ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
帰宅した鞠莉を出迎えてくれたのは涼だった。旅行の荷物を解く暇も与えてくれず、薫にあてた部屋まで腕を引かれる。道中で説明されたのは、薫が大変、ということだけ。
「どういうこと? 何があったの?」
「俺も詳しくは分からない。奴もさっき目を覚ましたところだ」
スイートルームに入ると、薫はベッドで力なく項垂れていた。腹を押さえつけ、苦しそうに呻いている。
「薫、何があったの?」
「鞠莉……」と薫は鞠莉を認める。1日ほど眠っていたそうだが、あまり体力の回復は見られない。
「奪われた。アギトの力を………」
「え?」「何?」と目を見開く鞠莉たちに、薫は息をあえがせながら続ける。
「俺はもう、変身することができない。戦うな奴とは。あの男とだけは………」
「あんた、知っているのか奴のこと」
「前に1度会ったことがある。だが、奴が何なのかは分からない。分かるのは、奴には勝てないということだけだ」
あの男、と薫は言った。ふたりが遭遇したのはアンノウンじゃなく、人間の姿をしていたということか。それも、アンノウンよりも強大な力を持った。
涼は踵を返し、ドアへと向かおうとする。
「涼、どこに行くの?」
「津上のところだ。奴にも知らせておいたほうが良いだろう」
涼は脚を止めると、薫へと視線を向ける。
「気付いているか? あんたは俺を助けようとした。変わったな、あんたも」
それだけ言って、涼は部屋を出ていった。
「ごめん。俺、千歌ちゃんのお父さんを助けることができなくて………」
全てを語り終えると、翔一はそう告げて締め括った。真実を知って曜の中で芽生えたのは安堵だった。翔一は犯人じゃなかった。信じてはいたけど、ようやく確信を得ることができた。
「別に、翔一くんが謝ることないよ。翔一くんのせいじゃないもん」
千歌もそう言った。曜の安堵のために、ふたりには辛いことを思い出させてしまった。ふたりとも、ほぼ同じ日に家族を失っている。翔一に至っては、唯一の肉親だったというのに。
「でも一体誰が千歌ちゃんのお父さんを」
そう、翔一が当時のことを思い出したからといっても、重要な部分が抜けたままになっている。翔一が遭遇したのは千歌の父が犯人に襲われた後のことで、誰が手を掛けたのか分からないまま。
「日政大学……」
新聞記事を手に取った翔一が呟いた。「お父さんが務めてた大学だよ」と千歌が言った。
「どうかしたんですか?」
ずっと黙っているから梨子が尋ねると、翔一は「同じなんだ」と、
「俺の姉さんが通ってた大学と」
千歌はアルバムを捲った。ページの最後あたりまでいったところで、家庭で撮ったものとは毛色の異なる写真が並んでいる。
「確か、お父さんがゼミの旅行とかで撮ったものなんだけど」
写っているのは曜たちよりも少し年上な、丁度翔一と同年代くらいの若者たち。旅先ではしゃぐ彼らに混ざって、千歌の父も落ち着いた佇まいながらも楽しそうな笑顔を浮かべている。
「これ」
曜が指さしたのは、ゼミ生たちの集合写真。千歌の父の隣で笑っている女性だった。「この人……」と梨子も息を呑む。手紙に触れた時に視えた、謎の文字を書いていた女性。つまりはこの人が
「翔一さんのお姉さんじゃないですか?」
曜の指さす女性を注視し、翔一は「うん、姉さんだ」と頷く。千歌は嘆息しながら、
「何か不思議。お父さんと翔一くんのお姉さんが知り合いだったなんて」
何の反応も示さず、翔一はずっと写真を眺めている。それがとても気味悪く感じられて、恐る恐る曜は「翔一さん?」と呼びかける。翔一は言った。
「そういえば前に北條さん言ってなかった? 千歌ちゃんのお父さんの事件、犯人は超能力者だ、て」
「うん」と千歌は頷く。警察の捜査は、曜が思っていたよりも進んでいたらしい。もっとも、超能力なんてものを警察が認めたことが意外だが。やはり、アンノウンやアギトという不可思議な存在が現れたからだろうか。超能力も、決して有り得ないものじゃない、と。
「俺、行ってくる。北條さんに会いに」
そう言ってエプロンを脱ぐ翔一に、「待って、わたしも行く」と千歌も続いた。勿論、曜と梨子も。
2
バイクで十千万まで行くと、丁度美渡が犬の散歩に出ようとしている時だった。
「あれ、葦原さん?」
「津上はいますか?」
「さっき出掛けたみたいですけど」
「どこに行ったか聞いてますか?」
「さあ、あいつたまに突然いなくなっちゃんですよね」
「そうですか………」
「あ、良かったらうちで待っていきます? 丁度千歌が北海道から帰ってきたから、折角ですしお土産でも――」
「いえ、大丈夫です。突然すいませんでした」
そう言って、エンジンを掛けたままのバイクをターンさせて来た道を戻った。アンノウンの気配は感じられない。ならば何処に行ったのか。
「高海伸幸殺害事件の犯人は超能力かもしれない。ええ、確かにそう言いました」
通された署の会議室で、北條は無表情のままに告げる。心臓の脈が強くなるのを感じながら、翔一は訊いた。
「でもどうしてです? 何故そんな事を」
「遺体の状況からして高海氏は、サイコキネシスによって殺害された可能性があるからです。それに、高海氏は超能力を研究していた節がある」
「超能力の、研究……?」と梨子が怯えた声で言った。千歌も「そんなこと、父からは……」と言葉を詰まらせている。北條はそんなふたりを気遣う素振りも見せず、
「あくまで私の予想です。ですが、確かな根拠はあります」
この会話を予測していたのか、北條は来たときに持ってきたコンテナボックスを翔一たちに見せてくれた。その中のひとつ、ビニールに入れられた手紙を翔一は手に取った。この奇妙な文字の羅列は間違いない。あかつき号で失われたと思っていたのに。
「これは………」
「どうです、見覚えはありませんか?」
「これ……。北條さん、どうしてこれを北條さんが?」
「それは言えません。渡辺さんと桜内さんの協力のお陰で分かったのですが、それは雪菜なる人物が自動筆記で書いた物のようだ。つまり、雪菜なる人間も超能力者だった可能性がある。高海事件の犯人と動揺にね」
「そして」と北條はコンテナボックスから残りの物品ふたつを取り出す。黒いゴムボールとUSBメモリを。
「これは高海氏が住んでいた東京の家で発見されたものです。切断することなくテニスボールの裏と表が逆転している。普通では有り得ないことだ」
翔一はUSBメモリを手に取る。千歌の父が行っていた超能力の研究が、こんなちっぽけな媒体の中に収まってしまうものなのか。機械に疎い翔一には、いまいち実感が沸かない。
「そのUSBには映像ファイルが入っていましたが、何も映っていません。が、ごく小さな何者かの声が入っていた。聞いてみますか?」
正直、中身を知るのは怖かった。以前、一時的に記憶を取り戻したとき、姉の恋人から聞いた話が脳裏によぎる。姉も超能力者だった。姉と同じ力が、千歌の父を殺めたなんて。
でも知らなければならない。高海伸幸の死の真相だけでなく、姉の自殺した本当の理由にも繋がるかもしれない。何故姉が、自身に宿る力に絶望し自殺という選択に至ったのか。
「お願いします」
北條はこれも予測していたらしく、背広のポケットからボイスレコーダーを出す。
「これは映像の中の声を増幅したものです」
再生ボタンを押すと、ノイズに混ざって声が流れる。
『……こっちに、来て………こっちに来て………こっちに…………』
それは聞き間違えのないほどに親しんだ声だった。同時に、3年前にぷつりと途絶えてしまった人の。
「姉さん……」
何で、そんなに苦しそうなんだ。一体何があって。強く脈打つ心臓が今にも破裂しそうだった。家ではあんなに笑顔だった姉が、実は力に苦しめられていたなんて。話で聞くのと、実際の声を聞くのとでは、捉え方が大きく違ってくる。
「っ!」
隣で曜が不意に立ち上がった。「曜ちゃん?」と千歌が不思議そうに彼女を見上げている。その手にはUSBメモリが握られていた。北條はやや興奮したように「どうしました」と、
「何か、視えたのですか?」
「視えた?」と訊く翔一に北條は目を剥きながら早口で言う。
「君は知らないのですか? 渡辺さんと桜内さんには普通の人には視えないものを視る力、透視能力があるということを」
「曜ちゃんと、梨子ちゃんが?」
千歌も初めて知ったらしく目を見開いていて、言葉も出ないようだった。曜はまだ手を震わせている。被せるように、梨子もUSBメモリに触れた。ふたりも怖いのか、無言のままでいる。
「言ってください。何が視えるのか」
北條に促され、曜と梨子は目を閉じる。きいん、と高周波の音が、翔一の脳裏にも流れてくるようだった。何だこれは、と戸惑っていると、呻き声が聞こえる。姉の声だ。こっちに来て、と言っている。
音に続いて、モザイクがかったイメージが流れ込んできた。これは、曜と梨子を通じているのか。モザイクは次第に晴れていく。脳裏に明瞭に浮かんだのは、薄暗い部屋だった。置かれた長机の上にはテニスボールがある。細い手が触れた瞬間、テニスボールは黒く染まった。いや、表裏が逆転し、裏地のゴムが表に現れた。触れた手はボールを払いのけ、机に長い髪を振り乱しながら女性が突っ伏している。
姉さん!
僅かなライトの光が、その顔を映し出した。苦悶に顔を歪めた姉は息をあえがせながら、壁に背を預けて床に崩れ落ちる。それでも苦しみは和らぐことはなく、頭を両手で押さえつけている。姉の腹が光を放った。光は強まっていき、姉の体どころか像の全てを塗り潰すほどに眩く――
「まさか……、そんな………」
頭の中で、パズルが組み上がっていくようだった。千歌の父と姉が所属していた大学。ふたりが携わっていた研究。その力の正体。
「そんなこと………!」
気付けば翔一は駆け出していた。「津上さん!」という北條の制止もきかず。
「翔一くん!」
会議室から飛び出した翔一を千歌は追いかけてきた。それも無視して、翔一は署内を走り外に出てバイクへ向かう。
「どうしたの? 翔一くん!」
もはや視界に千歌の存在なんて映っていなかった。エンジンを掛けて走り出す自分を「翔一くん!」と呼ぶ千歌の声すらも届かず、往くべき場所へと向かった。
飛び出していったふたりを追う事はせず、開いたままの扉を閉めた北條は曜たちに向き直る。
「教えてください。何が視えたのです?」
イメージの残滓は、まだ曜の脳裏にしっかりと残っている。苦しみに喘いでいる翔一の姉が放った光。光が晴れた瞬間に現れた、金色の角に赤い目を持った存在を口に出す。
「アギト……」
「アギト?」と北條は反芻する。「はい」と曜と同じものを視ていた梨子が頷き、
「変身しました。女の人が、アギトに………」
翔一が変身した姿に比べたら華奢な体躯で、一瞬で元の姿に戻ったが間違いない。あの姿はアギトだった。翔一もメモリの中身が視えたのだろうか。姉もまたアギトと知って、彼は何をしに行ったのか。
曜は彼の心意を理解していたのかもしれない。ただ、想像できる事の恐ろしさに蓋をしていたのかもしれない。
でも、北條にその蓋を取り払われる。
「やはり犯人はアギトでしたか。そうではないかと思っていたのですが」
「どういう事ですか?」と曜は訊いた。聞けば後戻りできない、と理解しながらも。いや、ここに来た時点で逃げられない領域にまで踏み込んでいたのだろう。
「恐らく高海氏はサイコキネシスで殺害された。アギトになる前の人は、とてつもない超能力を発揮する。その力が、高海氏の命を奪ったのです」
当たってしまった。予想が最悪な方向に。
北條は強く告げる。
「これが、どういう事か分かりますか? アギトは必ずしも、我々の味方ではないという事ですよ。人間にとってアギトは、アンノウン以上の脅威になるかもしれません」
翔一が偶々そうだっただけで、全てのアギトが人間の守護者になれる訳じゃない。北條の語る脅威とは、アンノウンという恐怖が去った後を見据えた、次の恐怖だ。今この瞬間、世界のどこかで新しいアギトが現れているのかもしれない。強すぎる力は善とは限らず悪にも転じ、人間に牙を剥いてしまう。
そうなれば、力を持たない人間に立ち向かう術はない、と。
3
どこだ津上は。
バイクであちこちを回る毎に、焦燥が募ってくるばかりだ。市内のスーパーにも、港の魚市場もくまなく探したがどこにもいない。まさか隣町のスーパーにまで行ったのか。特売セールのためにわざわざ遠出するような男だから十分にあり得る。
狩野川沿いの県道に入ったところで、視界の上で何かが迫ってくる。鳥か、と思った瞬間に戦慄が走った。咄嗟に身を屈めると、すぐ真上を影が掠めていく。バイクを停めて後方を見やると、人型の異形が翼を畳み降り立った。昨日木野と戦っていた、フクロウのようなアンノウンだった。
「変身!」
ギルスに変身した涼に、フクロウは翼を広げ滑空してくる。跳躍し、その背中を蹴落とした。地面に伏した敵の鳩尾にすかさず蹴りを入れ、転がったところで更に胸を蹴飛ばす。
こんなところで相手をしている暇はない。翔一を探す、という目的のため、涼はフクロウに反撃を許さない勢いで攻撃を加えていった。襟首を掴んで起き上がらせ、顔面を殴打していく。血反吐を吐いた敵の腹を蹴飛ばし、間合いを広げた。このまま止めを刺そうと足に力を込めた時、視界にそれは入り込んだ。
黒衣に身を包んだ、黒い青年。
最悪のタイミングに涼は舌を打つ。黒い青年の掌から、光り輝く球が現れた。初めは野球ボール程度の大きさだった球は膨らんでいき、掌に収まり切らなくなったところで宙に放たれる。
人間ひとりが収まりそうなほどに巨大化した球の外殻が割れた。まるで卵から孵ったように、中からハヤブサのような翼を持ったアンノウンが現れる。
産まれたばかりのアンノウンは、既に自分の使命を知っているのか迷うことなく涼へ迫ってくる。指先から伸びる鉤爪が涼の脇腹を掠めた。振り上げられた拳をいなしたところで、待ちわびたのかフクロウに突進をかまされ突き飛ばされる。
これは分が悪い。間髪入れず襲い掛かってくる2体のアンノウンの攻撃をかわしながら、辛くも拳や蹴りを入れていく。だがどれも手応えが浅い。涼が攻撃しようものなら、片方が組みついて邪魔してくる。
アンノウン達が同時に離れた。開けた視界の中心で、黒い青年が手をかざしている。咄嗟に横へ飛ぶと、すぐ横を視えない波動が吹き抜けた。直後に足元が爆ぜる。爆風に煽られながらも跳躍しバイクへ飛び乗った。触れた瞬間に変化したバイクのアクセルを吹かし、急ぎこの場から逃れようとする。
飛ぶための翼を持つアンノウン達は速かった。すぐにフクロウが涼に追いついてきて、蹴りで追い払うもすかさずハヤブサのほうが横からバイクのボディに突進する。
立て直しはきかず、マシンごと突き飛ばされた涼の体は真っ逆さまに、道路の横を流れる狩野川へ落ちた。
屋敷へ行くと、沢木哲也は拒むことなく翔一を入れてくれた。客間へ通してくれてお茶を淹れようとしてくれたのだが、翔一はその厚意を断りいつまでも冷めない興奮のまま、怒気を含んだ声で尋ねる。
「あなたは……、あなたは知ってたんですか? 姉さんが、姉さんがアギトだった、てことを」
「俺の知っていることは、全て君に話したはずだ」
沢木は落ち着いた姿勢を崩さず、それが翔一の神経を逆撫でする。
「嘘だ。まだ何か隠してるんじゃないですか? 姉さんはアギトになった。そして千歌ちゃんのお父さんを……高海伸幸さんを………」
「高海? 誰のことだ?」
「とぼけないでください! じゃあこれは何なんですか!」
と翔一はポケットから出した写真を突き付ける。高海伸幸のゼミ生たちの集合写真。その中には目の前にいる沢木哲也、本物の津上翔一の姿も写っている。写真の中にいる自身を見ても、沢木は眉ひとつ動かさない。もはやこの中にいるのは、今の自分とは別人とでもいう態度で。
「前に言ってましたよね。大学の先生のところで姉さんと知り合った、て。あれは高海さんのことだったんだ。あなたと高海さんは姉さんの超能力を研究していた。でも姉さんはアギトになって、高海さんの命を奪ったんだ………」
「違う!」
沢木は叫んだ。翔一の肩を掴んで、これまでと打って変わって荒げた声で言う。
「雪菜が、君の姉さんが人を殺すはずがない。高海先生は……俺が、俺がやったんだ、この手で!」
「嘘だ。あなたがどうやってやった、て言うんです。あなたにも超能力がある、て言うんですか? もしそうなら証拠を見せてください!」
「落ち着け!」
沢木の目は、何かにすがっているように見えた。愛した人が誰かを傷付け殺めるはずなんてない。そんなもの、かつてこの男が言っていた勝手なイメージじゃないか。沢木がそう思っていただけで、それが姉の全てじゃなかった、というだけの話だ。
この期に及んで、この男が一体何を護ろうとしているのか分からなかった。隠し護り通したところで、もう手遅れじゃないか。
「信じるんだ俺を……。信じてくれ!」
沢木の眼差しで理解できる。最悪の予想は真実だった。
今更になって何を信じればいい。陽だまりのような笑顔で育ててくれた母であり姉だった人が実は超能力者で、その正体は自分と同じ力だった。その力が殺人なんて最悪の行為に使われた。
しかもその矛先が、護るべき千歌の父親だったなんて。
「………もういいです」
肩に掛けられた沢木の手を払い、弱く呟く。何もかもどうでもいい。悔いたところでもう過ぎてしまった。戻るものなんて何もないのだから。
懺悔するべき千歌の父も、償うべき姉もいない。向ける先のない感情は残された翔一の裡に渦巻いて、ただ肥大していくだけだった。
『アギト』サイドが重すぎる………。
今回は『サンシャイン』サイドが黒澤姉妹のエピソードなので『アギト』サイドの沢木姉弟のエピソードに通じるものがあるかと思ったのですが、いやベクトルが違いすぎる。
何ていうか、色々な姉妹や姉弟の形があるんですね………。