ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
旅は1通の手紙から始まった。
学生だった姉の学術文献をそろそろ処分しようと本棚の整理をしていたとき、本と本の間に挟まっていた封筒を見つけた。それは姉の死から1年が経ち、ようやくひとりでの生活に慣れ始めた頃だった。
封が開けられた中身は、飾り気のない無地の便箋。紙面には見たことのない文字らしき記号がびっしりと綴られていて、読めたのは最後の「よろしくお願いします」という一文と、宛先と差出人である姉の名前だけ。
宛先の人物は、津上翔一というらしい。
「へえ、そりゃあ災難だったねえ」
観光案内所の受付で、職員の中年女性はそう言いながら笑い飛ばした。
津上翔一を訪ねての旅は、序盤にしてトラブルに見舞われることになった。東海道新幹線で東京を経ったのだが、何でも線路上にタヌキが侵入したとかで静岡駅で足止め。まだ捕獲されていないらしく、運行再開の目処は立っていないらしい。
「急ぎじゃないんですけど、バスとかありませんか?」
「そうだねえ、どこまで行くんだっけ?」
「香川県まで」
「香川ねえ」と独りごちりながら、職員はPCのキーを叩く。「あ」と大仰に声をあげて、
「清水港からフェリーが出てるんだけど、これなら行けるんじゃない?」
地図で航行ルートの説明をしてくれた。目的地の港の辺りなら、新幹線の運休区間から外れている。
「清水港までならバスで多分1時間で行けるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「良いってことよ」と職員はまた笑った。
安堵しながら駅でバスに乗って清水港まで向かったのだが、到着してチケット売り場に行くと出航まで残り3分ときた。出航時刻くらい訊いとけばよかった、と詰めの甘さを痛感しながら連絡通路を疾走した時は、既に出航アナウンスが流れていた。
『お客様にご乗船の最終案内をいたします。13時丁度発の、あかつき号
船に飛び乗りてすぐ、甲板の柵に身を預けてひと息ついた。
「何とか間に合った………」
別に急ぎでもなかったのだが、フェリーなんてバスや電車と違って頻繁に行き来するものじゃない。出来ることなら今日のうちに神戸には到着しておきたかった。
船体がゆっくりと、港の埠頭から離れていく。それなりに大きな船だから揺れも殆ど感じることはなく、自分が移動しているという感覚がひどく稀薄だった。まるで景色が勝手に過ぎていくように見えてしまう。
遠くを見ると蒼みかかった名峰がそびえ立っている。この国で最も高い山が。
――ねえ見て、富士山よ――
不意に、姉の声が聞こえた気がした。きっと姉さんなら子供みたいにはしゃぐだろうな、と思いながら歩き出したとき、
「あっ」
他の乗客と肩をぶつけてしまった。咄嗟に「すいません」と謝ると、
「Oh, Are you injured?」
聞き取れない言語が返ってくる。相手が白くつばの広い帽子をくい、と上げると、潮風になびく金色の髪と透き通るような白い肌が現れる。
「あ、えっと………」
多分英語だと思うのだがさっぱりだ。ソーリーとサンキューくらいしか言えない。相手の少女は立て続けに英語で何か言ってくるのだが、全く意味が分からずただ困惑する。
「もう、鞠莉」
「お困りではないですか」
一緒にいたふたりの少女が溜め息と共に言った。こちらは日本人らしい。長い髪をポニーテールに纏めたほうの少女が頭を下げながら、
「すみません。この子日本語喋れるんです」
「え?」
前髪を切り揃えたほうの少女も深く礼をしながら「申し訳ございません」と謝罪する。見たところ高校生くらいだが、しっかりした子だな、と感心する。
「ほら、鞠莉さんも」
友人に促され、金髪の少女はちろ、と舌を出して、
「Sorry, ちょっと面白かったからつい」
今度は容姿に反して流暢な日本語が飛び出してきたから、尚更に困惑した。
「ああ、いや……。俺のほうこそぶつかっちゃって………」
「問題nothingデース」
これはこれで分かり辛い口調だな、と思いながら苦笑を返す。
「お嬢さん達」
そこへ、中年男性が歩いてくる。まさに精悍、という言葉が似合うような大らかな印象を抱いた。
「せっかくの船旅で浮かれるのは良いが、他のお客に迷惑は掛けないようにな」
流石に金髪の少女もおふざけを控え、罰が悪そうに笑い「すみません」と今度はしっかりとした日本語で謝る。
「ほら、行くよ」
ポニーテールの少女が言い、幼い3人は甲板の反対側へ違う景色を見に行く。
「子供はあれくらい元気なくらいが丁度いいな」
そう言って男性は白い歯を見せて笑った。
「もう、誰彼構わずからかうのはおやめなさい」
こうなるとダイヤの説教が長引くことは、何度も体験済みだ。
「わたくし達は学校の名を背負うスクールアイドルなのですから、他の生徒よりも一層の節度を持ち――」
「雪像を持つ?」
「せ・つ・ど!」
とヒートアップしたダイヤを「まあまあ」と果南がなだめる。
「相手の人も良い人そうだったし」
「そうそう、わたしだってjokeを言う相手くらい選びマース」
「それで良いのですか?」とダイヤは腑に落ちないようだったが、ひとまず頭は冷えたらしい。
「それで」と鞠莉は柵に背を預け、
「夏祭りのライブ、当然出るよね?」
切り出すと、ふたりは分かりやすいほどに顔を俯かせた。「もう」と呆れを露骨に出す。
「まだ東京でのこと引きずってるの? なら尚更出ようよ。stageの失敗はstageでしか取り戻せないのよ? 絶好のchanceじゃない」
ステージ上の圧力に押し潰されてたことなんて、今更責めるつもりもない。鞠莉にだって気持ちは分かる。ダンスの練習中に鞠莉が足を傷めたせいで、振り付けを変えなければならなかったのだから。妥協したパフォーマンスで出演することで、余計にプレッシャーも大きくなったのだろう。
この時ふたりが抱えていた秘密を知らなかった鞠莉は、お構いなしに続けた。
「ほら、足だってもう治ってるし。今度こそ成功させよう」
そう言って足首を回してみる。軽い捻挫だったからすぐに完治した。もう依然のように踊れる。むしろ、更に動けるような気すらしていた。
「でもさ」と果南が、
「鞠莉、留学の話はどうするの? 先生から勧められたんでしょ?」
「そんなの断ったわよ」
さらり、と即答する。「ですが」と今度はダイヤが、
「勧められた学校は名門なのでしょう? そこなら鞠莉さんの将来も――」
「そんなの知らないわ。留学なんていつでもできるけど、School Idolは今しかできないのよ」
教師といい両親といい、何でいつも鞠莉の気持ちを置き去りにして勝手に決めようとするのか。
鞠莉が今居るべきなのは浦の星女学院。
果南とダイヤのいるあの学校でなければ、意味が無いというのに。
2
聞こえてくるのは、かりかり、と何かを擦るような音。追いかけるように像が浮かんできて、音の正体が紙に滑らせるペンだと分かる。書いているのは、触れている手紙と同じ謎の記号の羅列。
「女の人が、見えます。これを書いた人です」
見たままのことを、曜は告げる。若い女性が細い手で、迷うことなく記号を書いている。
「でも、自分の意思で書いてるんじゃありません」
今度は梨子が言った。そう、女性は紙面を見ていない。目は閉じられていて、時折開いた瞳は虚空を見つめている。彼女の右手が勝手に動いているみたい。
「何かの力で、書かされているような感じがします」
まさに、何かに憑りつかれたように。この文字を母語とする者か、あるいは別の存在か。
「それで、手紙の内容は」
北條に促され、曜は梨子と重ねた手を手紙の始まりへと振れ、ゆっくりと横へなぞっていく。
聞こえてくるのは、日本語ではない言語。英語、というわけでもなさそうだ。女とも男とも分からない声でなぞる文面を読み上げられても、内容は理解できない。
言葉が糸のように編み込まれていく。編み込まれた音は像となり、曜の脳裏にスライドショーのように連続していき、速度が増して光景へと移り変わっていく。
視えるのは、対峙するふたりの少年。
「ふたつの力が、戦っています。とても強い力。光と、闇の力。光は闇を憎んで、闇は光を憎んでいます」
北條の声は、少しばかり興奮しているように聞こえた。
「その戦いは、いつどこで起こったんです?」
梨子が答える。
「ずっと……、ずっと昔のことです。わたし達が生きている、この世界ではないと思います」
互いの力をぶつけ合っていた少年たちが、一瞬で青年へと成長を遂げる。成長した姿も全く同じだ。鏡移しのように。どこまでも広がる草原で、周囲の草を薙ぎ、土を捲らせながら、ふたりは全くの無傷で汚れすら付かず力をぶつけ合っている。
ふたりのいる空の色は、夜と昼に分かれていた。決して同時に在ることのできない昼夜が、同時に存在している。
闇の放つ石礫もかまいたちも、光の放つ炎によって一瞬にして燃やし尽くされる。強烈な水を放つも、それすら光の炎は蒸発させていく。
闇は表情を憎しみで満たし、際限なく水柱を飛ばした。光が炎の壁で対処したその隙に、闇は鋭利に尖らせた石を、水に紛れさせ飛ばす。
水と止めた瞬間、炎の壁も消える。その一瞬、まだちらつく炎にあてられて赤熱した石の矢が、光の腹を貫いた。
う、と光が苦悶した瞬間、彼のいた昼の陣営が夜に浸蝕されていく。夜は瞬く間にふたりのいる世界を満たし、完全な帳を降ろす。
闇はほくそ笑んだ。
貫かれた腹を押さえていた光は、侵された夜空を仰ぐ。開けられた腹の穴から光輝く1条の線が解きほぐされた糸のように分かれながら螺旋を描き高く昇っていく。
分かれた線は夜空で絡み合い、もつれ合い、再びひとつになろうと球を形作り、弾けた。
――貴様、何をした!――
闇が叫んだ。光は告げる。
――もう遅い。お前の子供である人間たちに、私の力を分け与えた――
光は夜空を仰いだ。完全だったはずの夜空には、弾けた塵が燐光となって冷たい宙の中を疾駆していく。まるでタンポポの種のように、吹きすさぶ風のまま尾を引いた流星群となって地上へと落ちていく。
――いつか、遥か未来。人間たちのなかに私の力が覚醒する。その時、人はお前のものではなくなるだろう――
光は草原に倒れた。闇の絶叫が世界に響く。
散りばめられた星々への慟哭を聞きながら、光は自らの終わりを悟りながら瞳に自身の残滓である星を映していた。
闇を払うには、まだ弱い無数の輝き。
だがきっと、未来では――
3
それほど多くない乗客たちはデッキで景色を楽しんでいるようで、ロビーには他に誰もいない。
「葦原さん、ですか。ありがとうございました。何か助けてもらっちゃって」
「なあに、女の子はあれくらいお転婆なくらいが可愛げがある」
そう言うと葦原は少し気恥ずかしそうに顔をしかめ、
「うちの息子なんか、元気が過ぎて可愛げなんかありゃしない」
「やんちゃなんですか息子さん?」
「まあ、昔の話だがね。水泳を始めてから、少しはまともになったようだが」
でも元気ならそれで良いじゃない、と思いながら笑った。何だかんだで、葦原も息子のことは満更でもなさそうに見える。
「すいませーん」
そこに、ロビーに若い女性客ふたりが入って来て、
「写真撮ってもらえますか?」
「はい、良いですよ」と即答し、ふたりと一緒にデッキへ出る。富士山を背景に寄り添うふたりに、預かったスマートフォンをかざしながら、
「はい笑ってくださーい。はいチーズ、と………、あれ?」
撮影ボタンをタップしようとしたところで、ピントがずれたのかふたりの姿がぼやけてしまう。あまり機械の扱いに慣れていないから、旅行に行くと撮影係は決まって姉の役目だった。
もたついていると、すぐ隣でぱしゃ、とシャッター音が鳴る。スマホの画面の中に1眼レフカメラを抱えた壮年の男性客が入り込んできて、「あ、ちょっと」というこちらの制止も聞かずふたりに話しかける。
「後で連絡先教えてくれる? 写真送るから。こう見えてもね、昔カメラマン志望だったんだ。良いの撮れてると思うよ」
「本当ですか? 凄い」
まあふたりも喜んでるし、俺が撮るより良いかな。何だか悔しい気もするが、そう自身に言い聞かせスマートフォンを返す。
「良かったら君もどう? 中々良いモデルだよ」
「え、そうかなあ」と照れ隠しに頭を掻く。お世辞でも悪い気はしない。お言葉に甘えて、ふたりと同じように富士山をバックに撮ってもらった。
「ちょっと、純!」
そんな抗議の声が聞こえてきて振り向くと、別の女性客ふたりがこちらへ近付いてきた。ふたりとも若くて、ひとりが眼鏡を掛けた友人らしき女性の手を強引に取りながら、
「あの、私たちも良いですか?」
快く男は了承し、ふたりもやはり富士山を背景に撮影した。眼鏡の女性のほうは終止不服そうで、取り終えるとそそくさと離れていってしまったが。
「すみません、ちょっと人見知りな子で」
そう言って残された女性のほうは男と連絡先を交換して、友人を追いかけていった。名前は橘純、というらしい。
皆でロビーに戻ると、互いに自己紹介をした。カメラマンの男は相良克彦。最初に撮影したふたり組は篠原佐恵子と三浦智子、と。
「相良さんはやっぱりお仕事ですか?」
訊くと相良は「いや」と、
「女房の代わりかな」
「どういう意味ですか?」と三浦が重ねて訊く。
「うちのは体が弱くて、思うように旅行もできなくてね。女房が行きたいところに俺が行って、写真を撮ってきてる。まあ自分で言うのも何だけど愛妻家なもんで」
「良い話じゃないですか」と言うと、相良は満更でもなさそうに笑った。
「本当、いつかふたりで一緒に行けると良いですね」
篠原が言った。「うん、まあね」と相良は応じる。やっぱり旅行は誰かと一緒に行くのが楽しいよな、と思うと寂しさが裡に生じたが、それはここで言うと皆の気分を害してしまうだろう。
それでもやはり、姉さんもいたらな、と考えてしまう。
「でもあれじゃない?」と三浦が言った。
「佐恵子が会社を辞めたら、私たちふたりの旅行はこれが最後になるかもしれないわね」
「え、辞めるの会社?」と相良が訊くと篠原は手を振りながら、
「まだ決めたわけじゃないんですけど。実は、ちょっと友達に一緒にお店をやらないか、て誘われてるんです」
いつかは自分のレストランを持ちたいな、なんて漠然と考えていたから、店と聞いて興味を引かれた。
「どんなお店ですか?」
「ちょっとした輸入雑貨の店なんですけど」
「よしたほうが良い、て」と三浦が被せるように、
「脱サラなんて上手くいくはずないんだから」
「うん、かもしれないけど………」
そこで、「はい、どうぞ」と葦原が人数分の紙コップを乗せたお盆を手にやってきた。「ありがとうございます」と礼を言ってひと口飲むと、ほのかにレモンの香りがした。レモン水か、レストランを持ったらお冷に良いかもしれない。
部屋に乗客が入ってくる。先程の3人組の少女たちだった。こちらに気付くと近付いてきて、
「さっきはsorryだったね。お詫びにサービスするから、機会があればうちのホテルにどうぞ」
確か鞠莉、と呼ばれていたか。
「ホテル?」
「わたしの家、淡島でホテル経営してるの。果南の家はダイビングショップよ」
果南と呼ばれたポニーテールの少女は恥ずかしそうに頬を掻きながら、
「まあ、うちはそんな大したサービスはできませんけど」
「ですが」と前髪を揃えた少女が言った。
「田舎ですが良い土地ですわ。是非いらしてください」
「へえ、ホテルかあ」と相良は零し、
「いつか女房と一緒に行くから、その時もサービスしてくれる?」
「ええ、いつだってwelcomeよ。沼津、ていう街にあるから」
その土地に聞き覚えがあるのか「沼津か」と葦原が、
「奇遇だなあ。うちの息子も沼津に住んでるんだよ」
「そうだったんですか」と驚きの声をあげる。人の縁というのは不思議なものだ。何か良いな、と思える。こうやって何気ない会話で他人との繋がりが広がっていくのは。レストランを持てたら、こんな風に年齢も男女も問わず談笑できる場にしたい。美味しい料理を出して、お客たちが笑顔でいられるような。
そこに、食べてほしかった姉がいなくても。
「おおそうだ、良いものがある」
そう言って葦原はバッグを開けて、中からミカンを出す。
「良かったらどうです?」
掌に納まる果実を見て、果南が吹き出した。「あ、すいません」とすぐに謝るのだが笑みを残したまま、
「幼馴染の子がいつも回覧板と一緒にミカンたくさん持ってくるので、つい」
「確か沼津はミカンが有名だったね。息子が言ってたよ」
朗らかに笑う葦原も大量に持ち込んでいたのか、全員に1個ずつミカンを配っていく。
沼津か、とまだ訪れたことのない土地に想いを馳せる。近いうちに行ってみようかな。この旅の帰りにでも寄っていくと良いかもしれない。
悲鳴が聞こえたのは、丁度皮を剥いたミカンを口にしようとした時だった。
階段の踊り場で倒れているのを見つけた、と証言したのは、橘純とその友人、眼鏡を掛けた関谷真澄のふたりだった。現場には乗客全員が集められて、床に仰向けに倒れたまま微動だにしない青年と対面することになった。
美青年、という言葉では足りない程に、瞳を閉じたその顔は整っている。服装は上下白の無地という何とも味気ない出で立ちなのだが、いくら派手に見繕っても青年の顔の美しさに全てが霞んでしまいそうに思えた。
まるで、白亜という言葉から産まれたみたいだ。
「死んでいます」
白い青年の首筋に指を当てた男性客が溜め息と共に告げる。木野薫と名乗った彼は白い青年の処置を自ら買って出た。もっとも、死んでしまってはもう手の施しようがないのだが。
「見たところどこも外傷は無いようだが。誰か知り合いの方は?」
訊かれ、互いに探るような視線を送り合う。「妙ですなあ」と恰幅のある男性が、バインダーを手に呟く。声に聞き覚えがある。出航の時に船内アナウンスで挨拶を述べていた、確か船長の高島と名乗っていた。
「どうしました?」と葦原が訊くと、緊急事態でも落ち着きを崩さず高島は告げる。
「乗船名簿と人数が一致しないんですよ。この人はどこにも記載されていないんです」
じゃあ何でここに。
疑問が沸いたと同時、声が聞こえた。濾過を重ねた水のように透き通った美声が。
――私は、君を助けるためにここへ来ました――
閉ざされていた白い青年の目が開かれ、こちらを向いた気がした。この場にいるのは自分と彼のふたりだけ。そんな錯覚に陥る。三浦が言葉を発してくれなかったら、そんな幻影が長く続いていたかもしれない。
「こっそり船に乗り込んだんじゃないですか? それで殺人事件に巻き込まれた」
「それって、犯人はこの中にいる、てことですか?」
橘が喚きたてる。緊張が伝播したのか、関谷もヒステリックに喚く。
「冗談じゃないわ。殺人犯なんかと一緒にいられるもんですか」
「今すぐ降ろしてよ!」と騒ぎかけた関谷の肩を抱いて「落ち着いてください」と宥める。「そうです」と木野も同意を示し、
「犯人がこの場にいないとしても、まだ船の中にいるかもしれない。後は高島さんに任せましょう。決してパニックになってはならない」