離そうとするが、曜は逃がしてはくれなかった。

「何もしないなんて………」

 このまま約束の時刻まで、何もせずこの部屋で待っているなんて嫌だ。まだ猶予があるのなら、その間に出来ることがあるなら全部やりたい。あと8時間で全てが決まってしまう。

「信じるしかないよ、今日のわたし達を」

 果南の言葉で、千歌の体から力が抜けていく。今日のライブを成功させた、今日に至るまでに努力を重ねてきた自分を信じる。それは簡単なようで難しい。ずっと普通だった千歌にとって「自分」はある意味で最も信用できない。でも、一緒にやってきた「皆」なら、無条件に信じることができた。

 わたしひとりじゃ駄目だった。

 皆だからやってこれた。

「そうだよね。あれだけの人に観てもらえたんだもん。大丈夫だよね」

 千歌の緊張が解けるのを感じ取ってくれたのか、曜は体を離した。

「さあ、そうとなったら皆さん帰宅してください」

 ダイヤはそう言ってくれたが、メンバー達は賛同しかねた。

「帰るずらか?」

「何かひとりでいるとイライラしそう」

 花丸と善子が口々に言う。

「落ち着かないよね、気になって」

 曜も告げると、分かっていたかのように果南が「だって」と微笑した。

「仕方ないですわね」

 普段なら断固として認めなさそうだが、この時ばかりダイヤは諦めが早かった。いや、ダイヤもこうなることは予想済みだったのかもしれない。

「じゃあ、いても良いの?」

 千歌が訊いた。

「皆さんの家の許可と理事長の許可があれば」

 決定権を転嫁された鞠莉はすぐに、

「もちろん、皆で見守ろう」

 翔一くんに悪いことしちゃったかな、と千歌は思った。学校に寄る際に家に連絡を入れたとき、志満から翔一がご馳走作る、と張り切っていたことを聞いている。その料理は明日まで待ってもらおう。吉報を土産に、翔一にも喜んでもらいたい。翔一だって、ずっとAqoursのいるこの学校という居場所を護ってくれていたのだから。

 ルビィがまた感嘆の声をあげた。

「またひとり増えた!」

 

 

   3

 

 何かしなきゃ、何かしたい、という衝動は何度も千歌の裡で沸いてきて、それを抑えつけながら待つ時間は永遠のように長く感じられた。時刻が1時を過ぎても眠気は訪れず、ただ皆で寄り添い合って理事長室で静かに待ち続ける。気分転換にゲームでも持って来れば良かった、と善子がぼやいていたが、果たしてそれで気分が紛れるかどうかも怪しい。

「あれっきり、全然増えない………」

 ずっとPCの番をしてくれていたルビィが疲れたように呟く。世間ではとうに眠りに就いている時間帯だ。鞠莉の父が融通してくれた期限の引き延ばしが、あまり意味を成さないように思えてきてしまう。

「やっぱりパソコンがおかしいんじゃないの!」

 と善子がPCをひったくり揺さぶりをかける。

「Stop,壊れていないわ」

 穏やかに窘める鞠莉の顔色にも疲労が窺えた。「これが現実なのですわ」と告げるダイヤの顔にも。

「これだけの人が、浦の星の名前を知っても」

 果南も、

「たとえ街が綺麗で人が優しくても、わざわざここまで通おうと思わない」

 その現実を変えようと、今までやってきたんじゃないの。

 そう問いかけたところで無意味なのは理解している。3人だって奇跡を起こそうと奮闘してきた。これが現実、と自身に言い聞かせたところで、それに納得していないからこそ今もここにいると分かってしまう。

 ぐるる、と控え目な呻きが隣から聞こえた。腹の虫が鳴ったらしい。千歌の隣にいる梨子が、誤魔化すように言った。

「そういえば、お昼食べたあと何も食べてないわね」

 

 夜食の買い出しは1年生の善子たちが買って出た。一応後輩なのもあるが、何より外を歩いたら気分も紛れるかもしれない。

 十千万に行けば翔一が何か作ってくれるんじゃないか、と思っていたのだが、翔一は毎日夜9時に寝て朝6時に起きるのだとか。

「爺さんか!」

 千歌からその事を聞いた際、善子はそう突っ込まずにいられなかった。そういうわけで最寄りのコンビニ――徒歩で片道30分は掛かるが――まで行くことにした。

 コンビニで販売が始まったばかりのおでんを適当に見繕った帰り道はとても静かだった。黄昏時が過ぎれば眠り沈黙する、本当に何もない地方集落だ。遊びたい盛りの少女たちが好んで来るような街じゃない。

「まったく、世話が焼けるったらありゃしない。わたしはリトルデーモンのことで手一杯なのに」

 その皮肉が一緒にやってきた者たちか、それとも自身へ向けてなのかは善子にも区別がつかない。本当に、わたしは何をしているんだろう。堕天使ヨハネはこんな田舎に納まる存在じゃないのに。

「仕方ないずら。今のAqoursを作ったのは千歌ちゃん達2年生の3人」

「その前のAqoursを作ったのは、お姉ちゃん達3年生の3人だもん」

「責任、感じているずらよ」

 花丸とルビィから告げられた、Aqoursの簡潔な軌跡。善子たち1年生は結成に関与していない。千歌から一緒に輝こう、と手を引かれグループに加わっただけ。

 善子たちは引っ張ってこられただけかもしれない。でも、スクールアイドルをやると、着いていくという決断は自分たちの意思でしたことだ。

「そんなもん、感じなくてもいいのに」

 学校を護りたい、という想いは善子だって同じなのに。あの学校は堕天使ヨハネでも善子を受け入れてくれた居場所なのだから。

「少なくともわたしは感謝しか――」

 と言いかけたところで、善子は後ろを歩くふたりへと振り向く。いつもなら茶化すはずの花丸とルビィが、この時は優しい笑みを善子へと向けていた。

「リトルデーモンを増やしに、Aqoursに入っただけなんだし!」

 直視するのも恥ずかしくなって顔を背ける。

「だからマルたちが面倒見るずら。それが仲間ずら」

「だね。何か良いな、そういうの。支え合ってる気がする」

「そうずらね」

 仲間、か。

 裡でその単語を反芻する。発言する度に茶化されるか無視されるか、と扱いはひどく杜撰だけど、不思議と悪い気はしない。リトルデーモンとは違うけれど、仲間という響のほうが、どこか心地良い。

「良いこと言ったご褒美に餅巾着あげる」

 とヨハネからの恵みを与えることにしたのだが、花丸は不満そうに、

「できたら黒はんぺんが良いずら」

「それは駄目」

「ルビィは玉子!」

「それも駄目!」

 

 軽食を済ませた後は、特に何もすることなく、ただ全員でPCを眺めていた。数字が増える度に全員で歓喜し、また無言に近い状態でPCを凝視し続ける。ラブライブ決勝進出という事実が浦の星へ興味を向ける効力はようやく発揮されてきたらしく、希望者は94人にまで昇っていた。

 あと6人。

 あと6人さえ集まれば、この学校は存続する。

「時間は?」

 思い出したように梨子が声をあげた。時計を見ると、時刻は4時10分を過ぎたあたり。

「1時間もない」

 果南は全てが決するまでの猶予を淡々と述べる。焦ってもしょうがない。何をしても、何もしなくても時間は過ぎていく。

 それでも――

「お願い!」

 千歌はPCを手に取って「お願いお願い」と連呼し続ける。この声がネット回線に乗らなくても、誰かの意識に声を届ける力を持たなくても、言わずにはいられなかった。

「増えて……!」

 当然、何の変化もない。この世界は千歌が期待しているほどドラマチックじゃない。ふと、視界の隅で曜が壁に背を預け、目を閉じていることに気付く。

「流石の曜ちゃんも睡魔には勝てないか」

 「寝てないよ」と返し、曜はゆっくりと立ち上がる。

「でも、待ってるのちょっと疲れてきた」

 ずっと部屋に閉じこもっているのも体に毒。そういうわけで、外の空気を吸いに千歌は外に出た。既に空は白み始めていて、山の陰から太陽が顔を覗かせている。

 プールサイドに曜、果南と一緒に入ると、千歌は朝陽に両手を合わせる。

「あと6人、お願い!」

 「お願いします」と隣で曜も手を合わせる。今までも沢山お参りをしてきたな、と思い返す。淡島神社に、秋葉原の神田明神。約束の時が近づいて最後に祈るのが太陽だなんて。父が生前に言っていた。まだ神道という宗教が日本に生まれる前、人々は太陽に祈っていた、という説があるらしい。

「おーい‼」

 唐突に、果南が山に向かって大声をあげた。

「浦の星は良い学校だぞー‼」

 声が内浦を囲む山々に反響し、やまびこになって返ってくる。

「おーい! 絶対後悔させないぞー‼」

 釣られて曜も大声を出した。千歌も同じく。ライブであれだけ声を出したのに、日々のボイストレーニングの賜物か声はしっかりと張れる。

「皆良い子ばっかだぞー‼」

 近所迷惑だ、て叱られないかな、と心配になるけど、もう後の祭りだ。苦情が来たら3人仲良く叱られよう。

「わたしが保証するー‼」

 とプールサイドに来ていた梨子も加わった。叱られる仲間がひとり増えた。

「保証されちった」

 言うと梨子は得意げに、

「わたしの保証は間違いないわよ」

 何だかおかしくなって、4人揃って笑ってしまう。少しだけ肩の力が抜けた気がした。

「千歌ちゃーん!」

 そこへ、ルビィの声が飛んでくる。理事長室の窓から「来て!」と告げる彼女は何やら神妙な表情で、千歌たちは急いで理事長室へ戻った。

 真っ先にPCの前に立って画面を見ると、希望者は97人にまで迫っている。

「あと3人!」

 「でも、時間はもう――」とダイヤが弱く言う。残り時間は10分。

「お願い!」

 画面に向かって祈る。全員が無言だった。ただ静かに、事の成り行きを見守っている。

 数字が増えた。

「98!」

 「時計は?」と果南が言った。あと数分も無いだろう。「大丈夫」と千歌は即答し、

「大丈夫、絶対届く………!」

 心臓が激しく脈打っている。時計の秒針のように、刻一刻と。

 あと2人で全てが報われる。

 これまでの悔しさも。

 流した涙も。

 全部。

 全部――

 サイトのページが切り替わった。

 希望者を示す数値がフォントに覆われ、無意識に千歌の唇は表示されたフォントをなぞる。

「募集終了………?」

 全てが停止したかのような錯覚に陥る。何もかもが静止し、停滞し、無音の中へ沈んでいく。

 時を動かすように、ダイヤが告げた。とても冷たく。

「時間切れですわ」

「そんな……、大丈夫だよ。あと1日あれば、ううん、半日でいい。1時間でもいい。それで絶対――」

「それが約束ですから」

 諦めきれないのは千歌だけじゃなかった。

「でもそれだけだったら……」

「そうだよ、ずっとじゃなくて良いんだよ。あと1日だけ……」

 梨子と曜が抗議を並べ立てる。そう、あと2人でいい。ほんの僅かでも時間をくれたら、絶対に2人分の募集が来る。そうすれば100人なのに。

 それでも、ダイヤは折れてくれなかった。

「何度も掛け合いましたわ。ひと晩中、何度も何度も………」

 彼女の声が次第に震えていくのが分かって、八つ当たりする気すらも起きない。

「ですが、もう既に2度も期限を引き延ばしてもらっているのです」

 続けての鞠莉の声も覇気が失せていた。

「いくらパパでも、全てを自分ひとりの権限で決めることはできない。もう、限界だって」

 ダイヤの胸に顔を埋めていたルビィが、涙声で懸命に抗議する。

「でも、1日なら……」

 「この前だってそれで――」と善子も言うのだが、鞠莉は苦しそうに遮った。

「今頃もう、統合の手続きに入ってる」

 それではまるで、最初から千歌たちに何の期待もしていなかったみたいじゃないか。子供の我儘を聞いて、夢を視させてやっただけ有り難く思え、と言うのか。

「じゃあ……」

 花丸が詰まらせた言葉の続きを梨子が引き継ぐ。

「本当に駄目、てこと?」

 猶予まで目標を果たせなかった。

 夢を視るのはもう終わり。

 突き付けられても、実感なんて湧かない。こんな、募集終了なんて味気ないフォントで全てが終わるだなんて。

「駄目だよ。だって、わたし達まだ足掻いてない。精一杯足掻こう、て約束したじゃん。やれることを全部やろう、て言ったじゃん」

 「全部やったよ」という果南の声が、まるで労われているように聞こえる。嫌だ、まだ終わっていないのに、と抗っても、目蓋のない千歌の耳には容赦なく彼女の言葉が入ってくる。

「そして、決勝に進んだ。わたし達は、やれることはやった」

 その結果がこれなのか。怒りに任せ両の拳を振り上げる。皆の息を呑む音が聞こえた。

 振り降ろした拳はPCを叩く寸前で止まり、ゆっくりと机に落ちる。

「じゃあ何で、学校がなくなっちゃうの? 学校を護れないの? そんなの……、そんなの………」

 誰も応えてはくれない。理由は千歌だって分かっている。依然から統廃合の話はあった。生徒が少な過ぎて学校運営が難しくなった。いくらAqoursが結果を残したとしても、それで生徒を集められないのであれば、学校を存続させることはできない。子供の感情で、決定を覆せるほど簡単な問題じゃなかった。

 ただ、それだけの話。

「もう1度だけパパに連絡してみる」

 そう言って鞠莉は理事長室から出ようとしたけど、すぐに「おやめなさい」とダイヤに止められる。

「これ以上言ったら、鞠莉が理事長を辞めるように言われる。受け入れるしかない」

 淡々とした果南の声は遠くなっていったが、最後だけは明確に聞き取ることができた。

 提示された結果だけが、突き刺さるように。

「学校は、なくなる」

 

 

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