ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第3話

 

   1

 

「ただいまあ」

 買い物から帰ってきた翔一を「おかえり」と迎えてくれたのは女将ひとりだけだった。そういえば、志満も美渡も帰りが遅くなる、と言っていた。友人たちとの新年会に行くとか。

「千歌ちゃん、まだ帰って来てないんですか?」

「部屋にいるけど………」

 そう告げる女将の声は、どこか沈んでいるように聞こえた。「そうそう」と女将は思い出したように、

「さっき梨子ちゃんが、翔一君に用があるみたいだったけど」

 ぞわり、と背筋に悪寒が走った。「そう、ですか」と途切れ途切れに応じる。

「すみません、ちょっと梨子ちゃん家に行ってきます」

 買い物袋を置いて隣の桜内家に行くと、梨子の母が出てきた。

「あら翔一君、明けましておめでとう」

「おめでとうございます。あの、梨子ちゃんいますか?」

「ええ………」

 少し戸惑った様子だったが、桜内夫人は家の奥へ引っ込んでいき、そう待たず入れ替わりに梨子が玄関先へ来てくれた。

「翔一さん………」

 梨子は両目を赤く腫らしていた。泣いていたらしい。もう、翔一には何があったのか分かってしまった。

「もしかして――」

 続きを訊くのが怖ろしく言葉を詰まらせたが、察したのか梨子はこくり、と頷く。

「全部、言いました………」

 この感覚をどう形容したらいいのか、翔一には分からなかった。知られたことの絶望なのか、もう隠す必要のない安堵なのか。

「ごめんなさい、わたし………」

「梨子ちゃんが謝ることないよ。どの道言わなきゃいけなかったんだからさ」

 梨子だって、言いたくて言ったわけじゃない事は分かる。きっと千歌は、翔一たちの後ろめたさを察していたのだろう。周りによく目を向けられる子だから、僅かな変化も敏感に感じていたのかもしれない。隠し通すことが最初から無理だった話だ。

「俺の方こそ、ごめん。俺から言わなきゃいけなかったのに、梨子ちゃんと、それに曜ちゃんにも辛いことさせて………」

 踵を返して、短い帰路を歩き出す。「翔一さん」と呼ぶ梨子へ振り向くことができなかった。もう俺は、今までの翔一じゃない。この子たちに顔向けなんてできない。

「ごめん、俺夕飯の支度あるからさ」

 そう言って早足で十千万へ戻った。

 

 まだ小学校に入る前の幼い千歌を、父は満面の笑みで膝の上に乗せている。別の写真では小学校高学年に成長した千歌が、また父の膝の上でピースサインしている。

 最後に父と撮った写真の中で、千歌は中学の制服を着ている。父が東京から帰ってきた正月に、十千万の玄関先で撮った家族写真。誰もが笑顔だった。父も母も、志満も美渡も千歌も、しいたけも。

 この写真を撮ってから半年近く経って、父は死んだ。何も千歌たち家族に告げることなく、唐突に。何の前触れもなく警察から電話が来て、父が死んだ、恐らくは何者かに殺された、とだけ聞かされた。十千万を訪ねた河野から説明された父の死に様に家族の誰もが納得できていなかったが、でも河野を責める気力も父を失った空虚で塗り潰されていた。

 遺体に外傷は無いが、何故か内臓が酷く破壊されている。体内から毒物は検出されず、つまるところどうやって絶命したのかは分からない。

 ようやく対面を許された父は、河野の言った通り綺麗な死に顔をしていた。傷なんてどこにも見当たらず。もう動くことのない父の手を握った感触は、今でも忘れることはできない。千歌の頭を撫でてくれた大きな手は固くなっていた。その変わりように、二度と目を覚まさない父に縋り付いて泣いた。

 お父さん、お父さん。

 何度読んでも父は返事をしてくれなかった。千歌、と優しく呼んでくれた声は、もう戻ってこない。

 何気なく捲ったアルバムのページには、父がいなくなった後の家族写真が加えられている。まるで父と入れ替わるように、青年は高海家にやってきた。記憶喪失で、過去と名前を失った青年。写真の中で、千歌の隣にいる彼もまた父と同じように満面の笑みを浮かべている。

 ――千歌ちゃんのお父さんを殺した犯人、翔一さんのお姉さんじゃないか、て――

 島郷海水場で曜から告げられた真相が、耳の奥で反響している。

 ――翔一さんのお姉さんもアギトで、その力で千歌ちゃんのお父さんを――

 アギトの力を持った姉弟。弟の力は千歌をアンノウンから護り、片や姉の力は千歌から父を奪った。

 ずっと行方知れずだった犯人を、どう憎めばいいのか分からなかった。誰が父を殺したのか、誰を恨めばいいのか。そんな行き場のない悲しみの先を見つけたのに、千歌の裡に憎悪は見つからない。矛先を見つけたところで、その相手も既にこの世にはいない。何も言わず去ってしまった。彼女もまた唐突に、弟を残したまま。

「千歌ちゃん」

 その声が聞こえ、咄嗟に千歌はアルバムを閉じた。

 

「ちょっといい?」

 今まで平気で中へ入った部屋なのに、今は踏み込むことができない。翔一は恐れていた。障子を開けたとき、中にいる千歌がどんな顔をしているのか見ることができない。

「あのさ、俺………ごめん」

 そんな陳腐な言葉しか見つけることができない。ごめんで済むのなら警察はいらない。今更謝ったところで溜飲が下がることはない。それでも翔一は謝罪を告げなければならなかった。もう詫びることのできない姉の代わりに。身内として、代わりに千歌からの憎しみを受け止めるために。

 突然、障子が勢いよく開いた。コートを掴んだ千歌は廊下を素早く駆けていき、階段を降りて玄関へと出て行く。

「千歌ちゃん!」

 呼びながら追いかけても、千歌は振り向いてはくれない。コートを着ながらも速度を落とすことなく、千歌は夜の沿道を走っていく。全てが数秒のうちの出来事で、彼女の顔は一瞬も見ることができなかった。

 翔一は十千万の門から数歩進んだところで足を止めた。追いついたところで、一体何を言えばいいのだろう。合わせる顔なんて、最初からないのに。

「私のせいなの」

 千歌の姿が宵闇に消えていったとき、出てきた女将がそう言った。

「私のせいで、伸幸さんは………」

 そういえば、と翔一は今更ながら思い出す。女将は姉について知っているようだった。あの黒い青年が現れたことで有耶無耶になってしまったが。

 居間に戻ると、女将はアルバムから1枚の写真を引っ張り出した。十千万の玄関先で撮られた、高海伸幸氏と学生たちの集合写真。他の学生に混ざって笑顔を浮かべている姉を女将は指さし、

「翔一君のお姉さんて、この人?」

 正解だった。翔一は睨むような視線を女将に送り、

「じゃあ女将さん知ってたんですか? 姉さんのこと」

「ええ。あの人がうちにゼミの学生さん達を連れてきたときに、紹介してくれたことがあったの。その前から何度も話には聞いていたけどね。沢木雪菜さん、ていう教え子を支えに、超能力の実験をしている、て」

 女将は今まで見たことのない険しい顔をする。写真の中とはいえ、とても亡き夫に向けるような顔ではなかった。

「その度に私は反対したわ。超能力なんてものが本当にあるなんて信じられなかったから。でもあの人は夢中だった。実際、素人の私でも分かるほど、あの人の実験は成果を挙げていた。でもだからこそ、私はますます強く反対したわ」

 悔やむように、女将は唇を結ぶ。だがすぐにまた口を開き、

「実験に没頭するあまり、あの人は人間が踏み込んではいけない領域に入り込んでいる気がして。あの最後の日、あの人は言っていたわ。自分の手で超人を作ってみせる、て。でもその直後に………」

 悲しみとも怒りとも言えない表情で肩を震わせると、女将は翔一から顔を逸らす。

「私があの人を止めていたら、あんな事には………」

「でも、それは女将さんのせいじゃありませんよ」

 そう、女将が自身を責めるなんてお門違いだ。彼女だって夫を殺された被害者。責められるべきは姉で、彼女亡き今はその責は弟の翔一が背負うべきなのだから。

「あの人が死んだことは、当然の報いだと思ってる。あの人の研究に振り回されたせいで、雪菜さんは………。でも、あの人は娘たちにとって、最期まで良い父親であってほしかった。だからあの日、あの人に会ったことは誰にも言えなかった」

 超能力、即ちアギトという超人の覚醒。人によっては荒唐無稽な、狂気とも言える研究だったかもしれない。でも女将は妻として、母親として、娘たちに「優しいお父さん」という偶像を刷り込むことを選択した。そのために真実を隠したことの罪を、彼女は背負い続けてきた。

 更に女将の告げた真実に、翔一は息を呑んだ。

「あの日、あの人は曜ちゃんにも超能力があることを教えてくれた」

「じゃあ知ってたんですか? 女将さんも曜ちゃんのこと」

「ええ、曜ちゃんだけじゃないわ。あの人と一緒に研究していた、桜内さんの娘さんにも力がある、て」

「桜内さんて……、まさか梨子ちゃん………?」

「私があの人が超能力の実験で命を落としたことを言っても、誰にも信じてもらえないわ。でも、誰かにあの人の研究資料を見つけられたら、また実験が始まってしまうかもしれない。そうなったら曜ちゃんや、梨子ちゃんが巻き込まれてしまう」

 梨子が内浦に越してきたのは、父の仕事の都合と聞いたことがある。その真相が、超能力を持った梨子を研究から遠ざけるためだったとは。

「だから私は、あの人の研究を消して、あの日聞いた全てを忘れようとした」

 ようやく、女将が何故東京へ単身赴任していたのかを悟った。娘たちに夫の本当の姿を隠すために。未来ある子供たちが悪魔の研究に利用されないために。二度と姉のような運命の犠牲者を出さないために、彼女はたったひとりで奔走し、夫の過ちを消そうとしていた。

「ごめんなさい翔一君」

 嗚咽を堪えながら、女将はか細い声を絞り出す。

「私が弱かったばかりに……、雪菜さんを助けられなくて………」

 目の前の小さく、でも大きな母としての女将を責めることなんてできなかった。

「女将さんが気に病むことなんて全然ありませんよ」

 女将はただ、母親としての務めを果たそうとしただけだ。娘たちのささやかな日常を壊すまいと。その願いに罪はない。命を落とした伸幸氏だって、研究者として眼前に提示された可能性を呼び覚まそうとしただけ。

 そもそも伸幸氏が超能力の研究に没頭していたのは、姉というサンプルに出会ってしまったからじゃないか。可能性なんて悪魔の色香に誘われて、彼は破滅に追い込まれてしまった。

「悪いのは……、悪いのは………!」

 諸悪の根源はアギトなんだ。こんな力が世界に存在するせいで、悲しみばかりが渦巻いて――

「翔一君?」

 零れそうな嗚咽を飲み込んで、翔一はすう、と深く息を吐く。

「俺、千歌ちゃんに会ってきます。何を言ったらいいのか分からないけど、とにかく会わなくちゃ」

 

 

   2

 

 ゆっくりとソファから身体を起こした涼は、ハンガーに掛けられたジャケットを羽織った。ポケットから出したスマートフォンに表示された日付を見ると、もう元旦になっている。何とも味気ない年越しを過ごしたものだ。この屋敷は世間の喧騒から隔離されているかのように、独自の時間が流れているように感じてしまう。

「どこに行く」

 ロビーに出ると、階段の上から沢木が声を掛けてきた。数日世話になり、いや以前死にかけた際にも世話になり恩は感じているのだが、この男に対する疑念は深まるばかりだった。翔一の本名を名乗り、アギトを護る者を自称するこの男が何者なのか、この数日間で何度も問い詰めたがとうとう口を割ることはなかった。翔一の姉のことも。

「津上のところに。今の奴には、助けが必要だ」

 詳しいことは知らないが、翔一は姉のことでアギトとしての意義を見失っている。彼に戦いを促すことは酷だが、もう悠長に構えてはいられない。アギトの力が人を殺めたことが事実でも、そのアギトの力が、唯一戦える翔一だけが頼りだ。

 玄関へ歩き出す涼を、「待て」と沢木は止める。何だ、と鬱陶しさを覚えながら振り向くと、沢木は言った。

「彼を、頼む」

 その言葉を意外に感じ、涼は面食らってしまった。彼もまた、何の目的があるのかは知らないがアギトの存在を必要としている。

 言われなくてもそのつもりだ。津上のことは必ず助ける。もう俺に力がなくても。

 

 こんこん、とノックする音が聞こえ、寝支度を始めていた鞠莉は部屋のドアを開けた。

「薫?」

「お前、津上翔一の居所を知ってるか?」

 唐突に薫は訊いてきた。「ええ」と応じながら訊き返す。

「でも、どうするつもりなの?」

 薫はすぐに答えず、明後日のほうを眺めながらがらんどうに呟く。

「分からない、俺にも」

 薫の中に沸いた意志。本人にその正体が分からなくても、鞠莉は知っている。きゅ、と唇を結ぶと、鞠莉はかつての姿に戻りつつある薫に告げた。

「ちょっと待ってて。すぐ着替えるから」

 

 バイクで内浦湾の沿道を走っていた翔一は、獅子浜の埠頭で夜の静けさと暗闇に溶け込んでしまいそうな人影を見つけバイクを停めた。

 前に千歌から教えてくれたことがある。幼い頃は埠頭で父と海釣りに出掛けた、と。父が釣った魚を家に持ち帰って、母が捌いて塩焼きや唐揚げにしたものがとても美味しかった。そんな思い出話に触発されて翔一も釣りに行ってみたが、数時間粘ってもボウズだった。市場で買った魚を持ち帰ったとき、千歌に酷く肩を落とされたことを覚えている。

 思えば、千歌はよく翔一に甘えてくれた気がする。今日はあれが食べたいこれが食べたい。テストで良い点数を取ったら頭を撫でて、とねだられたこともある。

 千歌は翔一に父性を求めていたのだろうか。父に代わって、自分の頭を撫でてくれる大きな手を。父を喪った空虚を、突然やってきた記憶喪失の、実は父を殺した人間の弟で埋めようとしていたのだろうか。

「千歌ちゃん」

 数メートルほどの距離を置いて呼びかける。ゆっくりと振り向いた千歌の顔を、雲間から覗く月光が照らし出す。

「翔一くん」

 そう呼ぶ千歌は無表情だった。いつも表情豊かで、何かあるとコロコロ変わる彼女の顔が、今は冬の空気で凍り付いたように冷めきっている。

 互いに無言だった。視線を交わすこともできず、逡巡の中で波の音だけが聞こえる。

「千歌ちゃん、俺………」

 会わなければ。そんな使命感のまま衝動的に追いかけてきたものの、言葉が見つからない。そもそも、何を言うべきか、何を言いたいのか整理もつかないままだった。千歌に何を望んでいるかすらも分からない。

「俺――」

 と歩み寄ろうとしたとき、

「近寄らないで!」

 その言葉が、翔一の耳をついた。足が固まったように動かなくなり、埠頭から走り去っていく千歌の背中を見送ることしかできない。

 俺は一体何を期待していたんだろう。ただ自嘲だけが裡に湧き上がる。真相を知った千歌が、変わらず笑顔を向けてくれるだなんて夢想していたのだろうか。依然アギトと知られたときのように、翔一くんは翔一くん、と受け入れてくれるとでも思っていたのだろうか。

 とんだ勘違いだ。今まで千歌を護り、頭を撫でてきたこの手は逃れようのない罪に塗れている。父を奪った者と同じ力を持った手で、まるで泥を拭うように彼女へ差し伸べるなんてどうしてできるのか。

 不意にばさ、という音が風を切った。咄嗟に振り返ると、人型の翼を持った異形が翔一の顔面を手で覆う。闇雲に振るった拳が、どうやら敵の顔面を打ったらしく視界が開けた。たたらを踏んだハヤブサが、忌々し気に翔一を睨んでいる。

「変身!」

 アギトに変身した翔一に、ハヤブサは翼をはためかせ滑空してくる。身を翻して突進を避けると共に、背中に手刀を叩き込んで地面に落とした。起き上がったと同時に顔面に拳を見舞い、更に鳩尾に蹴りを入れていく。反撃の余地など与えず、ただ相手のがら空きになった箇所に的確に攻撃を加えていく。

 苦し紛れに振るわれた拳を屈んで避け、腹に拳を沈めた。そのまま突き上げるように振り上げ、敵の身体を宙に放る。

 力なく倒れる敵へ肉迫しようと拳を握ったとき、さっきの千歌の声が耳朶に反響する。

 ――近寄らないで!――

 思わず足を止めた。握った拳が、力むあまり震えている。翔一は開いた拳、異形に変貌した自身の手を見つめた。

 俺はこの手で、一体何をしてきたんだ。皆の居場所を護りたい。そんな大義名分を掲げて、正義のヒーローにでもなったつもりか。アンノウンが翔一を襲ってきたのも、翔一がアギトだから。この世界にはびこる、人ならざる存在だから。存在を否定されて、ただその事に駄々っ子のように反抗してきただけじゃないか。

 アンノウンが跳びかかってくる。されるがまま腹に蹴りを食らい地面を転がる。振り下ろされた拳を受け止め、でも反撃する気にもなれずただ防戦一方になっていく。

 サイレンの音が近付いてきた。翔一とアンノウンの間にガードチェイサーが割って入り、素早く降りたG3-Xがアンノウンに組み付く。

「津上さん!」

 誠の声だった。どうやら怪我から復帰できたらしい。

「どうしたんです津上さん! 戦ってください!」

 そんな誠の願いが、どこか遠くからの声に感じられる。ただ呆然と純粋な人間とアンノウンの戦いを眺めている翔一の視界に、人影が歩み寄ってくる。

 埠頭でアギトである翔一を見据えるのは、黒い青年だった。前に遭遇したときのような、彼に対する恐怖や敵対心は翔一の裡に沸いてこない。それどころか安堵すら生じていた。この安堵も、彼がこの世界を始めた神と呼ぶべき存在と知った故だろうか。

 黒い青年は言う。

「貰いますよ。アギトの力を」

 沢木が言っていた。太古に起こった人間と使徒との戦いは、驕り鷹ぶった人間への粛清だった。使徒たちの警告に耳を貸さなかった人間に身の程を知らしめるために、使徒たちは人間に痛みを与えた。

 それで人間が過ちを認めれば良かった。それなのに、光が人間にアギトなんて対抗する術を与えてしまったせいで、事は現代まで延々と長引いてしまった。

 これは原罪だ。人類が抱え続けてきた、アギトという異形が一掃されてようやく償われる罪。

 そう、人は人のままでいい。地に足を着けて、無力を受け入れたありのままの姿でいればいい。何処か遠くへ飛べるかもしれないと驕りを助長させる「力」なんて、持ってはいけない。

 俺が力を失えば、もうアンノウンと戦う術はない。アンノウンも、俺を襲う理由もない。

 力が目覚めた人々は抵抗すらできずアンノウンに殺されていくだろう。やがて人間たちは自分たちの手の届かない存在を知り、未来を握られていることを悟るだろう。

 どれほどの時間が掛かるかは分からないが、いずれこの世界からアギトはいなくなり無力な人間だけが残る。

 その世界の風景が、今と変化のある風景になるとは思えなかった。アギトという存在が生まれたばかりの今、まだ何も始まってはいない。予測不可能な因子が消えれば、今の延長になるだけで何が変わるわけでもないからだ。

 でもそれこそが、神に約束された楽園のあるべき風景なのかもしれない。

 誰も力に苦しむことはない。

 誰も力に傷付けられることもない。

 ただそう在るようにして、絶対的な庇護のまま永遠に続いていくだけ。

 

 それで、いい。

 

「よせ、津上!」

 遠くから涼の声が聞こえたが、もう翔一には関係のないことだった。今この瞬間、何処かで誰かが裡の力を顕現させていようと。力に目覚めた者がアンノウンに襲われていても。襲われた者の家族が不可思議な死に悲しんでいても。

 黒い青年から放たれた波動を、翔一はただ受け入れる。

 

 

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