ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
死体を見ては旅行気分もなくなり、乗客たちはロビーに集まっていた。自分の落ち着きように、少しばかり驚いている。というのも、あの青年はとても死んだように見えなかった。現場に血は流れていなかったし、何より彼の美しさが、死という冷たさとは程遠く思えた。
乗客の中で最も若い3人組を見やると、互いに身を寄せ合ってソファに腰掛けている。暑い季節なのに、小刻みに肩が震えているのが分かった。まだ年端もいかない彼女たちにとっては、刺激が強すぎただろう。
「大丈夫か?」
3人に声をかけた木野はポケットから錠剤のケースを取り出して、「酔い止めの薬だ」と鞠莉に手渡す。
「死体を見たショックで船酔いを起こしているかもしれない。気休めにしかならないが、飲んでおきなさい」
そう告げる木野は、全く重苦しそうな素振りを見せない。
「木野さん、でしたっけ? 凄いですね。あんな事があっても、冷静でいられるなんて」
そう言うと、木野は苦笑とも自嘲とも取れる表情を浮かべ、
「これでも医者でしてね。仕事柄、人の死に立ち会うことが多い。とはいえ、慣れるものではありませんが」
木野はまるで独り言のように語った。ロビーにいる全員が、その言葉へ耳を傾けている。
「さっきの青年のように、若くして死んでしまう人も珍しくない。殆どの人が、後悔しながら死んでいくんです」
そこで木野は鞠莉たちへ視線を落とし、
「君たちは、やりたい事があるみたいだな」
え、という形に口を開いて、鞠莉たちは3人とも木野を見上げた。「済まない、盗み聞きするつもりはなかったんだが」と断りを入れ、
「人は、後悔しないよう生きるべきだ。自分の想いのままに。自分の人生を狭くするのは他人じゃない。本当は、自分自身なんだよ」
それは若い鞠莉たちへ向けられた言葉だったのかもしれない。だけど、この場にいる全員に向けて告げられたように思えた。輸入雑貨の店を始めるか迷っていた篠原にも。この船にいない全ての人々にも。
そして、後悔しながら死んでいった死者たちにも。
2
木野から貰った薬のお陰か、気分も大分楽になった気がする。風に当たりたくなってデッキに出ると、あの青年がいた。
確か名前は、沢木哲也。
気の良さそうな彼でも流石に事件現場に出くわしては思う所があるのか、柵に身をもたげて海原を眺めている。
「沢木さん」
声をかけると、哲也はこちらを向いて「ああ、皆」と朗らかに笑う。どこか寂しそうに見えるのは、鞠莉の気のせいだろうか。
「どうかしたのですか?」
ダイヤが訊くと、哲也は「いや、別に……」とはぐらかす。きっと、木野の言葉だろうな、と鞠莉には分かった。鞠莉の中でも、先の言葉が何度も繰り返し再生されている。
「さっきの話、本当よね」
「自分の人生を狭くするのは自分自身、て話?」
「Yes. わたし達、School Idolしてるの」
「スクール、アイドル……?」
あまり聞き慣れていないらしく、哲也はぎこちなく反芻する。「そうですわ」と鼻息を荒げ出したのはダイヤだった。
「かつてμ’sとA-RISEによってそのジャンルを世に知らしめた――」
「はいはいストップ」と果南が止めてくれる。ダイヤは不服そうだったが、今ばかりは我慢してほしい。哲也だって困った顔をしているし。
「この前に東京のイベントでライブすることになったんだけど………」
「だけど?」
「わたしが歌えなかったんです」と果南が代弁してくれた。
「会場の空気にプレッシャー感じちゃって」
あの時感じたステージの悔しさは、今も鞠莉の中で燻っている。これを消すには、もっと高い水準の歌とダンスを披露するしかない。あの日の観客のどよめきを、今度は歓声に変えるために。
「これがわたくし達の限界なのかもしれない、と続けてよいものか迷っていましたが………」
そんな弱気になってどうするの、と言おうとしたのだが、それよりも先にダイヤは続けた。
「それこそ、自分で自分の人生を狭めていたのかもしれませんわね」
え、と開けた口を開きっぱなしにしてしまう。「うん、そうだよね」と果南も。
「失敗したままで、終わりたくないし」
「じゃあ………」
はやる気持ちのままに、頬が綻んでいく。そんな鞠莉にふたりは優しく微笑んだ。
「夏祭りのライブ、出よう」
「今度こそ、あのパフォーマンスを成功させて、ですわ」
裡から熱いものが込み上げてくる。今にも踊りたくなってしまって、その衝動を懸命に抑えながら、鞠莉は「うん」と頷いた。
「良いんじゃないかな。人生やっぱチャレンジだよ」
哲也も優しく言ってくれる。
「沢木さんも観に来て。excellentなステージにしてみせるから」
「うん」
皆で笑ったあと、果南とダイヤはふと表情を消した。無言のまま視線を交わすと、果南が鞠莉へと向いて、
「鞠莉、実はね――」
「さっきはすいませんでした」
そう告げながら、木野が鞠莉たちのもとへ歩いてくる。
「偉そうなことを言ってしまって」
「とんでもない、良い話でしたよ」と哲也が応じる。タイミングを逃してしまった果南は口を閉じたが、後で訊くとしよう。木野とも、もっと話をしたい。彼は鞠莉を正しい方向へ導いてくれそうな気がする。
「俺、ちょっと考えちゃって」
そう言うと、哲也は海原へ視線を戻した。その横顔は先ほどと同じ、ふとした際に見せる寂しそうな顔だった。
「実は、俺の姉さんも死んじゃったんです。警察は自殺だ、て言ってましたけど、俺は信じていなくて。きっと姉さん、もっともっと生きたかったんだろうな、て」
意外な面だった。陽だまりのように笑う哲也が、そんな想いを抱えていたなんて。家族の突然すぎる死。彼の寂しさの顔は、それを根拠としていたのか。
「そうだ、ちょっと見てもらいたいものがあるんですけど、良いですか?」
「何でしょう?」と木野は哲也と向かい合う。哲也はズボンの尻ポケットから封筒を出して、その中身を広げる。
「姉さんが書いたものなんですけど、お医者さんなら外国の言葉とか色々ご存知ですよね」
受け取った便箋を見て、木野は目を細める。
「こんな言語は見たことがありませんが」
鞠莉も横から覗き込む。日本語の他に英語とイタリア語なら読めるが、綴られた文面の文字はアルファベットではなかった。
突如、船が大きく揺れた。何の前触れもなく。
突然のことにその場にいた全員が尻もちをつく。快晴だった空が、瞬く間に灰色の雲に覆われていく。遠くで雷が、まるで獣のように唸っているのが聞こえた。
「戻りましょう」
木野に言われ、未だ揺れるデッキの上で足をもつれさせながら進んでいく。
先ほどまでの晴天は消え失せ、激しい雷雨の音が耳をつく。波も相当荒れているのか、歩くだけでもひと苦労だった。太陽が厚い雲に覆われ、一気に夜へ転じた変化に船員たちもまごついているらしく、船内の照明は点かないままでいる。
ロビーに戻ると、乗客たちは困惑と恐怖に顔を強張らせていた。外を見やると、激しい波で打ち上げられた海水が柵を越えて窓を雨水と共に濡らしている。そこかしこで稲妻が迸り、一瞬だけ空を照らすもすぐに薄闇のなかへ消えてしまう。
悲鳴が耳朶に響いた。篠原と三浦の声。咄嗟に目を向けると、ソファの一画がぼんやりと光を放ち、その中で先ほど死体で発見されたはずの白い青年が佇んでいる。
「皆さん!」
高島の声が聞こえたが、彼もこの光景に息を呑んでいる。
白い青年はゆっくりと、その美しい顔をこちらへと向ける。
――もうすぐ、君の命を狙う者がやってきます――
その声が発せられた瞬間、他の音が消えた。雷雨の音も、波の音も全て。時が静止したかのような静寂の中で、白い青年の声はするり、と耳孔へ入り込んでくる。
――その前に私の最後の力で、あなたの中の私の力を、覚醒させます――
彼の口から出た「あなた」が、何故か自分を指しているように感じ、無意識に彼のもとへと歩いていた。白い青年は微笑み、身に纏う朧気な光を強めていく。
光は際限なく強まり、白い青年どころかロビー、視界の全てを覆い尽くしていく。何かが体に注がれるような感覚がした。痛みも、違和感もない。
全てを照らす光のなかで、白い青年の双眸だけがはっきりと見える。その瞳が崩れた。光が徐々に弱まっていき、そこにいた白い青年の体が、光の粒子を散らしながら崩壊していく。彼を構成していた粒子も、空気に触れた火の粉のように跡形もなく消えていった。
ロビーにいる全員が、青年のいた1点を見つめている。彼は一体何だったのだろう。そんな疑問に思考を馳せる余裕もなく、事態は第2派へ突入する。
再び光が、ロビーの中心に降りてきた。
最初は隕石かと思った。光の尾を引いた球体が船体を更に揺らし、その場にいた全員が足をもつれさせて転んだ。急激に萎んでいく球体から出てきたのは、人型の影。
「何よ、何なのよこれ!」
関谷が叫んだ。それしか言いようがない。白い青年は人の形をしていたのに、それは人のようで、明らかに人でない存在だった。クジラが人型に進化し地上へ進出してきたかのような化け物、怪人というべきか。
頭蓋から飛び出そうなほどに大きな双眸が、こちらへ向く。直感で悟った。白い青年が言っていた、命を狙いに来る者はこいつだ、と。
腰を抜かしながらも何とか立ち上がり、外へと繋がるドアへ走った。直後、背中に衝撃が走る。まるで巨大なハンマーで押されたかのような力で、ドアを破り外へ放り出される。絶え間なく降り注ぐ雨と高波で、瞬く間に全身が濡れた。
「人でない者に、未来は無い」
頬まで裂けた口から、人間の言葉が発せられる。その異様さに更に恐怖が煽られ、抜かした腰に力が入らない。
怪人は手にした錫杖の先端を向けた。二又に分かれた矛先が迫り、咄嗟に顔を逸らす。切っ先は壁に突き刺さり、一切の抵抗もなく紙のように裂いてしまう。
間髪入れず、抜いた錫杖の尾で頬を突かれた。口端を噛んでしまったらしく、咥内に鉄臭さが広がる。更に背中を叩かれ、床にねじ伏せられたところで人間に似た足で鳩尾を蹴り上げられる。
床を転がりながら、体の節々に走る痛みと恐怖に震えた。怪人はゆっくりと近付いてくる。その姿をしっかりと捉えながら、すくんだ足は動いてくれない。
やられる。
このままじゃ、死ぬ。
怪人が動きを止めた。まるで驚いているようなその素振りに戸惑い、次に自身に起きた変化に気付く。腹の辺りが光っていた。光は渦を巻いていて、次に自分のいる床に紋章のようなものが光を放ちながら浮かび上がる。
脚の震えが止まった。起き上がると、床の紋章は渦を巻いて両足に集束していく。腹の光は強まっていき、まるで第2の心臓のように脈打っている。
これは――
冷えていた体が、裡の底から沸いた何かによって温められていくのを感じた。これは、白い青年から感じたものと同じ暖かさ。
腹から放たれた光が、視界を塗り潰した。
「変わった………」
他の乗客たちと共に窓から事を見ていた鞠莉は、無意識にそう呟いていた。沢木哲也だったはずの青年は、怪人と同じ人でない存在に変貌を遂げている。
金色の鎧に、額から生えた金色の双角。零れそうなほどに大きな赤い双眸。
あれは、戦士と呼ぶべきだろうか。戦士自身も、自分の変化に戸惑っているようだった。変わってしまった顔に触れて、触れているその手も変わっている。
その姿に、怪人は肩を怒らせ錫杖を首元へ向けた。刃が首に触れる寸前で、戦士は柄を掴み切断を免れる。すぐさま武器ごと振り回され、振り解き拳を振るうが簡単に防がれる。
戦士は、その姿でどう力を振るえばいいのか分からずにいるようだった。錫杖の柄で背中を叩きつけられ、床に組み伏せられたところで胸を踏まれ固定される。すぐに拳で足を払い、振り降ろされた錫杖を足で蹴飛ばす。
怪人の手から武器が零れた。丸腰になった敵の腹に、戦士は拳を沈める。怪人もその力は堪えたようで、一瞬だけ身を悶えさせる。でも一瞬だけだ。沈められた拳を掴み捻り上げ、反撃の拳で戦士の顔面を打ち、続けざまに胸に蹴りを入れる。
宙へ放られた戦士の体は柵を越え、デッキの陰に消えていく。「ああっ」と鞠莉は短い悲鳴をあげていた。怪人の存在など意識の隅に追いやり、「おい」という高島の制止もきかず破られたドアへ走りデッキに出る。
怪人はどこにもいなかった。まるで最初からいなかったように。
「おーい!」
高島が荒れる海面に声を飛ばす。他の乗客たちも全員出てきていた。鞠莉も海原の中から彼を探そうとするが、船体を叩く波飛沫が鞠莉たちの顔を洗うばかりで全てを揉み消している。この荒れようでは、助かる可能性は絶望的と言っても良かった。
「せめてもの情けだ」
不意に、その声が聞こえた。「鞠莉!」と果南に手を引かれ、「危ない!」とダイヤとふたりで抱きつかれる。
瞬間、ふたりは崩れるように倒れた。
「果南! ダイヤ!」
体を揺さぶりながら呼びかけるが、全く反応がない。また悲鳴が上がった。皆は柵から後ずさり、豪雨を降らす空を見上げている。その視線を追うと、そこには怪人が浮かんでいた。
雷鳴と雨音がかき乱れているにも関わらず、怪人の声はしっかりと聞こえた。まるで脳に直接語り掛けられているように。
「お前たちもまた、悪しき光を浴びた。
あの男同様、やがて人ではなくなる。
だが、それまでは生きられるだろう。
覚醒の前兆が訪れるまでは。
ただし、この事は誰にも言ってはならない。決して。
忘れるな。
お前たちの時間は長くはない。
お前たちに未来は無いのだ」
その予言。いや、予告と言うべきか。その場にいた、「悪しき光」を浴びた全員を恐怖と絶望へと叩き落とす。
あの光は、鞠莉たちを人でないものに変える。存在することが赦されないものに。哲也のような異形に。この世界から排除されるべき命。
長く続くはずだった鞠莉の未来は閉ざされた。鞠莉だけでなく、果南とダイヤまで、残された時間をいつ終わるかも分からず怯えたまま過ごす。
こんな不条理、あっていいはずがない。
望んでもいない烙印を植え付けられ、運命によって縛り付けられるなんて。
金切り声が、雷雨の音を掻き消さんとばかりに轟く。同じく未来を奪われた者たちの慟哭。もはや人として生きることが叶わなくなった者たちの叫びが。
約束の地を求めても、導いてくれる神はいない。いや、神に憎悪された棄民。
鞠莉も、船を覆う絶望に呑まれていく。突きつけられた世界という恐怖に、泣くことしかできない。
もはやどんな感情を抱いても結末は決まっている。
慈悲を求めようにも、怪人の姿はもうなかった。
3
裡に欠けていた部分が、すっぽりと収まっていく。欠けていたものがあまりにも多すぎて、どれがいつの記憶か混濁してしまう。でも、それはすぐに整理されていった。散らかっていた部屋が掃除されていくように。全てがあるべき場所へと分けられていって、かつての自分という意識を再編成していく。
蘇った全ての事柄が、かつて最も古かった記憶へと繋がる。靴が濡れるのも構わず浜から引き揚げてくれた千歌の声へと。
「そうだ、俺は………」
呟きながら、沢木哲也として生を受け、津上翔一として生きてきた男は軋む体を起こす。
ああ、今度こそ全て思い出した。俺が何であいつを怖れたのか。俺が何でアギトになったのか。
俺は、あかつき号の中であいつに――
三浦、篠原、相良、関谷。
記憶を失っていた間に何も感じられない再会を果たし、未来を永遠に閉ざされた死者たちの顔が脳裏によぎる。
篠原さん、輸入雑貨の店を始められたら行きたかった。
相良さん、奥さんと一緒に旅行へ行ってほしかった。
いつか俺が店を持てたら、皆に料理を食べに来て欲しかった。
外から叫び声と倒された資材の金属音が聞こえてくる。歯を噛んで、翔一は外へと向かった。
放置された資材置き場で、戦士たちは力なく倒れている。止めを刺そうと余裕な佇まいで歩く水のエルの背中へ、翔一は怒号を飛ばした。
「待て!」
足を止めた水のエルが、ゆっくりとこちらを振り返る。
まだ失われていない未来は残っている。
鞠莉、果南、ダイヤ、木野。そして自分も。
これ以上、お前の思い通りにはさせない。
お前のもたらした悲しみは、ここで終わらせる。
「誰も……、誰も人の未来を奪うことはできない!」
溢れ出す闘争が、翔一の腹にベルトを呼び起こす。
「変身!」
力の奔流を炎として噴き出し、