ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第2話

 

   1

 

 十千万での元旦は華やかに彩られた。玄関には大きな門松を飾り、居間には立派な鏡餅。そして女将と3姉妹は振袖でおめかし。女将はこの日のために翔一の着物も用意してくれていて、あまり慣れない恰好は馬子にも衣裳なのだが女将と志満は似合っている、と褒めてくれた。

「じゃーん、明けましておめでとうございます」

 年末から仕込みをしていたおせち料理を囲む食卓にやって来た千歌は、「お年玉」と書かれた半紙を手にしている。朝から熱心に書初めをしていたらしい。墨汁で書かれた「お年玉」はかなりの達筆だった。何でも小学校の頃、冬休みの課題に出された書道で毎年表彰されていたらしい。

「はい、おめでとう」

「あけおめー」

「おめでとう」

 女将と美渡と志満は新年の挨拶を返すと食事に戻る。皆のお茶を淹れながら、翔一も「おめでとう」といつもの調子で返した。

「それより、お正月ですよね? お正月、ですよね?」

 と千歌は家族ひとりひとりに渾身の書初めを見せて回る。毎年のことに志満はぐい呑みで清酒を嗜み、美渡は翔一手製のかまぼこを食べている。翔一もふたりからは相手にするな、と言われていたから、苦笑しながらしいたけの顔に付いた墨を拭き取ってやる。書初めのときに巻き添えを食ったのだろう。

「お正月、ですよね?」

 残る母に縋るのだが、女将は「こら、はしたない」と穏やかに末娘を窘める。「ごほん」と千歌はわざとらしく咳払いし、

「今年で高校3年になるわたしが言うのも何ですが、一応学生の間は頂けるという話が一般的と聞いたこともありますし、ちょっと懐も寂しいというか――」

 高校生にとって、年に1回のお年玉は貴重な収入源だろう。千歌の場合はスクールアイドル活動のために小遣いが圧迫されているわけだし、翔一としても恵んであげたいのは山々だ。

 赦されるのなら、いくらだって積んでもいい。

「ああ、分かってるわよ」

 そう女将が言うと、千歌は「やったー!」と万歳した。女将は帳簿の受付へ行き、両手に抱えてきたものを「はい、どうぞ」と千歌に手渡す。

「これかしら? お年玉」

 細めた目で、千歌は両手にある「お年玉」のダルマを睨む。確かに玉の形をしている。

「もう、そういうのいいから!」

 そういえば、去年も似たような手口ではぐらかされていた記憶がある。確かお汁粉用にこしらえた白玉団子だったか。

 やけ食いのようにお雑煮をかき込むと、千歌はダルマを撫でながらぶつくさ呟き始める。

「あんた、まだ貰うつもりでいたの?」

 美渡が呆れたように言った。

「梨子ちゃん、もういらない、てご両親に言ったらしいわよ」

 志満が言うと、千歌は「うえっ」と声を詰まらせる。しっかりした子だなあ、なんて思っていると、だて巻きを摘まんだ美渡が悪戯っぽく、

「じゃあ、千歌も貰えないよねえ」

「他所は他所、うちはうちでしょ。いつもお母さんも志満姉たちも言ってるし、お父さんですら言ってたじゃん」

 ぴた、と翔一の箸が止まった。本来ならこの場には伸幸氏がいて、翔一はいないはずだった。一見すれば幸福な温かい家庭だけど、その裏には悲しみと残酷な真実が潜んでいる。その一端を、翔一は担いでしまっている。

「千歌ちゃーん!」

 玄関から曜の声が聞こえた。「ああ来ちゃった」と千歌はしいたけの頭にダルマを乗せ、

「いい? 諦めたわけじゃないからね。一旦保留、てだけだからね」

 そんな捨て台詞のようなものを残して玄関へ向かっていく。

「何で強気なんだか………」

 溜め息と共に呟く美渡に「まあいいじゃない」と言って、翔一は雑煮の餅を食べる。

「お正月から忙しそうね」

 そう漏らす女将に「練習みたい。ラブライブの」と志満が言った。女将は感慨深げに、

「良いよね、諦めずに続ける、て」

 「俺たちも応援しましょう」と笑顔で言いながら、翔一は何とか裡に溜まった悪玉を飲み込もうとする。でも、それはいくら餅を飲み込んでも奥へ引っ込んではくれなかった。

 ここは、俺の居るべき場所じゃない。

 俺に千歌ちゃんの夢を応援する資格なんてないんだから。

 

 ふああ、と大口を開ける善子を、花丸が「大きな欠伸ずら」とからかっている。

「うるさいわね。昨日はリトルデーモンの集い、正月生放送があったの」

 要は年越しと共に動画配信をしていたらしい。堕天使がハッピーニューイヤーなんて新年を祝うのも何だか変な話だけど。

「寒いねえ」

 と千歌は身震いする。いくら気候が比較的温暖な内浦でも、冬は雪こそ降っていないが流石に冷える。

「ダイヤさん達まだかな?」

 と曜も腕をさすりながら、校門前から伸びる道路の先を見やる。

「Oh, U-turnしてきたみたいデース」

 鞠莉の見る方向に倣うと、黒塗りの車が千歌たちの前に停まった。開いた助手席の窓から、ルビィが「お待たせ」と顔を覗かせる。後部座席からダイヤと、続けて来客が降りてくる。

「明けましておめでとうございます」

 とはるばる遠路から訪ねてくれたその来客――聖良と理亜を見て善子が「うわ、本当に来た」と驚きの声を上げる。癇に障ったのか、「悪い?」と理亜がじろりと睨み、

「ていうかその恰好――」

 流石に聖良も困惑の表情で千歌たちを見ている。新年なのだから、身だしなみはしっかりと。振袖姿のメンバー全員が集まり、「では皆さん!」と千歌の声に続いて、皆で挨拶を交わす。

「明けましておめでとうございます!」

 ささやかな新年会は挨拶だけに留めて、急ぎ練習着に着替えてグラウンドに出る。動けば身体も温まるから、と防寒性皆無な練習着だから、吹いてくる冷風に皆して震えた。

 寒い、と繰り返す千歌たちを、ジャージに着替えた理亜は腕を組み、

「あんた達やる気あんの?」

「一応、お正月、ていうことで――」

 という千歌の呑気さに理亜は堪忍袋の緒が切れたらしく、

「だから、て晴れ着で練習できるかい!」

 怒号が山々に反響して返ってくる。年下ながら強烈な気迫に圧倒され怖気づいてしまう。一方で聖良のほうは、丘の上にある学校から臨める内浦の景色を見渡している。

「良い学校ですね。わたし達と同じ、丘の上なんですね」

 函館で千歌たちが感じた空気を、聖良も感じてくれているようだった。

「うん、海も見えるし」

 函館ほど華やかな街ではないけど、慎ましやかで温かい土地と自負している。遊びたい盛りの子供には物足りないけど、生まれ育ったこの街も学校にも、愛着はたっぷりとある。

「でも、なくなっちゃうんだけどね」

 曜がさらりと言ってのけた言葉に、鹿角姉妹は揃って「え?」と口を開けた。そんな姉妹に鞠莉は簡単に説明をする。

「今年の春、統廃合になるの。だからここは3月で、the end」

 そこに至るまでに沢山の奮闘があったのだけれど、他人に説明するとなると簡単に済まされてしまう。要するに千歌たちの、Aqoursの物語とは学校の統廃合を撤回させようとしたけどできなかった、というだけで完結してしまう。とてもあっけないものだ。あと数ヶ月で迎える結末を前に、いつも通りでいる千歌たちに鹿角姉妹は歩み寄ってきて、

「そうなの?」

「でも、ラブライブで頑張って生徒が集まれば………」

 やっぱり、考えることは同じなんだな、と思った。

「ですよね。わたし達もずっとそう思ってきたんですけど」

 その想いのままに奮闘しても、結局何も覆すことはできなかった。今更いくら足掻こうが泣き喚こうが、この学校がなくなることは決まっている。こんなハッピーエンドにならない物語、誰がすき好んで見てくれるのだろう。後になって思い出したとしても、辛くなるだけかもしれない。

「そうだったんですか………」

 聖良はか細く呟く。「あ、でもね」と千歌は続ける。

「学校の皆が言ってくれたんだ。ラブライブで優勝して、この学校の名前を残してほしい、て」

 それでも千歌たちは、最後の悪足掻きをすることに決めた。自分たちの想いの全てを決勝のドームでぶつけ、そこに至る物語を浦の星女学院の名前として、ラブライブの歴史に刻む。

「浦の星女学院のスクールアイドルが、ラブライブで優勝した、て。そんな学校がここにあったんだ、て」

 果南の言葉に、皆で微笑を零す。この内浦で確かに存在した学校。そこに居たAqoursという者たちの軌跡を、微かな言葉でも残したいから。本当にそれが救いなのか、まだ千歌には分からない。全ては終わってからじゃないと分からない。

 学校を救えるのか。

 輝きを見つけられるのか。

「最高の仲間じゃないですか。素敵です」

 聖良は言ってくれた。そう、最高の仲間だ。だから生徒たち皆の想いを背負うことに、今はもう重圧なんて感じない。皆が託してくれた想いが、千歌の力になってくれる。

 理亜のほうは何も言わなかったが、1年生たちの前に立って鼻を鳴らし、ひと言を投じる。

「じゃあ遠慮しないよ」

 函館での練習がハードだったのか、3人は一斉に怖気づく。

「ラブライブで優勝するために、妥協しないで徹底的に特訓してあげる」

 善子を始めとして、1年生たちは恐る恐る聞いた。

「マジ?」

「マジ」

「マジずら?」

「マジずら」

「マジですか?」

「だからマジだって」

 他愛もない問答を見守っていた3年生のなかで、鞠莉はどこかへと歩き出す。「どうしたんですの?」とダイヤが訊くと、鞠莉は胸に手を当てて、自身の鼓動を確かめるように応じる。

「こうして時って進んでいくんだね」

 

 

   2

 

 目撃者によると、被害者は路上で急に苦しみ出したらしい。立つのも辛そうで、介抱しようと声をかけた途端、被害者の顔から色彩がなくなり、透明な水風船のように弾けた。

「人体が水になる。間違いなくアンノウンの仕業ですね」

 濡れた衣類を見下ろし、北條はそう結論付ける。まだ鑑識が検証中だが、現場から被害者のものらしき体組織は発見されていない。爪から髪の毛1本まで、被害者の身体は水に変換されたことになる。

 アンノウンが犯人なら、衣類から身分証も出てきて身元はすぐに特定される。狙われる可能性のある親族に護衛を付ける、と捜査方針は固まるだろう。

「またお前の出番だな」

 共に現場へ来ていた河野が言う。

「G3-Xと、それからアギトか」

 もう自分にできることはないな、とばかりに溜め息をつきながら、河野は首を揉む。悲しいかな、後の警察にできることはアンノウン出現に伴いG3-X出動。そしてアギトによる討伐しかない。新年早々、おちおち休んでもいられなくなった。もっとも、休養は病院で十分すぎるほど摂れたが。

「それはどうですかね。果たしていつまでアギトに頼って良いものか」

 と北條が言う。「どういう意味ですか?」と誠は訊いた。どうせまたG3ユニットの不甲斐なさでも垂れるつもりか。でも、この時の北條は違った。

「アギトもまた、いつ我々に牙を向くか分からない、ということです」

「何を言うんです? アギトに限ってそんな」

「だが、もし高海伸幸事件の犯人がアギトだったらどうです?」

 その言葉に反応したのは、3年前から事件を担当していた河野だった。

「アギトが犯人? お前そりゃないだろう」

 依然、北條は誠に推理を明かしてくれた。アンノウンとあかつき号、そして高海伸幸氏の事件には何らかの因果関係がある。その繋がりとして彼はアギトを見出したのか。でも何を根拠に。アギト――つまり翔一が現れたのは、アンノウンの出現と同時期のはず。

 北條はほくそ笑み、

「勿論、津上翔一という意味ではありませんよ。彼の前に出現していたアギトが犯人なら………」

「そんな馬鹿なこと。北條さん、一体何を証拠に――」

 問いを重ねようとしたところで、北條の顔が霞んだ。視線を転じても、辺りの光景がぼやけていく。

「どうかしましたか?」

 呼ばれて視線を戻すと、視界が戻る。

「いえ、別に………」

 そうはぐらかしながら、誠は目蓋を揉む。やはりまだ疲れているのか。

 

 Saint_Snowがコーチを務める練習は、メンバー全員を披露へと落とし込んだ。とはいってもふたりの特別メニューというわけでなく、普段通りのウォーミングアップでいきなり息があがってしまったのだが。平然としていたのは果南ひとりだけ。

 学校周辺の沿道を1周しへたり込む千歌たちに、聖良は溜め息交じりに言う。

「お正月ですからね、皆さん」

 「どういうことですの?」とダイヤが訊いた。

「随分身体がなまっている、てことよ」

 と理亜が遠慮なく言ってのける。ふたりだって千歌たちと同じ距離を走ってきたはずなのに、呼吸がまったく乱れていない。流石、優勝候補と目されただけのことはある。

「身体を1度起こさないと駄目ですね」

 聖良は学校まで続く坂道を見上げ、

「校門まで坂道ダッシュして校舎を3周してきてくれますか」

 涼しい顔をした果南を除く全員で「ええ⁉」と抗議の声をあげる。そんな千歌たちに理亜は意地悪な笑みを浮かべ、

「さっき言ったよ。遠慮しない、て」

 深い溜め息をついていると、沿道にバイクの走行音が響いた。聞き覚えのある音に耳を傍立てていると、VTR1000Fが千歌たちの前で停まる。

「千歌ちゃん、タオル忘れてたよ」

 ヘルメットを脱いだ翔一が、リュックから綺麗に畳んだタオルを出した。「ありがとう翔一くん」と受け取り、じっとりと額に浮かんだ汗を拭う。

「翔一……」

 聖良が呟くと、翔一は姉妹に気付いたらしく人好しな笑顔を向ける。

「ああもしかして、Saint_Snowさん?」

「はい、鹿角聖良といいます。こっちは妹の理亜です」

 紹介された理亜は、初対面の翔一に少し緊張した面持ちで無言のまま会釈する。

「千歌ちゃんから話聞いてるよ。凄いスクールアイドルだ、て」

「こちらも千歌さんからお話は聞いています。クリスマスケーキ、ありがとうございました。凄く美味しかったです」

 聖良が言うと翔一は「本当?」と更に気を良くしてリュックからタッパーを取り出し、

「良かったあ。あとこれ、皆に差し入れ持ってきたんだけど、聖良ちゃんと理亜ちゃんも食べてよ」

 いつも千歌に持たせてくれるミカンのはちみつ漬けを、聖良は「ありがとうございます」と受け取る。

「あと練習終わったらうちに寄ってってよ。菜園の大根が良い感じに育ってさ。お土産に――」

 「もういいから」と千歌は翔一の背を押してバイクへと追いやっていく。何だか親戚のおじさんを見られているみたいで少し恥ずかしい。

「じゃあ皆、頑張って」

 と翔一はバイクで来た道を去って行った。一応、後で鹿角姉妹は家に招待しておこう。大根を持って帰ってくれるかは別として。

「温かい人ですね、津上さん」

 翔一の去った方角を眺めながら、聖良は呟く。

「1度会ってみたいと思っていたんです。見守ってくれる人がいる、て素敵ですね」

 照れ臭いながらも、千歌は「はい」と笑顔を返した。翔一もまた、この内浦で千歌たちを見守ってくれている人々のひとり。輝きを見つけることができたのなら、彼には必ず見てほしい。それだけが護られてきたことの、唯一の恩返しだから。

「さて、それでは練習再開です」

 と聖良は手を叩いた。何とか有耶無耶にできないか、と期待したのだが、そうもいかないらしい。それぞれぼやきながら、千歌たちは重い脚を動かし坂道を全速力で登っていく。

 

 

   3

 

 もう1歩も歩けない。というか歩きたくない。

 坂道ダッシュに校舎3周を走り切った足は、もう棒のようにぶら下がっている。体力作りには今までも励んできたけど、数日の休養を取っただけでこんなにも身体が重くなるとは。

「こんな調子で決勝なんて、本当に大丈夫なのかな………?」

 息をあえがせながら梨子が言った。そんな弱音に聖良は「いけると思いますよ」と告げる。

「ステージ、て不思議とメンバーの気持ちがお客さんに伝わるものだと思うんです。今の皆さんの気持ちが自然に伝われば、きっと素晴らしいステージになると思います」

 今の想いを、そのままに歌えば。

 聖良から言ってもらえると、いけるような気がした。この熱を保持したまま決勝へ臨めば、きっと優勝できる。

「はい」

 千歌は強く応じる。きっと輝きも見つけることができる。今までの軌跡を、積み重ねてきたものを全力で出し切れば。

「鞠莉ちゃんは?」

 とルビィが言った。そういえば、姿が見えない。「ああ」と思い出したようにダイヤが、

「何かご両親からお電話だったみたいですが」

 「もしかして統廃合中止ずら?」と花丸が期待気味に言う。善子が「ほっほっほ」と指で髭を形作り、

「この学校を続けることにしたぞよ」

「何勝手にキャラ作ってるずら」

 なんて噂をすれば、「皆」と鞠莉が戻ってくる。

「お話は済みましたの?」

 ダイヤが訊くと、「Yes」と応じた鞠莉は連絡の次第を話してくれた。その内容が規格外なもので、全員で目を丸くする。

「理事?」

 ダイヤが反芻すると、「Of course」と鞠莉は応じ、

「統合先の学校の理事に就任してほしい、て。ほら、浦の星から生徒もたくさん行くことになるし。わたしがいたほうが、皆も安心できるだろうから、て」

 いまいち内容が咀嚼できないのか、「理事、て?」と眉を潜める理亜にルビィが簡単に説明をする。

「鞠莉ちゃん、浦の星の理事長さんでもあるの」

「ええ⁉」

 まあ、驚くのも無理はない。千歌だって初めて知った時は同じ反応だった。

「じゃあ、春からも鞠莉ちゃん一緒に学校に?」

 期待を込めて千歌は訊いた。

「Aqoursも続けられる?」

 「いや、それ留年したみたいだし」と曜に言われ千歌は口をつぐむ。

「大丈夫、断ったから」

 鞠莉はさらりと言った。「え?」と皆の声が揃う。

「理事にはならないよ。わたしね、この学校を卒業したらパパの勧めるイタリアの大学に通うの」

 また海外なんて、大忙しだな。なんて呑気に思ったところで、千歌は気付く。

「だから、あと3ヶ月。ここに居られるのも」

 ラブライブが終われば、3年生は浦の星女学院最後の卒業生になる。千歌たちと一緒に、統合先の学校に行くこともなく。

 

 夕方まで練習に打ち込むと、千歌たちは鹿角姉妹を沼津駅まで送った。途中で寄った十千万で翔一に渡された大根を、聖良は嫌な顔せず受け取ってくれた。

「もう少しゆっくりしていけば良いのに」

 練習を見に来てくれたのに、何のもてなしも出来なかったことが名残惜しい。とはいえ、あまり遊べる場所はないのだけれど。

「ちょっと、他にも寄る予定があるので」

「予定?」

 そこでルビィが挙手し、

「ルビィ知ってるよ。ふたりで遊園地行くんだ、て」

 「言わなくていい!」と顔を紅潮させながら理亜が噛みつく。はあ、と嘆息し理亜は千歌に折り畳んだ紙を手渡す。

「これ、姉様とふたりで考えた練習メニュー」

 「ありがとう」と言いながら紙を開くと、全員で中身を覗き込む。「うわ、こんなに……」とそのハードさに善子が漏らした。文句にも理亜は構わず、

「ラブライブで優勝するんでしょ? そのくらいやらなきゃ」

 何となく、千歌はこのメニューはSaint_Snowが決勝に進んだ時のために用意したものじゃないか、と思った。ふたりのラブライブはもう終わったけど、まだ続いているAqoursに託してくれた気がした。

「ただの思い出作りじゃないはずですよ」

 聖良の言う通り、思い出なんかで終わらせるためにやっているんじゃない。理亜もそれを知っているからこそ、自分たちの想いを託してくれている。

「必ず優勝して。信じてる」

 また背負う想いが増えたな。受け取った紙を握りしめ、千歌は強く頷く。

「うん」

 そこで気分が高まったのかルビィも拳を握り、

「頑張ルビィ!」

 と意気込んでみせたのだが、初めて見たのか理亜は「何それ?」と冷たい視線を送る。補足として花丸が言った。

「ルビィちゃんの必殺技ずら」

 技だったんだ。

 

 鹿角姉妹を見送ったあと、メンバー達もこの日は現地解散することになった。千歌は曜と梨子と、特に行き先も決めないまま一緒に散歩し、島郷(とうごう)海水浴場で足を落ち着けることにした。

 夕陽が山陰に沈もうとしている。メンバー全員がいつまでも一緒にいられたら、と願っても、日は沈んで昇って、毎日は過ぎていく。何気ない日々のサイクルも残り3ヶ月で終わろうとしている。

「イタリアかあ」

 まだ行ったことのない地に想いを馳せてみるけど、想像なんてできなかった。何せ千歌は生まれた時から内浦に居たし、離れるなんて考えたこともなかったから。

「そうね。きっとそうなるのかもな、てどこかでは思ってたけど」

 梨子が感じ取っていた別れの予感に、千歌も気付かなかったわけじゃない。

「実際、本当になるとね」

 曜が寂しげに呟いた。ラブライブを理由に有耶無耶にしてきたけど、いざ別れを予告されると否応なく寂しさが込み上げる。

「あと3ヶ月もないんだよね」

 また明日、と皆で別れられるのも、残り僅か。またすぐ会える。明日会ったら何を話そう。何をしよう。最初から気付いていたはずだ。この奮闘は期限付きなんだ、と。

「ラブライブが終わったら、すぐ卒業式で」

 曜に続いて梨子も、

「鞠莉ちゃんだけじゃないわ。ダイヤさんも果南ちゃんも………」

 ダイヤも果南も、それぞれ進路を考えていただろう。

「春になったら、もう皆と一緒に学校帰ったり、バス停で皆とバイバイしたりもなくなって、制服も……、教室も………」

 この冬が過ぎたら、また春が来る。去年の、スクールアイドルを始めようと沸き立っていた頃とは、全く違う春が。次の春を迎えるのは浦の星とは別の学校。制服も変わって、顔を合わせるメンバーの中に3人はいない。

 千歌は流れ着いた枝を拾って、砂浜に文字を書いた。3人だけだった頃、砂浜に書き残されていたAqoursの文字。実はダイヤが名残惜しさに残していたものを意図せず受け取る形になった、自分たちの名前。

「Aqoursはどうなるの?」

 梨子が訊いた。

「3年生、卒業したら………」

 曜がその後を促してくる。考えなければいけないことは、分かっている。この9人以外に有り得ない、と終わらせるのか、それとも続けていくのか。

「分かんない。本当に考えてない」

 それが正直なところだった。

「何かね、ラブライブが終わるまでは、決勝で結果が出るまでは、そこから先の事は考えちゃいけない気がするんだ」

 ただの現実逃避なのかもしれないけど、それが最善と思っている。今までラブライブをゴールと決めてきたけど、ゴールに辿り着いた後も千歌の高校生活はまだ残っている。その先に何を目指すべきなのか、まだ考えることはできない。まず目の前に迫ったゴールには到達していないのだから。

「皆のため?」

 梨子が訊いた。それもあるのだけれど、やっぱり根底にあるのは千歌自身の願いからだった。

「全身全霊、全ての想いをかけて、ラブライブ決勝に出て優勝して、ずっと探していた輝きを見つけて――」

 到達した場所で求めていたものを見つけられたとき、初めて次へと進むことができる気がする。

「それが、学校の皆と卒業する鞠莉ちゃん、果南ちゃん、ダイヤさんに対する礼儀だと思う」

 ゴールはもう目前。だから今は、一切の雑念を捨てて向かっていこう。

 不意に、梨子に両頬を手で包まれる。「な、何?」と回らない舌で訊くと、梨子は穏やかに笑いながら言った。

「賛成」

 「ちょっとお」と文句でも言おうとしたところで、

「大賛成!」

 と曜に抱き着かれた。千歌は撥ねつけることなく、ふたりの背に腕を回す。別れが来るのは仕方のないことだ。だからこそ、会えるうちにこうして互いの温もりを確かめ合っておきたい。互いの熱を感じたまま、決勝へ行きたい。

 そのために、どうしても千歌は確かめておかなければならなかった。

「ふたりとも、わたしに何か隠してるよね?」

 そう告げると、梨子と曜は咄嗟に千歌から離れた。向けられた視線はまるで恐ろしいものでも見ているようで、やっぱり、という確信と共に別れとは別の寂しさが裡によぎる。

「ふたりだけじゃなくて、翔一くんも。ずっと様子が変だったんだもん」

 ふたりや翔一が、挙動不審だったわけじゃない。3人ともいつも通りで、ぎこちなさなんて感じなかった。でも、千歌は無根拠ながらに普段との「ずれ」を感じていた。

「お願い、全部話して」

 ふたりは逡巡し、互いに顔を見合わせる。無言のまま梨子は首を横に振り、曜は唇を噛む。梨子のほうが口を開きかけたのだが、曜はそれを制止し、千歌を悲しげな目で見据えた。

「千歌ちゃん、実はね――」

 

 

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