ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
迎えに行ってあげてほしい、と鞠莉から伝えられ、ダイヤはふたつ返事で妹の待つ函館へ飛んだ。仕方ない、と皆の前では溜め息をついてこそいたけど、妹の顔見たさにはやる気分でいたのは内緒だ。
夕暮れの函館空港から出ると、ダイヤは携帯電話のメール画面を開く。ルビィから届いた、待ち合わせ場所を綴った文面。指定通り函館山のロープウェイに乗ると、そこには意外な同乗者がいた。
「聖良さん?」
「あら、どうしてここに?」と聖良も驚いた顔をする。何だか妙なものだ。いつもは理亜とふたりでいる印象の彼女が、たったひとりでこんな空飛ぶ箱に乗っているなんて。もしかしたら、向こうもダイヤに似たような違和感を覚えているのかもしれないが。
「いえ、ちょっとここに来るように言われまして」
「え? 実はわたしもです」
どうやら、お互い似たような事情だったらしい。聖良も理亜から函館山に来るように言われたのだとか。一体何なんでしょうね、なんてふたり揃って首を傾げながら、妹たちの待つ山頂へ目を向けた。既に陽は暮れて、空は茜の残滓を微かに残すだけになっている。冬になると日没までの時間はほんの僅かなもので、ロープウェイが山頂に到着する頃にはすっかり夜の帳が降りていた。
山頂の展望台へ聖良と一緒に行くと、そこにはルビィと理亜が並んで、ダイヤ達を待ってくれていた。気のせいだろうか、妹の顔つきが、少しばかり変わったように思える。理亜の方はより顕著だった。以前菊泉で見たときは棘のある顔だったのに、今はまるで、憑き物が落ちたように穏やかだ。
妹たちはそれぞれの姉に葉書を手渡す。受け取ったそれはクリスマスカードだった。サンタクロースやオーナメントのイラストで縁どられた中央には「ダイヤお姉ちゃん」とだけ綴られている。聖良の方には「聖良姉様」と。
「これは?」
ダイヤが訊くと、理亜とルビィが交互に答える。
「クリスマス」
「プレゼントです」
妹たちは更に続ける。
「クリスマスイブに、ルビィと理亜ちゃんでライブをやるの」
「姉様に教わったこと全部使って、わたし達だけで作ったステージで」
「自分たちの力で、どこまでできるか――」
「見て欲しい」
ダイヤは妹の顔を見つめる。あんなに小さくて、いつもお姉ちゃん、と泣いてばかりいたのに。ちょっと離れている間に、本当に大きくなったものだ。逞しく、そして美しくなってくれたルビィにかける言葉はそう簡単には見つからない。
「あのー」
と聞き慣れた声が聞こえ、階段を上った先のデッキへと視線を移す。そこには他のAqoursの皆がいた。
「わたしのリトルデーモン達も観たい、て」
なんて言う善子に「誰がリトルデーモンよ」と梨子が突っ込みを入れている。通りで、と全てに納得がいく。やけに新幹線と航空券の手配が早いと思った。
「千歌ちゃん、みんな!」
ルビィが呼ぶと、恐らくダイヤとは別便で来たのだろう千歌は笑顔で応じる。「来てたの?」と理亜も嬉しそうにしていた。千歌は四角い箱を掲げ、
「翔一くんがSaint_Snowさんに、て。特性の白菜とグレープフルーツケーキ」
また何と奇天烈なものを、と苦笑してしまう。「白菜と……」「グレープフルーツ?」と聖良と理亜も首を傾げている。まあ翔一特性なら、味の保証はできるだろう。
「鞠莉ちゃんが飛行機代出してくれるから、皆でトゥギャザーだって」
と曜が敬礼すると「あったり前デース!」と当人が、
「こんなevent見過ごすわけないよ」
「流石太っ腹」
と果南が言ったら、「太いのは善子ちゃんずら」と花丸が悪戯に笑う。「うにゃー!」と善子が猫なんだか分からない声を上げ、皆の笑いを誘った。
「姉様」
「お姉ちゃん」
呼ばれ、妹たちに視線を戻す。ふたりは声を揃えて問いかけた。
「わたし達の作るライブ、観てくれますか?」
言葉よりも、身体が先んじていた。愛しい妹を強く抱きしめる。妹の強さは、姉である自分が最も分かっていると思っていた。でもそれは驕りだったと分かる。この子は自分が思っているよりも遥かに強かった。もう誰かの後ろに隠れることなく、自分の足で歩いて行ける。往く先がどんなに遠く険しくても、きっと。
「もちろん」と理亜を抱きしめる聖良に続いて、ダイヤも誇らしい妹に告げる。
「喜んで」
体を離すと、曜の楽しそうな声が聞こえた。
「どんなライブになるのかな?」
「楽しみね」と梨子も笑う。この楽しさと笑顔は、ルビィ達が作ったもの。遠く離れた土地で、他のグループと手を取り合った新しいステージ。想像するだけで、ダイヤの胸も高まる。
「それじゃ、わたし達も次のサプライズの準備に取り掛かりますか」
千歌が言うと、他の皆が一様に頷く。
「きっと凄いライブになるよ。この景色に負けないくらい」
そう告げる千歌の視線を追うと、そこには函館の夜景が広がっている。店のネオンや、住宅から漏れる照明。冬の澄んだ空気が、街に溢れる光をより映えさせてくれる。街そのものがクリスマスのイルミネーションのようだった。これがSaint_Snowを育んだ街の煌き、と思うと感慨深い気分にとらわれる。
煌く街を背景に、理亜とルビィは言った。
「今のわたし達の、精一杯の輝きを――」
「見てください!」
2
思い出して啜ったお茶はすっかり冷めていた。茶葉の量もお湯の温度も適当に淹れてしまったから、ひどく不味い。今は何時だろう。そろそろ夕飯の支度をしたいところだけど、重い腰は上がらない。こんな状態で作ったケーキを函館へ経った千歌に持たせたが、果たして美味しく作れただろうか。
ケーキを受け取ったとき、千歌は太陽のような笑顔を見せてくれた。翔一の護りたいと願う笑顔。あの顔が翔一のせいで冷たく歪んでいくのが怖ろしく、現実から目を背けたくなる。
頭を空っぽにしようと思考を止めてみるのだが、空虚になった脳裏には容赦なく姉の姿が浮かび上がる。こっちに来て、と縋りながら、光を放ち自身と同じ姿に変貌する姉。そんな事はない、と翔一も信じたい。あの優しかった姉が、殺人なんて所業を犯してしまうなんて。現に姉の仕業だなんて証拠はない。でも、姉以外に容疑のある人物がいないのも事実だった。沢木は姉以外の超能力者の存在を語らなかった。超能力、それもアギトになるほどの力を持っていたのは姉ひとりだけ。
考えれば考えるほど、朧気だった真相は明確になっていく。やはり姉しかいない。自身の力が人を殺めてしまうほどの、怪物じみたおぞましい力と知って、姉は自ら命を絶ってしまった。
「ただいまー」
と声が聞こえた。視線を僅かに転じると、鞄を抱えた女将だった。旅行鞄はそれほど大きくはないのだが、小柄な彼女が持つと対比で大きく見えてしまう。そういえば、クリスマスには帰ってくる、と連絡があった気がする。
「あら、翔一君だけ?」
「はい……」と翔一はか細く応じ、
「千歌ちゃんは北海道に行って、志満さんと美渡は晩ご飯までには帰る、て………」
「あら、そうなの? もう、せっかく帰ってきたのに冷たい子たちねえ」
「はい………」
こんな事にならなければ、女将の帰宅を笑顔で迎えられたのに。そんな弱々しさに違和感を抱いたのか、女将は翔一の顔を覗き込んでくる。
「どうしたの翔一君? 暗い顔して」
翔一は女将の顔を見やり、すぐに視線を逸らした。考えてみればすぐに思い至ることだ。高海伸幸氏は千歌だけでなく志満と美渡の父親で、女将の夫でもある。この家族には知る権利がある。まずは女将に全てを打ち明けよう。
「女将さん……。俺、やっぱりここにはいられません………」
「何を言ってるの」と女将は翔一の傍に腰を降ろし、
「志満から聞いたわ。記憶を取り戻しても翔一君は翔一君じゃない。それとも何? 昔の恋人が現れて、一緒に暮らすことになったとか」
女将は楽しそうに笑う。彼女の笑顔は、千歌によく似ている。それが尚更に、翔一の胸を締め付ける。
そう、志満も美渡も、そして千歌も、記憶を取り戻した翔一を受け入れてくれた。翔一を家族と言ってくれた。こんな温かい家族と離れるのはとても寂しい。でも、それは赦されないことだ。この温かい家族と翔一――いや沢木哲也は、歪な縁で結ばれていることを知ってしまったのだから。
「いえ、そんなんじゃないです。千歌ちゃん達のお父さん、女将さんの旦那さんのことで………」
そう言うと、女将の表情から感情の色がさ、と消えた。こんな顔をされることは分かっていた。更に続ければ、憎悪の目を向けられるかもしれない。それでも告げなければならない。
「実は、俺の姉さんが犯人だったかもしれないんです………。だから、もうここには居られません」
女将が今どんな表情をしているのか、怖くて見ることができない。
「俺、昔のことなんて思い出さなければよかった。まさかこんなことになるなんて……。ずっと……、ずっと記憶喪失のままでいればよかった………」
無責任な発言だとは自覚している。でも吐き出さずにいられなかった。記憶がないまま、津上翔一のままでいれば、ここの家族としてずっと温もりに包まれていたのに。この温もりを、家族の居場所を護るために戦い続けることができたのに。
「………翔一君の、お姉さんの名前は?」
感情が乗らない声色で女将は訊いた。
「沢木雪菜、ていいました………」
「沢木……雪菜………」
途切れ途切れに、女将は夫を奪った人物の名前を反芻する。だが、その声色に憎悪は感じられなかった。どこか戸惑っているような、初めて知るはずが彼女の反応に違和感を抱き、翔一は女将の顔を見つめる。
「知ってるんですか女将さん? 姉さんのこと」
今度は女将が視線を逸らした。右往左往と泳ぐその視線をじ、と眺め続けながら、「女将さん」と翔一は更に問う。
「確かに、翔一君の言う通りね」
そう言って女将は立ち上がった。
「人には思い出したくないこと、忘れてしまいたい記憶というものがあるわ。でもそれは無理な話ね。忘れようとすればするほど、そういう記憶は何度も何度も蘇ってくる………」
振り返った女将は、翔一にとても悲しげな視線を向けた。悲しみだけじゃない。どこか、懺悔のようなものを含んでいるようにも見えた。翔一は大いに戸惑った。憎まれても仕方のないはずが、何でこんな目を向けられるのか。
「彼女が、翔一君のお姉さんだったなんて………」
「どういうことです? 何を知ってるんですか女将さん?」
沈んでいた気分が、疑問によってふれ上がり翔一を立ち上がらせる。小柄な女将は翔一を見上げながら言った。決して目を逸らさずに。
「翔一君。ここに居られないのは……、娘たちの母親でいられないのは私のほうなの」
「女将さん? 何でそんな………」
「娘たちの父親を、伸幸さんを死なせたのは………、この私なの」
一体何を言っているのか、全く理解できなかった。沢木といい女将といい、何故誰もが翔一を混乱させるのか。
「何馬鹿なこと言ってるんです。女将さんにそんなことできるはずないじゃないですか。ふざけないでください」
「私は――」
女将が言いかけたとき、翔一の脳裏に冷たい戦慄が走った。
3
ステージになった八幡坂の下は、時折響く車以外は一切の静寂に包まれている。この日のための特設ステージだけど、特に凝った舞台装置はない。装飾は街路樹のイルミネーションで、観客席は歩道。この街そのままが舞台。
「緊張してる?」
背中合わせに立つ理亜に尋ねると、「ううん」と返ってくる。
「ルビィも、不思議と落ち着いてる」
本番前は緊張するものだけど、今はとてもリラックスした気分だった。沢山の人が見てる、という認識はあるけど、どこか宙に浮いたようで現実味が沸かない。
「お姉ちゃんが近くにいるからかな」
「それも勿論あるけど、それだけじゃない」
そう言って、理亜は手を握ってくる。
「あなたがいたから、ここまで来れた」
「理亜ちゃん………」
理亜から告げられた不器用な感謝に応え、ルビィも手を握り返す。いつか姉に、成長した自分を見て欲しい、と思っていた。きっかけを与えてくれたのは理亜だ。短い間だったけど、全力で切磋琢磨した全てをここで出し切ろう。スクールアイドルは、いつだって最高のパフォーマンスを披露するもの。
それぞれの姉から与えられ、裡で育んできたものを見せよう。
そして届けよう、大切な人に。
曲のイントロが流れると同時に、雪がちらついてきた。掲げたルビィの掌に落ちた氷の粒は、すぐに体温で溶けてしまう。溶ける寸前、照明を反射し爛々と光る結晶を、ルビィは確かに視ることができた。
これが、理亜が聖良と共に追い求めてきた輝き。ふたりの始まりで、どこへ往くべきか迷ったときでも、常に提示されてきた標。
ルビィ達が作った衣装を着たメンバー達が、ステージになった道路に躍り出る。ルビィの見立て通り、ダイヤの衣装はよく似合っていた。聖良も、理亜がこだわり抜いた衣装を着こなし、完璧と言っていいステップを踏んでいる。
姉たちの出演を明かしたのは本番直前だったのだが、ふたりなら歌もダンスも完璧にこなせると確信していた。沼津にいる間、果南に練習用と称してこの曲のステップを練習メニューに組み込んでもらうよう頼んでおいたから。聖良のほうにも、ルビィ達にダンスを指導してほしい、とステップを覚えてもらっていた。今までの事が全てこの瞬間のための伏線だった、と知った姉たちの驚きようは、思わず理亜とハイタッチしたほど。
歌いながら、踊りながら、ルビィは確かに感じ取っていた。ダイヤの背中と熱。その存在の全て。ダイヤだけじゃない。理亜や聖良、他のAqoursの皆を。
Saint Aqours Snowとしてステージにいる11人分の裡に宿るものが、この街に満ちていくのが分かる。各々が裡で温めて育んできたものが、弾け飛んでいくようだった。これはこの瞬間の、この11人でなければ放てないもの。まさに雪の結晶のような、刹那的な輝き。
きっとこの世界には、もっと沢山の輝きがある。ここに来てくれた観客たちの裡にも眠っている。それはふとした瞬間、ほんの些細なきっかけで目覚めるのだろう。
踊りながら、理亜と目が合った。互いに笑い合い、この瞬間に灯った熱を抱きしめる。
スクールアイドルをやって、お姉ちゃんが居てくれてよかった。
この曲を作って、理亜ちゃんが居てくれてよかった。
イベントが盛況で終わった道中で、ダイヤの裡にはまだステージでの熱が残っていた。またこの面々で歌えたら、なんて欲が出てしまう。いつになるか分からないけど、また歌いたいと思う。その時は自分も曲作りに携わって、皆で手作りのライブをしたい。
「姉様。わたし、Saint_Snowはやっぱり続けない」
一緒に帰路についていた理亜が、唐突にそう告げた。「え?」と口を開けたままの聖良に背を向けたまま、理亜は掌で降ってきた雪の粒を受け止める。
「これは姉様との思い出だから。世界にひとつしかない、雪の結晶だから」
それはつまり、Saint_Snowはここで終わるということ。地区予選敗退で、リベンジもしないまま。たとえ惨めな結果でも、姉妹の聖域であることに変わりはない。ならば、聖域のまま終わりにしよう、と。
「だから新しいグループで、違う雪の結晶を見つけて、姉様にも皆にも喜んでもらえるスクールアイドルグループを作る」
そう言って姉を振り返る理亜は笑っていたけど、目尻に涙を溜めていた。彼女もまた、自分の足で進み始めるのだろう。姉との思い出を裡に抱きしめながら、これまでとは全く違う場所へと。
「見てて」
家路に駆け出す理亜を、聖良は追おうとはしなかった。ふう、と白い息を出しながら浮かべた笑みは、安堵したかのように穏やかでいる。
「理亜は、昔から恥ずかしがり屋で、誰とも中々話せなかったんですよ」
そう呟く聖良に、ダイヤは微笑を漏らした。何故ならルビィと全く同じだったから。極度の人見知りで中々友達ができなくて、遊び相手がダイヤしかいなかった。でも、ルビィは幼い頃のままじゃない。理亜だってそうだ。ふたりとも、自分たち姉のいないところで目を見張るほどの速さで成長を遂げていく。
「ふたりとも、もうすっかり大人ですわね」
「はい」
と応じる聖良は、どこか寂し気だった。その寂しさも、ダイヤは共感できる。これから離れる時間が長くなればなるほど、かつてのよく知る妹じゃなくなっていくだろう。どこかでダイヤの知らない力を身に着け、もしかしたら先を往かれるのかもしれない。
でも、それでいい。姉なんて矮小な存在で彼女たちを縛ってはいけない。もう、妹なんて呼べるほど小さな人間じゃないのだから。
「祝福しましょう。ふたりの新しい羽ばたきに」
4
ようやく傷が癒えて、十千万へバイクを走らせる涼の前に、アンノウン達は見計らったかのように現れた。
「変身!」
狩野川沿いに広がる田園に、アンノウン達は図々しく降り立つ。稲刈りを終え水も引かれた田に涼も飛び込んで、フクロウの顔面に拳を沈める。すかさずハヤブサへ攻撃しようとしたところで、しゅ、と空気を裂くような音と共に胸に痛みが走った。見下ろした胸には1条の線が引かれ、そこから鮮血が垂れている。不敵な笑い声のような声を漏らすハヤブサの手には、血に濡れた鉤爪が伸びている。
咄嗟に涼はハヤブサの顔面に肘打ちを見舞った。こんなところで戯れに付き合っている暇はない。たたらを踏む敵に踏み込もうとしたとき、フクロウが跳びついてきた。腹に蹴りを入れて間合いを保ち、体勢を持ち直したハヤブサの拳をいなし反撃の拳を突く。
涼の視界に人影が入り込んだ。田園を挟んだ砂利道に誰かが立っている。その姿を捉えたと同時、アンノウン達が涼から離れた。
刹那、腹が貫かれる。奇妙なことに、腹に穴は開いていなかった。目を向けると、砂利道に立っているのは、こんな田舎の田園風景には似合わない、不気味なほど美しい黒い青年。
涼は自分の身に何が起こったのかを悟った。抗おうにも、身体の力が抜けて仰向けに倒れる。腹のベルトから、光の球が浮かび上がる。それと同時に変身が解けた。光の球は少年の姿を形作り、涼の体にしがみつこうとする。だが、磁石に引っ張られるように少年は涼から離れ、光の球に戻り真っ直ぐと宙を駆け黒い青年の腹に収まる。
力を喰らった青年は、木野の時と同じように苦悶の声をあげた。
「葦原さん! 大丈夫ですか!」
その声と共に、翔一が涼のもとへ走ってくる。来るな、と叫びたいが声が出ない。腹の痛みが凄まじく、身動きすらも辛かった。
翔一は敵の存在に気付いたらしく、対岸へ目を向ける。
「あの人は………」
結構な距離があるにも関わらず、黒い青年の声はしっかりと涼の耳にも届いていた。
「貰いますよ。君の、アギトの力を」
何とか体を持ち上げ、肩を貸そうとする翔一を突き放しながら声を絞り出す。
「逃げろ……、逃げるんだ!」
困惑の表情を浮かべる翔一に、身を潜めていたフクロウが飛び掛かる。フクロウは先ほどまで戦っていた涼には目もくれなかった。もうギルスじゃ、脅威じゃなくなったということか。
組みついたフクロウの腹に蹴りを入れた翔一は腹にベルトを出現させる。
「変身!」
駄目だ津上、逃げろ。奴のいないところまで。声にならない叫びは、アギトに変身した翔一に届かない。続けて現れたハヤブサの胸に裏拳を見舞い、田の泥に沈める。
フクロウの振り翳す拳を避けつつ、翔一は身を屈め敵の足を払った。宙を回る敵の腹に拳を突き上げ、更に背中に踵を落とし地面に叩きつける。
ごほ、と咳き込みながら立ち上がろうとする敵の顔面に、翔一は渾身の拳を打ち付けた。あまりの強さにフクロウの頭が千切れ、ごろんとサッカーボールのように泥の上を転がる。断末魔の叫びをあげる間も与えられることなく、離れた頭と胴体は同時に爆発し消滅した。
ちらちらと揺らめく残火の中に佇んだまま、翔一は自らの立つ道の進路上へ目を向ける。その先には、対岸にいたはずの黒い青年がいた。黒い青年は忌々しい存在へ険しい視線を向けている。いくら憎しみを抱いても、どこまでも整った容貌は醜く歪むことはない。
翔一なら勝てるかもしれない。涼のなかで、そんな淡い期待が生じた。アンノウンを一撃の拳で葬るほどに力を高めた翔一なら、もしや――
角を開いた翔一は、足元に紋章を出現させる。深く腰を落とし、渾身のキックを浴びせる敵を見据えている。黒い青年は1歩も動かず、完全に丸腰だった。翔一の浮かべる紋章が渦を巻き、右脚に集束していき――
瞬間、紋章が炎に変わり翔一の体に噛みついた。
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